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第23話

遅くなりました。

今回も相変らず長いです。時間のある時にゆっくりどうぞ。

 目が覚めて、携帯を見るとまだ7時になろうかと言う時間だった。

 希帆きほかえでちゃんはまだ眠っており、かすかに寝息が聞こえてくる。他の部屋で寝ている4人も、まだ寝ているらしく、別荘の中は無音と言っていい状態だった。外からは、早起きな蝉が鳴いており夏を思わせる。

 冷房をつけたまま寝たので、寝汗は無いと言っていい。少し寒かったが、希帆が無いと寝れない! と言っていたので、仕方なかった。

 しかし、なぜこんなに早くに起きてしまったのだろうか。普段からすれば遅いほうなのだが、こういう時くらいはもっと寝ていても良いんじゃないかと思う。これが、習慣と言うやつか。


 まあ、そんな事を言っていても仕方ないので、起きましょうかね。

 寝間着を脱ぎ、カップ付きキャミを着て上にドルマンカットソーを着る。寝る時はブラをしないので、起きたら一々しなきゃいけないのが面倒。でも、ブラをしてると眠れない人なので仕方ない。まあ、出掛ける前にまた着替えるので、カップ付きのキャミソールなんですけどね。キャミ楽です。朝くらい少し緩い格好でもいいと思うんだ。別にノーブラって訳じゃあ無いしさ。で、下はブーツカットデニム。なんだか、また希帆に露出が少ない! って怒られそうな格好だ。


 下に降り、まずは洗面所へと入る。

 鏡で髪の毛を整えてアップで結び、歯を磨く。

 これから料理をするので、髪の毛は纏めないといけない。ねじり上げた髪を上からヘアクリップで挟みこんだ、所謂ダッカールアレンジと言うもの。普段も家に居る時は大抵これだ。髪が邪魔にならないし、ポニテみたく引っ張られる感覚があるのもあまり好きじゃないので、これが楽なんだよね。

 で、夜の内に回しておいた洗濯機から、全員分の水着を取り出し、ベランダの物干し台に干しておく。


 さて、朝ご飯だ。テレビをつけて、ニュースにチャンネルを合わせる。対面式だとテレビも見ながら料理できるのがいいね。まあ、テレビあまり見ない人なのだけどもね。ニュースくらいしかまともに見ないかなあ。

 うん、私のテレビの見る番組どうのなんてどうでもいいね。ご飯を炊いて、まずはイナダでも下ろしましょうかね。

 まあ、イナダを下ろすと言っても、特別な事は何もしないのだけどさ。鱗を取って、腹を裂いて内臓を取り除き、3枚に下ろすだけ。まあ、7人前って事で4匹下ろすし、夜のバーベキュー用に更に4匹と考えると結構だるいのだけども。


 で、まずは照り焼き。下ろした半身を半分に切り、醤油、酒、みりん、砂糖を合わせたつけ汁に15分ほど漬け込む。

 漬け込むのが終わったら、油を敷いて強火で熱したフライパンに、イナダの汁気をよく拭き取ってから入れる。焼き色がついたら中火にし、裏返す。そして、イナダを少しずらして貰って、余ったスペースでネギを軽くしんなりするまで炒める。ネギは好みの大きさでいいんじゃないかな。人それぞれに好みがあるからね。ネギが軽くしんなりしてきたら、最初にイナダを漬け込んだ汁を入れて、絡めるようにして煮詰める。ネギは味が染みてしんなりしてきたら、取り出して避難。あとは、そのまま焦げ付かないように気をつけながら、汁にとろみが出れば完成だ。


「はよーす……。くそ美味そうな匂いがすんな」


 次はなめろうって所で、館林たてばやしが起きてきた。

 随分早いな。昨日の疲れもあるだろうし、皆まだまだ起きてこないと思ってたのだけど。


「おはよう、随分早いね」

「……鍋島なべしまに蹴られて起きた。仕返ししようと思っても、あいつぐーすか寝てやがるし」


 私が挨拶を返し、早起きな事を指摘すると、そんな答えが返ってきた。ははは、どんまい。しかし、鍋島君は寝相が悪いのか。もし、一緒に寝る事があったら注意しないといけないね。まあ、一生有り得ないんだけども。

 そんな、どんまいな館林には飲み物でも入れてやりますかね。ポットにお湯も沸いてる事ですし。


「お疲れさま。何か飲む? コーヒーでいい?」

「ん? ああ、悪いな。……入れて貰ってる間に顔洗ってくるわ」

「はいはい、いってらっしゃい」


 何か入れるか聞くと、ブラックでと返された。うむ、ブラックこそ至高だからな。中々に分かっておる。

 ドリップパックのコーヒーしか無いが、インスタントなんかよりは断然美味しいので勘弁願いたい。

 私も、まだ自分の分を入れてなかったので、館林と私の分のコーヒーを入れた。


 よし、コーヒーで一息ついたので、料理再開といきますかね!


 なめろうは、下ろしたもう片方の半身を使う。まず皮を引いて、荒く微塵切りにする。そして、味噌、醤油、生姜、胡麻油を全て合わせ、その後、更に包丁で叩き合わせる。後は、刻みネギを乗せて完成。

 楽で美味しいって素晴らしいね。これは食事時まで冷蔵庫に入れておこう。常温より冷えてた方が美味しいしね。


 で、次は兜焼きな訳だが、どう説明したらいいんだろうね、これ。

 えっと、まず上唇と下あごにハサミを入れて切るんだ。で、上あごの部分に包丁を刺して、鼻上の辺りまで貫通させる。で、その状態のまま頭を立てて、梃子の原理な感じでゴリゴリと頭を半分に割るの。結構硬くて大変なのだけど、上手く伝わってるだろうか。半分に割れたら、今度はキレイに洗う。で、洗ったら水分をよく拭き取り、両面に塩をふり、15分ほどおく。おいてる時に水が出たら拭き取り、皮目を上にしてグリルに入れ、強火で焼く。皮目がこんがりと焼けてきたら返して、裏面もじっくりと焼く。頭を割るのが大変なだけで、後は凄く楽な料理だね。しかも、頭の部分は脂が乗っていて美味しいんだ。ここを捨てるなんてとんでもない! って感じ。


 これでイナダは使い切った。後は、紅ズワイガニのお味噌汁で朝食は完成。お新香は盛り合わせのセットを買ってあるので、お皿に盛るだけだ。

 盛り合わせのセットは割高だが、1度の食事で食べきれる量で、数種類となるとこれしかなかった。なので、まあ仕方ない。

 あ、それよりもお味噌汁だね。

 まず、蟹はたわしを使って、しっかりと洗い、汚れを落とす。そして、沸かした鍋に入れて軽く茹で、灰汁と臭みを取り笊にあげる。で、あげた蟹をぶつ切りにして、足やハサミには食べ易いように切れ目を入れる。正直、あまりにも安かったので、お味噌汁の出汁用くらいにしかならなくて、食べる身は殆ど無いかなあなんて思ってたのだけど、案外あったので良かった。鍋に出し汁と蟹を加え、更に酒と味噌を加えたら完成だ。


 因みに、お味噌汁を作ってる時に希帆、楓ちゃん、館林母が起きてきたので、希帆と楓ちゃんには紅茶、館林母にはコーヒーを入れた。

 ご飯は一応できあがったのだが、宝蔵院ほうぞういんと鍋島君がまだ寝てるらしい。

 どうすっかね。ご飯は温めなおせばいいし、自然に起きるのを待つかそれとも起こすか。


「ええ~、この匂いの中我慢するのは辛いよ。起こそう!」


 私が考えている事を口にすると、希帆にノータイムで返された。まあ、作ってる最中に、まだかなまだかなと歌っていた希帆だしね。答えなんて分かってたようなもんだよね。


「俺も殆ど最初から居たからな。さすがに待つのは辛いぞ」

「私もお腹が空きました。無理に起こすのは悪い気もしますが」


 館林と楓ちゃんも、起こす方に賛成らしい。まあ、もう8時半過ぎてるしねえ。お腹も減るよね。


「私も早く空ちゃんのお料理が食べたいわあ」


 館林母も早く食べたい、と。じゃあ、起こしますかね。2人には悪いけども。

 さて、男子部屋なんぞ入る気にはならないので、館林に起こしてきてもらおうか。って上からなんか聞こえるね。起きたかな?


