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目覚めの口付けと重なる想い

 それから一週間が経った。

 ミズキは今も意識を取り戻さないまま。その間に街で新鮮な輸血パックや、食べられない代わりの栄養分を補う輸液バッグなども買ってきた。

 それでも、状況は変わらない。

 イグナルスが持ってきた魔力測定器は常にミズキの腕に取り付けられていて、いつでも現在の魔力量が分かるようになっている。そのおかげで、じわじわと魔力が回復していることは分かるが、いまだに一割を下回ったままだ。

 ミズキが倒れた日から、フィデリスはずっとこの屋敷で過ごしている。彼女の部屋で、もう何日も寝ないまま、ずっと彼女のことを見守っていた。

 そのせいで、意識もだいぶぼんやりとしていたが、それでもここを離れられなかった。

 今度こそ、彼女を守ると決めたのだ。

 だがそれでは遅かった。目の前で固く目を閉ざすミズキを見ていると、後悔が襲ってくる。

 (我が間違っていた。もっと早くに、其方を守る覚悟を決めるべきだった。……反省している。だから……)

 そう思ってどれだけ願っても、ミズキは目を覚まさない。

 何故あの時、彼女の誘いを断ってしまったのだろうか。何故あの時、彼女を守るべきは自分ではないと、遠慮してしまったのだろうか。

 彼女は自分のことを、思ってくれていたのに。同じ気持ちだったのに、すれ違って。

 その結果こんな風に、彼女が傷つけられてしまった。

 「っ……」

 悔しさに、声にならない声が出る。

 全部全部、自分のせいだ。

 彼はミズキの眠るベッドの上に伏せながら、そう自分を責めた。

 そこでふとぼんやりと、あることを思い出す。

 「そうだ、眠り姫って知ってる?」

 頭の中で誰よりも愛する人の声が響いた。この後、彼女は何を言っていただろうか。

 確か、彼女がこの世界に来て間もない頃のことだったはずだ。この屋敷で共に暮らす仲間もリンネだけで、そんな彼女と自分に向けて、ミズキは話したのだ。

 知らない、と答えたリンネに、ミズキは言った。

 「これは私の暮らしていた世界の童話なんだけどね。お姫様が魔法使いに呪いをかけられて、お姫様は紡ぎ車の針が刺さって、百年の眠りにつくんだよ」

 何故針に刺されただけで百年も眠るのか、と自分は言及したはずだ。それにミズキは困ったように笑いながら、「呪いだから」と答えていた。

 「それで、どうなったのですか?」

 そう尋ねたリンネに、ミズキが続ける。

 「それで、長い年月が経った後、一人の王子様がお姫様が眠って茨だらけになったお城にやってきてね」

 彼女はふふっとはにかんだ笑顔を浮かべながら、こう口にした。

 「そのお姫様に口付けをして、お姫様は目を覚ますんだ」

 フィデリスは体を起こして、ベッドに横たわるミズキを見る。

 「ロマンチックでしょ?」と笑った彼女の顔を思い出しながら、フィデリスはミズキに顔を近づけた。

 数千年と生きているはずの自分が、途方もなく長く感じてしまうような一週間。そんな長い眠りについた彼女に、フィデリスは尋ねた。

 「こうすれば、其方も目を覚ましてくれるのか……?」

 彼はミズキの柔らかい唇に、自分の唇をそっと重ねた。


 体の中に、止まっていた血が再び流れ出すような感覚。

 ピリッとしたそれに、私はハッとする。

 目の前は真っ暗だが、ただ一つ鮮明な感覚があった。

 口に、何か当たってる……?

