7 心の拠り所
レイファ兄さまの言うことは難しかったけれど、決して子ども扱いしない態度がメリルには嬉しい。
毎日コツコツやれば必ず出来るようになる、ということだけは理解出来た。この単純……(ゴニョゴニョ)疑うことを知らない性格こそがアクアオッジ家の子供たちの最大の長所だった。
メリルは毎日毎日コツコツと鍛錬場に通ってレイファの言葉を反芻する。
晴れの日も雨の日も。
朝は必ず三枚の銀貨にお参りしても、叶わないことがあるんじゃないかとふと心をよぎることはあるけれど、後ろを振り返っちゃダメだ。
それでもたまに一生このまま成長出来ないんじゃないかと悲しくなることがある。
そんなときには必ず行くところがある。心の拠り所となる場所がメリルにはあった。
アクアオッジ家のきゅう舎は牛一頭から始まった。
今では牛や馬や鶏、猪を家畜化させて育てていて、世間からは『農家になった辺境伯』と良くも悪くも言われていた。
立派なきゅう舎までやってくると、動物の世話をしてくれている動物管理長のブレナンがメリルに声を掛けてくる。
「メリル嬢ちゃま、またミョルダのところに行くんですかい?朝はまだ寒いからこの毛布を持って行って下さい。あとで簡単な軽食をお持ちしますよ」
「わあ。ありがとうー」
アーサーと一緒にやってきたミョルダはアクアオッジ一家みんなのお気に入りだ。
まだまだ現役の彼女は沢山子を産んで一家に牛乳を提供し続けている。
メリルは怒られて拗ねたり、自分のしょっぱい魔法に絶望したときは必ずミョルダのいるきゅう舎にやってきて、一緒に眠るのが常だった。
言葉こそ分からなかったけれど、ミョルダはまるで自分の子のようにメリルを側に置いた。いや、メリルだけではない。アクアオッジ家の子供はみんな、ミョルダに庇われ心の傷を癒していった。
何なら父もその中に入っている。夫婦喧嘩で一度も妻のアドリアナに勝てたことのない現辺境伯ザカリーもミョルダの世話になっていた。
陽が落ちてから差し入れにもらったサンドイッチと温かいお茶をいただきながらホンワカしていると、ミョルダの耳がピクリと動いた。
その仕草にハッとして顔を上げると、きゅう舎の外から──草を踏むかすかな音が確かに聞こえた。
管理長のブレナンが魔石の入ったランタンをこっそり置いていってくれたので真っ暗闇ではないものの、メリルの心臓が跳ね上がった。
暗がりの中、影絵のような人影がゆらり、と揺れ誰かが近づいてくる……
「だだだだだだだれかなあっ!?」
どうやら思ったよりも怖いらしい。語尾がすごい勢いで右上がりした。