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第24話

物凄く送れて申し訳ありませんでした。

風邪を拗らせて肺炎になったりして、まったく書く気力がありませんでした。

次回はあまり間をあけずに書きたいものです。

 毎朝やる行為ではあるのだが、起きた。朝である。おはようございます。

 携帯を見れば、まだ6時。馬鹿かと。アホかと。希帆きほかえでちゃんもぐっすりである。当然である。

 私も正直まだ眠いし、頭がぼーっとする。しかし、この2度寝しようぜと囁いてくる脳内の誘惑に負けるのは、寝過ごしというフラグでしかない。

 ……うーん、今から朝ご飯作り始めても絶対早過ぎるしなあ。2度寝は駄目。でも、何をしよう。

 ……あ、温泉あるじゃん。朝から温泉とか最高じゃん。そうだよ、ご飯とか作る前に温泉入ってさっぱりとか最高だよねー……っとー、今温泉の事考えながら寝そうになったぞ。正座しながらうつ伏せになって寝そうになるとか、随分私は器用な事ができたんだな。


 よーし、そうと決まれば温泉だ。今日の午前中にはチェックアウトしなきゃいけないからね。あの温泉に入るのはラストチャンスだろう。なんだかんだ、1人で入る機会が無かったからなあ。のんびり入ろう。

 お風呂に入って部屋着になり、出る時にまた着替えるというのは、さすがに面倒なので、出かけるようの格好をする為の服を取り、お風呂場へと行く。本当なら家の中でブラしてんの嫌なんだけどね。仕方ないね。さすがに外にカップ付きキャミで出るのはなんかなーってなるのでね。

 今日着る服は、デニム生地のマキシスカートに見える、キュロットパンツだ。これまた不思議な代物だが、着心地は良いし、可愛いし、色んな服に合わせやすいしで、かなり良いと言える。上はタンクトップと、裾縛りのTシャツ。シンプルに夏ぽい感じ。うん、どうでもいいからお風呂行こう。


 風呂場に着き、着ていたパジャマを脱ぐ。全裸になり鏡を見たが、改めて育ったな、と思う。

 服を着てるとそうでもないように見えるが、裸になると凹凸がかなりはっきりしている。と言うか、ウエストが細過ぎるのだろうか、他の部位のサイズは突出はしてないと思うのに、かなり目立つ。一応は頑張って鍛えた結果、グラビアアイドルが虚偽申告しているウエストサイズをガチで手に入れたわけだし、誇ってはいるのだがな。

 しかし、肌が弱いという弱点はあれど、この身体は女性として本当に理想的な身体なのだなと改めて思う。

 髪の毛は癖が無く柔らかいし、肌は白いし、体毛は薄いのか処理が楽だしね。うんうん、この身体をくれた両親には感謝しなくてはな。

 さて、脱衣所でいつまでも全裸とかただの変態だ。さっさとお風呂入ろう。


 身体を洗って髪も洗って、現在は湯船でまったりしている。

 目はけっこう覚めてきた。シャワー浴びて、洗ってで目は覚めるよね。現在、温泉につかってるこの状況は気持よくて寝そうなわけだけども。んー、お風呂からあがったら軽くストレッチでもしようかな。そう言えば、この旅行中美容体操とかまったくしてないや。


 しかし、温泉ええのう。家に温泉があったら最高だなあ。あー、でも手入れとかやっぱり大変なのかな。

 将来は家に温泉がひけるような温泉地に住みたいかもなあ。あ、でもたまに入れるから有り難味があるのかもだしなー。んー、やっぱり温泉は旅行で行くから素晴らしいのかもしれないなあ。まあ、いいや。温泉気持ちええ……。


「……あれ? なんだ、誰か入ってるのか?」


 私が温泉でまったーり寛いでいると、外から声が聞こえた。

 入ってますともー、この私様がゆったり寛いでおるのですよー。


「入ってまーすよー」

「……そうか。のぼせないようにな」

「はーい」


 んー、さっさとあがれとか言われなくてよかったなあ。しかし、さっきの誰だったのだろうなあ。気持よくだらけてたので、イマイチ頭に入ってこなかったんだよねー。

 しかし、いつまでも入ってるわけにはいかないねー。さっきからずっと、暑くなったら足湯にして、暫くしたらまたつかるを繰り返してるからねえ。いい加減あがらないとね。……でも、もうちょっとだけ、ね。


 結局、お風呂からあがったのは、あれから暫くしてだった。うん、温泉好きなら分かると思うのだが、温泉ってさ、あがり時を見失いがちじゃない? そろそろと思いつつもう少しだけってなって、けっこうな時間入ってるとかよくあるよね。

 脱衣所へと戻り、着替えの上に置いておいた携帯で時間を確認すると、既に7時を過ぎていた。入るまでの準備とかを考えても、1時間はゆうに入っていた計算になる。我ながら長風呂である。

 本当は身体にも良くないし、止めた方がいいのだけどね。やめられないね。家のお風呂でも、本を持ち込んだりすると1時間とか軽く超えるレベルで入ってるからね。母にそれで怒られるのだけど、この悪癖は止められそうにない気がする。


 さてと、服を着たら軽くストレッチして朝ご飯を作りますかね。目はばっちり覚めたので問題なしです。

 てな訳で洋服を着たので、タオルで髪の毛包んでリビングへと戻ります。


「お、やっと出たか」


 私がリビングへと戻ると、椅子に座ってニュースを見ていた館林たてばやしに、振り向きざまそう言われた。なるほど、さっき入ってる時にした声は館林だったのか。

 あの時は、ぼーっと寛いでたからな。知ってる声がする程度にしか思わなかったよ。てか、知らない声だったら大問題だよね。あの時の私は何を考えていたのだろうか。……いや、何も考えて無かったのだろうな。

 しかし、館林も2日連続で朝が早い。お爺ちゃんだろうか。


「おはよう。今日も早いんだね。てか、さっきした声は館林君だったのか」


 私がそう話しかけてみれば、顔を顰める館林。何があったのだろう。……まさか。


「……また、鍋島なべしまに、な。仕方ねえんで目を覚まそうと風呂入ろうと思って服脱いだら、先客が居る事に気付いたってわけだ。危ない所だったわ」


 ……鍋島君の寝相は相当に酷いようだな。まさか2日連続とは。そして、どうやら私は危うく裸を見られる所だったらしい。本当に気付いてくれてよかった。そういうラッキースケベは要らないからね。


「危うく朝ご飯抜きになる所だったね。で、空いたけど入る?」

「……本当に間違って入らなくて良かったわ。そんじゃ、入ってくる」


 苦笑いしながら、そんな事を言って館林が立つ。

 まあ、抜きになるとかは無いと思うけど、他の人よりも貧相だったりとかは確実にあっただろうからね。よかったね。


「はい、いってらっしゃい。コーヒー入れておく?」

「おお、ありがてえ。頼むわ」


 風呂へと向かう館林にそう聞いてみたら、振り向かないまま手を軽く挙げてそう言われた。うむ、やはり朝はコーヒーだよな。昨日もだが、館林は分かっておる。

 しかし、1人で麦茶を飲みながらニュースってねえ。お湯くらい沸かして自分でコーヒー入れたらいいのに。

 そんな事を思いながら、ポットに水を入れて電源を入れる。2人分のカップも用意して、あとは沸き待ちだ。

 さて、ストレッチしちゃいますかね!