 体の中にピリッとした感覚を伴って流れ込んでくる何かによって、辺りがだんだんと明るくなっていく。

 暗い海の底から引き上げられるようにして、私は目を覚ました。

 「!?」

 目を開いた瞬間、視界に真っ先に飛び込んできたのは、フィデリスの顔だった。

 私が目を覚ましたことに気づいて、彼は顔を離す。

 「え、ど、どういうじょうきょ……」

 「ミズキ……。目を、覚ましたのか?」

 私の質問には一切答えず、彼は逆にこちらに尋ねてくる。

 彼の目に浮かぶ涙を見て、私は徐々に思い出していく。

 そういえば私、死ななかったっけ?これはもしかして死後の世界なのかな?その割には意識ははっきりしてるし、体透けてないし、そもそもフィデリスいるし……。

 もしや一命を取り留めたのだろうか。助かったのだろうか。そこで私は思い出す。

 ……そういえば私、こうなる前に何言ったっけ。確か私、フィデリスに……。

 目の前で嬉しそうに涙を流している彼を見ながら、私は顔を真っ赤にする。

 「ああぁぁぁっ!!」

 「ど、どうしたんだ!どこか痛むのか?」

 ちょっと心が……などと答える余裕もなく、私は悶える。

 言ってしまった。もうどうせ死んじゃうんだし、とか思って言ってしまったのだ。

 フィデリス、愛してるよ、って!!

 恥ずかしいったらありゃしない。どんな顔して彼に会えばいいのだろうか、と悩むまでもなく会ってしまっているし。

 聞いてなかった、とかないかなぁ……。いやでも、結局私が幻覚だと思ってたあれはホントにフィデリスだったってことだよね……。あぁ……。

 「ミズキ、大丈夫か?」

 心配そうに顔を覗き込んでくる彼に、私は眉を下げながら笑う。

 「うん、大丈夫だよ。……フィデリスが、助けてくれたんだよね?」

 「いや、我だけではない。其方がいなくなってことに気づいて街を探し回ったり、我に助けを求めにきてくれたのは其方の仲間達だ。……我は、守れなかった。其方のことを」

 俯いてそう言ったフィデリスに、私は言った。

 「そんなことないよ」

 その言葉に、彼は顔を上げる。

 「だってあなたが、私の目を覚ましてくれたんでしょ?」

 私は彼にそう尋ねる。確証はないが、なんとなくそんな気がするのだ。実際自分だけだったらいつ目を覚ませたか分からない。ずっと暗い海の底のような意識の中で、眠っていたことだろう。

 だから、どんな手段を使ったのかは分からないが、きっと彼のおかげでこうして目を覚ますことができたのだと思う。

 彼はそれに、少し考えるようにして答えた。

 「……そうか、うまくいったのだな。少々強引な手段ではあったが」

 そう言った彼が赤面しているのを見て、私は呆気に取られる。

 「い、一体どんな手段を……」

 私は恐る恐る、彼に尋ねた。彼はそれに、私と距離を詰めて答える。

 「言っても、怒らないか……?」

 どんな手段であれ、結果的に私の目を覚ましてくれたことに変わりはない。その恩は感じているから、私は覚悟を決めて頷いた。

 私の反応を見て、彼は赤くしたまま眉間に皺を寄せた顔で、私の顎を持ち上げた。そして躊躇いがちに、こう口にする。

 「……口付けて、そこから直接魔力を流した」

 私はそれに、しばらく思考が停止した。単語が変換できず、彼の言葉が理解できない。

 クチヅケ?く、くちづけ……。口付け?

