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第21話

「えー、明日から夏休みだが、はしゃぎ過ぎず、節度を持って遊ぶように。そして、夏休み後のデビューは痛々しい結果しか待ってないので止めるようしましょう。後は、そうですね。課題を終わらせて来なかった人は、楽しい楽しい補習が待ってるので、補習がしたくてたまらないって人以外は、しっかりやってくるようにして下さい」


 鹿せんせいがそう言って、今学期最後のHRホームルームが終わろうとしている。

 突然かもしれないけど、今日で1学期が終わる。いや、突然すぎるだろうと言われても、何も無かったのだから仕方ない。

 強いて言うなら、旅行先が決まってコテージの予約をしたのと、野球部の応援に行った事くらいだろうか。


 旅行先は、綺麗な海がいいし費用もそこまで掛からないという事で、新潟に決まった。

 日本海の海は綺麗だからねえ。さすがにコバルトブルーとはいかないけど、透き通っていて、関東近辺の海じゃ決して見られない透明度がある。まあ、伊豆とかなら話は別なんだけどさ。

 ぶっちゃけなんで新潟にしたかって言うと、日本海の魚介類が食べたかったから。これに尽きるんだよね。


 で、野球部の応援なんだけど、さすがに平日は無理だから行かないけど、学校が休みの日に試合がある時は、ちゃんとした理由が無い限り強制だった。野球部に所属してる人達や、ブラバンの人達は公休扱いで応援に行ってたけどね。

 野球好きだし、観戦も楽しいからいいのだけど、強制はどうなのかなあって思うのが、正直な所だ。

 まあ、学校の宣伝にもなるから、学校側としても盛り上げていきたいと言う思いがあるのだろう。

 因みに、真田さなだ君は、背番号は10ながら先発を任されたりして打順は3番っていう、どっかの野球ゲームとか野球漫画みたいな事になってた。

 武士みたいなイケメンで、投手として凄くて、打者としてもクリーンアップを任される。なんて言うか、世の中って理不尽だなあと思うよ。


「そうそう。終業式でも言われましたが、もう1度。野球部の地方大会の応援は原則参加です。で、どうしても無理な場合に限り、事前に私に言って下さい。そして、もし甲子園に出場する事になったら、1、2年生は強制参加となります。これも無理な場合は、事前に私まで申し出るようにして下さい」


 鹿が追加で終業式で言ってた事を再度言うけれど、なんで強制なんだろうなあ本当に。後援会とかあるだろうし、父母会とかで人は集まるだろうに。あれかなあ、甲子園で生徒が全然応援してなかったら格好がつかないからかなあ。

 まあ、私はさっき言った通り野球好きだから良いのだけどね。プロで応援してるチームが、ここ数年ずっと最下位なので高校野球を見て癒されようそうしよう。

 あんなに弱いから、港を出る喜びなんて元首位打者に言われるんだ。まあ、今年は買収とか色々あってチームの雰囲気はかなり変わってるから、これから先は期待が持てるチームになるかもしれない。

 うん、根気よく応援していこう。うん。


 おっと、話が凄い勢いで逸れた。

 強制参加と聞いて、他の生徒から文句が出るかと思われたけど、意外や意外。全く出ていなかった。


「他の奴は分からないけど、真田の応援なら仕方ねーよな!」

「真田に頑張ってもらうなら、夏休みが少しくらい削れたっていっか!」

「真田君、頑張ってね!」

「おい、甲子園出る事になったら、大阪観光して食い倒れようぜ!」


 皆、こんな感じだ。コイツ等いい奴過ぎるだろう。こういう時の、このクラスの仲の良さと言うか、ノリの良さは凄くいいと思う。

 だが、最後の奴。残念だが、甲子園は兵庫県は西宮だ。まあ、西宮から新大阪まで20分くらいだけどさ。

 まあ、この応援ムードは、同じクラスに野球部が居て、真田君も良い人だからってのも十二分にあるのだろうけどね。野球部の人が居ないクラスとか、試合に出てるクラスメイトが居ないクラスってどうなんだろう。よほど野球好きじゃない限り、嫌々なんだろうなあ。


「では、新学期まで怪我無く、元気で!」


 鹿のその一言でHRも終わり、ガタガタと椅子を鳴らしながら席を立ち、皆、先生じゃーねーなんて言いながら友達と一緒に教室を出て行く。どうせ、数日後には応援の為に皆集まるんだけどね。様式美ってやつだろう。ん? ちょっと違うか?


