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第29話

「えー、それでは、あと1ヶ月となりました竜泉りゅうせん祭の出し物を決めたいと思います」


 帰りのHRホームルーム。私と宝蔵院ほうぞういんが前に立ち、竜泉祭で何をするか話し合うために宝蔵院がそう発言をする。

 私の仕事は、基本的には出された案を黒板へと書き出す事だ。司会進行は宝蔵院に任せればいい。


「はい! 喫茶店がやりたいです!」

「いいね! なら、メイド喫茶にしよう!」

「なんでよ! 普通の喫茶店でいいでしょ!」

「ざっけんな! 片桐かたぎりさんのメイド服が見たくねえのかよ!」

「……っ!?」


 いや、待て。

 喫茶店とかまあ、基本だよねーと思ったし、そしたら男子がメイド喫茶と言い出すまでは予想してた。普通の展開だ。

 だが、なんでそこで私の名前が出てきて、しかもそれを言われて女性のあなたは言葉に詰まるんだ。おかしいだろ。


「片桐さん、とりあえず書き出してもらえますか?」


 あ、はい。

 クラスメイトのやり取りに心の中で突っ込みを入れてたら、宝蔵院にそう言われてしまった。

 実際には突っ込みませんよ? だって、何言われるか分からないもの。

 ま、とりあえず書いてしまおう。


 ……冥土喫茶、と。


「……片桐さん? 字が違いますよ」


 ちょっとおふざけをしたら、静かに宝蔵院に突っ込みを入れられた。

 なんだよー、ちょっとボケただけじゃんかよー。そこはもっとノリよく突っ込みを入れるべきだと思うんだ。希帆きほを見習え希帆を。


「では、他に何か案はありますか?」


 私が直したのを確認して、向き直りそう聞く宝蔵院。

 クラスメイトからその後出た案は、お化け屋敷、クイズ大会など定番のものばかりであった。

 んー、私個人としてはこの中ではお化け屋敷がいいかなあ。準備楽だし。


「では、多数決をとりたいと思います。やりたい物で手を挙げてください。なお、公平を期すために僕と片桐さんは多数決に参加しないという事で」

「いや、なんでよ」


 宝蔵院の発言に思わず突っ込みを入れてしまった。

 なんでさ。なんで私多数決に参加できないのさ。私だって一応は参加したいですよ? たとえそれと決まらなくても意思表示くらいしたいですよ?


「いえ、片桐さんが挙げたものに間違いなく半数が自分の意思とは関係なく賛成すると思ったので」


 片桐さんだけでは不公平なので、僕も参加しない事にしました。とは宝蔵院。

 う、ううん。まあ、この前のアレ見るとそんな気もするけども。考えすぎじゃないかね?


 ……いや、うん。私も参加しないでおこう。

 このやり取りをして皆の方を見たら半数以上がいっせいに目をそらした。これはいかん。

 自分がやりたいと言うからそれに賛成するっていうのも、悪い気はしないけどね。でも、どうせなら大多数の人が楽しめる事をやりたいのですよ。

 私がやりたい事ではなく、皆がやりたい事をすべきだ。


「じゃあ、多数決をとります」




 ----------




 多数決後、決まったのはメイド喫茶だった。

 まあ、なんとなくそんな気はしたけどね。一番無難で一番面倒な出し物に決まったと言えるだろう。


「では、そう決まりましたが、片桐さんから何かありますか?」


 ふむ、私からか。では、言わせてもらおうかな。


「では、言わせてもらいます。まず、私はメイド喫茶には反対です」


 言った瞬間に、ざわ、と皆が反応する。

 なんとも空気の読めないやつだと思うかもしれないが、ちゃんとした理由があるのだ。


「別に喫茶店に反対をするわけではありません。私がメイド服を着たくないからという理由でもありません」

「じゃあ、何が駄目なんですか?」


 全員を代表して中東なかひがしさんが質問してくる。その質問に対し、全員が頷いてる辺り、皆同じ事を疑問に思ってるようだ。

 あの一件以来、中東さんがちょっと怖い人ってイメージが私の中でついてしまったのだが、今は置いておいて質問に答えよう。


「そもそもの問題として、メイド服です。これをどこで用意するかが問題です。無償で借りる事ができるなら別ですが、個々人で用意するのも馬鹿らしいですよね。しかし、レンタルとなると全体の経費がかかりすぎます」


 メイド服のレンタルがいくらするのか細かい額は知らないが、安くても数千円するはずだ。それが女子全員分と考えても、ウン万円という単位になる。

 これは、金がかかりすぎだろう。


「じゃあ、どうすれば……」


 困ったような顔をして、中東さんがそう言うが、そもそもの問題としてメイド喫茶をやりたい理由がどこにあるのか。それから始めないといけない。まあ、ぶっちゃけて言えばそっから誘導していくのだ。より、安い方へ!


「そもそもの理由として、なぜメイド喫茶なんです?」

「……え、それはうちのクラス可愛い子多いし……」


 その子達がメイドのコスプレしたら流行るかなーって、と答えが返ってくる。

 さすがに、私にメイドの格好をさせたいという一個人ピンポイントな理由ではないようだ。一安心かつ、予想通り。


「なるほど。その喫茶で出すお菓子類はやはり手作りしたいんですよね?」

「はい! それはもちろんです!」


 やるからにはしっかりと! と元気よく返ってくる返事。それがあまりに予想通りかつ理想の返事なので、思わず笑いそうになるが、我慢我慢。


「では、そのお菓子作りの仕事は基本的に女子達の仕事となるでしょう。で、本番では女子達がメイド服を着て接客をする。……男子達は何をするんです?」


 私の発言に、あっという顔をして固まる面々。やはり考えてなかったか。

 苦し紛れか、俺もメイド服着るしとか、呼び込みをやると言っている人もいるが、それでは足りない。あと、メイド服を着ると言ってる人は個人保有してる人をなんとかして探し出して本番では着てもらおうそうしよう。


「そこで、私が提案するのは執事喫茶です。と言っても執事モドキになりますけどね。うちのクラスは可愛い子はもちろん、無駄にイケメンが多いです。それを有効活用して女性客を呼び込む手法のが良いかと思いますが、いかがですか?」

「でも、それじゃメイド服と同じようなコストがかかるんではないですか?」


 私が提案すると、中東さんがそう質問してきた。

 てか、私と中東さんのやり取りになってる気がするのだけど、他の皆はそれでいいのだろうか。


「だから、モドキなんです。幸運な事にうちの制服は黒ですので、下はそのまま利用できます。シャツに関しては、ウイングカラーがベストではありますが、無ければワイシャツで。で、ネクタイも黒または紺の無地。まあ、普通に制服のネクタイを使えば問題ないと思います。で、腕にアームバンドを付けて腰エプロンでもすれば、それっぽくはなるはずです」


 アームバンドは100均で用意できますし、エプロンに関しても生地は安い店で買えばエプロン1つ当たり100円しないで作れます。

 そう言って、確認のために周囲を見渡すと、皆が皆ポカーンとした顔をしている。

 んー、頑張って説明しすぎただろうか。本番はこれからなのだがなあ。


「なにか、ここまででありますか?」

「じゃー……、空は黒のパンツスーツ持ってるの?」


 なにか質問はあるかと聞いたら、希帆からそんな事を聞かれた。


「持ってるけど……」

「じゃ、空は本番は執事の格好ね!」


 希帆のその言葉に、また教室がざわざわとしだす。

 その声を聞くと、私の男装執事がありかありでないかと協議しているようだ。


「その条件なら、執事喫茶への変更に賛成します!」


 中東さんのその宣言とともに、クラス中から出し物の決定を祝う拍手が鳴り響く。

 ……あれ? これ、私が執事の格好しなきゃいけない流れ? あれ、これ逃げられなくね?