「……おはようございます」

「……おはよーございまっす」


 2人が起きて下に降りてきたわけだが、なんか不機嫌? 宝蔵院はむすーっとしてるし、鍋島君も眉間に皺寄せて額を撫でてる。


「おはよう、どうしたの?」

「宝蔵院君に殴り起こされたっす」

「鍋島君に蹴り起こされました」


 私が不機嫌っぽい理由を聞くと、あまりにも下らない返事が返ってきた。

 ……ガキかっての。しかもこれ、どっちも悪いよね。鍋島君は意識してやってる訳ではないけど、普段の生活を鑑みれば寝相が良くないってのは自覚できてるはずだし、それを報告しなかったおそれがある。そして、宝蔵院はどの程度の強さで蹴られたかは分からないけど、だからと言って寝てる相手に起きて額を撫でる程の強さで殴る必要はない。

 うむ、考えれば考えるほど下らん! しかし、これが普段の生活ならまだしも旅行中である。喧嘩して気まずいままというのは、良くない。

 ……はあ、仕方ないなあ本当に。


「2人とも。どっちも悪いんだから、朝ご飯を抜きにされたくなかったら謝り合って顔洗ってらっしゃい」


 両方が謝らない限り、お前達の朝食は無い。と宣言すると、2人は渋面を浮かべた後に、1つ息を吐き、向き合って謝り始めた。


「……すみません。寝起きはあまり機嫌が良くない事が多いので余計にイラついたようです。殴って済みませんでした」

「いえ……俺も寝る前に寝相悪いって言えばよかったっす。そしたら、何かしら対策できたかもしれないのに。すみませんでした」


 よしよし、2人とも素直だね。こんな下らない事で微妙な空気になって旅行の楽しさ半減とか、まっぴらごめんなのですよ。


「じゃあ、朝ご飯の用意をしてるから、その間に2人は顔を洗ってきてね」

「了解しました」

「イエスマム!」


 私がそう言うと、2人も洗面所へと向かう。返事もいつも通りな雰囲気になってたので平気そうだね。

 でも、鍋島君よ。誰がマムか。あの言い方のマムの意味がお母さんになるとは限らないのだけど、それでもなんか良い気はしないと言うか、彼は普通にお母さんと言ってる気がしてならないと言うか……。


「ああ、空みたいなお姉ちゃん欲しいって思ってたけど、お母さんでもいいかも」

「あ、私も今そう思ってました。お料理上手ですし、基本的にとても優しいですし。しっかり者で良いお母さんですよね!」


 ああ、また希帆達の変なノリが始まった。

 私は同い年の娘なんて欲しくないですよ。2人はとても可愛いと思うし、大好きだけど娘に欲しいと思った事は無いですよ、多分。まあ、2人が冗談で言ってる事も分かってるんだけどさ。ここで反応しちゃうと、この子達は勢い付くのだ。だから、無反応か刺激するような反応の仕方をしなければいいのだ。ふ、そうさ。私だって成長するのさ。


片桐かたぎりさんが母親だったらマザコン一直線っすね!」


 鍋島君が戻ってきて反応……だと。


「だよね! 私もそう思う。もしも子どもが男の子だったら一生彼女できないだろうね!」

「でも、女の子でもそこら辺の男よりお母さんの方が良いって言い出しそうです」

「つか、片桐さんみたいな母親が居たら彼女とか要る訳がないっていう!」

「でも、そんな重度のマザコンになったら僕等学校で苛められますよ?」


 ……宝蔵院まで加わりだした。もういい、無視してご飯の準備を継続しよう。


「そこはほら、苛められた! って泣き付いて慰めてもらうっす」


 んな事する訳ないじゃんかよ。泣き寝入りするような子に育てるつもりなどないしな。


「……情けなく泣き付いてくるような子を甘やかしてくれる人ですっけね」

「……あ、いやでもそこは可愛い息子ですから。きっといけるっすよ!」


 ……なんなんだお前等。なんで、私がお前等の母親って言う意味の分からない設定で、話が進んでるのを聞かなきゃならないんですかね。

 いい加減にしないと、君等の朝ご飯が無くなるかもしれんぞ?

 いや、別に息子が欲しくないとかそういう事じゃないんだ。できるなら娘が欲しいけどさ。うん、そういう事じゃなくてね、宝蔵院と鍋島君が私の事をお母さんと呼ぶ姿をイメージしてしまったんだよ。もうね、本当に気持ち悪かったんだよ!

 だから、いい加減にしないと朝ご飯が無くなるのだ。


「お前等、片桐から黒いオーラが出てるのに、そろそろ気付いた方がいいぞ」


 館林がそう言うと、ギギギと音を立てるようなゆっくりとした動作でこちらを向く2人。

 因みに、希帆と楓ちゃんは逸早く私の様子に気付いたのか、この話題に参戦しなくなっていた。まあ、何度も怒られてるからね。限度ある弄りと言うのをちゃんと覚えてるのだろう。

 別にそんなに怒ってるわけでは無いけどね。いい加減にしろよとは思ってたけど。でも、そうだな、少し怒ってるふりをして、釘を刺しておきますかね。弄るんじゃないぞ、と。


「2人とも、朝ご飯が要らないなら言ってくれればよかったのに」

「え、あ……そういう訳じゃなくてですね」

「い、いや、あの……その」


 私がそう言うと、明らかに焦り始める2人。この時点で、希帆と楓ちゃんは私の演技に気付いたらしく、クスクスと笑い出したが、宝蔵院と鍋島君がそれに気付く様子はない。

 まあ、怒ってる時とか本気で嫌がってる時は、主に男絡みで何回か一緒の時にもあったからねえ。それに、何度も調子乗って怒られてる2人だ。私の演技くらいは見抜いてもおかしくないよね。

 つまりですね。私が何をしたいのかって言うと、私を弄ろうとした仕返しがしたいのですよ。そして、見事に2人は焦ってくれてるわけです。


「なに、ご飯食べたいんですか?」

「は、はい。そうですね。食べたいです」

「俺も食べたいっす」


 私が少し黙ってると、2人は更に焦ったような仕草を見せ、その後覚悟を決めたように頷き、お辞儀をしてこう言った。


「その……済みませんでした。もう変な事言わないので朝ご飯ください」

「調子こきました、済みません! 朝ご飯抜きにしないで下さい!」


 ……うん、若干やり過ぎた感が否めないと良いますかね。なんだろう、この程度の事でここまで反省されると戸惑うと言うか、うん……。

 これは私が悪いのだろうか。……いや、どう考えても私が悪いね。

 ここはあれだな。私も言い過ぎたと謝ってご飯を食べるのが最適だね。よし、そうしよう。


「私もこの程度の事で大袈裟だったよ。ごめんなさい」

「い、いや! いいんですよ。僕等が悪かったんですから」

「そうっす! 俺等が悪いんであって、片桐さんが謝る必要はないっす!」


 私が謝ると、逆に焦らせてしまったようで、謝る事はないと当人達から止められてしまった。

 まあ、それでわだかまりが無くなって変わらずに過ごせるならいいんだけどさ。

 よーし、じゃあ全員揃ったので、朝ご飯を食べますかね!


 朝ご飯はまあ、美味しくない訳がない。

 正直、朝から結構な量だったので、食べきれる心配だったのだけど食べきってしまったよ。

 館林と鍋島君に至っては、朝からご飯3杯も食べてた。そんなに食べて大丈夫なのか聞いたが、館林曰く、こんなご飯の進むもん作るのが悪い、との事。鍋島君も隣で頷いていた。

 褒められてるのだろうけど、なんでか凄く理不尽だよね。因みに、宝蔵院と希帆も2杯目をおかわりし、私に同じような事を言ってきた。ご飯が進んで仕方ない、どうしてくれんだ的な事をね。本当にコイツ等理不尽だわ。

 私と楓ちゃんと館林母はおかわりなし。普通に1杯食べて、お魚食べてお腹一杯です。朝はしっかり食べる派ではあるけど、さすがにおかわりとかは無理だよ。当たり前のようにおかわりしてる4人がおかしいんだよ。

 てかさ、男子はまだ分かるけどさ。希帆はその細い身体のどこに入っていくの。別にどこかに栄養が集中しているって訳でもないのに凄い食べるよね。

 うん、まあいいや。きっと燃焼効率がとても良いのだろう。そう考えないと、日頃なんだかんだ頑張って維持してる私がアホみたいだからね。……この油断するとお肉が付く体質はなんとかならんものだろうか。付きやすい反面落ちやすい体質でもあるから元にはすぐ戻るのだけどさ。

 あ、この旅行中は朝のジョギングができないので、確実にお肉が付きます。なので、帰ったらしばらくはジョギングの量が増えますね。楽しい事の後にはそれなりの苦労が待っているのさ……。

