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命を懸けて気付いた当たり前のこと

 僕は大きな声で、物怖じせず、僕を取り囲む五人組に、このほんのり暗い体育館の裏に響き渡るように言ってやった。


 「お前らはここで終わりだよ!」


 僕を体育館裏で取り囲む五人組のなかで最も体格がよくて強い奴が僕の言葉のどこが面白かったのかわからないが笑いながら言った。


 「なんだなんだ。ここで終わりなのはお前だ。こっちは五人でお前は一人だ。まんまとここに誘い込まれたくせによく言うぜ。」


 僕はこいつらの危機感のなさと考えの浅さがおかしすぎて危うく吹き出しそうになった。気づいてないようなので、親切に教えてやることにしよう。


 「お前らさあ。僕が夏休み前の一週間。一度もお前らに捕まらなかったこと忘れたのか?俺はなあ。お前らの心を折るためにここにいるんだよ。もう二度と俺に嫌がらせできないようにしてやるぜ。」


 一人称が切り替わる。平常時の僕から戦闘直前の俺へと。いじめっ子の一人が俺の言葉を聞いて少しおびえながら仲間達に助言した。


 「おい。確かにこいつは夏休み前に一週間、全然捕まらなかった。それが今日に限って逃げ場をなくすか?こいつの言ってることは本当かもしれない。」


 その賢い助言を体格がよくて力の強いリーダーはお気に召さなかったようだ。怒気のこもった声で強く否定する。


 「こいつの言ってることはハッタリだ!俺たちを誘い出して何の意味がある。どうせ勝てないのにな!行くぞ。かかれえええええええ!」


 戦いの火蓋が切って落とされた。俺は自分に出せる限りのどでかい声で叫ぶ。夏休みの間に鍛えられた肺活量によりあたり一帯に咆哮がとどろく。


 「うるあああああああああああああああああああああ!」


 いじめっ子たちの動きが一瞬止まる。一番近い奴のところに一気に走り出し、肩からの体当たりをぶちかます。鍛えられた脚力での体当たりは小柄ないじめっ子を宙に浮かせるだけの威力を生み出した。


 どさっと倒れて動かなくなった小柄ないじめっ子にかまわず、僕は次のいじめっ子にとびかかり着地と同時に腹に右肘をぶち込む。腹の空気が一気に排出されたいじめっ子は立つことを放棄し、うめきながら地面に寝転がった。


 二人もやられて、ようやく三人は動き出した。俺にタイミングを合わせて三人で近づいてくる。僕は三人の間を急加速してすり抜ける。すり抜ける途中に突進しながら腕を横に突き出し、胸板に目掛けて叩き付ける。プロレスでよく使われるラリアットだ。


 ラリアットを食らったいじめっ子は足元をふらつかせ地に背を付けた。俺が後ろに回っていじめっ子たちが振り向く。振り向いたところで素早く前から蹴りを腹に叩き込む。腹に大きな衝撃を受け、いじめっ子は体を地面に放り出した。


 残ったいじめっ子リーダは俺に背を向けた。逃げようとしている。そうはさせん。こいつが原因だ。責任取れ。俺は前傾姿勢をとって走りだそうとしているいじめっ子リーダーに咆哮を浴びせる。


 「うるあああああああああああああああああああああ!」


 いじめっ子リーダは驚いたことで、前傾姿勢を崩し転ぶ。俺はいじめっ子リーダーに近づき背中を足で強く踏みつける。何回か踏みつけるといじめっ子リーダーの手足から力が抜けた。これで立てないな。


 そして体育館裏から立ち去った。落ち着いたので、一人称が元に戻った。体育館裏から去り、教室に戻る途中、いじめられていた日々を思い出す。小学校三年生の始業式が始まった一週間後にはいじめられた。


 昼休みに絡まれ殴られた。その頃の僕は友達など別に要らなかった。ずっと本を読んでいたら、いつの間にか一人ぼっちになっていたのだ。だからいじめっ子連中に目をつけられた。


 突然殴られるようになった。最初僕は親に相談したり、先生に告げ口したりした。しかし親や先生がいくら頑張ってもいじめっ子達は殴るのをやめなかった。


 そしてある日、そいつらのことを殴った。もう殴られるのに我慢できなかったのだ。自分でも驚いた。前まで殴ろうと思っても体が動かなかったのに動いた。動いてしまったのだ。


 それからいじめっ子達と学校中を逃げ回り、逃げ場がなくなったら殴り合う日々を送った。逃げるのも戦うのもだんだん上手くなっていった。なんせネットで調べた格闘技の技を使える機会が無数にあるのだ。


 なんという効率的な練習方法だろうか。格闘技の道場に週三回通うのと同じぐらいには効果があったのではないか。なんとなくそう思う。それでもまだ効率が悪い。


 教えてくれる人がいないからだ。何事も独学でやるのは困難だ。独学でやっていると変な癖がついたり、コツをつかむのに時間がかかったりする。


 まあいいところもある。体力の限界まで殴り合えることだ。大抵の道場では体力の限界まで殴り合うことはしないだろう。危険だからだ。でもあのいじめっ子共は僕の身の安全など考えてはいない。


