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お守りの指輪と第五小隊

 一週間後、私は動きやすい服にローブを羽織り、魔導書などが入ったカバンを持って屋敷を出た。

 フィデリスとの約束があるため、まず私は洞窟に向かった。

 珍しく彼は起きていて、洞窟の前で待っていてくれていた。私との約束があったからだろうか。なんとなく嬉しく感じながら、私は彼に近づく。

 「おはよう、フィデリス」

 「ああ、ミズキ。おはよう」

 私は彼とそう挨拶を交わしてから、彼に尋ねる。

 「それで、どうして出発前にここに来るように言ったの?私は何をすればいい?」

 「ネックレスを出してくれるか?」

 フィデリスにそう言われて、私は服の下にしまったネックレスを引っ張り出す。すると彼は私と距離を詰めてネックレスに触れた。

 近いなあと思う私を余所に、彼はネックレスに魔法をかけているようで、ネックレスが淡く青白い光を放っていた。

 「……これでいい」

 そう言ってネックレスから手を離した彼に、私は尋ねる。

 「何かの効果を付与したの?」

 それにフィデリスは頷いた。

 「どんな効果?」

 私がさらに尋ねると、彼は言いたくないというように目を逸らす。彼が隠し事をするなんて滅多にない。一体どんな効果を付与したのだろうか。

 何か危ないものとかじゃないよね……。

 「ねぇ、どんな効果なの?危険なものなの?それはちょっと……困るんだけど」

 私が身を乗り出して尋ねると、フィデリスは顔を引き攣らせる。

 ……まさか、ホントに危険なもの?

 「危険ではないはずだ。……多分」

 怪しい。本当に大丈夫だろうか。

 不安になる私に、フィデリスは続けて言った。

 「其方が傷つかないようにするためのものだ。周りを過度に傷つけるようなこともない。信じてくれ」

 彼に真剣な目でそう言われ、私は思わず頷いた。確かに彼も不必要に周りを傷つけたりするような人ではないはずだ。

 私が頷いたのを見て、フィデリスはホッとした表情を浮かべる。

 「よかった。では、次はこれだ」

 そう言って彼はどこからともなく指輪を取り出してきた。

 ……えっ?まだあるの?

 フィデリスは驚く私の手を滑らかな動きで取ると、私の右手の中指に取り出した指輪をはめた。

 と、突然指輪?今度は一体何!?急にどうしたの!?

 動揺する私に、フィデリスが言った。

 「お守りだ。まあ、ネックレスと違って何か効果が付与されているわけではないから、気休め程度だが……」

 私はそんな彼の言葉を聞きながら、指輪を見つめる。

 白い綺麗な石が嵌め込まれ、指輪の腕の部分には細かい装飾が施されている。間違いない、相当高価なものだ。

 「……一族の家宝なんだ」

 それを聞いて、私はギョッとしてフィデリスを見る。

 「だから、今はあげることはできないんだ。帰ってきたら、一度返してもらいたい。すまないな」

 「いや、謝らないで!むしろそんな大事なもの、私が持ってっちゃっていいのかな……?失くしたりしたら大変だよね?なんで貸してくれるの?」

 私は落としたりしないか心配になりながら指輪を見る。意外にピッタリなのが不思議だ。これなら指から抜けて落とす心配はなさそうだが、行き先は森だし、どこかで失くす可能性は十分ある。

 私はフィデリスに尋ねる。それに彼は優しい目で答えた。

 「言っただろう?お守りだからだ。今回は其方の個人的な仕事だから、我は同行できないのだろう?今まで協会の仕事に向かう時には、事前に我に教えてくれなかったからこうして其方を守る物を渡せなかったが、今回は教えてくれたからな。共に行けない分、こうして守らせて欲しいんだ」

 彼は私の手を取って、自分の手で包むように握りしめる。

 「無事に帰ってきてくれ」

 「大袈裟だなぁ。今回戦うのは私じゃないし、私がやるのはただのサポートなんだよ?」

 私は笑いながら言った。

 けど、そのフィデリスの心配は嬉しい。胸が温かくなる。

 「でも、ありがとう。ちゃんと戻ってくるから、安心して」

 私の言葉を聞いて、フィデリスはいくらか安心したようだった。固く握りしめていた手を緩めて、私の手を離す。

 「じゃあ、行ってくるね」

 「ああ、気をつけて」

 フィデリスに手を振って、私は歩き出す。フィデリスは私の姿が見えなくなるまで、ずっと手を振ってくれていた。それが分かるのは、私も彼の姿が見えなくなるまで、ずっと手を振り続けていたからだ。

 彼の姿が見えなくなって、私は手を下ろすと、いつものように魔法で街まで飛んでいく。そこでふと思い出して、私は首を傾げた。

 指輪を渡す時、フィデリス言ってたよね。「今はあげることはできない」って。……「今は」ってなんだろ?

