第30話
最後の辺りは、主人公ではなく相手からどう見えてるかをイメージすると面白いんじゃないかなーなんて、書きながらふと思った。
さて、日曜日。
今日は前に宝蔵院と約束した、執事喫茶に行く日だ。昨日の夜にきたメールでは、電車に乗って2駅の所にあるらしい。
なので、その執事喫茶のある駅で今日は待ち合わせだ。まあ、夕方からなんだけどね。
もっと早い時間でもいいじゃないかと言ったのだけど、それだと都合が悪いらしい。……なんなんだ、それ。
さてさてさて、どうせ夕方まで暇だし、お昼時という事もあるので今日は私がお昼ご飯を作りましょうかね!
因みに、お昼時の今の時間まで何をしていたかと言うと、掃除機かけて洗濯してました。
雪花は掃除機の音が嫌いらしく、かけ始めると逃げる。でも、気になるのか遠くから掃除機をかける私の事を監視しているんだ。で、近づくと逃げる。そのパターンの繰り返し。もうね、可愛いよね。
おっと、それよりもお昼ご飯だ。
今日のメニューは安定のパスタ。ベーコンが半端な残り方をしてるので、それを使い切るのが目標。
いや、半端と言ってもけっこうあるんだけどね。これを朝食などで使うと、かなり微妙な量が残るのでここで一気にって感じです。
という事なので、母にお昼は私が作る事を言って、作業に取り掛かりますよ。
……母はどこに居るのだろうか。そっか、捜さなくてはならないのか。
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「あ、いたいた。母さん、今日は私がお昼作るね」
母を捜す事数分。やっと見つけた母にそう言う。
まず、1階を捜し回り居らず、2階の寝室まで行ったが居らず、ならば地下かと降りたら、プールサイドのソファでのんびり読書をしていたのだ。そんなわけで、見つけ出すのに数分を要した。こういう時、無駄に広いと苦労するね。掃除も時間かかるしさ。
なるべく手伝うようにしてるけど、普段は家事を1人で切り盛りしている母には本当に頭が上がらないわ。
「あら、もうそんな時間? じゃあ、お願いしていいかしら」
「うん、任せて」
悪いわねーと母が言って、読書に戻ったのを確認し、台所へと戻る。
さーて、腕によりをかけてといきますかね! 陸は今日はサッカーの日だ。つまり、作る量が少なくて楽!
じゃ、料理に取り掛かろう。お昼なので、軽く1品だけだけどね。
まず、お湯を沸かし、パスタを茹でる。まあ、これは当然というかこれが無きゃ始まらない。次はベーコン、を細かく刻み、水菜を4cm程度にカット。にんにくはみじん切り、大葉は千切りにする。
で、固形コンソメを大さじで2杯程度のお湯で溶いて、そこに大葉にんにく醤油を入れる。あ、大葉にんにく醤油っていうのはですね。洗って水気をとった大葉をスライスしたにんにくと一緒にひたひたにした醤油で一晩以上漬け込んだ物だよ。漬け込んだ大葉はご飯のお供になるし、醤油は醤油で幅広く色んな料理に使えるしで、かなりオススメ。
……しかし、こんなににんにく使って出かけるのに大丈夫だろうか。い、いや、食べた後に歯を磨くし、たぶん大丈夫だよね!
さあ、続きに取り掛かろう。
フライパンにオリーブオイルを入れ、にんにくを香りが出るまで炒める。で、ベーコンを更に加え、カリカリになるまで炒める。
炒めたにんにくとベーコンは一度お皿に避けて、オリーブオイルを追加し、茹で上がった麺を入れる。
麺に、油をしっかりと絡めるように混ぜて、さっき用意しておいたコンソメを加えて胡椒をし、全体が均一になるように混ぜれば完成。
あとは、お皿に敷き詰めた水菜の上に盛り付けて、ベーコンを振りかけて、刻んだ大葉を載せる。
これで、ベーコンと水菜のサラダ風? パスタが完成だ!
「できたよー!」
台所から、両親を呼ぶが、たぶん聞こえたのは玄関横の書斎にいる父だけ。母は下まで降りて声をかけないと無理だろう。
よし、全員分盛り付けたら呼びに行きますかね。
「お、そうか今日は空が作ったのか」
「あらー、美味しそうね。それにしても、空はパスタが好きねえ」
準備が終わって、さあ呼びに行くぞという所で両親がリビングへと入ってきた。
どうやら、父がこちらへ来るついでに母を呼びに行ってくれたらしい。手間が省けて助かった。
父は私が作ったと気付いて嬉しそうな笑みを浮かべているが、母を下まで呼びに行ったのは父だし、声をかけたのは私なのだから、最初から気付いてるだろうに。少しわざとらしく嬉しそうにするのはなんでなんだろうね。まあ、嬉しそうにしてくれると嬉しいんだけども!
母は、美味しそうと喜びながら私のパスタ好きっぷりに呆れてる感じ?
いやね、だってさ。安い、楽、美味しい、アレンジが効く、と三拍子どころか四拍子も揃ってる素晴らしい選手ですよ、パスタ君は。これを好きにならずしてどうすんのさ! って感じだよね。
では、いただきますをして食べましょう。
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「そういえば、空。今日は夕方に出かけるんだったな」
「ん? うん、そうだけど?」
食事中、父が思い出したように今日の予定を聞いてくる。なんだろうか。
「そうか。あの女の子2人とか?」
「うん、それとあと宝蔵院君っていう人。竜泉祭でやる出し物の取材みたいなもんだからね」
父はそれを聞いて、そうか。と言ってるが、なんなんだろうか。
あ、そう言えば、鍋島君は来るのかな。あと、館林か。んー……そもそも2人は誘ってないしなあ。鍋島君は流れで参加もありそうだし、私が先に帰った後に正式に誘われたかもしれない。館林もその可能性はあるが、あの場に居なかった事を考えると、参加の可能性は薄い、か。
「あら? 館林君は参加しないのかしら?」
その会話を横で聞きながら食事をとっていた母が、笑みを浮かべながらそう言って会話に参加してくる。
母の言葉を聞いて、父の食べるフォークの動きが一瞬ピクリと止まった気がしたが、どうしたのだろうか。
あと、この笑みを浮かべた母は危険だ。主に私を弄る時に浮かべる笑みだ。細心の注意を払っていかなくてはならない。
「たぶん、参加しないと思うよ。何も聞いてないし」
「えー……」
私がなんでもないように言うと、えーと言って口を尖らせる母。アラフォーなのにその仕草はどうなの、と思うが、命が惜しいので口には出さない。
しかし、館林が参加しない事のいったい何が不満だというのかね母は。未だにアレが彼氏だとか誤解をしてるんじゃなかろうか。
「その……なんだ。空は、その館林君なる人物と好き合ってるのか?」
なら、一度連れてきなさい。とは、父。
…………はい?