「あ、あれ?」

「片桐さん、諦めましょう」


 私が戸惑っていると、横で空気だった宝蔵院がそう言って慰めて? くるが、諦めたらそこで試合終了だって、偉い人が言ってたもん!

 まあ、どう考えても試合終了のブザーという名の拍手が鳴り響いていて手遅れなんですけども。


「ま、まあ、いいでしょう。次にメニューについて簡単に決めておきませんか?」

「はい! ケーキ!」

「却下」

「なんで!?」


 メニューについて決めようと言うと元気よく挙手をしてケーキと言う希帆。だが、一蹴。


「ケーキが駄目な理由を説明します。それは、ただ単純に量の問題です。竜泉祭には招待券がありますね。これは家族分も含め、1人辺り5枚が配られます。竜泉の全校生徒はおおよそですが、1200人ほど。これを5倍と考えると、6000人。まあ、6000人が来る事は有り得ないでしょうが、半分の3000人は来ると考えていいでしょう」


 と、ここでいったん切り、息を吸う。

 クラスの皆は私が喋りだしたので、一言も喋らず耳を傾けている。真面目に聞くなあ。


「で、このクラスの人数は40人。ご家族友人を誘った場合、ほぼ確実にその誘った人達はクラスへと顔を出すでしょう。その数は最大で200人です。で、それプラスで他にも来るお客様の注文分をと考えると、ちょっと予想できない数字になります」

「……でも、それは他のお菓子でも言える事ですし、ケーキだけは注文すれば良いのでは?」


 私が用意する量の問題を言うと、楓ちゃんが遠慮がちに手を挙げてそう言う。

 半数以上の人も頷いてる辺り、同じように思ったのだろう。

 まあ、隣にいる宝蔵院含め何人かは苦笑いしてるので、問題点に気付いたのだろうが。


「まあ、そうなんだけどね。お菓子に関しては作る手間は同じ。ですが、ケーキは冷蔵しておかなくてはならないという難点があります。家庭科室や職員室に冷蔵庫はあれど、キャパシティに限界はある。また、冷蔵庫を使いたいクラスが私達だけというのは有り得ないので、ケーキを冷蔵するという点でかなり厳しいでしょう」


 最低限用意して、少なくなったら買い出しという手も無いわけではないが、一番近くのケーキ屋が駅前である事が問題だ。

 片道10分ほど。その後ケーキを注文し、潰さないように持ち帰るとなると、効率の面で言うとご察しレベルである。


 限定何個とかにすれば、ケーキも用意できるが、それもガトーショコラやベイクドチーズケーキなどになるだろう。

 ショートケーキなどは、かなり厳しいものがある。


「じゃあ、何を作るんですか?」


 中東さんに聞かれた。

 ふむ、何を作るかか。色々あるけども、無難かつアレンジの幅があり、飽きさせないのが良いだろうな。


「クッキーとか定番ですね。あと、パウンドケーキ、フィナンシェ、マドレーヌなんかもありますね。各種用意して、アソートメントもあると喜ばれるかもしれませんね。あと、来てくれた方にフォーチュンクッキーのお土産を渡すとか」


 ん? ああ、いやフォーチュンクッキーはちょっとお土産に用意するには大変すぎるか。来てくれた人に、メッセージを挟んだフォーチュンクッキーとか絶対喜ばれると思ったけど、1人数枚と考えると途方もない数になるし、それを全部手作業で形作りしないとなると、気が遠くなるな……。


 マドレーヌとか1個原価10円くらいで作れちゃうしね。ココアとか紅茶とか抹茶味のマドレーヌ作ってアソートメントにしたら売れそうだよね。


「では、レシピの相談はその辺で。担当を決めていきませんか?」


 時間もそこまであるわけでは無いので、と宝蔵院に言われた。

 はいはい、了解ですよ。たしかにこのままだと終わりそうにないもんね。主に私のせいで。

 分担に関しては私の方が分かるだろうという事で、宝蔵院に任されたので、担当決めをしていこうと思う。


「では、まずお菓子作るのが好きな人、または作った事のある人挙手をお願いします」


 私がそう言うと、パラパラと挙がって15人。男子も2人ほど含まれているが、女子のほとんどが手を挙げた形になる。

 私を含めて16人か。これで全てのを用意するとなると大変だが、まあなんとかなるだろう。

 今度、何を作るかなどは話し合うとして、作れそうな物だったら家でも作ってきてもらえばいいのだ。


「では、裁縫が得意、または苦手ではないという人はどの程度いますか?」


 次にそう言うと、挙がるのはさっきの半分ほど。しかも殆どがお菓子で手を挙げた人達だった。

 ……うーん、これは問題あるよなあ。んー……。

 仕方ないのかな。挙げてない人にやらせて失敗されても困るわけだしなあ。よし、仕方ないね!


「では、今挙げた人達にはそれを担当してもらう事になります。で、挙手をしなかった人達には、買い出しの際の荷物持ち及び、教室内の飾り付け、看板などの制作を担当してもらいますので、よろしくお願いします」


 私の言葉に、はーい! と元気な声が返ってきて、HRは終了した。


 私の担当は、お菓子作りと、エプロン作り、買い出しの先導、飾り付けの陣頭指揮になるのだろうか。……うん、普通に多いぞ?

 ただ、材料の買い出しは何を買うかちゃんと分かってる人がいないと駄目だし……いや、私じゃなくてもお菓子担当が何人か行けば大丈夫か。

 飾り付けの指揮も宝蔵院だってできそうだし、事前に店内イメージを決めておけば問題なさそうだよね。

 うんうん、大丈夫そうだ。私の仕事量がやばいという事は無くなりそうだ。


 あ、あとやるからにはガチでいきたいし、格好が執事モドキな分、接客態度に関してはしっかりさせたいな。

 よし、これはマニュアルを作って練習をさせないといけないかな! あ、私も練習するのか……。


「空さん、お疲れ様です」

「あ、楓ちゃんお疲れ」


 解散となり、色々と考えながら席に戻ると、楓ちゃんから話しかけられた。


「私と希帆ちゃんは、お菓子作りに手を挙げたんですけど、何を作るか決めるのとかどうするんです?」


 そして、続いてそう質問される。

 あ、んー……どうしようねえ。何を作るか、か。やっぱりある程度飾り気も欲しいし、かと言って単価が高すぎるのも駄目だし……。

 まあ、そこらへんは後日しっかり話し合えばいいのかなあ。だね。よし!


