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成人式、モロッコニキを介護する

作者: 六野みさお
掲載日:2026/01/16

 私はそこまで幸せな幼年時代を送ったわけではない。実家は経済的には厳しいわけではなく、少なくとも中学までは成績優秀といわれていたが、低身長ヒョロガリの私は屈強な同級生男子たちのサンドバッグになるのが通例で、その他私が自覚した段階ではどうにもならない自身への刺青は結局完全に消すことはできなかった。それでもなんとか私は20歳を迎えてしまい、ついに成人式に出ることになってしまったのである。


 まずは近くに住んでいる祖母を訪問する。この祖母はもう80歳近く、糖尿病(I型)に膀胱癌、さらにはここで病名を言っても誰も理解しないが界隈では難病と名高い謎の病気などを患ってはいるもののなぜか生き延び続けており、その生命力には医者も仰天したという。だがあまりにも長生きしてしまったため去年ついに50年余り連れ添った夫を看取ることになってしまった。であるから私はまず祖父の仏壇に線香を上げ、「おお祖父よ、私が成人する姿を見せてやりたかった!」と言わなければならない。とはいえ成人年齢自体は18歳に引き下げられているのである。つまり祖父も私が成人したところを見たことになるのだが、そういう問題ではない。上の世代にとっては成人年齢は永遠に20歳なのである。最近痩せてきた、もう長くないかもしれないと愚痴りつつも祖母は私のために赤飯を作ってくれていた。この祖母は数年前までは年末に普通数万円もするような豪華なおせち料理を親戚一同に作っていた料理の達人である。もうそれをしないあたりやや衰えているようだが、それでもまだ運転できるし、しばらく鬼籍に入ることはなさそうである。


 あまり祖母宅に長居しても仕方ないので、一旦帰宅して赤飯を昼食代わりにし、正装して(といっても私は男であるからスーツを着ただけである)会場である体育館に出かけていく。さて知り合いはいないか探すと、向こうから手を振ってきた二人組がいる。見るとそれはNTRニキとKINGニキではないか。


 NTRニキは高身長のバスケ部で、女子たちの人気を一手に集める美少年であった。しかし彼は付き合っていた学校のマドンナを寝取られてしまったのである。マドンナを寝取ったのは同じバスケ部の男であったが、彼は低身長でありながら不断の努力でバスケ部部長となっていた苦労人であった。体格に恵まれない努力家が高身長のイケメンから寝取ったという事件は当時かなりセンセーショナルなものであり、そしてついにNTRニキはこの稿で私にNTRニキと渾名を付けられることになったのである。しかし実際はNTRニキには一定の運動神経と頭脳があり、高校ではボート部に転向したものの全国レベルの成績を収め、現在は教育学部に進学して母校に実習として凱旋することが決定し喜んでいるようであった。


 一方のKINGニキはNTRニキとは似ても似つかず、太っちょで成績は学年最下位であった。いったいどこの高校に行けるのかみんな心配していたが、なんとか高校を出て就職し、正社員の地位を獲得していた。しかし給料はすぐにパチンコに溶かしてしまうようである。なお中学時代にはボカロ曲のKINGをよく聴いていたためこの渾名となっている。


 私とNTRニキとKINGニキは再会を喜び、そしてまたすぐにモロッコニキとマッチングニキとめぐみんニキを発見した。モロッコニキは実家が豪農で、荒野行動に月数万も課金し我々を驚かせていた。しかし地理に弱く、世界地図のどこを指差しても「モロッコ!」としか答えないことからこの渾名となった。マッチングニキはまだインターネットが普及しきっていない10年代後半にマッチングアプリで彼女を作っていた勇気あるニキである。マッチングニキはKINGニキに負けず劣らず太っていたが女子人気はあり、マッチングアプリでの彼女を捨ててすぐに誰かの彼女を寝取っていた。めぐみんニキはこのすばのめぐみんを愛していたオタクである。私に西尾維新を教えたのはこのニキである。


 私を含めたこの六人はなぜか中学時代仲が良く、実家が広いモロッコニキの家に集まってよく遊んだものである。人生ゲームやら人狼やらをやり、恋愛談議に花を咲かせ、試験勉強に精を出し、モロッコニキが飼っている犬と遊んだ。だがそれらは今や遠い昔のことであり、我々はそれぞれ別の道に進んだのである。それでもこの日再会すると六人はすでに打ち解け、近況を語り合い、大いに盛り上がった。だがこの日のメインイベントである成人式が始まるため体育館に入らなければならない。


 とはいえ成人式といっても私の地元のような田舎では大したことはできず、市長が訓示を読み上げ、代表が宣誓すれば終わりである。唯一面白かったのは市歌である。うちの市には驚くべきことに市歌が存在したらしく、それを最後に新成人全員で歌うことになったのだが、しかし学校で市歌など全く習っていない我々は市歌を歌えるわけがなく、伴奏が響き続けたのみであった。


 その後私は同じ高校で、また同じ中学の部活でなどいろいろと集まって記念撮影をやらねばならず、結局例の六人が集合したときにはすでにかなり遅くなっていた。夜には同窓会があるから、このときはそこで解散となったのである。


