第28話
なんか、詰め込みすぎた感が強い。
文化祭である、竜泉祭もあと1ヶ月と少しとなった。
まだまだ、出し物も決まっておらず、てか話し合いすらしていないのだが、まだまだ浮ついた空気も無いいつも通りの学校生活が続いている。
だが、なんか今日は違う。
いや、厳密に言えばここ最近少しずつだろうか。なんか、普段と違う。主に、周りの人達の視線が違う。
「んー、なんか今日は空の事を見る人がいつも以上に多いような?」
「ですねえ、なんでしょう。まあ、誤差の範囲でもある気もしますが」
「……私としては見られたくないんだけどねえ」
この子達は人事だと思って。前に学校に早く行くようにしたと言ったが、希帆達と一緒に登校するようになってからは、普通の時間になっている。
まあ、1人よりは3人の方が話しかけづらいしね。時間をあまり気にしなくなった。
で、いつもいつも他の生徒からの視線を感じるわけであるが、今日はそれがなんとなく多い。
あと、なんとなくだけど不快な視線が増えたような気がする。
ま、だからといって3人の状態で何かしてくる奴もいないようなので何もできないのだがね。
んー、なんとなくだけど今日は1人になる事は避けておこうかなあ。
それに対し、今日は変だねーなんて話をしつつ教室へと向かったが、教室の前で招かれざる客人というやつに捕まってしまったのだ。
「あ! ねえねえ、片桐さんだよね?」
さあ、教室に入るぞって所で見た事のない男子生徒から話しかけられた。
まあ、顔は普通に整ってるイケメンと呼んでいい感じの人だが、その目が嫌だ。私をそういう対象としか見てない目をしている。気持ち悪いやつだ。
「ねえねえ、片桐さんってさイケメンいっぱい捕まえてんだってね。俺にもさあ、おこぼれ頂戴よー。ね? だから、させてくんない?」
…………あ?
誰がイケメン捕まえてるって? おこぼれってなんの話だ。させるって何をだ。全てにおいてなんの話だ。
「……なんの事ですか」
現時点で、かなーり頭にきてるのだが、我慢して念のために聞いてみる。私の勘違いであってほしいが。
「なにとぼけてんのー。あ、俺1組の山川って言うんだけどさ。女子が噂してたよ。片桐さんってサセコがいるってね。女子ネットワーク怖いからねえ。すぐに噂広まっちゃうね」
俺が、片桐さんのお眼鏡に適うかは分からないけど、よかったら俺もハーレムに入れてよーなんて言ってる。
……はっはっは、もう切れてもいいよね。いいよね!
誰がサセコか! 誰がハーレム作ってるか! ふっざけんなっての!
「おら、止めとけ。手、痛めるぞ」
私がグーで振りかぶろうとしたら、その手を後ろから掴まれてそう言われた。
振り向けば、館林がいて、その後ろには宝蔵院や鍋島君、今川君と真田君までいる。
全員が全員、山海だっけ? に対して睨んでるのはどういう事だろうか。
横を見れば、希帆も思いっきり睨んでおり、楓ちゃんまでもが睨みつけていた。
……人が怒ってるのを見ると冷静になるね。だけど、これは私が売られた喧嘩だ。私がコイツを殴るのだ。
「離して」
「まあ、そう言うな。ここで殴っても解決にならん」
私が離せと要求するが、そう言ってスルーし、手を掴み続ける館林。さすがに男の力に対抗できるわけもなく、ピクリとも動かない。
「な、なーんだ。片桐さんのハーレム要員達じゃん。な、俺も仲間に入れてくれよ、な?」
仲が良いグループ全員集合となったため、海川だっけ? も引き気味にはなるが諦めない。そんなに性欲に忠実でありたいのかお前は。
「君は1組の山川匠君で間違いありませんか?」
宝蔵院が1歩前に出て、海川じゃなくて、山川にそう聞く。
いきなりの事なので、山川も戸惑って更に引く。
「お、おう。それが?」
「その噂、同じクラスの女子からとの事ですが、僕が上に掛け合えば、なぜか君が噂の発端となり、根も葉もない噂で学校の風紀を著しく乱した事となり、最悪の場合退学となります。意味は分かりますね?」
その話を聞いた瞬間に、山なんとかの顔から血の気が引く。
宝蔵院が、学長の孫だというのは有名な話にもなっているので、その気になればできてしまいそうなのが怖い。
「いいですか? この噂は事実無根です。もし、言いふらしたりしたら……分かってますね?」
