第27話
|д゜)明けましておめでとうございます。
|д゜)昨年は大変お世話になりました。
|д゜)遅れましたが、本年も拙作共々よろしくお願い申し上げます。
|彡サッ
さて、新学期も始まり、実力テストも無事終了。
今日の日付は9月20日。つまり、希帆の誕生日である!
学校が終わったら、1度家に帰って希帆の家に行く予定だ。そう、初めて希帆の家にお呼ばれしちゃったのだ! 楽しみだねえ。
さて、この新学期から今まで何があったかと言うと……特に無かった。
うん、別にこれと言って何かあるってわけじゃなかったよ。
来月になれば、竜泉祭の話し合いとかが始まるはずだし、忙しくなるんだろうけどねえ。
夏祭りの時に女の子たちに睨まれたけど、今のところ何かが起きてるわけでは無さそうだしね。
相変わらず、女子3人に男子3人。そして、ちょくちょく今川君と真田君が加わる感じで過ごしてた。
そうそう、誕生日プレゼントは買った。
最初は楓ちゃんと一緒に買い物に行く予定だったのだけど、希帆が除け者にした! って言って拗ねそうだったので、個々で行く事にしたんだ。
何にしようかはすっごい迷った。
最初はね、コスメセットとかいいかなーって思ったんだけど、希帆って化粧してるの見た事がないんだよね。プレゼントをして、これを機にって思ったりもしたけど、イマイチ喜ばなさそうって事で却下。
まあ、無難な選択ではあるのだけど、希帆が一番喜ぶとしたらアレなので、アレの中からプレゼントっぽい物を選びましたよ。
あと、昨日は学校から直帰してケーキを作った。
もちろん、希帆のためのバースデーケーキである! 超頑張ったよ。何を頑張ったって、デコレーション超頑張った!
ケーキは、豪華な感じにデコレーションした苺のショートケーキだ。
横に切り口を見せるようにして苺を並べ、上にはナパージュでキラキラにした苺を乗せた。
我ながら良い出来だと自負できる。サイズは家にあった一番大きいのって事で7号にしたけど……さすがに足りるよね?
で、そんな事を頑張っていたので若干寝不足だが、学校へはちゃんと行かねばなるまい。
「……姉ちゃん。冷蔵庫にあるケーキ……」
「駄目」
朝食を摂るためにリビングへと入ると、弟の陸が開口一番にそう言ってきたので、即座に却下した。
陸は、まだ何も言ってないじゃん。と、頬を膨らませているが、何が言いたいかなんて聞かなくても分かるわ!
「あれは、友達のバースデーケーキなの。だから、陸に分けてあげらんないの」
「……じゃあ、今度作ってね」
食べたかったという顔をしながらそう言う陸は可愛いが、食い意地がはりすぎではなかろうか。
今年だって、お正月には母と一緒にお節を作ったし、バレンタインだってチョコあげたし、3月の陸の誕生日にだってケーキ焼いたし、それ以降だって、フロランタンにレーズンパンに、色々と作ってあげたのだがな。
この子はこんな甘えん坊というか、食い意地がはっていて、彼女とかできるのだろうか。しかも、こんな調子で彼女ができても、アレ食べたいコレ食べたいと要求しすぎて、彼女さんに呆れられて捨てられないか、お姉さんは不安です。
……まあ、それも陸の人生だからね。この子なら放っておいてもモテまくるだろうし、その中から美味しい物をいっぱい作ってくれる子を見つけるか。
なんか、陸を落としたい子は、料理を頑張って胃袋さえ掴めばOKな気がする。顔とかあんまり関係なしに、美味しい物を作れる子なら、フラフラと付いていく気がするのだけど、言い過ぎだろうか。
あ、でも陸とそういう関係になる子って事は、私の義妹になるかもしれない子って事だよな。そうなると、可愛い子がいいなあ。
うーん、食べるのが好きで作るのも好きな、コロコロと丸っこい子とか良いかもしれない。普通の可愛い子や美人系でも良いのだけど、愛しやすそうだよね!
……って、何を考えてるんだ私は。
そんな事よりも朝ごはんを食べねば遅刻してしまう。
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「空ー! おっはよー!」
駅の改札前で、希帆にタックルをされる。
最初こそ、衝撃で苦しかったが、最近では慣れたもので、事前に足を踏ん張りお腹に力を入れておく事で、衝撃から耐える事に成功している。
人間は慣れる生き物なのだな、と改めて再確認しているのだが、この季節に引っ付くのは止めてほしい。なにせ、9月である。暑い。
「おはよう、希帆。誕生日おめでとう」
「ふっふー! ありがとうごぜえます。おかげさんで、16歳になりやした!」
私が挨拶を返しそう言えば、希帆が一歩離れた所で、押忍! のポーズからそう言う。
ニコニコと可愛い笑顔のまま、押忍! のポーズをし、台詞はチンピラ風。色々と突っ込みどころがあるが、可愛いのでまあ良しとしよう。
「空さん、おはようございます。今日は放課後に希帆ちゃんの家ですね」
「楓ちゃん、おはよう。ね、楽しみ」
ケーキを持って電車に乗るのは、少し不安ではあるが、それよりも希帆の家が楽しみでならない。
主に、いっぱいいるという弟妹の事が楽しみでならない!
「あ、あのね? 空の家みたく綺麗じゃないし、空の家みたくお洒落で落ち着いた感じじゃないし、むしろうるさいと思うから、あまり期待しないでね?」
楓ちゃんと一緒に、楽しみだねーと言っていたら、希帆が少し焦った様子でそう言ってきた。
いやいや、むしろあれですよ。うちの弟は騒ぐタイプでは無いので、その弟妹のおかげでカオスになってるのを見てみたいと言いますか、ね。
「うーん、むしろその大家族の騒がしさ? が楽しみと言いますか、ね」
「……本当に酷いから、引かないでね」
私が返すと、希帆がそう言ってきた。
普段、元気な希帆がこうも静かになるという事は相当なのだろうか。うむ、楽しみだ。
てか、大家族であれなんであれ、小さい子っていうのは騒がしいくらいに元気なのがいいよね。
生意気盛りで、人のことを不快にさせる事も言いがちではあるけど、そこはしっかり注意すればいいわけで、元気に遊び回る分にはとても良い事だと思うのです。
「そういえば、空さんは希帆ちゃんのプレゼントは何にしたんですか?」
「ん? 秘密だよ。楓ちゃんは?」
「じゃあ、私も秘密です」
楓ちゃんがプレゼントの中身を聞いてきたので秘密と答え、返しで聞けば秘密と言われる。
なんともテンプレなやり取りであるが、楓ちゃんがニコニコしながら楽しそうに笑うので、こちらも釣られて笑ってしまう。
「なんだね! 私が主役なのに除け者かね! プレゼントはなんですか! 教えてください!」
2人で笑い合ってたら、希帆がそう言ってきた。
偉そうな口調で除け者云々言ってたのに、最後には下手に出て欲望全開である。なんとも希帆らしい。
「あとでね」
「ですね、渡す時のお楽しみです」
ねー。と2人で笑いながら返事をする。なんか、楽しい。
希帆はその返事を聞いて、今日絶対授業に集中できない! って言ってたが、それとこれとは別なのでしっかり勉強していただきたいですね。
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「おはようございます」
教室に着き、席へと荷物を置くと宝蔵院達が近づいてきた。
その後から、館林や鍋島君、真田君に今川君までいる。
今川君は、あのハーレムに捕まる昼休みとかでない限り、私達のグループにいる事が多くなった。
私としては、あんなハーレムにいつまでも相手してやる事自体驚きなのだが、お人好し故仕方ないのだろうか。
「皆、おはよう」
「おっはよー!」
「おはようございます」
私達もそれぞれ挨拶を返し、それにおはようさん等と返事を貰い、朝の挨拶は終了。
「そういえば、鏑木さん誕生日おめでとうございます」
「おめでとー。この中じゃさなやんに次いで2番目だねー」
男子どももしっかりと誕生日を覚えていたらしく、希帆に次々にお祝いの言葉を贈る。
あ、ちなみにさなやんとは真田君の事だ。今川君は、クラスの中ではやはり部活をしていて、期待の1年同士という事で、部活は違うが、群を抜いて真田君と仲が良いらしい。同じ寮同士ってのもあるかもね。
