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またある日、私は「ゲンゴ」に関する本を読んでいた。
ゲンゴ…言語は、人類が相互間にコミュニケーションに用いるためのツールである…というようなことが成り立ちからずらっと並べてある。
私は序文で頭が痛くなり、それ以上の知識の探索を打ち切った。
「コトバ」が、こんなに複雑なんて思ってもみなかった。
『使い魔』に対するそれもまた『魔法』として体系づいて存在する。
『こうもり』ほど「高次」であるなら、私や母が使っていたもので用は足りるが、『ファミリア』相手だと不足があることもある。
そんな時には、私の『魔法使い』としての腕が問われるのである。
もし…外でも…同じように言語が必要なら…
「『こうもり』は起きているか。」
「うわあ!」
突然の声に跳ね上がる。反射で本を投げ上げてしまう。
宙を、開いた本が羽ばたいていく。でも、勿論あの本には羽なんてない。
結果として自由落下を始めようとするところに、飛びこむ影があった。
影は本を空中で拾い上げて、音もなく私の前に着地した。
あの大型の『猫』だった。
「本を粗末にしてはいけない。」
「ごめんなさい…」
『猫』は、度々図書館を訪れるようになった。
私は、その足音のしない所作に関連して、「泥棒猫」という語彙を学習した。
ただ、彼は非常に「紳士的」で、『こうもり』に準ずる知性を窺わせる物腰で、現在まで窃盗、ないしそれに準ずる行為の片鱗も見せない。
瑕疵を申し出るとすれば、図書館への不法侵入に、私のソファを汚した器物損壊があるが、それには大いに情状酌量の余地があると知れている。
…つまり、彼は怪我をしていたのだ。それも、やがて死に至る怪我を。
緊急避難として飛び込んだ深き穴蔵が、わが図書館であったわけである。
治療は、私が『魔法』で行った。
『猫』の体なんて、『こうもり』とも『ファミリア』とも違って、何一つわからなかったけれど、結果的にうまくいった。
治療の後、幾度かの『こうもり』との「談合」の末、こうして私の使う言葉まで教わった、らしい。
『猫』も『こうもり』も、学習は簡単に済むけれど、それはふつう、外では「情報として価値を持つ」んだとか。
怪我の治療に、情報に、受け取るばかりの『猫』が何を差し出したのか、私は知らない。
とにかく、大きく露出した右肩の傷は、その後遺症というべきだろう。
『猫』は視線を浴びた肩をむずがるような仕草を見せながら
「それで、『こうもり』は?」
と先程の質問を繰り返した。
私は昂ぶった気持ちが一気に冷めていくのを感じた。
そう、だった。
「…この前から、目をさまさないの。」
そう、なのだ。
『猫』は、俯くみたいに頭を下げた。
続けて小さく唸って、それからは何も言わなかった。
『こうもり』が目覚めなくなった。
これは、前後した「『猫』の襲来」よりも、より重々しく、図書館に衝撃を与えた。
今の『こうもり』は、眠りながら、苦しむように、時折うわ言を漏らす。
その中には、かつての主人である、私の母の名前もあった。
呻く『こうもり』の傍らで、私は、顔も知らない母に対して何度も祈った。
―お母さん、どうか『こうもり』を連れて行かないでください、と。