「後日、皆の時間が合わせられる時に話し合おう? お昼休みとかさ」

「分かりました」


 私が返すとそう言ってにっこり笑う楓ちゃん。

 そうか。楓ちゃんと希帆と一緒にお菓子作りができるのか。これは、これは素晴らしいかもしれないぞ。

 しかし、希帆がお菓子作ったりできるんだなあ。私はてっきり食べる専門の子だと思ってたのだが。


「失敬な! 私だって妹と一緒に毎年チョコ作ったりとかしてんだからね!」


 思った事と同じ事を言うとそう言って、ぷりぷりと希帆が怒りだした。だって、仕方ないじゃんか。希帆が作るイメージってほとんど無いんだもん。


「まあまあ、希帆ちゃんも怒らないで。帰りましょう?」

「ぶー、分かった。お腹減ったねえ。どっか寄ってかない?」


 楓ちゃんのとりなしで、渋々従ったと思ったら、すぐにニコニコ顔になってそう言う希帆。……この、切り替えの早さが希帆の素晴らしく良い所でもあるのだけど、こうも早いとアホの子なんじゃと心配になるなあ。


「じゃ、駅前の喫茶店でも行ってお茶して帰りましょうか」

「さんせーい! 空も行くよね?」


 ああ、うん? 希帆がアホの子なんじゃと考えていたら、いつの間にか話が進んでいたらしい。

 なんだっけ。ああ、帰りに寄り道して喫茶店だっけ? いいんじゃないかな。


「うん、いいよ」


 私が、笑って返事を返すと、希帆が決まりー! と、元気な声をあげていた。

 よかった。話を大して聞いてなかったのがバレなかったようだ。


 じゃ、帰ろう帰ろう。と希帆が私達を促すので、苦笑いしながらバッグを持ち、教室の外へ出る。


「あ、あの!」


 そして、昇降口に向かおうとした所で話しかけられた。




 ----------




 話しかけてきたのは、何日ぶりだろうか。今川ハーレムもとい愛ちゃん達だ。

 あのやり取り以降、話しかけてくる素振りどころか、私の目の前にさえ現れなかったのだが、どういう風の吹き回しだろうか。

 因みに、喧嘩の後に謝ってもらってない事に気付いて頭にきたりもしたが、今は昔。現時点でこの子達に特別思う所は無い。


「あ、あの……今更どの面下げてと思うかもしれませんけど、この前は酷い噂流したり、殴ったり、すみませんでした!」


 多分、この子が愛ちゃんで合ってたと思う子が、そう言って頭を下げると同時に他の子達も頭を下げる。

 そして、私の周りから飛ぶ怒号。怒号の内容はというと、テメエ片桐さんにあんな事しといてそれで済むと思ってんのかゴルァや、恥さらしが今更なんの用だや、絶対に許さない絶対にだ。などがある。

 あ、なんでこんなに周囲の声が多いかと言うと、この子達がクラスの前で待ってたせいで、件の噂の子達だと気付いた我がクラスの人達が敵意剥き出しで私を守るように陣取ってたりするからである。

 因みに、この人達。私が静まるように右手を軽く挙げるとピタリと音が止む。現に、今やってみたらそうなった。

 正直、この愛ちゃん達の嫉妬による噂よりも君達の方が怖いよ……。


「いいよ。謝ってくれたし」


 でも、次やったら許さないよ? と言うと、絶対にやらないという返事をもらえた。


「私達、いい女になりたいんです。だから、絶対にしません。そして、いつか今川君に振り向いてもらえるよう頑張るんです」


 今は迷惑かけたから近づきませんけど、諦められません。と力強く言う愛ちゃん達は、たしかに前よりもずっと好感の持てる子達になってると言えた。まあ、クラスの人達に怯えたりもあったので涙目ではあるんだけどね。

 しかし、恋愛脳すなあ。私にはその思考回路は持ち合わせてないので共感はできないなあ。

 まあ、私には頑張っていい女になれと応援するくらいしかできる事は無いわけでして。なので、応援はさせてもらいますよ。


「まあ、頑張ってね」


 私がそう言うと、頑張ります。すみませんでした。と返事が返ってきた。

 さ、もうここを離れてもいいだろう。いやーあれだね。冷たい反応かもしれないけどさ。こういうのって修羅場っぽくて苦手なんだよねえ。私としてはもっとサバサバしてたいのですよ。スッキリとしてたいわけですよ。なので、こう湿っぽい感じのは苦手なのです。

 ま、いつまでも考えてたって仕方ないね。帰りましょう。そして、希帆達と喫茶店に行きましょう!




