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流れゆく血と涙

ちょっと怖めな話になってます。大丈夫だとは思いますが、一応苦手な方は気をつけてください。

 正午。みんなと逸れた際の約束をきちんと覚えてたオリヴィエは、待ち合わせ場所へと向かう。

 そこでしばらく待っていると、手を繋いだノーラとジークとイグナルスがやって来た。

 「三人は逸れなかったのですね。よかったです」

 「ええ。この子、お利口さんだったわ」

 声をかけたオリヴィエに、ノーラが返す。

 「見ろオリヴィエ!かわいいだろ!」

 そう言いながら、イグナルスはオリヴィエに自分の手の中の人形を見せる。

 「これはまた、歪ですね。ミズキが変な顔をしそうです」

 オレンジの頭にバラバラのパーツがついた人形を見ながら、オリヴィエはそう言った。

 「この子がどうしても、と言ったから、つい買ってしまった」

 ジークが苦笑いを浮かべながらそう言ったのを聞いて、オリヴィエは肩をすくめる。

 「あっ、みんな〜!」

 そう元気な声が聞こえてきて、オリヴィエたちは声の方を見る。

 そこには、たくさんの食べ物を手にしたリンネがいた。もらったお小遣いを全て食べ物に使ったのではないかと思える量だ。

 そんな彼女に、オリヴィエは尋ねる。

 「リンネ、ミズキは見かけましたか?」

 そう尋ねられたリンネは、口の中に入っていた食べ物をごくんと飲み込んでから、首を振ってこう答えた。

 「見てませんよ?」


 後ろに人の気配を感じて振り返るのと、背中に当たる冷たいものが体の中に押し込まれるのは同時だった。

 「えっ?」

 その冷たい何かが体から勢いよく引き抜かれて、私は立っていられなくなる。ドサリとその場に倒れ込み、私はなんとか顔を上げて私の背後に立っていた人物を見る。

 全身真っ黒で、顔はマスクでもしているのか、よく見えない。それなりに背が高く、男性のように見える。ただ一つ確かなのは、リンネではないということ。

 次に私の手に触れた生温かい何かに、私はゾッとした。

 ……これ、血……?私の……?

 私を見下ろす誰かが手に持っている物を見て、私は状況を理解していく。

 私、刺されたんだ。この人に。

 そんな状況でこんなに冷静でいられるのは、私の付けているネックレスのおかげだろう。フィデリスが付与してくれた、痛みを感じなくさせる効果のおかげ。

 それでも、叫んでおけばよかったかもしれない。叫んだら、誰かが気づいて助けに来てくれたかも。

 でも、できなかった。

 怖くて怖くて、私を刺した誰かが私を見下ろす冷ややかな目が、その手に握られた刃物が、ただ怖くて。

 声なんて出なかった。金縛りにあったように、動けなかった。

 彼がもう一度刃物を振り上げたのを見て、私は息を呑む。涙が出てきた。

 首を狙って振り下ろされた刃物を、咄嗟にバリアを使って防いだ。その後も彼は何度か私を刺そうとしたが、バリアで防ぐことができた。

 彼はそれにフンと鼻を鳴らして言った。

 「……まぁいい。どうせそのまま止血しなきゃ、血がなくなって死ぬ」

 死ぬ。そう言われて、私は震えた。

 ……このまま、死ぬの?