え、なんでそんな突飛な方へ向かっていくの? しかも、父が! え、なにこれ。両親の間では私が館林を好きな事が確定事項なわけですかね!? いやいやいや、それは無いから! 無いから!
「いやいや、それは無いから。無いから」
「あら? でも、館林君の方は空の事が好きなのよね?」
私が父に向かって否定すると、母が変な事を言ってくる。
だから、それは無いって言ってるでしょうが!
あと、それを聞いた父の表情が何かを考え込むような表情になっていて、怖い。なんなのこの流れ。なんで、こんな事になってるの……。
……ああ、とりあえず母の言った事は否定しとかないとな。
「だから、それも有り得ないって言ってるでしょう?」
「……空はお子様ねえ」
「……母さん嫌い」
私が否定すれば、半笑いといった表情でお子様なんて言ってくるので、嫌いだと言ってやった。母は、それを聞いて微笑ましい顔をして私を見てる。……嫌いだ!
因みに、父には嫌いなんて絶対言わない。まあ、言わせるような事をしてこないってのもあるけど、小学生の頃だったかな? ひょんな事から軽い気持ちで嫌いだって言ってみたらガチヘコみされた事があるので、言えないのだ。
あの後、慰める為に嘘だよ大好きだよと言ったり、一緒にお風呂に入って、寝る時も一緒だったりしたのは、あまり思い出したくない思い出だ。
さて、さっさと食べてお出かけでもしちゃおう。
このまま家に居たって弄られるだけな気がする。時間には早いけど、本屋でも行って時間潰せば大丈夫さ!
パクパクと急いで食事を終え食器を片付ける時に、父にもう一回確認されたので、有り得ん! と否定をしておいた。
……食器を洗ってる時に、今の態度は俗に言うツンデレに近いものがあるのでは、とふと思ったが、それを深く考えるとおそらく自己嫌悪で死にたくなるので、考えない事にする。
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さて、本屋に来ています。
と言っても、何か買う予定も無いしどうしようかなといった所なんだけども。何か目に付いた小説でも買って、喫茶店で時間潰すのもありかもしれないな。
あ、今日の格好だけど、執事喫茶ってどういう格好をしていけばいいのか分からなかったので、特別気合が入ったりもしてない普通の格好にした。
ワインレッドっぽい感じの指穴ニットソーに、オフホワイトと黒で裾と袖部分が配色された、ドルマンスリーブのバイカラーカーディガンだ。下にはホルターキャミを着ている。で、下はスキニーデニムとカントリー風デザインのサイドゴアショートブーツ。ヒールは5センチと若干低めのブーツだ。まあ、ヒールが高い靴はあまり好きじゃないので、ヒールのある靴はだいたいこの位の高さのやつしか持ってないんだけどね。
髪型は、いつも通りのセンターパートのロング。巻こうかなとか思ったけど、面倒だったしやめた。
でだ、本屋にいるわけだが、誰かオススメの小説とか漫画とかなんでもいいから教えてくれんだろうか。
こういう時に、基本的に漫画雑誌とかを読まないのが災いするよね。ネットで見かけたオススメ漫画とかで興味が出たら、検索してレビューとか見てみたりはしてるんだけど、買うには至らない物が多いし、そういうのって買おうと思ったら、即買いに行く人なので、なんとなく立ち寄った本屋で買ってなかったからこれ買う、とかが無いんだよね基本。
……うーむ。欲しいと思う本が特に無いなあ。
よし! 本を見るのを止めて、洋服を見に行こう! そうしよう!
同じデパート内にあるのだから、移動も楽だしね!
で、同じデパート内にある洋服屋さんなう。
私は基本的にこのお店で洋服を買う。まあ、別にここじゃなくても良いのだけどね。だけど、気に入ったデザインが多いのでここに足が向きがちになるんだよね。若干、私の年齢よりも対象年齢が高いデザインが多いかなって感じなんだけど、そこは歳相応の格好よりも落ち着いた雰囲気が好きな私としてはあまり気にならない。
因みに、ちょくちょく通ってるので店員さんにも知り合いがいる。
「いらっしゃいませ、こんにちわ」
店内をぷらぷらーっと歩きながら眺めていると、後ろから店員さんに話しかけられた。
「あ、こんにちわ」
後ろを振り返れば、私がこの店に来る時は大抵居る女性の店員さんだったので、挨拶を返す。
ショートヘアでちょっとふわっとした雰囲気の可愛らしい店員さんだ。お店に来るといつも話しかけてくれて、オススメとかを教えてくれる人。因みに世間話から判明した情報によると26歳の人妻との事。こんなお嫁さんもらった人は勝ち組だと思う。
「今日はどういった物をお探しですか?」
中学から通ってるからか、けっこう気さくな感じで話しかけてくる店員さん。
にこにことして年上の人に言うのも失礼かもしれないけど、可愛らしい感じ。
「……待ち合わせの時間潰しに寄っただけでして……何か良いのがあれば買おうかなってくらいです」
……こちらに気持ちよく買い物をしてもらおうと明るく話しかけてくれてるのに、酷い理由で寄って申し訳ないです。
「あ! なら、良いのがありますよ。やっと再入荷したんですよお」
そう言って、こちらに商品を持ってきて、じゃじゃーん! とでも言いそうな感じでソレを見せてくる。……本当にこの人可愛いなあ。
見せてくれたのは、網目がボーダー柄になっているニットスヌード。ご丁寧に全部の色なのか、ホワイト、グレイ、ブラックの3色を持ってきてくれている。
「これ、人気商品でして、発注してたんですけど全然来なかったんですよね」
昨日やっと入荷したんですよー、と、にこにこしながら言う店員さん。
……ぐぬぬ。たしかに可愛い。私の持ってる服と合わせるならホワイトが一番合わせやすいだろうか。……いや、でも値段次第だし、高ければ買えないし!
