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それから私が最強になるまで

 私とフィデリスは食堂に向かい、プリューを食べた。今度は黄色と緑を食べてみた。黄色はレモンスカッシュの味がして、緑はメロンソーダの味がした。青リンゴにそっくりの見た目なのに、味が全然違うことに驚きだ。

 いつのまにか辺りはすっかり暗くなっていた。私は今日一日を振り返って、思わず感嘆のため息をもらす。とんでもない一日だった。突然異世界に来てしまい、そこでまさか竜と知り合いになるなんて。さらに魔法使いの屋敷を掃除して、ついでに魔法を初めて体験した。

 本来ならきっと、不安でいっぱいになるはずなのに、私は今日一日を目一杯楽しめていた気がする。こんなにテンションが上がったのは久しぶりかも知れない。あの辛い日々から抜け出して、こんな世界に来れるなんて。

 現実逃避と責められるだろうか、こんな風に向き合うべきものから逃げ出すのは。

 ……でもこれは、私が自ら手にしたものだよ?私が何十回もの失敗の果てに、ようやく収めた成功。この世界に来たのは、自分の努力の成果だし……。

 そうは言っても不安になってくる。やはり間違っているだろうか。

 だってどうせあの場所で、あんな風に生き続けたって、きっと私は……。

 そんなことを考えていたから、私は気づかないうちに浮かない表情になっていたようだ。心配そうにフィデリスが声をかけてきた。

 「ミズキ、大丈夫か?プリューがまずかったか?腐っていたのか?」

 プリューを手に俯いて固まっていた私を見て、彼は言う。私はその声に顔を上げ、彼にか細い声で尋ねた。

 「私、元の世界に戻るべきかな?ここにいちゃダメかな?」

 暗い顔で私がそう言うと、フィデリスは逆に尋ねてくる。

 「其方は元の世界に帰りたいのか?」

 また、初めて会った時と同じ質問だ。私は今度ははっきりと、答えを返した。

 「帰りたくない。……あの場所にいても、辛いだけだもん!ずっとずっと逃げたかった。せっかく手にしたチャンスを手放して、あの世界に戻るなんて嫌だ!」

 わたしは叫ぶように言った。毎日毎日辛くて、どんなに努力してもその分どん底に落ちていくようなあの日々に、戻りたくなどなかった。変わろうと努力しても、普通には戻れないことの苦痛を、また味わうのは嫌だった。

 「なら、ここにいればいい」

 優しい声で彼は言う。その言葉に、目が潤む。

 「戻りたくなるまで、ここにいればいい。どうせ今は、戻る手立てなどないのだろう?其方が偉大な魔法使いになって、元の世界に戻る方法を導き出し、帰りたいと思えるようになったら、帰ればいい」

 彼は自分の座っていた椅子から立ち上がり、私の元へ来る。そして、さっきのように私の頬に手を伸ばし、安心させるように言った。

 「その時が来るまで、我は其方の側にいる」

 私は堪えきれず、涙を流す。ずっと心の中にあった孤独が拭われて、温かくなっていく。一人じゃないと言うような優しい声に、私は嬉しくなる。

 この世界は、私に寄り添ってくれる。私を変わり者として遠ざける、あの世界とは違う。

 私は寂しさが消えていくのを感じて、泣きながらも笑顔を浮かべた。同時に、彼にとっても私という存在が、孤独を拭える存在であればいいな、と思った。


 「それにしても、なんであんなことになっちゃうんだろね?」

 泣き止んで心も落ち着いた私は、今度は青いプリューを食べながらフィデリスにそう話しかける。

 ちなみに青いプリューは見た目がなんとも怪しげなので、手を出すのにはかなり勇気が必要だった。紫プリューは薄紫だったのでマシだったのだが、青プリューは正真正銘、真っ青だ。だが今までの流れから味はなんとなく察しがついていた。予想通り、青プリューはソーダ味だった。

 「魔力の込めすぎが原因だろう」

 私が言ったことに対して、フィデリスはそう答えた。

 「でも、そんなつもりはないんだよ?一個めのはともかく、二個めの魔法からは力を入れすぎないようにちょっと気を遣ったもの」

 私がそう言うと、フィデリスは顎に手を当て、考えるような仕草をしながら返す。

 「おそらく……、其方の魔力量はかなり多いのだろうな。そのため、他人と同じような加減では意味をなさないのかもしれない」

 彼にそう言われ、私は自分の手を見ながら考える。

 私、実は結構すごい?でもそんな魔力量一体この体のどこに……。あ、血か。

 つまり、この世界の生き物たちにある魔臓に溜め込める魔力より、私の血液中に流せる魔力量の方が多いということだろうか。といことは、私の世界の生き物がこっちに来たら、みんなここの世界の生き物よりすごい生き物になるのだろうか。

 う〜ん、なんか考えても分かんないね。やめよう。

 とにかく、次に魔法を使う時はかなり加減してみるのを試してみるべきかも知れない。蛇口を水が出るギリギリぐらいで捻る感覚だろうか。今日はもう遅いし、疲れたので、やるのは明日になるが。

 夕食を終え、お風呂用のお湯を沸かしてもらうと、フィデリスは帰って行った。最後にまた一緒に住まないか誘ってみたのだが、やっぱり断られてしまった。他のことは大体承諾してくれるのに、これだけは頑なだ。家になにか嫌な思い出でもあるのだろうか?

