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白竜の過去と鱗のネックレス

 これが私が初めてフィデリスに「一緒に住もう」の誘いを断られた時で、この先一年間続く「一緒に住もう」の誘いの始まりでもある。

 断られちゃったか……。一緒にいると頼りになるしと思ってたんだけどな……。

 ちょっとしょんぼりしている私を見て、フィデリスは付け加えるように言った。

 「そう落ち込むな。其方がこの世界に慣れるまで、できる限り生活の手助けはしよう」

 「ホントですか!ありがとうございます!」

 やっぱりこの人、いやこの竜?優しすぎるよー!!

 彼の近くに転移させてくれた神様に感謝である。いや、転移させたのは自分か。魔法陣を描いた私、グッジョブ!

 この家で暮らすことを決めた以上、ここを暮らせるような場所にしていく必要がある。しかしお金がないのでしばらくは自給自足だ。水が通っているだけマシだろう。

 う〜ん、野菜は育てるにしても収穫できるのはだいぶ先になっちゃうし、今生えてるのを食べ尽くしっちゃて平気なのかな?そもそも上手に調理できないんだよね。

 まずは今日の夕食から考える必要がありそうだ。その後はお風呂、あとは寝床の確保。

 ……あ、寝床はベットがあったし、今のうちに布団を洗って干しとくべきかな。

 窓にかかっていたカーテンをめくり、外を見ると、まだ太陽は真上にあるようだった。まだ間に合う。

 「まずは布団を洗います!」

 そう宣言すると、フィデリスは頷いて、「分かった。手伝おう」と言ってくれた。


 私はひとまず掃除した一階の客室を自室として使うことにした。置かれていたベットはフィデリスが丸洗いしてくれているが、布団はびしょ濡れになると困るので避けていた。まずはこれを洗うことにする。

 井戸の水を汲んできてゴシゴシするんでいいかな?でっかいたらいあるといいな。でっかい鍋があるんだし、あるでしょ。

 「待て、ミズキ」

 たらいを探しに外に出ようとした私をフィデリスが呼び止める。

 「その布団を洗うのだろう?貸してみよ」

 そう言った彼に布団を渡すと、彼は家具にやっていたように魔法で布団を水に包んで丸洗いした。そのあと、なんと今度は温かい風を吹かせてその布団を一瞬で乾かしてしまった。

 嘘!?そんなことできるの?初めからやって貰えばよかった!

 ふんわりとした仕上がりになった布団を渡されて、私はそれをベットに敷いた。一緒に洗ってもらった毛布も上からかけておく。これでいつでも寝られる状態だ。

 ……うん。初めにやらなくてもよかったね。


 次こそ夕飯の支度である。まだ早い気もするのだが、せめて食材だけでも早めに準備しなければ。

 生でもおいしくいただけるものがいい。果物とかこの辺になってないかな?リンゴとかなら生えてそうじゃない?

 こういうことはこの辺に詳しそうな彼に聞くのが一番だ。私はフィデリスに尋ねる。

 「あの、この辺に果物とかなっていませんかね?生でも食べられる、美味しいものがいいんですけど」

 私の質問に彼は少し考え込んでから「ある」と答えた。

 「ホントですか!じゃあ、それがなってる場所に案内して欲しいんですけど……」

 そう申し出たが、彼はそれに首を振った。

 「我一人で行ってくる。あそこは魔獣の住処ゆえ、今の其方には危険すぎる」

 「ま、魔獣……」

 思わず胸の前できゅっと手を握る。やっぱりいるんだね、そういう怖いの。

 彼は「すぐ戻る」と言い残して外へ出て行った。私はその間、お風呂があるか探そうかな、などと思い屋敷内を再び探索するつもりだった。

 仮自室を出てロビーの方へ向かった時、入り口白い何かが屋敷の中に飛び込んできた。

 「戻った。ほら、これだ」

 そう言った彼が腕に抱えているものには目もくれず、私は彼の顔を凝視した。

 え?いや、確かにすぐ戻るとは言ってたけど、いくらなんでも速すぎない?だって今、たぶん一分も経ってないけど。そんなに近場なの?