 ----------




「片桐さーん!」


 昇降口で靴を履き替えていると、廊下の方から宝蔵院が走ってきて呼び止められた。

 後ろには、鍋島なべしま君もいる。はて、なんの用だろうか。あと、仮にも学級委員長である人が廊下を走るのもいかがなものだろう。


「……はあ、追いついた」


 軽く息が上がってる宝蔵院がそう言って、前に立つ。


「宝蔵院君、どうしたの? あと、鍋島くんも」

「いえ、いちおう何をやるか決まったので書類を提出しに行って、戻ったら片桐さんがいなかったもので。用があったので、追いかけてきました」


 ……あ、しまった。そうだよ書類提出とかあったじゃんね。うっかりしてたわー。


「……ごめん、忘れてた」

「いえ、それは別にいいんですよ。提出するのは1人でもよかったみたいで、受け取ってもらえました。それよりも、今度の日曜あいてます?」


 私が忘れてた事を謝ったが、それは平気だったらしく、笑って流された。

 ……しかし、なんで日曜があいてるか聞くのだろうか。デートの誘いでもするつもりだろうかコヤツは。いや、宝蔵院に限ってそれは無いと思うけど……なんでだろう。


「……あいてるけど」

「あ、いえ。なにも疚しい事はありませんよ。知り合いが執事喫茶を経営してるもので、どんな所か下見に行かないかと思いまして」


 あー、なるほどね。しかし、宝蔵院は面白い人と知り合いなんだな。普通は執事喫茶を経営してる人とお知り合いになる機会なんて滅多に無いだろうに。

 あと、なんでやましい事が無いのに、そんなに悪戯が成功したような顔をしているんだろう……。


「んー……希帆と楓ちゃんも行く?」


 なんとなく、宝蔵院と2人だけは嫌だったので、2人も誘ってみた。

 いや、別に身の危険を感じたとかは一切無くて、本当になんとなく2人きりは嫌だったんだ。宝蔵院にはとても申し訳ないのだけども。


「日曜は予定ないから大丈夫ですけど……いいんですか?」


 私の質問に対し、私ではなく宝蔵院に確認をする楓ちゃん。

 ここで、嫌な顔をしたら絶対に行くの止めよう。まあ、多分それは有り得ないんだけど。


「構いませんよ。行きましょう」


 予想通り、宝蔵院はにこやかに楓ちゃんに対してそう答えた。

 でも、なぜだろう。その笑みが悪戯が成功したような顔にしか見えないんだけど、なんでなんだろう……。


「じゃあ、私もお邪魔しますね」

「なら、私もー!」


 楓ちゃんと希帆は、その笑みに気付かないか何も感じる事はないのか、何事もないようにそう言っていた。

 ……うーん、私だけだろうか。なんか引っかかるのは。んー……まあ、いいか。


「あ、そういえば鍋島君も急いでたみたいだけど、なんか用?」


 すっかり忘れて空気と化していた。鍋島君の存在を思い出した。

 彼も急いでたしね。何か用があるのだろう。


「あ、いえ特に無いっす。ただ、宝蔵院君が片桐さん達を追いかけてたみたいなので、美少女3人と一緒に帰りたいという願望を達成したいな、と!」


 私の質問に対し、笑顔でそう答える鍋島君。

 ……なんとも欲望に忠実な人だなあ、この人は。

 まあ、ブレないなとも言えるのだけども。


「私達、帰りに喫茶店でも寄っていこうかと思ってるけど……」

「お邪魔していいっすか!」


 一緒に帰るのは好きにしたらいいと思い、行動予定を伝えたら、ノータイムでそう言ってきた。

 本当に、ブレないなあこの人。


「まあ、好きにするといいよ」


 別に、一緒に旅行まで行った仲ではあるし、それくらいは構わないよ。

 そして、この流れだと宝蔵院も一緒に来るのだろうな。……あれ? そういえば、1人足りないぞ?


館林たてばやし君はどうしたの?」


 そう、館林が足りない。べつにいなくてもいいのだけど、このメンツで館林がいないのはなんか違和感がある。


「ああ、輝はバイトですよ。HR終わったら急いで出て行きましたけど、気付きませんでしたか?」


 宝蔵院がそう言って教えてくれたけど、気付きませんでしたねえ。

 ああ、そういえば彼はどんなバイトをしてるんだろうか。いつか、教えてもらえる日がくるのかねえ。疚しいバイトじゃないって話なんだから教えてくれたらいいのにね。


「そっか、気付かなかったな。じゃ、帰りましょうか」


 ま、別に館林がいないからといって、どうという事もないしね。

 鍋島君に対する突っ込み役が減るというのは痛手かもしれないけども。


 私が帰ろうかと言うと、特に異存は無いらしく、男子達も靴を履き替え始めた。




 ----------




 さて、喫茶店ではなく、ファーストフードなう。

 なんで、喫茶店じゃないかと言うと、鍋島君が某教祖様のいるハンバーガー屋さんに行きたいと言い出したからだ。

 まあ、別にどこの喫茶店とかは決めてなかったし、私としては軽くつまめる物と飲み物があればよかったので別にいい。

 因みに、私が頼んだメニューはホットアップルパイとアイスコーヒー。希帆が、ナゲットとオレンジジュース。楓ちゃんは、サンデーチョコレートとアイスティーだ。

 男子は、普通にセットを頼んでる。食べるねえ。帰ったら夕飯もあるだろうに。


「そういえば、空さんは弟さんがいますけど、皆はどうなんですか?」


 席に着き、個々人で食べ始めると楓ちゃんがそう言った。

 まあ、皆で入ったのに会話も無く黙々と食べるのもアレだもんね。会話の種は必要だ。


「私はいっぱいいるよー! 弟妹が5人いる!」

「え、前に行った時に会った子達で全部じゃなかったの?」

「うん。えっとねー、久美くみ慶太けいた幸太こうた佐知さち心太しんたで5人! しかも、下は2ペアずつで双子なんだ!」


 ……うはー、凄い。何が凄いってご両親頑張りすぎだろう。私はそんなに欲しくないなあ。2人くらいがベストじゃないかなっていやいや、何を考えてるんだ私は。


「僕は一人っ子ですね。兄弟って憧れたりもしましたけど、輝が兄弟みたいなもんなんで」

「そういえば、宝蔵院君と館林君っていつから知り合いなの?」


 やっぱ幼稚園? と希帆が聞く。

 そっか、2人は小さい頃から一緒なんだもんね。ちょっとそういうの憧れるけど、無いものねだりは意味がないね。

 しかしまあ、これが男女なら幼馴染フラグなのにとか思ってしまうな。


「文字通り、産まれた時からですよ。数十分の差で同じ病院で産まれたので、それが縁です」

「へー! 凄いね!」


 希帆が宝蔵院の返答に驚いたように声をあげてるが、たしかに凄い。そんな偶然滅多にないでしょうに。もう、お前ら付き合っちゃえよ。


「あ、そういえば宝蔵院君達の誕生日知りません」

「あ! そうだ! これじゃお祝いできないじゃん!」


 産まれた時からという言葉で思い出したのか、楓ちゃんがそう言い、それに希帆も続く。

 ああ、そういえば知らんな。いちおうは友達なんだし、皆で祝うならしっかり祝ってあげたいな。


「ああ、僕が5月6日で輝が5月5日ですよ」


 宝蔵院が2人の誕生日を教えてくれたが、過ぎてんじゃん! 祝えないじゃん!

