第12話
目が覚めて、自分の部屋を見渡すと楽園のような光景が広がっていた。
可愛い女の子2人が仲良く並んで寝息をたてているのだ。
にやけそうになる自分の頬を引き締めて、時計に目をやると6時を示していた。
こういう特別な日だろうと、習慣と言うのは抜けない物なのだな。
2度寝をするのも魅力的だし、このままずっと2人の寝顔を眺めているのも良いな。
でも、ここは日頃の日課をこなして猫を迎えに行く準備をしよう。
2人を起こしてしまわないように、そっと起きてウォークインクローゼットの中でランニングウェアに着替える。
髪を結えば準備完了だ。下に降りて顔を洗い、タオルを持って外に出る。
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「おはよう。毎朝頑張るわねえ」
ランニングを始めると程無くして、近所のお婆さんに話しかけられた。
俺も天気が悪くない限り毎朝走るようにしているが、お婆さんも毎朝のように家の周囲を掃き掃除している。
結構な歳を召しているはずなのにお元気だなといつも思う。
「おはようございます。お婆さんもお疲れ様です」
俺がお婆さんに笑顔で返すと、お婆さんも常に浮かんでいる笑顔が更に深くなる。
なんて言うか、物腰とかとても上品な人だと思う。歳を取っても常に凛としていると言うかね。
「はい、空ちゃん。これ持って行きなさいな。水分補給はしっかりね」
「あ、いつも済みません。ありがとうございます」
お婆さんはそう言って、門にかけてあった袋からポカリを1本取り出して渡してくれる。
家に帰れば飲み物はあるし、別に要らないのだけど無下に断れないまま習慣付いてしまった感じだ。
お礼はしっかりと言って、お辞儀しますよ。当然です。
「いいのよ。私にとっては空ちゃんも陸君も孫みたいに可愛く思ってるのだから」
貴女達には迷惑かもしれないけどね。と笑うお婆さん。
そんな事無いですよ。いつも優しく声をかけてくれるお婆さんに癒されてるのは俺の方なのだ。
「ありがとうございます。嬉しいです」
「そう言ってくれると嬉しいわ。引き止めちゃって御免なさいね。車に気を付けてね」
「はい。じゃあ、行って来ます」
「いってらっしゃい」
朝起きてランニングを始めて、お婆さんに挨拶して癒されて、続きを再開する。大体毎朝こんな感じだ。
俺も歳を取ったらお婆さんみたいになりたいな。
歳を取っても凛としてて、淑女っぽい雰囲気の素敵な老婦人。憧れますね。
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ランニングから帰って来たらシャワーを浴びて、洗濯機を回す。
そして、朝食作りだ。母からはやらなくてもいいと言われてるのだけどね。
いつも家事をしてるのだから日曜日くらいはゆっくりして欲しいじゃないですか。
だから、できるだけ家事は手伝う事にしてる。
んー、何を作りますかね。
昨日のバゲットがまだ余ってるからメインはそれで確定として、他を何にするか。
やっぱ希帆と楓ちゃんが居るし、少しは見栄張りたいじゃん?
美味しいってほくほく顔の2人を朝から見たいじゃん?
何を作ろうかと台所を漁っていたら、ツナ缶とコーン缶が出てきました。
もうこれで作れって言う啓示なんだと思う。そういう事にしておこう。
でも、これを使ってできるのなんて、どう考えてもツナサンドとコーンスープです。
本当にありがとうございました。
まあ、美味しく作ればそれでいいのさ!