 私は自分の指にはめられた指輪を見ながら、首を傾げる。それから、こんなことを考えた。

 ……どうせなら、左手の薬指にはめて欲しかったなぁ……。


 街についてから私が向かったのは、貴族街への入り口だ。最近はやたらこの場所を訪れる機会が多い気がする。

 門番の人に、私は協会から届いた手紙を見せる。

 「ヒーラー協会の方ですね。馬車を手配します」

 門番がそう言ってしばらくすると馬車がやってきて、私はそれに乗る。

 そのまま馬車に揺られ、私は城に向かうのともフェンネルのところを訪れるのとも違うルートで目的地へと運ばれていく。

 城よりもさらに奥にある場所で、私は下ろされた。馬車は私を下ろすと去っていき、代わりに別の人物が私の元へとやってくる。

 後ろで一つにまとめた紫の髪に、金の瞳。その人物を見て私は、思わずこう口にした。

 「隊長様直々にやってくるなんて、随分歓迎してもらえているんですね」

 「ええ、私はあなたを歓迎しています」

 私の言葉にうんうんと頷いた彼に、私は思わずため息を吐いた。

 「我ら王宮騎士団第五小隊の任務への協力、感謝しています、ミズキ」

 恭しく私に礼をした彼に、私も多少不服ながらも礼を返した。

 「こちらこそ、今回はご指名ありがとうございます。第五小隊隊長、アルノルト様」


 「では参りましょうか。他の隊員たちが待っています」

 アルノルトはそう言って、エスコートしようと私の手を取ろうとした。しかし私の手に触れた瞬間に、まるで何かに弾かれたようにバッと手を引っ込める。

 「だ、大丈夫ですか?」

 そういえば馬車の御者さんもこんな風に手を弾かれた後、今日は手を痛めているので自分で降りて欲しいと私に言ってきたのを思い出す。私はその時は特に気にしなかったが、アルノルトまでこうであると、何かあるように思えてくる。

 問題は私……?もしかして……静電気体質になっちゃったのかな!?

 ここ一週間の度重なる実験のせいだろうか。別に自分を実験台にして何かを行った覚えはないのだが。

 何が原因だろうかと考え込んでいると、ふいにアルノルトが声を上げて笑い出した。

 「あはははは!」

 その突然の笑い声に、私はビクッとする。

 「あははははっ!ミズキ!」

 笑いながら、彼はもう一度私の手を掴もうとする。しかしまた何かに弾かれたように彼は手を引っ込め、その引っ込めた自分の手を見て、彼はまた笑った。

 なんなんだ……と引き気味に彼を見つめる私に、彼は言った。

 「愛されてますねぇ。一体どこの誰なのでしょう?」

 は?と首を傾げる私の服の裾を、アルノルトは掴む。

 「……ふむ。服に触れるのは問題ないと。髪の毛はどうでしょう?……ああ、大丈夫ですね。失礼、ミズキ。ちょっとお顔に触れさせていただきますね」

 アルノルトはそう言うと、今度は私の頬に手を伸ばした。私が答えを返す前に彼は私の頬に触れ、すぐさま手を引っ込める。

 「……さっきよりも強いですね。ふふ、面白い。手よりは顔の方がダメなんですね。ということは、さらに上もあるはず……」

 アルノルトはボソボソとそう呟いた後、ギラリとした目で私を見た。そして私に近づくと、胸に手を当てて彼はとんでもないことを言った。

 「ミズキ、服を脱いでください!……ぐあっ!?」

 私は完全に思考が回り切る前に、反射的に彼の顔にビンタを食らわせていた。私の全力のビンタを受けて、アルノルトは悲鳴を上げて体勢を崩す。

 「……なかなか、やりますね。騎士である私に不意打ちを食らわすとは」

 アルノルトは赤くなった頬を抑えながら私に賞賛を送ってきた。

 私はまずいことをしてしまったと一瞬不安になった。相手は貴族出身の騎士だ。そんな相手に暴力など、タダでは済まないかもしれない。

 しかしその不安は一瞬のうちに消え去った。今回の場合は明らかに、セクハラ発言をした向こうが悪い。横暴な貴族相手にはこんな言い訳は通用しないものだが、こちらにはフィデリスがいる。彼は王族が私に手を出したら、王族を手にかけてでも私を助けにきてくれると言った。この場合でも、私を助けるために最悪アルノルトを手にかけてでもなんとかしてくれるはずだ。

