新人刑事と自殺と遺書
「飲み過ぎだ」
「先輩……」
署内にはもう誰も居ない。
そう思って酒に溺れながら調書を書いてたのに、いつの間にか横に立ってた先輩が俺の飲んでた酒を取り上げて、スポーツドリンクを差し出して来た。
「心配を掛けてすみません」
「……こういうがいしゃが一番心に来るのは経験上分かってる。無理すんな」
俺の事を気に掛けて横に座った先輩からスポドリを受け取り、鈍い痛みを伴う頭痛を無視しながら一気飲みする。
「自殺現場を担当したのは初めてか?」
「はい……」
坂上明、19歳。〇〇大学の一年生で死亡推定時刻は二月十六日の午前中。死因は自傷と思われる手首の裂傷に起因する失血死。
通報を受け現場に駆け付けた俺を待っていたのは、自殺した少女の死体を抱えながら嘆く母親だった。
「まだ人生これからだったのに……どうして……」
「……人でなしって言われるかもしれないが、いちいちがいしゃの心情を推し量ってたら刑事なんて務まらない。あまり深く考えない方が良い」
経験則から話してるのは分かるけど、先輩の意見は理解できても納得は出来ない。
自殺した明さんはコスプレが趣味だったのか、彼女の死体が発見された自室は趣味全開だった。切り分けられた型紙と布が部屋に散乱し、頭がない胴体だけのマネキンに製作途中の衣装が飾られていた。
部屋の中央に設置されたミシンには作成途中の衣装のパーツが置かれていて、壁に張り出されたカレンダーには衣装を披露するイベントの日付がでかでかと赤ペンで囲われてた。
とてもじゃないけど、自殺を考えている人間が住んでいた部屋とは思えなかった。
「今どきの娘にしては珍しく手書きの遺書を残してたな。こいつは今のお前にとって目に毒だ……これ以上読むな」
机の上に広げて何度も読み返してた明さんの遺書を、先輩が丁寧に畳んで封筒に仕舞った。
丸みを帯びた綺麗な文字と、字のとめる部分を特徴的な跳ねさせ方をさせているのが印象に残る遺書の内容は、何度も読み返したから先輩に取り上げられても目を閉じれば内容を鮮明に思い出す事が出来る。
遺書には明さんを女手一つで育ててくれた母への感謝と、母の期待に応えず自分の趣味に没頭したことに対する後悔、そしてこんな不出来な自分には生きる資格がないという懺悔が綴られていた。
『お母さん、ありがとう』
そう締めくくられた遺書の内容を思い出しながら、明さんの母親に思いを馳せる。
現場に駆け付けた後、気丈にも涙を見せずに俺達と会話していた坂上さんの悲しみは計り知れない。
『明は地味な習字教室の先生をしてる私に似てなくて……死んだ夫に似たんでしょうね。私には娘を理解する事が出来なかった。だからこんな結末になったのかもしれません』
そう零した坂上さんに、俺はなんて言えばいいのか分からなかった。
てんぱってたから記憶が曖昧だけど、ありきたりな励ましの言葉を投げかけたと思う。
「元気出せ、ほら」
「先輩?」
「坂上さんからお前宛てに届いた、感謝の手紙だ」
封筒を先輩から手渡されて一瞬戸惑う。封筒と先輩とで視線を行き来させていると、先輩が促すように頷いたから慎重に開けて中から手紙を取り出した。
『刑事さん。娘を失って途方に暮れる私を慰めてくれて――』
既に感情が溢れ出そうな俺には手紙の内容が刺激的すぎた。一度手紙を置き、冷静さを取り戻してから続きを読み進めた。
『刑事さん、ありがとう』
手紙を締めくくる最後の一文を読んだ瞬間、強烈な既視感と違和感に襲われた。
違和感を頼りに何回か手紙を読み返す内に、全身から血の気が引いて行く。
丸みを帯びた綺麗な文字と、字のとめる部分を特徴的な跳ねさせ方をさせているのが印象的な手紙を握り締め、俺の横で一服し始めた先輩を問い詰める。
「先輩……明さんの第一発見者と、警察に通報をしたのは両方とも坂上さんでしたよね?」
「? ああ、それがどうかしたのか?」
『私には娘を理解する事が出来なかった』
事情聴取をした時に聞いた坂上さんの言葉が頭の中で木霊する。
「おい、大丈夫か――」
「先輩! 遺書とこの手紙を筆跡鑑定に回させてください!!」