 ……まあ、日にち的に仲良くすらなってない時期だからどう考えても無理だったけどさ。


「過ぎてるじゃん!」

「まあまあ。僕らがちゃんと話すようになったのが、そもそもそれより後なんだから仕方ないですよ」


 希帆も私と同じ突っ込みをし、宝蔵院に宥められていた。

 それを言われて、そーだけどさーって唇を尖らせてる希帆も可愛い。


「そだ、鍋島君はどうなの? ……もしかして、過ぎちゃった?」

「あ、俺は2月14日っす。誕生日プレゼントに男友達からチョコ貰うのはもう嫌っす」


 どうやら、鍋島君の誕生日はまだだったらしい。2月14日かー。思い切りバレンタインですな。……やっぱ誕生日プレゼントはチョコをあげておくべきだろうか。

 いや、男友達から冷やかし? で貰いまくった感じの事を言ってるし、チョコはやめてあげたほうがいいのかな。

 ……ま、先の話だし今から考えても意味ないね。


「なら、鍋島君の誕生日プレゼントはチョコで決定だね!」

「え、希帆ちゃん他にもなにか用意しないんですか?」

「え? 欲しいの? ネタ的にもチョコ一択でしょ?」

「……い、いや、貰えるならなんでも嬉しいっすよ」


 そんなやり取りをする希帆と楓ちゃんと鍋島君。

 やっぱり、ネタ的にはチョコ一択だよねえ。んー、まだまだ先の事とはいえその日が近づいてきたら悩みそうな問題だ。


「そういえば、宝蔵院君達ってなんで私の誕生日知ってたの? 教えた記憶が無いのだけど」


 誕生日ネタで思い出したのか、今更ながらな事を聞いている希帆。

 あの時にそんな事を一切言ってなかったから、教えたもんだと思ってたよ。事実、私は聞いて知ったわけだし。


「え? アドレス交換した時にプロフィールに誕生日まで書いてありましたけど?」

「そっすよ。それで用意したっす」

「あ、あー? 書いてたっけ」

「書いてましたよ。因みに、吾妻さんのもそれで知りました」


 ……えーっと。プロフィール欄に誕生日が書いてあったらしい。私はそれに気付かずに聞いた事になるのか。


 ……あー、うん。今携帯で確認したら書いてあったわ。しっかり住所まで記入してる子達だったわ。

 私はその辺全然やってないからなあ。普通に、名前と携帯番号とメールアドレスが書いてあるだけっていうね。


「で、このメンバーだと片桐さんのだけ分からないのですが、教えてもらえませんか?」


 私が、携帯を眺めて苦笑いをしていると、宝蔵院にそう言われた。

 ……これは、私の誕生日も祝ってくれるつもりだと判断してよいのだろうか。素直に嬉しいのだけど、少し困った。

 私の誕生日は、クリスマスとほぼ同じというか、イブだ。クリスマスは家族と過ごすのが慣例だ。そして、父の仕事の都合によってイブか25日に私の誕生日とクリスマスを同時に祝うため、都合がつけにくく、友達と一緒に祝うという事は今まで無い。

 つまり、何が言いたいかというと、ケーキ代とか色々浮いて経済的ではあるが、その分色々と面倒な誕生日だという事である! うん、凄く今関係ない!

 とりあえず、誕生日を教えておこう。


「私の誕生日は12月24日だよ」


 私がそう告げると、宝蔵院は、へえという顔をし、鍋島君はすげえとか呟いている。何が凄いのか全く分からんのし、宝蔵院がそういう顔をする要素も特に無いのだけど、まあ慣れた反応だ。


「じゃあ、クリスマスの辺りは片桐さんの都合のいい日に、誕生日兼クリスマスパーティーですね」


 そう言って微笑む宝蔵院。ああ、うん。そこでイブの夜はとか言わない辺り、心得てるといいますかなんと言いますか。

 こういう言い方されたら断れないよねえ。いや、断るつもりも別にないのだけども。


「じゃ、その時はよろしく」


 そう言うと、希帆と楓ちゃんから腕によりをかけて祝いますよ! と力強く言われ、宝蔵院と鍋島君にも任せてくださいと言われた。

 うん、私は本当に友人には恵まれるタイプだなあ。よい人達だ。私に対して色目使ってこないし。


「……あ、電話だ」


 そんな事を考えていたら、携帯が着信を告げる音を鳴らしだした。マナーにするの忘れてたっぽいです、さーせん。

 因みに、着信メロディはEvanescenceのEverybody's Foolだ。いや、別に自虐でもなんでもなく、純粋にこの曲が好きなんだからね? 別に深い意味は全然ないよ? どんな曲か分からないって? うん、知らなくていいと思うよ!

 携帯の着信画面を見れば、そこには母の名前があった。どうかしたんだろうか。

 皆に、ちょっとごめんねと言って、電話にでる。


「もしもし?」

『もしもしー。あ、空? 母さんだけど』

「うん、どうしたの?」


 私の携帯にかけてるのに、私以外が出たら問題があるのではなかろうか。私かどうか確認をする母にそんな事を思うが、癖なのだろう仕方ない。

 それにしてもなんの用だろうか。醤油とか牛乳切らしたから買ってきてくれとかかなあ?


『この前言った通り、今日は父さんと外で食事してくるから、空達も外で食べるなり好きにしてちょうだいね』


 食事代はリビングにいちおう置いておくから、とは母。

 あー、そんな事を前に言ってたっけか。つか、今日だったっけ。まあ、いい。陸の希望を聞いて、外で食べるか作るか決めよう。


「ん、分かった。陸は帰ってる?」

『陸? まだ帰ってないわね。今日はサッカー無い日だし、どこかで遊んでるんじゃないかしら』


 私が、ついでに陸がいるなら希望を聞いてしまおうと思って確認をとろうと思ったら、まだ帰ってないらしい。

 チッ、めんどい。奴の希望を聞かなくては、帰りに食材を買って帰るかの判断もできんではないか。

 いや、もう勝手に買って準備してしまおうかな。奴の希望なんて知らんとばかりに。……でもなあ、たまには外食したいとか言うかもしれんしなあ。やっぱ聞くか。


「分かった。とりあえず、陸には私が連絡しておくね」

『お願いねー』

「うん、母さんも楽しんできてね」

『ふふ、はーい』


 お互いにじゃあねと言って、電話を切る。

 さて、陸に連絡せんといかんけど、アイツ電話でるかなあ。


「お母さんと仲良さそうだねー」


 私が陸が電話にでるのか心配してると、なんか妙に微笑ましいものを見るような目でこちらを見てくる希帆がそう言う。

 うん、仲が良いとは思うけど、なんでそんな目で私を見てきますかねこの子は。


「なんか、電話の最中もコロコロと表情変わってたし、最後の楽しんでの所なんていつもと違う感じの笑顔で可愛かったですよ」


 楓ちゃんがそう言ってこれまた微笑ましいものを見るような目をしてくるが、そうなのか?

 私としては、まったくそんなつもりは無かったし、いつも通りに話していたのだけどなあ。


「なんか、身内にだけ見せる表情って感じだったよね! いつもより幼い感じもして可愛かったね!」

「ですね! 身内の特権ってやつですね! 彼氏ができたら、彼の前でだけあんな感じで笑うのかもしれませんよ?」

「くはー! たまんないね!」


 うん、たまんないね! 私の恥ずかしさ的な意味で!

 まあ、2人でキャッキャしてる希帆と楓ちゃんは放っておいて、陸に連絡してしまおう。


 画面を操作して、陸の番号にかける。

 遊んでるとそれに夢中になって気付かない事が多い子だけど、きっと出てくれるはず! ま、出なくても折り返しでかかってくるから心配もないんだけどね。


『もしもしー? 姉ちゃんどうしたの? ……ちょ、うっせ! 死ね!』


 しばらくして陸が電話にでるが、友達と遊んでたのだろう。他の人の声がけっこうかなり聞こえる。

 片桐先輩、俺だ! 結婚してくれ! なんていう声は聞こえなかった。うん、てか俺だって誰だ。

 まあ、陸に電話をかけてアイツが友達といる時なんて大抵こんな感じだからね。慣れた慣れた。

 陸の電話を通してだと、こんな事も言えるが、実際はほとんどのやつらが目の前に立つと挨拶だけで真っ赤になるような奴らだしね。

 陸の友達は総じてそんな初心な子達が多い。中には普通の子もいるけど、そういう子は彼女持ちだったりする。しかも誠実さが売りと評判になりそうな子。陸は人当たりもいいし、色んなタイプと仲良くできると思うのだけど、この妙な統一性はなんだろうねえ。


『で、姉ちゃんなんの用?』


 あ、そうだったそうだった。電話してんのに、普通に考え事をしてしまったよ。


「今日、母さん達デートだっていうから、夕飯どうするかなと思って電話したんだけど」


 外で食べる? と聞いてみる。


『いや、家でいいよ。てか、姉ちゃん作って!』


 うん、予想通りな返答です。そして、その陸の返事を聞いて、いいなー! と言ってる電話の向こうの少年達。うん、君らが来てもご飯を作ってやる事はできん。……陸くらい食べるであろう子達が数人とか考えたくないよ!