 立ったままの前屈やら、股割りなどをやる。前屈は、そのまま床に手がついて肘が曲がるくらいだし、股割りも、180度に開いたまま上体を寝かせて床にピッタリつくし、これ以上ないくらいに既に柔らかいのだけどね。そういう意味でこれをやってる訳ではないので、関係ない。全ては美容の為です。


 で、まあストレッチが終わったら、髪の毛をしっかりと乾かす。

 髪の毛の水気をある程度しっかりと拭き取ったら、洗い流さないタイプのトリートメントを、毛先を中心に髪の表面に塗り、櫛でとかして全体へと馴染ませる。私は、髪型がストレートなのでオイルタイプのトリートメントを使っているが、髪形や髪質によって変わるので気を付けようね。

 あとは、ドライヤーで乾かすだけなのだけど、ドライヤーは洗面所である。

 あれから、30分くらいたってるから、そろそろ出てそうな、でもまだ入ってそうな、そんな感じ。

 まあ、入る前に声をかければ平気かね。手鏡もあるし、ドライヤーだけ取ってリビングで乾かそう。


 うむ、無事にドライヤーを取ってくる事ができた。

 洗面所の前で中に声をかけたのだけど、返事が無かったので入ったら、まだゆっくりつかってた模様。

 特に何も言わず、ドライヤーだけ取って退散してきたよ。


 で、髪の乾かし方だが、結構面倒なんだよね。長くなるので割愛させてもらうが、簡単に説明すると、つむじの辺り、後ろの生え際、耳の後ろ、コメカミ、トップ、前髪の順に髪の根元を乾かしていき、その後セットをしながら毛先を乾かしていくのだ。

 これが慣れるまで大変だった。そして、失敗はイコールで変な髪形で学校に行くという結果になる為、必死だった。今は特に意識する事もなく、パッとできるんだけどね。


 ん? 扉の開く音がしたから、館林が出てきたかな。髪も丁度終わったし、いいタイミングだね。


「あー、サッパリした」


 そう言いながら、頭をガシガシとタオルで拭きながら館林がリビングへと戻ってくる。

 んーむ、あの拭き方ができるのって羨ましい。痛むのが怖いし、髪が長いからできないんだよね。やっぱり短いと楽だよなー。私も短くしようかねえ。でも、頑張ってここまで伸ばしたからねえ。愛着があるのも事実。まあ、気分が変わったら切ってみるのもありだろう。

 あ、それよりもコーヒーまだ入れてないや。さっさと入れよう。


「おかえり、今コーヒー入れるね」

「おお、悪いな」


 べ、別にアンタの為にとか言うつもりは無いけど、自分の分のついでだし、気にしなくていいんだよ。まあ、館林が気にするとは全く思ってないけども。


 2人分のコーヒーを入れて、ニュースを横目で眺めながら、朝ご飯の準備に入る。

 今日は洋食でいこうと思うんだ。昨日は和食だったからね。今日は趣向を変えてみます。


 まずはサラダから。冷蔵庫で冷やさなくてはいけないので先に作ります。

 まず、人参を極細千切りにして、ディルの葉の部分を粗みじん切りにする。

 そうしたら、ボウルに、大蒜のすりおろし、オリーブオイル、ワインビネガー、レモン汁、塩を入れて混ぜ合わせ、切った人参をディルを加え、更に混ぜ合わせる。あとは、軽く味を調えたら冷蔵庫で1時間しっかりと冷やすだけ。超簡単。

 あ、ディルはハーブの一種ね。昨日売ってたから買っておいたよ。爽やかな風味が良い感じのハーブですね。

 個人的には、魚を焼く時に腹に詰めるのがおススメかな。臭味が消えて爽やかになるよ。あと、刺身に散らしたり、ソースに使ったりと万能選手だね、ディルは。


 じゃあ、次にメインへと移ろうか。

 まずは、トマトを薄くスライスして、グリーンリーフも丁度良いサイズに千切っておく。

 で、ここで取り出すのはイナダ選手です。そう、またイナダなんだ。なんでかと言われても、旬だしさ。あと、値段がね? 安いんだ。他の魚とか思っても値段のせいでつい、手が伸びてしまうんだ。まあ、いいじゃないか。美味しいんだしさ。

 さて、気をとりなおしてですね。イナダを適当なサイズで切って、塩胡椒をまぶす。で、パン粉にパセリを混ぜて、イナダにつける。あとは、フライパンを温めて、バターでイナダを両面焼くだけ。

 残りの作業は、イングリッシュマフィンを両面焼いて、1枚はチーズを載せて更に溶けるまで。で、もう1枚にマーガリンを塗り、グリーンリーフ、トマト、イナダを挟み、マヨネーズをかけて終了なのだが、時間のかかる作業じゃないし、冷めるとアレなので、皆が起きてからにしようね。


 さてと、ものの十数分で下拵えが終わったしまったわけだけども、皆起きてこないなあ。

 まあ、まだ8時になろうかという時間だし、仕方ないのかもしれないけどさ。正直、起きて2時間になるのでお腹減りました。でも、起こすのも可哀相だしなあ。んー、ニュースでも見ながらコーヒー飲んで待ちますかね。


「ん? 作り終わったのか?」


 私がコーヒーを入れなおして、リビングへと戻ると、館林が反応して振り返りながら言った。


「下拵えはね。あとは、皆が起きてからじゃないと冷めちゃうから」

「なるほどな」


 私の答えに納得した顔をして、テレビへと向き直る館林。見てみれば、テレビは朝のニュースが終わって、毎朝やってる15分ドラマになっていた。どうやら、8時になったらしい。

 この15分ドラマ。今回放送している分は全く見た事が無いのだけど、面白いのだろうか。昔はたまに見てたりしたんだけどね。いつの間にか見なくなった。つか、学校あるから見れないんだけどね。

 まあ、いい。やる事もないし、これ見ながらまったり皆を待ちますか。


 椅子に座って、テレビを眺める事数分間。テレビの左上を見れば、8時7分と表示されている。正直、詰まらん。

 いや、最初から見てたら面白いのかもしれない。現在、主人公の女の子と彼氏? っぽい人が、色んな障害を乗り越え、一緒に住む云々で盛り上がってる所なのだけど、どんな事があったのか分からないし、この人達の背景がどんなのかなんて全く知らないので、こちらは盛り上がりようがないと言うか、あーうん、おめでとう。みたいなね。

 まあ、知らずにいきなり見た私が悪いのだろう。そして、男女で一緒にキスシーンを見てると言うのに、全く気まずい感じにならないのは、やはりストーリーに引きこまれてないからなのだろうか。それとも私達だからだろうか。なんか、後者な気がするのは私だけではあるまい。

 よし、文句を言うのは止めよう。ストーリーを知らずに見た私が悪いのであって、このドラマに罪はない。

 大丈夫、あと数分で面白い番組が始まる。いのっちが出るあの生放送はけっこう面白い。


「……なあ」


 館林がテレビから目を離さずに話しかけてきた。なんだろうか。


「これ、面白いか?」


 ああ、そういう事ね。館林も面白いとは感じなかったらしい。


「館林君はこれのストーリー知ってるの?」

「いや? 知らんが」


 私が、質問とは全く関係の無い返しをしたので、何が言いたいのか分からないといった顔をする館林。


「知らないのなら、面白いか面白くないかで文句を言ってはならんのですよ」

「……そういうもんか?」

「そういうもんです」

「……で、お前は面白いのか?」

「……ストーリーを知っていたら、違う感想も出てきたのだろうね」


 うむ、その質問に面白いと答えられない時点で、私も偉そうな事を言ったら駄目なんだろうね。

 館林にも、結局はお前も面白くねえんじゃねえかと呆れられてるよ。


『ふおおぉぉぉ!?』


 あと数分で終わる15分ドラマを眺めていると、唐突に階段の方から何かが転げ落ちる音と、叫び声のようなものが聞こえた。

 え、いや、意味が分からないんだけど、何が起きた?


「……何、今の」

「あー……、まさか」


 私が呆然と呟けば、館林は心当たりがあるのか、若干顔を顰める。しかし、その顔が少し笑ってるようにも見えたのだが、気のせいだろうか。


「心当たりが?」

「まあ、な。鍋島に蹴られて起こされたんだが、腹いせに部屋から追い出して、廊下に置いておいたんだ。……もしかしたら寝たまま落ちたのかもしれん」


 ……私はいったいどこに突っ込めばいいのだろうか。

 主に、鍋島君に対して突っ込みが追い付きそうにない。廊下に放置されて起きなかったのかとか、階段から落下する寝相ってどんだけだよとか、そもそもの問題として、寝相悪すぎだろうとか。


「……あー、びっくりした。あ、おはようございまっす」


 階段から落下したであろう鍋島君がリビングへと入ってきたが、反応はそれだけなのか。

 いや、おかしいだろう。階段から転げ落ちておいて、びっくりしたで済ますのは絶対おかしいだろう!

 なにこれ、私がおかしいのかね。いや、私は正常だよね? 普段から普通じゃないとか色々言われてるけど、今回に限っては私が正常な反応をしているはずだ!


「いやー、寝ながら階段落ちるとか久しぶりにやったっすよ。驚きました」


 久しぶりって前にもやった事あるのかよ! なんなんだよコイツは! なにこれ、ギャグ? これがギャグ補正ってやつなの? 馬鹿なの? 死ぬの?