そらー、帰ろう?」

「ん、そうだね」


 希帆にそう言われたので、私も急いで帰る支度をする。




 ----------




「あーあ。応援に行くのはいいんだけど強制されるものじゃあ無いよねえ」


 帰り道、突然希帆がそうぼやき出した。まあ、確かにその通りだと思うけどね。


「まあ、確かにね。希帆は野球分かんなかったりするの?」

「んにゃ? 好きだよ野球。でも、見る事を強制されるのはねえ。たまに観るから面白いんだい!」

「私は、ルールが軽く分かる程度なので、正直に言って観戦してても退屈で……」

かえでちゃんはあまり野球に興味ない?」

「そうですね。野球ってお父さんがリビングでビール飲みながら観てるイメージしかないです」


 楓ちゃんが、そう言って苦笑いをする。いや、まあそのイメージは、だいたい合ってると言うか、前世では外野席でビール片手に騒いでた自分が反論できるものではないというか。あはは……。

 うーん、こんな話をしてたら、またプロ野球観に行きたくなってきたな。今度行こうかな。ビールが飲めないのは寂しいけれど、それは成人まで我慢だ。


「今度、機会があったら一緒にプロ野球観に行く? 外野でわいわいしながら見ると案外楽しいものだよ?」

「そういうものなんですか?」


 うん、そういうものなんですよ。


「行くとしたら何戦を観に行くの?」

「え? 別にどこってある訳じゃあ無いけど、港戦だと嬉しい」


 希帆に聞かれたので答えるが、別に港じゃなくてもいいんだ。港だったら嬉しいけど、さすがにファンじゃない、または他ファンにそれを強要するわけにもいかない。

 だったら、どっちも別にファンじゃない対戦カードに行って純粋に楽しむのがいい。


「……弱いじゃん」


 う、うっさいわ! いいじゃん弱くたって! これから強くなるもん! 将来が楽しみな選手いっぱいしるし、港の番長は凄く良い人でいい選手だし!


「……これから強くなるもん」

「健気だねえ」

「この健気さが男子にも向けられれば、現時点でももててますが、もっと凄くなりそうなんですけどねえ」

「本当にねえ」

「「勿体無い」」


 な、なんでそういう方向に行きますかね? しかもなんでそんなにシンクロしますかね?

 そんな事を話しつつ、帰宅をした。

 これから少しの間、この登下校がなくなるのは寂しいね。

 まあ、数日後にはまたあるのだけどさ。それも寂しい。




 ----------




 時は過ぎ、7月も終わりが近づいてきた。

 8月の頭に海へ行くので、あと1週間ほどだ。とても楽しみだが、その前に今日は学校にとって、そして真田君にとってとても大切な試合が待っているので、学校総出で応援に行かなくてはならない。

 なにせ、この試合を勝てば甲子園だ。つまり、地方大会の決勝が今日あるのだ。

 え? 今まで試合はどうしたのかだって? いや、コールドゲームや大差の試合を描写してもあれじゃん?

 今日は決勝なので、緊迫した試合展開になってくれると信じてるよ。相手も今年の春に甲子園行った所らしいしね。


「空ー! おっはよー!」


 駅前でいつものように待ち合わせていると、希帆が相変わらず元気に抱き着いてくる。嬉しいのだけど、衝撃が結構凄いし、そろそろ暑いしで勘弁願いたい。

 まあ、言えないんだけどな! 可愛い可愛い希帆に抱き付かれて、止めろなんて言えるわけがないんだけどな!


「ね! ね! お弁当なに持ってきたの?」


 私が挨拶を返す前に、目を爛々と輝かせて聞いてくる希帆。

 実は、今回の応援はお昼を跨ぐ為にお弁当が必要だったのだ。で、その話をしていた際に私が作ってくる流れになった。

 詳しく話すと、何を作ろうかなと考えていた所で、希帆と楓ちゃんにお弁当の具の交換をしようね。空のご飯は美味しいから幸せだよね。と言われてので、自分が皆の分も作れば、美味しいそうに食べる顔見れて私も幸せじゃんって事に気付き、提案したのだ。

 普段から誰かの弁当作るのは無理だけど、こういうイベントの時くらいはいいね。

 さすがにそれは悪いって事で2人は遠慮しようとしてたけど、押し通した。2人にもちゃんと仕事を頼んでね。


「お稲荷さんとか唐揚げとか卵焼きとか色々だよ」

「ほっほー! 楽しみー! 私はデザートに果物いっぱい切ってきたけど、ホントによかったの? 仕事の分担量がおかしくない?」

「私も飲み物と紙コップは用意してきましたけど、それが気になってました」

「いいのいいの。楽しかったしね」


 そう実際楽しかった。むしろ楽し過ぎて作り過ぎたくらいだ。

 今日のメニューは、メインに五目稲荷。五目稲荷には、人参、干し椎茸、ひじき、白胡麻、沢庵を入れた。沢庵を入れるのは珍しいかもしれないが、歯応えが良い感じのアクセントとなりお勧め。我が家方式って言うよりは、私方式のお稲荷さんだね。