 だんだんと、意識が遠のいていく。私の周りにできた血の海を見れば、それも仕方ないな、と思った。

 体が冷たくなっていくのを感じながら、ついに意識を保てなくなり、私は気を失った。


 ミズキを刺した人物は、気を失った彼女を担いで、側にあった棺桶に放り込む。

 収穫祭とは都合のいいものだ。こんな棺桶を背に担いでいたとしても、今日みたいな日は誰も疑わない。

 彼は棺桶を背負って、歩き出す。

 喧騒の間を縫って街を出て、そのまま郊外に向かう。

 数十分ほどで辿り着いた、街の北東に広がる森に、彼は棺桶からミズキを放り出した。

 「任務完了だな」

 まだ息はあるようだが、放っておけばそのうち死ぬだろう。どうせこんな場所、誰も助けに来ない。そう思いながら、彼は森を出て、己の帰る場所へと飛び立った。


 「誰も見ていないのですね?」

 オリヴィエの確認に、全員が頷く。

 彼は次に時計を確認する。約束の時間から、もう三十分。なんだかんだで時間は守るミズキが、こんなに遅れるなんて、何かあったとしか思えない。

 「……三人は、ここに残ってください。僕とリンネで、ミズキを探しに行って来ます」

 「いや、儂だけが残ろう。ばあさんとイグナルスも探しに行った方がいい。さすがに二人じゃ手が足りんだろう」

 オリヴィエの言葉に、ジークが言った。確かにその通りだとオリヴィエは頷く。イグナルスとノーラも、異論はないようだった。

 「十五分、できる限り探して、見つからなかったらここへ戻って来てください」

 オリヴィエはそう指示を出すと、街の人混みの中に飛び込んで行った。

 (まだ、契約を果たしてもらっていない……)

 そのためにも、何としてもミズキを見つけ出さなくてはならない。

 リンネも彼女を探すために街へ戻る。だが、その体は震えていた。

 (もし、ご主人様に何かあったら……)