 別にね、無理に痩せたいとは微塵も思ってないし、鍛えてるから見た目よりは体重あると思うよ? でもね、男だってあれでしょ? 脚が長くなりたいし、背が小さい人は高い方がよかったと思うし、身体は引き締まってる方がいいでしょ? 多分ね、女の痩せたいって言うのはそれと同じですよ。痩せたら今の顔がもう少し美人に見えるんじゃないかなあとか、脚が長く見えるんじゃないかなあとか。大差ないね、男も女も。まあ、私は他人にどう思われるかとか関係なく自己満足な訳ですけどね。


 さて、なんの話をしていたんだっけか。

 あー、朝ご飯だ。うん、美味しかったです。個人的には照り焼きが1番のヒット。昨日、刺身たくさん食べたからね。焼くとまた違っていいね。

 現在は、朝ご飯も終わりコーヒーを飲んでまったりしてる。食器を片付けて洗おうとしたら、そのくらいは私がやるので座ってて下さい! って楓ちゃんに怒られたでござる。希帆が食器を片付けて、机も拭いてしまったので、本格的に私のやる事がないのだ。コーヒー飲むしかねえべさ。


「いやー、空ちゃんのご飯とても美味しかったわ。ごちそうさま」


 向かいの椅子に座って、コーヒーを飲みながらまったりしている、館林母がそう言ってにっこりと笑う。

 そう言ってもらえるのは、ありがたいね本当に。正直、十数年母親をやっている人なわけだし、自分の親なら気にはならないのだが、人様の親となると、緊張したのも事実だ。これで、微妙とか思われたらどうしようってね。ええかっこしいだと思われるかもしれないけど、まあそれは事実だしってか、やっぱり友達の親な訳だし、良い評価は欲しいじゃない? なので、美味しいと言ってもらえたのは素直に嬉しい。


「お粗末さまでした」

「あー、空ちゃんみたいな子が輝宗てるむねのお嫁さんになれば最高なのにねえ」


 私が返事を返すと、そんな事を言って、伸びをする館林母。

 私が館林の嫁になるのは無いとして、アイツなら多分かなり良い嫁を見つける事でしょうよ。なにせ、女に関しては選り取り見取りな訳ですしね! 酷い事言ってるように見えるかもしれないけど、これがアイツ等にとっては事実でしかないってのが、もっと酷いよね。鍋島君だって顔を選り好みしなければ、かなりモテると思うよ。別に不細工って訳じゃ無いし。どちらかと言うとイケメン寄りだとは思うからね。

 うん、凄くどうでもいい話を延々と考えていたな。


「館林君なら、私なんかより相応しい子を見つけますよ」

「……うーん、空ちゃんは脈なしか」


 私が笑って返すと、館林母は残念そうな顔をして、そう呟いた。

 まあ、脈とかフラグとかねえ。そんなのが立たれても困りますよ。ただでさえ知らぬ所で勝手に立って迷惑してると言うのに、知り合いにまでとかマジ勘弁。フラグは砕き、脈は止める物ですよ。


「空ー、洗い物終わったよー」


 コーヒーを飲み終わった頃、希帆がそう言ってこちらへ来た。

 お、2人で仕事分担したお陰か終わるの早かったね。もうすぐ10時になるし、そろそろ行きますかね。


「お疲れさま。そろそろ準備して行く?」

「おー! 行こう!」

「そうしましょうか」


 2人とも賛成したので、準備を始めますかね。

 希帆は、食べ過ぎたのか、リビングのソファーでだらけてる男子達に声をかけている。でも、野郎共! 行くぞ、40秒で支度しな! は、どうなんだろう。女の子の台詞として。


 水着を取り込んで乾き具合を調べたが、ほぼ乾いているけど下に着ていくには微妙な感じだったので、素直に向こうに着いてから着替える事にした。

 格好はどうしようかなあ。んー、カップ付きキャミからタンクトップに替えてブラすればいいか。どうせ水着になるしねえ。水着の上からはドルマンカットソーを着る訳だし、問題ないだろう。


 てな訳で、数分で準備完了です。希帆と楓ちゃんも終わったみたいなので、一緒に下に降りると、他の4人は既に待っていた。

 格好を見る限り、ジーンズにTシャツとかだ。うん、なんて言うか旅行の2日目とかってさ。格好に対する気合が入らないよね。しかも海水浴とかなら尚更その傾向が強い気がする。どうせ着替えるしとか思ってラフな格好になりがちだ。

 行きと帰りは気合入るんだけどねえ。なんか不思議。あれかな、緩い格好見られても知り合いに出くわす可能性は無いからかな。

 いや、うん。皆の格好がラフだとかどうでもいいや。本当に凄くどうでもいいや。

 さて、準備も皆完了している事だし、2日目も元気に海へと繰り出しますかね!




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 さて、着きました海です。

 今回は、昨日行った所ではなく少し離れた別の場所に来てみました。同じ所でも良かったのだけど、やっぱり別の所も見てみたいよね。

 てな訳で、新潟で最も水が綺麗だと言われる海水浴場へ来ましたよ。なんでも、私達が来たこの場所は日本の名勝地および天然記念物を含む海岸線にあるのだとか。そのお陰なのかは分からないけど、車で海岸線を走ってる時点で、海が綺麗なのが分かった。もう、皆のテンションがうなぎ上りでしたよ。私も正直テンション上がった。


「よーし! 空! 楓! 行くよ!」


 海の家に着き、着替えると即そう言って手を引っ張ろうとする希帆。いやいや、昨日もだけど落ち着けって。


「落ち着いて。まずは日焼け止めを塗って、貴重品をロッカーに預けよう。ね?」

「えー、早く行きたいのにー。いいじゃん、日焼け止めなんて。海なんだから焼こう!」


 私が止めにかかると、そう言って希帆が文句を言う。

 焼こうなんて言ってるけど、この快晴で日焼け止め無しは後で地獄を見るよ、確実に。まあ、別に希帆が酷い目に遭おうとも、私はしっかり日焼け止め塗って、後から行くしさ。酷い目に遭うなら1人でね。多分じゃなくて、確実にお風呂入る時は暫く涙目だし、熱を持って夜は中々寝付けないしで本当に酷い思いをするだろうけど、希帆が選んだ選択だものね。そうだな、希帆を止めちゃったけど、希帆が自分自身で選んだ事に文句を言っちゃってごめんね。私には止める資格は無かったね。うん、思う存分今から泳いでおいで。


「悪かった! ごめんなさい! ちゃんと準備しますから、それやめて!」


 私が思った事と同じ事を言うと、若干涙目になって希帆が謝ってきた。少し脅しが過ぎたかな?


「空さん……鬼です」


 失敬な。私と希帆のやり取りを見て、楓ちゃんがそんな事を言うけど、鬼は言い過ぎだろうて。


「私は希帆の心配をして言っただけだよ?」

「それでも、もう少し言い方があったと思いますよ?」


 それに少し希帆ちゃんの反応で楽しんでたでしょう? とは楓ちゃんである。

 鬼発言に反論したら、見事に言い返されました。はい、その通りです。希帆が段々と涙目になっていくのが可愛くて可愛くて自重できませんでした。


「希帆、言い過ぎたかも。ごめんね?」

「いいんだよー、私の事心配してくれたんだもんね! さ、早く塗って泳ぎに行こう!」


 私が謝ると、希帆がそう言って笑う。良い子だなー本当に。そして夏の海にその眩しい笑顔が映えるぜ。


「希帆ちゃんは良い子ですね、可愛いですし。さあ、待たせない為にも塗っちゃいましょうか」


 楓ちゃんが、私の思った事と全く同じ事を言って微笑む。本当にね。なんでこんなに可愛いのだろうね。ペットにしたいと言うか、飼いたいと言うか、甘えん坊の犬的と言いますかね。いや、そんな事は別にいいや。希帆に急かされる前に日焼け止め塗っちゃおう。


 その後、日焼け止めを3人で塗った訳だが、希帆に仕返しと言わんばかりに前まで塗られそうになった。

 届かない背中のみでいいって言ってるのに聞かないのあの子。脇の辺りまでは許したのだけどね。さすがに水着の中まで手を入れられそうになったので急いで止めたよ。

 しっかり塗らないと駄目なんだよ! とは希帆の言だったが、自分でできるので要らないです。

 まったく、その間ずっと気まずそうに目を逸らしていた男子どもの事も考えてあげなさいっての。


「よーし! 塗り終わった。じゃあ、行こう!」


 希帆がそう言って、私と楓ちゃんの手を引っ張る。……2日目も元気だなあ。てか、希帆が元気じゃない所なんて見た事ないなあ。まあ、いいや。海を楽しもう。




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 現在、ビーチマットでぷかぷかと浮いてまったりしている。今回はビーチボールでは遊んでいない。希帆と楓ちゃんも、それぞれ浮き輪で浮かんでいる。