まずはコーンスープから作ろう。
玉ねぎを薄切りにして鍋にバターを溶かし、炒める。
二度手間になるから、ツナサンドに使う玉ねぎも今の内に微塵切りにしておこう。
透き通るまで炒めたら、玉ねぎとコーン、水をトロみが出るまでミキサーにかける。
牛乳とスキムミルクも今の内に混ぜておく。
あとは2つを鍋に移して、コンソメを入れて弱火にかけ、温まったら塩と砂糖で味を調えるだけだ。
ツナサンドはもっと簡単。
ツナ缶を開けて油を切り、玉ねぎとケッパーの微塵切り、粒マスタードとマヨネーズを入れ混ぜて、塩胡椒で味を調えるだけだ。
バゲットは薄く切った後、軽くトースト。レタスをちぎり、きゅうりをスライスしておく。
後は皆が起きてからでいいだろう。
んー、7時半か。
朝一で行く予定だし、そろそろ2人を起こすかな。
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部屋に入ったが、2人はまだ夢の中の模様。
てか、2人とも寝相良いな。全然乱れてる感じが無いんだぜ。くそぅ。
「2人ともそろそろ起きよう?」
……。
返事が無い。熟睡しているようだ。
んー、1人ずつ行きますか。
まずはー、希帆から行ってみるかね。
「希帆ー? 起きろー」
「……んー」
駄目だこれ。
もぞもぞ動くだけで起きない。こうなったら布団剥いじゃいますか。
そしたら、起きるでしょ。
「おはよう。希帆。起きた?」
「……んー」
……布団を剥いでみたが、まだ半分寝てるね。
こう言う時は焦らせるのが良いんだとどこかで聞いた気がする。よーし。
「希帆? 起きないとちゅーしちゃうぞ」
「……んー? ……ちゅー……」
!?
焦らせるつもりの冗談で言ったのに、なぜか希帆が手を伸ばしてきおった。
あ、危ない所だったぜ。俺の理性が一瞬で消し飛ぶ所だった。
これは不味い。先に楓ちゃんを起こそう。……って。
「……おはよう。楓ちゃん」
「……おはようございます」
楓ちゃん既に起きてました。
布団の中で息を殺して事の次第を見守っていましたよ。
何やってんですか。アンタは。
てか、希帆はいつまで寝ぼけてるんかな。
もうチョップで起こそう。そうしよう。俺の理性を消そうとした罰でもあるんだ。てい!
「!?」
よし起きた。おでこ抑えてるが何も問題は無い。
しっかり目が覚めた顔をしているしな!
「おはよう。希帆」
「……おはよう。え、なんか叩かれたような気がするんだけど」
「気のせいだよ」
「そうなの?」
「気のせいですよ。希帆ちゃん」
「あ、楓おはよう。そっか、気のせいか」
きょとんとした顔をしながら、おでこを摩る希帆。
この子、寝起きだとアホの子になるんですかね。何この究極萌え生命体。
つか、楓ちゃんもニコニコと可愛い笑顔を浮かべながら結構ノリが良いね。
「そうだ。朝ご飯できたから下行って食べよう。そろそろ皆起きて来ると思うし」
2人にそう言ってリビングまで一緒に行く。
2人とも俺がご飯作ってたのにゆっくり寝てて申し訳ないと恐縮してたけど、お客さんなんだし気にする必要無いのにね。
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リビングに入ると、両親も降りてきたばかりなのかコーヒーを煎れている所だった。
そうだ。コーヒーの準備を忘れていた。うーん詰めが甘い。
「あら、空おはよう。朝ご飯準備してくれてありがとうね。希帆ちゃんに楓ちゃんもおはよう。よく眠れたかしら?」
「3人とも。おはよう」
入ってきた俺等に気付いたのか、挨拶をしてくる両親。
母は俺が朝食を作っておく度にお礼を言うけど、やりたくてやってるんだし、気にしなくていいのになあ。
「お父さんもお母さんもおはよう」
「「おはようございます。ありがとうございます。よく眠れました」」
俺が挨拶を返すと、希帆と楓ちゃんも挨拶。
台詞からお辞儀する所まで綺麗にシンクロしていた。昨日もだけど、ここまで綺麗に被るとちょっと面白いね。
「じゃあ、私は朝ご飯の仕上げしちゃうから2人は座っててね」
