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治癒師の仕事と渦の浄化

 騎士たちは渦から現れる魔物たちに、手にした剣で斬りかかっていく。

 時々攻撃を受けて負傷した騎士が、私の元へやってくる。私はそんな彼らを魔法で治癒して、再び戦場へと送り出す。

 そんないつも通りの仕事をこなすだけだった。まぁ、数回しかこの仕事をやったことはないのだが。

 力はあるのにただ見てることしかできない歯痒さと、力を使えば正体がバレて面倒なことになるという現実に葛藤を抱きながら、ただ事の成り行きを見守る。そうしているうちに魔物たちはみんな倒されて、任務が完了する。

 今回も、そんな流れになるはずだった。

 しかし、今回はいつもと違った。初めこそいつもと変わりなかったものの、だんだんと違和感を感じ始める。

 怪我人がいつもより多い。いつもだったら一人で治療を受けにくるのは十人にも満たないのに。

 治療を受けにくるのは、戦い続けることが難しくなるほどの怪我を負った騎士だ。かすり傷程度なら、彼らはわざわざ治してもらうことはせず、そのまま戦い続ける。最後の最後、騎士団の任務が完了した後に、みんなまとめて回復するのだ。

 初めてこの仕事をした時、最後の最後に魔力加減をミスって周囲の魔物ごと回復したのは、今でもこの第五小隊で有名な笑い話となっている。

 その話は一旦置いておくとして、とにかく今日は戦い続けるのが難しいほどの傷を負う騎士が多い。すでに五人以上やって来たが、前方の様子を見る限り、まだ全然渦の魔物を倒し切れてはいないようだ。

 私は気になって、治療を受けに来た騎士に話を聞いた。

 「あの、戦況はどんな感じなのでしょうか?」

 尋ねられた騎士は、それに俯いて答えた。

 「芳しくないですね。お気づきでしょうが、負傷者も多いですし……。隊長ですら、少し必死になっているように見受けられました」

 「アルノルト様が?」

 私は目を見張る。あれほど実力のある人がいつもとは違う様子を見せるとは。

 やっぱり今回の渦は、なにかいつもと違うのかな……?

 「なぜ、そんな状況なのかは分かりますか?魔物の数がいつもより多いとか」

 私がさらに尋ねると、騎士はそれに頷く。

 「確かに、魔物の数が通常の渦より多いような気はします。それから、いつもより強いような……」

 それを聞いて、私は胸がざわつくのを感じた。なんとなく嫌な予感がする。

 やっぱり今回の渦はいつもと違う。第五小隊のみんなは大丈夫かな……?それに……。

 私は以前この森を訪れた時のことを思い出す。

 あの時も、いつもと様子の違うマルコシアスがいて、私もいつもより苦戦を強いられた。

 こんな偶然があるだろうか。この森が単に今までより危険な場所へと変わってしまっただけだろうか。だとしたら、その原因はなんだというのか。

 「あっ、もう治したので、行って大丈夫ですよ。教えてくださってありがとうございます。頑張ってくださいね」

 私は治療を受けた騎士を送り出す。彼も私に礼を言ってから、再び渦の方へと走っていった。

 彼がいなくなってから、私はもう一度考える。

 考えすぎかな?でも他の場所でこんな異常な事態が起こったって話は聞かないし……。

 前回の港町の襲撃も、ミーアの魔法のせいで何か厄介なことが起こったように見えたが、結局は彼女の善意による人助けの結果だった。港町にも稀ではあるが、今までにも渦が発生したことはあるはずだ。

 街で渦が発生した時も、これといっておかしな点はなかったはず。

 ならなんでこの森だけ、おかしなマルコシアスがいたり、渦が発生したりするのかな……?

 気がかりな点があるとすれば、やはりこの森が竜国と接しているところだろうか。竜国の王族の紋が刻まれたマルコシアスがいたことなんかは、これで説明が付いてしまう気がする。

 けれど渦は?竜国の者は渦も好き勝手に強化できたりするのだろうか。

 あぁ、もう!分からない!難しいことを考えるのは向いてないね!自分の仕事に集中しよ!