山なんとかは宝蔵院のその脅しに、ブンブンと首を縦に振り逃げていった。
山……山なんだっけ。まあ、覚える気なんて無いからどうでもいいや。
「片桐さん。その……ごめんね。多分、僕のせいだ」
教室に無事入り、席に着くと今川君がそう言って誤ってきた。
とても申し訳なさそうな顔をして、しょんぼりした犬みたい。彼に耳と尻尾があったとしたら、両方共垂れ下がっていただろうと思えるくらいにしょんぼりしている。
「いや、今川君のせいじゃないでしょ」
「いや、僕のせいだ。1組の女子って多分、あの子達なんだよね。夏祭りの時のできっと……」
私が、なぜ今川君のせいになるのかと思い、否定すればそんな答えが返ってきた。
あ、あー……そんな事もあったなあ。
まあ、でも実害がこれだけなら気にする事はないよね。今後、一切、私に対してこういう事を言ってくる馬鹿がいなければの話だけど。
「人の噂も七十五日って言うしね。気にしないでね」
そう言って今川君を納得というか、黙らせる。
だって、事実今川君は悪くないのだ。悪いのはそのハーレム連中である。
つか、こんな事して今川君が自分達を向いてくれるとか本気で思ってるんかねえ。よく分からんけど、自分達より私を選んだ? 的な嫉妬でしょう? まあ、まずその嫉妬から意味が分からないんだけど、なんでこんな噂を流したのかねえ。
あれか? 好きな女が、イケメン捕まえるのが趣味な下半身ユルユル女だとか知ったら幻滅して、自分達の方へ戻ってくるとか?
今川君は、恋愛とかそういうの抜きに付き合える私達がよくて、こっち来てんのに、そんな噂流したって意味ないじゃんね。あと、本当にそんな噂で戻ってくると思ってるのかねえ。だとしたら、馬鹿というか脳内お花畑というかねえ。
まさか、自分がこんな少女漫画的な展開に付き合わされるとわなあ。
……んー、そう思ったら腹が立ってきたぞ。しばらくの間、あの子達にはかち合わない事を祈ろう。何か直接言われたら、プチーんっていくかもしれん。
「んー、美人って時に損だねえ、空」
希帆が苦笑いしながらそんな事を言うが、自己満足以外であまり得した覚えもないのだけどねえ。
「まさか、自分がこんな少女漫画的な展開に巻き込まれるとはねえ」
「純愛系の少女漫画なら憧れますけど、こういう展開はたしかに当事者にはなりたくないですね」
私が苦笑いしながら答えると、楓ちゃんがそう言って同じように苦笑いした。
そうか、楓ちゃんは少女漫画的な純愛が憧れですか。純愛少女漫画……なんだろ。クラスで目立たない女子が、クラスで大人気の爽やかイケメン君に告白されて、気持ち届いちゃうとか? 高校デビューに失敗して、無愛想なお洒落イケメンに師事をあおぐとか?
「んー……私は別に純愛も憧れはしないけどねえ。そもそも殆ど読んだ事ないし」
「え、そうなの? 面白いのに!」
楓ちゃんに返したら、希帆に驚かれたでござるよ。
てか、希帆ってそういうの読むんだ。凄い意外だ。すっごい意外だ。
「希帆もそういうの読むんだ」
「楓に勧められたり、久美の買ってくる雑誌を読んでたらいつの間にかね。それに、私だって人並みにそういうのに憧れたりあるんだからね!」
ぷくーっと頬を膨らませてそう言う希帆はすっごい可愛い。
うん、この子達と一緒ならどんな変な噂が流れても気にせずにいられそうだ。
「か、片桐さん。何かもめてたみたいだけど、どうしたの?」
席に着くと、 珍しい事に前田さん、中東さん、後藤さんが話しかけてきた。覚えてるだろうか。球技大会で一緒にチームを組んだ、バレー部3人娘だ。
いつもは挨拶程度ならするんだけど、休み時間のたびに男子どもが来るから、近づいて来ないんだよね。
まあ、それは他のクラスメイトにも言える事なんだけど。
「いやー、なんかね。私がサセコだって噂を流されたらしくてね」
私がそう言って苦笑いをすると、3人とも驚いた顔をする。
「え、え? 大丈夫なの? 噂の出どころとかは?」
「噂は1組かららしいんだけどね。まあ、人の噂もって言うし、気にしないよ」
私がそう返すと、3人娘がクルリと反対側に向き、クラスの全体を見渡す。
「皆の者! 聞いたか!」
「「「「「おう!」」」」」
……え? 中東……さん?
