隠せない恋心
馬車が動き出してからしばらくした後、アルノルトが口を開いた。
「素敵な指輪ですね」
私の指にはめられたそれを見ながら、彼は言った。
「そうでしょう?」
自分の物ではないが、誇らしい気持ちになりながら私はそう答えた。
「あなたの物ですか?随分立派なものですが」
「いえ、ある人が貸してくださった物です」
「あなたに付与されている魔法と一緒に?」
私はそう言ったアルノルトを、ジトっと睨む。
「どうしてそんなことを尋ねるのですか?」
「いえ、ただの興味本位です」
アルノルトは笑った。興味本位で人の事情にずかずかと入り込んでこないで欲しい。そう思って私はまた彼を睨んだ。
「よく見せてください」
私の方に近づいてそう言った彼に、私は返す。
「あなたは今私に触れられないでしょう?外すわけにもいかないし……」
「大丈夫です」
彼はそう言うと、ハンカチを取り出して広げる。そしてハンカチを間に挟んで、私の右手を掴んだ。
「へぇ、これ……」
彼は面白いものを見た、というように笑みを浮かべながら呟いた。
「何か……?」
私が尋ねると、アルノルトはニヤリとした笑みを浮かべたまま私に言った。
「これをあなたに渡してきたのは、竜ですね?」
私はそれを聞いて、目を見開いた。その反応が、彼の疑念を確信に変えたようだ。
「図星ですか。となると、これは白竜のものですね。あなたと白竜の関わりについては、陛下にも聞きましたから」
私は彼にどんな思惑があるのかを探ろうとして、思わず眉間に皺がよる。
「あぁ、そんな怖い顔しないでください。本当に、ただの興味本位なんです。ほら見てください、この指輪、腕の部分に竜の装飾が施されているんですよ」
私はそれを聞いてまじまじと指輪を見る。さっきは気づかなかったが、よく見てみると竜の装飾だ。
「よく気づきましたね」
「ええ。こういうのを鑑賞するのが趣味なもので」
私が感心して言うと、アルノルトは頷いた。
「ところで、陛下に聞いたって……」
確かに陛下……つまり国王は、私を城へ招いた時フィデリスの話をしていた。だがアルノルトはフィデリスに会ったことはないはずなので、彼から伝わった訳ではないだろう。
「ああ、私はただ、あなたを城に招く前に、あなたについていろいろ聞かれたんです。こうして何度か任務に同行してもらっていますからね。私に答えられることは全て答えました。まぁ、私はあなたについて知っていることはごく僅かだったので、優れた魔法の腕前を持つ、ということくらいしか言えませんでしたけど」
「そうですか……」
となると、誰がフィデリスのことを国王に伝えたのだろうか。
……いや、割と堂々と街に助けに行く時彼を連れてってるし、なんならただのお出かけでもフィデリスに乗って街に行ってるから、目撃者がいてもおかしくはないかも?
今後はもうちょっと慎重になった方がいいかもしれない。国王はフィデリスに敵意を持っていなかったからよかったものの、竜国の者など、彼に敵意を持つ存在に見つかったら大変だ。
「ま、相当価値のある物でしょうから、失くさないように気をつけることですね。ピッタリではないようですし」
アルノルトは指輪を見ながらそう言った。私的には結構ピッタリだと思っていたが、そうでもないらしい。
私は試しに右手をブンブン振って、指輪が落ちたりしないかを確かめる。そんな私に、アルノルトはさらにこう言った。
「左手の薬指にはめれば、ピッタリだと思いますよ」
「え!?」
私は驚いてアルノルトの方を見る。彼はニヤニヤと笑みを浮かべて私を見ていた。
「そ、そんなことはないと思いますけど……」
「試してみたらどうです?」
彼にそう言われて、私は迷う。試してみたい気もするが、人から借りた物でそんな勝手なことをしていいものか。
しばらく悩んだ末に、結局好奇心には勝てず、私は指輪を右手の中指から外した。
そして、恐る恐る、私は左手の薬指に指輪をはめてみる。
「……あっ」
「どうでした?」
思わず声を出した私に、アルノルトが尋ねてくる。
「……ホントにピッタリでした」
私は彼の言った通りだったことがちょっと悔しく思いながら、正直に答えた。
「やっぱりですか。フフッ」
彼は自分の予想が当たったことに、満足そうに頷いた。私はそんな彼をジトっと睨んだ後、指輪に目線を戻す。
薬指にフィットする指輪。これは単なる偶然だろうか。前の持ち主がたまたま私と薬指の太さが一致していただけだろうか。
それとも……。
私は思い浮かんだ考えを頭を振って吹き飛ばす。
期待のしすぎはよくない。あとで違った時に、もっと悲しくなるだけだから。
私は薬指から指輪を外し、右手の中指に戻した。
私は横から話しかけてくるアルノルトの声を聞き流しながら、窓の外の景色を眺めていた。
そうして馬車に揺られること数時間。ようやく北の森の近くにある農村まで辿り着いた。
農村に辿り着くと、アルノルトは馬車を降りた。村長に挨拶に伺うらしい。他にも何人かの騎士たちが、馬車を降りて彼の後をついていく。
私はその間馬車でお留守番だ。ここの村は訪れたことがあるため、村長にも会ったことがあるが、今は顔を合わせるべきじゃない。
私を見て余計なことをベラベラ喋り出したら困るし。まぁ、私が行かずともアルノルト様が聞き出したら、勝手にベラベラ喋るんだろうけど。