「因みに、今売り場にある限りの商品です」
売り切れたら、次はいつ入荷できるか分かりません、と店員さん。
……ぐぬぬ。ぐぬぬぅ……。
……ああ、駄目だった。駄目だったさ! 私の手のカゴにはしっかりとあのスヌードが入ってるさ! お値段も2千円とお手頃だったせいもあってカゴに入れてしまったさ! くそぅ、あの商売上手め……。
因みに、今私が手にとって迷っているのは、コーデュロイのロングマキシスカート。ポケット部分の淵に、片方のポケットだけスタッズで飾り付けられて、アシンメトリーになっている。可愛いんだ。凄く可愛いんだ。色はブラック、カーキ、ボルドー、キャメル。……可愛いってか凄く好みのデザインってか……。
……お値段はって……セールだってさ。セールなんだってさ。定価よりも千円安くなってるセールなんだってさ。……さて、色はなににしよう。
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さて、時間もそろそろ頃合にはなってきたので、待ち合わせ場所へと向かう事にする。
ん? スカートはどうしたのかって? ああ、買ったさ。セールって響きに弱い私は小市民だなあと実感できたよちくしょう。
色はボルドーにした。こういう系の色はあまり持ってないというか、インナーなら持ってるけどズボンとかでこの色は持ってなかったからね。挑戦する意味でもこの色にしてみた感じ。今から、どんな感じで合わせるかを考えるのが楽しみだ。
さて、これから電車移動なわけだが、電車へと乗るためにスイカで改札を通ろうとしたが、残金が足りなかったらしく、思い切り止められるという赤っ恥を晒しつつ、駅のホームへと到着する事ができた。
次に来る電車は5分後か。今の時間なら、待ち合わせの時間には充分間に合うだろう。てか、たぶん20分くらい前に着くね。いつも通りの私だ。
……あと5分かー。音楽でも聴いて待ってようかな。
「あれ、片桐さん?」
私がハンドバックからプレイヤーを取り出して、音楽を聴こうとすると突然横から話しかけられた。
「ああ、やっぱり片桐さんだ。随分、早いんですね」
突然話しかけられた事に驚き横を見れば、そう言ってにっこり笑う宝蔵院が立っている。
なんでコイツがここにいるんだろうとか思ったけど、宝蔵院も最寄駅がここか。そっかそっか。
「その荷物はどうしたんですか?」
「あ、いや……時間潰しで寄ったお店でちょっと衝動的に……」
宝蔵院が私の持ってる紙袋に気付いたのか、どうしたのかと言ってきたので、説明をする。が、この説明の仕方はどうなんだろうか……。いや、合ってるんだけどね。合ってるんだけど、いちおう買い物する気もあったんだよと言い訳がしたくなる。意味無いんだけども。
「なるほど、僕が荷物持ってましょうか?」
「え? いや、いいよ。大丈夫、ありがとう」
荷物を持とうかと言われたが、お断りを入れる。ありがたい申し出ではあるんだけどね。なんでだろうね。着ている服なら別なんだけど、これから着る服を見られるかもしれないって思うと、なんか恥ずかしいのであまり持たせたくない。なんでだろうね。別にスカートとスヌードだけなのにね。不思議だね。
「それよりも、宝蔵院君も早いんだね」
「ああ、いちおう言いだしっぺですからね。遅れるわけにはいきませんから」
早すぎましたけどね、と私の質問に対して笑って言う宝蔵院。
うんうん、こういう無駄に真面目な所はシンパシーを感じるな。待ち合わせは遅れたら駄目。もし、万が一に備えてそれがあったとしても、よっぽどのレベルじゃなければ遅れないような時間にする。たとえば、人身事故があった場合も考えて、違うルートを使っても時間には間に合うように、とかね。ま、こんな事考えてるから待ち合わせ先で暇をする事になるんですけども!
「なるほどね。今日の参加メンバーって誰がいるの?」
「ん? 僕と片桐さんと、鏑木さんに吾妻さんですよ」
「あれ? 鍋島君は参加しないんだ?」
「ああ、後で誘ってみたんですけどね。予定が入っちゃってたらしく、凄くヘコみながら断られました」
参加メンバーを聞いてみたが、参加するメンツに特に変わりは無いらしい。
鍋島君は予定かー。彼なら絶対に参加したがると思ってただけに意外だな。あと、館林も居ないらしい。宝蔵院とワンセットな感じなので、これも意外だな。
あ、そう言えばこの状態は宝蔵院のハーレムじゃないか。男からは羨まれ、女の敵である状態ですね。言ってからかってやろうか。
「そういえば、今日は宝蔵院君がハーレムだね」
「……どちらかと言うと、片桐さんのハーレムに着いて行く哀れな従者って気分ですけどね」
「……なんだそれ」
ハーレムだねとからかってみたら、変な事を言われたでござる。
まあ、希帆と楓ちゃんが私のハーレムとか考えただけで最高ですけども!
うーん、彼女達がハーレムに加わったとしたら何をするだろうか。……まず、毎日のように着せ替えをして着飾って目の保養をするな。で、美味しいものをいっぱい作って美味しい美味しいと言って食べる姿を愛でるな。……となると、着飾るための被服費と美味しいものを作るための食費をしっかりと稼がないといけないわけだ。で、私だってもちろんある程度は着飾りたいので、それの費用も加算される、と。……うん、凄く稼がないとハーレム維持は無理だね! よし、ハーレムは駄目だ。経費的に駄目だ!
……あ、男どもから貢がせて私は希帆達を愛でるとか楽ができってーなに考えてるんだ私は! 愛でるならちゃんと自分の稼ぎから捻出しないと駄目だろうて! あと、私に男をたぶらかすとかできるわけがなかった! やろうと思えばきっとできる。でも、その前に自己嫌悪で死にたくなるのが目に見えてる!