 一切呼吸も髪も乱れることなく帰ってきた彼を、私は驚きに目を見開いて見つめる。

 「その辺になっているものなんですか?」

 「まぁ、せいぜい一キロほどだ」

 ちょっと何言ってるか分からない。彼の返答に私はそう思った。往復一キロでも速いが、多分彼の返事的にそうではないだろう。片道一キロの場所に向かい、その上に彼の腕の中の果物を魔物に気をつけながら採集して帰ってきた時間がこの僅か一分にも満たないであろう時間だ。

 竜体になったのかな?それでもかなり速くない?

 「速いですね」

 「そうか?」

 彼はそう言った後で、思い出したようにハッとし、少し悲しげな表情を浮かべる。

 「我の一族の特徴なんだ」

 その表情は前にも見覚えのある気がした。確か、私に綺麗かどうかをもう一度尋ねてきた時だっただろうか。

 私は今度こそ彼が腕に抱えている果物の方に目を向ける。その形はリンゴのように見えるのだが、色がどれも違っていて、とってもカラフルな果物だった。

 「これは、なんていうんですか?」

 「プリューの実という」

 カラフルリンゴもどきはプリューというらしい。今までの野菜たちも味はおおむね同じだったのでこれもそうなのだろうか。そう思いながらも私は「一つ食べてみてもいいですか?」と言った。

 彼は頷いて「好きなのを選ぶといい」と言ってくれた。私はどうせなら見たことのない色がいいと思い、薄紫をしたプリューを手に取った。

 皮ごと食べても問題はないだろうと私はそのまま齧り付く。すると、その味は私の想像していたものとは異なるものだった。

 ……これは、ブドウ味!

 ブドウ味というよりはブドウフレーバーの炭酸飲料に近い味だった。ともかくリンゴとはかけ離れた味をしていたので驚く。ニンジンもジャガイモも砂糖も味が変わらなかったのに対して、新鮮な異世界体験だった。

 ちなみに食べ終わってから気づいたことなのだが、このプリューには種がなかった。不思議に思って尋ねると、どうやらこの果物は魔法植物で、種ではなく魔力で繁殖するらしい。なんてファンタジー。

 他の色の味も気になるところだが、これは一応夕食用なので我慢してとっておく。わざわざ採りに行ってくれたフィデリスにお礼を言い、プリューは食堂に置いておくことにした。

 

 次はお風呂を用意したい。しかし屋敷を探し回ってみたところ風呂場らしきものが見当たらなかった。諦めて一度部屋に戻ると、まだ開けていない扉を見つけた。開けて見ると、なんとそこがお風呂だった。なんて無駄足。

 ついでにトイレも付いていた。だがこの世界に水洗式というものは存在しない。なら汚物はどこへ向かうというのだろうか。仕組みを尋ねてみたところ、これはフィデリスも知らなかった。

 彼が風呂とトイレも丸洗いしてくれて、その際私はトイレの底をのぞいてみたのだが、真っ暗で何も見えなかった。そこで、トイレットペーパーと思われるトイレに備え付けられていた紙を千切って入れてみたところ、その紙は暗闇に吸い込まれるようにして跡形もなく消えた。

 ……人も落っこちたら消されるのかな?