 ……おっと、はしたない言葉が出てきてしまった。失礼しました。しかし、咄嗟に汚い言葉が出てしまうくらい、鍋島君の言動が非常識だとも言えると思うんだ。


「……前にも落ちた事あるんだな。まあ、おはようさん」


 ああ、館林は突っ込まないんだね。そうか、なら私も突っ込まないようにするよ。これは、ボケ殺しになるのだろうか。いや、でも鍋島君は素でやってる気がしてならないから、きっと違うのだろう。

 いや、もういいや。私も挨拶して無かった事にしよう。


「おはよう。怪我とかない?」

「おはようございます。いやー、びっくりしたっす。あとお腹減りました」


 ……怪我は無い、と。まあ、見るからに怪我なんてしてないんだけどさ。あと、しれっとご飯要求ってコイツは随分とこの3日間で神経が図太くなってきたな。


「皆が起きてきたらね。あと、コーヒーでも入れてあげるから、顔を洗ってきたら?」


 私がそう言うと、またも、イエスマム! と言って洗面所へと向かう鍋島君。その反応は定着してしまうのだろうか。凄く嫌なのだが。

 あと、コーヒーには砂糖とミルクを入れてほしいらしい。軟弱者め。

 我ながら酷い言いようだが、コーヒーにミルクと砂糖なぞ軟弱である。あ、女の子はいいんだよ? コーヒー飲めないのとか言われると寂しいけどね。甘くしたコーヒーを美味しそうに飲む女の子は可愛い。だが、野郎は駄目だ。酷い差別だね。でも、仕方ないね。私だからね。

 まあ、そんな事を言いつつも入れてあげるんですけどね。ただ、砂糖の量も私が基準なので甘くなくても勘弁な。


「おっはよー。なんか凄い音がして起きたんだけど、何があったの?」


 私がコーヒーを入れていると、リビングへと誰かが入ってきて、そう言った。

 目をやれば、希帆を先頭に、楓ちゃん、館林母、宝蔵院ほうぞういんが立っていた。宝蔵院は未だに目が覚めてないのか、うつらうつらしているし、目が開いてないよ。

 楓ちゃんも、館林母も、おはようと挨拶をしてくるが、宝蔵院は無言で会釈するだけだ。未だ目は開いてない。どんだけ朝弱いんだ。


「で、凄い音の正体ってなに?」

「鍋島君が、階段から寝ながら落ちた音だったみたい」


 希帆に改めて聞かれたので、素直に答える。

 答えを聞いて、希帆はポカーンとし、楓ちゃんは驚いた顔、館林母は苦笑い、宝蔵院はゆらゆらとしている。未だ目は開かず。


「え、鍋島君大丈夫だったんですか?」


 楓ちゃんが、さすがに心配したのか、鍋島君に怪我がないか聞いてきた。

 私としては、怪我がない事に驚いたのだけどね。あれで驚いたで済むって絶対におかしいと思うんだ。


「大丈夫みたいだよ。怪我がないか聞いたけど、びっくりしたの一言で片付けてたし」


 私がそう答えると、そうですか、と安心した様子の楓ちゃん。

 うむ、優しいね。可愛いね。ほっとする楓ちゃん可愛いね。こんなに可愛い楓ちゃんを心配させた鍋島君にはお仕置きが必要だろうか。あ、でも心配する可愛い楓ちゃんが見れたという意味ではご褒美なのか?

 ……うーむ。よし、ここは相殺で不問と致そう!


「すみません。お聞きしたい事があるのですが」


 私が碌でも無い事を考えていると、宝蔵院から話しかけられた。目は少しだけ開いて、極細の細目になっている。

 嫌そうにしているように見えるんだけど眠いだけなんだよね。なんか、話しかけるのも憚られるのだけど、致し方なくみたいな感じに見えるのが、凄く癪。

 まあいい。なんだろうか。


「なに?」

「僕の眼鏡どこにあるか知りませんか?」


 私が返せば、意味の分からない事をのたまう宝蔵院。

 ……えーと、どこから突っ込めばいいのだろうか。なんで私に聞くのかとか、せめて同室の人に聞けよとか、まあ、それ以前の問題として、お前の顔にあるシルバーフレームのソレが眼鏡じゃなかったらなんなんだっていうね!


「……既にかけてるけど?」

「え? あ、あれ? どうも」


 私の返しに反応し、目元まで手を持っていき触る宝蔵院。そして、眼鏡に触れてカチャリという音がして、なんで? という顔をした後にお礼を言われた。


「ご飯にするから顔洗って、目を覚ましてくるといいよ」


 私がそう言うと、全員がいっせいに洗面所へと向かった。宝蔵院は希帆に、いっくよー! と背中を押されて、どちらかと言うと連行されるといったていだがね。

 しかし、寝ぼけていたのだろうけど、面白かったな。寝起きが不機嫌だったり、子どもっぽくなったり、低血圧で朝が弱い人って皆がそうなのだろうか。私はどちらかというと、早起きは得意な方なので分からないや。


 さて、朝食の準備の続きをしますかね。

 ま、準備と言っても温めなおしてパンを焼くくらいなのだけどもね。


 パンを焼いて、その合間に焼いた魚を温めなおしている。ほのかに香るイングリッシュマフィンの焼ける香りが、お腹を刺激するが、我慢我慢。

 あ、冷蔵庫で冷やしてたディルのキャロットサラダも、ちゃんと冷えてるか確認しないとね。

 そう思い、冷蔵庫からサラダを取り出すが、大体で1時間ほど入れていたからちゃんと冷えていた。よすよす。


「んー! パンが焼ける良い香りがするねー!」


 希帆の声がしたので、そちらを見れば、皆戻ってきたらしい。宝蔵院の目もしっかりといつも通りの大きさに戻っている。顔を洗って、目が覚めたのだろう。


「もう、出来上がるからね。少し待ってね」

「はーい!」

「何かお手伝いする事はありますか?」

「あ! 私も手伝うよ!」


 私がそう言えば、元気よく返事する希帆と、手伝いを申し出る楓ちゃん。そして、その言葉に慌てて自分もと言う希帆。

 うーん、2人とも可愛いねえ。しかし、手伝いか。どうしようかな。

 あ、キャロットサラダは運んでもらって、あとは飲み物でも入れてもらおうかな。


「じゃあ、そこにあるキャロットサラダを運んで、各自の飲み物を入れてくれる?」

「……どっちがどれやる?」

「じゃあ、私が飲み物入れますね」

「じゃあ、私が運ぶね!」


 仕事を頼むと、早速分担を相談し、仕事に入る2人。おかげさまで、もう数分もしないで朝食にできそうだ。


 てな訳で、朝食です。

 メニューはフィッシュバーガーと、ディルのキャロットサラダ。シンプルだけど朝は本来こんなもんでいいと思うんだ。

 まあ、男子達にはフィッシュバーガー2つ用意してるしね。足りる足りる。


「そういえば、今日の予定はどうすんだ?」


 朝食の最中に、館林が私に聞いてきたが、それは私に確認する事なのだろうか。皆で決めるべきじゃね?


「ほえ? 海に行くんじゃないの?」


 希帆がきょとんとした顔で言うが、旅行最終日で海はちょっとないよ。夕方になる前には出ないといけないから、海に入るとかなり面倒だよ。


「最終日で海に入ると、ちょっと面倒だよ?」

「そうなの? へえ、じゃあ行く場所は任せるよ!」


 私がそう言えば、納得したのかは分からないが、そう言って早々に考える事を放棄する希帆。……少しは一緒に考えてほしいのだが、まあ致し方なしか。


「と言うより、片桐さんはどこに行くか考えてないんですか?」

「あ、そうっすよ。片桐さんなら既に考えてあるんじゃないっすか?」


 ……宝蔵院と鍋島君は、最初から私任せですか、そうですか。

 まあ、考えてない事もないのだけど、私が考えてたのってお昼を食べる場所だけなんだよなあ。

 この貸し別荘は10時までにチェックアウトなんだけど、お昼にと考えていた場所は、高速に乗って30分ほどなので、真っ直ぐに向かうと時間が早過ぎるんだよね。

 だから、もう1箇所ほど周る場所がほしいのだが……うーん。


「……お昼の場所は考えてあるんだけどね。午前中どこに行こうか」


 私がそう答えると、皆が困った顔をする。

 どんだけ私頼りなんだと言いたいが、高校生の旅行なんてこんなもんだろうか。


「お前なら、候補に入れたけど行くか保留なんて場所があるんじゃないか?」


 俺は事前に調べてたけど、候補だった場所は遠過ぎて駄目だ。とは館林である。

 なるほど、確かに行くか迷ったり、これ皆が楽しめるのかと保留した場所は何箇所かあるね。……今の場所と次行く場所的に、その中で絞れるとしたら、1箇所だけになるのかな?