 そんな危険な日常が三年間続いた。今年の夏休み、僕はたいして多くもない宿題を終わらせて身体能力トレーニングに励んだ。そしてそのおかげで奴らに勝利した。


 これで明日から平穏な日常を過ごせるだろうか?僕は心配になりながらも授業を受けて、放課後は絡まれることなく帰宅した。


 それから二週間がたった。僕は暴力を振るわれることはなくなった。しかしみんなから怖がられているようだ。いじめがクラスからなくなったのに誰も寄ってこない。みんな僕と目を合わせるのもためらっている。


 僕はいじめの解決方法を間違えたのではないかと感じた。そして今日もとぼとぼ帰宅する。そんな僕の耳に甲高い警報が響いた。僕は驚いてあたりを見回す。避難だ。避難しなければ。


 この警報は魔族と呼ばれる別世界の知的生命体が人間の命を回収するために、怪物を送りこんだ時の警報だ。そしてこの警報が鳴った時、怪物と同時にヒーローが出動する。


 ヒーローとは特撮の世界からやってきたような正義の味方である。多種多様なヒーローがいる。そしてヒーロー達はヒーロー連盟と呼ばれる組織に管理されている。


 魔族が出たあたりからヒーローも誕生した。昔からいたわけではない。人間の命を回収する理由についてだが、どうやら人間の命というのは別世界ではいいエネルギーになるらしく高値で売れるそうだ。売れるのだったら集める企業がいる。そういう事らしい。


 ちなみに魔族たちは戦わない。代わりに自分たちで製造した人を襲う怪物をばらまいて。そいつらが命を回収するのだ。怪物は殺意が高く、自分が不利な状況に置かれても撤退しない。ヤクザでいう鉄砲玉みたいな存在だ。


 鉄砲玉・・・・・・。じゃなくて怪物は弱い種類の奴でも一般的な成人男性をすぐにぶっ殺せる。怪物の脳には戦闘経験が組み込まれているらしく、元々の身体能力も高い。技も力も一般人とは違う。


 そんなこっちより進んだ技術で作られた怪物たち相手に自衛隊も影は薄いがちゃんと戦っている。自衛隊のおかげで、我々か弱い一般市民は自衛隊の基地に避難することができる。


 僕は自衛隊の基地に向かって走ろうとした。だがその途中にある大きな公園から小学校低学年ぐらいの幼い子供たちの悲鳴が聞こえる。僕は悲鳴の方向を向く。すると僕と身長が同じくらいのゴブリンのような怪物が子供たちを追い詰めているのが見えた。


 近くの大人たちも気づいた。僕は大人たちを期待するような目で見つめた。さあ子供たちを助けてくれ。これだけの人数がいる。勝てる!子供達も大人が自分たちを助けてくれると思ったのか少し安心している。しかし大人たち気まずそうに子供たちを見捨てて逃げてった。


 子供たちは道徳の授業で大人のいいところしか教わっていないようだ。助けてもらえなかったことが信じられず呆然としている。大人たちが頼りなさすぎる。まあ危険だし僕も逃げるか。そう思い始めた。


 そのとき僕はなぜかその場から離れられなかった。なんでだ!逃げなきゃいけないのに、足が動かねえ。僕が足を地面から離そうと四苦八苦してふと声がした。


 「お前はそれでいいのか。」


 僕はその声を聞いて驚いてあたりを見回す。怪物と子供たちしかいない。なんだなんなんだ。困惑したとき記憶がよみがえる。大勢に殴られたこと。逃げ隠れしていた昼休み。傷ついた僕を見るみんなの冷たい目。僕のことなんて考えてもいなかった。あの目が怖かった。


 そうか。さっき聞こえたのは心の声だ。自分と同じ境遇の者を見捨てようとする自分を許さない心の声だ。僕は助けてもらいたかった。みんなに助けてもらいたかった。その願いはかなわなかった。


 僕、いや俺はかなえてやりたい。そうじゃない。かなえてやるよ。子供たちが今願っていることを。俺は走り出した。子供たちは野球でもしていたらしく、近くには金属バットが転がっていた。それを素早く手に取った。


 怪物が俺という邪魔者の存在を確認した。こう近くで見ると怪物の大きくて鋭いかぎ爪が目立つ。俺はその恐怖を振り払うように絶叫する。


 「怪物ううううう!殺すううううううううううう!」


 いじめっ子たちがひるんだ咆哮も怪物には何の効果もない。怪物が俺より強いせいかもしれない。しかしこの咆哮は自分を追い込むためのものだ。怪物には効かなくても気にすることはない。俺は怪物にバットを振り上げながらとびかかる。