「あ、私もお手伝いしますよ」
「私もするよ!」
俺がそう言って台所へ向かおうとすると、そう言ってくる2人。
お客さんなんだから手伝ってくれる必要は無いのにね。良い子過ぎるのも問題だ。
2人を座らせた後、コーンスープを温めながらツナサンドを完成させていく。
具材を乗せて挟んでいくだけだから簡単なのだが、地味に大変だ。主に弟が食べる量的な意味で。
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食後、まだ出掛けるには少し時間がある為、部屋の布団を畳んだ後のんびりしている。
しかし、バゲットを両手で持って齧り付く2人は可愛かったなあ。両親が居なければ動画で撮っていた所だ。
「そういえば空さん。お家の地下って何があるんですか?」
のんびりコーヒーを飲んでいると楓ちゃんから突然聞かれた。
なんでも昨日来た時から気になって仕方なかったとか。あ、2人は紅茶を飲んでいる。コーヒー苦手なんだって。美味しいのにね。
「んーと、地下プールとリクライニングルーム的な部屋があるよ。後、お風呂かな」
プールがあるのは憧れる人が多いだろう。現に俺も前世では憧れた。
だがしかし、掃除が大変なのだ。毎年暑くなってくると訪れるあの重労働は辛い物がある。
まあ、あそこで泳いだりのんびりするのは好きなので掃除するんですがね。
「プールあるの!? いいなあ。羨ましいなあ」
「良かったら、夏に入りに来る?」
「いいの!? 入るー!」
「いいですね。あ、でも海も行きたいです」
「海も良いね。行くなら日本海かなあ。綺麗だし」
「えー、沖縄がいい!」
「沖縄はお小遣いで行くには厳しそうですねえ」
「だねえ。行けない事は無いのだろうけど、他に何もできなくなっちゃう」
「むー、じゃあ空の家のプールでいいよ!」
「そんな妥協する言い方じゃ入れたくなくなっちゃうなー」
「あ、ごめんなさい! 入りたいです!」
「ふふ、でも海も行きたいですね」
「そうだね。夏までに計画立ててみようか」
「いいですね。そうしましょう」
「やったー! 海ー!」
あ、ありのまま今起こった事を話すぜ。
俺は、プールの話をしていたと思ったら夏に海へ行く事になっていた。
何を言ってるかわからねーと思うが、俺も何をされたのか分からない。
超スピードだとか催眠術だとか、そんなチャチなもんじゃあ断じてねえ。
もっと恐ろしいガールズトークを味わったぜ。
ネタが分からないって? ごめんねー。
まあ、言ってみたかっただけなんだ。計画する事を言ったのは俺だしね。
あ、そんな事言ってたら時間だよ。そろそろ着替えなきゃ。
「2人とも。そろそろ着替えて出掛ける準備しよう」
「分かりました」
「はーい。猫ー!」
元気な返事が返ってきました。
目の前で可愛い女の子の生着替え。ぐへ……おっとはしたないですね。
「そう言えば空さん」
ん? なんだい。
「空さんってスカート持ってないんですか?」
んー、あるにはあるけど余り好きじゃないんだよねえ。
「一応持ってるけど?」
「見たいです!」
「私も見たい!」
「え、なんで」
「「絶対可愛いから!」」
……これでスカート穿かなかったら凄い文句言われるよね。
仕方ない。今日はスカートにしますかね。
ミニとか1枚も持ってないけど、ロングスカートで大丈夫だよね。
まあ、それで文句言われたらさすがに怒ろう。
そんな訳で、俺の今日の服装はロングデニムにチェックシャツワンピで決定ですよ。
あ、ロングカーディガンも羽織っていきますかね。
2人には可愛い可愛いと褒められました。
そしてミニは無いか聞かれたので、持ってないと答えました。
今度一緒に買いに行こう! と言われました。だが、断る。
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えー、現在車の中に居ります。
乗員は、両親に俺と陸、希帆と楓ちゃんです。
ワゴンタイプの車があって本当に良かった。
まあ、希帆か楓ちゃんが俺の膝の上に乗れば普通の乗用車でもいけたんだろうけどな!