 頭をブンブンと振ってそう考えていた私の耳に、ふと誰かの悲鳴が届いた。

 「隊長!!」

 私はハッとして顔を上げ、前方を見る。胸がより一層ザワザワして、嫌な予感がより確かなものになっていくような心地がした。

 自分の仕事にだけ集中、なんて数秒前の考えは忘れて、私は無意識のうちに足を走らせ、渦の方へと向かっていた。


 駆けつけた私に気づいて、アルノルトが顔を上げる。

 「……おや、ミズキ様。心配して見に来てくれたのですか?」

 その声にはいつもの覇気がない。ただこんな状況でも口だけはペラペラ回るのだと、少し呆れた。

 彼は部下にもたれかかっていて、自分では立っていることができないようだ。そんな彼の周りに群がる魔物を、他の騎士たちが必死で倒していく。

 「こんなところにいたら、危ないのではないですか?あなたはただの、治癒師でしょう?」

 「……安全な距離を保ってるので、大丈夫です。それより、早く治療を……」

 私は彼に近づいて、魔法で癒していく。足に負っていたらしい怪我が治ると、彼はたちまち元気になった。

 「いやぁ、さすがミズキ様ですね。その治癒能力、近頃噂の女神様に匹敵しますよ」

 「あっ、会ったことあるんですか?」

 彼の言葉を聞いて、私はそう尋ねる。もしや以前付き添いを依頼したことがあるのだろうか。だとしたらなぜまだ私に頼むのか分からないが。

 そんな私の疑問をまとめて解消して、アルノルトは答えた。

 「ええ、以前こうして付き添ってもらったことがありましてね。まぁ確かに治癒能力は優れているのですが、典型的な我儘お嬢様だったので、もう頼むことはないですね。人気すぎて予約もいっぱいですし、いざという時、自分の身を守れる力もないですから」

 今言ったことは他言無用ですよ、と唇に人差し指を当てて彼は言った。治した瞬間からあっという間に元気を取り戻すところに私は感心する。

 「フフッ」

 ふと笑った彼が、私たちの方へ向かってきていた魔物たちを一撃で葬り去る。その恐ろしさに魔物だけでなく、側にいた私たちも体が凍るような心地がした。

 そんな彼が、冷ややかな目をしたまま私の方を振り返ったので、私は思わず息を呑んだ。

 「ミズキ様」

 「ひゃいっ!なんですか!?殺さないでください!」

 そう叫んだ私に、周りが呆れた目を向けて来たのを感じて恥ずかしさを覚える。

 ……悪いのはアルノルト様でしょ!?あんな怖い目でこっち見たのが悪いよ!

 そんな私に張り詰めた空気を緩めながら、アルノルトは話しかける。

 「ミズキ様、お願いがあるんです。今回の渦はどうもおかしい。それは治療を受けにくる騎士たちが多いことなどから、あなたも察していたでしょう。そしてご覧の通り、今回の渦は倒しても倒しても魔物が湧いてくるのですよ」

 困ったなぁ、と言いながら、彼は前に出て剣を振るう。やはり一撃で魔物は塵となって消えるが、それでも次々と魔物が湧いてくる。

 「そこで、ご自分の身を守れて、それどころか周りの人々をも守れるあなたに、お願いです。いえ、依頼ですね」

 彼はもう一度私の方を振り返る。そして、真剣な目で私を見ながら言った。

 「共に戦ってくれませんか?」

 「……私は」

 彼のお願いを聞いた私は、「私はただの治癒師ですから」と答えようとした。けれど、途中で言葉を詰まらせる。

 見るからに戦況は芳しくない。このままジリジリと消耗戦に持ち込まれれば、負けるのはこちらだ。アルノルトが早々に撤退しなければ、最悪第五小隊は全滅。私がそれを防ぐために必死で治療を続けたとしても、待っているのは終わりのない地獄。