で、真田君の事を親しみを込めてさなやんと呼んでいるらしい。まあ、真田君からの呼び名は今川なんだけどね。他の人の呼び方も苗字一択だから、彼の性格なんだろうね。仕方ないね。
「皆、ありがとー!」
そう言ってお辞儀をしたまま手を出す希帆。なんとも分かりやすいおねだりである。
ま、無駄にイケメンなこいつらの事である。用意は当然してんだろうな。
「希帆ちゃん希帆ちゃん」
希帆の分かりやすいおねだりに、男子達が苦笑いしていると、楓ちゃんが希帆を呼び止めた。
「ん? なんだね? 私の帰りのかばんにはまだ若干の余裕がございますよ?」
だからここでプレゼントをもらっても余裕だと言わんばかりである。どこの師匠だアンタ。
「いえ、どうせなら放課後の誕生日会にお呼びしてはどうかなーって思いまして」
あー、なるほど。たしかに仲良いのだし、呼んでも別に不自然じゃあないわな。
しかし、そうすると男子5人に女子3人に希帆の弟妹が何人か不明だがいる、と。ああ、こらケーキ足りんわ。
7号だから、10人から12人用のサイズなんだけど、こいつら絶対食べるもん。凄い食べるもん。
しかも、それに加え弟妹でしょう? 私の勝手なイメージというか、陸なんだけどさ。弟とかってホールの4分の1をペロっと食べるイメージしかないのですよ。
んー、しまったなあ。
「あー、なるほど! そういう訳で参加しますか?」
希帆が楓ちゃんの提案に賛同し、誘ってはいるが、誘い方が色々と省きすぎじゃあないかね。
何時からとか、どこでやるとかさ。そこ省いて誘っても返事しようがないと思うのですがね。
「片桐、通訳」
館林にそう言われた。まあ、ですよね。なんで私にとか思うのだけど、希帆に説明させるより私が説明した方が早い気がして何も言えない。
あと、夏休み前に同じ事があった気がするのだけど、気のせいだろうか。
「えっとですね。学校終わるのが、15時半なので、それからいったん家に帰る時間も考慮して、17時くらいから希帆の家で誕生日会をする予定だったの」
「なるほどな。で、どうせ祝うなら俺らも来て祝ったらどうだ、と」
「まあ、そんな感じかと」
「よく分かった。で、どうする?」
私が説明すれば、納得し相談を始める男子達。
「僕は構いませんよ。特に予定もありませんし」
「俺も大丈夫っすね。暇人ですんで!」
「なら、俺ら3人は行けるな。真田と今川は部活の後来れるか?」
どうやらいつもの3人は来れるらしい。まあ、帰宅部だしね。時間はあるよね。
しかし、そうか2人は部活か。まあ、そりゃそうだよなー。テスト前でもないしね。
「んー、行きたいけどねえ。今の時期だと19時過ぎまで練習だから、その後参加しても意味ないかも……」
「……確かにな。練習後シャワー浴びて準備してとなると、着く前にお開きになる可能性が高そうだ」
確かに。強豪校だから練習時間も長いしねえ。さすがにパーティーしてると言っても21時辺りが限界だろうし、普通に考えたら20時までだろう。
となると、2人は参加しようにも不可能という事になる。んー、残念。
「そっかあ、仕方ないね。空のケーキがあったのにね!」
ケーキは作っていくと伝えていたためか、そんな事を言う希帆。
宝蔵院と館林はその台詞に、ほーっと少しだけ感心? した顔を私に向け、鍋島君はあからさまにガッツポーズをし、今川君は今から風邪ひいた事にできない? などと言って真田君に突っ込まれてた。
「まあ、ケーキもお呼ばれも残念だけど、ここでプレゼント渡しておくね。お誕生日おめでとう」
「……おめでとう」
そう言って、希帆に誕生日プレゼントを渡す2人。
どんなのを渡したのだろうか。凄い気になる。本当に気になる。主にどんなのを選んだのかセンスが気になる。
プレゼントは好意だからセンスとかよりも気持ちなのだろうけど、やっぱり気になるじゃんね!
「ありがとー! ね、ね! 開けていい?」
希帆がキャッキャと喜びながらお礼を言い、開けてもいいか訪ねている。うむ、喜ぶ姿の希帆は愛いのう。
で、2人がどうぞ、と言ったので開けはじめるが、どんなプレゼントなんだろうねえ。
「おー、キーホルダー?」
「あ、可愛いですね」
「チロリアンテープのだね。可愛いじゃん」
希帆は、まず今川君のを開けた。で、出てきたのはチロリアンテープのキーホルダー。
ピンクをベースとしたチロリアン柄のテープと、真鍮でできたホルダー部分がちょっとアンティークっぽい感じを出していて、独特の落ち着いた雰囲気を出している。
素直に可愛いと思う。てか、ちょっと欲しい。
「希帆って家の鍵とかどうしてるの?」
「ん? お財布に入れてるよ?」
私が試しに鍵をどうしてるか聞いてみれば、そんな答えが返ってきた。
「じゃ、今日からこれに付けて持ち歩けますね」
「お? おー! 確かに! 今川君ありがとー!」
楓ちゃんに台詞を取られたが、気にしない。
私達に言われ、やっと使い道に思い至ったのか、今川君に喜色満面の笑みでお礼を言っている。希帆まじ可愛い。
今川君も、気に入ってくれてよかったと、爽やかな笑みを浮かべるが、その笑顔で何人落としたのか気になる所でありますな。
まあ、希帆は嬉しそうにキーホルダー眺めてるので、笑みには気づいてませんがね。それに、たとえ笑みに気づいたとしても、希帆が、にしーって笑顔を返し、返り討ちにあうパターンしか見えないっていうのがなんともねえ。
「じゃ、次は真田君のいってみよー!」
そう言って、次の袋を開けはじめる希帆。
既にテンションはマックスなのか、喜色満面の笑みが途絶える事はない。
「……お? お? なんぞ、これ」
とか思ってたら、戸惑った声と共に、希帆の笑顔が途絶えたでござる。
「なんですかね……これ」
「んー? 空、分かるー?」
そう言って見せられたのは、ベージュがベースのチェック模様が入った、ウール素材のしっかりした生地。……いや、しっかりしたと言うより、真ん中に板かなにか入ってるのか?
四方にスナップボタンが付いているのが関係あるのだろうが……なんぞこれ。
「なんだろうね、これ」
正直、私にも分からない。見た事のない形をしている。色は可愛いし、肌触りも良いが、使い道が分からないんじゃあねえ。
「……これはな、こうして四方を留めてトレイとして使うんだ」
そう言って、四方を留めて見せてくたら、見事にウール生地でできたトレイへと早変わりしていた。
「お? おー? 凄い! おー!?」
「凄いですね! しかも可愛いです」
可愛い。これは可愛い。しかも、しまう時はボタン外せば嵩張らないわけだ。
欲しいなーこれ。どこで売ってるんだろう。
「これで、今川君に貰ったキーホルダーを入れておけるね」
「おー! 確かに! 凄いコンボだね。真田君ありがとー!」
コンボかは知らないが、またも喜色満面の笑みで希帆がお礼を言う。
で、それに真田君が、ん。と短く答え、微笑んだ。
……ん? 微笑んだ? 真田君が? 仏頂面で武士で寡黙な真田君が微笑んだだと?
「……今、真田君が微笑んだ」
私がそう言えば、なに!? と言わんばかりに全員が素早く真田君へと顔を向ける。
残念ながら、すでに仏頂面へと戻っていたが、確かに微笑んでいたのだ。
「……俺が笑うのがそんなに珍しいか?」
真田君は納得いかないという顔でそう言うが、珍しいね。少なくとも、私は苦笑い以外で笑ってるのを始めて見た。
「珍しいねえ。さなやんが笑うなんて滅多にないじゃん。しかも女の子の前でなんて」
今川君がそう言う。やはり珍しいらしい。同じ寮に住んでる人が言うのだ。間違いないだろう。
しかし、女子の前では特に笑わないなんて、女子が苦手なのだろうか。
「真田君って女子苦手なんすか? モテるだろうに勿体無い」
鍋島君が、女子が苦手かどうか聞くが、明らかに後半部分の方が本音だろう。ならばその容姿をよこせと言わんばかりである。
「……いや、苦手と言うより女って触れたら壊れそうでな。それで、どう接したらいいか分からん」
……確かに、言われてみれば私達に対しても、1歩下がった感のある接し方だったかもしれない。
元々が口数の多いタイプでは無いので、別に気にしてなかったわ。
で、そんな真田君が希帆に対して微笑んだので、男子から気があるんじゃねえのなんて弄られている。
……んー、ここは私も乗って弄るべきだろうか。うん、弄るべきだよな!