 さて夜になって同窓会会場に出かけていくと、成人式では和服であった女性陣はみんなドレスに着替えている。いったいこの日のために何十万円をかけているのか心配になるレベルで着飾っている。なんならそのレベルで着飾れる経済力のある人しか参加していないように見える。もはや成人式にすら資本主義は暗い影を落としているのである。


 同窓会には中学当時の我々の教師たちも呼ばれていて、一人ずつ挨拶をする。当時学年主任であったような先生は見事な挨拶をしたが、当時若手であった先生はまだ挨拶がぎこちない。特に感極まっているわけでもないのにあまりにもどもっている。


 そしていざ会食となったが、しかし20歳以上にしか飲酒は認められないから、早生まれは飲むことができないのである。個人的な場であれば飲めるのだろうが、恩師の先生たちがずらりと座っている前で飲むわけにもいかない。とはいえ未成年でも飲む人は飲むし、私は早生まれではないからビールを注いで乾杯した。


 モロッコニキは大酒飲みであるようだ。十分も経たないうちにビールを三杯平らげたが、「まずい!」と叫んでチューハイを飲み始めた。麦の苦さが気に入らないらしい。その麦の味がビールの良さであるのに勿体ないものである。私もモロッコニキが持ってきた缶チューハイを少し注いでほしかったが、気が付いたときにはチューハイの缶は六つすべて空になっていた。


 座は進み、余興としてビンゴ大会をすることになる。NTRニキは幸運なことにスキンケアセットを当てた。成長してますます美しくなった彼には妥当な賞品である。NTRニキの周りには女性たちが集まり、NTRニキはまんざらでもなさそうであった。ところでNTRニキからマドンナを寝取った男であるが、彼は引退後に中途半端に成績が伸びたため何を血迷ったか遠方の全寮制の高専に入ってしまい、成人式には行きにくくなってしまった。マドンナも浪人したあと行方がわからず、結局一番の勝者はNTRニキであったのである。


 NTRニキは早生まれであるのをいいことにモロッコニキに言われるがままに酒を注いでいっていたが、しかしモロッコニキは次第に酔い潰れてきた。彼はチューハイを取りに行こうとしたが、あまりにも酔っているため立ち上がれなかった。そこで私とNTRニキが両脇を支えて歩かせたが、チューハイはもうどこにもなかった。モロッコニキが全て飲んでしまったからである。


 宴もたけなわとなったが、しかし終電までには帰らないといけないので、我々は駅に向かうことにした。完全に前後不覚となったモロッコニキを介護しながらである。モロッコニキはもはや私とKINGニキとNTRニキの区別がつかず、商店街の真ん中で「NTRニキ! どこにいるんだ! NTRニキーッ!」と叫ぶ変人と化していた。もちろん実際はNTRニキは普通の本名で呼ばれているためここでの字面ほどカオスではない。


 なんとか地元の駅に戻ってモロッコニキをタクシーに押し込み、他の友人たちとも別れて家に帰ることにする。するとちょうど前を歩いているのは大連立ネキではないか! この大連立ネキは中学一年のとき、普段数派に分かれて互いに争っていた女子たちが、このネキを迫害するためだけに大連立を組んだことで有名なネキである。なぜそんなことになってしまったのかは不明だが、とにかくこれによって大連立ネキは全方向から虐められることになり、結局ほとんど不登校であった。しかし実は私は大連立ネキとは幼馴染であり、当時は各方面の反応を気にして何もできなかったものの大連立ネキの苦境に考えるところがあったのである。ところがよく話を聞いてみると、大連立ネキもうまく通信制を経由して大学に進学しており(もともと大連立ネキは優秀なのである)、ある程度充実しているようであった。自分を虐めていた奴らがそこかしこにいるというのにわざわざ成人式や同窓会に出るのは不自然に感じられたが、彼女に言わせるともはやそのようなことはどうでもよく、みんなが元気であればそれでよいらしかった。私は大連立ネキの心の広さに感服したが、同時にそこに至るまでにどれほどの苦しみがあっただろうかとも思った。私自身もここに挙げたネームドニキたちとは仲良くしていたが、しかし冒頭で述べた通り屈強な男子たちのサンドバッグにされることも多く、私はついに彼らを許さず、成人式でも同窓会でも一言も喋らないままになってしまったのである。果たしてこの行動は正解だったのだろうか? 私は心の狭い人間なのだろうか? とはいえこのようなことは、おそらく一生をかけても答えが出ないことである。


 私は大連立ネキとも別れ、ついに一人となった。すでに両親が眠ったあとの実家に帰り、スーツを脱ぎながらこれまでのことと、これからのことを考える。中学まで、私や友人たちの世界はほぼ学校のみであった。そこではいくつもの愛が育まれ、絆が結ばれ、また逆に破壊された。だがそれも遠い昔のことであり、我々は別の道に進み、そして少しの間すれ違ったのみでまた散らばっていくのである。そのすれ違いというものは、かけがえがないというにはあまりに卑俗で、どうでもいいというにはあまりに重大である。

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