「距離とかを考えると1箇所だけあるね」

「ほう、どこだ?」

「えっとね、春日山城跡」


 ……。はい、無言。希帆と鍋島君は見るからにどこそれって顔してるよ。楓ちゃんと宝蔵院は、イマイチ読めないけど、その無表情は嫌だなあ。あと、館林は苦笑いやめようか。


「えーっと、かすがやまじょうあと?」


 ってなんだっけと言う希帆。春日山城跡がひらがなに見える喋り方だったのだけど、気のせいだろうか。

 まあ、春日山城と言っても案外分からない人が多いよなあ。上杉謙信の居城と言えば、へえっとなる人が大抵だと思う。この辺は、新発田城の方が有名だったりするからなのだろうか。たまに、上杉って山形の人じゃないの? って凄い人がいるけど、それは養子である景勝かげかつの時代だし、しかも江戸に入ってからだ。山形の人と言うには語弊がある気がしてならない。まあ、米沢藩上杉家は幕末まで続いてるのだし、山形の人って言うのもありかもしれないけどね。ただ、あくまでも養子の景勝からであり、いやむしろその子の定勝さだかつからか? 少なくとも、謙信においては新潟は越後の人であるのは間違いない。

 いや、うん。どうでもいいね。ごめんね。


「上杉謙信とかで有名な上杉氏の居城だったお城の跡だよ」

「へえ! そう言えば、上杉謙信は知ってるけど、お城の名前とかは全然知らないや!」

「あ、知ってるっす! 軍神っすね!」


 希帆の言う通り、武将名とか知っていても、城の名前までは知らないのが普通かね。まあ、城跡は別にマニアじゃなくても見て歩いてみるのは楽しいからお勧めですよ。

 あと、鍋島君はその覚え方はどうなんだろうか。いや、いいのかもしれないけど、上杉謙信がイコールで軍神になって完結してる気がしてならない。

 軍神やら、毘沙門天の化身やら、越後の龍やら、飲兵衛やら、義(笑)の武将やら、戦争馬鹿やら、色々と言われてる人だけど、海路を上手く使ってかなり稼いでいたらしいし、内政面でも優れた人だったみたいなんだよね。某ゲームは上杉謙信の内政ステが低すぎないかと常日頃思っていたのだが、凄くどうでもいい。


「片桐は歴史とか好きだったのか」


 館林がそう呟く。確かに歴史は好きだ。気付いたら好きになってたので、きっかけはどれと言えないが、好きだな。

 主に、歴史上の人物の逸話と城が好き。今川氏真いまがわ うじざねは愚将のイメージが強いけれど、実は鹿島新当流を学んでいたり、和歌などの文化的な面で見れば、かなり優れた人物であったり、嫁の早川殿とは離縁する事なく、ずっと連れ添っていたりと、それぞれ人によって調べると色々な話が出てくるのがいい。

 例に氏真をあげたが、あの人は武将、大名としては駄目な人というか向いてなかったのであって、文化人としては凄い才能を持っていたんだと思うんだよね。それなのに、蹴鞠に興じて何もできない愚図みたいなイメージがついてるのは納得いかないと言いますか、そんな愚図に離縁しようと思えばできたはずの早川殿がずっと付き添ったりしないと思うのですよ。まあ、全部私の勝手なイメージなのですけどね。って、そんな事はどうでもいいんだよね。


「なるほど、片桐さんは歴女れきじょと」


 ……歴女ですか。いや、なんかああいった歴史感すら何もないゲームから入った人達とは一緒にされたくないと言うか、そもそも私腐ってないですとか、いや、全部偏見だって分かってるんだけど納得がいかない!

 ……そうか、私は歴女だったのか。なんでこんなに微妙な気分になるんだろう……。


「その春日山城跡には何があるんですか?」

「えっと……春日山神社と、ハイキング?」


 ……楓ちゃんに聞かれたから素直に答えたけど、これ観光地としての魅力あるのかね。なんか歴史マニア的な人しか喜びそうにないと言いますか、ね。


「城跡をハイキングって面白いかもしれませんね。春日山城跡って一番上に天守ありましたっけ?」

「ん? 無いよ。でも、本丸跡からは直江津の街を一望できるんだって、絶景らしいよ」


 宝蔵院の質問に答えるが、私が一番登ってみたい理由がこれだ。そりゃ、歴史好き城好きなのも理由ではあるが、何よりも春日山城跡の本丸から見える絶景である。気になるじゃないか。しかも、上杉謙信も見ていたかもしれない景色ですよ? 今と昔とじゃ建物が違ったり、景色は大分変わるだろうけど、やっぱりロマンは感じるよね。


「じゃあ、そこ行くか」

「そうですね、そうしますか」

「うん、私はそこでいいよ!」

「私も賛成です」

「俺も問題ないっす!」


 私が一通りの説明を終えると、皆がそう言い出した。館林母はこの話の最中も終始ニコニコしているだけである。

 しかし、あれだ。無理に行きたいとは言ってないんだよ? もっと簡単に楽しめる所だって探せばあるのだろうし、別の所でいいんだよ?


「まあ、あれだ。この3日間片桐の世話になりっぱなしだからな。最後くらいは片桐の趣味に付き合おうや」


 私が、無理に行きたいとは言ってないと言うと、そんな答えが返ってきた。

 他の皆も声を揃えて、そういう事だよ! と言っている。いや、ね。てっきり城跡なんて地味だし、山城だから登るの疲れるし、詰まらないだろうから行きたくないってブーイング貰うと思って候補から外したんだ。個人的には新潟行ったら外せないくらいに上杉謙信は重要だと思ってたのだけど、そんなの歴史好きから見たらって限定なのは自覚してたしね。

 だから、世話になったからって言いながら満場一致で、しかもにこやかにお前の行きたい所に行こうなんて言われるとは露ほども思ってなかった。

 なんて言うか、この人達は凄く良い人達だよなあと、しみじみ思う。

 別に、前世では友達に恵まれなかったとか、そんな事は一切無いのだけど、正直に言って現状恵まれ過ぎてませんかね、私。

 これで、恋愛ゲームの世界っていう前情報さえ無ければ妙な事が頭をよぎらずに済むのだけどね。でも、まあうん。こんな良い友達に恵まれて、私は幸せ者なんだと思う。


「なーに、笑ってるの?」


 そんな事を考えていたら、希帆に隣から突っ込まれた。どうやら、知らず知らずのうちに笑っていたらしい。

 ま、そんな突っ込みを入れてる希帆も笑顔なんですけどね。この子の場合、大抵は常に笑顔とも言えますが。


「ん? 別になんでもないよ。ただ、皆と友達になれてよかったなーって」


 そう言って希帆に笑い返すと、ちょっと驚いた顔をして、その後抱き付いてきた。

 曰く、またそんな恥ずかしい台詞を言っちゃってもう! 愛い奴め! らしい。

 ちっちゃくて可愛い希帆に、愛い奴と言われながら、頭を撫で回されるのは、なんか納得がいかないのだけど、突っ込まないでおこう。

 因みに、希帆が離れたら楓ちゃんにも頭を撫でられた。なぜ、と尋ねると、希帆がやってるのを見て自分もしたくなったからと答えられた。あと、髪の毛が柔らかくて、撫で心地が良いらしい。知らんがな。

 あと、鍋島君がそわそわしてたのだけど、もしかして自分も撫でてみたいとか思ってたのだろうか。いくら友達とは言え、私が野郎に頭を触らせるわけが無かろう!