 日差しは強いが、沖合いから吹いてくる風と、沖合いにある防波ブロックに波が当たる音で正直な話、寝そうになる。物凄く気持ちがいい。


「あー……天気もいいし、こうしてまったりするのも最高だねえ」


 希帆が浮き輪に座ってだらけながら、そんな事を言う。あには濁点が付きそうなくらいのだらけっぷりだ。

 でも、言いたい事はとてもよく分かるよ。海で思いきり遊ぶのもいいけど、こうしてまったりするのって最高だよね。

 私は、だらけた返事を返すが、楓ちゃんの反応は無い。目を明けてそちらを見れば、こちらも浮き輪に乗ったまま、目を瞑って俯いている楓ちゃんが居た。どうやら本格的に夢の中へ入りかけているらしい。


「……楓、寝てるねえ」


 希帆も反応が無い楓ちゃんが気になったらしく、そちらを見たのだろう。そんな事を言ってきた。


「そうだね、寝てるねえ」


 それ以外に返しようが無いので、そう返す。楓ちゃんは気持ちよさそうに、軽く微笑みながら目を瞑っている。


「ねえ、空。私達も寝ちゃおうかー」

「いいね、そうしようか」


 希帆に昼寝を提案されたので乗る事にした。この陽気の中でまったりしていて寝るなとか、無理な話ですよね。

 一応、それぞれの浮き輪に付いていた紐は結んで離れないようにしているし、そもそも波がほぼ無いので多少寝ても問題ないはずだ。

 少し離れた所からは、男子達の声が聞こえるしね。私達が目の届く範囲で遊んでくれているらしい。ありがたい話ですな、本当に。


 よし、お昼寝しよう。おやすみなさい。




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『おい! てめえ、何する!』


 どこからか、聞いた事のある声がする。何を焦っているのだろうか。


『よほほほほ、無駄な抵抗はよすっすよ!』


 またも聞いた事のある声。つか、うるさいな。なにかあったのか?


「おい! 鍋てめえ!」


 私がマットの上で身体を起こし、声のする方を見ると、争ってるのはどうやら館林と鍋島君らしい事が分かった。

 しかし、館林が焦って鍋島君が余裕たっぷりというのも珍しい光景な気がしてならない。


「あ、片桐さん起きた! かったぎっりさーん、パーーース!」

「あ! おい、待て!」


 私が起きた事に気付いた鍋島君が、そんな事を言って黒っぽい塊をこちらへと投げる。

 それを見た館林が物凄く焦っているが、なんなんだいったい。


「よほほほほ、すたこらっさっさだぜえ!」


 ……鍋島君は投げた瞬間に防波ブロックの方へと逃げていった。

 彼はいったい何がしたかったのだろうか。私の手には黒っぽい布が収まっているが、これをどうすればいいのかも分からない。つか、なんだこれ。


「あー、片桐。悪いがそれ投げてくれ」


 私が、布の正体を確認しようとした時に、館林が気まずそうに声をかけてきた。

 つまり、これは館林の物である可能性が高い訳か。……海と布製の何か、で連想できるものは? いや、まさかねえ。


 私が手に持った布を広げると、そこにはハーフパンツの形をした水着があった。

 海にいるのに、手には水着。そして、それを館林が欲しがっている。

 ……つまり、そういう事なのだろう。

 この海水浴場の海水は透明度がとても高い。そして少し離れているが、真正面に館林が居る。下手すると見えかねない。

 なんで、なんでお前なんですかね。そういうのは可愛い女の子がやるから皆が得するのであって、野郎なお前じゃ誰も得せんですよ! 誰得ですか! せめて希帆なら凄く私が得するのにって、希帆じゃあまり胸ないから駄目かな? うううん!? あ、大丈夫! 寝てた。確認したけどまだ寝てた。一瞬悪寒がしたように思ったけど気のせいだった。

 まあ、下らない事言ってないで、返してあげよう。さすがに明後日の方向に投げたりはしないよ。


「悪いな。じゃあ、ちょっと鍋島ぶっ飛ばしてくる」


 私が投げ返すと、それを履きそう言って防波ブロックの方へと向かって行った。その時の顔は、今まで見た事もないくらいに邪悪な顔をしていたよ。鍋島君よ、君がなぜあんな暴挙へと出たのかは分からないが、成仏してくれよ。











 その後、鍋島君が防波ブロックの上から海面へと投げ捨てられたり、それが3メートルくらい飛んでた気がしたりしたけど割愛。

 戻ってきた時に鍋島容疑者が、海に来たらやるしかないと思っていた。さすがに女の子にはできないので館林君にやった。反省はしていない、後悔は少ししている、と言っていた。凄くどうでもいいね。うん、やっぱり割愛。


 その後は何事も無く、平和に過ごす事ができたよ。私もまたビーチマットの上でまったりして、鍋島君は館林と宝蔵院に埋められたりね。

 お昼に海の家に戻る時、砂の中から出して貰えず、涙目で助けを呼ぶ辺りまで海でのお約束だろう。事実、その通りになった。


 さて、お昼を食べて、少し食休みをしたらまた海だ。

 しかし、午後は何をして遊ぶかな。さすがに午後も海に浮かんでまったりは何か違う気がするんだよね。


「空、午後は皆でビーチバレーやろうよ!」


 私が何をするか迷っていると、丁度タイミングよく希帆にそう誘われた。

 周りを見ると、既に全員がそのつもりらしく、男子達は早速賭け始めている。私達のやるビーチバレーなんて、ネットもないから落とさないようにするだけなのだが、賭けにはなるのだろうか。

 そして、私達もこの賭けは参加させられるのだろうか。正直、あまり賭け事は好きじゃないと言うか、強くないと言うか……。でも、ここで賭けに誘われて断るのもなんか、ねえ。まあ、誘われたら考えよう。


「で、君達も賭けますよね?」


 そう思ってたら、早速宝蔵院に誘われたでござる。賭けの内容は負けた人間の奢りで飲み物らしい。

 まあ、その程度ならいいかな。勝てる気は全然しませんがね。


「じゃ、早速ですがやりますか」

「おし、負けねーからな」

「負けねっすよ!」

「吠え面かかせてやるんだからね!」

「ふふ、お手柔らかにお願いします」


 ……なんで、皆そんなにやる気満々なんでしょうか。私はそんなやる気にはなれませんよ。

 あ、一応館林母に参加するか声をかけたが、ここで見ているらしい。おばさんには連日海で遊ぶ元気は無いわ、と笑いながら言われた。

 ふむ、そんな中で快く運転手を引き受けてくれたのか。ありがたい話だ。別荘に戻ったら、もっと労わないと駄目だな。


「カナヅチなだけな癖してよく言うわ」

「あ、なんでばらすのよー。酷い子ね」


 ……ただのカナヅチかよ!

 あ、そういえば昨日も深い所までは行ってなかったな。精々腰の辺りまでだった。そっか、そういう理由があったのね。てか、カナヅチなのに引率快く引き受けてくれたのか。なんか、余計にありがたいと言うか、申し訳ないな。

 よし、別荘に戻ったらしっかりと労わないとね。肩を揉むくらいはやったほうがいいだろうか。聞いてみて、こってるようなら揉んであげよう。だてに長年父の肩揉みをしてないからな。私のマッサージは効きますよ! 所詮素人だし、揉み返しとかあるので適度にだけども。


「おい、片桐。行かねーのか?」


 私が別荘で館林母をどう労うか考えていたら、その息子に呼ばれた。

 見れば、もう皆は海岸の方へと出ている。皆がやる気満々すぎて、お姉さん既に負けた気分です。

 まあ、行きますかね。飲み物くらい全員分奢ってやろうじゃないか!

 ん? なんで既に負ける事前提なのかだって? そんなの当たり前じゃないか。私が賭け事で勝てる訳が無かろう!

 おかずが残り1個の時のじゃんけんとか、その他諸々で陸に1度たりとも勝った事のない弱さを舐めるなよ!