「我がクラスの貴重な、貴重な清涼剤であり、花である1人が謂れのない噂で汚されようとしている! これを許せるか!」
「「「「「否!」」」」」
「我らがクラスの花に汚い手を出した! これは有罪か! 無罪か!」
「「「「「ギルティ!」」」」」
「では、我々がとる道はなんだ! 1組に痛みをもって知らしめる以外の道はあるか!」
「「「「「無い! 罪には痛みを!」」」」」
「いざ行かん! 我らが3組の恐ろしさを見せつけてやれ!」
「「「「「オオオオォォォォォォ!」」」」」
「ちょっと待てええええええ!」
思わず叫んだ。ちょっとなにこれ、なにこれ!
てか、中東さんってそんなキャラだったっけ!? 何、この某少佐を彷彿とさせかねない流れは!
「片桐さんはじめ、3人が楽しく談笑する姿は、我が3組の宝です。何人たりともそれを壊す事は許されません。そして、そこにイケメン達が加わる事で、我ら女子達の目の保養にもなります。この楽園を崩壊させかねない事態が起きました。これを許せますか? 許せませんよね?」
ハイライトが消えたような目をしてそう言ってくる中東さん。
すっごい怖い。すっごい怖い。私、今初めて、母以外の女性に本気で恐怖を抱いてるかもしれない。
因みに、私の横の席では希帆が机に突っ伏して、お腹が! お腹が! と言いながらヒーヒー笑ってる。さらに館林まで、無言で腹を抱えてるのだ。てか、全員が笑ってる。分かるか、真田君まで口元に手をあて、壁に向かってるのだ! どれだけ酷いか分かるか!
「あれ? 皆どうしたんですか? HR始めますよ。席に着いてください」
ガラッと扉の開く音がしたと思ったら、鹿が入ってきた。
そして、ほぼ全員というか希帆と楓ちゃん以外が立ち上がってる状態に驚き、そんな事を言っている。
なんとも、空気が読めてるのだか、読めてないのか分からない登場タイミングだ。
そして、その言葉が発せられてすぐに、無言で席に座るクラスメイト達。
前田さん、中東さん、後藤さんも、ではと挨拶をしてすぐに戻っていった。
なんだこれ、なんだこれ! コントか!
「片桐さん、どうしたんですか? 席に着いてください」
「あ、はい」
気付いたら、立ってたのは私だけになっていたらしく、鹿に注意された。
なぜ、私が注意されねばならんのだ!
まあ、クラスの連中が動こうとしたら、しっかりと止めに入ろう。さすがに流血ざたというか、クラス戦争紛いの事はまずい。
余談ではあるが、希帆はHR中も笑いが収まらず、何度も鹿に注意されていたとさ。
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「片桐さん、ちょっといいですか?」
授業も無事終わり、放課後。帰り支度を済ませたら、宝蔵院から話しかけられた。
あ、クラスの人達だが、休み時間に特攻を仕掛けようとしていたので、止めた。必死になって止めた。
うちのクラスってあんなに結束が固かったというか、ノリが良かったなんて知らなかったよ……。
まあ、いいか。で、宝蔵院の用はなんだろうか。
「ん? どうしたの?」
「来月にある、竜泉祭の出し物を決める時に必要な書類を取りに行かないといけないんです。で、それが委員長と副委員長2人で取りに行かないといけないので、今日取りに行ってしまおうかと思いまして」
ああ、そっか。この前の委員会でそんな事を言っていたね。
まだ、締切期間まで時間はあるけど、早めに取りに行って決めちゃった方がいいもんな。
「ん、分かった。さっさと取りに行っちゃおうか」
そう言って立ち上がるが、面倒臭いな本当に。
なぜ、委員2人必要なのかとか、そもそも前の委員会で書類を配ればいいじゃないかとか、色々とあるが、それがルールなら仕方ない。
因みに、体育館などの施設は部活の出し物で使われるので、クラスの出し物は教室でのみになる。
場所取り合戦に参加しなくていいというのは気楽であるが、部活の方も部長と副部長の2人で来ないと書類は渡してもらえないらしい。なんとも面倒なルールだ。