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 その後、あと片付けと掃除をし、貸し別荘のチェックアウトを済ませ、現在春日山城跡に向かっている最中でございます。

 朝食後の私はと言うと、あと片付けや掃除をしようとしたら、希帆達全員に止められ、さすがに洗い物やらを増やすわけにもいかないのでコーヒーを飲む事すらできず、ちょいちょい何をしたらいいかの指示をするだけと言う、とても暇な時間を与えられてしまった。

 この3日間ずっと世話になりっぱなしだったので、最後くらいのんびりしてくれとは、全員の言であったが、むしろ暇な方が嫌だというね。

 だからと言って、皆の心遣いを無碍にはできず、大人しく座ってるしかできなかったのだけども。

 ま、仕方ないので同じくゆっくりしている館林母と世間話的な何かをしてましたよ。

 特別なにか話をしたというわけでは無いけど、館林が学校でどんな感じか聞かれた。正直、一緒にいる時以外の事なんて分からないし、しかも、そこまで一緒にいるわけではないので、あまり答えようがないのだがな。

 とりあえず、ちょいちょい人の事をいじってきて困ると言っておいた。うん、事実だしね。デコピンされたり、パンよこせって言われたりさ。で、その事を言ったら館林母が、ほほーっと楽しそうな顔をしたので、笑ってないで止めてくれと言ったが、館林母は終始楽しそうに笑みを浮かべるだけだった。一応、うちの子がごめんねーとは言っていたが……。


 で、話は唐突に変わりまして、春日山城跡に着いたわけですが、それはもう見事に山である。春日山と言うくらいだから、山城なのだし山であっても不思議でないというか、山じゃないといけないわけだが、遠目から見たらただの山である。

 で、城跡の麓にある駐車場に停めて車を降りたのだが、パッと見た感じは本当にハイキングコースのある小さい山って感じ。


「おー、山だねえ」


 希帆も同じ事を思ったらしい。城跡を見てそんな事を呟いている。


「空さん、春日山神社が近いみたいですが、そこから行きますか?」

「そうだね。まずは参拝して、それから登ろうか」


 というわけで、春日山神社に参拝してから登ります。まあ、神社に行く階段下にある駐車場に停めたからね。その方がいいよね。

 春日山神社へと続く階段は長いが、相手は山城である。この程度は序の口だろう。

 この春日山神社。元々は、山形にある上杉神社から、上杉謙信の霊を分霊して祀られて、創建されたらしい。

 こっちが本場じゃないんだなーと思いつつ、上杉神社の方が立派だもんなーなんて思ったり。


 で、階段を登りきって参拝するわけだけど、皆がやり方を知らなくて、少し笑った。

 だって、館林母以外が私がやってる動作をチラチラと横目で確認しながらやってるんだもの。まあ、正しい参拝の仕方なんて分からなくても仕方ないけどさ、そんなにチラチラ見ながら正しくやろうとしなくても良いと思うんだ。

 参拝の仕方は、二礼二拍手一礼ですよ。あと、鳥居をくぐる前に身嗜みを整えて、一礼してからくぐりましょうね。その後、手水舎ちょうずやでお清めして、さっき言った手順で参拝。その後、出て行く時に鳥居の外で一礼が、正しい参拝の仕方であります。


 でだ、参拝が終わったら本格的にハイキングのスタートです。

 神社の右脇の道から行きますが、今日も雲が殆どない素晴らしい天気だしね。暑いのでしんどそうだ。

 順序としては、千貫門、虎口、直江屋敷と続いていくわけだが、この時点でけっこう疲れる。鍋島君なぞ、サンダル以外持ってこなかったせいか、サンダルで登っていたのだが、足がいてえと笑っていた。

 直江屋敷は三段の郭が、千貫門とお花畑と言われる場所の間に作られているのだが、直江は上杉に関係して、あまりに有名ですよね。直江兼続なおえ かねつぐと言っても分からない人も、愛の兜の人と言えば大抵は分かってしまうという、妙な有名っぷりです。

 で、この直江屋敷。この上には、さっき言ったお花畑と、毘沙門堂や諏訪堂などが間に挟まるだけで、すぐに本丸へと繋がる。本丸、つまり大名の住む所だ。これから見るに、いかに直江という一族が上杉家にとって重用されていたのかが、うかがえるかと思う。

 本丸へと登る道中には、希帆から色々な質問をされ、答えられなかった部分はあれど、それに答えながら進んだ。先ほどの、直江屋敷に対する見解もその1つだ。

 あと、毘沙門堂は、お参りしないのかと聞かれたが、登る前に化身でもあった謙信を祀った場所でお参りしているわけだし、別にいいのではと言ったら、皆納得したようだった。


「さてー、着いたね!」


 うむ、やっと着きました。本丸ですな。


「登ってる最中も、少し景色が見えたりしてましたが、一番上からだとどうなんでしょうね」


 楓ちゃんがそう言って、さっそく展望できるほうへと近づいていく。


「しかし、意外と疲れたね!」

「だね。昔の人はこれを甲冑着て攻めてたんでだから、有り得ないよね」

「確かに! 化け物だね!」


 希帆とそんな他愛のない会話をしながら、楓ちゃんの事を追いかけて歩く。

 実際、このレベルの山城じゃないとしても、昔の人達は何十キロもある甲冑を着て、城攻めで走って登ったりしてたわけだろう。

 正直に言って、同じ人間とはちょっと思えないレベルで凄い。


 ん、そんな事を考えていたら楓ちゃんに追い付いた。さてさて、景色はどうだろうか。


「空さん。街の景色、凄いですよ」


 楓ちゃんの隣に立つと、景色から目をそらさずにそう言われた。

 景色を見れば、確かに凄い。この山自体は標高が190弱だったかな? そんなに高くはないのだけど、周りに高い建物がそんなにない事もあり、直江津の街全体が一望でき、更には海まで見る事ができた。

 ここまで結構な急勾配で、疲れはしたのだが、それが拭き飛ぶと言うか、どうでもよくなるほどの景色が目の前に広がっている。


「これは、凄いねえ」


 思わずそう呟くほどに、見事な景色だ。希帆も隣で、おーっと小さな声で言っている。


「空さん。素敵な所を教えてくれて、ありがとうございます」


 暫く眺めていたら、楓ちゃんに素敵な笑顔でそう言われた。

 私としては、そう言って喜んでもらえたのが一番嬉しいね。


「おーい、3人娘ー!」


 楓ちゃんと一緒に笑いあっていたら、男子達に呼ばれた。

 呼ばれたのは別にいいのだけど、その括り方はどうなんだと言いたい。別に希帆と楓ちゃんと一緒にされて嬉しいか嬉しくないかと言われたら、そら嬉しいけどもね。でも、どうなんだと言いたい。


「なにか用かね。男子諸君!」


 希帆が代表して答えるが、いつもと少し違うのは3人娘と纏められた事への対抗だろうか。


「写真撮らね?」


 館林が片手に持ったデジカメをプラプラ見せて、そう言う。そう言えば、この旅行中全然写真撮ってないような気がする!

 確か、私もデジカメ持って来てるよね。なのに、なんで撮らなかったし! 可愛い希帆とか楓ちゃんとか希帆とか楓ちゃんとか、なんで撮らなかったし!


「いいね! どこで撮ろっか!」

「どうせなら、景色の見える所がいいよな」

「だねだね。あ、空! 楓! 何してんの。行くよー!」


 あ、はい。今行きます。

 男子と一緒に写真とか、学校の集合写真以外でまともに記憶にないのだけど、旅行って凄いなあ。


 そんなわけで、皆で集合写真的なものを撮り、景色を楽しんで下山しました。

 写真の振り分けは、他の観光客に撮ってもらった、7人全員と、館林母を抜いた6人組。そして、男子と女子に別れた3人組って感じです。あ、あと館林母を入れての4人組ね。希帆は、しきりに私に対して男子の誰かとツーショットとか言ってたけど、なんでそんな事をせねばならぬのかと。

 下り道は、さっき通った道ではなく、2の丸、3の丸へと続く道を使ったのだが、こちらも凄かった。てか、こちらの方が城って雰囲気が多く残っていて、個人的には楽しかったよ。

 春日山城跡には1時間少しの滞在だったけど、お金もかかってないし、良い景色も見れたしで、なかなか良かったのではないかなと思う。


「さー! 適度に運動したし、次はお昼だね!」

「そっすね! お昼楽しみっす!」

「案外、ハードで腹減ったからな」


 皆とは言わないが、主に3人ほどには、観光というよりも適度な運動という感じだったらしい。

 まあ、言う通り、けっこうハードだったからねえ。その認識も仕方ないのだろう。


「で、空ちゃん。どこへと行けばいいのかしら?」


 あ、そうだったそうだった。まだ、教えてなかったね。


「えっと、高速に乗って能生のうICで降りてください。で、そこから5分くらいの所にある、道の駅が目的地です」

「能生ね! 了解!」


 私がそう伝えると、館林母は笑顔で了承し、車へと向かっていくので、急いで後を追いかける。

 しかし、楽しみだー。糸魚川いといがわ市は能生。実は、新潟に来るのでこの場所が一番の楽しみにしていたスポットだったりする。


「ねえ、空。その能生って場所には何があるの?」


 私が1人で楽しみにしていると、希帆にそう聞かれた。

 うーむ、着いてからのお楽しみと言いたい所だが、教えてあげようかね。


「蟹だよ」

「……蟹?」


 うん、蟹。蟹がたくさん食べられる場所があるのさ。


「蟹なら、わざわざ高速乗ってまで食べに行く必要ないんじゃね?」


 そこら辺でも食べられるだろ。とは館林。

 甘い、甘いよ。能生には、能生にしかない超魅力的な場所があるのだから!


