アイタイ
「ヨンデ…クレタ カナで 」
「ほんとに…とうま…?」
そうであるはずがないと、斗真の最後の瞬間を見届けた自分自身がよくわかるはずなのに、あたしは何度も聞き返した。
(だって あのとき斗真は確かにー……。)
赤く染まったアスファルト。
冷たくなった手の温度。
泣き崩れていた家族。
電子音の掻き消えたあの瞬間。
そのすべてがあたしの記憶しているものが現実だと突きつけるように、脳裏を埋め尽くした。
(もしかして夢でも見てる…、かな?そうだよね、だっているはずが…ないんだ)
自問自答のその答えに、きゅっと唇を固く噛み締める。
改めて思い知らされた現実と、拭いきれない想いとが複雑に絡み合い、ギリギリの瀬戸際でせき止められていた何かが解き放たれたように熱いものがこみ上げて頬を濡らす。
片言が消え、声もしゃべり方も、まるで”生きていた”ころの斗真と何一つ変わらなくなってくる。
「かなで…?どうか、したの…?」
「ううん。なんでもない 」
(夢なら、覚めないでほしい)
「へんな かなで」
「へへ… ごめんね 」
(夢なら、覚めないで、いい)
「ねぇ…かなで」
「なに? 斗真」
「…逢いたい」
「…………」
なんて言葉を返したらいいのか、正直わからなかった。
きっと斗真は、自分が死んだことに気づいていない。
そして斗真をそんな状態にしたのは、まぎれもないあたし自身。
それでも 望んでいいのだろうか?
(もし 望んでもいいのなら…)
「…だね。そうだね。あたしも…逢いたいよ斗真。すっごく…っ逢いたいよごめんね」
わがままなのだとはわかっていた。それでも正直なこの気持ちの強さだけは抑えられなかった。
「明日逢いにいってもいい…?」
「うん…そうだね じゃあいつものとこで6時にね」
「わかった じゃあね、かなで」
「うん バイバイ…」
きっと 最後になるであろう会話。
明日。
明日が来るころにはきっと、夢だって覚めてしまう。
叶いはしない、約束。
ついさっきまで、斗真と通じていた携帯をぎゅっ…と握りしめる。
(これが 夢じゃなかったら…、よかったのにな)
そうして、あたしはそのまま
泣き疲れて 眠りに落ちていった。
(まぶし… もう朝かぁ)
カーテンの向こう側から差し込む太陽の眩しさに、一度細めた目を軽くこすりながらそんなことを思う。
(あのまま…覚めなければよかったのになぁ…、なんて)
自分で自分の望みを、笑ってしまう。
もう何もしたくない。もう何もしたいことがない。
いつも騒がしいはずの下の階からは、
物音ひとつすら聞こえては来ない。
きっと父は仕事で母も買い物か何かで、誰もいないからなのだろう。
こういうとき、いつもは物寂しいやらなんだか怖いやら考えてしまうのだけれど、今この時ならば空っぽな心を同じ静寂で包んでくれるような不思議な居心地の良さを感じた。
(あ、そだ……)
あたしは、ひとり何かを思い立ってカーテンに手をかけて、久しぶりの外に目を向ける。
眩しくて、目もあけていられないような日の光。どこまでも広がる青空。
そして視界いっぱいに映る景色の中、あたしの視点は一つのものに奪われる。
斗真に出逢って、あたしたちの恋が動き出して、どこよりも長い時を刻んだあたしたちの思い出の場所。
そう、学校だ。
授業に出るつもりはない。
ただその場所に行きたくて、荷物も持たないままで着替えすらせず、家を飛び出した。
懐かしい風が運ぶ、のどかな街のにおい。
歩きなれた地面を、一歩一歩大切な何かを探していくゆくようにしっかりと踏みしめて歩く。
途中、古くさびれた小さな看板がかかったお店に足を止めた。
(ここ。お金がないときいつも斗真と立ち寄った…)
放課後デートで、お金が減っていくあたしたち。
だから、お金がないときは決まってここの安いココアを二人で一つ飲みまわして、
立ったまま、日暮れまで話し込んだ。
忘れかけていた記憶に触れて、さらに先へと進んでいく。
緩やかな上り坂を登ると、右手側にこの町の青いベンチがひとつと、小さな展望台。しかし、あたしの足はその反対、小道の左手側に向かって歩いた。そこは、ベンチのひとつもなければ草の手入れすらされていない場所だった。
(ここは…そう。確か、ここから見える夜景はきれいなんだよって初めてのデートで連れてきてくれた丘だったっけ…)
夜景をバックに撮った写真は、後ろで光る街のネオンの光のせいかいつもより輝いて見えた。
(あ、あっちは、斗真が千円入れて飲み物でてこないし、お金も戻ってこなかったって愚痴ってた自販機。それからあれは…)
長らく開けていなかった何かを開いたように、気付けなかった思い出が溢れかえって止まらなくなった。自分でも忘れかけていたひとつずつの、小さなことが染み渡るように、浮かぶように、ひとつひとつ胸の中を染めていった。