ま、部長や委員長の独断専行を防ぐ意味合いとかがあるんだろうが、そんな事をする人なんていないだろうにねえ。
「じゃあ、私達は先に行って昇降口で待ってるね!」
希帆のその言葉に頷いて、教室を出る。
委員会で遅くなる時とか、希帆達には先に帰るように言ったのだけど、待ってる! って言って聞かないので、待っててもらう事にした。
悪いな、と思いつつ、ちょっと嬉しいよね。自分のために待っててくれるってのはさ。
「片桐さんは、こういう祭りは好きですか?」
生徒会室に向かって廊下を歩いていると、宝蔵院からそう聞かれた。
「んー、なんとも言えないかな。表に出て何かをするのは好きじゃないけど、企画運営とかは好きだし」
「企画運営が好きなんですか?」
面倒じゃありません? とは宝蔵院。
「たしかに面倒だけど、どこの予算を削って、どこを充実させるかとか、全体にかかる経費を1円でも安くって作業は燃えない?」
正直に言って、そのイベントに参加する事に興味があるわけではない。
だが、最大限のサービスと盛りだくさんのイベントを用意し、そして少しでも安い予算で、という作業は燃える。本当に燃える。
「なるほど。僕は、好きでも嫌いでも無かったんですが、委員長としてまとめなきゃいけないとなると……。あまり人をまとめたりするのは得意では無いので……」
今朝のを見ると、中東さんの方が委員長に向いてたんじゃないかと思いますよ。と、どこか疲れた表情で宝蔵院が呟く。
「でも、中東さんが委員長だったら、うちのクラスは過激派になりそうだよね。だから、宝蔵院君でちょうどいいんじゃない?」
「まあ、そうかもしれませんが。まったく、どこかの誰かに押し付けられなければ気楽だったんですがねえ」
そいつは悪うござんしたね。
てか、宝蔵院は自分で苦手だと言ってるが、そんな風には思えないし、むしろ無難にまとめてる印象を受けるのだけどなあ。
しかし、学校祭ねえ。別に今まではクラスの希望を聞いて、まとめてってやればなんとかなると思ってたのだけど、今朝のアレ見ると不安になるなあ。
正直に言って、クラスの人達があんなに強烈だとは思ってなかった。
「あ、ねえねえ。サセコだサセコ。今日は宝蔵院君となんだね。ハーレム維持も大変だねえ」
宝蔵院と当たり障りの無い会話をしながら歩いていると、横からそんな声が聞こえたので、そっちを見る。
すると、案の定というかなんというか、今川ハーレム達がこちらを見て、クスクスと笑っていた。
「あ、こっち見た。どうしよー、病気移されちゃうかも!」
どう考えても聞こえるように言ってるとしか思えない会話に頭が熱くなっていく。
「……片桐さん。気にしたら駄目ですよ」
宝蔵院が、横からそう言ってくれるが、聞こえるだけで頭にはあまり入ってこない。
「ほら、どっか行けブース」
その言葉がトリガーだった。もう駄目だ。切れよう。はっはっは、私がブスだと? ふざけるなよ。
「さっきから、聞こえてるんですが?」
「えー? なんのことー? あたし、分かんないなー」
まるで、私の事を挑発するかのように言うハーレム達。
……私は、可愛い女の子が好きだ。まあ、可愛いショタっ子も好きなのだけど、それは置いておく。
で、可愛い女の子が好きと言ったが、可愛くない、つまり造形がアレな子が嫌いかと言われたらそうではない。
女の子は顔なんぞ関係なく、総じて可愛い。これが私の持論である。だが、これにも例外はあるのだ。そう、それが性格ブスだ。
あまりこういう言い方はしたくないが、顔の造形がアレな子を馬鹿にされてるのを見ると、私は頭にくる。
有り得ない事ではあるのだが、もしも弟の陸がそんな事をしたら、一通り殴った後に、家から追い出すくらいに怒る自信がある。
だが、性格ブスに関しては別だ。まあ、これは性別関係なしになのではあるのだが、いくら顔の造形が良かろうと、性格ブスだけは受け付けない。無理だ。
簡単に性格ブスなんてレッテルを貼りたくはなかった。この人達だって、あまり良い言い方はしてこなかったけど、そう思わないようにしてきた。だが、もう無理だ。
