18 え?王子さまが婚約者ー!?
「……僕の婚約者から離れてくれないか」
絶対零度の冷風が吹き荒れた。いや、実際には吹き荒れてなどいないのだが。アンドリュー第三王子がソルに向かって警告する。
「……これは失礼致しました」
ソルはメリルからやや距離を置くと、深いお辞儀をする。
(この人のそばにいれば、心を抉らずに済む日々を送れるかもしれない)
それは彼女の優しさに甘えているのだと、分かってはいた。
そばにいるためには何でもしたいと思う。物心ついた頃から暗殺しかしたことがなくて、執事というものが何をするのか分からなくても。
二人の間に火花が散っているように見えるのは気のせいだよね?とメリルは交互に二人を見るが、なんだか変な単語を聞いたような気がしなくもない。
コンヤクってなに?コンニャクのことじゃないよね?
お腹が空きすぎて食べ物のことしか思いつかない。
「メリル、いつ婚約したの?」
ウィルフレッドは目をパチクリさせながらメリルに質問する。
「ええっ!!」
やっぱり聞き間違いじゃなかったんだ!?
「だだだだ第三王子殿下?初めて聞いたんですけど?コンニャクならウェルカムですよ?」
大慌てでそれだけ言うとメリルは必死に呼吸を整える。心臓が爆発しそうだ。
「アンドリュー、と呼んで?昨日整った婚約だ。国の未来を担う者として、才能ある令嬢と婚約を結ぶことは当然だと思ってる。それに……君に貸しを作るのは悪くない取引だと、僕は思ってるよ」
そう言って第三王子はメリルに近づくと、ソルがキスしたメリルの手をゴシゴシこすってから唇を落とした。
消毒、だよ、僕のメリル。君を守れるのは僕だけだから……ね。
手の甲から耳元まで唇が移動して、王子はメリルにだけ分かる小声で囁いた。
メリルの背筋にぞわぞわ~っと寒気が走った。
顔は整っているし、声も優しいし、笑顔だってきれい。
……なのに、なぜこんなに怖いんだろう?
こういうのを蛇に睨まれたカエルって言うんじゃない?
こんな優しい笑顔のままで、怖いこと言う人が一番怖いよー……
この先成長し学園に通うようになったメリルは、押しの強い第三王子から逃げ出そうとするたびに、背筋が凍る思いをした今日のことを何度も思い出すことになる──
アンドリュー第三王子は憲兵隊長に向かって言った。
「どうやら皆の勘違いのようだ。暗殺者など誰も見なかった……そうだな?」
「それにどうやら暗殺者は従属の呪いをこの男たちに掛けられていたようで、意思とは関係なく従わされていたみたいです。その辺も気絶から起きたら、厳しく尋ねてみては」
ウィルフレッドも全力で王子に乗っかった。
メリルの希望なら叶えてやりたいし。兄としてそう思ったから。
精霊エアリーがソル、という名前を探し出してメリルに教えたのも単なる偶然じゃない、とウィルフレッドは思っている。
基本精霊たちはとても自由で、気が向かなければヒトに協力したりはしないものなのだ。
正直な心根の持ち主じゃないと興味も無く近づきもしない。それが、自分がお願いすることもなく精霊自身の意志でソルに治療を施し、メリルにソルという名を教えた。
ウィルフレッドがソルを信用する理由としてはそれで充分だった。