 ついそんな想像をしてしまったので、このトイレは使いたくなくなった。しかし我慢できない時はいずれくるので、使わしてもらった。心を無にするのがコツだ。

 お風呂の方は、浴槽はフィデリスが水を温めてくれると言ってくれたので問題ないのだが、この世界にシャワーはなかった。となると桶か何かで体を洗い流したいところだが、いい感じの桶がない。

 そこで至った結論としては、浴槽の中で体の汚れを洗い落として、その水を捨てる。綺麗なお風呂にのんびり浸かる、というのは無理そうだが仕方ない。そもそも今日は別として、これからはそんなに汚れないだろう。多分。

 これでひとまず今日いっぱいは乗り越えられそうだ。明日からもなんとかなりそうな気がしてきた。これもフィデリスのおかげだ。彼がいなければこんなにスムーズには行かなかった。

 とりあえずロビーに向かい、そこにある椅子に腰掛けて休憩する。

 そこで、何かお礼がしたいな、と思い彼に尋ねてみた。

 「たくさんお世話になったし、たぶんこれからもお世話になっちゃうので、お礼がしたいんですけど、何か欲しいものはありませんか?」

 「礼には及ばぬ」

 断られてしまった。だがこのままでは終われない。私はいろいろとアイデアを出して彼が望むものがないか探す。

 「服とかどうですか?」

 「いらぬな。そもそも、買える金がないのではないか?」

 「うっ、じゃあ、稼げるようになったらそのお金の一部をあげます」

 「我には不要だな」

 「えぇっ、じゃあご馳走とか」

 「それは其方が作るのか?」

 「あ、そうでしたね。やめときます」

 それからいくつか思いつくものを言ってみたのだが、どれも彼にはいらなかったようだ。

 う〜ん、と悩んでいる私に彼は静かに言った。

 「そもそも、我は感謝されたくてやったわけではない。我が望んだからしたまで」

 その声は優しかった。私はますます不思議になって思わず聞いてしまう。

 「なぜ、そこまでしてくれるのですか?」

 そう聞かれ、彼は儚げな笑みを浮かべながら、こう言った。

 「おそらく、其方が我に初めて会った言った言葉が、理由だろうな」

 私はそう言われて、初めて会った時何を言ったかを思い出して見る。

 あの時私、なんて言ったっけ?確か……、あっ!

 「綺麗?」

 私は思わず口に出す。まさか彼は綺麗と言われるのがそんなにも好きなのだろうか。自分の容姿に自信があるのかそれともないのか。何はともあれ、私にとってはかなり意外だった。

 ……もしかしてナルシスト?

 そんな失礼な事を考えた事を、私は直後にひどく後悔した。その理由は、あまりに悲しいものだった。

 「我の一族は、元々暮らしていた国から追放された」

 私はそれに言葉を失う。彼はどこか遠くを見るような目で続ける。

 「我ら白竜の一族は、異質で、竜国に災いをもたらすと言われ、国から追い出された。その後、この地一帯に逃げてきたのだが、環境に適応できず我の一族のものは皆死んでいった」

 「そんな!ひどい……」

 私はそう口を挟んでしまった。そんな私に優しい眼差しを向けて、彼は言った。

 「そう、其方のその優しさが、嬉しかったのだ。故郷のものには異質と言われて追放され、この国のものはどこか竜を恐れている。この森に、滅多に人が来ることはない。それはこの森が危険なのに加え、竜が住処にしていると言われているからだ。誰もが我らを拒み、恐れ、近づかなかった。我はずっと、仲間たちが死んでから孤独だった。数千年の間、我が言葉を交わしたのは、ミネルヴァただ一人だった」

 その時、彼が時折寂しそうな目をしていた理由が分かった気がした。そして、ミネルヴァという魔法使いが彼にとってどれほど大切な存在だったのかも。

 彼のあまりに長い孤独の時間に、私まで悲しくなってくる。

 顔を歪めていた私の頬に手を伸ばし、彼は続ける。

 「我らの竜体は同じ一族であれば人間から見ると対して変わりはない。其方が我の竜体を見て綺麗だと言ったこと、それは我ら一族に対する称賛に当たる。我はそう思った。だから嬉しかったんだ。そのようなことを言うものは、きっとこの世界には其方だけだろう」