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 はい、ビーチバレー終了しました。

 3本勝負で見事に2回負けました! 残りの1回は鍋島君です。砂に足を取られて、思い切り転んでました。

 転んだ時に、ヘブシッとか言うのリアルで初めて聞いたよ。

 ん? 私が弱過ぎじゃないかって? ただでさえ賭け事弱いのに、その種目がバレー関係とかもう結果は見えてたも当然だろうて! 私は悪くない。この賭けを提案した男子どもが悪い! そしてそれにのった私も結局は悪い! 賭け、駄目絶対。


 で、6人で3本勝負なので1本負ける毎に2本奢りというルールでした。

 私が2本負けたので、4本。鍋島君が1本負けたので2本って形です。


「じゃあ、俺はコーラで」

「僕もそれで」

「私はオレンジ!」

「すみません、私は烏龍茶をお願いします」


 ……さて、買ってくるのは勝負事に負けた故、致し方なしと割り切れるのだが、どうやって持とうか。

 男ならさ、4本くらい頑張ればなんとかなるのだろうけどさ。私の手はそんなに大きくない訳ですよ。

 困ったな、荷物持ちくらいなら募ってもいいかな。払うわけじゃないさ。


「飲み物持ちきれないから、誰か付いて来てくれるとありがたいのだけど」

「あ、そうですね。私が行きます。気が効かなくてごめんなさい」


 私が募ってみたら、逸早く楓ちゃんが反応してくれた。こういう時の楓ちゃんの気配り上手さと言うか、優しさは助かるね。

 別に他の人達が優しくないわけじゃないし、多分誰もが自分が付いて行ってもいいと思ってるのだろうけど、楓ちゃんは反応速度が違う。

 可愛いし、優しいし、喋り方丁寧で可愛いし、前髪パッツンで可愛いし、実はちょっと悪戯好きな所も可愛いし、本当に良い子だ。可愛いしか言ってない気がするけど、まあいつもの事だし別にいいよね。


 じゃあ、さっさと買ってさっさと戻りますかね。

 因みに、飲み物を買には駐車場のほうまで出て、自販機まで行かないといけない。まあ、それでも海の家の入り口の脇にあるのだから、楽なほうなのだけどね。

 さて、私は何にするかなー。普段の飲み物と言えばコーヒーなのだけど、缶コーヒー美味しくないからな。無難にお茶かなー。炭酸ジュースとかペットボトルのだと多いもんね。500ミリとか絶対飲み切れない。炭酸ジュースはコップ1杯くらいが丁度いいのですよ。うん、そんな事どうでもいいや。買いに行こう。




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「お、なんかめっちゃ可愛い子いるんだけど」


 私達が飲み物を買って戻ろうとすると、前から来た連中に道を塞がれる形になった。

 こういう展開は久しぶりだな。こんな事なら海の家の中が混んでるからといって、脇道を通るんじゃなかった。


「おー、マジめっちゃ可愛いじゃん。ねえねえ、どっから来たの?」


 もう1人が口を開く。人数は4人。口ぶりからすると地元の人間か? 旅行で楽しくなってる子達のナンパが目的だろう。

 つか、さっきからニヤニヤとコイツ等うざったい。そして、いかにもサーファーです的な小麦色をしているが、どう見ても日サロな肌とか、その汚らしいロン毛や、デザイン坊主にアゴヒゲとか、身体の一部に小さい刺青とか、格好悪いから止めるべきだと言いたい。


「おいおいおい、男いんじゃん」

「うわマジだ。さえないから目に入らなかったわ!」

「なに、マジこいつパッとしねえな。ねえねえ、こんな奴と一緒に遊ぶくらいなら俺等と遊ぼーぜ」

「ぎゃはは、お前等まじ言い過ぎ。だが、その通り!」


 ……ゲラゲラと笑いながら鍋島君の事を貶す馬鹿ども。口調なんて酷いもんだ。文章にするなら是非とも合間に草を生やしたいレベルの下品さ。それに、お前等なんかより鍋島君のが万倍いいっての! 面白いしな!


「……2人は先に行って、この事を伝えてほしいっす」


 ぼそっと言った鍋島君の台詞が、馬鹿の笑い声を止めさせた。突然止まった笑い声の主の方を見れば、鍋島君の事を信じられないといった顔で見ている。顔も真顔だ。

 てか、鍋島君は昨日冗談で言ってた通り壁にでもなるつもりか? 確かに私達が居たら邪魔になるだけなのだろうが、君が怪我する事になるんだぞ。


「ねえ、こいつマジ調子こいちゃってうざいんですけど」

「どう見ても金魚のフンのくせしてな。調子こいてんじゃねえぞ、おい」

「どうせお願いして連れて来てもらった小間使い君でしょ? 大人しくしとけや」

「それともあれですか? ここで頑張ったら後でご褒美でも貰えるんですかね? いいなー、僕もご褒美ほしいなー」


 ……小間使いとか金魚のフンとか、もう切れちゃいそうなんですけど我慢しなきゃいかんですかねこれ。

 友達を何も知らない奴に貶されるのがこんなに頭にくる事だとは知らなかったよ。今、私は凄く貴重な体験をしてるんだね。その代わりに今すぐにでも切れそうなのですけども。

 隣を見れば、楓ちゃんもかなり怒ってるのか、馬鹿どもを睨みつけ若干涙目になっている。そうだね、頭くるよね。


「あー、もういいわ。紳士的に誘おうかと思ったけど、やめやめ」

「ぎゃはは、お前のどこが紳士的なんだよ」

「あ? そこはほら、生まれ出るオーラ的な?」

「ばーか、ねえよそんなもん」

「うっせ、んなこたどうでもいいんだよ! で、お嬢ちゃん達さ。コイツがボコボコにされんのと、俺等に付いて来てコイツが無傷で開放されんの、どっちがいい?」


 無理矢理ってのは趣味じゃねえのよ、選ばせてあげる。とは馬鹿の談である。

 ……これのどこが無理矢理じゃないのかについて、A4で3枚程度のレポートに纏めて提出してほしいものだ。

 選べる訳がない選択肢じゃないか。鍋島君が殴られるの見たくないしな。でも、楓ちゃんまで連れて行かれるのも嫌だな。もう、私だけで行くかな。私だけなら、乱暴されそうになれば舌噛み切るなりできるし。逃げる隙があればなんとかなるかもしれない。

 ふー、仕方ないか。ここで友達見捨てるような奴、片桐空じゃないっしょ!




「うるせえ! 誰がお前等の好きにさせっかっての! この人達には指1本触れさせねーからな!!」


 私が自分だけ連れて行けと言おうとしたら、鍋島君が叫んだ。

 怖いのだろう。目に見えて震えているのに、歯を食い縛って馬鹿どもを睨んでいる。

 カッコいいねえ。なんて言うか、もう少し信頼しなきゃ駄目だったのかな。さっきまでの変な事を考えていた自分を殴ってやりたい気分だ。


「……よーし、よく分かった。テメエは袋だ」

「2度と鏡見れねえ顔にしてやんよ」

「よーし、よく踏ん張った鍋。あとは任せろ」

「……戻ってこないと思ったらこれですか」

「覚悟しろよ、後悔してもおせえかんなって、ん?」

「おい、なんだテメエらッ……」


 4人に混じって館林と宝蔵院の声がした。そして、それに反応して1人が振り向いた瞬間に倒れた。

 何を言ってるか分からないと思うが、私にも馬鹿どもが壁になっていてよく見えないので分からない。

 とりあえず分かったのは、館林達が現れて、4馬鹿の内の1人がなんだテメエとか言いながら振り向いて、現在は白目を向いて倒れているという事だけ。


「あれ、一撃かよ。なんだ、群れねーと何もできない奴等かよ。弱い者苛めは趣味じゃねえんだがな」

「まあまあ、それでも僕等の友達に手を出そうとしたんだからね。それ相応の痛みを知ってもらわないと」


 館林がいかにも拍子抜けといった声を出すが、それに宝蔵院が反応して、そんな事を言う。

 頼もしい事この上ないが、この人達怖いです。……もしかして、怒ってらっしゃる?