「能生の道の駅にはね、かにや横丁って言って、漁師さんが直接店を出してる場所があるの。で、何件もあるから客の取り合いをして安いんだよ」

「ほう、そいつは楽しみだ」


 私が説明すると、そう言って笑う館林。他の皆も、ごくりと生唾を飲むような雰囲気になった。

 蟹美味しいもんね。その蟹が安い値段でたらふく食べられるのだ。これを楽しみと言わずになんと言えばいいのか!


「……まだ着かない?」

「……希帆。まだ高速にすら乗ってないからね? 少し落ち着こうね?」


 30分ちょっとで着くのだから落ち着いてほしい。あと、鍋島君は小声で腹減ったを連呼するの止めなさい。うざったいから!




 ----------




 さて、着きました! 海の夢能生にございます!

 道中は安定のカット。描写? 皆で蟹蟹言ってただけだよ!


「ここが蟹の楽園ですか?」


 宝蔵院がそんな事を言ってくるが、何か違う気がしてならない。私は蟹の楽園とまで言った覚えはないぞ?


「そこまで言った覚えはないけど、そうだね」

「じゃあ、早速蟹を食べに行こう!」

「「「おー!」」」


 私が宝蔵院に返すと、希帆がはりきりだし、それに楓ちゃん、鍋島君、宝蔵院が呼応する形となった。

 うーん、私の中で宝蔵院のキャラクターがよく分からなくなってきたなあ。寝起きが子どもっぽかったり、変に乗りがよかったり、どSだったり。なれてきて、取り繕う感じが少なくなったって事なのかねえ。


「おい、行かねーのか?」

「うん? ああ、いま行くよ」


 館林にそう言われて、皆の後を追いかける。

 館林はそうだな。最初はただの不良かと思ったけど、案外まともだったな。てか、この男子グループの中じゃ一番大人じゃなかろうか。あと、コイツと居ると疲れないって事をこの旅行中に知った。無駄な会話や気遣いが必要ないからかねえ。


「なにやってんすか! 片桐さん遅いっすよ!」


 鍋島君に急かされるが、別に蟹は逃げないよ。そんな急ぐ必要ないってのに。

 鍋島君は、グループの中じゃ一番歳相応って感じだね。乗りがよく、明るくて、馬鹿をやるのも楽しいって感じがする。でも、やる時はやるんだよねえ。顔は普通より少し良いって程度だけど、案外もてそうなんだよね。こう、鍋島君ってちょっといいよねとか言われてそう。


 って、何を私は男子どもの批評しているんだろうか。こんなのどうでもいいじゃんね!

 そんな事よりも蟹だ、蟹!


「空ー、どこで買う?」


 私が皆に追い付くと、希帆から困りきった顔をしてそう言われた。

 まあ、何件もあるからね。どこで買えばいいか分からないよね。私も分からないし!


「とりあえず、こういうのは安い所でいいんじゃねーか?」


 館林がそう言うが、そうなのかなあ?

 見ると値段には案外差がある。だが、声かけのおばちゃん達が、美味しいよ! サービスするよ! などとどこも言っていて、迷ってしまうのだ。

 かにや横丁はその名の通り、ずらりと蟹の専門店が並んでいる場所だ。そして、漁師の奥さんなのか分からないが、おばさん達が、声かけをして客を取り合っている。

 正直、店のすぐ前まで行って、覗いたら捕まってしまいそうなので、買うのが決まるまで近づく事すら躊躇われる状態だ。

 さて、どうしたもんか。一番安いのは味に不安がある。いや、美味しいのだろうけどね。でも、高いのとなると逆にこれでもか! ってくらい予算的に食べられなさそう。うーん……こういう時は、やはり2番目に安い店! とかが無難だろうか。


「よし、2番目か3番目あたりに安い所で買おう!」

「まあ、それが無難か」

「てか、よくよく考えたら1回じゃなく何回かに分けて色々なお店で買えばいいんだよね」


 私が今更に気付いた事を言えば、全員がたしかにと言って笑う。

 どこで買うか迷ってたのが馬鹿らしい結末だわね。


 じゃ、買いに行きますかね。


「すみません、2杯ください」

「はい、いらっしゃい! 2杯ね!」


 私達が向かった店は、1杯千円の店だ。安いと思うかもしれないが、決して一番安い店ってわけではない。


「あら、凄い可愛い子ねえ。観光?」

「あ、はい。東京のほうから来ました」


 私の方を見て、おばさんにそう聞かれたので、素直に答える。

 ふひひ、見ず知らずの人に可愛いと言われると少し照れるぜ。


「あらあら、東京から! じゃあ、わざわざ来てくれたんだからサービスしちゃうわね!」


 そう言って、明らかに2杯分よりも多い脚を折りながら入れてくれるおばさん。


「ありがとうございます、お姉さん!」

「あらあら、こんなおばさん捕まえてお姉さんなんて! 蟹味噌は好き?」


 勿論である! すぐさま頷いたら、これも2杯分よりも明らかに多いというか何杯分ですかって量が積まれていく。

 よいか皆の者。こういう時は必ず相手の事は、お姉さんと呼ぶのだ。見た目が50いっていてもお姉さんである。

 お婆さんレベルまでいった人に、お姉さんと言うのはアレだが、おばさんレベルならお姉さんと呼ぶのがよい。

 いくら自分がおばさんだと自覚していても、お姉さんと呼ばれたら嬉しい。そういうものである。ただし、極々自然に呼ぶ必要がある。見え透いていれば、その時点で相手は不快に思うだろう。これに、ただしイケメンに限るなんて言葉はない。いかに自然に、ナチュラルに呼べるか、という事だけである。


「はい! 2千円ね! 皆、脚ばっかり欲しがるから、蟹味噌いっぱい入れといたわよ!」


 そう言って渡されたのは、山盛りになったばんじゅうである。明らかに2杯分じゃあない。

 脚に関しては2杯半って感じで、蟹味噌に至っては5杯くらいであろうか。うん、おかしい。ありがたくもらうけどね。


「ありがとうございます」

「毎度どうも。あっちに食べる小屋があるから、そこで食べるといいよ」


 お礼を言いながら、お金を払うとそう言って小屋の位置を教えてくれた。

 一応、知ってはいたのだけど、嬉しい心遣いだ。


「さあ、食べよう! すぐ食べよう!」


 小屋に着くと、希帆がそう言って席にダッシュで座る。

 蟹は逃げないから落ち着け。あ、因みに蟹のばんじゅうは館林が持ってくれた。

 お金払う時に何も言わず持ってくれたのだが、おばさんに彼氏? と聞かれたのが納得いかない。

 否定しておいたが、どうやったら私と館林が付き合ってるように見えるのか。まったく!