 「え?でも、魔法使いさんは……」

 私の言葉に、彼は頭を振る。

 「彼女は確かに我に親身になってくれたが、おそらくは我を研究材料として見ていたのだろう。鱗や爪や牙を要求されたことがあったからな。それらはどれも新しく生えてくるものだから渡したが、流石に角を要求された時は断ったな」

 それを聞いて、またさっきの魔法使いさんへの不信感が戻ってきた。やはり彼女はいい人とは言えないのだろうか。

 「けれど、其方は違うのだろう?」

 「うん。あなたを研究材料だなんて思わない」

 「あの言葉も、きっと純粋なもにだったのだろう?」

 「もちろん!私はあなたをホントに、綺麗だって思った!ちょっと怖いって思ったのも事実だけど……。雪みたいに真っ白で、宝石みたいな瞳をしていて、私ホントにあなたのこと、美しいって思ったんだよ!」

 私は夢中で彼に言った。敬語を忘れていることにも気づかず。この気持ちが嘘じゃないといことをちゃんと伝えたかった。

 「ああ、分かっている」

 彼はそう言ってくれた。私はちゃんと伝わったことが分かってホッと息を吐く。

 「だから我は、其方の力になりたいと思った。我が誇りに思っている一族のことを、認めて、美しいとまで言ってくれた存在だったからな」

 そう言い終えると、彼は突然、姿を変えた。それは、前のように竜になるわけではなく、竜と人の真ん中あたりの姿に見える。翼と角が生えて、肌の一部に鱗が見える。その鱗を、彼は突然爪でガリっと剥がした。

 「え!?ちょ、一体何を!?」

 慌てる私を他所に、彼は剥がした一枚の鱗に何やら魔法をかける。青色の淡い光が鱗をボウっと包み、フィデリスは何かをブツブツと呟いている。

 それが終わると彼は姿を人に戻した。鱗は、一体どこから出てきたのか、チェーンが付いていて、ネックレスになっていた。

 「これを、贈らせて欲しい。これが、我に対する礼でいい」

 そう言って私の手にネックレスを手渡した。

 「これを贈らせてもらうことが、お礼になるってこと?それじゃあ私からのお礼にならないけど……」

 私はさっきから敬語を忘れて話していることに気づかないまま、彼に言った。

 「我の贈りたいという願いを叶えるのだから、礼になるだろう?」

 「そうかな……」

 そう返しながら、私はネックレスを付けようとするのだが、上手くできない。首の後ろで一生懸命手を動かしている私を見かねて、フィデリスが声をかけてきた。

 「貸してみよ」

 そう言われて、私はネックレスを彼に渡し、後ろを向いて髪を持ち上げる。

 なんか彼氏に贈り物されてる気分……って、何考えてるの私!?

 「できたぞ」

 私は顔が赤くなっていないか不安になりながら振り返る。鱗のネックレスは白く透き通っていて、宝石のようだ。こんなものを貰っていいのだろうか。でも、彼が贈りたいと言っているのだからいいのだろう。

 「このネックレスには連絡機能が付いている。我を思い浮かべながらこのネックレスに語り掛ければ、我と連絡を取れる」

 フィデリスの説明に私は驚く。なんと、彼専用の携帯電話のようなものらしい。

 「他にもつけたい機能があれば言ってくれ。できる限りのことはしよう。あぁ、後……」

 すごいなぁ、などとネックレスをまじまじ見ていた私の耳元に突然近づいて、彼は囁く。

 「我はそちらの、親しげな話し方の方が好きだ」

 私は今度こそ顔が赤くなるのを抑えられなかった。敬語を忘れていたことに気づかされ、そのうえさらに耳元で意味合いは違うとはいえ「好きだ」などと囁かれれば、耐えることなどできない。

 む、無意識なの?それとも分かっててやってるの?彼、一体何なの〜〜!?

 私は心の中で、誰にも届くことのない叫びを口にした。

今までに比べて少し長めになっています。今回はちょっと恋愛要素の入った回です。フィデリスは現実には存在しないくらいのハイスペ要素を盛り込めるので楽しいです。

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