 ……なるほど、私そういえば魔力不足だったんだよね。いっぱい血がなくなったから。ヒールで自分を癒せないくらいには魔力がなかったんだ。

 そこにフィデリスが自分の魔力を分けてくれたおかげで、私も意識が戻った、というわけだ。

 ……口付け。

 一旦横に置いておいた言葉が、また再び頭の中に帰ってくる。

 口付けってのは、あれのことだよね。つまり私は、フィデリスと、キ、キスを……。

 私は顔を真っ赤にして、両手を頬に当てる。

 「す、すまなかった。本当に」

 手を離し、少し身を引いた上でフィデリスがそう謝ってきた。

 「嫌、だっただろうか……」

 彼に尋ねられて、私は俯く。それにショックを受けたような反応をした彼に、私は言った。

 「嫌じゃないよ。……好きだもん、フィデリスのこと」

 小さな声でも一旦口に出したことで、決心がついた。

 私は顔を上げて、まっすぐにフィデリスを見つめる。

 「私、あなたのことが好きなの!側にいてくれて、優しくて、かっこよくて、強い、フィデリスのことが!」

 顔が熱い。火が出そうだ。できることなら今すぐこの場から逃げ出したい。

 でもそれ以上に、ちゃんと伝えたいという思いが強かった。今度こそちゃんと、彼の目を見て、自分の思いを伝えたかった。

 こんなことを言ってしまっては、迷惑だろうか。困らせてしまうだろうか。ずっとそう思ってきた。

 けれどそれは間違いだったのだと、私は気づく。

 目の前の彼は顔を赤くして、困ったような、けどどこか嬉しそうな顔をしていた。

 「……今度こそは、先を越されまいと思っていたのだがな……」

 そう呟いてから、彼は私の手を取る。

 「ミズキ」

 彼が私の名前を呼ぶ。そして熱の籠った目で、私をじっと見つめて言った。

 「我も、其方のことが好きだ。優しくて、愛らしくて、こんな我の側にいてくれる其方のことが、ずっと」

 彼は私の耳元に顔を寄せる。そして、そっと囁いた。

 「大好きなんだ。……愛してる」

 私はそれを聞いて、涙が溢れた。

 「な、何故泣く!?嫌だったのか?想いが通じ合ったと思ったのだが、まさか其方の好きは我のものとは違ったのか!?」

 「違うの……」

 慌てる彼に、私は涙を拭いながら言った。

 「嬉しくて……。フィデリスが、私を好きだって言ってくれたのが。……そっかぁ、両思いだったんだね」

 えへへ、と思わず笑ってしまう。

 叶うわけがないと、彼が私なんかを好きになるわけがないと思っていたが、どうやら違ったらしい。一年も一緒にいたのに、お互いきっとどこかで好きだと思っていたのに、ずっとすれ違っていたのだ。

 ……あぁでも、フィデリスが私のこと好きだったなら、説明がつくこともいっぱいあるなぁ。どうして今まで気づかなかったんだろ。

 オリヴィエたちも呆れるわけだ、と私は思った。

 刺されて死にかけたと思ったら、こんなにいいことが起こるなんて。生きてるって素晴らしいなぁ……。ホントに死ななくてよかった……。

 「……ミズキ」

 フィデリスがまた、私の名前を呼ぶ。

 「なぁに?」

 私がそう答えると、彼は私の頬の涙の後を拭いながら言った。

 「キス、してもいいだろうか」

 「えっ!?」

 驚いた声を上げた私に、フィデリスはぐいっと顔を近づけてくる。

 「まだいいって言ってないんだけど……」

 「すまない。其方の顔を見ていたら、我慢できなくなって……。ダメだろうか?」

 その尋ね方はずるいと思う。まぁ、初めから答えは決まっているが。

 「……ダメじゃないよ」

 私がそう返せば、彼は私の顎に手を添えて、さらに顔を近づけてくる。

 あと少しで唇が触れる。私がぎゅっと目を瞑ったその時だった。

 「おめでとうご……むぐっ!」

 「ちょ、リンネ!まだ早いです!」

 部屋の扉が開かれて、外からそんな声が聞こえてきた。

 私は思わずフィデリスから顔を離した。すると彼は私が離れた分だけ距離を詰めてくる。

 「えっ!?ちょっ、みんないるから!」

 「関係ない」

 「ま、待って待って!あとで!あとでにしよ?」

 それにフィデリスはムッと不満気な顔をしながら、「約束だぞ」と渋々頷いて顔を離した。

 「うぅ……。申し訳ありません、ご主人様」

 「大丈夫だよ。気にしないで?」

 私がそう言うと、リンネはパッと顔を輝かせて、部屋に飛び込んできた。

 「っ、ご主人様!よかったです!目を覚ましてくれて!」

 涙目になりながら、私に駆け寄ってくる。ベッドの上に座る私に、彼女はぎゅっと抱きついてきた。

 「……みんなも、ありがとう。心配かけてごめんね」

 部屋の入り口あたりにいる他の“家族″たちにも、私はそう言った。

 「ええ、本当ですよ。……よかったです、ご無事で」

 「そうだな。目を覚ましてくれて、俺も嬉しいぞ」

 「ミズキ様は儂らの恩人じゃからな、いなくなられては困る」

 「たっくさんおいしいもの用意してるわよ。早く元気になってちょうだいね」

 私に口々にそう声をかけてくれるみんなに、私は微笑む。

 よかった、帰って来れて。みんなのいる、この場所に。

 涙を流したり、笑ったり、みんなそれぞれの反応をしている彼らを見て、私は心からそう思った。

少し投稿遅くなってしまい申し訳ありません。


ようやく、二人を結ばせることができました。書き始めた頃はこんな恋愛ものになる予定すらなかったのですが。

やっと焦ったい二人じゃなくて甘々な二人を書けるようになる!

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