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最後の告白

 開けた場所に降り立ったイグナルスは、人の姿に戻って森を走る。

 (あの洞窟か……?)

 そう思いながらひたすら足を進め、辿り着いた洞窟の中に向かって、イグナルスは叫ぶ。

 「フィデリス!起きろ!」

 すると、中の人物はむくりと体を起こし、不機嫌そうに返した。

 「誰だ」

 「イグナルスだ!大変なんだ!ミズキが!」

 上がった呼吸を整えながら、状況を説明しようとするイグナルスに、フィデリスは眉間に皺を寄せる。

 「……ミズキのことは、其方がどうにかしろ」

 「そういうわけにはいかないんだよ!まったくもぉ!」

 こんな時に限って何故彼は非協力的なのか、と思わず地団駄を踏みたくなる。だが、そんな時間はない。

 「いいから聞け!大変なんだ!ミズキが死にかけてる!」

 フィデリスはそれに顔を上げる。

 「どういうことだ!?」

 焦った様子の彼を見て、イグナルスは少し落ち着いた。

 (聞く気になってくれたみたいだな)

 イグナルスは今までのことを説明した。

 街で逸れた後、ミズキが行方不明になったこと。その後みんなで探して、ミズキのものと思われる血溜まりを見つけたこと。

 「けどそこにあいつの姿はなかった。だからこうして貴様を頼ってるんだ」

 イグナルスはフィデリスに言った。

 しかし彼は黙ったままだ。暗い顔で俯いている。

 (なんなんだ?いつもだったらすぐにでも助けに行こうとするはずだろ?まだ出会ったばっかだけど、そういう奴だってことは知ってる)

 だとしたら本当に、一体何があったというのだろう。こんな緊迫した状況でなければ、相談に乗ってやったのにな、とイグナルスは思った。

 しかしそんな時間はないのだ。なんとかして彼を動かさなくてはと焦りながら、イグナルスは怒鳴る。

 「貴様にしか助けられないんだ!あいつのこと、一番知ってて、ずっと側で支えてきたのはお前なんだろ!?」

 フィデリスはその言葉にバット顔を上げ、イグナルスを睨んだ。初対面の時を思い出すような鋭い視線に、イグナルスはビクッとする。

 フィデリスは怒りと悲しみと嫉妬を含んだ声で、イグナルスにこう言い返した。

 「ミズキが好きなのは、其方なんだ……!」

 「んなわけあるか!ばーか!!」

 フィデリスの言葉を聞いて、イグナルスは反射的に、間髪入れず否定した。ついでに罵倒してしまった口を、慌てて塞ぐ。

 だが仕方ないと思う。鈍感すぎるにも程がある。見守っている側の身にもなって欲しいものだ。

 (なんっでこの二人はお互いこんなに、自分に向けられる好意に鈍いんだ?どう考えたってミズキが好きなのはこいつだし、こいつが好きなのはミズキだろ?)

 むしゃくしゃして思わず頭を掻きむしるイグナルスを、フィデリスはジトっとした目で睨む。

 「ミズキの好意を無下にするのは我が許さないぞ」

 「そんなこと言ってる場合か!」

 そもそも無下にしてるのはどっちだ!と言いそうになるのをグッと堪えて、イグナルスは続ける。

 「……俺にはあいつの居場所は分からないんだ。でも、貴様は知ってるんだろ?頼むから、あいつのところに行ってくれ。もう本当に、時間がないんだ」

 自分の封印を解いて自由にしてくれた上、一緒に屋敷に住まわせて、服やお菓子を買い与えてかわいがってくれた彼女のことを思い出して、泣きそうな声でイグナルスは言った。

 「それに貴様は、例え自分の想いが叶わないからって、それを伝えないままでいいのかよ!?」

 フィデリスを睨み返して、イグナルスは再び怒鳴る。

 フィデリスはそれに、ハッとした表情を浮かべた。

 「もう時間がないぞ!伝えないまま、あいつがいなくなってもいいのか!」

 イグナルスの言葉に、フィデリスは弾かれたように立ち上がる。

 まるで耳を澄ませるようにしばらく目を瞑ってじっとした後、イグナルスの方を振り返って彼は言った。

 「北の森だ」

 「そうか、分かった。行ってきてくれ。俺は街に戻ってみんなに報告するから。あとで屋敷で落ち合おう」

 イグナルスはフィデリスと共に洞窟を出る。

 フィデリスは別れ際に、イグナルスにこう言った。

 「……ありがとう」

 「……ああ。ちゃんと伝えろよ、自分の気持ち」

 そう答えたイグナルスに、フィデリスはもう一度「ありがとう」と礼を言った。

 一瞬浮かべた柔らかい表情を、またいつもの厳しい表情に戻して、彼は竜体に姿を変える。

 飛び立って行った彼を見送りながら、イグナルスは願う。

 (頼む、もう少しだけ耐えてくれ。ミズキ……)


 ん……?ここはどこかな……?

