21 領主館にドラゴンで帰ろう
そうしてアーサーの待つサリヴァン商会に着く頃には、ちょうど店の開店時間になっていた。
一緒に連れてきたソルを見てサリヴァン商会長は腰を抜かしかけたが、ソルは深々と頭を下げ、「もう二度と無礼はいたしません」と静かに誓った。
商会長は目を丸くしたが、アーサーが事情を伝えていたため、謝罪だけで済んで事なきを得た。
「わたしの執事です。最初は見習いですけど」
メリルがそうと言うと、アクアオッジ家の事情に明るい商会長はセバスチャンを思い浮かべてホロリとした。
ずっと執事が一人しかいないのに執事長なのを知っていたから。きっとソルは彼の後継者として申し分ないだろう。少なくともメリルへの忠誠心は本物だ。
そうそう。メリルとウィルフレッドの目的の品はこの商会のお店にあるのだ。
きっかけはサリヴァン商会の一番若い商人の一言だった。それをちょうど聞いていた二人が絶対に買うと決めた一品。
アスパラガスの専売のほかに、アクアオッジ家の長女カーラの繋がりで、魔王国とも取引のあるサリヴァン商会ならではの商品でもある。
素材が特殊過ぎても、売れにくいなんて初めて知ったよ。
「なんかいろいろあったけど、やっと買えたね!」
目的の物は手のひらに収まっちゃうような小さい物だったけど、ちょっとお高かった。二人の銀貨を合わせて十四枚。もちろん、二人以外にはナイショの商品なのだ。これを買うためにこっそり出かけたのだから。
足りない分は出世払い? と二人は考えていたものの、まけてもらってなんとか買うことが出来た。
出自が特殊な品物でもあったので、売れ残っていたのも幸いした。
この商会では必ずお茶とお菓子を出してもらえる。
「……あ、僕はお腹いっぱいなので……」
「僕も……」
「それじゃ皆の分もわたしが食べますね! おいし~い」
ホールで提供された、生クリームとバニラアイスを添え、クローバーはちみつを回し掛けした苺付きチーズケーキは、アーサーの食べた一切れ以外は全てメリルのお腹に収まったのだった。めでたしめでたし。……じゃない。
商会の店舗を出て、心なしか無口になったみんなと一緒に街を後にし、点在する町をずんずん歩く。
立派な街道を歩いていき、三十分も歩いただろうか。
やがて街道から逸れて、しばらく歩くと河川沿いの開けた場所に、大きさの違うドラゴンが二頭待機しているのが全員の目に入った。
一頭はとても立派な白いドラゴンで、もう一頭は少し小さい蒼いドラゴンだった。
「アーサー兄さま、ほんとにドラゴンだ」
メリルがどうして? と聞く前にアーサーが口を開いた。
「ああ。何でも刺激が欲しいって、ドラゴン族の元長とその息子がね。僕の近くにいれば退屈しないからって付いてきちゃってね。昔は魔物の森近くの山脈に住んでたんだって。だから一族でそこを根城にするから、足代わりに使ってくれって言ってくれてるんだ」
うっひょ。馬車の代わりにドラゴン!? なんてゼイタク。
まずは挨拶挨拶。
ウィルが先に挨拶する。お兄さんだから。
「アーサー兄さまの弟で僕はウィルフレッド、こっちは妹のメリルです。よろしくお願いします」
「乗せてくださるそうで助かります。よろしくお願いします」
ウィルフレッドとメリルが挨拶をすると鼻面を触らせてくれた。思ったよりもスベスベしている。
「あったかい……」
息をのむ彼女に、ドラゴンはゆっくりとまぶたを閉じる。
「……ヒトの子供にしては礼儀正しいのだな……よかろう乗るといい」
こうして大きい白いドラゴンにはアーサー・ウィルフレッド・メリルの三人が、小さい蒼いドラゴンには王子とソルがそれぞれ乗った。
なんでも王子は蒼いドラゴン(ヴィアスソライルって言うんだって。白く大きいお母さん竜はサイレナヴィント。お母さんだったんだね。びっくり!)とはすでに友達みたい。
ドラゴンが飛び立つ。
ドラゴンは翼だけじゃなくて、魔力も同時に使って飛ぶと聞いた通り、力強く羽ばたくも風をきる音は静かで、予想外にフワっと飛び立った。草や土もサワサワと揺れていて、それほど舞い上がらない。
小さい風がびゅおっと巻き起こったと思ったら、あっという間に地上が遠ざかる。
ドラゴンを買い物帰りの足に使うだなんて、普通じゃ考えられないよ。
ぐんぐん小さくなるアクアオッジ領は、昔アーサー兄さまから聞いた荒野とはかけ離れた、豊かな大地に様変わりした。
地面が遠く離れても、街道が陽の光に照らされキラっと光っている。
まだ王都にいるレイファ兄さまを想う。
しょっちゅうホームシックにかかっては、アクアオッジ領に戻ってくるんだけれど、何とかなるといいんだけどな。
それこそドラゴンで王都まで通っちゃえばいいんじゃないのかな?
そんなことをメリルが考えているうちに、アクアオッジ領主館へとたどりついた。
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