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第31話

この小説を投稿して、今日で1周年です。

皆様のおかげで、ここまで続けられました。

今後ともよろしくお願いします。

「ねえねえ、そら。あの伝説って知ってる?」


 授業も終わり、放課後。

 竜泉りゅうせん祭も間近へと迫り、準備期間へと入った。部活も一部を除いて休みになっている。

 そして、私達もその準備に追われているというわけだ。


 私達のやる出し物は執事喫茶。

 メニューも決まり、値段設定も済み、あとは看板や必要なものを作るだけとなっている。

 で、今現在その作業をしているわけだが、希帆きほの言う伝説とはなんだろうか。


「伝説って?」

「あ、やっぱり知らないかー。まあ、空はお子様だから興味ないもんね!」


 私が希帆に伝説とはなんぞやと聞いてみれば、なぜか嫌味というか希帆に言われたくない言葉をもらうが、我慢して続きを促す。


「竜泉祭って最後に後夜祭でキャンプファイヤーやるでしょ? で、それを見ながら告白して成功すると、一生幸せに添い遂げられるんだって!」

「……へー」

「あ、またそうやって興味ない顔するー!」


 いや、だって実際興味ないし、告白する予定も無いし、されても成功させる予定が無いし、ねえ?

 あと、一生添い遂げられるとか言ってるけど、この学校ができてからまだ10年ちょっとっていう突っ込みは不可なんだろうか。……不可なんだろうな。


「でも、やっぱりそういうのって憧れますよねえ。卒業式の日に2人きりでとかもいいですけど、キャンプファイヤーの火を眺めながらも良さそうです」

「ねー! ちなみにかえで。相手は?」

「えっ……いませんけど」

「おー? なんだー、今のちょっとした間はー! 誰がよぎったか白状しろい!」

「だから、いませんってばー! 勘違いですよ!」


 うむ、平和である。希帆と楓ちゃんのキャイキャイしてる声をBGMにして、作業がはかどります。

 因みに、今作っているのはポットマット。毛糸で編んで作ってます。編み物班は、総勢6名。私と希帆と楓ちゃん、それに中東なかひがしさんにひいらぎさんに、話したことの無い女の子が1人である。

 希帆が編み物をした事があるのが意外だったが、弟達に作ってあげたりした事があるらしい。なので、頑張ればなんとかなると思うとの事だった。まあ、今はあまり手が進まずに楓ちゃんとキャイキャイしてるわけだが。

 あと、柊さんが思った以上に手先が起用で、スイスイと作っているのに驚いた。なぜ、あの要領で料理ができないのだろうか。

 因みに、このポットマット。クラス全員分は厳しいけど、執事喫茶ではクラスの机を2個で1セットとして使うから、クラスの机の半分である、20個は用意するつもり。とりあえず、女子全員には行き渡る数であるので、終わったら女子全員に配る予定である。余った分は、鹿せんせいとあと当日の人気上位者にでもあげればいいんじゃないかな。


 他の場所では、美術部の指導のもと、クラスの男子が中心となっての看板制作や、飾り付けのデザイン決め。お菓子担当の女子達が中心となってのメニュー表作りがおこなわれている。

 手芸部の子達には、テーブルクロスの作成を依頼。机によってクロスの形が違ったら面白いよねと言い出し、テーブルランナーや、ブリッジランナーまで作り出した。テキパキと、それでいて楽しそうに作ってる姿は、さすがに慣れてるなーって感じ。


「あ、そうそう片桐さん!」


 近くで作業を続けていた手芸部の松本さんが、思い出したように話しかけてきた。


「うん? なに?」

「うちのクラスの女子達の服、我らが手芸部に任せてくれないかな!」


 ……唐突すぎてなんの事かよく分からないのだけど、なんの事なんですかね?


「……どういう事?」

「いやね。うちの先輩に3組は執事喫茶やる事になったって言ったら、女子は! 女子はどうなの! って凄い剣幕で聞かれてね。女子は片桐さんが男装する以外は特にって言ったら、なら私達がメイド服を作ってあげる! って言い出してね。10着くらいなら竜泉祭までに用意できる、してみせるって言ってたよ」

「……いや、ありがたいのだけど布代とかバカにならないし、ね?」

「……こういう時、部費って素晴らしいよね」


 ……ああ、うん。

 たしか、手芸部って部員総数が50名くらい居るんだっけ? なら、部費もけっこうな額になるんだろうなあ……。

 てか、手芸部の出し物の方は大丈夫なのだろうか。それが心配だわ。

 ……あと、男装執事するのって私だけだったんだな。知らなかったよ。


「部長がね、いちいちサイズ測ってたらきりが無いから、サイズは同じのになるけど、それでいいなら作らせてくれって言ってた」


 ふむ、だがこれは私個人で決めていいものでは無いし、ここは皆の意見を聞いてから決めよう。


「「「「「しゃああああ! メイドきた! これで勝つる!」」」」」


 ……聞いてみようと思ったら、男子どもが揃ってガッツポーズをしていた。

 女の子達も何人か、メイドのコスプレができると聞いて、ちょっと楽しそうな顔をしている。

 どうやら、聞くまでもなかったようだ。なら、素直にお願いしてしまおう。


「じゃあ、お願いしちゃっていいかな?」

「まっかせてー! あ、なにかこれお願いっていうのある?」

「あ、じゃあ男子が着れるサイズの1着お願い」

「……いいけど、なにに使うの?」

「出し物決める時に、俺も着るって言ってたバカが1人いたから、その人用にね」

「アハハ! なるほど、了解!」


 他になにかあるかと聞かれたので、そんなお願いをした。

 なんでかと問われたが、理由を説明すると笑って了承する辺り、この子も性格がなかなかに良いね。

 私は有言実行させるのですよ。情け? そんなものは無い。

 あ、あとですね。そんな事を咄嗟に言ってしまった馬鹿は誰かと言うと、鍋島なべしまって苗字だったとだけ言っておく。


 看板制作の方から、ファッ!? って声が聞こえたような気がするけど、きっと気のせい。




 ----------




「じゃ、ここが我らが手芸部の城でーす!」


 時間がたつのは早く、あれから10日ほどが経過した。ぶっちゃけて言うと、竜泉祭が明後日まで迫っている。

 で、なぜ私が手芸部の部室、というか家庭科室に来ているかというと、ついにメイド服が完成したからにほかならない。

 あ、来ているのは私と松本さんだけですよ。他の人達は全員が忙しそうに動き回っております。お菓子作りも日持ちするものは今日から作り始めてるので、忙しいのだ。

 あ、因みにスコーンに関しては、当日の朝に焼く。竜泉祭は10時に開場である。スコーンは私が作る場合、生地は寝かさないので1時間あれば作れる。日持ちもそんなにするわけでは無いし、あと時間がたつにつれ味も落ちるので、当日にというわけだ。


 あ、そうそうメイド服ですよ。メイド服。


「よく来たわね! 今回は作らせてくれてありがとー!」

「え? あ、はあ」


 失礼しますと言って入ると、すぐさまこちらへと向かってきて、そう言いながら握手をされた。メガネでグラマラスなお姉さんに。


「ああ、いえ、こちらこそ作ってくださってありがとうございます」

「いいのよ! 喫茶をやる、しかも執事喫茶! なのに女の子がメイドにならないなんて罪と言っても過言では無い事だわ! ……とまあ、殆ど自己満足でやった事だからね。気にしないで」