「滅多に笑わない。そんな真田君が、希帆に優しい笑みを浮かべて落とそうって魂胆なわけだ。私の希帆は渡さないからね!」
希帆が欲しくば私を倒してみろ! と言って希帆を抱き寄せる。
「ん? え? よく分かんないけど、渡されないからね!」
希帆は状況が全く理解できてないようだったが、抱き寄せられた状態のまま真田君にそう言ってた。
真田君は、そんな状況に置かれ、困ったなあという顔をしながら苦笑いをしてる。いつもは微かにって感じだが、今日のは頭をかいての苦笑いだ。
なんて言うか、こんな顔もするんだなーって感じ。面白い一面が見れたかもしれない。
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「じゃ! また後でねー!」
「うん、じゃあね」
「じゃあ、駅に着いたら迎えに行きますね」
さて、放課後。
今は駅前に着き、希帆と楓ちゃん、ついでに鍋島君を見送っている。
鍋島君は、希帆達とは反対方向の電車に乗り3駅行った所に住んでいるらしい。
私と館林と宝蔵院は歩きだ。まあ、と言っても帰り道は全然違うわけだが。
現在の時刻は16時少し前。別れて家に帰った後、駅前で待ち合わせ、希帆の家に向かう事になった。待ち合わせ時刻は往復の時間も考慮して17時となっている。
電車から降りたら、楓ちゃんが迎えに来てくれるらしい。ありがたやありがたや。
そんなわけで、私は館林、宝蔵院と一緒に電車に乗り、現地で鍋島君と合流の後、楓ちゃんの案内で希帆の家に、という流れです。
「じゃあ、17時にまたここで集合しましょう」
「じゃな」
「うん、また」
希帆達を見送った後、そう言って館林達とも別れる。
家から駅まで片道15分ほどなので、往復で30分。そうすると家に居られる時間も30分ほどとなる計算だ。
その中で、着替えて、ちょっと化粧直して、ケーキを箱につめて、となると、案外時間がない。急がなきゃね。
「ただいまー」
「おかえり。今日はこの後希帆ちゃんの家だっけ? 夕飯はどうするの?」
家に着き、自分の部屋で着替える前に一旦リビングに居る母へと挨拶をする。
帰ってきたらまず挨拶。これが我が家の日常である。
しかし、夕飯か。どうなんだろう。なんとも言えない微妙な感じだよね。
「……んー、ケーキ食べるし無くても大丈夫かなあ?」
「そ。まあ、帰ってきて食べたかったら今日の夜はお素麺だから自分で茹でなさい」
母のその言葉に、はーいと返事をして、自分の部屋へ。
しかし、今日の夜は素麺かー。うん、夏は素麺だよね。
あ、素麺と言えばじゃないけど、天ぷら食べたいな。主にゴーヤの天ぷら。
ゴーヤはチャンプルーがメジャーだし、美味しいけど、天ぷらにしても美味しいのですよ。マイナーだろうけどね。あのゴーヤの苦味と衣のサクサク感と、めんつゆの甘味が絶妙なバランスで合わさって、とても美味しい物へと昇華するのです。個人的に、チャンプルーよりも天ぷらの方が、ゴーヤの調理法としては好きかな。夏になると食べたくなる、素麺やザル蕎麦などにも合わせやすいしね。
って、そんな事はいいんだよ。さっさと着替えよう!
制服を脱ぎ、放り投げ……る事はできないので、しっかりとハンガーにかける。
んー、今日の格好はどうしよう。友達の家に行くだけだから、あんまり気合入れても変だよねえ。
いや、うん。シンプルでいいか!
てなわけで、今日の格好は、グレイのホルターキャミソールに、カーキ色のドルマンカットソー。下はくしゅくしゅデニム。靴はシンプルな飾りがなくヒールの低い黒のパンプスにした。ワンポイントに、アンティークなランプ風ペンダントだ。
で、軽く化粧を直してリビングへ。
まあ、化粧を直すと言ってもそもそもほとんどしてないし、ちょっと直すだけだ。
ケーキは箱に入れ、そのまま保冷バッグへ。あと、ついでに希帆の誕生日プレゼントも一緒に入れておく。これも常温だとまずいからね。
とまあ、こんな事をしていたら17時まで20分ほどとなった。やばいね、急ごう!
「もう行くの? いってらっしゃい、気をつけてね」
「うん、いってきます」
リビングで雪花のブラッシングをしていた母に声をかけ、雪花はひと撫でして家を出る。
ケーキがあるので急いで走ったりできないが、20分弱時間はあるのだ。余裕で間に合うだろう。
そう思いつつ、揺らさないように気を遣いながら駅へと向かった。
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慎重に歩きすぎたのか、思ってたより時間がかかってしまい、駅に着いたのは17時になる数分前だった。
私の流儀に反する失態ではあるが、時間前だから良しとしよう。で、アイツらは……ああ、いたいた。
改札前で待つ2人。館林と宝蔵院だ。コイツらと待ち合わせて、見つける側になったのは始めてだが、目立つから楽だな。
2人ともジーンズにTシャツやカットソーという、これといって目立つ格好はしてないのだが、OLから女子高生まで女の人がチラッチラ見てるんだもの。簡単に見つけられる。
てか、この視線の中彼らに話しかけないといけないのか……。嫌だなあ。
「お。おい、片桐。ここだ」
そんな感じで、少し話しかけるか逡巡していたら、見つかってしまったでござる。しまった。
館林が手を挙げて自分の居場所を示すが、見えてるから、大丈夫だから。だからその手を下げてください。君の視線の先、つまり私への周囲の視線が凄く気になるんです!
……まあ、いい。諦めて彼らの元へと行きますか。
「お待たせ」
「いや、僕らもさっき来た所ですので」
諦めて、いや諦めるもなにも無いのだけど、彼らの元へと行き、挨拶を済ませ、なんともテンプレ的なやり取りをする。
ここで、いかにもデートに遅れました的な演技でもすれば面白いのかもしれないが、私にはそんな余裕はない。
そう、余裕はないのだ。そして、すれ違ったOLさんの逆ハーって呟きなんて聞こえなかった。聞こえなかった!