 次は卵焼き。これは普通の出汁巻きと、海苔を入れたやつ、ネギを入れたやつ、チーズを入れたやつと用意してみた。色んな味があると楽しいじゃん? だから頑張ってみたよ。

 あと筑前煮。人参はちゃんと飾り切りでねじり梅にしたよ。見目って大事よね!

 残りは、唐揚げとかサラダとかだね。もちろんポテトサラダは入れた。あれはジャスティス。ポテトサラダ大好きです。初耳だって? うん、初めて言ったからね!

 てな感じで楽しく作っていたら、重箱3つが埋まったわけだ。どう考えても作り過ぎです本当にありがとうございました。

 まあ、余ったらあの3人にもあげよう。そうしよう。今川いまがわ君は、前に学校で女の子からお弁当作ってきたのーって囲まれてたから、お裾分けしたら困るだろう。なんだか断れなさそうなイメージあるし。


「希帆はなんの果物持ってきたの?」

「えーっとね。梨とー、サクランボとー、あとみかんだよ! ちゃんと保冷剤使ってるから冷たいよ!」


 いいねいいね、サクランボは普通だけど、梨とみかんは好物に入る部類の果物だ。嬉しいね。

 そして、量を聞く限りこれも3人じゃ確実に多いね。お裾分けは確定かな。


「……なんだか私だけ、手間がかかってないし安いしで申し訳ないのですが」


 そう言って、楓ちゃんは微妙そうな表情をする。いやいやいや、こうして担当を分担する事で楽しくお弁当が食べられるんじゃないか!

 世間にはキャンプに行っても遊んでるだけで、他の人に調理させて、食べて片付けもしない輩とかいますからね! 楓ちゃんは、そんな申し訳なく思う必要はないのだよ! 紙皿や紙コップにお箸も用意してもらったしね! 重箱に詰めるから必須になるのだけど、あれって個々で用意すると無駄だし嵩張るしで良い事ないんだよね。だから、助かりました。


 ん? キャンプ云々は何の話かって? 経験談だよこんちくしょう!


「いいんだよ。3人分の飲み物って何気に1番重いし、食器関係も用意してもらったからね。嵩張る面倒な仕事押し付けちゃってごめんね」

「い、いえ! そんな事ないです。ただ大変さで言ったら、私が1番楽してるみたいで……」

「いいんだよー! 今回は偶々そうだっただけ! 次は楓が1番大変かもしれないしねー」


 希帆が私達の話を聞いて、そう口を挟む。ニコニコしながら言ってて可愛い。けどそれ以上にやっぱり2人は良い子だなあと思う。

 楓ちゃんみたく思っても口に出して言うって、なかなかできないと思うし、希帆みたくあっさりと流すのも凄い事なんじゃないかなと思う。人によっては、あいつは楽しやがってとかなりかねないしね。

 ふふ、この2人と友達になれてよかったなー。幸せだ。


「ん? 空ー? なーに笑ってんの?」


 希帆に突っ込まれた。つか笑ってましたか自分。完全に無意識だったわ。


「別に? ただ、2人とも良い子だなって思ってね」


 そう言って、にっこり笑うと、2人にびっくりした顔をされた。なんだろう? そんなに満面の笑みってやつが珍しいかね。珍しいね。うん、にこーって笑うのとか初めてやった気がするわ。すっごい珍しいわ。


「……今ね、なんて言うんだろう。空が年上のお姉さんに見えた」

「あ、分かります。なんか母性みたいのを感じたと言うか、んー……なんて言えばいいんですかね。照れると言うか嬉しいと言うか……あ、あれです。お姉さんに優しくされて嬉しい妹的な! いや、私に姉は居ないのでよく分からないですが……」

「うんうん、言わんとしてる事は分かるよ! そして、どことなくお母さんっぽくもあるんだよね!」

「そうそう! こう照れ臭いんですけど、もっと褒めて欲しくなる感じですよね!」

「あー、分かる!」

「……あの、なんの話かは分からないけど、凄く恥ずかしいのですが」


 意味の分からない事で真面目な顔をして議論を始めたので、止めたいと思います。

 凄く恥ずかしいです。ただ、にっこりと笑っただけでここまで言われるのは私くらいなもんだと思いますよ。ええ。

 実際、前世の記憶も合わせると年上だし、同年代の子達よりはかなり落ち着いてると思うけど、それでもねえ。こんな意味不明な、しかも恥ずかしい褒められ方をして止めないわけにはいかないでしょ。いや、嬉しいは嬉しいんだけどね? でも、恥ずかしいの。それが勝るの。