 作ってくれた事に関してお礼を言ったら、妙な事を力説された後に気にするなと言われた。


「あ、で、これがそのメイド服ね。サイズは同じだけど、裾上げくらいならこの子もすぐにできるし、大丈夫なはずよ」


 そう言って、手に取り見せてくれるのは、裾に白いレースがあしらわれた、黒いパフスリーブの長袖ワンピース。で、横に置いてあるのが、カチューシャとエプロンだろう。どうやら、デザインは所謂ヴィクトリアン調と言われるやつのようだ。ロング丈のメイド服では一番オーソドックスと言えるんじゃないかな。

 裾上げ云々は、松本さんを見ながら言っていたので、松本さんの事だろう。


「ありがとうございます。可愛いですね」

「ふふ、でしょー? 片桐さんも執事止めてこっちにしてもいいのよ?」

「遠慮しておきます」


 執事じゃなくメイド服にしてもいいんだと言われたが、遠慮しておく。

 別にメイド服が嫌とかそういうわけでは無いのだけど、執事とメイドのどちらが精神的ダメージが小さくて済むか考えたら執事の方だろう。……たぶん。


「あ、あとこれも執事喫茶と言えば必要でしょうし、持ってる人の方が少ないと思うから作っておいたわよ」


 サイズは聞いて、ある程度は合わせておいたから。と言って見せてくれたのは、黒のウエストコート。

 まじか。すっごい助かるけど、なぜにここまでやってくれるんだ。


「あ、ありがとうございます。助かります」

「で、報酬の方なんだけどー……」


 あ、ですよね。無償奉仕なんてありえませんよね。なんでもしますとは言えないけど、できる限りの範囲でお願いします。


「手芸部のコーナーはどこに設置してくれるのかしら」


 ……ん? どういう……。


「……えっと? どういう……」

「ああ、松子ってば説明してなかったのね! まったく!」

「す、すみません!」


 私がよく分かってない顔をしているのに気付いたのか、部長さんがそう言って怒り、松本さんがビビる。松子って誰って思ったけど、たぶん松本さんのあだ名だろう。


「私達手芸部は、竜泉祭では自分達で作った物を売ったりしてるんだけどね。昔はあんまり売れないというか、家庭科室が端にあるせいか、そもそも人があまり来なかったのよ。で、先代の部長が思いついた策が、他の場所に置かせてもらう代わりに、色々お手伝いをしよう作戦ってわけ」

「……つまり、手芸部の売り物を置く事を条件に、仕事の手伝いをする、と?」

「そういうこと! 本来なら、それを最初に言ってから仕事の手伝いになるんだけどね。松子が忘れてたみたいね!」

「……す、すみませええん」


 なるほどなるほど。ようやく納得がいったぞ。

 手芸部は販売機会を増やすためにも色々な所で売りたい。だが、店が出せる場所は1箇所。ならば、仕事を手伝うから商品を置かせてくれっていうわけだ。

 手伝ってもらう側としては、ちゃんとした物を作ってもらえる。手芸部としては、商品を置かせてもらう事で販売機会が増えるというわけだ。なるほど、ウィンウィンの関係ですな。


「分かりました、いいですよ。場所は……教室の入口に会計コーナーを設けますので、そこの脇に置くのはどうですか?」

「いいの!? そんなに良い場所もらちゃって!」

「ええ、大丈夫ですよ。まあ、スペースはそんなにあるわけでは無いので、小さい物しか置けないと思いますけど。あ、あとあるなら手芸部のチラシ的な物も一緒に置けるといいですね」

「チラシ?」

「ええ、そうです。ここでこんな物を置いてるよって書いたチラシですね。それを一緒に置いたら、商品に興味をもったお客さんが、ここならもっと色々あるかもって来てくれるかもしれませんよ」

「なるほど! 作るわ! チラシ!」


 チラシを置いたらと言ったら、キョトンとされたので、説明をすればこれである。

 このグラマラスなお姉さまは、ちょっと熱くなりすぎる癖があるようだね。


「じゃあ、これ持っていこうか」

「そうだね」


 松本さんにそう言われたが、たしかにいつまでもここに居たってしょうがない。

 ……さて、10着のメイド服に15着ほどのウエストコート。……2人で持てるのか? これ。


「……2人じゃ無理じゃない?」

「……無理っぽいね」


 私が呟いた言葉に、松本さんも反応する。いや、何回か往復すれば可能なのだろうけど、この後もやる事はあるわけだし、あまりこれに時間を割くのもなあ。

 うーん、誰か荷物持ち要員を呼びつけるか? でも、忙しくて人手が必要だから最低限の人数で出てきたわけだし……。


「ほら! 男子! アンタ達はなんのためにいるの! 片桐さん達の荷物を持つために産まれてきたんでしょうが!」

「「「は、はい!」」」


 トリップ? から戻ってきた部長が、男子手芸部員に対してそう言ったが、それは言い過ぎってもんだろう。

 てか、男子達はそれでいいのか? 私達の荷物を持つために産まれてきたって言われて、それでいいのか? そこは否定しとけよ。てか、怒れよ。


「じゃあ、荷物は僕らが持ちますんで。気が利かなくてすみません」

「……先輩、普段と違いすぎてキモイんですけど」

「うっせ! うっせ、松!」


 ニコニコと話しかけてきて、メイド服やらを代わりに持ってくれる男子達。で、それに対して普段と違いすぎてキモイと言う松本さん。まあ、こんな事が言えるのも仲が良い証拠なのだろう。そして、私は別に仲が良くないってか、初対面なので対応が丁寧になってるんだと思う事にしよう。……じゃないとやってらんない。


「すみません、ありがとうございます」

「いえいえ、気にしないでください」

「……あの、先輩なんですし、そんな丁寧に喋らないでも」

「ははは、なに言ってるんですか。僕らはいつもこんな感じですよ? なあ?」

「「ああ」」


 服を持ってくれた先輩方にお礼を言い、あまりにも丁寧な口調なのでそんな言い方をしなくていいと言えば、そう返ってきた。そして、他の2人の男子もそれに続く。

 別にこの人達は、私の事を下卑た視線で見てくるわけでなし、嫌悪感とかは無いのだけど、なんて言えばいいのだろうか。言いようのない恐怖を感じる。こういうの、本当になんて言うのだろうか。




 ----------




「すみません、本当にありがとうございました。助かりました」

「いえいえ、気にしないでください。この程度お安い御用です」


 教室前に着き、先輩方にお礼を言うと、またも気にするなと言われる。

 ……本当に、なんでこの人達はこんなに丁寧なんだ。これが素なのなら別に良いのだけど、家庭科室内といい、道中といい、松本さんが得体の知れない物を見るような目で先輩方を見ていたので、それは無いのだろう。メイド服やら作ってもらっておいてこういう言い方はあれだが、手芸部にはなるべく関わらない方向でいよう。下卑た視線とか身の危険を感じる恐怖とか、そういう意味じゃなく、得体が知れなくて怖い。


「みんなー! メイド服が届いたよー!」

「「「「「待ってましたー!」」」」」


 教室前で先輩方と別れ、松本さんがガラッと教室の扉を開けて中にいたクラスメイト達に告げる。

 で、教室内に居たクラスメイトからは歓声があがる。

 正直、このクラスの事を見くびっていたとこの準備期間で感じた。いやね、だって普通は男子達が準備に飽きて遊び始めたりして、それを女子が嗜めるとか普通にあるものじゃん? なのに、私達のクラスでは一切そんな事は無く、むしろ男子達が積極的になにか仕事は無いかと聞いてきたりするのだ。食材の買い出しで荷物持ちを募れば、俺が! いや俺が! いや、ここは俺が! なに言ってんだ! 俺がやる! じゃあ、俺が……。どうぞどうぞ。な感じで仲良く? 揉める事なく? 決まったりしたし、テーブルクロスを作ってる時だって、裁縫はできないけど、布の裁断くらいならできると思うので教えてくれと言う男子が出てきたり、家で母親にクッキーの焼き方を教わって何回か作ってきたので、自分も菓子作りを手伝わせてくれと言い出す男子までいた。