「分かった。なに食べたい?」

『んー……んー……ハンバーグかな!』


 かなり迷って感じでそう言う陸。うむ、ちゃんと希望を言うのは素晴らしいね。なんでもいいが一番困るし、美味しいのとか言われた日には殺意を覚えるからね。

 まあ、なんでもいい言われたらご飯と納豆とかにしてやろうかと思ってたけど、私も必然的にそれになるので却下の方向でいきたいと思う。


「分かった。アンタどこにいんの?」

「学校だけど? もうそろそろ帰ろうと思ってたとこ」


 私がどこにいるのか聞いてみれば、学校と答える陸。教室で駄弁ってたりしたんだろうか。

 まあ、丁度いいかね。中学校のある方向に安いスーパーはあるわけだし、今から合流して陸を荷物持ちに使おう。

 で、合流するのであれば、私が中学まで行った方が効率的だろう。


「分かった。じゃあ、帰りにスーパー寄ってくから、そのまま校門で待ってて。陸は荷物持ちね」

「りょうかーい」


 陸の了解も得た事だし、じゃ、と言って電話を切る。

 ……さて、せっかくお茶をしていたのに、電話で話の腰を折り、しかも先にお暇しなきゃいけない感じになってしまった。

 とりあえず、謝って先に帰ると伝えないとと思い、顔をあげて皆を見ると、なにやら微笑ましいものを見るような目で見てくる面々。

 ……なんなんですかね。


「んふふー、空が夕飯作ってあげるんだねえ。優しいねえ」

「空さんのご飯羨ましいですね」

「片桐さんも弟君に向かってだと、けっこう雑な言葉遣いになるんですね」

「てか、なんでうちの姉ちゃんは片桐さんみたく優しく育たなかったんすかね」


 全員が全員好き放題に言ってくれているが、とりあえず鍋島君。君のお姉さんの事なんて私は知らんよ。まあ、十中八九、君が何かやらかすから優しくしてもらえないんだと思われるけどね!


「あー……とりあえず、夕飯の買い物もあるので私はここら辺で……」

「ん、分かったー。また明日ねー!」

「空さん、また明日」

「では、また」

「また明日っす!」


 私がここで抜けると言うと、にこやかに全員がそう言ってくれるが、空気を乱すようで本当に申し訳ないな、と思う。

 とにかく、陸をあまり待たせるのもアレなので、皆に、ごめんね、また明日と言って店を出た。




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 駅前から歩く事10分ほどたち、母校でもある中学校が見えてきた。

 私の家から見ると、駅前まで続く、緩やかな坂になってる1本道を歩き、駅前のロータリーを右に行き、10分ほどの場所にあるのが我が母校である。因みに、高校は線路を渡り国道に出て1本道なので、私が住んでる所とは線路を挟む形になっている。うん、どうでもいい。


 校門の方を見れば、陸らしき背の高い人物と、その周辺に何人か立っているのが見える。

 で、私が来たのに気付いたのか、陸らしき人物がこちらに向かって手を振ってくるが、私は振り返さない。だって、恥ずかしい。


「姉ちゃん遅い」

「いや、駅前から歩いたらこんなもんでしょ」

「俺なら走って5分かからない!」

「アンタと一緒にすんな」


 校門に着くなり、陸から随分とご挨拶な事を言われたが、気にしない。コイツなりの同級生と一緒の時の照れ隠しなんだろうと思う。

 因みに、陸の同級生にして私の後輩達は、私に対してお辞儀をして、元気に挨拶をしている。うん、凄く暑苦しい。もう10月であるというのに、この子達も中3で部活は引退しているはずなのに、なんとも体育会系子達である。


 そういえば、ここは私の母校でもあるわけだけど、あんまり良い思い出は無い。

 まあ、ぶっちゃけて言えば友達がいなかったからなんだけどね!

 普通に話す子は何人もいたけど、友達と言われるといないと言っていい状態だったんじゃないかな。まあ、これは完全に私の責任なので今思い返せばもっとなんとかなったのではと思うんだけどねえ。後悔先に立たずと言うやつだ。

 なんで、友達がいなかったかと言うと、余裕が無かったからなんだよね。早いとこ前世の自分の学力に追いつきたいと言うか、その範囲まで復習をせねばという、一種の強迫観念みたいなのがあったので、友達との交流などを疎かにしてしまっていたのだ。

 で、余裕が出てきたのが中3のころ。そのころには私のキャラは完全固定され、お堅くて真面目な人と認識されてしまい、友達らしい友達はできなかったという結果になる。

 今の自分からすると、もうちょっとやりようがあったろうよーと思うんだけどね。仕方ないね。


「じゃ、行きますかね」

「ほいほい、了解」

「じゃあ、皆も陸と遊んでくれてありがとうね。この子は変な事したら遠慮なく殴っていいから」

「ちょ! なにそれ!?」


 陸に行くよと言った後に、後輩ズにそう声をかける。

 すると、私がそんな事を言うとは思ってなかったのか、少し驚いた顔をした後に、任せてください! と頼もしい返事が返ってきた。……陸は不満顔なんだけどね!

 まあ、この後輩ズから頼もしい返事も聞けたし、陸の仲良い友達でずっといてやってほしいのだけど、竜泉に入れるかと言われると、サッと目をそらすレベルらしいので、なんとも締まらない子達だな、と。




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 さて、スーパーに着いた。

 今日は陸のリクエストでハンバーグだ。挽き肉はあったかどうか微妙だったので絶対に買うとして、あとはどうしようかね。

 んー……よくよく考えてみれば、挽き肉以外のハンバーグの材料は確実に冷蔵庫にあるなあ。朝、お弁当を作る時に確認したのだから、大きく変わってる事なんて無いし。

 となると、副菜か。てか、ぶっちゃけて言うとハンバーグって気分じゃないんだよねえ。もっとアッサリした物が食べたい。


「姉ちゃん、なに買うの?」

「んー? 考え中」


 ハンバーグは仕方ないとして、他はアッサリいこうと思いつつ店内を見て周る。なににしようかなー。

 って……お? 茗荷ですか。そっか、時期的に秋茗荷の季節ですな。ふーむ……。よし! これでいこう!

 茗荷を使ったアッサリで良い方法を思いついたので、そのまま陸が持ってる買い物かごに入れる。

 あとはー……お、大根? セールなのか1本158円となっている。これは安い。普通なら198円だったはずだ。安い。

 主婦っぽい? 所帯臭い? いいじゃないか! 安い店を周り、安いものを手に入れる。それがいいんではないか! 歩いたり、自転車を使えば交通費はタダだ! そして安い食品を買えば節約運動と良い事尽くめじゃないか!