 怪物は後ろに一歩下がる。俺のバットが空を薙いだ。きれいな足運びだ。俺がバットを振り下ろした後を狙って怪物が走り出す。俺の喉めがけて爪を振るう。俺は後ろに跳んで爪を避ける。怪物が俺の周りを飛び跳ねながら爪でひっかこうとしてくる。


 俺も爪に当たらないよう飛び跳ねる。怪物の持久力は俺よりはるかに優れているだろう。このままではいずれ俺の体力は底をつき怪物に殺される。俺は怪物の真正面に跳んだ。そしてバットを横から振るう構えをとった。


 怪物の目線がバットに移る。俺はその隙を見逃さず怪物に前から蹴りを入れる。重い武器を抱えながら打つ蹴りは弱くなる。少ししか威力はない。


 しかしほんの少しでも体勢を崩せれば、それでよかった。怪物の頭めがけて横からバットを振るう。怪物はとっさにバットを右手て防ぐ。右手の骨が砕ける音が聞こえた。


 俺は致命傷を与えられなかった。しかし今怪物は右手を負傷している。少し有利になったことには変わりない。バットを頭めがけて振り下ろそうとする。


 怪物は俺がバットを振り上げたところで突っ込んできた。右手を負傷して不利になったから早く終わらせようと思ったのだろう。俺は横に一歩動いて怪物の突進を回避した。今の突進はあと少しでも動きに無駄があれば当たっていた。そのあと、すぐに怪物に足を引っかける。怪物は足につまずいて転びそうになる。しかし転ぶ前に足を地面につけた。


 俺は体を回転させ怪物の方を向き、バットを横に薙ぎ払う。しかし怪物は前に跳んでそれを避ける。怪物は空中で体の向きをかえて俺の方向を向く。俺は怪物が着地した瞬間を狙ってバットで殴ろうとする。それに対し、怪物はバットが自らの頭に激突する前に、身を低くして後ろに跳ぶことでバットをやり過ごした。


 怪物は俺めがけて前に跳ぶ。俺はいったん後ろに下がる。そして怪物が着地したところにバットを縦に振り下ろす。怪物は着地するなり体を捻る。俺の攻撃は不発に終わった。怪物が体をひねらせた体勢からそのまま腰を回して俺の頭に回し蹴りを叩き込もうとする。


 俺は上体をそらして回し蹴りを回避。直後風を切る音が激しく響いた。俺はあともう少しで頭が粉々になるところだったらしい。バットで受け止めても衝撃を殺しきれずバットが頭にぶつかって死んでいたかもしれない。


 しかし怖がっている暇なんかない。そろそろ戦闘を続けるのも大変になってきた。俺は後ろに何度も跳ぶ。怪物から大きく距離を離す。怪物と向かい合う。怪物は突撃してきた。疲弊した俺にとどめを刺すつもりなのかもしれない。


 俺は縦に真っ直ぐバットを振り下ろす。怪物は後ろに跳んでバットを回避、攻撃が終わった瞬間に俺に向かって飛び込む。怪物はもうこれで終わらせるつもりなのだ。俺もここで終わらせるつもりだ。振り下ろしたバットを怪物が飛び込んだ直後に振り上げる。


 怪物の顎がバットによってカチ割られる。突進の勢いが止まった怪物だが顎を砕いた程度じゃ、死なない。それにたとえ、致命傷を与えていたとしても大体の生物はしばらく動く。間髪入れず、怪物の頭蓋骨にバットを叩き込む。前蹴りもぶちこんだ。俺の連続攻撃によって怪物は地面に倒れた。


 俺は少し安心した。しかし怪物は立ち上がろうとしていた。嘘だろ。まだ動けるのか。俺は恐怖で地面に腰を突いた。だが怪物の体はとうに限界を迎えていた。立ち上がろうとした怪物は結局立ち上がれず地に背中を付けた。


 俺の勝ちだ。勝利を確信したことで少し冷静になった。僕はあたりを見回す。子供たちはすでに姿が見えなくなっていた。責める気にはなれない。僕だって同じ状況だったらそうするだろう。僕はいじめられていた時みんなが僕のことをどうでもいいと思っていたのが心底怖かった。


 だから僕は同じ思いをしている人のことをしっかり見てあげたい。それはきっと自分を見てほしいという気持ちの裏返しでただの自己満足だろう。でも自分が満足するということはとても大事なことだと思う。自分が満足していたらその人生は自分にとっていい人生だと言えるのではないか。


 僕はいじめられなくなった。今つらいのはみんなが寄ってこないだけだ。みんなに怖がられているのかもしれない。僕はやりたいことをやっただけだ。後悔するべきじゃない。怪物を殺したのもやりたいからやった。


 それでいい。自分の心を大事にして生きればいい。自分から見たら、自分はきっと誰よりも大切なのだから。当たり前だ。当たり前すぎてなんで気づかなかったんだろうって思う。でも当たり前に気付いたのはきっと大きな一歩だ。そう思うと笑いが止まらなかった。

 


 


 


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