22 ソルはわたしの執事
「ソル。今日からあなたはわたしの執事ね」
ドラゴンから降りてメリルはソルに近づく。
あ、こんなに背が高かったんだ。メリルはソルの首までしか背丈がなかった。
「……本当に僕がお嬢様のそばにこのまま居てもいいのですか? 素性も何も知らないのに?」
「今までのことなんて関係ある?」
即答だ。
おそらく、メリルにとってはそれが真実だし、本当に気にすることなど何もないのだろう。
ソルは目を見開いた。ああ、またか。
こんなにも迷いのない目で言われたら、自分の考えがいかに打算に満ちて歪んだものなのか、嫌でも理解してしまう。汚い人間なのだ、自分は。……だがこのお嬢様と居れば、こんな汚れた自分が少しずつでも洗浄される気がして──
「執事というのがどういうものなのかは分かりませんが、全力で事に当たります」
それを聞いて、メリルはにかっと笑った。
「だいじょぶ。うちは優秀な執事長がいるから。全部教えてくれるよ!」
アクアオッジ領主館の玄関扉を開けると、
「お帰りなさいませ」
いつものように執事長のセバスチャンが深いお辞儀と共に出迎えてくれる。
彼にソルを紹介すると、最近深くなった目尻の皺が一層刻まれて、何とも言えない表情になった。
感慨深い顔ってこういう顔をいうんだろう。
「……これで新たな人生の目標が生まれましたよ」
そう言うセバスチャンの顔は笑顔になっていた。
その後サリヴァン商会長殺人未遂の続報が届けられた。
髪の毛と眉毛が全焼しちゃった二人の男は、今は潰れた商会の商会長に雇われていて、ソルを使って依頼を果たそうとしていた。商会が潰れたときと、サリヴァン商会が急成長したのは確かに同時期だったけれど、それって完全に逆恨みじゃん。メリルは憤慨する。
男二人は刑罰が下されるけれど、肝心の黒幕は男たちの口述だけじゃ証拠不十分らしくて捕まえることができないと、憲兵が悔しがっているという話だ。
メリルは拳を握りしめた。唇を噛んで、小さく震える声で言う。
「……わたしだって悔しい。許せるわけないじゃん」
(いつかその黒幕ってやつをぎゃふんと言わせてやるんだから)
血の契約書も闇の炎で燃やしちゃったから残ってないしね。
でもそれでいいと思う。ソルが従属なんて契約から解放されてよかった。
「血の契約書なのですが、気になることがあるのです」
後日ソルが語ったところによると、血の契約書というのは従属契約のことで、その契約書に署名した覚えが全くないとのこと。
「それって、勝手に契約書に名前が刻まれていたってことなの?」
「はい……幼い子供の頃のことではあるのですが、それでも全く記憶に無いというのが、腑に落ちないのです。スキルのおかげなのか、状態異常には強いので」
このソルの発言にはみんなで唸るしかなかった。
王子はソルのスキルを鑑定しているので、睡眠や混乱や麻痺や毒など、状態異常に耐性があったのを思い出したのだ。
(それで覚えてないのは、確かにおかしく感じるな……)
むう、と考え込んでいたら、メリルがひらめいた。
(そうだ! カーラ姉さまならもしかして?)
「「カーラ姉さまなら!?」」
見事にメリルとウィルフレッドがはもる。
「メリルお嬢様の姉君ですか?」
「うん。アーサー兄さま、レイファ兄さまの次に生まれたのがカーラ姉さま。スキルも凄くてね……え……」
「だめだよ! メリル! カーラ姉さまのスキルは内密にする取り決めだろ!?」
アーサーが珍しく大きな声で言うと、メリルはびくっとする。
口外しちゃいけないって言われてたのに!
「え……っと、エイサッサーほいさっさー……」
アーサーがソルのほうを向いて言う。
「ソル。アクアオッジ家で働くなら口外してはいけないことがいくつかあることを知って欲しい。カーラのスキルもそうだけれど、魔王国のことも大っぴらにはしないと」
「かしこまりました」
アーサーはソルの近くに寄って、そっと耳打ちする。
「第三王子は【鑑定スキル】をお持ちだ。これは陛下から教えてもらったんだが──こういう情報も……分かるよね?」
「……はい」
アーサーとソルに緊張が走ったのを見て、メリルは笑った。
「難しいことはなんにもないよ。結構びっくりすることが多いかもだけど、アクアオッジ家はみんな大らかだからね」
「メリル、それ自分で言っちゃダメなやつ」
「それもそっか。あははは」
この後アンドリュー王子は、メリルたちのスキルを鑑定して、自分の【鑑定スキル】を暴露してしまうことになるのだが、そのことはアーサーとソル、ウィルフレッドを仰天させた。
(メリルによっぽど本気ってことか……)




