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ある日、図書館に招かれざる客があった。
私が広げた両手よりも大きな『猫』である。
大きいから、ヒョウとか、ライオンとかなのかもしれないけれど、どうしてもそれは『猫』だった。
どれも本物を見たことだってないのに、どうしてそう思ったのかは、自分でもわからなかった。
入口といえば、あの『窓』しかない。
けれど、あんな高い場所から?
『猫』は図書館のソファベッドの一つを占拠して、動かない。
いったいいつからそうしていたのかはわからないが、由々しき事態であった。
あのソファは私のお気に入りなのに。こぼした紅茶のシミだって、私の物の証左だ。
図書館に闖入者があったのは初めてのことである。
図書館のすべてを担う『ファミリア』達は周章狼狽、てんで頼りにならない。
恐慌の波に押し出されるように、私は『猫』の前に飛び出した。
大丈夫、怖くない。
図書館は『魔女』の領域。なんぴともそれを侵すべからず。
『猫』だって、『ファミリア』と変わらない。
「あの!」
思ったより大きな声が出た。自分でも少し驚く。
『猫』の反応を伺うが、気にする素振りもない。
「あの…」
少しずつ近寄ってみる。心臓がうるさいくらいに鳴る。静かにしてほしい。
『猫』の機微を聞き逃すかもしれない。…もっとうるさい何かが聞こえると思ったら、私の呼吸だった。
大きく、深呼吸。怖いものじゃないんだから。
いつの間にか、手が届くくらいの近く。『猫』が静かに『呼吸』をしていた。
「あの、こんにちは。そこ、私の場所なの。『猫』さん。」
わずかな『軋む音』と共に、猫が瞳を開く。
私を反射しそうなくらいぴかぴかの水晶体に、混じる僅かな濁った線。紅茶に垂らしたミルクみたい。
綺麗な瞳、と思った。
『猫』は、低く呟くように、なにか言った。
そのままするりとソファから滑り落ちると、音もさせずに壁を跳ね上がり、あっという間に『窓』の外へ見えなくなった。
『猫』がいなくなったあとは、あまりに現実感がなかった。
白昼夢でも、見ていたのかと思うくらい。
彼は、何と言ったんだろう。聞こえなかったわけじゃないけれど…
反芻してみても、意味がよくつかめない。
意味のない呻き声だったのかもしれない…と思った頃にふと気がつく。
『猫』のいない、残ったソファに、新しいシミが増えている。
…これは、『血』?
「外で怪我をして休んでいたのかも、しれませんな。」
『こうもり』は言う。
「使う言葉も、違うのやもしれません。外の世界には、我々が使う、以外にも、たくさんの言語、というものがありましたから。」
一度その方に会わせてください、外の様子も聞いてみたい…そう呟いて『こうもり』はまた眠りについた。
最近、『こうもり』は起きている時間が極端に短くなった。
私がそれを伝えると、彼は「潮時かもしれませんな」と笑った。
そんな事、あるはずがないのに。