 正直、今までは、このクラスは独立独歩な傾向の強いクラスだと思っていたので、竜泉祭で協力し合えるのか不安だったのだけど、中東さんの妙な演説から私のクラスに対するイメージは崩れっぱなしである。まあ、良い方向に崩れたとも言えなくもないのだけどね。

 因みに、そのクラスでの協力作業のお陰が、何組かちょっと良い雰囲気になってる男女もいる。うんうん、クラスの出し物で協力し合って芽生える恋とか素晴らしいですね。青春よの。まあ、私には無縁ですけども。


「空! 空!」


 松本さんに続いて教室に入れば、希帆から話しかけられた。なんだろうか。


「空はメイド服着ないの? 絶対似合うよー!」

「着ないよ」

「……えー」


 なにかと希帆の方を向けば、有り得ない事を聞いてきたので、即座に否定。そして、それに対して不満げな顔をする希帆。

 なにを言ってるんだ。私が着るわけがないじゃないか。別に誰も着たいって人がいないのであれば考えるが、そんな事はなく、着たい子達が何人もいるのだ。今だって、私達が持ってきたメイド服を囲んでキャイキャイと女子達が楽しそうにはしゃいでいる。……まあ、1人だけ君の分と渡されて、四つん這いで凹んでいる男子なべしまもいるが。

 着ても楽しめる可能性が無い人間より、着て楽しめる人間が着て、それで楽しく接客をする方が良いと思うんだ。私はメイド服を着ることを楽しめる自信は無い。よって、執事服で淡々と仕事をこなす方が良いのである。


「で、希帆は着るの?」

「うん、着るー! 楓も着たいって言ってたよ!」


 希帆に着るのか聞いてみたら、満面の笑みでそんな答えが返ってきた。そうか、希帆も楓ちゃんも着るのか。……ふむ、当日はデジカメ必須だな。


「できれば、空さんも一緒に着たかったのですが……」


 ……う。楓ちゃん残念そうな顔でそんな卑怯な事を仰りますか。

 いや、でも私は執事と決まったし、たしかに希帆と楓ちゃんと一緒ならメイド服も悪くないかもしれないけど……いや! ここは初志貫徹! 私は執事服でメイド達を見て愛でる側にまわる!


「私は希帆や楓ちゃんのメイド服姿を眺めて楽しむよ」

「……もう。私だって空さんのメイド服姿を見て楽しみたいのに」

「まあ、私が執事の格好をするって事で変更が認められたようなもんだしね」


 希帆と楓ちゃんと一緒にメイド服着てキャイキャイするのも、キャイキャイできる精神力が残ってるかは別として悪くないかもしれない。が、執事喫茶への変更条件? が、私が執事の格好をするというものだしね。

 ……まあ、手芸部が10着ほどメイド服を用意してくれた現状を考えると、メイド喫茶いけたんじゃね? と思わんでもないのだけど。

 あと、これを大きな声で言うと、クラスメイト達の手首がクルックルして私がメイド服を着るはめになる気がするので大きな声では言えない。てか、気がするんじゃなくて、確実にそうなるから大きな声では言えない。


 私が断ると、未だに残念そうな顔をしている2人だが、いつまでも着る着ないで問答しているわけにもいかない。

 時間はそうあるわけでも無いので、さっさと次の作業に移らねば。


「じゃ、着たい人は松本さんと一緒に更衣室まで行って、試着してください」


 私がそう言うと、女子10数人が揃って更衣室の方まで行ってしまう。希帆も楓ちゃんも手を振って出て行ったので、それに手を振って見送ったが、あれ? 私1人だけ残ったってどういう事なの?

 あと、この後予定していたお菓子班による仕込みがあるはずなんだけど、皆いなくなっちゃったんですけど。あと、メイド服って10着しか無いんですけど! 厳密に言うと、鍋島君用のがあるので9着なんですけど!

 ……あ、なんか凄い寂しい。私も着ることにして付いて行けばよかったかもしれない。


「……片桐。当日のシフトの事なんだが」

「ああ、うん?」


 女子全員が居なくなり、私だけとなって呆然としていた所で真田さなだ君に話しかけられた。


「俺達野球部は、12時半から招待試合をやる事になっていてな。それで、シフトの事を話し合いたいのだが」

「……あ」


 ……しまった。

 すっごい大切な事を忘れていた。なんで忘れてたし自分! シフト凄い大切じゃんね! どうして忘れてたんだ!


「やっちゃいましたね。僕もすっかり忘れてました」


 宝蔵院ほうぞういんも、しまったって顔をしてそう呟く。

 なんで忘れてたんだ! とか、文句も言いたくなるが、私も忘れてたし、完全に八つ当たりなので言わない。てか、これを2人で話し合って無かった時点で、私達2人の落ち度である。


「……えっと、じゃあ、とりあえず今いる全員の希望を聞いておこう! 主役は男子になるわけだし、本当なら女子優先といきたい所だけど、男子の都合優先で」


 私が残って作業していた男子達にそう告げると、全員が作業を一時中断し、希望を述べ始めるので、それをメモしていく。




「……じゃあ、真田君は午前中に自由時間で、試合後に店に出てもらうのでも構わない?」

「……ああ、それで構わん」

今川いまがわ君は、サッカー部のたこ焼き屋が15時からシフトだからー……。お昼くらいまで店に出てもらって、午後から自由時間で大丈夫?」

「分かった、それでいいよー」


 全員の希望を聞き、誰々はどの時間帯と決めていく。

 ここで、最優先されるのは、真田君、今川君、館林たてばやし、宝蔵院達だ。コイツらはこのクラスのエースである。よって店をやってる時間帯において、最低でも1人は居る状態にしておきたい。

 竜泉祭の店の営業時間は10時から18時まで。で、19時からミスコンと、閉会式が予定されていて、20時からはキャンプファイヤーという感じだ。

 ミスコンに関しては、11時から16時までが投票期間となっており、その後集計し、ミスコンでは上位5名が強制的に招集され、衆目に晒された後に結果発表と、なかなかに鬼畜なラインナップとなっているらしい。しかも、選ばれた子達には一芸披露というか、まあカラオケ的なのを強制されるらしい。まあ、私は選ばれないから関係無いはずだ。……そうであってくれ。

 閉会式では、同じく投票で選ばれた、模擬店を表彰する催しがあるらしい。これは、ミスコンと違って、来場者全員が投票できる。しかも、部活模擬店部門では、次年度の部費優遇処置があり、クラス模擬店部門では、球技大会と同じで30枚綴りの日替わり定食のタダ券である。しかも、球技大会の時とは違い、大盛り無料券まで30枚綴りで付いているという破格っぷり!

 ……うん、自分で言ってて凄くセコイんじゃねって気がした。ま、まあ、でも大盛りがプラス50円必要と考えると、1500円浮くわけだし、学校のイベントの景品としては良いのじゃないかな! しかも、学食の日替わり定食は400円均一。それを、30枚って事は、全部大盛りで食べたとしたら13500円も浮く事になる! うん、やっぱり学校の景品としては破格だよね! まあ、私は要らないんだけども!