「じゃ、食べようか」


 皆が席に座ったのを確認してそう言う。

 皆も異論は無かったのか、いっせいにばんじゅうへと手が伸びた。


 …………。

 ……。

 ……うん。蟹を食べてる時って無言になるよね。

 ただ、黙々と無言で蟹を食べ続けるよね。

 ばんじゅうの中の蟹は、既に半分もない。しかし、美味しいといった言葉もなく、皆終始無言で食べ続ける。

 この旅行中、こんなにも無言で食事をしたのは始めてだ。それくらい会話がない。

 まあ、私も喋るくらいなら食べます的な気分なのだけどね。

 にしても、美味しい。さすがに朝獲ってきた蟹を直送してるだけはあるよ。美味しい。

 蟹味噌は皆、特別好きではないから独り占めーとか思ってたけど、館林母と館林も好きらしく、分け合う事となった。ちくせう。


「ふー、食べたね!」

「美味しかったです」

「まだまだいけるな」

「まだ余裕っすね」

「まだ食べたいですね」


 さて、今の量を余裕で食べきったわけですが、皆まだまだ余裕そうです。そういう私も余裕です。体重計の事は今は気にしたら負けです。

 それにしても美味しかった。身は詰まっててプリプリ。蟹味噌もいっぱい。もう言う事なしだね。

 もう、皆無言で突いて、食べてを繰り返してたからね。

 うん、まだ食べたいな。


「じゃ、おかわり買いに行こうか」

「賛成!」


 そう言って希帆が立ち上がると、それに合わせて全員がいっせいに立ち上がる。なんて言うか、仲良くなれたなあと言うか、なんだかなあ。

 こういう時ばっかり統率がとれるってどうなんだろうね。


 結局、この後3回ほど同じ金額を買って、蟹を堪能した。これだけ買って食べて、1人千円ちょいである。本当に安いわ。


 その後は、同じ敷地内にある、鮮魚センターで買い物をして、お土産コーナーでも買い物をした。

 鮮魚センターは3店舗が軒を連ねる場所で、能生港から直売でしている鮮魚がメインらしい。値段も、観光地のわりにはお手頃で、安め。しかも、鮮度に関しては抜群である事が保証されてる。迷いに迷ったが、鮮魚や干物を買って、氷を貰い、クーラーボックスへ。家族用のお土産はこれでOKだろう。皆も買ってたので、結構な量になったけど、クーラーボックス最高である。

 お土産コーナーでは、真田さなだ君と今川いまがわ君のお土産を中心に買い物をした。

 これも色々あって迷ったが、人気1位らしい、えび煎餅を2人には買う事にした。あと、自分用に能生産のイカで作った塩辛や、主に母へのお土産として、新潟ル・レクチェのバウムクーヘンを買った。


「よし、買い物も終わったし、帰ろうか」

「もうそんな時間?」


 私がそう言うと、希帆がそんな事を言う。なんだかんだ15時近いからね。家に着く頃には20時近くになるんじゃないかな。

 そう説明したら納得したのか、なるほどーと言って終わった。


「また来たいですね」

「だね。楽しかったね」

「私も! 私も!」


 楓ちゃんとそんな事を言ってたら、希帆が手をあげて自分もと言いだした。

 自分もまた来たいと言う事だろうか?


「当然、希帆も一緒に決まってるじゃない」

「そうですよ。希帆ちゃんも一緒です」

「うえっへっへー。大好き!」


 希帆に大好きと言われました。嬉しいです。そして、その笑い方久しぶりに聞いた気がする。


「皆ー、帰るわよー」


 3人ではしゃいでいたら、どうやら遅れたらしい。館林母に車の方から呼ばれてしまった。

 希帆と楓ちゃんは走って向かうけど、私はサンダルなので走れない。まあ、焦る事はないさ。

 帰る前にもう一度と思い、横を向くと、浜風が吹き髪の毛を乱す。それを抑えながら眺めれば、綺麗な日本海の海が広がっている。また、来たいね。凄く良い所だった。


「おーい! 空ー!」


 希帆に呼ばれたので、そちらを向けば、手を振りながらカメラを構えていた。

 いつもだったら、苦笑いかなにかして終わりなのだろうけど、旅のテンションか、終わる寂しさを紛らわすためか、にしーって笑いながらピースしてやった。希帆が驚いた顔をしていたのが印象的だった。




 ----------




「そういえば楓ちゃん」

「はい、なんでしょう」


 帰り道、車の中。

 館林母が突然、楓ちゃんに話しかけた。私の後ろに座っている楓ちゃんがそれに反応する。

 因みに席順は、助手席に宝蔵院、2列目に私、両サイドに希帆と館林、後ろに楓ちゃんと、鍋島君である。

 なんでこうなったのか分からないけど、こうなっていた。


「楓ちゃんって、旅行中ずっと誰に対しても丁寧語だったけど、どうして?」


 館林母の質問はごくごく普通のものだった。

 まあ、私はお嬢様っぽくて可愛い! で思考停止してたものなんですけどね。


「……笑いませんか?」

「なにそれ、勿論笑わないわよ」


 楓ちゃんが少し躊躇うように、そして恥ずかしそうにそう言うが、なにそれ。笑うような内容なのか? って隣を見れば、希帆が少しニヤニヤしてるし。なんだろうか。


「えっとですね。私、小さい頃にお姫さまに憧れてたんです」


 ほうほう、就学前の子とかだったらよくあるお話だよね。男の子はヒーロー、女の子はお姫さまとかさ。


「で、私は大きくなったらお姫さまになるって、両親にずっと言ってたらしく、それなら言葉遣いとか丁寧にしないとねって毎日言われてたみたいで。で、丁寧な言葉遣いイコールで丁寧語って思ったのでしょうね、それから丁寧語で喋るようになったらしいです。で、大きくなっても言葉遣いの癖が抜けなくて……」


 なるほどねえ。私的にはすっごい可愛い理由なのだけど、本人は恥ずかしいのだろうな。顔真っ赤だし。


「今でも、お姫さまになりたいの?」

「さすがにそれは無いです!」


 館林母がそんな事を言うが、すぐさま楓ちゃんが否定していた。

 いやまあ、未だにお姫さまになりたいとか言ってたらちょっと驚きだよね。あ、でも王子様願望とかあったりして。


「王子様願望とかは?」

「え? あ、いえ、小さい頃は半ば本気で王子様が迎えに来てくれると信じて……その……」


 私が質問してみれば、楓ちゃんが顔を真っ赤にして答えてくれる。なにこの可愛い子! なにこの可愛い子! 大事な事だから何度でも言うよ。この子すっごい可愛い!


「今でも王子様願望あるの?」

「いえ、さすがにそこまではないです。……けど、ちょっと残ったというか、ピンチの時に颯爽と駆け付けてくれるとか、憧れますよね」


 楓ちゃん。それは充分に王子様願望ありと言えると思うんだ。

 しかし、ピンチの時に颯爽と駆けつける、かー。昨日の館林達はそれと言えるかもしれないけど、あれは王子様ってより悪魔な感じだったしなあ。むしろ、身を挺して守ろうとした鍋島君のが王子様っぽい?