……まあ、とりあえず電車に乗って目的地まで行きましょう。ちょうど電車来たし。
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さて、待ち合わせの駅に到着しました。
実はこの駅、乗り換え以外で使った事が無いんだけど、結構ひらけてるんだねえ。
あ、あそこの1010にレコタワ入ってんじゃん。うわ、CD買う時に探してるのが無いと、都心まで行ったりしていた自分が馬鹿みたいだ。
んー……こうして見ると、ここ買い物にかなり良さそうな街だぞ。今度ここ来てゆっくり見てまわってみようかなあ。
あ、因みに電車内で宝蔵院に今日行く執事喫茶はどんな所なのか聞いてみたのだけど、見てのお楽しみと言われて教えてくれなかった。ケチだね。
「あ! 空達もう着いてる!」
私がぽけーっと街を眺めながら希帆達を待っていると、駅の改札の方からそんな声がする。
「おはよう希帆、楓ちゃん。早いね」
「おはよ! それはこっちの台詞だよ!」
「おはようございます。空さん達も早いですね」
振り返れば、案の定希帆達がこちらへと向かってきたので挨拶をするが、見事に言い返されてしまった。まあ、仰る通りなんですけども。
「2人ともおはようございます。では、店に向かいましょうか」
宝蔵院が2人に挨拶をし、そう言って歩き出す。
なんでだろうね。宝蔵院は普段と変わらない感じで、にこやかな顔をしてるのだけど、今日に限ってはその笑顔に裏があるのではと勘ぐってしまう。……なんでだろう。普段はそんな事ないのだけどなあ。
「執事喫茶って初めてー。どんな所か楽しみだね!」
「ですね! お姫様とかお嬢様気分が味わえる所なんでしょうか」
希帆と楓ちゃんは執事喫茶が純粋に楽しみなようでキャッキャしてる。宝蔵院の笑みには何も感じるものは無いようだ。……うーん、私だけなのかなあ。
「ね、空も楽しみだよねー?」
あ、うん? 宝蔵院の謎の笑みについて考えていたら、希帆に話しかけられた。えっと、なにが楽しみなんだっけ? ……ああ、執事喫茶か!
「まあ、それなりにはね。それより、しっかりと竜泉祭のためにどんな感じか頭に叩き込まないとね」
「えー、それも大事だけどちゃんと楽しまないとだよ!」
「そうですよ! カッコいい人にお嬢様扱いされるなんて滅多にありませんよ!」
私が返事を返せば、不満そうな顔をする2人。
てか、楓ちゃんはそんな願望が地味にあったのね。私は知らなかったよ。あと、誠に申し訳ないのだが、私はイケメンにお嬢様扱いをされたいとは別に思わないんだ。女の子にされるなら楽しいかもしれないけどさ。あ、でもメイド喫茶とか行って、ニュースの特集かなんかで見たような、萌え萌えキュン! だっけ? あんなのをやられたら、イラッときて殺意を覚える自信がある。てか、私はどちらかと言うと可愛い子に対して何か作ってあげて、幸せそうな顔をしてもらいたい。
……あれ? そう考えると私はつくすタイプなのか? もし、私に好きな人とかできたら案外つくしちゃったりするのか? 私が?
……うわー、そう考えると結構怖いなあ。いや、でも今までの行動を思い出して考えてみれば、つくすタイプでは無いかもしれない。よし、思い出してみるんだ。
高校に入ってからで考えるかな。まず希帆と楓ちゃんにフロランタンを焼いた。あと、泊まりに来た時とかご飯と作ったりしてるでしょ? ああ、野球の応援の時に皆のお弁当作ったし、旅行の時は家事の殆どを取り仕切ってた気がする。
う、うーん……なんとも言えないかなあ。ご飯関係じゃつくすタイプと言えるかもしれないけど、他の要素ではそうじゃない気がするし……ってなんでこんな事考えてたんだっけ。
「……空さん?」
「だいじょーぶ?」
「え? ああ、大丈夫だよ。まあ、できる限り楽しみたいね」
私は結構深く考え込んでいたらしく、楓ちゃんに顔を覗き込まれる形で声をかけられた。で、希帆も心配そうな顔をして大丈夫かと聞いてくるので、返事をして誤魔化す。まあ、実際なんでも無いわけですし。
「さあ、3人とも着きましたよ。ここです」
歩きながら、希帆達とそんな他愛のない会話をしていたら、前を歩いていた宝蔵院がそう言ってきた。
駅から5分くらいだろうか。案外近いんだなあ。
「おー、ここが執事喫茶かー」
「お洒落なお店ですねえ」
希帆と楓ちゃんも、その宝蔵院の声で示された店を見て、そんな声を漏らす。
お店の外観は、所謂英国調と言われるタイプだと思う。黒を基調として、窓枠や扉はモスグリーンに近い感じの緑。ローズレッドのオーニングにはSteward cafeと書かれている。直訳で執事喫茶だ。ここで間違いないらしい。
「じゃあ、入りましょうか」
そう言って、宝蔵院が扉を開けて中に入っていくのに、私達が続いた。
カランと鈴の音が鳴って店内に入ると、まさしく英国調と言った感じのテーブルや椅子があり、女性客達が嬉しそうな笑顔で接客されている光景があった。店の照明は、天井から3連になったペンダントランプがぶら下がっており、それが暖かみのある明かりを灯していて、またそれが英国調の家具の雰囲気とマッチしていた。
「はあ……凄いですね」
「ね、執事喫茶ってこんななんだね」
希帆と楓ちゃんも店内を見て、驚いた顔をしている。いつもよりも若干声が小さい気がするが、この雰囲気のせいもあるだろう。
「お帰りなさいませ。お嬢さ……ま」
店員さんというか執事と言ったほうがいいのか? が来て、テンプレな挨拶をしてくれるが、最後の最後で歯切れが悪くなった。
てか、なんか聞いた事のある声をしてる。希帆と楓ちゃんは既に執事さんの方へ向いたのか視線が前に戻ってるけど、ポカーンって顔をしているし、宝蔵院はすっごいニヤニヤしてる。何事だろうか。
「……お前ら、なんでここにいる」
その声に対し、反射的に声の元へと顔が向き、その声の主を見る。で、そこには不機嫌そうな顔をした茶髪ピアスのイケメン執事が立っている。……うん、館林だ。
うん、なんでここにいるとか言われてるけど、ぶっちゃけて言うとこっちの台詞だ。なんでここでそんな格好をしているんだ。