 彼はまた明日の朝、ここに来ると言って去って行った。また初めて会った時の岩の洞窟に戻ったのだろう。私も今日は早めに寝ることにした。

 ……そういえば服が元々着てたやつしかない。ここに残ってた服を借りるか、買いに行くかした方がいいね。

 そんなことを考えながら、私は眠りについた。


 次の日の朝。私は割と早い時間に目を覚まし、顔を洗いたいと思ったので外にある井戸に向かうことにした。屋敷の扉を開けて外に出ると、突然声をかけられた。

 「おはよう」

 「うわっ!?」

 その声の主はフィデリスだった。彼は一体いつから、ここに立っていたのだろうか。

 「お、おはよう。寒いんだし、中に入って待ってればよかったのに……」

 「主の許可なく入るのは良くないだろう」

 彼の認識では、すでに私がこの屋敷の主らしい。私も一応、その認識で行った方がよさそうだ。

 私が顔を洗うから水を汲んでくる、と言うと、彼は私に中で待っているように言った。そして、一人で井戸に水を汲みに行ってしまった。

 「朝は寒いからな。冷たい水に触れるのは良くない」

 寒い中外で待っていた自分のことは棚に上げ、彼は汲んできた水を魔法で少し温めてぬるま湯にしてから、私に渡してきた。

 もっと自分のことにも気を遣ってね。そう言おうかと思ったが、聞き入れてもらえる気がしなかったので、やめた。


 その後、私は朝食にまたプリューを食べ、昨日考えていたことをもとに魔法の練習を始めた。大袈裟なほどに加減をすることで、本に書かれている通りの魔法が使えるようになり、それから着実に、様々な魔法が使えるようになっていった。

 それから時が流れ、私は家にあった本に載っていた魔法を全て使えるようになった。それだけでは飽き足らず、異なる魔法を組み合わせることで、新たな魔法を生み出せるようになった。

 この魔法を使って金を稼ぐため、冒険者ギルドや、ヒーラー協会という治癒魔法が使える者だけが所属できる協会などに登録し、コツコツお金を稼いでいた。

 その過程で、リンネたちと出会い、彼らを雇った。家族が増えて家はどんどん賑やかになっていった。

 素材採集が趣味になり、危険な場所にも素材を採りに行ったりした。その時襲ってきた魔物を倒したら、なんとそれが長年誰も倒すことができなかったボス的存在だったようで、街で噂になったりもした。急いでその場から離れたことで私がやったとバレずに済み、ホッとしたのを覚えている。

 危険な場所にいつもついてきてくれるのは、やっぱりフィデリスだった。彼は私が行きたいと言った場所には、どんなところでもついてきてくれた。

 魔法をうまく使えるようになった頃、街が魔物の襲撃に遭っていると聞き、屋敷にあった魔法使いの遺品であるフードのついたローブを着て加勢に向かったところ、少し頑張りすぎたようで、それがのちにフードの救世主などと呼ばれることになるとは思いもしなかった。この名前はあまりかっこよくないので私はあまり気に入っていない。

 そんなこんなで異世界で暮らすこと約一年。いろんなことの積み重ねで、無自覚にいろんな偉業を成し遂げていたことで、まさかこの国で最強の魔法使いになるなんて、想像もしていなかった。


 私は回想を終え、再び部屋を見回す。

 あの時はあんなに躍起になって掃除してたのに、今度は私が散らかしてるよ。

 私は床に散らばる資料や、積み上げてあったはずが崩れている本の山を見つつ、おもむろにネックレスを取り出した。

 あの日もらったネックレスは、初めは連絡機能しか付いていなかったはずが、今ではたくさんの機能や効果が付いている。どれも、フィデリスが過保護になって付けたものだ。

 暗がりで光って辺りを照らしてくれる機能や、寒いところでは熱を発してくれる機能、私がこの世界で初めて怪我を負った後に付けられた痛みを感じなくさせる効果など、他にもいろんなものを彼は付けてくれた。