 恐怖に震える手を握りしめて、辺りを見渡す。

 ノーラとイグナルスも、街の中を懸命に探し回った。

 しかし、どこにもミズキの姿は見当たらない。

 食べ物の屋台の並ぶエリアを探していたリンネは、ふと悲鳴を聞きつけた。

 悲鳴を上げた人物が、路地裏から飛び出してくる。

 リンネは一目散にその悲鳴を上げた人物へと駆け寄り、尋ねた。

 「何があったのですか!?」

 すると尋ねられた女性は、路地裏の方を指差してこう言った。

 「血、が」

 「血……?」

 リンネは彼女が指差した路地裏へ近づく。そして、そこに広がる血の海を見て息を呑んだ。

 ちょうどそこに、遠くから悲鳴を聞きつけたオリヴィエがやって来る。彼はリンネの姿を見つけて彼女の側へ行くと、彼女の隣で立ち尽くす。

 オリヴィエの隣に立つリンネは、涙をこぼす。

 まだ決まったわけじゃない。ただもし、これがミズキのものだとしたら。

 「ご主人様のじゃ、ないですよね?ご主人様は、迷子なだけですよね?」

 泣きじゃくるリンネに、オリヴィエは伝える。

 「ここにいてください。僕はイグナルスを呼んできます」

 そう言うと、オリヴィエは去っていく。イグナルスは、魔力を嗅ぎ分けることが得意だ。血液には魔力が多少混じる。彼ならあの血がミズキのものか、判断できるかもしれない。

 もし、彼女のものだったら、どうすればいいのだろうか。

 考えたくもないことを考えながら、ただひたすら足を走らせ、オリヴィエはイグナルスを探した。


 「見つけた!イグナルス!」

 そう声をかけられたイグナルスは、呼び捨てにされたことにムッとして文句を言おうと声の方を見る。そこで目にした必死の形相のオリヴィエに、焦りを募らせた。

 「何があったんだ」

 「来てください!早く!」

 こんなに慌てている彼は見たことがない。余程の事態だと判断したイグナルスは、ノーラを背負って彼についていく。

 かなり早い段階で、イグナルスは言った。

 「血の匂いがするな」

 その言葉に、彼に背負われているノーラが反応する。

 「まさか、ミズキ様の……?」

 顔を青くする彼女に、イグナルスも不安になる。

 近づくにつれて、イグナルスの中の疑念は確信に近づいていく。リンネが待っていた血溜まりの目の前に立った時には、彼にとってはすでに答えは明白だった。

 しかし彼にとってはそれ以上に、まずいと感じることがもう一つあった。

 「これは、ミズキのだな」

 イグナルスは苦しそうな顔で言った。それにリンネやノーラは顔を真っ青にする。オリヴィエは悔しそうに俯いた。

 「けど問題はそこじゃない」

 イグナルスの言葉に、オリヴィエが顔を上げる。

 「どういうことですか?」

 尋ねる彼に、イグナルスは低い声で説明する。

 「あいつなら、刺されて死にかけても魔法で治せる。そうだろ?でもな……。この血、魔力濃度が高すぎるんだ。まるで、血そのものが魔力みたいな……」

 その説明に、リンネとオリヴィエはハッとする。

 「まさか……」

 「ご主人様が、別の世界の人だから……?」

 何やらとんでもない話だったが、イグナルスにとってはそれほど重要ではなかった。

 おそらくミズキは今、瀕死だ。最悪の場合、すでに死んでいるだろう。この血がいつのものなのかが問題だ。

 「とにかく、早く見つけなくては」

 オリヴィエはそう言ってから、チッと舌打ちをした。

 「なんでこんな日に限って、あの人は来てないんですか……。フィデリス……!」


 一度ジークの元へと戻り、四人は彼に状況を説明した。

 「そんな、ミズキ様が……?」

 「とにかく、あいつを見つけないと」

 そう言ったイグナルスの肩に、オリヴィエは手を置く。

 「イグナルス」

 真剣な目で、彼はまっすぐにイグナルスを見た。

 「今ミズキと連絡が取れるのは、フィデリス様だけです。そこで、あなたにお願いしたい。急いで彼を呼んできて欲しいのです」

 イグナルスは、彼のいつもとは違う様子に、息を呑む。

 「お願いします、イグナルス様。あなたにしか頼めない」

 「あたしからも、お願いします!」

 リンネも両手を腕の前に組んで、必死でイグナルスに言った。

 「お願い、イグナルス」

 「お前さんだけにできることなんじゃ」

 ノーラとジークも、真剣な目で訴える。

 イグナルスとて、最初から断るつもりなどない。

 「急いで行って来る。待っていてくれ!」

 彼は竜に姿を変えると、バサリと空中に飛び上がる。それからすごいスピードで、森の方へと飛んで行った。

 「ご主人様、どうかご無事で……!」

 リンネは天に向かって、そう祈っていた。


 ここは……?

 私はうっすらと目を開けて、見慣れない景色に首を傾げる。

 実際には、傾げようとした、だ。どうやらそんなことができる姿勢ではないらしい。

 目の先にあるには茶色と、まばらな緑。ここはどこなのだろうか。

 寒いなぁ……。

 指先が氷のようだ。体も冷えている。そういえば、そろそろ暖炉用の薪を用意しなくてはならない季節だろうか。

 明日……は、面倒くさいし、明後日くらいにやろうかな。

 そう当たり前のように未来のことを考えてから、私は自分の状況を思い出して、涙を流した。

 ……そっか、私に明日はないんだった。

 ここで一人寂しく、命が尽きるのを待つしかないのだ。

 誰も助けには来ないし、自分も自分を癒すことができない。

 「ヒー、ル……」

 そう唱えても、傷が治ることはない。

 血と一緒に、私の中の魔力はほとんど流れていってしまった。もうヒールが使えるような魔力は残っていない。

 ……眠くなってきちゃった。

 私はその眠気に抗うことができず、目を閉じる。

 あぁ、楽しかったぁ……。

 元の世界での生活は苦しかったが、それでも好きなものに触れている間は、オカルトのことを考えている間は楽しかった。

 この世界にやって来てからは、もっと楽しい日々が過ごせて。

 たくさん出会いがあって、大好きな魔法に出会えて、いろんな経験ができた。

 幸せだった。ただ、心残りがあるとすれば……。

 オリヴィエの病気、治せなかった。リンネは、寂しがるかな。おばあちゃんの料理はもっと食べたかったし、おじいちゃんに作ってもらいたい物もまだまだあった。イグナルスと、もっと仲良くなりたかった。

 他にも出会ったたくさんの人がいて、その人たちが悲しむかもしれないのも、もう話ができないのも、悔しい。

 それから……。

 まだ、言えてない。好きだってことを、伝えられていない。

 言いたかったなぁ、フィデリスに。でももう、叶わないんだ。

 涙が溢れてくる。嗚咽が込み上げる。

 誰もいない森の中。誰にも届くことのない泣き声が、小さく響いていた。

また遅くなってしまいました。申し訳ありません。


今回はミズキ以外のキャラ視点が多めです。

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