「私、こんなお姉さんが欲しかったです」

「あー、私もだ。妹と弟はいるけど、お姉ちゃん欲しかった。それが空なら最高だよね」

「ふふ、うちの子になる?」

「んー、迷うねえ。うるさいけど弟と妹も好きだしね。空がお姉ちゃんとか凄く良いけどさ。あれ……同い年だから誕生日で姉が決まるんだよね?」

「そうなりますね?」

「空の誕生日っていつだっけ? 聞いた事ないかもしれない」


 希帆に姉云々の不思議な流れから誕生日を聞かれた。そういえば言った事ないかもしれない。

 てか、希帆達の誕生日も知らないや! これは大失態をやらかす所だったのか。危ない所だったぜ。


「12月だよ」

「何日ですか?」

「なんと24日。凄いのかおしいのかよく分からないよね」

「……日本的には凄いけど、世界的に見たらおしいって言われそうな感じだね」

「確かに、そうかもしれない。で、希帆と楓ちゃんはいつなの?」


 これは聞かなきゃいかんでしょ。誕生日プレゼントとケーキのコンボをお見舞いしてやらねばならぬのだ!


「私は9月20日だよ! ふっふーん、空より私のがお姉さんだったね!」

「と言う事は、空さんが希帆ちゃんの妹になるわけですか」

「……こんな完璧超人が妹とか姉としての尊厳があああ……それはやだね」

「酷くない?」


 こんな妹嫌だとかさすがに酷いと思うのですよ。まあ、私でも私みたいな妹がいたら嫌なんですがね!


「じゃあ、楓ちゃんはいつなのかな?」

「私は1月10日です。110番で覚え易いですよ」

「て事は、楓ちゃんが末の妹になるわけか」

「そうなりますね。ふふ、一緒に希帆お姉ちゃんのお世話を頑張りましょうね、空お姉ちゃん」

「酷くない!?」


 希帆は普段の行動がアレだから仕方ないと思う。お世話は言い過ぎかなと思わなくもなかったけど、普段の行動を思い出して納得しちゃったし。

 あと正直、楓ちゃんにお姉ちゃんって呼ばれた時はドキドキしました。すっごい良かった。

 ああ、思い返せばりくだって最初はお姉ちゃんって呼んでくれてたんだよな。それが今では姉ちゃんって乱暴な感じになってしまった。

 また、お姉ちゃんって呼んでくれないかな。そう呼んでくれてた時の陸は凄い可愛かったのにな。いや、今でも可愛い弟なんだけどさ。でも、ねえ? お姉ちゃんは、姉ちゃんって呼ばれるよりお姉ちゃんって呼ばれたいのですよ、弟よ。

 そんな陸の誕生日は3月3日。陸ちゃんまじ乙女。


「このメンバーの中で1番最初に誕生日をお祝いするのは、希帆ちゃんですね」


 楓ちゃんが確認するように言う。

 そうなりますね。希帆の誕生日かー。プレゼントとか何が嬉しいんだろう? まあ、あと2ヶ月くらいある訳だし、今から焦って考える事はないのだけどさ。でも、何がいいかねえ。


「いやー、今年は空も祝ってくれるのかあ。嬉しいねえ。あ、空からの誕生日プレゼントはケーキでお願いします!」


 希帆が手を挙げてそう主張するが、ケーキは元々作る予定だから心配ないよ。

 それ以外に何を用意するかが迷うんだよ。


「ケーキは焼くから心配しないでね。何がいいとか希望はあるの?」

「んー……ここはシンプルにショートケーキで!」

「了解、覚えておくね」

「あ、あの」


 ん? 希帆と誕生日のケーキの話をしていたら、楓ちゃんに遠慮がちに話し掛けられた。なんだろうか。


「あの、厚かましいようで申し訳ないのですが、できたら私の誕生日にもケーキを焼いて欲しいなあって……」


 ……びっくりした。あまりにも当然の事を、凄く申し訳なく、厚かましくて御免なさい的な口調で言うもんだから、びっくりしたし、可愛過ぎて鼻血出るかと思った。


「勿論焼くに決まってるじゃない。なに言ってんの」

「ありがとうございます。嬉しいです」


 私がそう言って笑い掛けると、楓ちゃんも嬉しそうに顔を綻ばせてお礼を言ってきた。

 大人しくて、気遣いができて、実はちょっとノリがいい。そんな楓ちゃんだけど、遠慮しすぎる所もあるね。

 まあ、悪い事ではないのだけど、私には遠慮しないで欲しいな。

 あ、ノリがいい時はむしろ遠慮して欲しいのだけどね! 普段の話ね!

