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ティッシュ配りのおばさん

作者: 菊 -kiku-

私は街を見下ろしている。ふと入ったカフェがショッピングモールの最上階にあり、偶然にもこんな素晴らしい景色に出会えたのだ。


普段歩いている道を高いところから見るのは新鮮だ。カフェで読もうと決めた本を携えながら、ボーッと外を見ている。


こう見てみると色々な人が行き交っているのが分かり面白い。ふとここで、ティッシュ配りのおばさんが目に入った。どうやら国際福祉機関の人らしいが、道行く人はおばさんに一切の関心を向けない。こんなにも沢山の人が行き交っているにもかかわらず、だ。


自分は「貰えるもんは貰っとけ精神」の持ち主だ。テッシュなんか配られたら貰うのが当たり前になっていたので、こんなにも沢山の人が無視するのかと驚いた。同時に、ひたむきにテッシュを配り続けているおばさんの背中が哀しく見えてきた。福祉関係なら尚貰ったほうがよいだろう。きっと自分たちの利益は気にせず、善意に突き動かされている人なのだ。協力しなければならない。そんな正義感を抱き、自分が帰るときには絶対テッシュを貰ってあげよう、そう心に決めて再び本を開いた。


そんな風にして外を眺めながら読書を進めると、おばさんがティッシュを貰った人を半ば強引に隅に引き連れ、話をしているのが見えた。アンケートか寄付のお願いかわからないけれど、ここで一気におばさんの印象が悪くなった。いくらなんでもこの強引さはな...とおばさんに対する尊敬の視線は軽蔑のそれへと変わった。帰りにティッシュを貰う気満々だった自分も貰いたい気持ちが薄くなっていた。自分の正義感なんて薄っぺらいものだと感じた。


しかし、再びティッシュをひたむきに配っている姿を見ると、またも背中が哀れに見えて帰りにテッシュを貰ってやろうと心に決めた。本当に薄っぺらい正義感である。


そんなことを繰り返して、本は半分以上読み終え、外は暗くなり始めていた。そろそろ帰るか、と思い外を見下ろすと、やはりおばさんがテッシュを配り続けていた。まったくというほど周囲の人は見向きもせず、私の気持ちはおばさんを哀れに思う方向に傾いていた。そこで試しに、店を出て帰る際にテッシュを貰うことに決めた。



エレベーターからも外の様子が見える、昔ながらの作りだ。自分が地上に近づいていくのが分かる。1階に到着した。エレベーターを降り外に出る自動ドアへ向かう。自分が見下ろした先の景色に今自分が立っている、というのは街の景色が一変して見えて何となく不思議な気分である。おばさんは無言でティッシュを配り続け、受け取る人を待っている。声掛けくらいすればいいのに、と思った。その図体は思っていたより小柄で、テッシュを受け取らない人は真っ直ぐな視線を保ち、おばさんと目を合わせまいと気まずそうに振舞っている。おばさんの方向にゆっくりと足を進めると、やがておばさんのターゲットが私に移る。


差し出されたそのテッシュを受け取り見てみると、「たすけてください」と恐らくおばさんの字で書かれていた。自分は正気を失い、半ば強引におばさんを隅に連れ出して話を聞いた。強引に引き連れていたのはおばさんではなく貰った人だったのだ、と後から気づいた。


話を聞いてみると、どうやら国際福祉機関なのに劣悪な労働環境らしく、大量のティッシュを配りきるまで帰れないという。昨日も一昨日も、朝から配り続け帰宅できたのが夜10時らしい。テッシュ配り以外にもっとやれることがあるだろ、と呆れた。そんなことで、おばさんは代わりの人を求めていたのだ。


「持ち分を全部配り終わらないと、上司が怖くて…! でも……もう足が動かなくて……!」

私はおばさんの震える足を見た。どう見ても限界だ。

「お願いです!! ちょっとの間でいいので代わってください!!!」

そんなこと言われたって無理に決まっている。今まではここで断られおばさんはテッシュ配りを再開していたのだろう。しかし、長時間その姿を見ていた私は、押しに弱い性格も相まってなぜだかおばさんに代わりテッシュを配る羽目になっていた。


そして気づいた。

「これ、全然減らないぞ……?」

私も「たすけてください」と書いてティッシュを配った。

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