 ……しかし大根か。たしか、家には今無かったな。んー、お! おお! よし、大根使おう! ふっふーいい事思いついたんだぜ!


「……大根?」


 私が陸の持ってるかごに大根を入れると不思議そうな顔をされた。


「何に使うの?」


 陸は、ハンバーグの食材を買いに来たはずなのに、なぜ大根なんだろうかと言いたいのだろう。

 しかし、ここでネタばらしをしても面白くない。というか、別にハンバーグしか作らないわけじゃないんだから、大根買っても不思議じゃないだろうにね!


「あとのお楽しみ」


 私はそう返して、また店内を見る作業に戻る。なんか、なんかあと1品欲しいんだよね。


 で、店内を見て気付いたのが、同じくセールなのかポップにでかでかと値段の書かれたほうれん草、約200グラム。

 お値段なんと158円! 高い。普通に高い。でも、仕方ない。ここ最近、本当に野菜の値段が高くて困る。春だったらほうれん草とか98円とかになったりするんだけどねえ。これも、定価というか相場が198円するし、高い所だと200円以上するのでかなり安い部類に入る。

 ほうれん草ねえ。さすがに1束分も1回で使い切れないけど、それは考える必要ないし、これで最後の1品でいいかな! あんまり作りすぎても私が食べられなくなるしね。

 さて、こんなもんでいいかな! 今日の買い物は、合挽き肉が500グラム、茗荷が1パック、大根1本、ほうれん草1束だ。合計で1096円也。って、あ! ポイントカード忘れた! 買い物用の財布の中だよー……しまったなあ。


 最後の最後にちょっと損した気分になりながら家へと帰った。

 途中、陸がアイス食べたいと言い出したので、コンビニに寄ってパピコ半分ずつにして食べたよ。恋人同士でやるもんだ? いいじゃないか、姉弟仲良く分け合ったって。




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 さて、帰宅。陸には制服を着替えた後にお風呂掃除に行ってもらった。

 私もちゃんと着替えて部屋着です。部屋着なので気張った感じなんて一切無いよ。ダークグレイのパーカーマキシワンピースです。で、髪型はいつも通りのダッカールアレンジ。

 そういえばここ最近、スカートを穿く頻度が増えた気がする。別にどうだっていいし、むしろ格好のバリエーションが増えたから歓迎すべきかもしれないけどね。なんでだろうねえ。


 さて、夕飯の準備だ。

 まず最初にやる事は、炊飯である。後回しにしたら、ご飯炊けるまで待つ事になるから当然だね。


 で、次にハンバーグ。作るのは3個だ。私が1個で陸が2個という感じ。

 まず、合挽き肉に、細かめにみじん切りしたタマネギと、卵、あらびき黒胡椒、塩、ナツメグ、パン粉、牛乳を入れて、白っぽくなるまで捏ねる。で、パテを等分して空気を抜き、形を整える。

 焼く前にソースに入ろう。小さめの鍋を用意し、水、料理酒、濃口醤油、砂糖と生姜を加えて煮る。今回は、生姜が無いのをすっかり失念していたので、チューブのを使った。ちょっと悔しいけど、チューブでも大丈夫だし!

 で、水溶き片栗粉でとろみをつけたら、ソースの完成。

 パテは、まず強火で両面に焦げ目をつける。で、焦げ目がついたら弱火にし、蓋をして蒸し焼きにして中まで火を通すのだ。

 まあ、ぶっちゃけハンバーグなんて説明するまでも無いよね!

 あ、蒸し焼きにしてる最中に、大根をおろして、庭でとった大葉を千切りにしといたよ! そう、ハンバーグと言っても洋風じゃなく、和風ハンバーグにしてみたのだ!

 いやー、さっぱりしたものが食べたかったからさ。仕方ないよね! まあ、他のも今日はさっぱりで仕上げるんだけどね!


 次はお吸い物。私は味噌汁よりお吸い物の方が好きなので、お吸い物だ。

 まず、ほうれん草を1束分、塩を入れたお湯で茹で、水に取り灰汁を抜く。で、それを硬く絞り、食べやすいサイズ、だいたい3cmくらい? に切り分けて、卵も2個用意して溶いておく。だし汁に、塩、みりん、薄口醤油を入れて煮立て、さっき切っておいたほうれん草を入れる。あとは、溶き卵を入れて、軽くひと煮立ちさせるだけ。まあ、ほうれん草と卵のお吸い物だ。……説明する事もない内容だね。


 次はサラダを2品ほど作ろうと思うんだ。

 さっぱりあっさりといきたいし、野菜はしっかりと食べたいしって事で、活躍するのが大根と茗荷である。


 まず、大根の皮をむき細切りにし、チリメンジャコと混ぜて3分ほど置いて馴染ませ、その後、もう1度混ぜたあとに種をとって細かく叩いておいた梅干を入れて完成。

 ……うん、分かってる。料理って言えるレベルなのか怪しいのは分かってる。……でも、美味しいからいいんだ。


 さ、さて、次は茗荷を使ったサラダに移ろう。

 まず、茗荷ときゅうりを千切りに。で、それをボウルに入れて鰹節を入れ混ぜる。お皿に移し、食べる前に醤油とマヨネーズを少し垂らして完成。

 ……うん、うん。何も言うまい。反論すまい。……でも、茗荷好きなら分かると思うけど、美味しいんだ。


 さて、準備は終わりだ。あとはご飯が炊けるのを待つだけ。


「陸、あとご飯炊けるの待つだけだけど、先にお風呂にする?」


 一足早くお風呂掃除が終わり、お湯はりをしてテレビを眺めていた陸に声をかける。

 ここにいたってご飯までまだ少しかかるし、先にお風呂にした方がいいだろう。


「ん? んー、姉ちゃん先に入っていいよ?」

「私は夕飯の片付けとかしたら入るよ。入るなら陸が先に入っちゃいな」


 陸はお風呂掃除が終わって寛いでたため、動くのが面倒になったのだろう。そう言ってくるが、私が先に入ったとしても洗い物とかがその後に残るのはなんか嫌だ。どうせなら、家事を片付けてから入りたい。


「んー……分かった」


 そう言って、立ち上がってのそのそとお風呂場へと歩いていく陸。サッカーからの帰りじゃないほどにしろ、昼休みとかは外で遊んでるようなタイプだし、さっぱりしてからの方が気持ちよく食事ができるだろうさ。っと、ちょっと待った!