「じゃ、時間もないし行きますか」
「ですね」
「だな。あ、持つぞそれ」
さっさと電車に乗ってしまおうと言った所で、館林に荷物を持つと言われ、それとほぼ同時に保冷バッグを奪われた。
いや、ありがたいけど悪いし持ってくれなくてもいいのだけどなあ。でも、そう言っても返してくれないだろうなあ。
「ありがと。揺らさないでね」
とりあえずお礼を言い、それと同時に注意もする。ケーキが寄ってしまったり潰れてしまったら元も子もないからね。
返事は、おう。と一言もらえたので、大丈夫だろう。多分。
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希帆達の住む街に着いた。
実は降りた事のない駅だったのだけど、始めて降りる駅ってなんか最初はドキドキするよね。私だけだろうか。
因みに、電車内ではと言うと乗った時に1人分の席が空いていたので私が座らされ、その流れで膝の上で抱える為に保冷バッグを返してもらい、降りる時にまた奪われた。そんな感じだ。特にこれといって面白い話もなかった。
「あ! 空さーん!」
改札を出ると、少し離れた所に楓ちゃんと鍋島君が立っているのが見えた。
こちらに気づいたのか、楓ちゃんが手を振っている。
「さっきぶり」
「はい、さっきぶりです。それが、手作りのケーキですか?」
「うん、そうだよ」
楓ちゃんの所まで行き、挨拶を済ませる。
私の返事に、早く食べたいですね。なんて、言って笑う楓ちゃんは可愛い。
格好も、総花柄プリントのノースリーブマキシワンピでレースデザインのインナーキャミに、レースジレと夏っぽく可愛らしい感じ。大事な事なので何度も言うけど、楓ちゃん可愛い。
「鍋島君もさっきぶりだね。てか、早いね」
「うち、駅から5分で着くんすよ。だから、早かったっす」
着替えるのなんて、制服も鞄も放り投げてジーンズとTシャツ着るだけですし! なんて言う。
確かに、それなら早いだろうな。私には真似できない芸当だ。
「じゃ、そろそろ行きましょうか」
楓ちゃんにそう言われたので、皆で改札ホームから階段で降り、外に出る。
下に降りると、階段脇に薄いピンク色の自転車が停まっていて、それを楓ちゃんが回収していた。
ほむ、自転車で来ていたのか。
「自転車で来てたんだ」
「はい、ちょっと歩きだと間に合うか微妙だったので」
私の家、駅から20分かかるんですよね。とは楓ちゃんである。
もしかして、この待ち合わせ時刻は結構無理をさせてしまったのではなかろうか。そうだとしたら、申し訳ないな。
「もしかして、急がせちゃったりした? なら、ごめんね?」
「いえいえ! 大丈夫ですよ。家で少し落ち着く時間もありましたし」
私がそう言うと、楓ちゃんはとんでもないと言わんばかりに否定し、そう言ってくれた。なら、いいのだけど。
「吾妻さん。鏑木さんの家ってどれくらいで着くんですか?」
宝蔵院が、楓ちゃんに質問をする。確かに、希帆の家ってどれくらいで着くのだろうか。
「あ、近いですよ。駅から10分くらいで着きます」
因みに、毎朝私が迎えに行って、一緒に学校に行くんですよ。とは楓ちゃんである。なにそれ羨ましい。
私も、希帆達の家の近くだったら絶対毎朝迎えに行くのに! 絶対行くのに!
くっそう、なんで私は希帆達の家のそばに住んでないのだろうか。さすがに引っ越そうなんて言えないしなあ。あの家、あと何年かは分からないけど、ローン残ってるしなあ。……くそう。
いや、うんまあいい。私だって駅からなら一緒に行けるんだ。それで満足するんだ。
その後は、他愛の無い話をしつつ、希帆の家はどんな家かという話をし、楓ちゃんにはぐらかされつつ、希帆の家へと向かった。
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「ここが、希帆ちゃんの家です」
10分ほど歩き、とある一軒の家の前で楓ちゃんがそう言った。
希帆の家は、見た目はそうだな。昭和的な香りの残る、ちょっと古めの一軒家だろうか。木造2階建てで、ブロック塀で囲われている。
ふむ、なんともいい感じに生活感のある家だな。なんか、祖父母の代からずっと住んでますって感じ。
「じゃあ、入りましょうか」
「え? 呼び鈴とか鳴らさなくていいの?」
楓ちゃんがなんの躊躇いもなく鉄でできた門を開けようとするので、驚いて止める。
楓ちゃんは慣れてるからいいかもしれないけど、私達は初めてだ。さすがに、呼び鈴を鳴らさずに中に入るのはまずいだろう。
「ああ、希帆ちゃんの家は玄関に呼び鈴があるんですよ。だから、敷地内に入らないと駄目なんです」
そんな焦って止めた私に、にっこりと笑いながら、そう教えてくれた。
なるほどー。そういうパターンもあるのね。そう言えば私の家も玄関横に呼び鈴があるな。まあ、うちの場合は門がないからなのだろうけど。
「鏑木んちは一軒家か。いいな」
「輝の家はマンションですからね」
「マンションてか、ぼろいアパートだがな。まあ、信の家みたく大豪邸に住むよかマシだが」
「お手伝いさんがいなきゃ維持できない家よりは、適度な広さの家の方がいいですよね」
「……うち、普通の賃貸マンションなんで、豪邸とか憧れるっすけど、そんなもんすかねえ」
後ろで希帆の家を見上げながら、そんな話をする館林、宝蔵院、鍋島君。
2人の家事情と言うのか? それにかなりの格差を感じるが、嫌味妬みに聞こえないのは、2人の仲が良いからなのだろうな。
あと、鍋島君。豪邸って別に良いものでは無いと思う。私の家もかなり広いが掃除大変だしな。大掃除とかした日には1日かけても終わらないし。
……てか、宝蔵院の家はお手伝いさんなんているのか。ハンパないな。
「はい、行きますよー」
門を開ける動作のまま止まってた楓ちゃんがそう言いながら、中へと入っていった。
あ、すみません。今、行きますね。
「はーい、今行きまーす!」
楓ちゃんが慣れた手つきで呼び鈴を鳴らすと、中からそんな声がして、パタパタと廊下を掛ける音が聞こえる。
希帆の声では無かったが、誰だろうか。落ち着いた感じと言い、お母さんかもしれないが、それにしては声が若かった。
「はいはーい。あ、楓先輩だ! こんにちは、お姉ちゃんですね?」
「こんにちは、久美ちゃん。希帆ちゃんはいますか?」
引き戸を開けて出てきたのは、少し大きい希帆だった。大体、楓ちゃんと同じくらいの身長だろうか。髪をポニーテールにして、目がクリっとした可愛らしい子である。お姉ちゃんと言うのだから妹だろう。久美ちゃんと言うのか。ふむ、こりゃ可愛いぞ。
「あ、こちらは高校の友達の空さん、鍋島君、舘林君、宝蔵院君です」
いますよー、と返事をした後、私達の方を見たので、楓ちゃんがそう紹介をしている。あ、妹さんが可愛くて忘れてたけど、ちゃんと自己紹介せんと失礼だね。こいつはうっかり。
「片桐空です。お姉さんとはいつも仲良くさせてもらってます」
「ども、鍋島直茂っす」
「館林輝宗だ」
「宝蔵院信綱です」
私が自己紹介して、軽くお辞儀をすると、後ろの3人もそれに続いた。
「あ、はい。妹の久美です。いつも姉がお世話になってます」
丁寧なお辞儀とともに妹さんもとい、久美ちゃんがそう返してくるが、妹にお世話になってますと言われる姉って、それでいいのか希帆よ……。
「じゃあ、お姉ちゃん呼んできますから、とりあえず上がってください」
そう言って、久美ちゃんが中へと誘うので、お言葉に甘えて上がらせてもらう。
入った瞬間に、ほのかにお線香の香りがし、なんとも懐かしい気分になった。こう、古い昔ながらの家って感じの香りだよね。
「じゃあ、ここで来るまで寛いでてくださいね」
で、通されたのは客間? 居間? 分からないけど、畳敷きの和室だった。
玄関を上がってすぐに曲がり、縁側に面した部屋だから客間だろうか。居間なら、もっと建物の中央にあると思うしね。
「あ、慶太君、こんにちは」
私含め、4人が落ち着かず、そわそわキョロキョロとしていると、楓ちゃんが障子の方を見て、にっこりと笑ってそう言う。
で、そちらへと目をやれば、障子を少しだけ開けてこちらを覗く子どもの顔があった。
これまた、目がクリッとして可愛らしい顔をした男の子だ。小学生、4、5年だろうか。もしかしたら6年かも。
とりあえず、その子を見たら目があったので、軽く会釈をしておく。