因みに俺の服装に関してだが、母と弟に珍しいと言われ、父も多少驚いた顔をしていた。
そんなに私服でスカートが珍しいかよ。……あれ、最後にスカート穿いたのって何年前だっけ。
これが、入るからそんなに昔では無いと思うんだけど。あれ? まあ、いいか。
その後も車内で他愛の無い話をしていると、到着しましたショッピングモール!
駐車場に車を停めて、徒歩で目的地へ向かう。
多少足早になってしまうのは仕方が無いけど、希帆が全力ですね。どう見てもね。
はやくー! って言ってるけどそれは希帆がキュロットパンツにスニーカーだからできるんだからね?
こちとら、ロングスカートにブーツだからね。全力で走ったら転ぶに決まってますよ。
店前に着くと希帆が焦れたように待っていた。
遅いなんて言ってるけど、一緒に歩けば焦れる事無かったんだよ?
店内に入り、レジへと向かう。
売約済みになってるのでレジで迎えに来たと伝えるのだ。
「すみません。先週、白いメインクーンを売約済みにして貰った片桐ですけども」
「あ、はい! お待ちしておりました。少々お待ち下さい」
俺が話しかけるとレジに立っていた店員さんはすぐにそう言って、レジを離れて行った。
よく見れば、先週俺に猫を抱くのを薦めてくれた店員さんだ。だからすぐ分かったのかな。
-前に来たすっごい可愛い子、来たよ!
-ホント!? どこどこ!
んー、なんか聞こえた気がするけど気のせいだよね。
うん、気のせいだよ。仮にも店員さんが仕事中に私語なんてする訳が無いんだ。そう信じるんだ。
「お待たせしました。えー現在この猫ちゃんは生後80日弱ですので、あと2週間程は室内で飼って頂いて、そしたら獣医さんで予防接種をしてあげて下さい。予防接種受ける前に外に出しちゃうと合併症とか色々怖いですからね。あと、その際にですね。猫ちゃんの登録の方もしておくと手間が省けて良いと思いますよ。あと、餌に関してですが---」
その後も丁寧な説明が続き、猫を買った。
後は、他に必要な物を揃えるだけだね。
猫用のお皿2つと、トイレ。トイレは砂タイプよりはシーツの方が良い気がする。掃除楽だし。
後は、ああノミ防止の首輪も必要だし、キャリーバッグにキャットタワーに、爪とぎにブラシか。あ、ご飯も忘れてた。あと、メインクーンはボール遊びが好きと聞いた事があるからそれも買おう。
こう考えると結構な出費になるね。
猫も合わせると中古の原付より高いんじゃないか?
「お父さん。ありがとうございます」
「なに、新しく可愛い家族が増えるんだ。誰も反対してないし、しっかり面倒見るんだぞ」
ふへ。父に改めてお礼を言ったら、頭撫でられた。
さすがに恥ずかしいですよ。
必要な物を買って店を出る。
荷物持ちの弟は大変そうだ。父も片手にだが荷物を持っている。
俺? 猫ちゃんで両手が塞がっててそりゃもう大変ですよ。
何が大変ってさっきから頬が緩んで緩んで。それをなんとか引き締めようと必死ですよ。
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家に帰って来ました!
とりあえず、大きくなるまではリビングで生活して貰おうって事で猫用具はリビングに置く事になりました。
猫を放してみると、辺りをキョロキョロ見渡しながら歩いている。たまに臭いを嗅いでみたり。
じゃあ、猫が慣れるまでにキャットタワーとか色々設置しちゃいますかね!
