かみさまの世界
【創作】
ある日、神様は退屈しのぎにビー玉を水の上に浮かべてみた。ふうと息を吹きかけるとそれは風となり、小さなクシャミは海となる。手慰みに作った泥人形は命を持ちビー玉の上で愛をはぐくむ。やがてその青いビー玉は神様の手を離れ、惑星となった。後に神様はそれを奇跡と呼んだ。
【女神の恋】
女は当初、泥の玩具を作る予定だった。しかし泥人形は自立した。やがて言葉を操りあげく、自己を持つ。気付けば泥であったものは美しい一つの個体となった。泥の男は彼女へ誘いかけるように笑って見せる。それは女の予想しない未来だ。跳ねる鼓動を押さえ女は目尻に朱を滲ませた。
【夜の作り方】
「好き」彼女は呟き黒の花から花弁を一枚抜き取った。ビロードのようなそれを彼女はそっと大地に散らす。「……嫌い」囁いてもう一枚。彼女が繰り返す度、大地に黒々とした花弁が降り積もり、そして世界は夜になる。
【蜘蛛の音楽】
この世の音楽は全て蜘蛛の糸から産まれるのです。あのお方はそう仰って黄金の指で細い蜘蛛の糸をたぐり寄せました。あの方が触れると蜘蛛の糸から琴の音が響きます。笙も調和します。さて。あの方は一本の糸を地獄へ垂らし美しく微笑まれました。「この音を希望と名付けましょう」
【神様と蜜柑】
少女は冷えた掌を開き小銭を賽銭箱に投げ入れる。たどたどしく手を打つ彼女の隣に立ち彼はその背を正させた。少女は柔らかい感触に気付いたのか目をあげ周囲を探る。でもそこにいるのは神主の僕だけで。「また参拝者の邪魔して」「姿勢が間違ってた」神は嘯き蜜柑を食うのである。
【12/31】
勢いよく青年が飛び込んでくる。若い奴は…私は言いかけ急ぎ口を押さえた。これではまるで年寄りの言いぐさだ。「今年は大変でしたね」青年は明るい声で言う。「来年は良い年にします」彼の顔は龍。私の顔は兎。目前の世界は明けつつある。「そうしてくれ」私は祈りと共に呟いた。
【こんにちは】
手が打ち鳴り吊された鈴が鳴る。祈りを捧げる老人に気付かれぬよう歩いたはずだが、彼は私に気付き「良い天気ですね」などと言う。私は曖昧な笑顔でコンビニ袋を抱え社務所へ走り込んだ。「きわどかったね」友である神主は笑う。「大丈夫。こんなラフな神が居るなんて思わないさ」
【幸せの形】
男はある日、一本の草を見つけた。4枚の葉を持つそれを彼は雲間へと落とす。やがて葉は4人の人間となった。「なぜ人を4つに分けられたのですか?」隣に立つ少年は問う。「分けたのではない、幸せを形にしたのだ」クローバーを手に、神は片目を閉じてみせた。
【直訴】
逃げも隠れも致しません。確かに私はあの女を殺しました。しかしあれは我が子を食らったのです。肉を食いちぎり、濡れた口で慈母の如く微笑むのです。そもこの恨みは恐れながら仏様、貴方が原因。貴方は鬼女を救い替わりに私の子を差し出した。そう私の名を石榴と申します。
【蜘蛛】
西方には変わった蜘蛛が棲むと言う。その蜘蛛は大地に這いつくばり、天に向かって糸を吐く。不思議にそれは虹色の輝きで、幾千幾万の糸はやがてひとつの虹となる。虹を編み上げた蜘蛛は天へと戻ることを許されて、やがて彼らは極楽浄土より糸を垂らす仏の遣いとなるのである。
【愛おしい人】
男は私の差し出した救いの手を掴もうともしなかった。あまりに憎らしい物だから私は光る糸を摘み、わざと彼の目前に垂らしてやる。しかし引っかかったのは小者の泥棒。みるみる間に糸は小者達で溢れ、やがて切れた。愛おしい男は血の池のほとり、天を見上げて笑うばかりである。
【昼の映画館】
「あれはもう死ぬね」少女は歌うように人を指さす。「昼間の映画館の客なんて半分は幽霊か死に際の人間さ」スクリーンは暗いまま。不思議と映画は始まらない。「今日は誰にしようかな」。彼女は鎌のような細い指で僕の胸を突き「君も本当に生きた人かな?」輝く瞳で死神は笑った。