てか、執事服似合うなー。ウイングカラーシャツにクロスタイを着けて、グレーのストライプウエストコートに燕尾服を着て、靴は黒いストレートチップの革靴。似合うなあ。あと、館林は竜泉祭の時もこの格好をしてもらう事にしよう。そうしよう。
「輝、僕らはこの店に入ってきた時から君の主人ですよ? その態度はどうなんですか?」
「…………失礼しました。では、お席までご案内いたします」
宝蔵院がすっごいニヤニヤしながらそう言って、それに対し館林が苦虫を噛み潰したような顔で反応を返す。
顔が、後で覚えていろよと言わんばかりだ。……私達は早まったのではないかと少し思うが、悪いのは宝蔵院であって、私達では無いはずだ。だから、被害はこっちに来ないと思う。……たぶん。
席に案内される道中、店内を見て歩くが、なんというか微妙だ。
たしかにお洒落だし、凄く良い雰囲気なお店だ。あと店員? 執事? がイケメン揃いなのも分かる。だが、なんかその執事達が基本的にチャラい。ニコニコして接客するのはまあいい。だが、なんとなく軽いんだ。あと、短髪が少ない。ロン毛と言われるタイプだったり、ミディアムなんだが、パーマがかかった茶髪だったり、顎髭だったりが多い。なんて言うか、執事のはずなのにパリッとしてないんだ。これは私的にはいただけない。
そうこうしてる内に席に到着し、館林に着席を促される。館林が席を引き、どうぞと言ってる姿には違和感しか感じないし、薄ら寒いものがあるのだが、慣れるしか無いのだろうか。
希帆は笑いながら、楓ちゃんはどこか嬉しそうにしながら席に座ってるので、私だけが違和感を感じているのかもしれない。……てか、2人の適応力がハンパない。
「本日はいかがなさいますか」
全員が席に座ったのを見て、館林がこちらへとメニューを見せながら聞いてくる。
他の執事さん達は、ご注文はとか言ってるのに、そう聞かない辺り館林は案外徹底してるんだなーと思ったり。あと、メニューを主人に持たせない辺りも徹底してるなーと思う。まあ、にこりともせず淡々とですけどもね。
「んー、どうする?」
「私は紅茶でお願いします」
「じゃあ、僕もそれで」
「じゃ、私も紅茶ー」
皆が館林の持ったメニューを眺めながら、飲み物を決めていく。そっか、皆紅茶か。コーヒーはいないのね。
「じゃあ、紅茶が3つとアイスコーヒー1つと、アフタヌーンティーセットでいい?」
「だいじょーぶ!」
「それでお願いします」
「問題ありません」
「じゃあ、それで」
「かしこまりました」
うん、私がコーヒーです。コーヒー派なのでコーヒーです。
全員の飲み物を確認し、軽食としてアフタヌーンティーセットを頼む感じでいいか聞き、全員が了承したのでそれでお願いする。
館林はそれを聞き、一礼して下がっていく。で、その下がる最中に他のお客さんから声をかけられてるけど、にこりともしない。……ふむ、媚びない執事か。中々に悪くないんじゃなかろうか。
「しっかし、びっくりしたねえ」
「ですね。まさか館林君が執事喫茶で働いてるなんて!」
「宝蔵院君はこれを知ってたから、ここに誘ったんだね!」
「ええ、おかげで皆の驚く顔が見れて満足です」
館林が下がり、飲み物等を待つ間にそんな会話をする3人。
そっか、宝蔵院のあのよく分からない含みのある笑みはこれが理由だったのね。しかし、後の事を考えると宝蔵院は痛い目を見そうだけど、それはいいのだろうか。
「後で、館林君からの報復が宝蔵院君には待ってそうだけど、それはいいの?」
「ええ、それには片桐さん達を誘ってから気付きました。でも、面白ければいいやと思いまして」
私がその事について聞いてみれば、笑いながらそんな返事をする宝蔵院。
……一時の自己満足の為に後々の犠牲も厭わないその精神は嫌いではないが、やっぱり報復が待ってるんだね。そこは否定しないんだね。
「でも、なんで館林君はここで働いてるの? 宝蔵院君は経営者と知り合いって言ってたけど、その関係?」
希帆が宝蔵院に対してもっともな質問をする。
たしかに館林が自分から執事喫茶を探して働くとは思えないし、バイト先の紹介って事で宝蔵院を頼ったのだろうか。
「いえ、なんでも街を歩いていたらスカウトされたらしいですよ。で、僕は輝の紹介でここの経営者とも知り合った感じです」
初めて会った時に僕もスカウトされたんですけどね。と笑って返す宝蔵院。
へえ、執事喫茶のスカウトとかよく了承したなあ。なんだろう、そんなに惹かれるものがここにあったのだろうか。
「このお店の経営者ってどんな人なんですか?」
「ああ、……いえ、なんというか凄い人です……ね」
……うん? なぜ、どんな人なのか聞いただけで、そこまで言い淀むのだろうか。
「あら、本当に信綱君が来てるじゃないの。いらっしゃい」
言い淀む宝蔵院に対し、どんな人なんだよと若干引いた所で、女性としては妙に低く、しかし口調は女性な声が聞こえた。
「ああ、静さんお久しぶりです」
「ホント、久しぶりね。今日は随分可愛い子達を囲ってるのね」
宝蔵院は驚く事もなく会話をしているが、視線の先には普通でない人が立っている。
身長は180は超えているであろう、髪型をポニーテールにした、けっこう美人で声が低い、骨格が完全に男な、ロング丈のメイド服を着込んだ方が立っているのだ。正直、顔だけ見れば化粧の効果もあいまって女性に見えなくもない。だが、身長が180オーバーで、肩幅もけっこうしっかりしてるせいで、どう見ても男性なメイドさんがいるのだ。……え、まさかこの人が経営者?
「ああ、皆さんに紹介しますね。この人がこの執事喫茶の経営者である、源静さんです」
「よろしくね。気軽に静御前って呼んでちょうだい」
宝蔵院の紹介で、気さくな感じでにっこり笑う静さん。……うん、突っ込み所は多々あれど、とりあえず謝れ。静御前に全力で謝れ。
「因みに、本名は源静二郎だそうです」
「おい、こら」
私達が戸惑いつつ、よろしくお願いしますと言うと、またもや宝蔵院から爆弾が飛んでくる。
静さんも怒ってるが、こういう人の本名を言うのはよくないと思うんだ! 源氏名って大切だと思うんだ! 主に周りの精神衛生上!