「姉ちゃーん! 楓がなんかすっげー美人とイケメン連れて来た!」
「こら! 慶太! いつもいつも楓の事呼び捨てにすんなって言ってんでしょ!」
私が会釈したら、障子の向こうで誰かに向かって叫ぶ慶太君。で、その後に呼び捨てに対して注意する希帆の声が聞こえた。
「ごめんね! お待たせー。ほら、慶太もちゃんと自己紹介する!」
パタパタと走ってきて、中に入るなりそう言う希帆。
弟である慶太君の頭をスパーンと叩いての登場だ。
なんだろう、なんか凄く新鮮。希帆がお姉さんしてるのが凄く新鮮。ちょっと楽しい。
「慶太です! で、誰と誰が付き合ってんの? もう、チューとかしたの?」
自己紹介は簡単に、そんな事よりって感じで希帆の肩をツンツンして聞く慶太君。
慶太君の背は希帆と大差ないので、なんだか微笑ましい感じだ。
「ちゃんと自己紹介しろ! てか、誰も付き合ってない! 友達!」
そんな慶太君の態度に怒ったのか、希帆がうがー! と言いそうな表情で拳を振り上げるが、慶太君はこえー! と笑いながら走って逃げてった。
微笑ましい。これが大家族の騒がしさなのだろうか。いや、普通なのかな? うちが異常に落ち着いてるだけな気もするが、どうなんだろう。まあ、とりあえず楽しいのでいいや。
「ごめんねー、うるさくて」
希帆が障子を閉め、席に着きながらそう言う。
いやいや、うるさいと言うか、微笑ましい騒がしさなので心地よいですよ。家族の団欒というかね。家族間の仲が良くないとこうはならないだろうし、良い事なんではないかな。
「相変わらず、希帆ちゃんの家は楽しいですね」
「僕はこういう騒がしさはいいなって思いますけどね。憧れます」
「まあ、少し羨ましくはあるな」
「うち、怖い姉ちゃんしかいないんで、弟妹は憧れるっすね!」
皆、それぞれ希帆に対して返事をするが、全員とも共通して肯定的だった。
まあ、そうだよね。さっきのやり取りだけでも、仲が良いんだろうなと思えたし。
しかし、鍋島君はお姉さんがいたのか。さぞかし苦労してる事だろうな。いや、別に他意は無いけど。
「じゃ、そろそろ始めますかね。ケーキより分けちゃう?それとも先にプレゼント渡す?」
そう言って、ケーキを保冷バッグの中から、ケーキの箱を取り出す。
もちろん、希帆のプレゼントの箱は保冷バッグから出さず、希帆に見えないようにして、だ。
「んー…………、先にケーキで!」
希帆が悩んでそう言った。プレゼントも見たいけど、食い気に負けた感じだな。
「じゃあ、私はおばさんにお皿と包丁を出してもらってきますね」
「え? いいよ! 私が行くよ! お客さんにそんな事させらんないよ!」
楓ちゃんがそう言って立ち上がるのを見て、焦る希帆。
希帆の家という事もあり、判断が難しくはあるが、祝われる側が希帆だ。なのに、自分で色々と準備するのは変だろう。
なので、私も楓ちゃんのお手伝いで付いて行く事にしよう。希帆はそのまま待機だ。
「私も手伝うね」
「空まで!?」
私もそう言って立ち上がると、希帆が驚いたような声をあげる。
「今日の希帆は祝われる側だからね。座っててね」
そう言うと、むーと唸りながら黙る希帆。少し、頬が緩んでるのは嬉しい証拠だろう。
実際、人様の家で勝手に動き回るのは失礼な行為であるのだが、この場合は許してもらえるだろう。
ではでは、楓ちゃんに付いて行きますかね。
縁側に出て、一旦玄関へと戻り、左折。玄関から見てまっすぐ進んでいく。
私はそれに大人しく付いて行くだけ。
「すみません、おばさん。ケーキより分ける為のお皿と包丁を出していただけますか?」
磨ガラスが張られた引き戸を開いて楓ちゃんが言う。
私も続けて、失礼しますと言いつつ入れば、L字の壁に沿って作られたキッチンに、希帆の母親らしき人が立っていた。
キッチンはと言うと、キッチンと言う言葉より台所と言う方が似合いそうな、台所のすぐ後ろに食卓がある、昔ながらの雰囲気の場所だ。
「あら、楓ちゃんじゃないの! いらっしゃい。悪いわねえ、そんなの希帆にやらせればいいのに」
楓ちゃんの言葉に反応し、母親らしき人物が振り返る。
なんとも元気のいい感じである。この母してあの子ありと言うべきかね。やはり、希帆にそっくりな明るい笑顔の肝っ玉母さんが、そこにはいた。
足もとには、私達が入ってきた瞬間、母に縋り付くようにして私達から隠れる小さな子。
隠れてるのでよく見えないけど、男の子だろうか。就学前か、1年生って感じだね。
「あら、そちらの子は噂に聞く、空ちゃんかしらね? いらっしゃい。ほら、心太も挨拶しな」
私がいる事にも振り返って気づいたのか優しい笑顔を向けてくれた。
なんか、ほっこり胸が暖かくなる人だなーっていうのが私の印象ですね。
因みに、噂の内容はなんとなく怖くて聞けない。
あと、心太君と言うのか。足もとの子にもそう言うけど、余計に隠れてしまう。かわええ。この家凄い。可愛い子しかいない。
そんな様子の心太君に、おばさんは、ごめんね人見知りで。と謝るが、とんでもないです。むしろ、目の保養です。
「お邪魔してます。片桐空です。いつも希帆にはお世話になってます」
私がそう言ってお辞儀をすると、アッハッハと笑い声が聞こえた。何事だろうか。
「やだねえ、うちの希帆がお世話になってばっかりでしょうに。あの子、空ちゃんの事大好きみたいだから、これからも仲良くしてあげてね」
……うへ。なんだろう、希帆から直接言われるよりも嬉しいかもしれない。うへへ。あー、いかんニヤニヤしそうになる。
だって、そう取られるようにお母さんとかに希帆が私の事を話してくれてるって事だもんね。うへへへ。こりゃ嬉しいぞ。
「じゃ、申し訳ないけどこれお願いね」
そう言って渡されたのは、人数分のお皿とフォークと包丁。
どうやら、私がニヨニヨしてる間に用意されてたらしい。ニヨニヨしてるのが見られてたと考えると、ちょっと恥ずかしいな……。
「あ、楓ちゃん。私も持つよ」
渡されたお皿などを1人で持とうとするので、急いで止める。落としたら危ないだろうしね。
「あ、大丈夫ですよ。お盆使わせてもらいますし」
……あ、はい。
あれ、じゃあ私ここまで何しに来たんだろう。まあ、希帆のお母さんに挨拶できたし、収穫? はあったのだろうけど、本来の意味で考えると来る意味がまったくなかった。
「なら、空ちゃん。これ持って行ってくれる? 後で久美にでも持って行かせようと思ってたのだけど」
おばさんがそう言って指差した方を見れば、机の上に大皿が2枚乗っかっていた。
1枚には、ポテチに始まり、クッキーやポッキーなどのお菓子が山盛りとなっており、もう1枚には、唐揚げやフライドポテト、ソーセージ、エビフライや枝豆などが乗っている。
凄い量であるが、わざわざ用意してくれたのだろうか。私と楓ちゃんは事前に決まってたとはいえ、男子3人に関しては、今日突然決まった。
たとえ、昼休みに希帆が連絡を入れていたにしても、急いで用意してくれたに違いないのだ。ありがたい話だ、本当に。
「すみません、ありがとうございます」
そうお礼を言って、2枚のお皿を持つ。
……あれ? 楓ちゃんもお盆を両手で持ってるし、私も両手にお皿がある。引き戸を開けるのは先に開ければいいとして、どうやって閉めよう。食べ物のお皿とかを廊下の床に置くのもなんか嫌だしなあ。かと言って、人様の家の戸を足で閉めるわけにはいかない。
そう思って、どうしようと少しの間立ち止まっていたら、後ろからトテトテと小走りの足音が聞こえ、その足音の正体が全身の力を使った感じで引き戸を開けてくれた。
言わずもがな、足音の正体は心太君である。この家族の特徴なのか、大きな目をしていて、前髪の一部がちょこんと寝癖で立っているのがまた可愛い。
私と楓ちゃんが、心太君にありがとうと言って台所を出ると、一緒に外に出て台所の戸を閉めてくれる。背が小さいからか、戸を閉める動作だけで、全身を使ってるように動くのがまた可愛い。
で、閉めるとすぐにトテトテと先に走って行き、私達の目的地である縁側の方へと曲がっていった。
「どうしたんだろう?」
「多分、和室の障子も開けてくれるつもりなんだと思います」
私が心太君の意図が読めなかったので、楓ちゃんに尋ねると、そんな答えが返ってきた。
なるほどなるほど。凄い良い子だな心太君。あまりにも無口と言うか、喋ってるの見てないけど!