 ……話がすっごい勢いで逸れた。

 で、シフトに関してなのだが、部活をしている人達に関してはシフト決めが楽だし、友達が何時に来るからその時間は開けておきたいって人も楽。むしろ困るのが、帰宅部でそういう予定も無い人達だ。

 中には帰宅部だけど、学外から彼女が来るから待ち合わせて見て回りたいので午前中は開けてくれとか、幼馴染が遠方からわざわざ来てくれるから午後は無理とか、リア充めってのがあったけどね。まあ、楽しんでほしいのでもちろん考慮しますよ。


 で、だ。

 誰のシフトで悩んでるかと言うと、館林と宝蔵院のシフトだ。あ、あとついでにネタ枠の鍋島君。

 午前中に関しては今川君がいるし、試合が終わってからなので厳密な事は言えないが、15時以降が真田君。

 現状空いてるのは午後から15時くらいまで。で、そこに2人のうちどちらかを入れて、どの時間帯を2人体制にするか、だ。


「んー……どうしよう」

「どうしたんすか?」

「てか、俺らはどこに入りゃいいんだ?」

「僕らは特に予定も無いので、片桐さんにお任せしますよ」


 他の男子達のシフトはポンポンとテンポよく決まっていったが、3人のシフトが決まらずに悩んでいると、そう言われた。……今、それを悩んでるっつの。てか、宝蔵院も働け。


「……客寄せ枠って事で館林君か宝蔵院君を午後からのシフトに入れたいのだけど、どこを2人にしたらいいかと思ってね。あと、ネタ枠の使い道」

「あー、なるほどな」

「ねえ、もしかしなくてもネタ枠って俺っすよね!?」


 悩んでる理由を説明すると、納得した表情を見せる館林。そして、ネタ枠扱いに抗議する鍋島君。……君は、さっそくメイド服をなんでもないような顔をして試着してる辺り、絶対にネタ枠だと思う。……折角、女装してるんだし鍋島君に源氏名は必要だろうか。


「鍋島君、源氏名どうする? やっぱり鍋島直茂だし、彦鶴ひこづるふじ?」

「……いや、藤は姉ちゃんの名前だし勘弁してください」

「……片桐さん」

「ああ、うん?」


 鍋島君の源氏名をどうするかと聞いて遊び、お姉さんの名前が藤だと判明した所で、宝蔵院に話しかけられた。なんだろうか。


「この、午後からのシフトの所だけ、ちょっと人数が心もとなくないですか?」

「……あれ、たしかに」


 宝蔵院の指摘を受け、シフト表を見直してみるが、たしかに他の時間帯より少なかった。まあ、と言ってもちゃんと居るのだけどね。

 全員の希望を考慮した結果が、こうなったのだろう。さすがに仕事と違って、無理してここ入れなんて事ができるわけもなし、仕方ない。


「あと、やっぱり一休みをしたいと考えたりするのが、この午後からの時間帯が中心になってくると思います。この時間帯は人数を多めにした方が良いかと」

「……て事は、午後からのシフトは残り全員投入にする?」

「ええ、それが良いかと」


 さっき、宝蔵院仕事しろと言ってすまんかった。

 一生懸命シフト表睨んでると思ったら、ちゃんと考えてくれてたんだね。


 さて、これでだいたいのシフトが決定した。

 午前中の中心は今川君で、午後からは館林と宝蔵院と鍋島君。そして、15時以降は真田君が中心となってお店を盛り上げていく感じだ。……あ、私はどんなポジションで入ればいいのだろう。

 執事の格好をするという事は、お店に出ないといけないわけだし、でもお菓子の方もいつでもヘルプで入れないといけない。

 と、なるとだ。午前中に関しては、お菓子の在庫的にもある程度の余裕はあるだろうし、お客さんも最初から喫茶で一休みとはならないだろう。来るとすればクラスの身内関係だ。

 ……うん、やっぱり午後からかな。忙しさのピークを考えるとやっぱり午後から入った方が良い気がする。……ん、いや、午後はお菓子作りのヘルプに専念して、店は夕方か? ん、んー? ええ、私はどこに入ればいいんだ?


「……なに百面相してんだ?」

「……え? 顔に出てた?」

「ああ、思い切り」

「面白かったっす」

「珍しいですね」


 ……悩んでたのが、思い切り顔に出てたらしい。普通に恥ずかしいが、今は聞かなかった事にしよう。で、ちゃんと自分のシフトを考えねば。


「で、なにをそんなに悩んでるんだ?」


 私が考え事の続きをしようとしたら、館林に邪魔をされた。まあ、厳密には邪魔では無いのだけども。

 そうだな、私がどこに入るのがベストなのか、試しに相談してみるか。私の視点で考えるより、良い案が出るかもしれない。


「私はどの時間帯で出るのがベストなのかなって悩んでた」

「ああ、なるほど」


 悩んでる内容を言うと、納得した顔をする館林と、他の面々。


「そうだな、忙しくなるであろう時間帯に店に居た方が助かりそうだ」

「ですね、僕らじゃ対応しきれなくなりそうですし」

「そっすね、ちゃんと陣頭指揮ができる人がいてほしいっす」

「……いや、陣頭指揮なら宝蔵院君がやるだろうし、仕事内容なら館林君が引っ張れるでしょ」


 忙しくなるであろう時間帯に少しでも多くの人員をっていうのは分かるが、陣頭指揮などは宝蔵院もいるし、分からない事は館林に聞けば、大抵はなんとかなるんでなかろうか。


「俺は、そういうの柄じゃねえからなあ」

「僕は片桐さんが思ってるよりも指揮能力ありませんからね?」

「ぶっちゃけ、そういう場の時に委員長である宝蔵院君を片桐さんが立てる行動をしてるから、クラスの連中が宝蔵院君に付いてる感はあるっすよね」


 ……鍋島君のぶっちゃけ方がとても酷い。宝蔵院も反論しない辺り、同じ事を思ってるのだろうか。んー、私は普通に指揮能力はあると思うのだがなあ。


「ま、片桐さんが成功させたがってる感じがしたから積極的に参加してる感はある」

「だな、宝蔵院だけだったら、ここまで積極的にやってたかねえ俺ら」

「うちのクラス可愛い子多いし、いいとこ見せようと思ってやってたんじゃね?」

「あー、それはあるかも。でもやっぱ片桐さんが一生懸命だってのがでけーよな」

「女の子相手と野郎相手じゃ、やる気が全然ちげーわな」

「「「「「ワハハハハ!」」」」」


 私達の話を聞いていたのか、いきなり会話に参戦してきて、言いたい放題言った挙句笑い出すクラスメイト達。

 まあ、たしかに女の子と男子にお願いされたのじゃ、やる気が全然違ってくるのは分かる。私も女の子にお願いされたほうがやる気が出るってもんだ。

 だが、宝蔵院よ。君は少しは反論すべきだと思うんだ。ここまで言われて反論しないのはどうなんだ!