「お待たせいたしました。……オーナーは仕事に戻ってください」
静さんに驚いていると、仏頂面の館林が戻ってきて、静さんに仕事しろと言っている。ティーカートを引いており、その上にはいかにもな感じのアフタヌーンティーセットが並んでいる。
「あら、輝君。もう、静って呼んでくれていいのよ?」
「遠慮します。仕事に戻りましょう」
……うん、仕事中だからかもしれないけど、いつもと館林が違いすぎて怖い。
静さんは、つれないわねーなんて言って、こちらに手を振りつつ笑顔で仕事に戻っていくが、私はこの館林は怖すぎて駄目だ。
正直、いつもの乱暴な口調だが、ちょくちょく笑う館林の方が慣れてるからだと思うが、怖くない。無表情で丁寧語な館林は怖すぎるだろ。
「こちら、アフタヌーンティーセットとお飲み物になります」
そう言って、音もなくティーカップとコーヒーが各自に配膳され、真ん中には3段になったアフタヌーンティーセットが置かれる。
そして、ティーコジーで保温されたポットから、3人のティーカップへと紅茶が注がれて、まだ入ってるらしくポットもテーブルの上に。
「ね、ね! 館林君はどうしてここでバイトしてるの?」
「……仕事中ですので。失礼します」
配膳が終わり、下がろうとしていた館林に、希帆が怖いもの知らずといった感じで、なぜここなのかと聞くが、館林はそれに答えず下がってしまった。
取り付く島もないとはこの事だろうか。まあ、仕事中は真面目な執事を演じてると考えよう。うん、仕事が終われば元に戻るはずだ。……てか、戻ってくれなかったら私は怖くて話しかけられる自信が無い。
「そういえば宝蔵院君。この店を選んだ理由は館林君がいるからで納得しましたが、なんでこの時間なんですか?」
「ああ、輝のシフトがあと1時間ほどで終わるからですよ。どうせなら、終わった後に食事でも行きたいし、輝を仲間外れにするのも可哀想じゃないですか」
「なるほど、納得です」
楓ちゃんと宝蔵院がそんな会話をしてるが、なるほど、たしかにそうだね。
バイト先に遊びに? 来て、少ししたらじゃあねでは寂しいものね。たまたま寄ったのなら別だが、そういう訳ではないのだし、どうせならあがる時間に合わせた方が良いよね。
「ねー。食べようよー」
私が少し考え事をし、楓ちゃんと宝蔵院が会話をしていたら、希帆が少し口を尖らせてそう言い出した。
ああ、そうだね。希帆の目の前に美味しそうなお茶菓子と紅茶が置いてあって、おあずけは酷だよね。
「だね、食べよう?」
「そうですね。希帆ちゃん待たせたら可哀想ですね」
「それもそうですね」
アフタヌーンティーセットは3段で、一番上に苺などのフルーツとショートブレッド。2段目にハムサンドで、一番下にスコーンが乗っている。で、別皿にクロテッドクリームとブルーベリージャム。2つの皿がくっついたような形をしていて、真ん中に取っ手があるのだけど、こういうお皿って名前なんていうんだろうね。可愛いし、あったら便利かもしれない。まあ、お蕎麦とか食べる時に薬味皿として物凄く重宝しそうとか思ってしまう辺り日本人的発想だなあと自分で呆れるが。うん、でもこの発想は悪くないと思う。ネギとおろし生姜とか、生姜じゃなくても茗荷とかね。普通のお皿に用意するよりもお洒落っぽいし、お皿は1枚で済むから洗い物増えないし良いと思うんだ。……まあ、英国調な雰囲気の執事喫茶で連想する事では無いと思うけども。
しかし、ショートブレッドにスコーンかー。ショートブレッドは今の時期なら1日くらい常温でも問題ないだろうし、なんだったら皆で作った後に各自持ち帰って冷蔵庫で保存すればいいよな。スコーンだって、そんなに時間のかかるものじゃないから朝イチで作ってケーキと違って包装を気にする必要がないから、クーラーボックスに詰められる。ジャムもクロテッドクリームも、クーラーボックスに入れておけば大丈夫だし、教卓の前を配膳するためのコーナーと考えれば、黒板下にクーラーボックスは配置できるはず。ふむ……クッキーとかパウンドケーキも良いけど、それっぽい品は欲しいよな。そう考えるとこの2つは候補になるか。気軽に食べられるクッキー類を安く、スコーン系は若干値段をあげれば元は取れるはず。……ん? 今考えてるスコーンの材料的にクッキーとそう変わらない値段で作れるから、高くする必要は無いのか? ……あーいやいや、ジャムとかの値段が別途かかるからやっぱりその分はつけないと不味いか。まあ、でも2個で100円とかで充分元は取れるのかな。そう考えると、値段を高くするというよりは、同じ値段で個数が少なくなると考えた方がいいのか。……ふーむ。難しいなあ。そして楽しいなあ。あと、このスコーンホクホクしてて美味しいなあ。
「ふー、美味しかったねえ」
「ですねえ」
……あれ?
希帆と楓ちゃんから、ご馳走さま的な発言が聞こえた気がしたのだけど、もしかして私が考え事しながらスコーンを食べてる間に他の全部食べられちゃった?
「あ、安心してくださいね。片桐さんの分は残してありますので」
「あ、うん。ありがとう」
私が希帆達の発言に驚き、顔をあげた事に気付いたのか、宝蔵院がそう付け加えてきた。
見れば、ショートブレッドと苺。そして、スコーンがあと1つ残っている。ハムサンドは残ってなかったけど、別にいらないしそれはいい。
ふむ、気をきかせて3つも残しておいてくれたみたいだけど、正直そんなにいらない。私的には、あともう1つスコーンが食べられたら満足かなあ。え? また食べるのかって? いやだって、美味しいんだもん。仕方ないじゃん。
「私はあとスコーン1個もらえたら充分だから、他のは食べちゃって?」
「え? いいの?」
私がスコーン1個で充分である事を伝えると、希帆が驚いた顔をして聞き返してくるが、いいのです。充分です。
ぶっちゃけて言うと、果物ってそこまで好きってわけではないしね。あ、梨は別ね、梨は。あれは素晴らしいものですよ。
それに、さっき宝蔵院がこの後食事でも行きたいと言っていたしね。ここで残りを食べたら夕飯があまり入らなくて寂しい思いをしそうです。
希帆は私の返事を聞いて、どちらが苺を食べるかで楓ちゃんと話し合い始め、終いには小さくじゃんけんをしだした。
宝蔵院は最初から参戦しないみたいだ。ニコニコしながら、微笑ましくじゃんけんをしている2人を眺めている。
しかし、こういう時は楓ちゃんは希帆にゆずる印象があったのだけど、今回はゆずらないんだなあ。苺だからかな? 苺好きなのかな。
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「じゃあ、そろそろ出ましょうか」
あの後、結局は楓ちゃんがじゃんけんに勝ち、ニコニコしながら苺を食べるのを眺めてお茶を飲んだ。
で、その後は普通にお喋りを楽しみ、執事達が他のお客に対してサービス? 的なものをしているのを眺めてました。
オムライスにケチャップで今日のお気持ちをなんて本当に実在するんだね。驚いたよ。まあ、なんて書かれたのかは知らないけど、書いてもらった後にお客がキャーキャー言ってうるさかったわけですけども。
因みに、館林も今日のお気持ちを書いてた。てか、そういう事を頼まれる数が館林は多かった。
まあ、館林がそういうのをやると、キャーキャー喜ばれるよりは純粋に喜ばれたり、顔を真っ赤にさせて黙らせる事が多かったのだけども。
あと、奴は接客業だというのに笑わない。仏頂面というわけでも無いのだが、笑顔とは言えない感じ。涼しげな顔で黙々と仕事をこなし、主に媚びる事なく自分の仕事を全うしていた。あれで茶髪とピアスさえ止めれば完璧な執事だろうに。接客業である執事喫茶において、正しい執事姿であるかはさて置き。
で、お会計となり、バックやら買い物袋を手に持ち立ち上がるけど、宝蔵院はスタスタと先に行ってしまう。……少しは女性を待つという事もしやがれっての。希帆も楓ちゃんも先に行っちゃったから焦ってるでしょうが!