 ……あ、いかん。カボチャパンツの鍋島君を想像してしまった。あ、やばい笑いそう。我慢しろー落ち着けー。よし、平気。


「楓ちゃんには、素敵な王子様が現れるといいわねー」

「もう、やめてくださいよー」


 館林母がケラケラ笑いながら言うが、楓ちゃんは顔を真っ赤にして涙目である。

 正直、私的に今の楓ちゃんがすっごい可愛いので、館林母にはグッジョブとしか言いようがないのだがね。




 ----------




 そんな他愛のない話をしながら車に乗っていたわけだが、少し眠くなってきた。

 なんだかんだ1日遊んだりしてたのに早起きしてたからなあ。それの影響だろうか。


「空、眠い?」

「ん? んー、大丈夫だよ」


 希帆が私の状態に気付いたのか、眠いのか聞いてきた。でも、平気。

 友達と一緒なのに、自分だけ寝るとか寂しいし、なんか悪い気がするし。ああ、でも眠い。


「おい、あんま無理せんで寝とけ。この3日間頑張ってたんだしな」

「そうだよ! お疲れさま! 無理はしないで寝な!」

「そうですよ。空さんのおかげで3日間楽しかったですし、ゆっくりしてください」

「早起きしてご飯ありがとうございました! 眠いなら寝るべきっす!」

「皆もこう言ってる事ですし、寝たらどうです? 本当になんだかんだ疲れてるでしょうし」

「そうよー。空ちゃんのおかげで3日間楽させてもらったわー。家まで送るから安心して寝てちょうだいね」


 ……うーん。ふるぼっこならぬ、寝ろコールである。

 でも、皆の気遣いがとても嬉しい。お言葉に甘えてしまってもよろしいのだろうか。

 あー、いかん。瞼が落ちてきた。こりゃお言葉に甘えてしまったほうがよさそうだ。


「じゃあ、お言葉に甘えて……」

「うん、おやすみ」


 私がそう言うと、皆が希帆を筆頭に皆が口々におやすみと言ってくれた。嬉しいけど、けど、なんか変。




 ----------




「……きて」

「起きて」


 うん? 何か声がすると思ったら、希帆に揺らされて声をかけられていた。


「あ、起きた。おはよう、空」

「あ、はい。おはようございます」


 希帆におはようと言われ、なぜか咄嗟に丁寧語になってしまった。多分、寝起きを見られて恥ずかしかったからだろう。

 しかしあれだ。なんかこう、寄りかかってたような、凄く寝やすかった覚えがあるのだが、なんでだろうか。


「空の家に着いたよ」


 え? あ、おお。

 希帆に言われて外を見れば、白とクリーム色を基調にした、見慣れた家が建っていた。どうやら家の前まで送ってくれたらしい。


「お前さ。寝息の1つもないって、どんな身体の構造してるんだ?」


 館林が私を見ながらそんな事を言うが、そうなの? としか返せない。

 そうか、私は寝息すら立てないで寝るのか。知らなかった。

 まあいい。館林母にお礼を言って、車を降りましょう。


「送ってくれてありがとうございました。あと、3日間運転ありがとうございました」

「いいのよー。私も楽しかったし、色々楽させてもらったからね。こちらこそありがとうね」


 私がお礼を言うと、そう返してくれた。本当に気さくでいい人だ。


「空、次はお祭り行こうね!」


 私が車を降り、荷物を降ろし、クーラーボックスから自分の分を取り出すと、希帆からそう言われた。

 祭りってあんまり参加した事がないので、何日にどこで何があるとか全然知らないのだけど、大丈夫かな。


「いいけど、どこでやるの?」

「8月の終わりに竜泉りゅうせん神社でお祭りがあるんだよ! それに皆で行こう!」


 竜泉神社とは、学校の最寄り駅から歩いて30分弱の所にある神社だ。あそこで祭りなんかやってたのか。

 ここに住んで10年以上になるけど、知らない事があるもんだねえ。


「分かった。いつどこに集まるとかはメールしてね」

「了解!」

「じゃ、改めて、3日間楽しかったです。ありがとうございました!」


 私がそう言ってお辞儀をすると、皆からも、こちらこそなどの返事が貰えた。


「じゃーねー!」


 発進する車の窓から、希帆が手を振っているので、こちらも手を振り返す。

 見えなくなるまで手を振り、3日ぶりの我が家へと足を向けた。




 ----------




「ただいまー!」


 私が玄関を開けて声をかけると、リビングの方から足音が響いてこちらへと向かってきた。十中八九、弟のりくだろう。


「おかえり! お土産!」


 玄関でサンダルを脱いでいると、陸がやってきて、そう言う。

 ……そこはさ。旅行から帰ってきた姉の無事を喜ぶとか、楽しかった? って聞くとかさ。なんかほら、あるでしょうに。開口一番にお土産って……。


「あとでね」

「あ、そういえば、楽しかった?」


 ……ついでっすか。私が旅行を楽しんだか否かはお土産のついでか!

 まあ、この子の性格は今に始まった事じゃないし、食い意地に関してはもう諦めるしかないからな。仕方ないか。


「楽しかったよ。凄く良い所だった」


 そう喋りながらリビングへと入る。

 ハンドバックとお土産の袋以外は玄関にとりあえず置きっぱなし。後で片付けようね。


「お母さん、ただいまー」

「あら、おかえり。楽しかった?」


 リビングへと入りながら、母に声をかける。

 うん、母はちゃんと開口一番に楽しかったか聞いてくれた。やっぱりこっちのが嬉しい。

 私もにこやかに、うんと答えられるしね。


「空も帰ってきたし、時間も丁度いいから夕飯にしちゃいましょうか。空も食べるでしょう?」

「うん、食べる。あ、これから夕飯ならお土産に魚買ってきたから、それ食べよう?」

「あら、いいわね。見せて見せて」


 私が買ってきたのは、海老に鯛にイカ。あとは干物である。


「うーん、じゃあ今日はお刺身にして食べましょうか」

「分かった。着替えたら手伝うね」

「ダメ」


 刺身にしようと言ったので、さばくのとか大変だし手伝うと言ったら、駄目と言われたでござる。


「なんで?」


 いや、本当になんでだろうか。


「旅行から帰ってきて疲れてるんだから、少しくらい甘えなさい!」


 あんたはいっつもそうやって甘えないし、ちゃんとして心配かけないし、まったくもうと今はまったく関係ない事までお小言をもらう私。

 いや、あの良い事なんじゃないんですかね、それ。

 そう言ったら、少しくらいは心配したいの! まったく、親の心子知らずとはこの事ね! と言われてしまった。

 そういうもんなのだろうか。まあ、今日はとりあえず大人しく甘えておこう。


「姉ちゃん姉ちゃん」


 とりあえず、いつまでも外の格好じゃあれなので、部屋着に着替えに行こうとしたら、弟に捕まった。


「母さん、旅行中寂しかったみたいだから甘えてあげなよ」


 父さんは仕事が忙しくてあまり帰れなかったし、俺もサッカーで家に全然いなかったから。とは陸の談である。

 なるほど、家に雪花せっかといるだけで寂しかったのかね。いつもだったら、私が夕方には帰ってるし、お手伝いしたり家事を代わりにやったりしてるもんね。そっかそっか。


「ん、分かった。あんたは寂しくなかった?」

「べ、別に寂しくなんかねーし!」


 私がそう言うと、焦ったようにわたわたする陸。ふひひ、愛い奴め。

 頭を撫でようとしたけど、階段の途中で立ってる位置が違うのに背は同じくらいってのがとても癪だった。

 昔は小さくて可愛かったのになあ。




 ----------




 夕飯を終え、ほっと一息。

 刺身にして食べた魚介は朝獲れたのを直送で売ってるだけあって、凄く美味しかった。幸せです。これで、また干物が残ってるのだから嬉しい限り。

 あ、そうだ。お食後にあれ食べよう、あれ。


「お母さん。お土産に買ってきたバウムクーヘンがあるんだけど、食べない?」

「いいわね。どんなやつなの?」


 私が提案してみれば、すぐさま乗る母。うんうん、乗ると思ったよ。

 バウムクーヘンって基本的に甘過ぎないから好き。それでもあんまり量は食べられないんだけどさ。

 今回買ってきたのは、新潟のル・レクチェという品種の洋梨のバウムクーヘンだ。なんでも、洋梨の貴婦人とか呼ばれてるそうな。

 本当なら、洋梨も買って食べてみたかったのだけど、冬の味覚だそうで、断念。


 母に紅茶を入れてもらい、私はバウムクーヘンを切り分ける。

 箱を開けた瞬間に洋梨の香りがほんのりとして、とても良い香りだった。

 また、食べてみても果実こそ入ってなかったが、口の中に洋梨の香りがしっかりと広がり、とても美味しかった。


 母と2人で美味しいねーと笑いながら食べたが、陸はパクパクと数口で食べてしまい、本当に味わってるのかと言いたくなったね。陸曰く、ちゃんと味わって食べたらしいけども。


 そんなこんなで自分の部屋。荷物整理です。

 着なかった服を片付けて、着た服は洗濯籠へまとめる。靴やサンダルは、砂などを落としちゃんとしまう。

 あとはデジカメのデータをPCに移すだけかな。しかし、なんでデジカメの存在を忘れていたかな。

 おかげで3日目しか撮れなかったしなー。まあ、春日山城跡での希帆達や、集合写真。それに、蟹を無言で食べ続ける皆の写真も撮れたので、満足ではあるのだけど。

 そう思いつつ、メモリースティックをPCに接続し、写真データを1枚1枚見ながら移していく。

 と、そこで最後の数枚が見覚えの無い事に気付いた。と言うより、自分が記憶してる限り最後に撮った写真の他にも数枚ある事に気付いたのだ。

 これは、あれかな。希帆達が勝手に撮ったかな?

 果してどんな写真を勝手に撮ったのだろうかと思いつつ、写真をプレビューして固まる。


 私が車の中で、寝たのは覚えているな?

 どうやら、私は館林の肩に(・・・・・)もたれかかって寝ていたらしい。

 写真には、館林の肩を枕にぐーすか寝てる私と、それを苦笑いしながら大人しくしている館林が写っている。しかも、角度を変えながら5枚ほど。


 …………のおおおぅ。

 次に、どんな顔をして館林に会えばいいというのだ……。

 知らなければ、知らなければなんともなかったのに……。希帆めえええ……。


 もう、皆の前で寝たりなんかしない。そう誓った旅行最終日だった。

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