「宝蔵院君は反論しないの?」

「なにがです? むしろ、全て事実だと思いますよ。僕は人望なりリーダーシップなりは人並みですよ」


 宝蔵院に反論しないのかと聞いてみれば、なんでも無いような顔をしてそう言われた。

 ……くそう。なんで、宝蔵院の事で私が悔しがっているんだろうか。いちおう委員長なわけだし、色々と一緒にやってきたのに、こんなにもあっさりと自分が委員長に向いてないと言うからなのだろうか。


「まあ、宝蔵院君も女子人気はやっぱりあるっすけどね。そういう意味ではリーダーシップはあると思うっすよ。でも、それじゃきっと男子達は嫉妬して宝蔵院君に付いて行かなくなる」


 鍋島君がなにか語り始めたが、たしかに言う通りかもしれない。イケメンの委員長に女の子達が言う事を聞いてれば、男子は反発したくなるかもしれない。


「で、そこで片桐さんっす。男子人気ってかもはや一部では崇拝と言っていいかもしれない状態の人が、副委員長として宝蔵院君を支える事で、男子も宝蔵院君に付いて行く気になるっすよ。まあ、なんだかんだウチはバランスいいでんしょうね」


 ……なるほどー。

 そういう考え方もあるのね。ふむ、委員長なんてまっぴらごめんだと思って押し付けた役職ではあったけども、結果オーライだったわけだ。それは良かった。

 だが、今の会話の中で一部分看過できない箇所があった。崇拝ってなんだ、崇拝って!


「あ、それはあれっすね。婚前交渉云々の話っす。いやー、あれであの日は祭りになりましたからね! 凄かったっすよ!」

「……いや、ホントもうそれ忘れて」


 崇拝ってなんだと聞いてみれば、私が怒りのあまりぶちまけた恥ずかしい過去が出てきた。

 ……本当に勘弁してください。てか、祭りってなんですか。どこで祭りがあったんですか。なんなんですか。

 人の噂も七十五日って言うし、あと少しすればきっと無くなるさとか思うけどね。あー、七十五日経つまであとどれくらいあるんだろう。あの噂が10月頭で、今が11月半ばでしょ? ……あー、あと1ヶ月くらいはあるのか。……長いなあ、七十五日。


「空ー! たっだいまー!」

「空さん、ただいま戻りました」


 七十五日まであと1ヶ月もある事に絶望してると、希帆と楓ちゃんを含めた女子達が帰ってきた。


「おかえり。どうだった?」

「ちょっと大きかったけど、着れたよ! ぶかぶかなのは、そこがまた良いんだって言われた!」

「私も少し裾が長かっただけで問題ありませんでした」


 どうだったかと訪ねたが、2人とも問題無いようで何より。希帆のぶかぶかなのがまた良いってのは、小さい子がメイド服着て頑張ってる感じなのが良いって意味なんじゃないかな。きっとそうだと思う。


「よし、じゃあ女子の皆もシフト決めちゃおうか」


 戻ってくるまで、男子のシフト決めをしていた事を言い、次は女子のシフトを決める。

 できれば、希帆と楓ちゃんと一緒のシフトがいいなー。




 ----------




 シフト決めも終わり、現在家庭科室におります。

 シフト自体は大した混乱もなく終了。午前中にフロアリーダーになれる人物が居なかった事もあり、バレー部3人娘である、前田まえださん、中東なかひがしさん、後藤ごとうさんの3人には午前中に入ってもらう事にした。

 3人に固まってもらったのは、15時からバレー部の方の模擬店に行かなくてはならないのと、やっぱり3人の仲が良いからってのが理由だ。あと、中東さんがいれば、私達が居る時よりも上手くクラスを纏める気がするのでね。リーダー役を期待しての配置。

 で、希帆と楓ちゃんは希望通り午後からのシフトになった。これで一緒にお店に出れるのだ。

 店の役割分担的には、基本的に男子は接客や配膳。女子は注文された品の用意となっている。まあ、うちのクラスは男子の方が人数多いから、必然的にシフト内の男子が増えるので、接客や配膳以外の仕事をしてもらう男子も出ると思うけどね。


 で、家庭科室で何をしているかと言うと、お菓子作りでございます。あ、家庭科室と言っても、文芸部の部室になってる方ではなく、第2家庭科室の方ね。

 他のクラスの人達も使ってるが、肝心のオーブンレンジは4台もあるため、問題にはならない。


 で、今日作るのはクッキーである。これは、来てくれたお客さんにお土産用として渡すやつ。

 本番2日前だが、クッキーは日持ちするしって事で、今から作っても問題無いし、なによりお土産用なので日持ちした方がベストであろうという判断だ。

 また、今日のうちにかなり作る予定ではあるが、当日足りなくなる可能性が高いため、簡単に時間のかからない事を重視して、搾り出しタイプのクッキーを作る事にした。生地を冷凍したり、切ったりの作業が省けるし、型抜きタイプのだとしても、伸ばして型抜きという工程を省けるので時間短縮に繋がる。あと、搾り出しタイプは見た目も派手な感じになるからね。見目という面でもお土産用としては向いてるんじゃないかなーなんて思ったわけです。


 で、クッキーだが、練ったバターにグラニュー糖を入れて混ぜ、そこに溶き卵を少しずつ入れながら混ぜる。で、混ざったらバニラエッセンスを入れて更に混ぜ、薄力粉を振るって更に混ぜるだけ。味にバリエーションを付けたかったので、生地も3種類用意した。

 普通のプレーン生地に、抹茶味に紅茶味だ。何かを混ぜる場合、薄力粉の量を減らして、その分だけ味付けしたいのを入れたらいい。抹茶味の場合は抹茶だけだが、紅茶味にはスキムミルクを入れた。


 で、まあ生地を作る係と搾り出し係、焼き係と分けてるわけだが、1人ではなく何人もの人数でやってるので、回転率が凄く良い。そして、その回転率のおかげか、どんどんクッキーが焼け、私達の周りにはクッキーの焼けた良い匂いが充満しているのだ。正直、お腹にくる。


「ふー、お腹が減った!」


 搾り出しをしていた希帆が顔を上げる。どうやら、お腹が減ったらしい。


「クッキーお味見する?」

「するー! でも、それだけじゃ足りないよ!」


 お腹が減ったというので、クッキーの味見をするか聞いてみれば、ノータイムで答える希帆。だが、それだけでは足りないらしい。

 まあ、もう19時過ぎてるしねえ。もしかして、今日はこのままお泊りになるのだろうか。

 しかし、夕飯か。時間的に家で夕飯を食べるのは厳しいと思って、既に何か食べて帰るとは言ってあるが、どうするかな。今のが焼き終わったらコンビニでも行きますかね。


「今の分が焼き終わったら、コンビニでも行って夕飯買おうか」

「あ、学食が今日は20時まではやってるそうですよ?」


 私がコンビニに行こうかと提案すれば、楓ちゃんがそんな事を教えてくれた。

 あれ? 学食ってたしか17時くらいまでじゃなかったっけ?