 

 さて、教室にも着いたので、お話はここまでにしようか。

 あ、実は駅前から学校へと歩いてただけだったんですよ。いやー、可愛い子と一緒に学校へ行くのは楽しいね。




 ----------




 さて、球場に到着し、現在は絶賛応援中である。

 ん? 学校でのHRホームルームとかどうしたのかって? そんな鹿せんせいのどうでもいい話なんてカットカットですよ。


 現在、一塁側の内野席に座ってるのですが、なぜか宝蔵院ほうぞういん館林たてばやし鍋島なべしま君まで一緒に座っている。

 まあ、別にこの人達にお弁当お裾分けするつもりだったし、近くに座るのは構わないんだけどさ。でも、なんで? って思うわけですよ。

 今川君は他クラスの女子達に囲まれていて身動きができないっぽい。凄いよね、女子全員が牽制しながら、今川君にアピールを続けるとかさ。なんだか、今川君の胃が心配になる光景だよ。

 因みに、囲まれる少し前に、男子3人グループと一緒にこちらへ来ようとしてたのは秘密。

 いや、もう不憫でしかないから秘密だ。


 さて、野球の話をしよう。

 今日の先発は真田さなだ君だ。背番号1番を貰った先輩を差し置いて、決勝で先発とか凄いよね。因みに、この大会の打率が5割を超えているらしい。まさに化け物。

 まあ、メジャーの安打記録保持者なあの人は、3年生の時の地区大会の打率が7割超えてたらしいし、3年間の通算打率も5割いってたらしいし。それに比べたら普通よね。うん、比べる相手がおかしいって事は私も気付いてる。

 でも、1年にして地区大会決勝を任されて、打順は3番。しかも140キロ半ば出るって現実逃避させてくれてもいいと思うんだ。

 こう、普通に話してる時は無口だけど普通の人なんだ。そんな人が、実は天才的な人なんだって光景を見せつけられると、なんだかねえ。

 真田君が遠い存在のような気がしてって、これじゃ恋する乙女みたいな感じだ。そんな事は全くないのだけど、ちょっと寂しいよね。

 野球の天才も、普段は無口なのんびり系。……あ、これがギャップ萌えってやつなのか?

 いや、私にはまったく分からないけども。


 因みについでだけど、対戦相手のピッチャーは今秋プロ指名が有力視されている選手らしいです。

 いや、なんでついでかって言うと、現時点で真田君と同レベルっていうのがもうね。理不尽でね。


 試合は3回裏に動いた。

 それまでノーヒットに抑えられていたが、9番にヒットを許すと、1番はエラーで出塁、そして2番が四球。これでツーアウト満塁となる。そして3番に入っている真田君が、見事ライト前に2点タイムリーヒット。これで先制した。