前回ここに来たのはマルコシアスの討伐の時だ。あの日はいろいろと大変だった。マルコシアスの体に竜国の王族の紋が刻まれているのを発見して、討伐して、街の宴に参加して。あぁそうだ、それから……。
フィデリスが好きなのだと気づいたのも、あの日だった。
人生で一番記憶に残る日だったかもしれない。この世界にやって来た日といい勝負だ。
「お待たせしました」
過去に思いを馳せている間に、アルノルトが戻ってきた。
「挨拶が済んだので、森へ向かいます。徒歩になりますので、馬車を降りましょう」
「分かりました」
私は頷いて、馬車を降りる。御者さんのエスコートで地面に立つと、私はローブについたフードを被った。
「では、参りましょうか、フードの救世主様」
「今日は救世主じゃないです。治癒師です」
私はムッとしながら彼の言葉にそう言い返す。
「それは失礼いたしました、フードの治癒師様」
「“フードの″いらないです!普通に名前で呼んでください!」
完全に揶揄われている。もう仕事を放棄して帰ってしまおうか。
だがそういうわけにもいかず、私は渋々彼の後をついていった。
騎士団の第五小隊のみんなと、私は森へ足を踏み入れる。
あ、あの辺の植物、私が燃やしちゃって、その後必死で消火したんだよね。フィデリスは呆れてたっけ。
前に森へ来た時のことを思い出しながら、私は進んでいく。彼との思い出があるだけで、なんだか元気になれる。
「おやおや、雰囲気が柔らかいですね。想い人のことでも考えているのですか?」
こんな面倒な人の相手も、乗り切ることができるのだ。恋とは素晴らしいものだと思う。
「無視ですか?悲しいですね。腹いせにあなたの想い人が誰か、当てて見せましょうか。ズバリ、その指輪をあなたに貸してくれた人物ですね?」
「は!?なっ、や、そっ!」
「今のは、「は!?なんでそのことを?いや、そんなんじゃないです!」という意味ですね?私にはお見通しですよ」
「なんで分かるんですか!?……はっ!」
私はそう口にしてから慌てて口を押さえたが、もう遅い。アルノルトがニヤニヤしながら私に言う。
「つまり、私の言ったことは合っていたのですね?そうですか……、人と竜のラブロマンス。もしかして今流行りなのでしょうか?シャロンティーヌ様も竜に恋をしているのですよね?」
どんな流行りだ、とツッコミを入れる気力もない。こういう人間に好きな人がバレるのは一番マズイ。彼は敬語で喋る見た目が上品な中身男子小学生なのだ。
「そ、そんなくだらないことより、ちゃんと仕事をしたらどうですか?いつどこから魔物が襲ってくるか分かりませんよ!」
「話題を変えて誤魔化そうとしてますね?バレバレですよ。それとその点はご安心を。ほら」
彼はそう言って自分の部下たちに目を向ける。彼らも私たちと同じように仲間と喋りながら、時々襲いかかってくる魔物を倒している。今日見た夢とか、昨日の夕飯とか、そんなくだらない話をしながら、片手で、敵の方に目も向けずに、魔物を倒しているのだ。
お、王宮騎士団、恐るべし……。
私は目と口を大きく開けながらそう思った。
「ほら、大丈夫でしょう?それで、彼とはどこまで行ったのですか?」
「それが貴族の聞くことですか?」
私に襲いかかってくる魔物は周りの騎士たちが倒してくれるので、今のところ私が活躍する場面はない。私は魔導書を胸の前にギュッと抱きながら、アルノルトに言った。
「大体、どこまでって……」
若干頬を膨らませながらそう呟いた私を見て、アルノルトは目を瞬く。
「ま、まさか……、まだお付き合いしていないのですか?」
「う、うるさいなぁ!人の秘密にずけずけと踏み込んだ挙句、そんなこと言うなんて!」
私は思いっきり彼を睨みつけながらそう叫ぶ。彼はそれに流石に申し訳なかったと思ったのか、眉を下げて謝った。
「も、申し訳ありません。確かに今のは失礼でしたね。お詫びにあなたの恋を成就させる方法を、一緒に考えます」
「余計なお世話!!」
私にさらに怒鳴られて、アルノルトは困った表情になる。
その時ちょうど彼の背後から飛び出して来た魔物を、彼は剣で切り捨てる。私はその動きにハッと我に返り、辺りを見渡す。
どうやら、かなり奥までやって来たようだ。辺りを息が苦しくなるような、嫌な気配が漂っている。
「渦の近くまで来たようですね。みんな、警戒するように」
アルノルトの一声で、周りの空気が一瞬で張り詰めたものに変わる。
こういうところは、全然男子小学生じゃないんだけどな……。
厳しい視線で辺りを見渡すアルノルトを見上げて、私はそう思った。
そのまま進んでいくと、徐々に魔物の数が増えていく。そんな魔物たちを騎士たちが倒しながら、私たちはついに渦が見えるところまで辿り着いた。
「ミズキ様。護衛をつけるので、あなたはここで待機していてください」
そう言ったアルノルトに、私は頷く。私が頷いたのを見て、アルノルトは身を翻す。
「では、行って参ります。怪我人のことは任せますね」
「はい。……ご武運を」
……まぁ、あなたは頑張るまでもなく、この程度片付けられるのでしょうけど。
そんな本音は奥にしまって、私は適当な愛想笑いで、彼を送り出した。
ミズキの恋心を知ってて、早くくっつけ〜ってやってるようなキャラばかり増えていく……。