「今日明日は、竜泉祭の準備で遅くまで残る生徒が多いだろうし、学食も遅くまでやってるそうです」

「あ、そうなんだ。じゃあ、学食にする?」

「おー! そうしよう!」


 楓ちゃんの説明で納得。たしかに、多くの生徒が学内に残ってるというのに、食事はコンビニ行ってねっていうのは不便だものね。その辺りは学校側もちゃんと気遣ってくれてるみたいだ。

 で、楓ちゃんの説明を受けて、学食に行こうかと提案すれば、ノータイムで賛成する希帆。そういえば、今は肌寒くなって中庭じゃなく教室内でお弁当食べてるし、それまでは中庭でだったし、学食って私達は1度も利用した事がないな。

 うむ、希帆が少しはしゃいだ感じで賛成してるのは、それも理由の1つかもしれない。

 因みに、他の女子達や、お菓子作りに参加していた男子数人も賛成らしく、お腹減ったねーなんて言ってる。


「あ、そういえば今の時間でも日替わり定食って残ってるのかな」

「あー、どうなんだろうね? でも、なんで?」


 私がある事を思い出し、日替わり定食が残ってるかなと呟くと、それに希帆が反応する。


「いやね、前にもらった食券まだ1枚も使ってないから、使ってみようかなーって思って」


 そう、私が思い出したのは、前に球技大会で景品としてもらった食券だ。

 今までずっとお弁当だったので、使う機会が全く無く、1枚も使ってない状態で財布の中に入っている。良い機会だし、食費も浮くので、日替わり定食が残ってるなら使ってしまおうと考えたわけだ。


「あ、あー! そんなのあったねえ。……私、使う機会ないから部屋に置きっぱだ」

「私も自分の部屋の机にしまったままです……」


 私の言葉に対し、がっくりと凹む希帆と楓ちゃん。

 どうやら、使う機会もないので持ち歩いてすらいなかったらしい。


「じゃあ、日替わり定食が残ってたら、私の食券を分けようか?」

「いいの!?」

「いいんですか?」

「うん、かまわないよ。どうせ、30枚なんて今年度中に使わないだろうし」

「あ、あの! 片桐さん!」


 普段はお弁当なわけだし、こういう機会に一気に使ってしまおうと考え、希帆と楓ちゃんにそう言ったら、少し離れて立っていた中東さんに話しかけられた。なんだろうか。


「……厚かましいお願いなんですけど、もしよかったら、私にも分けてもらえませんか? 私、全部使っちゃいまして……」


 何用かとそちらを向けば、そんなお願いをしてくる中東さん。そっか、中東さんは使い切ってしまったのか。30枚綴りのあれを使い切るなんて凄いなって……お弁当じゃなく学食やコンビニでお昼を済ませてる人間からすれば、むしろ普通か。むしろ、30枚全部残ってる方が稀かもしれない。


「いいよ、2枚でも3枚でもどうぞ」

「ありがとうございます!」


 私が構わない旨を伝えると、はにかみながらお礼を言う中東さん。うーむ、この人も可愛いな。性格はちょっとアレっていうか、意味が分からなくて怖い部分があるけど、普通に可愛い。

 まあ、女子バレーのホープなだけあって、私よりも10センチ近く背が大きいし、ボンキュッボンなその体型だと、可愛いよりも綺麗って言った方が適切かもしれないけども。ベリーショートなその髪型も似合ってていい感じだし、さぞかしモテるのだろうなあ。


「あの、私にも譲ってもらえないでしょうか!」

「私にも!」

「お、俺にもお願いします!」


 私が中東さんに分ける事を了承したのを聞いていたのか、次々と自分にもと言い出すお菓子班の面々。


「別にいいよ。……まあ、これで日替わり定食が売り切れてたら意味ないんだけどね」


 お菓子班の半数が分けてほしいと言ってきたが、別に枚数的にはなんの問題も無いので了承する。

 てか、全部あげるから好きに使えと言ってしまいたくなる。

 ……まあ、クラスの一部の人間にあげて、他にはあげないとなると、不公平な気がするし、全員に配るとなると枚数が足りないので言いませんがね。




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 てなわけで、クッキー制作もひと段落したので学食です。

 学食内は、生徒の数がけっこう居るが、空席が充分にあるので私達が座る分の確保は容易だろう。

 で、まずは発券機で買うわけだが、まあ、今回は無料券があるので買う必要はなし。男子が大盛り券だけ買ってるくらいだ。

 発券機の横にある、ガラスケースを見ると、料理のサンプルが置いてあり、どんな料理があるのかが分かる。今日の日替わりは、おろしトンカツ定食と、鯖の竜田丼らしい。発券機の所を見れば、まだ売り切れのランプは灯ってなかったので、売り切れてないみたい。セーフだ。発券機の値段を見る限り、日替わりの値段は定食も丼も400円均一らしい。けっこうボリュームありそうな感じなのに、リーズナブルだなあ。……まあ、学食のご飯が高かったら意味が無い気もするけど。

 で、何にするかだけど……んー、今日は肉な気分じゃないんだよね。魚って事で竜田丼にしようかな。日替わり以外でも美味しそうなのがあったので、ちょっと迷ったけど、無料券あるからお金も浮くし、使えるなら使った方がお得だよね。てか、ここはけっこうメニューが多いんだね。何種類くらいあるんだろうか。麺類のバリエーションとかを考えると、ちょっと数えるのが面倒かなって思うくらいにはあるぞ。


「空はなににしたのー?」

「ん? 竜田丼にしたよ。希帆は?」

「私はトンカツー。大盛り!」


 希帆はおろしトンカツ定食にしたらしい。大盛りとか凄いけど、食べられるのかな、この子。……いや、ご飯2杯とかペロリと食べちゃう子だし、平気で食べるんだろうなあ。


「空さん達は決まりましたか?」

「うん、決めたよ」

「じゃあ、行きましょうか!」


 楓ちゃんも決めたのか、こちらへと来て、中東さんの号令で全員が配膳カウンターの方へと向かう。

 因みに、中東さんも当然のように大盛りらしい。……まあ、運動部だしね。食べる量は多くなるよね。


「すみません、お願いします」

「はいはい、ああ、引換券ね。定食と丼とどっちにする?」

「丼で。ご飯は気持ち少なめでお願いします」


 学食のおばちゃんに券を渡し、ご飯は少なめにお願いする。

 ガラスケースに並んでたサンプルを見る限り、けっこうボリュームある感じだったからね。なんだかんだクッキーの味見をしたりもしてたので、抑えた方がいいだろう。


「えー、空ご飯減らすの? 平気? 足りないよ?」

「うん、ちょっと多そうだったしね。腹八分目が丁度良いんだよ」

「……むう、なんでそんな少食でしっかりと栄養がいくんだ」


 希帆に足りないと言われたが、私としては充分なので、そう説明をする。

 すると、納得がいかないと言う顔をして、私の事を、てか主に胸とかを見ながらそう呟く希帆。

 ……私としては、なんでそんなに食べてるのにどこにも肉が付かないのか希帆に聞きたい所なんですけどね。


「ま、私はどんなに食べても太らない体質だしねー」


 そんな事を呟いたら、希帆にそう言われました。なにそれ羨ましい。私だって、太りやすくなければたくさん食べるのになあ。てか、料理好きなのだって、作った物を美味しいと笑顔で食べてもらうのが好きってのもあるけど、自分が美味しい物を食べるのが好きっていうのも多分にあるわけで。なのに、太る事を考えて食べる量を調整しなきゃいけないジレンマ……!