 「何かとんでもなく物騒なことを考えていますね?」

 アルノルトは私の顔を覗き込んでそう言った。

 「申し訳ありませんでした。今のは完全に私が悪いですね。興奮してつい……」

 「つい……で済まされない世界もあるんですから、気をつけてくださいね」

 元の世界だったら痴漢で捕まっているかもしれない発言だ。私はふんっとそっぽを向きながらそう返した。

 今回はなるべく、この人と近づかないようにして過ごそ。

 私はそう思ったが、相手は今回同行する小隊の隊長だ。そう上手くはいかない。

 「かなり時間を食ってしまいましたね。隊員たちが呆れていそうです。行きましょう」

 アルノルトはそう言って歩き出す。近づきたくないが、彼についていくしかない。私は不本意ながらも、彼の後ろを歩き出した。


 「待たせたね、みんな。準備は済んでいるかい?」

 アルノルトが隊員たちにそう尋ねると、その中の一人が代表して彼に答えた。

 「ええ、とっくに。一体何をしていたのですか?隊長」

 呆れた表情でそう言った彼に、アルノルトは気まずそうに頬を掻く。

 アルノルトに案内された先には、いくつかの馬車が並んだ開けた土地があった。騎士団は城の内部にあり、今いる場所は城壁と貴族街の壁の間だ。その中でも、貴族街の壁にいくつかある門の一つの側にいる。

 馬車にはすでに荷物が積み込まれているようだ。きっと隊員たちが隊長であるアルノルトが私にちょっかいを出している間に積み込んでいたのだろう。呆れた隊長である。

 「みんな、集まってくれ」

 アルノルトがそう呼びかけると、ゾロゾロと隊員たちが彼の周りに集まってくる。

 アルノルトは集まった隊員をぐるっと見渡した後、私に手を向けた。

 「こちらが、今回同行してくれる協会の者だ。ミズキ、自己紹介をお願いできますか?」

 私は彼の口調の使い分けに毎度のことながらに驚きながら、頷いて口を開く。

 「ミズキです。短い間ですが、今回も皆さんのお役に立てるよう、精一杯サポートさせていただきます。よろしくお願いします」

 私は頭を下げて礼をする。

 「最近入った者以外は、彼女を知っている者も多いだろう。覚えているか?傷ついた私たちを癒すために、倒した魔物ごと回復した治癒師だな」

 「言わなくていいですから!」

 私はすかさずツッコミを入れる。そんな過去のことはもう忘れて欲しい。

 「あと今回は彼女に触れないように。どこの誰だか知らんが、彼女に触れることをよしとしない者がいるようだからな。触ると痛い目見るぞ」

 彼は笑いながら隊員たちに警告した。たぶん何人かは興味本位で近づいてくる気がする。普通の人なら触れないようにするはずだが、部下は上司に似るのだろうか。

 ところでその触れるのをよしとしない者って……もしかしてフィデリス?

 さっきは気づかなかったが、もしかしてアルノルトが手を弾かれていたのは、フィデリスがネックレスに付与した効果のせいだろうか。

 ちょっと逆効果な気もするけど……。ここの人たち、マゾなのか、傷つくことを恐れないタイプなのか知らないけど、こういう危険なものに手を出すのが好きな人結構いるし……。

 「ではみんな、出発しよう」

 アルノルトがそう言うと、隊員たちは解散して各自馬車に乗り込む。

 「ミズキ、あなたはこっちです」

 私が乗るのは先頭の馬車のようだ。それ自体は問題ない。自分の身は自分で守れるし。

 私は馬車に乗って出発を待つ。すると反対側の扉が開いて、さっきまでずっと側にいた人物が馬車に乗り込んできた。

 やっぱりか……と私はため息を吐く。この男の隣で数時間馬車に揺られるのは気が引ける。

 「その反応、傷つきますね……。さっきのをまだ根に持ってますか?」

 アルノルトは眉を下げながら聞いてきた。

 まぁ、あんなセクハラ発言全く気にしない方が難しいでしょ……。

 私は彼に答える代わりに、もう一度ため息を吐いた。

ヒーラー協会のお仕事のお話です。あと三話続きます。

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