 これから始まる事は、ただの一方的な喧嘩ぎゃくさつなんだろうなと、この光景を見てすぐに分かったよ。



 あれから数分も多分たってない。館林が文字通り2人を瞬殺して、残り1人が宝蔵院に咽元を踏まれ、転がっている。

 つか、宝蔵院の喧嘩の仕方がねちっこい。館林はキレイに一撃で沈めていたが、宝蔵院はわざと関節狙ったりして、徐々に追い詰めてるんだもの。この人絶対にどSだね。違いない。


「で、彼女達と彼に何か言う事があるんじゃないですか?」


 彼女達と彼とは私達と鍋島君だろう。宝蔵院が踏みながら残り1人になった馬鹿に言う。他3人は夢の中。


「ず、ずみまぜんでじだ」


 踏まれながらだから、上手く声が出ないのだろう。捻りだしたという表現が似合いそうな声だ。


「では、2度とこんな事をしないと誓えますか?」


 そう言われて頷く馬鹿。まあ、する訳ないよなここまでやられて。


「頷くだけじゃ分かりませんよ? ちゃんと返事して下さいよ」

「もう、じまぜん!」


 宝蔵院がそう言いながら、ゴリっと足を動かしたので、馬鹿はすぐさまそう言った。正直、馬鹿と呼ぶのが可哀相になってきてたが、名前を知らないので仕方ない。

 てか、そろそろエグイので止めてほしいのだけども。馬鹿君泣いてるし。


「おい、のぶ。その辺にしとけ。お前、引かれてっから」

「え? あ、おお。……個人的には友達を馬鹿にされた怒りはこの程度じゃ治まらないのですが、まあいいでしょう」


 その後、足をどけてもらった馬鹿君は、他の馬鹿どもを起こし、逃げるように去って行った。


「さて、なにか変な事はされませんでしたか?」


 去って行った4人を見送ったあと、宝蔵院にそう聞かれたので頷く。

 実際、鍋島君の頑張りで指1本触れられてないしね。厭らしい目で見られはしたけど、変な事は一切されてない。


「鍋、お前やるじゃんか。さすがは俺等のダチだな」

「へへ、怖かったっす。でも、俺頑張ったっす」


 館林は笑いながら、鍋島君に肩を回して労っている。鍋島君は一気に緊張が解れたのか、疲れた顔で笑っている。

 本当に、鍋島君は頑張ったね。正直、あんな風に面と向かっていくとは思ってなかったので、驚いた。普段はふざけているキャラなので、どこかで見くびっていたのだろうか。彼がいるのに自分が犠牲になるとか、一瞬でも考えて本当に申し訳ない。ちゃんとお礼を言わないとね。


「鍋島君、ありがとうね。頼もしかったよ」

「ありがとうございました。守ってくれて嬉しかったです」


 私がお礼を言うと、続けて楓ちゃんも言う。楓ちゃんは本当に嬉しそうな顔でお辞儀をしている。


「い、いえ! そんな、俺は当然の事をしたまでで……へへ」


 鍋島君、超照れるの巻。うんうん、楓ちゃんの笑顔とか照れるよね。私もあんな顔でお礼を言われたら照れる自信があるよ。

 そして、楓ちゃんは私の嫁! とか口走る自信もあるよ。


「あ、2人も助けに来てくれてありがとうね」

「なに、気にすんな」

「当然の事です」


 2人にもお礼を言ったけど、こちらも笑顔で流された。

 でも、2人が少しでも遅れたらと考えると寒気がする。私達は平気だったろうし、きっと逃がしてくれただろうけど、その代わりに逃がした本人の鍋島君が怪我しただろうからね。本当に来てくれて助かった。誰も怪我したりせずに済んだのは2人のおかげだ。


「空ー! 楓ー! 大丈夫だった? 大丈夫だった? 変な事されてない? 平気?」


 安全を確認したのか、希帆が物陰から走って出てきて、凄い勢いで私達に向かってきた。若干涙目なのは、相当心配したからなのだろう。


「大丈夫だよ。鍋島君が頑張ってくれた」

「怖かったけど大丈夫です。鍋島君のおかげですね」


 私達が答えると、希帆がよかったーと言って、安心したのか力が抜けて凭れ掛かってくる。


「あ! 鍋島君! 2人を守ってくれてありがとうね!」

「あ、いえ、そんな当然の事をしたまでっていうか……」


 鍋島君たじたじの巻。希帆に勢いよくお礼を言われて、頭を掻きながら照れている。

 うん、今日はよく鍋島君が照れる日だな。


「うし、じゃあ戻ろうぜ。なんか疲れちまったな。海に入りながらまったりするか」


 ああ、賛成だそれ。私もなんか疲れたよ。怒るのってエネルギー要るよね。

 皆も賛成なのか、それに異論は出なかった。じゃあ、夕方までまったりして過ごしますかね。

 そう、海だからといって思いきり遊ぶだけじゃなくていいじゃない。まったり海風を楽しむのだって、立派な海水浴さ。


「さっきの鍋島君、カッコよかったですね」


 皆と浜辺へ戻る時に、私以外には聞こえないような小さな声で楓ちゃんにそう言われた。

 おろ? もしかしてそういう事なのかしら。いや、まさかそこまで簡単にはそうならないよね。

 でも、そうなったら少し面白いなあ。

 とりあえず、笑って同意しておこう。実際、少しカッコよかったしね。


 その後、まったり海に浮かんだり、館林母と一緒に海を眺めてお茶したりして過ごした。

 鍋島君にはお礼として、希帆と楓ちゃんと一緒に砂に埋めてあげた。いや、お礼なのかと思うかもしれないけど、何かお礼にって言ったら、じゃあ女の子に砂浜で埋められるリア充プレイがしたい! って言われたので、従っただけだよ。

 ちゃんと、胸部にはFカップくらいのサイズで砂を盛ってあげたよ。お約束は忘れないんだ。

 因みに、それを盛ったら希帆に当て付けか! と言われたので、やってほしいならやってあげると言いました。泣くぞと脅されました。まったく、こっちは善意で申し出ているというのにね。酷い話だ。

 まあ、その後は埋まってる鍋島君を見つけた館林と宝蔵院が、さらに上に砂を盛り、海水で濡らして固めるという作業に移ったが、これもまあお約束だよね。

 鍋島君の上にどんどん砂が盛られていく光景は、館林母と一緒にお茶をしながら眺めてました。重い! 重い! って叫んでるのに次々と盛られていく様はちょっと面白かった。

 うん、さっきまではちょっとカッコよかった鍋島君だけど、やっぱり面白い方が似合うな。彼はこの先もギャグキャラを貫いてほしいですね。




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「さて、そろそろいい時間だし、帰ろうか」


 なんだかんだ、まったり遊んでいたら16時も回ったので帰る事を提案する。

 まだ早いとか思うかもしれないけど、夕食の準備もと考えると、ここらで切り上げるのがベストなんだ。

 今から真っ直ぐ帰っても17時前で、そこから夕食の準備となると、なんだかんだで食べられるのは18時過ぎだろう。

 丸1日海に入ってた訳だし、今は平気でもそろそろお腹が減ってくる頃だ。お腹が減ってから戻ると準備の段階で辛い思いをする事になるのは目に見えているからね。


「そうだな、そろそろか。なにか帰りに追加で買う物はあるか?」


 館林が代表して言うが、全員帰る事に異論は無いらしい。

 しかし、追加で買うものか。お米はあるし、魚介類も昨日買った。炭は車に積んであるし、特にないかな?


「特にないと思うけど、なにかある?」

「……んー。あ、花火買ってないですよね?」


 あ、花火か。そう言えば買ってないね。なんか海に来たのにというか、夏に旅行してんのに花火無しって寂しい気がする。


「確かに、花火ないですね。折角だし私はやりたいのですが」

「私もやりたい! 夏と言えば花火だよね!」

「確かに夏と言えばの定番っすよね! 花火いいっすね」

「つか、そんなお約束を今の今まで忘れてる俺等ってある意味すげーな」


 花火に反応して、皆が堰を切ったように花火花火と言い出すが、確かに館林の言う通りかもしれない。証拠に、全員がその発言に苦笑いしている。


「じゃあ、花火買ってから帰ろうか」


 私がそう言えば、全員がノータイムで賛成する。

 皆花火好きだねえ。まあ、私も好きだけどさ。男子達は、どうせ派手なのを好むのだろうな。私はまったりとやらせてもらおう。線香花火とか良いよね。あの哀愁は素晴らしいと思うよ。


「じゃあ、そういう事ですので、帰りにデパートか何かあったら寄ってもらっていいですか?」

「まっかせなさーい。でも、コンビニとかでいいんじゃないの?」


 館林母にお願いしたら、快く引き受けてくれた。そして、その疑問はもっともかもしれないが、コンビニだと売り切れてる可能性があるんだよね、時期的にさ。

 コンビニってやっぱり手軽だから、旅行の最中とかでも寄るわけだ。そして、花火が売ってればついでに買うとか、あと突然花火やろうってなってコンビニとかよくある。なのに、そんなに多くの数を置いているわけではないから、売り切れるのも早いわけだ。

 その点でデパートなら夏レジャーとかで特設コーナーがあったりするし、広さ的にも数や種類が置きやすい。なので、よっぽどの事がない限り、今の時期でデパートに花火が置いてないって事はないと思われる、という訳です。

 コンビニってのは、色々な物が売っているけど店自体は小さいからね。数に限りがある。季節物商品なんて特にそうだ。無いねって言いながらコンビニハシゴするくらいなら、確実に売ってるであろうデパート行った方が楽だよね。


 そんな説明をしたら、なるほどねーと感心された。

 そんな訳で、デパートへと急ぎましょう。お腹が減ったと騒ぎ出しそうな人達が4人ほど居るからね。彼等が騒ぎ出すまで、そう時間はかからないでしょう。ちゃっちゃと済ませて、夕食に取り掛からなくてはね。




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 さて、デパートに寄って花火も買ってきました。

 あと、明日の朝の食材も買った。これはデパートに付いてから思いだしたのだが、危ない所だったよ。

 花火は、私達は普通にファミリータイプの詰め合わせを選んだのだけど、男子達は案の定打ち上げとか派手なのばっかり選んでた。まあ、選び過ぎて予算が凄い事になりそうだったので急いで止めたのですけどね。……花火に諭吉クラスの出費は勘弁してほしいのですよ。たとえそれが割り勘だとしてもね!