 まあ、そんな事を言ってるなら好きなように食べればいいじゃんとか思うかもしれないけどさ。でも、せっかく苦労して手に入れた割れた腹筋とかを、自分の不摂生でまた無に帰すなんて悔しくない? 悔しいでしょ? 別に、モテたいとか痩せたいなんて微塵も思ってないさ。でも、自己満足で手に入れたこの肉体は維持をしたいわけですよ。

 今の肉体を維持しつつ、美味しい物をできる限り作り、食事も楽しむ。……ああ、なんと難しい事だろうか。でも、凄い燃えるよね。楽しいよね。……ある意味で私は変態なんだろうね。


「はい、おまたせ」

「あ、ありがとうございます」


 話しながら少し待っていると、日替わり丼が出てきた。

 ご飯の上に水菜が乗り、その上にタレのたっぷりかかった鯖の竜田揚げと半熟卵。うん、普通に美味しそうだ。


「あー、美味しそう。私もそっちにすればよかったかなー」


 そう言って、竜田丼を半口を開けて眺める希帆にも、注文した日替わり定食は来ている。

 内容は、おろしトンカツに、小鉢、お味噌汁にご飯だ。おろしトンカツのお皿には、キャベツの千切りとトマト、あとマカロニが乗っていて、小鉢は何種類か選べる中から五目ひじきを希帆は選んだみたい。


「さて、どこに座ろっか」


 全員にご飯が出てくるまで待ち、どこに座るかと聞く。

 席はけっこう余裕あるし、どこでも座れるとなると悩むよね。クラスメイトでもいれば、そっちに行ったのだけど、ざっと見回した限り居ないっぽいし。


「んー、やっぱり外が見えるとこがいいかな!」

「私も外の景色が見えた方がいいですね」


 ふむ、なるほど。

 まあ、たしかに学食の真ん中で食べるよりは、外の景色を眺めながらの方が美味しく食べられそうだよね。……さすがに今の時期に、しかも夜にテラスで食べる気にはなれませんけども。


「じゃ、そうしようか」

「おー!」


 他のクラスメイト達にもそれで構わないか聞き、大丈夫です! と元気な返事を貰った所で、配膳カウンターの真向かいの方、たぶん1番景色の良い辺りに向かう。


「おー! こっから見ても夜は綺麗だねー!」

「本当に、綺麗ですねえ」


 希帆と楓ちゃんが、席に着くなり感嘆の声をあげたのは、全面ガラス張りになった窓から見える学食のある中庭。

 前にも言ったが、学食の周りは池で囲まれ、更にその周囲は木々が植えられ、芝生が生い茂った中庭にはテーブルベンチが設置されている。夜になったら、それらは見えないと思うかもしれないが、ガーデンアップライトで木々が照らされ、池の周りや、芝生の各所にはスタンドポールライトが設置されて、とても綺麗にライトアップされていた。……学校でここまで気合を入れて中庭を照らす意味と考えると凄く無駄な気もするが、まあそれは置いておいて、見る分には素晴らしく良い景色である。

 因みに、希帆が夜は綺麗だねと発言したのは、この時期になると、学校が終わるころには殆ど日は落ちており、そして廊下から見下ろすこの中庭が綺麗にライトアップされているからだ。私達が帰る時間でそうなのだから、部活で帰りがもっと遅い人達は、案外このライトアップで疲れを少しだけ癒して帰るのかもしれない。


「じゃ、食べよー!」


 少しの間、ライトアップに見蕩れていた希帆だが、もう待ちきれないといった感じでそう言い、それに合わせるようにして、皆も席に着き食事を開始し始めた。




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「お、片桐達じゃねえか」


 食事を始めて数分し、横から声をかけられた。この声は館林だ。


「お疲れ。そっちの皆もご飯?」

「ああ、とりあえず何人かに分けてな。まだ、終わってねえし」

「案外、飾り付けって大変ですね」

「泊まり込みは駄目らしいっすからね。ちょっと急がないとまずいっす」


 声のした方を向き、声をかければ館林に宝蔵院に鍋島君と、いつもの面々がご飯を乗せたトレイを持って立っていた。

 乗ってるのを見ると、カレーに唐揚げ定食にラーメンと全員が違うのを持っている。……日替わり定食の無料券は既に使い切ったのだろうか。

 少し周りを見渡せば、他にもクラスの人達が少し離れた席に何人かのグループになって座っている。人数は、だいたい作業班の半数程度だろうか。作業を中断するわけにはいかないから、半分ずつくらいに分けて食事をしにきたのだろう。

 しかし、鍋島君はさっき予想外の事を言わなかっただろうか。……泊まり込みが駄目だと?


「え、学校に泊まり込みって駄目なの?」

「ああ、らしいぞ。それよか、俺らも座っていいか?」

「どうぞどうぞ! あ、今退きますね!」


 館林が座っていいかと聞いてきたら、なぜか私の隣に座っていた中東さんが焦ったように立ち上がり、席を勧める。

 いや、席はまだ余ってるのだし、なぜ立ち上がって退こうとするんだ。別に近くのテーブルに座るんでもいいじゃないか。なんなら、机を動かしてくっつければ話もしやすい。中東さんが退く意味が分からない。


「いや、わざわざ退いてくれる必要は無いんだが……」

「いいんですいいんです! 目の保養のためですから!」

「……は?」

「美少女と美男子が並んで食事をとる風景とか、もう素晴らしく目の保養じゃないですか! だから、そのためなら、たとえ片桐さんの隣の席を確保できたとしても退きます! てか、ここに座りなさい!」

「……お、おう」


 ……以上、中東さんと館林の会話です。

 いや、本当に中東さんはたまにってか、ちょくちょく意味が分からない。もしかしたら、残念な美人ってこういう人の事を言うのかもしれない。


「……失礼」

「……あ、うん」


 そして、気まずい。

 中東さんに押し切られて館林が私の隣に座ってきたが、その原因を作った中東さんのせいで少し気まずい。


「……なんて言うか、うちのクラスってマトモな人いないんですかね」


 宝蔵院も、他の人に譲ってもらったというか、押し切られた席に座り、疲れたような顔をして呟く。

 いや、中東さんが特別変わってるだけで、他の人達はマトモだと思うんだけど……うーん。あの時の異常なまでの一致団結っぷりを見てるからなあ。


「なに言ってんの! 私、超マトモじゃん!」

「ああ、はいはい。そうでしたね」

「……むー!」


 宝蔵院の呟きに対してそう発言するが、軽く流されて頭をグリグリと撫でられむくれる希帆。


「……マトモなのは私だけだな」

「……ハッ!」


 ……おい?

 軽く冗談も混じえてだが、そう呟いたら、館林に鼻で笑われた。どういう事ですかね? 鼻で笑うって。てか、アンタだって人の事笑えるほどマトモじゃないでしょうに!

 元不良なくせして特待生になれるほどの入試成績を叩き出し、定期考査では常に私に次ぐ2番目。そして、運動神経だって抜群ときてる。バイトもしながらこれって、アンタは人の事を笑う事ができない、チート枠な人間だからね!? その辺分かってるんかな!


「どう考えてもマトモなのは俺だけっていう」

「いや、それはねーよ」

「鍋島君がマトモとか、まず無いですね」

「それは無理があるよ!」

「ちょっと、それは厳しそうですね」

「まあ、無いだろうね」

「ねえ、俺の時だけ全員から否定喰らうとかなんなんすか? なんなんすか?」


 なにこれイジメ? とは鍋島君。

 イジメと弄られって紙一重だよね。本人次第では弄ってるだけのつもりでもイジメにもなるわけだしさ。まあ、鍋島君の場合は完全にただ弄られてるだけなんですけども。


「まあ、僕らの中にマトモや普通って言葉が当て嵌る人はいないでしょう」


 ……認めたくないが、宝蔵院の言う通りかもしれない。

 宝蔵院は、祖父が理事長で親が大物政治家の秘書。そして、家にお手伝いさんがいるって時点で普通とは程遠いしね。鍋島君も色んな意味で普通とは言い難いと思う。館林は普通に考えてチート枠。希帆も色々と変だし、楓ちゃんも一見普通に見えて、けっこう変わった子だ。私も、認めたくは無いが、ぶっちゃけ産まれた所から普通では無い。……うん、マトモな人いないわ。