「あ、陸! 洗面所に干してある洗濯物取り込むから少しだけ待って!」




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 さて、ご飯だ。

 陸がお風呂に入ってる間に何をしていたかと言うと、洗面所に干してあった下着類と、外に干していた衣類を取り込み畳んでいた。で、それを各自の部屋と洗面所にあるタオル置き場へと持って行き、余った時間は雪花せっかとじゃれていたのさ。

 雪花は悪戯もあまりしない良い子なのだが、洗濯物を畳んでいる時は別。エプロンなんかを畳んでる時なんて、プラプラと動く紐に興奮しっぱなしで楽しそうにじゃれついてくるのだ。私もついつい紐を使って遊んでしまうのだが、それも仕方ない事だろう。

 まあ、そうじゃない時もなぜか洗濯物を畳んでる時は近くに寄ってきて、ジッと眺めてるんだけどね。最初こそ、猫だから洗濯物をわざと踏んでドヤ顔でもするんだろうかと警戒したが、むしろ逆に絶対に踏まないように気をつける子だったので驚き。


 洗濯物を畳み終わり、各自の部屋に持って行き、それも終わりリビングのソファへと座ると、待ってましたと言わんばかりに膝の上へと来るのだ。もうね、もうね、可愛いすぎて鼻血が出そうだよね。膝の上でゴロゴロと喉を鳴らす雪花を撫でながら陸が出るのを待つ。

 で、10分ほどしたら出てきたので、ご飯を温め直そうとすると、パッとどいて私の横で丸くなる雪花。もう、可愛くて良い子すぎてね。思わず陸に自分で温め直して食べろと言いたくなるほどだったさ。


「姉ちゃん、ご飯なにー?」


 タオルでゴシゴシと髪の毛を拭きながら陸が聞いてくる。

 相変わらず、男のその拭き方は羨ましい。てか、陸は何を言ってるんだ。自分でリクエストしただろうに。


「アンタがハンバーグってリクエストしたんでしょう?」

「いや、そうじゃなくて。作ってる時にソースっぽい匂いがしなかったから、どんなハンバーグかと思ってさ」


 ああ、なるほどね。そういう意味か。それならそうとさっさと言いなさいっての。


「今日は和風ハンバーグにしてみました」

「おー」


 私が答えると、そう言いながら拍手する陸。

 ……そんな大げさなって感じかもしれないが、これは私のせいでもあるんだよね……。

 うん、小さい頃に陸に何かを陸に作ってあげるたびに、今日はこれを作りました。拍手! みたいな事をノリでやってたんだ。そうしたら、私が何を作ったよと言うたびに拍手するのが陸の癖になったっぽいんだよね。……うん、完全に私のせいだ。まあ、こうやって喜ばれるのは作った身としては嬉しい事だし、悪い癖では無いと思うんだよね! 私にだけじゃなく、彼女ができて、その子の時にもしっかりやってあげればの話だけども!


 で、肝心の食事風景だけどカットで。

 陸のサイズに合わせて作ったせいで、私にはハンバーグは大きすぎたのだけど、陸は全然平気だった模様で、ご飯も普通におかわりしていた。……ハンバーグを2個と私が食べきれなかった分の3分の1くらいを合わせてね。凄いわこの子。

 大根のジャコと梅干和え? と、茗荷ときゅうりのサラダも好評だったし、肉料理の口直しにはサッパリしていて最適だった。

 この2つはお酒のお摘みにもなるだろうから、両親が帰ってきて晩酌できるように少し多めに作って冷蔵庫に入れてある。


「ごちそーさま!」

「はい、お粗末さま。美味しかった?」

「うん、さいこー」


 食事が終わり、手を合わせてごちそうさまを言う陸。あ、うちではいただきますとごちそうさまは基本です。

 美味しかったか尋ねたら、お腹をさすりながら最高だったと言ってくれたので作ったかいがあるというものだ。まあ、陸は少し食べ過ぎたのか、げふぅとか言いそうな感じで伸びてるわけだが。

 さて、私も洗い物して少し食休みしたらお風呂に入っちゃいますかね。




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 さて、お風呂なう。

 洗い物もちゃっちゃと終わらせ、少しの間リビングでぽけーっと過ごし、現在お風呂です。

 そういえば、小さい頃は陸と一緒に入って遊ぼうとするのを必死に押さえつけながら洗ってやったっけなあ。今、お風呂一緒に入ろうなんて言ったらどんな反応をするんだろうか。……顔を真っ赤にして、入んねえよ! とか言うかな。てか、それがいいな。真顔で頭大丈夫か的な事言われたりしたら傷つくし、逆に入るなんて言われても対処に困る。うん、やっぱり言うのは止めておくのが賢明っぽいね。


 さてさて、ただお風呂に入ってるだけっていうのもなんなので、竜泉祭の事について少しだけ整理をしておこうかな。

 まず、やるべき事だ。第一にメニュー決め。これはまあ必須というか、これが無ければ始まらないからね。で、それに伴っての値段設定だ。これは、全体でかかる経費を加味しての決定になるので、少し時間がかかるだろう。全体でかかる予算の割り出し。そして、何人くらいのお客さんが来るかの期待値、または何人分用意するかで1メニューいくらかの値段が決まる。で、儲けを出す必要は無いが、1人辺りの負担がなくなるように経費分は取り戻したい。それを踏まえての値段設定になる。しかし、文化祭と言う点で見て、高すぎるのは駄目。もし、そうなった場合は赤を覚悟するか、どこかから予算を削る必要がある。なかなかに大変な作業だ。

 あとは、内装決め。さすがに気合が入った内装にはできないが、低予算である程度はそれっぽい雰囲気は作りたい。これは、今度宝蔵院と一緒に行くお店を実際に見て、どんな感じにするか大まかに決めればいいだろう。

 執事服もどきに関しても似たような感じ。作ってそれっぽくなれば問題ない。

 で、執事もどき故にマニュアル面の強化で執事喫茶っぽさを出さなくてはならないと思う。これも、今度見に行くお店で実際に見てみて決めていくのがいいだろうな。

 あとはー……午前午後のシフト決めくらいかなあ? 部活組は色々あるだろうし、部活優先。そして、それ以外は個々の希望を聞きつつの調整かな。イケメンが多いと言っても、午前午後どちらかに偏っても駄目だしね。


 ……んーむ。やる事がいっぱいだ。私が全部やるわけでは無いけれど、1ヶ月でこれとなると、かなり大変だぞ。

 まあ、やるしかないのだけどね!


 よし! 考え事終わり! お風呂あがって柔軟して勉強して、寝よう!




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 その後、勉強中にほろ酔いになった母を連れて、父が帰ってきた。

 母は久しぶりのデートが楽しかったのか、ご機嫌で私と陸を可愛がりまくり、父はそれを見て苦笑い。

 父に助けてと言えば、たまには可愛がられてやれという無慈悲なお言葉。

 ……うん、母は大好きだけど、酔っ払いはあまり好きじゃないです。

 あのね? 母よ。頬ずりするのは別にいいよ。抱きつくのも別にいいよ。でもね? 育ったわねえと言いながら揉むのは止めてくれませんかね! 母の方がまだまだ大きいからね! 別に私はこれ以上欲しいとは思わないけどね!

 なんの話かって? 言わせんなよ!


 そんなわけで、寝る間際になってとても疲れた1日でした。

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