私のこういうナルシスト的な性格が、ブスかブスでないかと言われたら、自分では限りなく前者に近いとは思う。だが、人様に対して謂れのない噂を立てたり、陰口を言ったりするほどに落ちぶれちゃいないし、腐ってない。
嫉妬に狂ったブスに容赦をする必要はあるか? 答えは否だ。
「竜泉に入ったはいいが、入っただけで満足し、勉強もせずに自分の恋に酔って周りさえ省みず、謂れのない噂を立てるようなブスである、アンタらに言ってるんですが、分かりませんか?」
「……な、な!?」
私のあまりにストレートな物言いが予想外だったのだろう。
言葉にならず、ワナワナと怒りで震えている。
「ふ、ふざけんなよ! ちょっと見た目がいいからって調子乗りやがって!」
「そうよ! どうせ、その見た目で男を取っ替え引っ変えしてるに決まってんだから!」
「クソビッチが偉そうにすんな!」
ハーレム達がそう叫ぶ。
ここは廊下であり、時間は放課後で、帰る人達や部活に向かう人達が多い。この叫びを聞いて、なんだなんだと人が集まってきていた。
彼女らは気付いてないのだろうか。自分が恥をかいてるだけだと。
「男取られたと勘違いして何を言うかと思えば……。馬鹿ですか? あなた達は」
そもそも自分の男でもない人を勝手に取られたと勘違いして、変な噂を流して、人前でみっともない事を叫んで。
もう、ここまで来ると怒るというより、哀れみを感じる。
「……な! っざっけんな!」
パシンと音がして、頬に痛みが走る。
ビンタをされた。頬が痛みでジンジンするし、熱を持って熱くなってるのが分かる。
周囲の人達も、ただ事じゃないと思い始めたのか、ざわざわとし出した。
「片桐さん!」
宝蔵院が心配して、焦ったような声をかけてくるが、それを手で制す。
これは私の喧嘩だ。手出し無用である。あと、いくら手を出されようとも、いくら気に入らなかろうとも、女性に対して暴力は振るわない。これは、私の信念だ。
「アンタに何が分かるっていうのよ! 最初っから美人に産まれたアンタに私達の気持ちの何が分かるってのよ! 苦労もしないで、なにもしないでも人生楽勝なくせしてさ!」
……私はたしかに美人に産まれた。それは、事実だろう。だが、何もしてないだと? 苦労してないだと? ……ふざけんなよ。
「なんか言ったらどうなのよ!」
「……ふっざけんな!」
私が叫ぶと、ビクリとして止まるハーレム達。
ふざけんなよ。私が何もしてないとか、ふざけるもの大概にしろ。
「この見た目は、今までの努力の結晶なの! 太りやすい私が、努力なしにこの体型を維持できるわけないだろ! 勉強、料理、美容、全てにおいて努力しなきゃ手に入る訳がないだろうが!」
「そ、そこまでして男にモテたいっていうの!? そこまでして男侍らせたいの!?」
私の発言に少し怯んだようだが、向かってくるハーレム達。
「そんな訳ないでしょ!」
「じゃ、じゃあ、なんのために……」
「自己満足に決まってるでしょうが! あと、これだけは言わせてもらうけど、私が婚前交渉なんぞするわけないだろ!」
言い放った瞬間に周りの空気が固まった。結構な人が周りにいるのに、誰も喋らない。
ハーレム達も、私を見たまま固まっている。
……あれ? なんか私変な事言った?
「……片桐さん、それなんか違う。なんか違いますよ」
この沈黙を破ったのは宝蔵院だったが、そう言ってる彼の方を見れば、苦笑いともなんとも言えない表情をしていた。
なんか違う? なにが違うのだろう。自己満足のためだと言い放ち、サセコでは無いと否定したわけだ。
……ん? サセコではないと否定した時、私はなんと言った?
婚前交渉をするわけないと言ったな。つまり、私は不特定多数の前で、処女であると言い放ったわけになる。
……おうふ。これは恥ずかしい。つか、普通に死にたくなるレベルで恥ずかしい。
いや、恥ずかしがってる場合じゃない。この場を乗り切らなくては! ああ、でもどうしよう。何をすればいいんだ!