で、私達が部屋の前まで行くと、本当に心太君が待っていてくれた。
無表情で、こちらの目を見ようともしないけど、障子も開けずに待っているのが、なんともツンデレっぽくて良い。
私達が近づいたのを確認して、無言で障子を開けてくれる辺りもツンデレっぽくて素晴らしい。
「心太君、開けてくれてありがとうございました」
楓ちゃんがそう言って先に中に入るけど、心太君は、ん。と頷くだけ。
これはこれで可愛いのだけど、なんとかこの無表情から別の表情にさせる事はできないだろうか。
私がこのくらいの年代だった時ってどうだっただろうか。
年上のお姉さんに優しく微笑まれたらどうだっただろうか。
……うん、嬉しくてドギマギして、なんか恥ずかしくて無表情になってた気がする。前世の事なのでかなり記憶があやふやではあるが、そんな感じだった。
つまり、現在この子は恥ずかしくて無表情になってる可能性があるというわけだ。
と、いう事は彼の予想外の事をしてびっくりさせてやればいいのではなかろうか。
よし! って事はあれだな。あれをやろう!
「心太君、戸を開けてくれてありがとうね」
そう言って屈んで顔の高さを合わせ、頬っぺたにチューしてやりました。
案の定、びっくりした顔の後に真っ赤になってます。してやったりだぜ。
ん? 男嫌いじゃないのかって? ああ、もちろん好きじゃないさ。下卑た視線をくれる奴はな。
でも、こんな小さな子を男だからと言って嫌うわけが無いだろう?
むしろ、こんな小さな子だったら男女問わずに口にだってチューくらい余裕でできますよ。
ファーストキス? そんなもん小さい頃に両親から奪われてますよ。何度もされてますよ。
陸のも奪ってやろうかと思ったけど、さすがに良心が傷んでできなかったけどね。まあ、親は普通に陸にもしてたんだけど。
いや、うん。まあいいや。中に入ろう。
和室に入ると、男子達は驚いた顔をしていて、希帆は驚いた顔をして固まってる心太君を見て笑っていた。
「心太! 戸、ありがとうね! えらいね!」
席に座ったまま、固まってる心太君に声をかける希帆。
その声で我に返ったのか、ハッとなり、お姉ちゃんに褒められた事が嬉しかったのか、ニコッと笑って頷きながら障子を閉めていった。
うーん、最後の笑顔が凄い可愛かった。そうか、やはり家族でないとああいう笑顔は出せないか。くっそう。
うちの陸もなあ。家族内でだけ含羞むように笑うとかだったら可愛いのになあ。アイツ、内外問わずよく笑う子だからなあ。
まあ、外ではリーダーシップがあるというか、人が周りに集まってくるタイプらしいのに、家だと甘えん坊っていうギャップは可愛くはあるのだけども。
「じゃ! 食べようか!」
心太君が行ったのを見送ってから、希帆がそう言うが、まだでしょ。まだ、蝋燭立ててないし、それを吹き消してないよ。
「こういうのは、蝋燭を立てるべきじゃないですかね」
「そっすね。で、電気消して歌って吹き消すのがデフォっすね」
宝蔵院と鍋島君もそう言って、希帆を止める。
希帆は、えー、早く食べたい。なんて言って、頬を膨らませるが、そう言わずに私達の満足? のためにも素直に祝われてほしい。
「じゃ、蝋燭並べるねー」
「じゃあ、私が火を点けますね。……あ、ライター借りてくるの忘れてました」
……あ。
私が蝋燭を並べて、楓ちゃんが火を点ける事となったのだが、ライター忘れてた。しまったなあ。まあ、仕方ないから借りてくるか。
「あ、仏壇の所にチャッカマンあるから取ってくるね!」
ライターが無い事を思い出すと、希帆がそう言って襖を開けて隣の部屋へと行った。
あー、確かに仏壇ならライターなりマッチなりは置いてるよね。隣の部屋なら台所まで借りに行くより早いし。
「はい、チャッカマン!」
「ありがとうございます」
1分もしないで希帆が戻ってきて、楓ちゃんの手にチャッカマンが渡される。
よし、気を取り直して蝋燭を立てよう。
希帆の年齢は16歳になった。なので、蝋燭は16本ではなく、5歳で大きいのを1本と計算して小さいのも含めて計4本の蝋燭にした。
16本の蝋燭に全部火を点けたら、普通に考えて消すの大変だもんね。
「電気、消すっすよー」
いつの間にか鍋島君が席を立ち、電気の紐を持っている。
電気が消えると、夏とはいえもう18時近い事もあり外は夕暮れ時になろうとしており、それに加え、唯一外の明かりが入る場所は障子で隔てている事もあり、部屋の中は薄暗くなり、ぼんやりと蝋燭の明かりが灯る、良い雰囲気の空間へと変わった。
明かりの方へと近づこうとすると、横にいる館林が近くなるが、まあ気にしないでおこう。
因みに、席順は私の正面に希帆、希帆の両サイドに楓ちゃんと鍋島君、私の横に館林、宝蔵院となっております。
希帆の正面に座り、ケーキを食べたり、蝋燭を吹き消す姿を愛でられるのは素晴らしい事なのだが、なぜこの配置になったのだろう。
色々と作為というか、悪意を感じる配置な気がしてならない。
「じゃあ、歌って希帆ちゃんには蝋燭消してもらいましょうか」
楓ちゃんがポンと手を叩いて、そう言う。
よし、歌いましょう。奏でましょう。手拍子はちゃんと全員でやるんだよ!
で、歌い終わったので希帆にこれから火を消してもらいます。
あ、歌はカットですよ。歌詞とか色々とね、問題があるのでね。歌ってるシーンは無しでございます。
「よーし、じゃあ消すよー!」
「あ、待って! ムービー撮る!」
希帆が手を挙げて火を消すと言ったので、一旦止め、携帯を構える。
希帆がなんで撮るのさ! なんて言ってるけど、愛でるために決まってるだろう。それ以外に理由があるってのか!