 真田君は5回まで、140キロ台の直球と、縦に大きく割れるカーブで1安打ピッチングを続けていた。

 もう、真田君がアウトを取る度にキャーキャーと黄色い声援が飛んで凄い事になっている。

 まあ、正直な話、私から見ても今の真田君はカッコいいし、仕方無いと思うけどね。

 よし、将来は港に入ってもらおう。今からそう洗脳せっとくを始めればきっと港に入りたいと思ってくれるに違いない。よし頑張ろう洗脳せっとく


 で、5回終了時点で2対0で竜泉りゅうせんのリード。

 そして、お昼になったのでお弁当を食べます。


「おっ昼ー、おっ昼ー。たっのしっいなー。たっのしいおっ昼ー」


 希帆が妙な歌を歌っているけども可愛いのでスルーしてよう。


「なんだ? その妙な歌」

「ん? お昼ごはんの歌だよ!」

「……そうか」


 館林が妙な歌に突っ込みを入れたが、あまりにもストレートな返答が返ってきた為、呆れてた。

 分かる、分かるよその反応。でもね、この可愛さは次第に癖になってくるよ。


「なんか、やたら美味しそうな匂いがしますね」


 私が重箱を取り出し、楓ちゃんに紙皿を出すように頼むと、宝蔵院がそう言ってこちらを見てくる。

 まあ、やたら気合入れて作ったせいで作り過ぎましたからね。不味いわけがないですよ。


「あれだな。コンビニの握り飯な俺に対する当て付けだな」

「……母さんの作ってくれた弁当が貧相に見える……」


 館林よ。別に当て付けてるつもりは一切ないぞ。そして、鍋島君は今すぐにお母さんに謝りなさい。

 しかし、館林はコンビニのおにぎりとはね。悪いとは言わないけど、寂しい気がする。

 作ってもらったり自分で作ったりはしなかったのだろうか。


「館林君は、お弁当作ったりしないんですか?」

「敬語」


 私が疑問に思った事を口にすると、返答は貰えずに口調を注意された。

 くっ、仕方無いじゃないか! 癖になってるのだからさ。少しくらい見逃してくれてもいいと思うんだ? まあ、今回は完全に忘れてたわけだけども!


「普段からこんなもんだ。バイト代あるし、食費にも困らんからな。それに、俺が料理できると思うか?」


 普段からこんな感じなのか。栄養バランスとか大丈夫なのかなとか思ったけど、私にはどうしようもないしな。

 ここでお弁当を作ってあげるとフラグでも立つのかなと思ったけど、そんな事は御免被るので、スルーした。


「料理できるとモテるけど、いいの?」

「……別にモテたくねーしな」


 私がそう聞いてみれば、心底嫌な顔をして答えられた。

 モテるのが嫌だとか、贅沢な悩みだよねえ。世の男子がどれだけ君のポジションを熱望していると思ってるのかね。ん? 私が言うなって? 本当だね。


「で、随分作ってきてますが、お裾分けがあったりしませんか?」


 宝蔵院がそう言ってくるが、そう言われるとあげたくなくなる不思議。

 隣で鍋島君も重箱を凝視しているが、お前等野球見ろよ、と。

 まあ、凄く緊迫した投手戦で描写のしようもないのがアレなのだが。


「ありますよ。てきとうに食べてね」


 ……意識して敬語なしにするの難し過ぎわろた。

 まあ、どうでもいいね。凄くどうでもいいね。そして早く慣れよう。この妙な状態は恥ずかしい。

 とりあえず、3人にも紙皿を渡し、館林はおにぎりだけで箸がなかったので、それも渡す。


「じゃ、いっただっきまーす!」


 希帆の声に続いて私達も、いただきますをする。男子達はちょっと恥ずかしそうでボソっとだったけどね。

 この辺は男子と女子の違いだろうか。まあ、いただきますとかそういうのを言うのがちょっと恥ずかしい時期とかありますよね。

 ただ、言わなきゃ私はお裾分けなぞしてやらんのです。だから、たとえ小さかろうともちゃんと言ったので、食べる許可をやるのですよ。


「……ん? この稲荷寿司、具が入ってるのか」


 館林がお稲荷さんに齧り付いてから驚いた顔をしている。

 だって、五目稲荷だからね。なのに具が入ってなければ変だよね。


「五目稲荷は何回か食べた事がありますけど、沢庵が入ってるのは初めてですね」

「うまっ、お稲荷さんと沢庵って合うんすね……」

「んー! 沢庵の歯応えが良い感じだね!」

「美味しいですね」


 ふへへへ。皆から褒められて嬉しいね。そして照れるね。

 お稲荷さんと沢庵の組み合わせは本当に美味しいと思うのですよ。沢庵のコリコリとした食感のおかげで、飽きが来ないからね。いくらでもいけちゃうっていう危険極まりない食べ物へと昇華したのだ。