 そんな状況でまだ、自分の正体がバレるといろいろと恥ずかしいし面倒だから、などと言って見て見ぬふりをするのだろうか。

 ……いや、やっぱり、そんなのは許されない。

 「……分かりました。協力します」

 私がそう答えると、アルノルトは分かりやすくホッとした表情を浮かべた。

 「よかったです。では早速、お願いが。あなたはあの渦を浄化することができる。そうですね?」

 なぜそんなことを、と思いながら、私はそれに頷く。

 「おそらくは」

 「それはよかった。港町での件も耳にしているので、あなたならきっとできるでしょう。ただお恥ずかしながら、私の光魔法では浄化し切ることができなかったのです」

 私はそれを聞いて納得した。渦を浄化できなかったから、終わりのない戦いを強いられていたわけだ。浄化できないなら、自然消滅を待つしかないから。ただそうなると、浄化できるかもしれない私を呼ぶためにわざと怪我を負ったのではないかと考えてしまう。アルノルトはそういう人物だ。考えすぎかもしれないが。

 それから同時に不安も押し寄せる。彼に浄化できない渦を、私が浄化することはできるのだろうか。

 ……頑張るしかないよね。できると思うって言っちゃったし。

 私が魔導書を構えたのを見て、アルノルトは周りの騎士の指示を出す。

 「みんなはミズキ様を守りつつ敵を倒せ。優先するのはミズキ様の護衛だ!」

 「はっ!」

 彼の指示を聞いて、騎士たちは返事をする。

 浄化の魔法を使う時はその魔法に集中したいので、守ってもらえるのはありがたい。

 「ではみんな、行動開始だ!」

 アルノルトの声に弾かれるように、私は渦の方へと走り出した。


 渦に近づく道中にいた魔物たちを、私は自分の魔法で倒していく。

 やっぱ私も魔法使いだし、こうやって魔法をバンバン使える方が楽しいな〜。

 テンションが上がっている私が、次々と魔法を使っていくのを見て、周りの騎士たちは呆然としていた。

 ……ここまで来ればいけるかな。

 私はそう思い、振り返って騎士たちに声をかける。

 「では私はここで渦を浄化します」

 「分かりました。守りはお任せください」

 アルノルトが代表して私にそう返し、剣を構える。

 私は代わりに魔導書を構え、呪文を唱える。

 「シャイニングリフレクション!」

 私の呪文に答えるように、魔導書から眩い光が放たれる。

 いつもならこれだけで渦が浄化されるはずだが、今回はそうはいかなかった。

 渦はだんだんと光に掻き消されていくが、少し気を緩めるとまた濃くなって戻ってこようとする。

 光と闇の押し合いだ。私は魔力を流し続けて、光をより強めていく。

 「ぐぅ〜っ!」

 歯を食いしばりながら、目を細めて光が渦を掻き消す様子を見守る。

 さっさと消えてよ!

 魔力がぐんぐん減っていくのを感じる。疲れてきてしまって、魔力を流し込むペースが遅くなり、光が弱まる。代わりに渦がまた再生しようとしているのが見えた。

 ……ダメなんだよ。ここで負けたら、みんな危険に晒されちゃう。

 私は体の中を巡る魔力を、全て捧げるつもりで魔導書に手をかざす。

 守りたいよ。ここにいるみんなも、ここで暮らすみんなも、この国で暮らすみんなも。

 それから、もっと大切で、守りたいと願う人々の顔が頭をよぎる。

 “家族″のみんなを守りたい。だから私だって、こんなところでやられるわけにはいかない。

 魔導書にかざす右手の中指にはめられた指輪が目に入る。大好きな人の顔が頭に浮かぶ。

 帰って、フィデリスに会いたい。よくやった、って褒めてもらいたい。まだ私の思いを伝えられてない。

 思いはきっと魔力に変わるのだろうな、とその時私は思った。守りたい人を、大切な人を思う気持ちが、魔力へと変わっていくような気がした。

 そんな魔力を注ぎ込んで、私は光に変える。そしてもう一度呪文を唱えた。

 「シャイニング、リフレクション!!」

次で協会のお仕事編はおしまいです。浄化技の名前、これでよかったのか、と今更悩んでいます。


ブクマ20件、ありがとうございます!

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