「……あれ? 私は普通じゃあ」

「いや、楓ちゃんも大概だからね?」


 宝蔵院の発言に納得がいかなかったのか、楓ちゃんが抗議の声をあげるが、正直楓ちゃんも普通の子とはちょっと言えない気がする。

 まあ、このメンバーの中では一番普通な子かもしれないけど、クラスの子達からすれば、変わった子だと思うんだ。例えば中東さんと一緒だったら……いや、例えが悪かった。中東さんは止めよう。とにかく! 世間で言う普通な子達の中にいたら、楓ちゃんも変わった子の1人だと思うんだ。


「あ、そうそう。話は変わるけど、泊まり込みは駄目ってどういう事?」


 明日は明日で、売り物用のお菓子作りがあるし、他のメンバーは100均だけど、耐熱のティーカップやティーポットを買い出しに行く仕事がある。可能ならば、今日泊まり込みでクッキー作りを仕上げたかったのだけども。


「ああ、条例だってよ。高校生はそういうの駄目らしい。21時には帰るようにだってよ」


 あー、そうなんだ。まあ、高校生で泊まり込みとか現実的には有り得ないか。委員会でなんにも言ってなかったような気がするけど、ちゃんと言っておいてほしかったなあ。……私が聞いてなかっただけとかもあるかもしれないけど。

 しかし、となると今が19時少し過ぎた辺りだから、あと2時間弱って所か。後片付けも考えると、クッキー作りができるのは1時間ほどかな。……うーん。まあ、足りなくなった時の事も考慮して、制作時間が短くて済む搾り出しクッキーにしたのだし、当日に不足したら作ればいいか。

 あ、飾り付けの方はどうなってるんだろう。明日は結構な人数が買い出しで抜ける予定だから、それで作業が間に合わなくなるとかなると、かなり困るのだけど。


「飾り付けの方はどうなってる? 間に合いそう?」

「ええ、今日ギリギリまで作業するのは当然として、明日の午前中を班全員で。午後からは数人いれば余裕で間に合うと思います」

「そかそか、それはよかった」


 飾り付けの進捗状況を聞いてみれば、明日中には終わりそうとの事。よかったよかった。これで厳しいってなったら目も当てられないからね。

 因みに、教室で作業してるのは、看板もそうだけど、蛍光灯の色を暖色にするための作業がある。やっぱり、普通の蛍光灯の色じゃ雰囲気出ないからね。落ち着いた感じにしたいので、薄い和紙にカラーセロハンを貼り付け、それを蛍光灯の大きさに合わせて切り、貼り付けるとう作業だ。地味に大変で神経を使う作業なので、時間がかかる。それに、これは埋め込み型の蛍光灯だからできた事で、そうじゃなかった場合、素人制作の微妙な蛍光灯カバーを作るはめになってたかもしれない。まあ、その点で言えば助かったね。

 あと、目立つ飾り付けといえば、カーテンタッセルだろうか。

 さすがに、カーテンを交換するとなるとお金が凄い事になってしまうので、今のシンプルな白いカーテンをなんとかおしゃれにしたいって事で、カーテンタッセルで飾る事を思いついたのだ。これまた、100均で使えそうな造花を買ってきて、コサージュを作成。そして、それに紐ゴムを着けて、カーテンタッセルの完成だ。真っ白なカーテンにワンポイントで造花が栄えて、なかなかに可愛い感じになったと思う。

 あとはまあ、細々とした作業と、我がクラスの手芸部総出でやってるメイド服の裾上げだろうか。

 机の配置とか、テーブルのセッティングは明日にやる。セッティングに使う花は園芸部から頂ける事になっている。チョコレートコスモスなどを貰える予定。チョコレートコスモスは、シックなチョコレート色のコスモスで、香りもチョコレートに似ているのだ。可愛いし、素晴らしい花を貰える事になって嬉しい限りである。

 因みに、園芸部ではこの時期に採れた野菜の直売をするらしい。すっごい行きたい。


「うし! 飯も食ったし、待たせちゃ悪いから作業戻るか」

「そっすね!」

「戻りますか」


 え? はっや! もう食べたの!?

 私が考え事や喋りながら食べて、ついさっき食べ終わったと言うのに、後から来た男どもはもう食べ終わったらしい。もうちょっと味わって食べなさいよ。……まあ、作業もあるから急いで食べたのかもしれないけどさ。


「じゃ、俺らは作業に戻るわ」

「あ、うん、いってらっしゃい」

「じゃーねー!」

「また、後ほど」


 戻ると言う館林達を見送る。

 なぜか、手を振りながら出て行った鍋島君に、反射的に手を振り返してしまったが、まあ希帆も楓ちゃんも手を振ってたので別にいいかと思っておく。

 しかし、さっさと食べて、さっさと戻っていく彼らに対し、少しまったりとしてしまってる私達。……うむ、微妙に罪悪感が。


「……さて、私達も戻ろうか」

「そうだね!」

「残りの時間も頑張りましょう!」


 いつまでもここに居たって仕方ないので、戻ることにした。頑張りましょうって言いながら、ムンって小さくファイティングポーズをとる楓ちゃんがすっごい可愛いけど、今はそれを愛でまくる時間は無い。なんと口惜しい事か。


「あ、アイツらトレイ片付けてない」

「あー、ホントだ」

「忘れてたんでしょうか」


 当たり前のように出て行ったので気付かなかったが、私の横には館林が食べたトレイと空になったカレー皿が置いたままである。

 希帆の隣にも同じようにあり、更にその向かいにもトレイが置きっぱなしである。……まったく仕方のない奴らだ。


「私、これ片付けてから行くから、先に行ってて」

「え? 私も手伝うよ?」

「いいよいいよ。1人でやるのも皆でやるのも大して時間変わらないから。それなら先に戻って作業再開しておいて?」

「ん、分かったー。空はいい子だねえ」


 希帆が手伝うと言ってくれたが、1人でやっても大差ないので、先に戻るように言う。

 しかし、希帆の反応が納得いかない。なんかいい子いい子と頭を撫でてきそうな感じである。そういうのをやられるのは希帆の仕事だと思うのだけどな!


 それにしても、片付け忘れたコイツらにはどういうお仕置きをしてやろうか。

 ……あ、そうだ。クッキーが出来上がったらクラス全員にお味見してもらうつもりだったが、あの3人だけそれを無しにしよう。うむ! 名案だ!

 よしよし、食べたいと言っても絶対にあげるもんか。そしたら、反省して次からはちゃんと片付けるに違いない。




 その後、ギリギリまでクッキー作りを頑張り、当日の客数にもよるが、なんとか足りるかもしれないって程度には作る事ができ、無事に21時に学校を出て、帰宅する事ができた。

 ああ、今日も館林は送ってくれやがりましたよ。なんだか、それに慣れてきてる自分がいてなんとも言えない感じ。

 なぜ、毎回のように遅くなると送ってくれるのか聞いてみたのだが、頭をポンポンと叩かれただけで何も答えてくれなかった。そして、頭を叩かれるのは嫌なので、反撃をすればあっさりと避けられるっていうね。……くそが。

 ……どうやったら、コイツに一矢報いる事ができるのだろう。負けっぱなしは悔しいのだ。いつか必ず反撃してやる。まあ、それまではこの送ってもらう事にも甘んじよう。

 反撃をする事ができたら、送ってもらう必要もないのだ。そういう事にしておく。

メイド服なんて着ないからな! 絶対着ないからな! 絶対だぞ!

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