「遅かったですね。先に会計は済ませておきましたので」
私達が入口の所にあるレジの前まで着くと、そこで待っていた宝蔵院がそう言って笑いかけてくる。
「いや、悪いし払うよ」
「そうだよ! ちゃんと払うよ!」
「そうですよ」
「いや、いいですよ。女性に払わせるのは僕の主義じゃありませんし」
私達が払うと主張すると、そう言って笑う宝蔵院。
いや、そういう意味じゃあ無くてだな。別にデートでもなんでも無いのに払ってもらう事に気が引けると言ってるのだ。まあ、別にこれがデートだったら払ってもらうのかと言われたら、否と答えるのだが。
「じゃあ、貸し1つって事で。今度なにか奢ってください」
私達が納得できずにごねていると、そう言ってこの話題は半ば強制的に終了となった。
……知ってるんだこの手法。私もよくやってたよ、主に前世で。女の子と遊びに行く時に、映画なり遊園地なりのチケットを2人分で買い、払うと言ってきたら、じゃあ次奢ってと言う。そして安い喫茶店なりで、さっき奢ってと言ったからここでお願いしますと言い、コーヒーとかを奢ってもらうのだ。もちろん、割り勘がいいって子にしか通用しない方法だがね。そして、値段が違うとごねられたら、奢ってもらった数は同じと言って笑って流す。相手側としては、全て奢ってもらってしまったという感覚は無くなるし、でも、こちらを気遣ってくれる的な感情は芽生えるしで、なかなかに悪くない手法だったと思う。
てな訳で、宝蔵院よ。こちらの好感度を上げようとしてるのかもしれんが、私はそんなに甘くないぞ!
「……片桐さん、別になにもやましい事は考えてませんからね?」
知らず知らずのうちに、宝蔵院の事をジト目かなにかで見てしまったようだ。宝蔵院が呆れつつ苦笑いをしながらそう言ってきた。
「ねー。この後どうすんの? 館林君はまだバイトしてるよね?」
「ああ、あと10分もせずにあがりのはずですよ。外で少し待ちましょう」
まあ、いくらなんでも店内でずっと待つわけにもいかないもんね。外で待つのが正しいと思うよ。
あ、これから食事に行くんだっけか。なら、母に夕飯要らないとメールしておかないとだ。……今の時間だと既に用意を始めてる可能性が高いが、大丈夫だよね。
で、メールを母に送った結果、すでに用意し始めてしまったらしく、遅い! と怒られました。申し訳ないです。まあ、陸に食べさすとも書いてあったので、大丈夫だろう。あと、デートかと聞かれたが、断じて違うからな、母よ。断じて違うから、そのしょぼーんってした顔文字をいい歳して使うのは止めなさい。
「そういえば、館林君カッコよかったねー!」
「ですね! カッコよかったです」
「ねー! 空はどう思った?」
「空さんはどう思いました?」
店の外に出て、歩行の邪魔にならない辺りまで移動し、館林が出てくるのを待つ。そんな中、希帆と楓ちゃんがそんな話を始め、私に振ってきた。
……いや、普通に似合ってたし、カッコよかったと思うけど、なんで2人はそんなにニヤニヤしてるのさ。なにがそんなに面白いのさ。
「……まあ、普通にカッコよかったとは思うけど」
「そっか、そいつはどうも」
「……ヒゥッ!?」
私が希帆達に答えたら、真後ろからいきなり声がかかったので、驚いた。めっちゃ驚いた! てか、変な声出た!
「あ、館林君だ。おつかれー!」
「館林君、お疲れさまでした」
「輝、お疲れ様です」
「……ああ」
振り向くと、館林が立っていて、疲れたような少し不機嫌なような顔をしている。
てか、驚いたの私だけかよ。……まあ、私だけだよな。私だけ店に対して背を向けてたんだしな。
「で、輝。これから夕食でもと思って待ってた事はメールで伝えましたよね。どうです?」
行きませんか? とは宝蔵院。
「……ったく。じゃあ、お前の奢りな。それでチャラにしてやる」
「まあ、仕方ないですね。それくらいなら構いませんよ」
「ああ、言っとくがコイツらの分もお前持ちだぞ」
「……ええ、分かりました」
「おーし。じゃ、お前らお好み焼き食いに行くぞ!」
「はいはい、分かりましたよ」
……奢りでチャラというのは、勝手に私達を店に連れてってバラした事に対してだろう。
なんで、私達の分までなのかは分からないけど、まあそれがチャラに必要な分と思えばまあ、納得しよう。
だが、なぜお好み焼きなのだろうか。そのチョイスが分からない。まあ、私も好きだし文句は無いけどさ。
「いや、私達の分まで奢りである必要は無いよ!」
「まあ、実際これをやらないと輝は納得しませんし、気にしないでください」
「そ、そうなの?」
「ええ、それに輝はこう見えて無理な注文はしませんから」
「……なら、いいけど」
執事喫茶まで奢ってもらったうえに、更に奢りはと言う希帆に、それを説得する宝蔵院。そして、あっさり説得される希帆。
傍目からは主に希帆が微笑ましい光景ではあるのだが、なぜだろう。
なぜ、爽やかな笑顔で宝蔵院が希帆に話しかけていると、妹を説得している兄の図にしか見えないのだろう。
「まるで、宝蔵院君と希帆ちゃんは兄妹みたいですね」
「あ、やっぱりそう思った?」
楓ちゃんも同じ事を思ったのか、横に来て私が思った事と同じ事を言う。
やっぱり兄妹だよねえ。あの2人の場合は恋人ってより兄妹だなあ。
「おいお前ら。行くぞ」
そう言って、館林が歩きだしたので、皆で慌てて後を追いかけた。
……お好み焼きかー。誰が焼くんだろうね。まあ、言いだしっぺの館林か、宝蔵院だよね。
あ、因みにお好み焼きが私達の分まで奢りという事に関してですが、こういう展開でなら宝蔵院に奢らせても別にいいやと思ってしまいました。楓ちゃんも同じ事を思ってしまったらしい。
お好み焼き屋さんまでの道中、2人で苦笑いです。
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さて、帰宅途中です。私の隣には相変わらず館林がいます。
なぜ、コイツはこうも送りたがるのだろうか。別に平気だっていうのに。
他の面子だが、希帆と楓ちゃんの最寄り駅はまだ先だったので私達が先に降り、宝蔵院はニヤニヤしながら帰っていった。で、今に至るというわけだ。
あ、お好み焼き屋さんだけど、美味しかった。個人経営でお婆ちゃんがやってるお店で、値段も安かったしね。
豚玉から始まり、ミックス、もちチーズ、イカ、焼きそば、ねぎ焼きなど色々食べた。値段が値段なので、焼いてくれるサービスは特に無いらしく、私達の誰かが焼く事になったのだが、案の定と言うかなんと言うか私が焼くハメになったよ。……うん、知ってた。
まあ、私が作るばっかりになるって言って、館林が焼くの代わってくれたりもしたし、お腹いっぱい食べる事ができましたけどもね。
「……片桐、今日の事は誰にも言うなよ」
私が、今日の夕飯であったお好み焼きの事を思い出していると、館林がそう言ってきたが、今日の事とはなんだろうかって執事喫茶の事しか無いよね!