キャットタワーの組み立ては弟に任せて、トイレの位置とかを決める。
トイレは台所の方で良いだろう。人によっては嫌かもしれんが、ゴミ箱が近くて便利だし。
あとはメイズバスケットにバスタオルを敷いて寝床にする。
あ、キャットタワーが完成したみたいだ。これはテレビの横でいいだろう。
さて、全ての配置が完了したぞ! 猫を遊ぼうぞ!
「そういえば、猫ちゃんの名前は決めたんですか?」
猫と遊ぼうとしたら楓ちゃんに聞かれた。
そう言えば、名前決めたけど言ってなかったっけか。
「うん、決めてるよ。雪花って名前にしたの」
「雪花ちゃんですか。可愛いですね」
「うん。セッちゃんとか雪ちゃんって呼んだりね」
「……セッちゃん。俺がガン「希帆。それ以上はいけない」」
まったく。可愛い名前でほのぼのしてる所でいきなり危険な発言するんだから。
しっかし雪花は可愛いな。希帆が危険な発言したとは全く知らないんだろう。まあ、当然だが。
俺等の臭いを嗅いではゴロゴロ言いながらスリスリしてきおる。
もう、いいよね。動画と写真撮っていいよね。我慢しなくていいよね!
てな訳で、携帯のカメラを構えますが、携帯が気になるらしく鼻を近づけて臭いを嗅ごうとする雪花。
それを必死に撮り続け、フレームに収めようとする俺。そんな図がしばらく出来上がりました。
凄い可愛いの。凄いの。もうね。凄いんですよ。本当に凄いの。何が凄いって凄いんだよ。
「希帆ちゃん」
「なーに?」
「空さんが赤ちゃん言葉使って猫をあやしてますよ」
「うん。そうだね。学校の男子が見たら人死にが出るんじゃないかな」
「ああ、私もそんな気がします」
「とりあえず、写真撮っとく?」
「そうですね。そうしましょう」
ああ、猫可愛いなー。また希帆達がなんか言ってるなあ。
あ、2人ともお客さんなんだからもてなさないとなあ。あー、可愛いなあ猫。
なんでそんなに可愛いんでちゅかー。なんつって。
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しばらく遊んだら、疲れたのかおねむな感じの雪花。
なので、メイズバスケットの所まで運んでやり、ここが寝床だと教えて寝かしつけてみる。
しばらく撫でていたら、ゴロゴロ言いながらも目を瞑って動かなくなったので、これで大丈夫だろう。
その後、希帆がお家探検がしたいと言うので、地下のプールやリクライニングルーム、貯蔵庫を見せたり、庭を歩いたりした。
空の普通は一生信じる事ができないだろう。と言われたのが少し悲しい。そんな事無いはずなんだが。
後は、夕飯を食べたら2人が帰る時間だ。
夕飯は母が作ってくれたカレーだった。うちのカレーは絶品ですよ。
イタリアントマトの缶詰を入れるのがポイントだ。後は市販のルーを使ってるが、それだけで味が全然違ってくる。
相変わらず美味しかったのでおかわりしてしまった。希帆も楓ちゃんもおかわりをしていた。
昨日から食べ過ぎで体重計に乗るのが怖いです。と楓ちゃんが言ってたが、昨日のご飯は量はあれどヘルシーだし、カレーも新陳代謝を高めるから案外気にする事は無いかもしれないよ?
まあ、何事も食べ過ぎは良く無いけどね。
因みに、カレーの日の陸は見てはいけない。見るだけで満腹になるくらい食べるから。
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さて、夕飯も食べ終わり今は2人を駅まで送ってる所だ。
2人とも楽しかったと言ってくれている。何も無い家だけどそう言ってくれると嬉しいね。
もし、今度来る機会があった場合に備えてゲーム機くらい買っておこうかな。
弟の部屋にはあったはずだけど貸してくれるか分からないし。
「空さん。また猫ちゃんに会いに行っていいですか?」
「あ、私も行きたい!」
「いいよ。是非来てね。大したもてなしはできないだろうけど」
「……あれで大した事無いなら、家にお呼びできません」
「家もだ」
あれー? ご飯作っただけでそこまで言われる程の事かね?