 よし、私も食べよう。そうしよう。


 ふふふ、やっぱり沢庵を入れるのは良い。そして、甘い揚げがあまり好きじゃないので、甘さ控え目なのも私好みで良い。自画自賛になるが、素晴らしい出来だ。

 母の分も作ったから、家で美味しく食べてくれるといいなあ。


「これは五目稲荷っていうのか。初めて食ったわ」


 私が、自分で作ったお稲荷さんを自画自賛しながら食べていると、館林がそんな事を言いながら、早速2個目へと取り掛かる。

 五目稲荷を食べた事ないって珍しいね。いや、珍しいのかな。よく分からないや。


「まあ、普通に売ってるのって何も入ってないのが普通だもんねー。食べた事なくても不思議じゃないよね!」

「ですね。私もコンビニで売ってる五目稲荷を食べた事あるだけですし」

「そもそも俺の家でお稲荷さんを普通に作ってるのを見た事ないっす」


 皆そんな感じなのか。

 やっぱり私は変だったのだな。お稲荷さんを買ったのなんて中学入ってからだしさ。

 いやー、あの時はびっくりした。具が入ってないんだもの。

 前世から今の今まで、お稲荷さんってのは五目が普通だと思ってたからね。

 買って食べる事もなかったし、あの時は本気で驚いた。


「……できあいのを買って食べて、何も入ってない事に驚いて、このお稲荷さん手抜きだって思ったのは私だけなんだね」

「それは片桐かたぎりさんだけですね……」


 あー、うんやっぱり。うん、知ってた。


「さて! 次は何食べようかな!」

「なんか、卵焼きが色んな種類がありますね?」


 希帆と楓ちゃんが卵焼きを見て不思議そうにしている。

 卵焼きに具材を混ぜるのって一般的じゃなかったりするのかな? いや、さすがにこれは一般的だよね。

 家でやるのは巻くのが面倒だったりであまりやらないかもしれないけどさ。


「それは、出汁巻きと海苔とネギとチーズだよ」

「ほうほうほう! じゃあ私は……チーズいってみようかな!」

「んー、じゃあ私は海苔で」


 私が説明をすると、少し迷った後、そう言って好きな味を取って食べ始めた。

 本当はね。他にもシラスとか明太子とかもアリなんだけどね。さすがにそれを作ってたら、重箱1つが卵焼きで埋まりそうだったので自重した。


「んー! チーズうまー」

「海苔の方も美味しいですよ」


 希帆達がそう言って喜んでるのを見て、頬が緩む。だってさー、嬉しいじゃん? 自分が作ったものを美味しい美味しいって食べて貰えるのって。これって凄く幸せな事なんだと私は思うのですよ。


 その後も、皆が思い思いの物を取り食べていった。鍋島君はお母さんが作ってくれたと言うお弁当を食べ切ってからだから無理じゃないかなと思ったけど、けっこう食べている。

 因みに、自分の弁当は後にして、そっちを食べていいかと聞かれたので、そんな事言う人には絶対にあげないと言ったら、泣きそうな顔をされた。

 そんなお弁当くらいで泣きそうにならなくてもいいじゃんね。ただ、お母さんが丹精込めて作ってくれたお弁当を後回しなんて言って、私のがいいだなんて、そんな失礼な事は許せんのですよ。きっと鍋島君のお母さんは、鍋島君が美味しく笑顔で食べてくれるのを想像しながら作ったのです。その気持ちを無下にしたらいかんのですよ。

 こう言ったら、母さんごめんと言いながら更に泣きそうな顔をされた。なんなんだコイツ。


「うわー、随分美味しそうなの食べてるねえ。ちょっと頂戴?」


 突然、後ろから話し掛けられたので振り返ると、今川君が居た。

 お、あの胃にきそうなハーレムから抜け出せたのか。……思いなし疲弊しているように見えるけども。


「お、あっち抜け出せたんか。お疲れさん」

「いやあ、トイレ行くって言って抜け出してきたよ。少ししたら戻らないとね。こっちは、まったりしてていいねえ。あっちはなんかギスギスしててね……まあ、強く言えない僕が悪いんだけどねえ」


 館林と今川君が会話をしているが、何と言うか本当にお疲れ様ですとしか言いようがないね。

 強く言えない性格だと、自分を巡ってギスギスしてる状態は辛いだろうねえ。これで今川君が鈍感系なら別に気にならないのかもだけど、そうじゃなさそうだし、余計胃にきそう。


「まあ、こいつ等は俺等の事をそういう目で見ないし、なんつーか常にマイペースだからな。そこら辺やっぱ楽だよな」

「だよねえ、僕もこっちに留まりたいけど、そしたらあの子達が文句言いにきそうだし、そしたら君達にも迷惑だからねえ。少ししたら戻るよ」

「……でも、それも非モテな俺とかからしたら羨ましい光景でしかないっていう」

「じゃあ、なべ君交代するー?」

「やー……謹んでご遠慮させて頂きます?」

「鍋島君でも嫌がるハーレムって相当ですね」

「いや、俺の評価ってどうなってるんすか……」

「ん? 可愛い女の子が大好きで、できるなら囲まれたいって感じでしょうか」

「まったくもって言い返せないっすね」


 ……こういうのはガールズトークならぬボーイズトークとでも言うのだろうか。

 私達が完全に空気である。しかしあれだ。今川君がドンマイすぎる。きっと彼のハーレム的な何かの人達は、今川君が強く言えない性格でしかも優しいのにつけ込んで、我が儘放題な感じなのだろう。