「……宝蔵院君、どうしよう」
「何がですか!? 知りませんよ! 僕に聞かないでくださいよ!」
宝蔵院に助けを求めてみたが、拒否された。くそう、薄情な奴だ。
「片桐!」
「片桐さん!」
「空ー!」
どうしようかと混乱していると、次々と私の事を呼ぶ声が聞こえた。
そして、人混みを掻き分けるように館林、今川君、真田君、鍋島君、そして、希帆と楓ちゃんの面々。
「大丈夫!? 空が喧嘩だって聞いてすっ飛んできたんだよー!」
心配したんだからー! と希帆からタックルをくらった。
「大丈夫、大丈夫だからね?」
半泣きになって抱きついてる希帆の頭を撫でて、大丈夫だと言うが、効果は今ひとつのようだ。
「……片桐、その頬どうした」
館林も私に近づいて来たが、私の頬を見て目の色を変える。
あっとー……どう言えばいいんだろうか。いや、正直に言ってもいいのだけど、なんか一通り切れたので、もうこれ以上怒る気がないと言いますかなんというか。
「あ、ホントだ! 大丈夫?」
「私、ハンカチ濡らしてきますね!」
希帆と楓ちゃんにも気付かれた。で、希帆は安心させたはずなのに、さらに涙目に。そして、楓ちゃんは濡れハンカチを用意するために、私の答えを聞かずにすっ飛んでいった。
「……アイツらか?」
「いや、えーっと……」
館林、分かってて聞いてるよね。てか、なんで私が叩かれたくらいで、この人はこんなに怒気を溢れさせてんの。空気がめっちゃ重いんですけど。
あの子達も館林に睨まれて、今にも泣き出しそうなくらい怯えてるんですけど。
「……館林君。これは僕の問題だから、僕に任せてくれない?」
今にも向かっていきそうな館林の前に、今川君が立ち、そう言う。
凄く、悲しそうな顔をしているけど、大丈夫かな。
「……ふー、分かった」
「……ありがとう」
館林も、その顔を見て息を吐いて、そう言う。
「愛ちゃん。片桐さんの事、叩いたの?」
「え、いや、だって、その」
今川君が悲しそうな顔のまま、ハーレム達の先頭に立ってる子に聞いている。
あの子、愛ちゃんと言うのか。たった今知ったけど、凄く今更だなあ。
「僕がハッキリしなかったせいだね。嫌な事させてごめんね。……あと、君達の気持ちに答えられなくて、ごめんね」
「……そんなにあの女が……」
今川君がハッキリと断りを入れた事には今更ながら驚かない。
ハーレム達改め、愛ちゃん達は俯いて泣き出してしまったので、声がよく聞こえない。
「いや、違うんだ。彼女達は大切な友達だよ。あと、僕は今は恋愛する気になれないんだ。目標にしている選手がいるんだ。ソイツのプレーに惚れてしまった自分が悔しいんだ。だから、言うなればサッカーが恋人な状態なんだよ」
だから、ごめんね。と言って謝る今川君。
愛ちゃん達の声は聞こえないが、ふるふると首を振ってるのが見える。
「ごめんね。そして、好きになってくれてありがとう」
そう今川君が言うと、我慢ができなくなったのか、愛ちゃん達は走って去ってしまった。
恋愛ねえ。難しいなあ。ああやって、気持ちを伝えたとしても届かない事だってあるし、むしろそっちの方が可能性は高いのだろうしねえ。
しかし、気持ちを伝えるって凄い事だよなあ。凄い勇気が必要なんだろうなあ。私、告白なんてした事ないって……。
あれ? 今はもちろんの事、前世でも告白ってした事なくないか?
攻略なんかされる気はない。つまり、恋愛をする気になったら自分からって事になる……んだと思う。多分。
でも、告白なんて今の今まで1度もした事が無い。好きな人に告白? え、無理じゃね? いや、無理だろ。
そもそも告白ってどうやるのだろうか。好きって伝えるの? 無理でしょそんなん! 恥ずかしいもん!
ま、まあ、好きな人ができてから考えよう! ね! 今考えたって意味が無いよ!