 目を開くと、見覚えのない場所にいた。白くてぼんやりしていて、何もない。

 夢、かな?明晰夢ってやつ?……わぁ、初めての経験かも。

 私は横になっていた体を起こして、立ち上がる。そして、何もない空間を歩き出した。

 しばらくすると、足元に花が咲き始めた。どこかから赤ちゃんの泣き声と、誰かの嬉しそうな声が聞こえてきた。

 よく分からないまま、私は進んでいく。

 しばらくすると、辺りに星のようにキラキラ光る何かが瞬くようになった。誰かが本を捲る音が聞こえてくる。

 けれど進むにつれて、だんだんと周りが暗くなっていく。足元に咲いていた花は、棘だらけの茨へと変わっていった。

 それでも辺りで輝く何かが、ほんの少し周りを照らしてくれている。そのおかげで、私は前へと進み続けることができた。

 誰かの泣き声を聞きながら、暗い場所を、私は進んでいく。とても長くて、途方もないように感じられる道だった。

 けれど突然、そこに光が差し込んで、辺りは眩しいくらいに照らされた。

 目を細めて、訳が分からないまま、それでも私は足を止めずに歩いていく。だんだんと目が慣れてきて、周りをはっきりと認識できるようになってきた。

 目の前に広がるのは、温かくて、キラキラ輝いている世界だった。

 さっきまで私を導いてくれていた光も、まだ残っているようだ。今は温かな世界をさらに輝かせる役割を担っている。

 何人かの楽しそうな笑い声を聞きながら、私も微笑みを浮かべて前に進んでいく。

 このまま温かい世界が続くのか、と思えば突然、辺りがピンクになったりして、私はビックリした。そのゾーンにいると、胸が温かくなったり、苦しくなったり、とにかく大変だ。

 けれど悪い気はしなくて、楽しい気分になりながら、私は歩いていた。

 次はどんな場所に繋がっているのだろうか、と思いながら、ふと私は前方に目を向けた。

 ……あれ?

 私は足を止めて、道の先を見る。どこかから吹く風が、足元に咲く花と、私の髪を揺らす。

 ……道が、途切れてる……。

 私はそれでも、風に押されるように前へと進んだ。立ち止まるわけにはいかないのだ。

 途切れる前の道は今まで通り楽しい気持ちで溢れていて、途切れる寸前まで、それは続いていた。

 私は最後に、道の終点に踏み込む。

 すると、辺りが真っ赤に染まった。

 だんだんと体が末端から冷えていき、私は動けなくなる。

 ここが、終点……。

 そこで私は、今まで歩いてきた道が、自分の人生を表していたのだと気づいた。

 視界がぐにゃりと歪んで、目を閉じると涙が溢れて頬を伝っていく。

 次に目を開けた時には、また別の世界が広がっていた。

 正確には、戻ってきたのだろう。現実に。

 土と草の上に転がされて、動けない。

 なんで、まだ、死なないんだろう……。

 痛みは感じない。けれど寒いのは感じる。死ぬのが怖いのも、悲しいのも感じられる。

 刺されてからどれくらい経ったのだろうか。みんなはお祭りを楽しんでいるだろうか。私がいなくなったのに気づいてそれどころではなくなってしまっていたら、申し訳ない。

 私がいなくなっても、みんななら大丈夫だよね?きっとなんとかなるよね?

 ……ふふん、うちの“家族″はみんな、すごいんだから。だから……。

 みんなとはもう会えないのだろうと、そう思ったらまた涙が出てきた。

 そろそろ、この体も限界のようだ。頭がぼんやりして、眠くなってきた。さっきまでのとはもう違う。本当に、これで終わりなのだろう。

 そんな私の耳に、誰かの声が聞こえてきた。

 「ミズキ!」

 遠くから聞こえてくるその声に、思わず涙が溢れる。

 最後の幻聴にしては、随分と残酷だ。

 変だなぁ、まだ、夢でも見てるのかな……?さっきの夢がまだ覚めてなかったのかなぁ?

 聞き覚えのある、私の大好きな声に、小さな笑みがこぼれる。

 ここにいるわけ、ないのにね……。

 「ミズキ!!」

 だんだんと、その声は近づいてきているようだ。

 「私、ね……」

 私は小さく、そう呟いた。

 「側にいてくれて、優しくて、かっこよくて、強い、そんなあなたが、大好きだったんだよ」

 伝えたかった人には届かなくても、神様くらいは聞いていてくれるかもしれない。そう思いながら、私は自分の思いを口に出していく。

 「ミズキ……!」

 その声は、もうすぐ側だった。幻聴でも幻覚でもいいか、と思いながら、私はきっと自分の最後の言葉になるであろう言葉を口にする。

 大好きな人に似た面影に、手を伸ばしながら。

 「フィデリス、愛してるよ」

 「ミズキ!!」

 その言葉を伝え終えるのと同時に、伸ばしていた手から力が抜ける。

 「ミズキ、我も……」

 これもきっと、都合のいい幻聴なのだろう。それでも心地よく感じる彼の声を聞きながら、私は笑みを浮かべる。

 プツンと意識が途切れて、私は長い眠りについた。

昨日忘れてました。申し訳ありません。


今回は少し短めです。けど、結構重要な回です。

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