「よーし! いっきまーす」
フー! と息を吹きかけ、ケーキの火が消える。
それと同時に全員で拍手をし、次々におめでとうと声をかけた。
私は携帯構えてたから拍手できなかったけどね。けど、ちゃんとおめでとうは言ったよ。
「ふっふー! ありがとー!」
鍋島君が電気をつけなおし、部屋の中が明るくなる。
希帆は、ニコーって相変わらずの満面の笑みを浮かべてお礼を言っている。凄く可愛いです。もちろんまだ撮影中です。
「じゃあ、ケーキ食べよう!」
希帆が、火も消したしケーキ食べようと提案してくるが、まだ、まだやる事があるんじゃないかね。
「その前に、プレゼントを開けない?」
「えー、ケーキー」
「まあまあ、ケーキは逃げませんから。お腹いっぱいになる前にプレゼント見ましょう?」
「……むー、分かった」
私がそう言うと、ケーキが食べたいと文句を言ったが、楓ちゃんも参戦してくれたので、先にプレゼントを見る事になった。
「じゃ、誰のから見るかな!」
プレゼント自体は、この話が決まった時に一斉に渡しておいた。
「空のプレゼントが一番大きいから最後にしてー。んー、鍋島君のからいってみよー!」
そう言って、私のを避けて鍋島君のから手に取る希帆。
いや、私のもそんなに大きい箱じゃないんだけどね。
「なにかななにかなー。……おー、クマだ!」
鍋島君がくれた包を開けて出てきたのはクマのストラップだった。
ただし、このクマは青だ。ロイヤルブルーというやつであろうか。
「このクマってコーエンベアだっけ」
「そうなんすか?」
私が聞くと、え? って顔をしてそう返してくる鍋島君。いや、知らんかったんかい。
「いや、お店で物色してる時に見つけて、人気らしいんでいいかなーって」
なるほどね。人気商品で、すぐに完売するって聞いた事があるけど、探してる人よりもこういう狙ってもいない人が手に入れるなんて事はあるよね。
「人気とかよく分かんないけど、可愛いからいいやー。ありがとー!」
「いえ、喜んでくれてよかったっす!」
そう言って、にこーって鍋島君に笑いかける希帆。
鍋島君も笑みを返すけど、あれ? 私とか楓ちゃんが笑いかけると真っ赤になるくせに希帆だと平気なんだ。変なのー。
「つっぎっは誰にしよおかっなー。んー……これ!」
そう言って、希帆が次に取ったのは宝蔵院のプレゼントだったかな。確かそうだと思う。
「なにかななにかなーって……なにこれ?」
希帆が出てきた物を見て、首を傾げる。
私も前から身を少し乗り出して見てみるが、なんだろう? 表面は合皮っぽい質感でカーキ色。で、中は紙製の蛇腹になっている。形的には、長財布にも似てるし、財布? とも思ったけど、それじゃあ紙でできてるし強度が足りないだろう。
「それはレシートホルダーっていう、所謂レシート入れですよ。他にも用途は色々ありますが、あると便利ですよ」
16歳の女子高生にレシート入れをプレゼントするのはどうかと思うけど、なんとも宝蔵院君ぽいと言いますかなんというか。
まあ、確かにあれば便利だろうし、レシートはきっちり保存する派な私も少し欲しいけれども。
「確かに便利そう。レシート以外にもチケットとか色々入りそうだねー。うん、ありがとー!」
希帆がそう言って、にしーって笑いかけるが、確かにそうかも。
チケットとか財布に入れて折れ曲がるの嫌だしねえ。そう言う意味でも色々と重宝しそうである。1個あれば便利かもしれない。
「次はー、館林君ので!」
次に取ったのは、館林のプレゼント。
つか、学校であげてた真田君、今川君含め、なんだかんだ全員センスが悪くない気がするのが面白くない。
ここいらで1つ盛大なボケをかましてほしいのだけど、無理だろうなあ。
てか、希帆は最後が私ので決定なんだよね。皆、ちゃんと物をあげてる時点で私だけ空気読めてないようでピンチなんですけど、やばいですよね。このままだと私のが落ち要因になる気がしてならない。
「なにかななにかなー。おっ! 定期入れだ!」
出てきたのは、ビニール素材の白い定期入れだった。
表面に黒猫が横を向いて座っている後ろ姿が描かれ、裏面にはその猫の尻尾に食いつこうとしている金魚が描かれている。
可愛い。これも可愛い。私、定期必要ないし持ってないけどパスモ入れに欲しい。
「一応、携帯灰皿としても使えるし、名刺入れになったりもするがな。定期入れとして使ってくれ」
へえ、携帯灰皿としても使えるのか。凄いな。……あ、中にインナーみたいの入ってるね。これを使うと携帯灰皿になるのか。
「ありがたく使わせてもらうねー。ありがとー!」
「ふう、いっぱいプレゼントもらうと嬉しいね! 次は楓のだ!」
楓からは毎年貰ってるからなー。今年はなんだろなーと言いながら、袋を開けていく希帆。
そっか、2人は中学からの付き合いだもんねー。羨ましいなあ。
「おー、やっぱりこういう系だ! これはあれかね。私にも化粧とかしろって事かね!」
「ふふ、いえ、別にそんな事ないですよ。でも、希帆ちゃんもそろそろ欲しいかなって思って」
希帆と楓ちゃんがプレゼントを持って、そんなやり取りをしている。
プレゼントはチェーン付きのアニマルミラーだ。黒猫で、首元に大きなカラービジューが付いており、可愛い感じに仕上がっている、スライド式のミラーだ。
たしかに、楓ちゃんが好きそうな可愛い感じのミラーだね。
「いや、うーん。たしかにあったら便利かなーって思う事はあったけど……。まあ、いつもありがとーね!」
さて、希帆が楓ちゃんにお礼を言い、私の番がやってきてしまいました。
ここまで見事に全員が雑貨なりのちゃんとした物です。私は違います。正直、安直すぎたと後悔しております。
「さー! 取りを飾るは空のプレゼントだよ! なにかななにかなー」
ああ、テンションが高い。ああ、がっかりさせると言うか、私が怒られる未来が見える気がする。
「……お、おお……」
ほら、希帆み見たまま固まってるもん。やばいよ。私を見くびるな的な事言われるよ。
「おー! ゴ・ディ・バー! すっごーい!」
……あれ?
私の目の前には、いくら食べる事が好きだからと言ってこれは無い! と怒る希帆ではなく、ゴディバの箱を持ち喜び跳ねる希帆の姿があった。
どうやら、希帆は私が思ってた以上に単純らしいです。はい。
「空! ありがとー! 1度でいいから食べてみたかったんだー!」
「ううん、喜んでくれてよかったよ」
私があげたのは、クッキーとチョコのアソートメントだ。
決して安い買い物ではなかったけど、希帆がこんなに喜んでくれるなら選んでよかったよ。
まあ、絶対怒られるとか焦ってたけどもね。
「じゃ! ケーキ食べよー!」
その希帆の言葉で私がケーキを切り分ける事となった。
あ、ハッピーバースデイと書いたチョコプレートはもちろん希帆のものですよ。当然ですね。
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「そういえば、今日は席順が変な配置ですよね」
ケーキも食べ終わり、まったりとお菓子をつまんでると、楓ちゃんがそう言い出した。
たしかにそうだ。女子と男子で別れて座ればいいのに、なんでこんな妙な席順になったのだ。
「すんません! 男3人で並ぶとムサイので逃げたっす!」
「私は2人に挟まれるのは恥ずかしかったので、空さんが心太君の相手してる隙にここ座っちゃいました」
「輝と仲良く並んで座るとか微妙じゃないですか」
「信と仲良く並ぶとか……なあ」
なるほど、各々が自己主張した結果がこうなったと。
私の両サイドにいる2人は、浮いた話が全く無くいつも一緒にいるせいで、ホモ疑惑が文芸部辺りから沸いてるという噂を聞いたので、仲良く隣同士で座っても今更何も変わらないと思うんだ。
「空さんの配置を見てると、まるで少女漫画の主人公みたいですよね」
「あ、だね! 可愛い主人公をイケメンな2人が取り合うとかね! しかもその2人は幼馴染とかベタだよね!」
「それか、乙女ゲーっすよね。片桐さんがイケメンを攻略しまくる的な」
うん、凄い言いたい放題言われとる。
少女漫画云々は、まず展開的にありえないからスルーでいいとして、乙女ゲーってなんだ。
恋愛ゲームって男が可愛い女の子攻略するだけじゃないのか!? 違うジャンルもあるのか!? その場合どうなるのこれ。え、ここ恋愛ゲームの世界だよね。私が主人公って可能性があるの? 要らんよそんな可能性。もしくは、誰か他の女の子が主人公で、その子がイケメンを攻略する世界って事? なら、私は警戒し損になるって事か!
ああ、分からん。とりあえず、恋愛ゲームという物に色々なジャンルがあるのだとしたら、私がやってきた事は全て無駄になるという事だ。なにそれ虚しい。
「乙女ゲーねえ。なんだ、お前は俺らの事攻略するのか?」
そんな考えに至り、絶望してると館林がニヤニヤと笑いながらそう言ってきた。
いや、しないですよそんな事。
「僕個人としては、輝が恋愛するのなら応援したいので取り合うのは嫌なんですけどねえ」
宝蔵院は宝蔵院で、そんな事を言う。
いや、だからそういう展開は無いって言ってるでしょうに。
「いや、俺は恋愛する気は特にねえし」
「え、館林君は恋愛しないんですか?」
宝蔵院の言葉に館林が突っ込みを入れると、それに楓ちゃんがさも意外といった感じで反応した。
「ああ、まあな。片桐には話したんだが……まあ、色々とな」
コイツには恋愛しろなんて言われたんだがよ。と、私の頭をポンポンと叩く館林。
だから、コイツは恋愛しないとか言ってるくせにボディタッチというか接触が多いんだよ。セクハラで訴えるぞこの野郎。
「へえ、輝は片桐さんに話したんだ」
館林の言葉に反応して、宝蔵院がそう言ってニヤニヤする。
なんなんですかねコイツら。なんなんですかね! 私の貞操やら色々がかかってるというのに、私そっちのけでニヤニヤしおってからに!
「……今思ったんだけどさ。私達、空と一緒にいると周りの男子全員空の事が好きになって彼氏できないんじゃない?」
「ああ、かもしれませんね。でも、そういう時は私達も空さんを攻略する側に回ればいいんじゃないでしょうか」
「おー、なるほ……ど? いや、それでいいのかな?」
ホントだよ! 楓ちゃんそれでいいのかよ!
