第1話
鏡の前で身嗜みをチェックする。
黒く背中まで伸びた髪、少しつり上がった目、白く透き通るような肌。
そして、濃紺のブレザーに黒地に白いチェックの入ったスカート。深い緑のネクタイを締め、胸ポケットには1年である事を示す、1本のラインが入った学年章。我ながら完璧な美少女が完成したもんだと思う。
申し遅れましたが、俺の名前は片桐空。
この春から、竜泉学園高等学校に通う所謂転生者ってやつだ。
なんで転生したかっていうと自称神様の趣味らしい。
そして、この世界は恋愛ゲームの、しかも超が付くマイナーなゲームの世界だと言うのだ。
なんでも、1度でいいからこういう事やってみたかったとか。
恋愛ゲームなんて言うから、転生前は可愛い子を攻略してキャッキャウフフすればいいのかと思ってた。
しかし、現実は非情である。俺が産まれた性別は女だったのだ。どう考えても攻略される側じゃないですか。やだー!
まあ、不細工に産まれる事ができたなら嘆きつつも平穏に暮らす事ができたかもしれない。
しかし、しかしだ。俺が2度目の人生で手に入れた肉体は、磨けば磨くほど光り輝きそうな超ハイスペックな肉体だった。
前世では、可愛い子を愛でて、目の保養をするのが大好きだった俺は、磨けば光りそうなのに地味で目立たずに過ごしている子の事が我慢ならなかった。
まあ、だからと言って口を出したりはせずに、口惜しい思いで眺めているだけだったのだが。
何を言いたいのかと言うとですね。
このハイスペックな肉体を磨かずにはいられなかったと言う訳だ。しかも自分の身体である。やりたい放題、磨きたい放題である。
まず、勉強のできないアホな子は好きでなかったので勉強をしっかりした。
前世では、国立大学に入った身だ。復習も兼ねつつ苦手な部分をしっかりと時間をかけてこなし、高校入学時点で卒業レベルまでは隙が無いと言いきれるまでになった。
そして、料理。
これも前世で得意な分類に入った為、女性への要求レベルが高かった。自分の要求レベルへと至る為に日々努力を重ね、家庭料理という範疇は出ないが、大体の物は作れるようになった。お菓子に関しても隙は無い。まあ、甘い物は余り得意では無いので弟に処分させたが。
運動も頑張った。
運動部に所属した訳では無いが、毎朝のジョギングと美容の為の筋トレは欠かさなかった。
その為か、腰はしっかりとくびれ、身長も163センチと中々に良いプロポーションを手に入れる事ができた。
他にもピアノや習字等、思いつくものは手当たり次第にやっていき、我ながら呆れる程のチートキャラになってしまったと言う訳だ。
まあ、こんなに自分磨きを頑張っていたら攻略対象になってしまうとある時に気付いたのだが、もう後戻りできないレベルまでやっていた為、突っ切る事にしたっていうのもある。
それからは開き直った。俺を簡単に攻略しようなんざ砂糖菓子より甘いって事を思い知らせてやるのだ! の気概でもって過ごしたのが中学時代だ。
まあ、中学時代には数回告白されただけで特にそれらしい物は全く無かったんですけどね。
「空ー、早く朝ご飯食べないと入学式遅れるわよー?」
1階から母の声がする。もうそんな時間か。
1人で色々と考えていたら意外と時間がたっていたらしい。
トントントンと階段を降り、リビングへ向かう。
体重が軽いからか女だからかは分からないが、少しくらい乱暴に階段を降りたりしても大きい音が立たないから不思議だ。
「おはよー」
リビングへ入り、挨拶をする。
テーブルの上には既に俺の分の朝食も用意されていた。
今日のメニューはトースト1枚とスクランブルエッグにウィンナーである。て言うか毎朝大体これだ。我が家は朝はパン派である。パンとコーヒーの組み合わせは至高。これは前世からの持論だ。
「おはよー姉ちゃん。高校の制服似合ってるねー」
弟がパンに齧り付きながら挨拶をしてくる。ふふん、似合ってるだろう?
「おはよ、相変わらずよく食べるね」
弟が食べている朝食は基本的には俺と変わりが無い。
しかし、量が問題なのだ。6枚切りのパン3枚に、スクランブルエッグが目算で卵3つ分、それに山盛りウィンナーだ。よくこんなに入る物だと思うが、サッカーをしている彼にはこれでも足りないのかもしれない。
弟の陸は、今年中学3年生になる。
ジュニアユースに所属し、この春からはU-16日本代表に選出された。
これで、サッカー馬鹿なら可愛げがあるのだが、勉強面でも常に1桁の順位に入り、見た目も170後半でつり目が若干キツい印象を与えるかも知れないが、健康的に焼けた肌を持つイケメンだ。中学にはファンクラブまで存在するとか聞いた事がある。イケメン爆発しろ。
まあ、なんの因果か知らないがシスコンになってしまった事が唯一の残念な部分と言えるか。
「もうちょっと食べたいんだけどね。母さーん! もっとなんか無いの?」
台所に居る母に向かって声を張る弟。
これだけ食って足りないとかコイツの胃袋マジでどうなってんだ。
「家の冷蔵庫空っぽにしないでちょうだい! アンタだけで空の4倍は食費かかってんだからね!」
「……姉ちゃん、菓子とか無い?」
……作れと?
これから学校だと言うのに無茶を言うねこの子は。
そして、冷蔵庫の中の物を使うのに変わりは無いって事に気付いて無いんかね。
「これから学校なのに無理言わないの」
弟の戯言に構ってる時間は無い。
早い所朝ご飯を片付けてしまわねば。
それにしても、なんでパンとコーヒーの組み合わせをこんなに美味しいのだろう。
というより、コーヒーが美味しいんだな。うん。
インスタントは好きじゃないので飲まないが、ドリップコーヒーは本当に美味しい。
そう言えば、前世では夏バテした時にブラックコーヒーだけで1週間生活した事があったな。いい加減何か食べなきゃって事でヨーグルト食べたら胃もたれしたのは良い? 思い出だ。
「姉ちゃんはよくブラックでコーヒー飲めるよなぁ」
俺には絶対無理だ。と弟が呟く。
「コーヒーを甘くするなんて、コーヒーに対する冒涜としか思えないもの。甘い物も余り好きじゃないし」
「そのくせ、菓子は結構作るじゃん」
「あれは、嗜みってやつよ」
「意味が分からない」
「なら、作ったお菓子が貰えなくなっても構わないの?」
「ごめんなさい。素晴らしい趣味だと思います!」
弟は甘い物が大好きだ。
1度、甘い物のどこが良いのか聞いてみたが「俺が好きなのは甘い物では無く姉ちゃんの作ったお菓子なんだ!」と、意味の分からない事を言われたので結局分からず仕舞いだった。
「空、食べ終わった? そろそろ行くわよ」
食後のコーヒーを飲んでいると、母から声をかけられた。
普段着ないパリっとしたスーツに薄めながら化粧をしている。顔を改めて見直すと美人であるが、歳を取ったと思う。目尻の皺のあた……ごめんなさい。失礼な事考えないから睨まないで。
「姉ちゃん!」
準備が終わり、さて出ようかと言う時に弟に呼び止められた。
「俺も来年、姉ちゃんと同じ高校入るからそれまで変な男に引っ掛かるなよな! 俺が邪魔じゃなくて、助けてやれないんだからな!」
コイツ、出る直前で爆弾落としやがりましたよ。
中学時代に告白をあまりされなかったのはコイツの所為らしい。
て、事はあれですね。
俺の高校生活は前途多難って事でOKですよね。畜生。