 さあ、そんな事は別にいい! バーベキューの準備をせねば!

 なにせ、帰りの車の中で騒ぎ出すであろう4人のうち2人がお腹減ったと言い出したからね。残りの2人も時間の問題だろう。ん? 誰が騒ぎ出したのかはご想像にお任せします。多分それで合ってるから。


 さて、まずはお米から。朝ご飯の時に予想以上に食べられてしまったため、心配だったのだけど炊飯器1度で炊ける限界までやったおかげか、ちゃんと夜の分も残ったのでよかった。

 あ、ご飯はちゃんと容器に移して冷蔵庫に入れてあるよ。さすがに真夏に常温で放置する勇気はないです。

 これを何もつけないままお握りにしていく。男ども用に大きいサイズのも作ろうと思ったけど、面倒なのでサイズは自分の握りやすさ優先で。

 なんでお握りにするかと言うと、これを網で焼いて、焼きお握りにするのだ。醤油塗ったりして焼くと美味しいよね。あ、味噌でもいいな。用意するかな。


「空さん、私達は何をすればいいですか?」


 ん? あ、そうか。いくらお腹すかしている子がいるからって、私が急いで全部用意する必要は無いんだよな。

 てか、普通に手伝ってもらった方が早いよね。


「じゃあ、このご飯をお握りにしてくれる? 大きさは好みでいいから。私はそのうちに他の事やっちゃうね」

「はい、分かりました」

「私も手伝うよ! 早く食べたいもんね!」


 私がそう言って、今自分がやってる仕事を任せると、希帆も手伝いに来てくれた。理由がお腹減ったからってだけにも少し思えたけど、どちらにせよありがたいので別にいいかね。


「片桐さん、俺等は何すればいいっすかね?」


 ん、料理できない3人組はどうするかな。お皿の用意でも……って、とても重要な事があるじゃんか!


「じゃあ、外にバーベキューハウスがあるでしょ。3人の内の1人は、そこにあるバーベキューコンロに火を入れてほしいの。で、もう1人はバーベキューハウスにある長椅子とか諸々を拭いてほしいな。残りの1人にはお皿とかお箸の準備をお願い」


 そうだよ、とても重要な事。バーベキューコンロに火を入れないといけないんだよ。

 食材の準備できたって、それができてなきゃ意味はないじゃんね。

 私が火を入れてもいいのだけど、そうすると今度は食材の準備をする人間がいなくなる。なので、3人に頼む事にした。……まあ、やった事がないと言われたら私がやろう。


「……火をつけるの、できるか?」

「僕はやった事ないな。鍋島君はどうです?」

「あ、俺は前に家族でやった時に経験あるっす。俺がやりますね!」

「うし、頼んだ。じゃあ、俺は食器運ぶわ」

「じゃあ、僕は拭き掃除かな」


 仕事を頼んだら、あとは自分達のできる事を揉める事なく分担してくれた。皆がこうだと楽なんだけどねえ。……世の中こうじゃない奴ってたくさん居るから困るって、愚痴になるからこれ以上はよそう。

 あ、館林母が手持ち無沙汰になってないか? お茶でも入れてのんびり待っててもらったほうがいいだろうか。


「待ってる間、暇でしょうからお茶でも入れましょうか?」

「ふふ、おかまいなくー。空ちゃん達の仕事ぶりを見てるだけで楽しいわ」


 私が尋ねてみれば、机に座ったままニコニコと笑ってそう返す館林母。

 準備してるのを見て、何が楽しいのかはよく分からないが、そう言うのなら別にいいのだろう。


「空ちゃんがテキパキと指示を出してるのが、見てて気持ちいいわねえ。リーダーとか向いてそう」

「……いや、そんな事はないですよ」


 館林母に褒められたが、そんな事はべつにないと思う。自分のやりたい事は別だが、基本的には楽をしたいタイプだし、このメンバーは自主的に動こうとするから仕事を頼むのであって、そうじゃない場合は面倒だから全部自分でやっちゃうようなタイプでもあるからね。リーダーっていうのは、自主的に動けない人もしっかりと動かせる人が向いてるのであって、私のようなタイプは別に向いているとか無いと思うんだ。


「正直、僕よりも学級委員長向いてそうですよね」


 いや、宝蔵院までそんな事を言うか。別に向いてないって。


「そんな事はないよ」

「いや、ありますよ。しかも、片桐さんの指示ならクラスの皆は奴隷のように働くと思いますしね」


 ……なにそれこわい。

 私は別に人気者ってわけじゃないと思うんだけど。クラスで話しかけてくる人もそんなにいないしさ。

 そう言えば、クラスの人達って下心丸だしな感じでこちらを見る人っていないなあ。最初はいたのだけど、いつからか無くなった。そういう意味じゃ、クラスの男子どもとは別に仲良くしたいとは思わないけど、普通に接するのは何も問題ないんだよね。自分から話しかけるタイプじゃないので、相手待ちになるけど、それにしても話しかけてこないよね、男子も女子も。あれはあれで少し寂しい。

 うん、まあとにかく奴隷のようには言い過ぎだと思うよ。


「さすがにそれは無いよ」

「ちょっとありそうだなと思っちゃった」

「私もありそうって思いました」


 私が否定してみれば、希帆と楓ちゃんがあるかもと言ってくる。

 会話すらほぼ無い人達が、そんな状態になるとは思えないのだが。


「だって、男子達なんて会話した事のある人のほうが少ないかもしれないんだよ? そんな状態で有り得ないって」

「そういえば、放課後にクラスの男子達が何人か集まって、片桐さんと上手にお話しするには、と言う議題で話し合ってるのを見た事があります」


 ……宝蔵院はそんな妙なものを見かけた事があるのか。

 てか、それに参加していた馬鹿どもは普通に話しかけてくればいいのにね。相手が普通に接してきたら、こっちだって普通に返すよ。下心さえちゃんと隠してれば、普通に受け答えするよ!

 まあ、いい。そんな事よりも夕食の準備をしちゃわなきゃ。


「……夕飯の支度の続きをしなきゃね」


 宝蔵院も突っ立ってないで、拭きに行きなさいな。


「じゃあ、僕は拭き掃除をしてきますね」

「うん、よろしくね」

「よろしくお願いします」

「よろしくー!」


 さて、宝蔵院も行った事だし漸く台所が広く使える。一応は作業をしながら話していたわけだけど、アイツが立ってると狭かったんだよ。台所はそこそこ広く作られてるけど、さすがに4人は狭かったです。


 今はなにを準備しているかと言うと、イナダのホイル焼きだ。

 と言うより、これ以外に特に準備するものは無かったりする。サザエもホタテも売ってる段階で砂抜きはされてるし、イカをさばくのだって、そんなに大げさなものじゃない。海老だって殻ごと焼くので問題ない。


 ホイル焼きだが、まず、しめじ、えのき、ネギ、アスパラを食べやすい大きさに切り、アスパラはレンジで軽く温めておく。で、イナダに塩胡椒して、ホイルにオリーブ油を敷き、イナダを置く。その上に、きのこ、アスパラ、ネギを乗せ、更に塩胡椒。あとは、酒少量とオリーブ油をかけて、バターを乗せて完成。あとは焼くだけ。