 まったく知らない人達に対してこんな事言うのは気が引けるのだけど、そうとしか思えない男子達の反応である。

 本当に今川君はお疲れ様ですな。こっちのグループに来てまったりできるなら、いくらでも来るといいよ。

 そしてお弁当も食べてお行き。あっちのが美味しいかは知らないけど、味に関しては簡単には負けない自信があるからね。英気を養って戦場へと戻るがいいさ。


「で、食べてもいーかい?」

「どうぞ、好きなだけ食べてね」


 今川君が再度尋ねたので、そう答える。

 彼は、ありがとう、いただきますと言ってお稲荷さんを頬張っているが、その美味しそうな表情も、なぜか今回に限っては同情を誘う要素でしかない。


「なんか僕等の時と今川君の時と結構差がありません?」


 宝蔵院がそう言って少しニヤニヤしながらからかうけれど、そういう気持ちは一切ないからね。勘違いしないように。


「正直、同情しました。で、あちらへ戻る前に英気を養ってもらえたらなーと思って」


 素直に答えてみたら、全員からとても微妙な顔をされました。……なぜですかね。


「空って本当にこういう事に関しては色気の欠片もないよねえ」

「ですねえ。もっと可愛げのある理由がよかったです」

「なんて言うか、そこは嘘でもツンデレしてあげるとか気を回して欲しい所ですね」

「素直なのも時には美徳になりえないってやつだな」

「でも、そんな所も素敵だと言ってみる」

「……なんて言うか、ありがたいのだけど少し悲しかったよ」


 私、ふるぼっこである。

 そんなに言われるほどかな! あと、色恋に興味なんてないのだから、そっち方面で気を回せる訳ないでしょう? そんな思わせぶりな態度なんて取りたくないしさ!


「まあ、いいや。それじゃ、戻るとしますかね。ご飯美味しかったよー、ありがとねえ」


 今川君は、片桐さんの旦那さんになる人は幸せ者だねえなんて台詞を残して去って行った。

 なんて言うか、彼は臆面もなくこういう事を言えちゃうのが、妙なハーレムを引き寄せてる原因なんじゃないかな! 前回も私に可愛いとか普通に言ってきたけどさ。あれって普通の女の子なら絶対勘違いするよね!

 つまり、だ。彼に対して同情する必要なんて無いのかもしれんって事だ!


「で、空? あんな事言われたけど、旦那さんにしたい人はいるのかなー?」


 ……希帆ってさ。こういうネタの時に凄く生き生きとするよね。普段も生き生きしてるけどさ。なんて言うか、普段のと少し違うって言うかね。とにかくあれだ。私はそのニヤニヤした顔は好きくない!

 なんで私を弄る時にこんなに楽しそうな顔をするのかねこの子は!


「……別にいないよ」

「えーじゃあ、ほら好みの人とかは?」


 私が答えると更にニヤニヤしながら追撃してくる希帆。

 もういいじゃんかよー、そういう話はよー。


「それよりも真田君達の応援しよう? ね?」

「えー……。まあ、いっか。空はお子様だなあ」


 コイバナもできやしないと言って野球を観だす希帆。なんと言うか、屈辱的である。希帆にお子様って言われるのは、なんか納得がいかない。

 しかし、ここで蒸し返すのは私にとって得にならないのも事実。

 仕方無い。ここはぐっと我慢して次に備えるのだ。何を備えるのかは分からないけど、備えるのだ。

 あ、そうだそうだ野球観ないとって……あれ?


「……9回?」

「ん? ああそうですよ。ずっと3者凡退が続いてましたから展開速いですね」


 うわあ、ご飯に夢中で観てなかったよ。

 真田君ごめん、本当にごめん。




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 その後、9回表も3者凡退できっちり抑え、2対0で真田君がきっちり完封勝利を飾り、甲子園出場を果した。

 真田君は、打っては4打数の2安打で、勝利打点ともなる2打点。そして投げては9回を1安打に抑え、9奪三振という成績だった。

 正直、あと少し先の甲子園で1年生の怪物衝撃デビュー! とかそういう未来しか見えない。

 まあ、半分くらいしか見れなかったんだけどね。それでもそう思わせるほどの化け物っぷりだったよ。


 さて、真田君と今川君のお土産は少しだけ奮発してあげよう。

 そうでもしないと、申し訳無いし、かわいそうだからね。


 よーし、次は海だ! 楽しみだなあ!

出来合いの稲荷寿司に何も入ってなくて手抜き云々の下りは、私の体験談です。

10代半ばまで出来合いのを食べる機会がなく、初めて食べた時に、五目じゃ無い事に対してショックを受けた記憶があります。

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