 宝石のように透き通るそれは、私がこの世界にやってきてからの全てを見てきた。

 いろんなことがあったなぁ……。そしてこれからも、たくさんのことを経験するんだろうな。私は、この世界で生きていくって決めたから。

 フィデリスは私がこの世界に慣れていくにつれて、この屋敷で過ごす時間を減らしていった。徐々に自分でできることが増えていき、それ以外の仕事を担う人たちも増えていったからだ。

 でもこの部屋は危険だから、他の人に掃除は任せられない。あの時みたいに一緒に片付けてくれないかな……。

 そう思ったが、彼に迷惑をかけたくなかったので、私は一人、部屋に散らかった物たちを拾い始めた。


 ある程度綺麗になったところで、私はようやく新しい魔法の開発に取り掛かれるようになった。しかしそこでふいに、机の目の前に貼ったメモたちが目に入る。

 「あー、このポーションの納品、後回しにしてたんだっけ。まだ作ってないよね?どうしよう、あと一週間だ……」

 先に取り掛かるべきものを見つけてしまい、私は机を離れて錬金台や鍋の方に向かう。それから棚を開けて材料を取り、近くの台に乗せていった。

 目当ての材料の一つが入った引き出しを開けると、そこで私は思わず声を上げる。

 「ああっ!そういえば切らしてるんだった!」

 空の引き出しを見て私は言った。ここに入っていた材料は屋敷の庭では育てていないため、街に買いに行く必要がある。

 「う〜ん、明日は買い出しだね。他に切れてる素材は〜っと」

 私がコンコンと棚を叩くと、それぞれの引き出しが一斉に赤か緑の光を放つ。私はそれを見ながら紙にメモしていく。

 この魔法も、どこの本にも載っていない、私が生み出したオリジナルの魔法だ。中身が空の引き出しは赤い光を、まだ入っている引き出しは緑の光を発してくれる。

 私はそのメモを持って下の階に降りる。食堂に向かい、そこにいたノーラに話しかけた。

 「おばあちゃん、明日は買い出しに行こうと思うんだけど、なんか切れてる物ある?」

 私がそう言うと、ノーラは少し考え込んでから言った。

 「えっとねぇ、確かお塩がもうすぐ無くなっちゃうわね。あと、今度試してみたい新しいレシピがあるんだけど、ここにはない物が必要でね。よかったら買ってきてくれないかしら?」

 「いいよ。ここにメモしてくれる?」

 私がメモを差し出すと、ノーラはそこにスラスラと書いていった。次はジークだ。

 「じいさんなら、庭にいますよ」

 私の言おうとしていたことに先回りして、ノーラは言った。私はそれに少し笑いながら、言われた場所に向かう。

 「おじいちゃーん!明日買い出しに行くんだけど、欲しい物ある?」

 私は庭にジークの姿を見つけ、駆けていく。彼は先日私が頼んだ椅子の修理をしていた。

 「特にないな。大丈夫じゃ」

 「そう?分かった。……その椅子、直りそう?」

 私が尋ねると、彼は苦笑しながら答える。

 「なんとかな。じゃが、一体何をしたらこんなになるんじゃ……?」

 「あはは……」

 その問いに笑って誤魔化し、私は彼の元を離れる。魔法が思ったより広範囲に当たってしまい、巻き込まれたとは立派な魔法使いとして恥ずかしくて言えない。

 最後、ロビーで休憩していたリンネとオリヴィエのところへ向かう。ロビーは共用スペースとして、誰かと話したり、休憩をするのに使っていることが多い。案の定、彼らは仲良くおしゃべりをしながら、紅茶を飲んでいた。

 「二人とも、いいかな?」

 私がそう言うとオリヴィエは呆れたように返す。

 「従者に都合を尋ねるなんて、主人らしくないですよ」

 「どうなさいましたか?ご主人様」

 リンネはニコニコとそう言ってくれた。私は二人に買い出しについて伝える。

 「明日、買い出しに行くの。ついてきてもらえる?どちらか一人でもいいんだけど……」

 私がそう言うと、リンネが「あたしが行きます!」と答えた。それに、オリヴィエが口を挟む。

 「あなたたち二人で行ったら、必ず何か買い忘れるでしょう。僕も同行しますよ」

 その物言いに私とリンネは少しムッとしたが、事実なので何も言い返せない。

 「じゃ、三人で行きましょう。明日の準備、しといてね」

 私がそう言うと、リンネは元気よく「はーい!」と返事をし、オリヴィエも「分かりました」と頷いた。

 明日は久しぶりの街への買い出しだ。寝坊しないように、今日は早く寝よう、と私は思った。

過去編はこれで終わりです。次は明後日、投稿予定です。

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― 新着の感想 ―
魔法のコントロールが苦手だったミズキちゃんが、工夫や努力によって、約一流の魔法使いに成長したのがすごかったですね! ちなみに質問ですが、雷系の魔法は光属性の魔法に分類されるのですか?
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