 あとは野菜を切って、イカをさばいて準備はおしまい。

 タマネギとかじゃが芋とかね。あ、じゃが芋は切ってレンジで温めておくと焼けるのが早くなるから、温めておこう。


「よーし! 空! 握るの終わったよ!」


 お、丁度いいね。じゃあ、最後に味噌ダレ作って向こうへ持って行きますか。

 味噌ダレと言っても、味噌と味醂と醤油を混ぜるだけなんだけどね。


「お疲れさま。じゃあ、運ぼうか」

「おーう!」

「早く運びましょう。さすがにお腹減りましたね」


 私達が食材を運ぶと、丁度コンロも温まってきたところらしかった。丁度よかったね。

 食材が運び終わった時点で、皆がさあ食べるぞ。いざ、食べるぞといった空気になったので、すぐさま食材を網の上に並べていく。

 ホイル焼きは、大体15分ほど焼けば完成なので、邪魔にならないように端の方で焼いておく。


 結果から言うと、バーベキューはとても美味しかった。お肉もいいけど、海鮮バーベキューもいいよね。

 私が食材を並べて、焼けたら各自とって食べる感じだったのだけど、あまりにも皆のペースが速いため、私があまり食べられない自体に陥ったよ。焼けたら消えていくのだもの。

 見かねた希帆が並べてる私に食べさせてくれたりしたのだけど、どちらかと言うと並べるのを交代してくれるほうが嬉しかったね。

 こういう時に楓ちゃんが手伝ってくれそうなものなのだけど、希帆が私に食べさせるのを見て、食べるのを手伝う側に回ったようだった。ノリがいいほうの楓ちゃんが出ちゃったね。

 まあ、夕食抜きという最悪の事態は避けられたので助かったのだけども。

 焼いた岩牡蠣に醤油垂らして食べたのだが、もう最高だった。牡蠣やばいね。凄いね。美味しいね。プリップリでじゅわーって!

 あと、ホイル焼きも美味しかったよ。白身とポン酢の組み合わせが、アッサリしていていい感じだった。焼く前にレモン汁でもかけても美味しかったかもね。また機会があったらやってみよう。


 館林母には、花火を買った時にビールを一緒に買う事を提案していたので、バーベキューをつまみに晩酌をしてもらった。

 昨日、飲み屋に行ったのに車の運転があるから飲めなかったしね。これで飲めたら最高って言ってたので、運転の予定がもう無い今日くらいは楽しんでもらいたい。

 極楽とはこの事か、と言いながら幸せそうにビール飲みながら食べていたので、楽しんでもらえただろう。


 3人の男子達ハンターは、焼けてるのを食べ切ると、獲物を見るような目でじっと食材を凝視し、焼けたら取って食べるという作業を延々と繰り返していた。無言で。

 最初の何回かは、美味いとか言いながらだったのだけどね。無言になるのにそう時間はかからなかったように思う。


 さて、後片付けも終わってあとは花火をするだけ!

 花火をして、寝て、起きたらあとはお昼すぎまで観光して帰るだけだ。

 なんか、あっと言う間だった気がするなあ。まあ、それだけ楽しかったって事かな。このメンバーでの旅行が終わるのは少し寂しいけど、また機会はあるよね。また、旅行したいものだ。

 いや、まだ旅行は終わってないのに感傷に浸るのは良くないね! まだまだ楽しもう!


 私達は、玄関から出てすぐの所でまったりと花火をやりながら、離れた所で男子達がはしゃいでるのを見ている。

 鍋島君が、連発式の打ち上げ花火を両肩にあてて、ガ○キャノン! とか言いながら2人を追いかけていた。危ないから止めるべきなのだが、ある意味お約束である。そして、連射から逃げ回っていた2人から、花火が終わると同時に逆襲に遭うまでがテンプレである。実際その通りになっていたので笑った。


 最後は打ち上げ花火を普通に上げて、線香花火をして終わり。

 線香花火って物悲しいけど、これをやると花火も終わりって気分になると言うか、しめにもってこいだと思うんだ。




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 さて、お風呂も入ったしそろそろ寝ますかね。

 なんだかんだ丸1日遊び通しだったので、結構眠いです。

 あ、昨日一緒に入るかと言っていた館林母ですが、酔っ払ったらしく先にお風呂入って寝ちゃいました。

 なので、今日も希帆と楓ちゃんと一緒に入っただけです。お風呂で面白いイベントは特に起きませんでしたよ。

 洗いっこだとか、そういうじゃれ付きもする気が起きず、まったりと入浴しただけっていうね。


 男子達におやすみを言い、3人で部屋へと戻る。


「はー、明日で終わりかー。なんか寂しいね」

「ですねえ。なんか、終わってほしくないです」


 布団の中に入ると希帆がそんな事を言いだした。楓ちゃんも同じ意見なのか、それに同意する。

 まあ、楽しかったしね。私もさっき同じ事思ったし、共通して皆が思ってる事なのかな。あ、男子達はどうだのだろう。同じ事思ってくれてたらちょっと嬉しいな。


「また、旅行しようね」

「うん!」

「はい!」


 私がそう言うと、2人も頷いてくれた。寝る前なので小さな声だが、笑いながら言ってくれたのが嬉しい。


「あ! そう言えば、旅行や修学旅行で定番なのに昨日できなかった事があるんだよ」


 希帆が突然思いだしたようにそんな事を言う。なんだろうか。定番……枕投げとか? でも、あれやるには3人だと少ないと思うんだ。


「ザ・好きな人暴露大会!」


 ……ああ、そんな定番もありますね、確かに。でもね、この面子でそれは意味がないと思うんだ。


「で、で、好きな人とか気になる人は?」


 希帆はワクワクしながら聞いてくるが、君の期待に応える事はできなさそうだ。


「特にいないよ」

「うーん……私も、今の所はいないですね」


 楓ちゃんからは、鍋島君の名前が出てこないかなとか少し思ったけど、普通に出てこなかった。まあ、ですよね。


「で、希帆ちゃんはどうなんですか?」

「私? 私は特にいないよ?」

「……盛り上がらないですね」


 楓ちゃんが、希帆に返しで聞くが案の定である。そう、始めからこの面子でこの話題は盛り上がりようが無いのだよ!


「んー! じゃあ、理想の人的なのは?」


 ふむ、理想の人か。どんな人がいいのだろうなあ。んー……やっぱり父のように家族を大切にする人なのか? でも、そもそもの問題として、私が恋愛をするというのがイメージできないし、やっぱりなんかこう、男と恋愛するのって違う気がしてならない。かと言って、女性と恋愛できるかって言われたら無理としか言えないんだよねえ。まあ、惚れたもん負けとか言うし、男女関係なく惚れたら考えればいいのかな。なんか、違う気がしてならないな。まあ、とりあえず理想は父みたいな人って、これじゃファザコンじゃないか。じゃなくて、家族を大切にする人だな、うん。


「私は、守ってくれる人がいいですね」

「ほうほう、宝蔵院君とか館林君とか守ってくれそうだよね!」

「あ、ですね。でも、強くなくてもいいんです。自分のために一生懸命になってくれるなら、それだけで嬉しいです」


 なるほどねえ。しかしこれ、鍋島君は楓ちゃんの理想通りの動きをしたんじゃないかな?

 もしかしたらが起きると面白いのになあ。


「じゃあ、次は空!」


 うむ、私か。凄く詰まらないのだが良いのだろうか。


「私は、家族を大切にする人かな」


 ほらね、希帆も楓ちゃんも反応し辛いのか黙ってるよ! だから、私にこういう話題は駄目なんだ!


「なるほどー」

「空さん、それって恋愛観ってより結婚観って言ったほうがいいかもしれませんね」


 結婚観! なるほど、そういう考え方もあるのか。


「なるほど、確かにそうかも。で、希帆は?」

「私は、一緒に居て楽しいっていうか、飽きないっていうか。ほら、そういう感じの人!」


 私が希帆に返しで聞いてみれば、これまた予想通りな答えが返ってきた。

 なんか、希帆ならそう言うだろうなって感じの答え。

 しかし、楽しい又は飽きないで考えると、現在の友達の中では鍋島君が筆頭になってくるのかな。楓ちゃんの時もだけど、希帆の理想でも鍋島君が何気に絡んでくるとはね。……ああ見えて、実はハイスペックなのか?

 いや、それは無いだろう。かなり普通な人だし。乗りと勢いの、まさに高校生! って感じの人だしな。


 そんな事をずっと話していたら、いつの間にか日付が変わってしまったので寝る事にした。

 希帆の要望で冷房は弱いけど付けっ放しです。風が当たらないようにしないと、寝れないのが辛いところ。

 まあ、昨日は寝れたし、今日も寝れるでしょう。冷房のせいで早起きだった気がしないでもないけどね。


 じゃ、おやすみなさい。

登場人物紹介ですが、学年が変わる時に入れようと思ってます。

ですが、もっと早いほうがいいって方はおられますでしょうか。

もっと早くよこせゴルァ! とでも書いて頂いて、数が多いようなら検討したいと思います。

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