23 婚約コンニャクとタマタマピエール
そして結論から言うとアンドリュー第三王子とメリル・アクアオッジの婚約は本当に結ばれていた。
「……婚約って、食べ物じゃないの?」
「コンニャクと混ざってない!? メリル!?」
「あっ。そっか」
アクアオッジ辺境伯とその妻は、
「嫌になったらいつでも婚約解消してもらいなさい」
「あらあら。どうせメリルの暴れっぷりに王子殿下はついていけなくなるだろうから、きっと婚約破棄してもらえるわよ」
なんということだろう……
王子の前なのに恐ろしいことを平気で言っている。王子から冷気がだだ洩れだ。
「いえ、婚約解消などあり得ません。今はまだ未熟ですが──一生かけて彼女を幸せにしますので」
いつのまにコイバナに? 妻アドリアナは目を煌めかせた。
「あらあらまあまあ。……それにしても王子殿下、その両手に抱えている猫の置物はいったいどうしましたの?」
「市場で買ったものだ。買い食いをしようとしたのだが、手持ちが金貨だけだったので、くずすために、つい……」
「それで、この置物を?」
「……これしかなかった……いや、正確には他にもあったのだが、なぜか手が勝手にこれを……」
「娘をやりたくない。やりたくないんだぁああ」
辺境伯が二人が仲良く話しているのを見て、まるで駄々をこねるように叫んだ。
「あなた……もうちょっと静かになさって? でないと首根っこ引っ掴んで、部屋から追い出しますわよ? あら、ごめんなさい? 王子殿下。……その猫の置物なんですけれど、うちにいるタマタマピエールにそっくりなんですの。瓜二つですわ」
王子はきょとんとする。
「……今なんと?」
「タマタマピエール。うちの猫ですわ。鼻の周りにぶちがあるのですが、本当に愛らしくて……アーサーがおりますので、そろそろ見つかってしまうのではないかしら」
見つかるのは猫? それともアーサー?
王子は手元の猫の置物に視線を落とした。
つるりとした陶器製で、後ろ足で立ち、片手で何かを招くような仕草をしている。丸っこい顔に、わずかに笑っているような口元、ぽってりとした体型。
(……これは武道の構え? かかってこい、的な動作か)
白黒猫……背中と頭部の上部分が黒く、額はややハチワレ……確かに鼻の周りのぶちがヒゲのように黒い。
「……選んだつもりはなかったんだが……なぜか、これを手に取っていた……縁起物だそうだが」
「ちなみに、おいくらで購入なさいましたの?」
「銀貨九十枚だが……」
(ぼったくられてますやん!)
聞いたみんながそう思ったが、黙っておいた。
猫会話をするつもりでは。そうじゃない。奥方が何か強烈な発言を──
「……いや……首根っこ引っ掴む、と聞こえたのだが……」
ぴたっと黙る辺境伯ザカリー。
夫婦喧嘩で一度も勝てたことがないので、黙るしかない。
「あらあら、まあいえ、何でもありませんわほほほ……」
アーサーは両親が、王命による強制的婚約ではないほうを選んだ理由がようやく分かった。
(なるほど……メリルの破天荒さに期待して、あわよくば婚約解消を目論んでるのかー)
ウィルフレッドも同時に気がついたらしく、思わず顔を見合わせてしまった。
((間違いなく上手くいかないぞ……))
ここらへんは、家族ならではの以心伝心である。
何故ならば──
既に二人は出会ってしまっていて、片方は色気より完全に食い気なのだが、もう片方といえば──
アンドリュー王子はメリルのほうだけをずっと見ている。
冷淡で興味のないものには氷のような王子なのだが、メリルを見る目は恋する者の、それ……
王宮で遭遇したときの態度とあまりにも違いすぎて、こうなるともうほぼ別人である。
ああ。このマイペースな両親も、結局のところ親バカなんだなあ。
アーサーを見つけた本物のタマタマピエールが、ちょこんとアーサーの近くに座った。
「ピエール~、今日はなんだか置物みたいに座ってるね~」
メリルが感心したように言うと、アーサーがふっと笑う。
「もう雨漏りはしないだろ」
アーサーがそう言った途端、タマタマピエールがぴゃっと逃げる。
この館で雨漏り大合唱の時代もあったよなあ、懐かしいなあ、とアーサーがしみじみしていると……
「わ、ごめんなさーい!」
メリルがグラスを吹っ飛ばして落としたはずみで、アーサーはびしょ濡れになった。
「…………」
グラスが、まさにタマタマピエールの座っていた場所に転がっていて、皆が一斉に考え込んでしまう。
(たまたま、だよなあ……?)
似ている……
あの探偵(デヴィッド・スーシェ版)エルキュール・ポワロに……