「えー。2人の家にも行ってみたかったなあ」
「あ、来て欲しく無い訳じゃ無いんですよ? プレッシャーがかかるだけで!」
「そうそう。家にも来て欲しいんだよ! でも、空の家と比べるとボロいし!」
わざと落ち込んだ感じで言ってみれば、2人がちょっと慌てた感じでフォローしてきた。
なんだろう。少しだけ罪悪感が。まあ、これで2人の家に遊びに行く言質は取れた訳だ。
いつになるか分からないけど楽しみだな。
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「よう。片桐じゃねーか」
駅に着き、2人を見送り帰ろうとすると突然後ろから話しかけられた。
振り返ると、茶髪ピアスもとい館林が居る。
「こんばんわ。デートの帰りか何かですか?」
「いや、バイト」
へー、バイトしてんだ。意外だな。
「バイトしてるんですか」
「ああ。別に禁止されてる訳じゃねーしな。それより、今帰りか?」
「ええ、それが何か」
「いや、なら送ってくわ」
……いや、要らんですよ。
別に1人で帰れますよ。
「いや、大丈夫です。ありがとうございます」
「もう暗いだろうが。あぶねーぞ」
「いや、そうそう変な事件が起きるとも思えませんし」
「先週、駅で変な奴にナンパされてた奴が言っても信用ならねーな」
……ぐ。言い返せんぞ。
「ほら、黙って送られてろ。行くぞ」
そう言いながら、スパンと軽く人様の後頭部を叩く茶髪ピアス。
「……痛い」
「気のせいだ。気にすんな」
なんだコイツ。……むかつく。
まあ、付いて行かないとうるさそうなので、付いて行きますけどね。
「そう言えば、お前は何の帰りなんだ?」
帰り道を歩いていたら、館林に突然聞かれた。
「希帆と楓ちゃんが泊まりに来てたので送ってたんです」
「なるほどな」
……それだけかい!
何がしたいんだコイツ!
「館林君はなんでバイトをしてるんですか?」
ただ無言で帰るのもアレなのでこちらから話を振ってみる。
「ん? ああ、家は母子家庭だからな。金がねーのよ。そんでだ」
「そうなんですか? それでよく竜泉入れましたね」
「……言っておくが、俺は特待生だぞ?」
……え!?
いやいやいや、そんなご冗談を。その見た目で特待生って! いやいやいや。……まじで?
「……そんな驚いた顔しなくても良いんじゃないか? まあ、気持ちは分かるがな。竜泉は成績がずば抜けて良いと内申なんて殆ど関係無いだろ? 入試でトップクラスの点を取れば特待生になれる制度があんだよ。それでなったんだ」
「でもそれって入試で殆ど満点取らないと無理って聞いたような気がしますが」
存在こそすれど、存在するだけになっていると聞いた。
あ、因みに俺とか普通の特待生は入学前から話が来て、面接だけだから入試は受けていない。
「ああ、俺もそう聞いた。でも、俺が高校入る術なんてそれ以外に無いようなもんだったからな。必死で勉強したさ。荒れてた時期もあったがね」
竜泉受かってなければ、道路でも作ってたんじゃねーかな。と笑ってる。
何て言うか、ただの不良だと思って誤解してたみたいだ。自分の境遇に抗って頑張ってる奴だったんだな。少し見直した。
「あ、もう近いのでここら辺で大丈夫です。ありがとうございました」
「お、そうか。しかしすげー住宅街に住んでるな。俺には縁が無さそうだ。気をつけてな」
周りを見渡して、苦笑いしながら帰っていく。
男子が皆アイツみたいに下心の無い感じで話しかけてくるんなら良いのにねえ。
ま、いいや。
それよりも猫と戯れるんだぜ。
俺の1日はこうして終わった。
あ! 勉強ろくにしてねえ!
 