誰かに言うわけないじゃんか。てか、私がそんな嫌がる事をするわけないじゃんね。
「もちろん言わないよ。館林君が執事の格好似合うのも竜泉祭でバレるわけだし」
「……俺、当日は風邪ひいていいか?」
「駄目、貴重な客寄せなんだから這ってでも来なさい」
「……鬼か」
「まあ、いいじゃん。似合うんだし」
竜泉祭の事を言うと、嫌そうな顔をしてそんな事を言う館林に呆れつつそう言って励ます。
「それに、似合っててカッコよかったですよー?」
「……は? ったく……」
「いった!?」
からかってやろうと思ってカッコよかったって言ったら、一瞬驚いた顔をした後に頭を叩かれた。
……手加減してるんだろうが、普通に痛いし止めてほしいのだけど!
「お前のキャラじゃねえ事言ってんじゃねえよ」
「……キャラじゃないっすか」
「だな、お前のキャラじゃねえ」
どうやら、私のキャラと違う行動がお気に召さなかった模様。……なら、最初からそう言うだけにして、叩くのは止めるべきだと思うんだ。
「……私の頭を叩いたり、デコピンしてきたり、痛いので止めてほしいのだけども」
「お前にしかやらねえから気にすんな」
「……特別ですか」
「そうだ、嬉しかろう」
「こんなに嬉しくない特別扱いは始めてだ」
私の頭を叩いたりデコピンするのを止めろと言ったら、特別扱いだから気にすんな言われた。
いや、それで喜ぶのはマゾっ気のある人だけだし、そもそもそういうのはマゾな子でも好きな人にやられたら嬉しいのだと思うよ!
そういう事で、私にやったってマゾっ気は無いし、恋愛感情なんて抱いてもいないので、喜ぶわけが無いんだ! だから、止めれ!
「善処する」
そう主張したら、そう返されたでござる。
くっそ! この返答は絶対に善処なんてしないし、止めるつもりも無いよ!
こうなったら、あれだ。こう言うしかないようだ。
「これ以上叩いたりするのなら、館林君の事嫌いになるよ」
「お前はあれか? この程度のスキンシップでダチの事を嫌いになるほど狭量な女だったのか?」
だとしたら興醒めだわ。とは館林。
なん……だと。なぜ、私が責められなければならない! たしかに、たしかにこの程度では友達の事を嫌いになんかならん。だが、なぜそれをやってる当人から言われねばならない! なんたる理不尽!
しかし、ここで頷いて止めさせる事に意味はあるのだろうか。私に対し狭量だのどうのと言われ、その不名誉極まりないレッテルを貼られたまま、それを受け入れろと言うのか。そんな事が許されると言うのか。
否! 私はそんな度量の狭い女じゃない! あ、そうだ! 叩かれるのが嫌なら避ければいいし、反撃をすればいいのではないか! そうだそうだ! なぜ思いつかなかったのだ私!
よし、ならば早速反撃だ。ふふふ、これまでの地味で小さな痛みの蓄積を舐めるでないぞ。
「お? よっと」
「あいたっ!」
…………。
……不意打ちをしたはずなのに、しっかりと避けられ反撃をくらった。でも、負けない。
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「……よ、避けんなー!」
「いや、避けるだろ」
あれから数分攻撃を続けたが、いっこうに当たらない。そもそも攻撃を始めて気が付いたのだが、リーチが圧倒的に違う。
くっそー! なんで、避けるんだ! こちらの攻撃は全て躱され、なぜかあちらの反撃は全て当たる。理不尽だ!
「とりあえずあれだな。お前は武術とかの才能は皆無なんだろうなって事がよく分かった」
館林が笑いながらそう言ってくるが、そんな事はこの数分で嫌ってほど実感したさ!
……なぜなんだ。運動神経だって悪くないし、むしろ良い方だし、それに日頃のトレーニングのおかげでトロいって事は無いはずなのに、なぜ当たらないんだ。
「まあ、なんだ。元気だせや」
そう言って励ましてくる館林だが、それが余計にイラッとくる。
で、不意打ちのように出した平手というかチョップを軽々と避け、私がデコピンの反撃をくらう。……痛い。
「もういい! 家に着いたから帰る! 送ってくれてありがとう!」
ちょうど、家の前まで来た事によって、私に残された選択肢は捨て台詞を吐いて去る事だけだった。
館林から余裕たっぷりで言われた、また明日って台詞も悔しさを倍増させた。
家に帰って鏡で確認してみたところ、髪型は全くと言っていいほどに崩れない強さで、デコピンも赤くなる事など無い強さで反撃をされていた事に気付いた。こっちはけっこう本気でやっていたというのに、だ。
くっそー! 絶対にぎゃふんと言わせてやるんだ! 負けん!
まあ、とりあえず今日はもういい。今日の所は負けを認めてやろう。だが、明日から本気出す。