彼氏頑張って作りなよ! 私攻略するってなんだよ! 楓ちゃんや希帆に彼氏ができたら凄く寂しいけど、ちゃんと応援するからさ!
「んー……僕は片桐さんと鏑木さんを比べたら、鏑木さんの方が好みなんですけどねえ」
希帆と楓ちゃんがそんな話をしていたら、宝蔵院から爆弾発言が飛び出ました。
なに、宝蔵院は希帆の事が好きなの? え、そんな感じ一切無かったよね?
「お、おおう?」
希帆もあまりに突然な発言に戸惑っている。
横にいる楓ちゃんは目がキラッキラしてますが。
「ええ、この3人の中では鏑木さんが一番いじってて面白い反応が見れそうですし」
にっこりとイケメンな笑顔を振りまいてそう言う宝蔵院。
……台無しだよ! 色々と台無しだよこの人! 好みの基準がそこか!
「……私、好みだって言われてこんなに嬉しくない理由始めてかもしれない」
希帆もその理由を聞いて、脱力している。
ある意味で、内面を見ていると言えなくもないが、それでもやっぱり嬉しくないよねえ。
「なるほど。つまり、この中のワンペアが滞りなくくっ付いて、あとの3人で三角関係。それで、俺があぶれるわけですね。分かります! ちくしょう!」
鍋島君も意味の分からない事を言ってますが、スルーでいいでしょう。
滞りなくくっ付くのも、三角関係もごめん被るのですよ。
「鍋島君も彼女できると思いますよ? カッコいいですし」
あ、ちゃんとフォローしてあげるんだね楓ちゃん。偉いね。私なんて思い切りスルーするつもりだったっていうのに。
鍋島君は、その言葉を聞いて、俺、カッコいいなんて言われたの始めてっす! なんて感激している。
いや、鍋島君は顔悪くないよね。性格だって軽いけど良いと思うし、普通に彼女できそうだけどなあ。ちょっと周りにいる男子が顔や才能などで相手が悪すぎるだけであって、鍋島君自体は普通に良いと思うよ?
「恋愛経験の無い俺が言っても説得力ねえが、鍋島はもう少し頑張れば普通に彼女できんじゃねえか?」
「ですね。まあ、鍋島君は可愛い女の子見るたびに、フラグ立たねえかなとかくだらない事考えてる方が似合ってますが」
「そっか、頑張れば俺も……って、どうやって頑張るんすかね?」
「とりあえず、好きな人ができたら告白して玉砕すればいいんじゃねえか?」
「なるほど、把握したっす。じゃあ、片桐さん付き合ってください!」
「あ、ごめんなさい」
よく分からない流れから告白? されましたがごめんなさい。
てか、じゃあってなんだじゃあって! 軽い感じで冗談っぽかったから気にしないし、後腐れも無いだろうけどさ。人に告白するのにじゃあは無いだろうと思うよ!
私だって、別に恋愛がしたくないわけではないのだ。
でも、ゲームみたいに攻略されるのは嫌なのだ。なんか、それって自分の意思が介在してない気がしない? ここは、ゲームが舞台の現実であるのだから、そんな事は無いのだろうけど、攻略ってなるとシステムで強制的に好きになって自分の意思じゃない気がしてならないのだ。それだけは絶対に嫌だ。
あと、自分の立ち位置が分からないのもある。前世云々の折り合いはついたけど、恋愛感と言うのだろうか。それに関してはまだついてないと思う。
こればっかりは誰かを好きになってみないと分からないものなので、普段は考えないようにはしてるけどね。
まあ、好きになった人の性別がどっちであれ、その時になって考えればいいと思うんだよね。自分が恋愛するなんて考えられないのだけども。
「まあ、鍋島君の戯言はどうでもいいとしてさ。空ってこの中の誰と付き合うのが似合うかな」
私がちょっと真面目な事を考えていたら、希帆がそんな事を言い出した。
てか、鍋島君の扱いが酷い。
「そうですねえ。館林君と対等な感じも似合いますし、宝蔵院君にいじられる空さんも可愛いでしょうし、鍋島君を尻に敷く姉さん女房も似合うと思います」
「……つまり、3人とも手玉に取ってしまえばいいという事だね!」
いや、その理屈はおかしい。
てかさ、この恥ずかしい話題もう止めにしない? ね、もう止めよ!
その後、私の願いも叶い、この話題は終了し時間も時間なのでお開きとなりました。
----------
さて、帰り道でございます。
あの後、希帆のお母さんに帰る挨拶をして駅へと向かい、電車に揺られて最寄駅へ。
館林はいつも通り? 私の事を家まで送ると言い出し、宝蔵院はニヤニヤとしながら先に帰りますと言って別れた。
なんと言うか、館林と一緒に歩いていても会話が無いので描写をしようがない。
2人してのんびりと歩いてるだけだ。時刻は20時過ぎ。もう辺りは暗くなっているので、月明かりと街灯が頼りだ。
「あら? 空じゃない」
特に会話もなく歩いていたら、横道から出てきた人物に声をかけられた。
この声はと思い、そちらを見れば予想通り母が立っていた。
「あ、お母さん。どうしたの?」
「お醤油が切れちゃってね。買いに行ってたのよ」
そう言って、コンビニの袋を見せる母。
いつもはスーパーで安く買ってるけど、この時間だと開いてるスーパー遠いもんね。コンビニでも仕方ないか。
「で、空? そっちの子は彼氏かしらー?」
私の母だと分かった時に、しっかりとお辞儀をしていた館林を見て、ニヤニヤとそう聞いてくる母。
「違うから! 友達!」
私がそう言って否定するが、ホントにー? なんて言ってニヤニヤしている。
「本当だから! あ、館林君。こちら、私の母です」
これ以上このやり取りをしても仕方ないので、そう言って切り上げ、館林に母を紹介する。
「館林輝宗です。お世話んなってます。一応、夜道だったんで家まで送るつもりでしたが、ご家族がいるなら大丈夫ですね。俺はここら辺で失礼します」
「あら、こちらこそうちの空がお世話になってるみたいね。うちに上がってお茶でも飲んでいけばいいのに」
「いえ、もう遅いので失礼します」
館林が挨拶をし、母がそんな事を言うが、館林はもう遅いのでと断る。
「じゃ、片桐またな」
「うん、また明日」
そう言って、母に対しもう1度お辞儀をして立ち去っていく館林。
いつもぶっきらぼうな物言いなのに、ちゃんとした言葉遣いもできるんだねえアイツ。
「で、空? 本当に彼氏じゃないのー?」
「違うって。友達だよ。それにアイツ、恋愛には興味無いんだってさ」
館林を軽く見送り、家路へとつく道中にまた母に話題を蒸し返された。
こういう話題は自分が絡んでくると苦手なので止めてほしいのですけどね!
「へえ、でも脈はあるんじゃないの? 道中送るなんてよっぽどよ?」
母はそんな事を言うが、館林に限ってそれは無いだろう。
アイツは、誰彼構わずそういう事をして勘違いされるタイプだ。
「館林君は、誰彼構わずそういう事するタイプだと思うよ。だからないない」
館林は幸せになるべきだと思うが、私とか無いだろう。有り得んわ。
そう、私が彼を幸せにしてやれるビジョンなど見えんからね。有り得んですよ。
母は、本当かしらねえ。と言って楽しそうな笑みを浮かべていた。
……なんか、今日は妙に疲れたよ。早寝しよう。
そう思いつつ、母と共に家へと帰った。
あ、夕飯は食べませんでした。食べるか聞かれたけど、ケーキやらお菓子やら食べたからね。これ以上はいかんです。
----------
「ただいま」
「あら、あなたお帰りなさい。お疲れ様」
「空と陸はもう寝たのか?」
「ええ、今日は空も早寝するって言って寝ちゃったわ。ふふふ」
「なんだ、えらく機嫌がいいな」
「ええ、空のお友達の男の子に会ってね。面白かったわ」
「……ほう」
「なかなか見込みはありそうだったわよ。イケメンだし」
「……そうか」
「ふふ、夕飯用意するわね」
当人達にその気は無い、気づいてないのに外堀は埋まっていく罠。