「……なんか、疲れましたね。僕らも帰りましょうか」
「だなあ。さっさと帰ろうぜ」
「なんか俺、今日空気だった気がするっす」
「そんな事ないですよ」
「……だな。鍋島と違って空気は必要だ」
「ちょっと待てい! まるで俺は不要みたいな言い方じゃないっすか!」
「鍋島君は必要だよね! 主に弄る対象として!」
「知ってた! 俺の扱いなんてこんなもんだって知ってた!」
そんな談笑をしながら帰ろうとする私の友人達。だが、ちょっと待て。ちょっと待て。
「書類をもらってないでしょーが!」
私の声に全員が振り向き、忘れてたという顔をする。
私の大切な友人達は、性格もそれぞれ全然違うのに、こういう時だけ皆同じ反応をする。困ったやつらだ。
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「そういえば、今川が言ってた目標の選手って誰なんだ?」
帰り道、と言っても校舎を出る廊下であるが、そこで館林が今川君に対して聞いていた。
たしかに気になる。なにせ、中学時代は全国大会で得点王になった人物だ。そんな人に目標にされる人物は気になる。
「まあ、プロだったらいっぱいいるけどねえ。勝ちたいって思ったのは1人だけかなあ」
本当に聞きたいの? なんて言うので、全員で頷く。
「中学2年の時にね。ユースの試合を観戦に行ってね。そこで彼のプレーを見たんだ。僕とはポジションも違ったけど、彼のプレーに目が離せなくてね。自在にボールをコントロールしていて、彼にボールが渡ると、フィールドが凄く狭く見えた。ドリブルもパスもシュートも、全部が僕なんかよりレベルが上で、手のひらの上で転がすってああいう事を言うのかなって思ったくらいだよ」
懐かしそうに思い出すように喋る今川君。
しかし、凄いな。全中得点王の彼にそこまで言わせる選手がいるとは。
「で、そのプレーに見蕩れてる自分に気付いた時は本当に悔しかったねえ。僕はフォワードで、彼はトップ下。ポジションは違ったけど、それなり以上に上手いと自負していただけに、見蕩れたと気付いた時は悔しかったし、鼻っ柱をポッキリ折られた気分だったよ。しかも、後から知ったんだけど、その彼は1個下でね。もう、筆舌にし難いほど悔しくて負けたくなくてさ」
だから、今は必死に練習して、彼に追い付こうと頑張ってるんだよ。
そう言って笑って締めるが、なるほどねえ。今川君が、全中得点王になったのも、ある意味でその人のおかげな訳かもしれんのか。
「……だが、それならユースに入ればもっとレベルの高い練習ができたんじゃないか?」
「だって、彼はユースだよ。僕が追っかけてユースに入るなんて、なんか悔しいじゃん。彼は、僕の名前も知らないのだろうけど、自称ライバルとしては……ね」
高校サッカーで意地でも頂点とって、彼に僕の名前を認識させるんだ。そう言って息巻く今川君だが、これが対女の子だったら、凄い熱烈な恋愛になるなあなんて、下らない事を思ってしまった。
「で、ソイツの名前はなんて言うんだ?」
「片桐陸って名前だよ。今じゃ、中3なのにU-16代表に選ばれてる。あ、片桐さんと同じ苗字だね」
偶然だねえなんて笑うが、私としては笑えない。こんな偶然があるというのか。
「え、それって……」
「それ……」
楓ちゃんと希帆も驚いた声をあげる。確実に私の弟である事に気付いたのであろう。
「え、吾妻さんも鏑木さんも知ってるの?」
「え、ええ。多分、知ってます」
楓ちゃんが、言いそうな雰囲気だ。
私から言おう。ダメージとかよく分かんないけど、身内の事なんだから、自分から言った方がいい気がする。
「……えっと、私の弟です」
……たっぷり20秒くらいは固まったであろうか。目を大きく見開いて、まじまじと見つめられる。
「…………マジで?」
マジです。
今川君が、マジなんて言葉を使うイメージは無かったのだけど、それだけ驚いたのだろうなあ。
「あ、じゃあもしかして彼も竜泉来るの? ……特待?」
私がここに通ってる事から、陸もここに通うと考えたのだろうか。そして、自分がそうだからサッカー特待かと思ったのだろう。
「うん、陸も竜泉入るって言ってたよ。でも、ユースで続けるから、一般で受けるんだって」
私の答えにホッとしたのか、笑顔を浮かべたと思ったら、ハッと何かに気付いた顔をして渋面に変わる。
私の弟だと知ってから、今川君の顔が百面相のように表情を変えるのがとても面白いのだが、今度はなんだというのか。
「お前の弟。サッカーそんだけ上手くて、ここに一般で入ると軽く言えるくらい頭良いのな。嫌味だな」
どうやら、今川君の気持ちを館林が代弁してくれたらしい。
今川君がうんうんと頷く。いや、うん。まあ、たしかに嫌味な奴だとは思うけどさ。私のせいじゃないよね。
「私達は寝る間も惜しんで勉強して、合格発表の日なんて緊張して寝れなかったのにね」
