嘘だったと健太は言う
首が熱い。
心臓が首に移ったんじゃねーのってぐらいドクドクいってる。
しかも麻痺したのか慣れたのかわからないがうっすら痛くなくなってきた。
これアドレナリンがどうのこうのって奴じゃないのか? やばくないか?
俺の目の前には恐る恐るといった様子で見上げる幼なじみがいる。
痛みの元凶、とは言い過ぎか。
なにせ引き金を引いたのは俺のようなのだから。
田中那智とは保育園からの幼なじみだ。
例によって彼女をガキ大将から守ったりして結婚の約束なんてものをして、例の如く中学校辺りから疎遠になった。
ここらへんは思い出すとのたうち回りたくなるので割愛。
そして実は狙って同じ高校へ行き、念願叶って二年で同じクラスになった。
そこではじめて知ったのは那智は結構もてるということ。ひっそりとだが。
彼女の容姿は悪くはないが良くもない、性格も人見知り気味、スタイルはボリュームがちょっと足らなくね? ぐらいが周りの認識だと思っていた俺は非常に驚いた。
しかも彼氏がいる、とか。
ショックを受ける権利はないと思いつつもへこんで、どうにか本人から真実を聞きたいと考えた。
そして絶好のチャンスが訪れた。
昔から田中と谷崎の名字には助けられてきたが、今日、日直で良かった。先生がなんとなく掃除押し付けてきてくれて良かった!
しかし話しかけるタイミングもつかめず時間だけが過ぎていって、掃除も終わりって頃にいきなり那智が倒れかけた。
驚きながらも駆け寄って支える。
幼い頃に触ったのはもう記憶の彼方で、はじめてに近い彼女の感触はとてもやわらかく感じた。
大丈夫か聞いたが那智は俺にもたれかかったまま、何も答えず、顔をあげる。
そんな潤んだ目で見上げるなー!
思わず両肩を掴んで壁に軽く軽くと念じながら押し付けた。
あれ以上密着してたらどうなるかわからなかった。俺の理性とか。
とにかく目的の話をしてしまおうと俺は口を開いた。
「那智、俺は……お前に今つき合ってる奴がいるって聞いた。本当か?」
彼女は答えない。
ただじーっとこちらを見上げてくる。
さっきより目の潤みが増しているのは気のせいか?
「なんで何も言わないんだよ。あ、いや、責めてるわけじゃなくて。俺だってそんなこと聞き出す権利なんかないのはわかってる。けど、俺は、」
那智の舌が小さく動いて、乾いた唇を湿らすように舐める。
なんか舌なめずりっぽい……?
いやいやまさか。
勢いに乗って言った。
「お前が、那智が、好きだ!」
直後に細い手が伸びてきて那智が俺を抱き寄せた。
シャンプーの香りが前面に広がる。
驚いて口を開く前に、首に焼け付くような熱が襲った。
「……っだ!?」
噛ま噛ま噛まれてる!?
熱さの次は明確な痛み。
生存本能なのか思い切り彼女を突き飛ばしたくなる気持ちを必死で抑える。
那智の後ろは壁、男の力で押したりなんかしたらどうなるか。
それ以上に女に暴力なんて男としてどうかと、でも痛い。
噛む次は舐めてきた。
ぺろぺろなんてレベルじゃねーからな傷に舌ねじ込む勢いだからな! いた、いたた。
だが噛まれた直後よりは幾分、落ち着いて状況を把握できるようになった。
俺の鎖骨あたりには何か柔らかいものが押し付けられていて、意外と着痩せするタイプとかなぜか俺の足の間に入り込んでいる白い太ももとか、って全然冷静じゃねーー!!!
馬鹿か俺は!
状況を確認した方がもっとやばいことに気づいた。
那智をどうにか視界に入れれば、見たことない恍惚とした表情で俺の血を啜っている。
本気で血飲んでるのか……!
耳に直接響く水音が生々しい。
貧血なのか頭がくらくらする。
しかし、俺はろくな抵抗もできないままされるがままになっていた。
どのくらい時間が経ったのだろうか。
一日と言われても驚かないくらい、身体が疲弊している。
那智はようやく落ち着いてきたのか俺の首から顔を外したようだった。
首が熱いのに寒いという奇妙な感覚に襲われる。
「ケンちゃん?」
心配気な那智の声を聞きながら、俺の視界はゆるく暗転した。
そして今に至る。
俺は今まさに逃げようとしていた那智を捕まえていた。
目が覚めたらパンツ丸見えでずっこけてんの見つけただけなんだけどね、咄嗟に足を掴んだ俺、頑張った。
うまいこと慌ててくれたので、簡単に拘束して動けなくする。
那智は今にも捕食されそうな小動物の瞳で見てくる。
被害者は俺のはずなのになんでそんな怯えられなければいけないのか。
端から見たら確かに俺が食いそうだが、逆だからな!
本当の肉食は那智の方だからな!
目の前にある那智の唇は口紅では有り得ない赤で光っていた。なんだこの色気。
仕返しなんて本気半分建て前半分で言いながらキスをした。
初恋相手との初キスは血の味ってなんつーおどろおどろしい状況だと思いながら、首を辿って軽めにやり返してると、那智が俺の首を舐めた。
さっきのように舌をねじ込む感じではなく、遠慮したようにおずおずと。
背筋を走る寒気って、いうか、もう。
止めないからな。
半泣きで俺を叩いてくる那智はちゃんとはじめてでした。
男には一生わからんが、たぶん同じ、下手すると俺が受けた以上の痛みを那智に与えたらしいことに喜びを感じる。
ひどいと言うので反論してやった。
「俺は那智と違ってヤり逃げしねーよ」
男に抱きついてあんな顔で人の首(正しくは血)を舐めて煽った挙げ句に逃げようとしたのは那智だ。
「殺り逃げなんかしてない! ケンちゃん生きてたよ!」
殺したつもりだったのかお前ーー!!
しかもやるの意味が違う!
憤慨する那智の頭に俺は思わずチョップをしてしまった。
いつの間にか首の血は止まっていた。
止血した覚えはないのに。
まあ、いいかと学ランを着る。
きっちり留めれば血みどろシャツも隠れるので助かった。
しかしこの猟期殺人の後みたいなシャツはどう洗濯すればいいのか。
下手に家族に見つかったらやばくね?
悩んでると、那智が物欲しそうにこっちを正確にはシャツの血部分辺りを見ていた。
やっぱり捨てよう。
那智と二人で帰った。
お互い疲れ果てていたため自然と歩みが遅くなる。
ここでやっと俺は那智が吸血鬼というものなのかと思って聞いてみた。
結局、吸血鬼なのかはわからなかったが、彼女が人の血を吸ったのは俺がはじめてだったとわかる。
思ってた以上に安心した。
あんな接触を誰かにさせて、あんな顔を誰にも見せるくらいなら、俺は痛みぐらい我慢できる。
伝えると那智が嬉しそうに抱きついてきた。
思わず顔が熱くなる。
「じゃあ今ちょーだい!」
「それが狙いか!!」
身の危険を感じて那智を引っ剥がす。
不服そうな様子がかわいく見えるのだから俺は末期だと思った。
終わりです!
読んでいただきありがとうございます!
那智は血しか見てなくて健太は那智しか見てませんでした。