「それなのに、サッカー漬けのはずな人が軽く入るって言うなんて悔しいですよね」
希帆と楓ちゃんの言葉に、さらにうんうんと頷く面々。
だから、それは私のせいじゃないよね。文句を言うなら陸に言ってほしいのですが。
「なんか、お前ら姉弟はハンパねーな」
「チート姉弟ってやつだねえ」
なんか、言われたい放題だなあ。
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「陸、アンタ今川って選手知ってる?」
夕食後、リビングでまったりしている陸になんとなく聞いてみた。
今川君は、陸が自分の事なんて知らないだろうとか言ってたけど、実際の所どうなんだろうか。
「え? 今川? 何人かいるけど、どこのチームの選手?」
それによって実際に知ってるか変わるよ、と私の質問に少しキョトンとした顔をした後に言う。
ああ、そっか。普通に説明不足だわな。今川ってだけじゃどこの誰だって話だ。
「今、高校生の今川義政って選手」
「ああ! 去年、全中で得点王取った人でしょ? 知ってる知ってる! てか、姉ちゃんがよく知ってたねえ」
あ、知ってたんだ。研究熱心な陸の事だからもしかしてとは思ったけど、知ってたか。
「で、どうなの? 実際」
陸から見た実力はどうなのだろうか。そう思い、聞いてみる。
「ん? 実力はどうってこと? 上手いよ。外からも打てるし、当たり負けしないからディフェンスの隙間をゴリゴリこじ開けられるしね。あんま日本にいないタイプのフォワードじゃない?」
あんなフォワードがいたら、こっちも動きやすそうなんだけどねえ。なんて言う。
そっか、上手いのかー。まあ、得点王になる人が下手な訳ないんだけどさ。てか、爽やか系なくせしてプレイスタイルは随分とアグレッシブな感じなのね。それにビックリだわ。
「てか、なんで姉ちゃんが今川君? さん? まあ、いいや。知ってるの?」
ん? ああ、そっか。普通に考えたら、弟がサッカーやってるとはいえ、関わりのない中学サッカーの得点王なんて知らんわな。
「ああ、今川君竜泉だからね。同じクラスだし友達だし」
私がそう答えると、物凄く驚いた顔をして固まる陸。
いや、今川君が竜泉って事にそんな驚くかね。強豪なんだし、進学しててもおかしくはないと思うが。
「……姉ちゃんに、男友達?」
っておい! そっちか!
いや、たしかに中学時代から比べてみたら、私に男友達がいる事は驚きだろうさ! だが、そんな目を見開いて驚く事かね!
「あら? 空のボーイフレンドって館林君じゃなかったの?」
「え!? ちょ、姉ちゃん彼氏いんの!?」
台所で洗い物をしていた母が参戦し、その発言によって陸がさらに驚く。
ちょ、母よ! なに要らん事を言うか! そもそも、あいつはそういうのじゃない! 友達だっつの!
それに陸よ! ボーイフレンドっていうのはそもそも彼氏って意味じゃあない。まあ、この場合は母が明らかに悪意のある使い方をしてきるんだけどね!
「いないから!」
「えー? でも、この前仲良く2人で歩いてたじゃない?」
ああ、もう! 母がすっごいニヤニヤしておる! すっごい楽しそうだ! 私は楽しくないぞ。羨ましいなあ、おい!
「送ってもらってただけでしょーが!」
「なんとも思ってない相手を家まで送るなんて有り得ると思う?」
「アイツはそういう性格なんでしょ! きっと!」
母はそうかしらねえ。なんて笑いながら言って、陸は姉ちゃんに男友達とか高校まじパネエ。なんて言ってる。
駄目だ。ここにこれ以上いても私はいじられるだけだ。避難しよう!
「部屋で勉強して、寝る!」
くっそー好き勝手言いおって!
そもそも、館林は恋愛しない宣言をしていたのだから、私を好きになるとか有り得んのだ。
個人的に、彼には幸せになるべきだと思うけどね。
そう、あんな事を言った手前、私には館林が好きな人ができた時に応援する義務があれど、館林とそういう関係になる義務はない。
つか、なんでアイツとそうならねばならんのだ。私もそうだが、館林もそんな話を聞いたら鼻で笑って一蹴するような事だと思うぞ。……あ、鼻で笑われると考えると少し頭にくるな。
ま、有り得ん事をいつまでも考えてたって無駄だ無駄。
勉強して、寝よう。そうしよう。
あ、そう言えば、館林はなんで私が叩かれたと気付いた時にあんな怒ってたんだろう。
……んー。いや、彼の性格からしたら、友達が叩かれたら怒るか。だな、うん。
さて、勉強勉強。
……今川氏、まさかの陸√?←
いや、深い意味はないです。
6/25追記
http://www.pixiv.net/member_illust.php?mode=medium&illust_id=35749079
なっしぃ様より、劇中絵を描いていただきました!
素晴らしいです! 可愛いです!
本当にありがとうございます!




