収束と一週間後の約束
その後みんなで海岸の人だかりの方まで向かうと、みんなそれぞれ知り合いが待っていたようで、人々はそちらへ駆け寄っていく。
「お母さん!」
さっきの少女がそう言って、彼女の母の元へ駆け寄る。彼女の母も少女を見つけて涙ぐんだ後、駆け寄ってきた我が子を抱きしめていた。
お母さんか……。今頃何してるかな……。
「フードの救世主様〜!」
私はその声にハッと我に返り、慌てて辺りを見渡す。
それぞれ家族や友人との再会に夢中なようで、町長の声に耳を傾けている者はいない。……と思いたい。チラチラとこちらを見ている人もいるようだが、見なかったことにする。
街ほどフードの救世主の噂は伝わってないみたいだしね。
けれども一応、駆け寄ってきた町長に釘を刺しておく。
「その名前で呼ぶのは控えてくださると嬉しいです」
「ハッ!なるほど!確かに英雄の正体がバレるわけにはいかないですよね。こういうのはどこの誰だか分からない方がかっこいいものです」
また彼は都合の良い解釈をして勝手に納得しているが、そこはもう放っておく。そしてまた夫人にチョップされていた。
見張りの青年も一緒のようだ。彼はこちらに来るなりこう言った。
「行方が分からなくなっていた人が全員戻ってきました。これで町民は全員です。つまり、今回の襲撃による犠牲者はゼロだった、ということです!」
彼は手にしたクリップボードを見ながら嬉しそうにそう言った。町長と夫人も、ホッとしたような笑みを浮かべている。
「あなたのおかげですな!」
町長が私の手を取ってブンブン振りながらそう言った。その言葉に私は不足を感じて、付け加える。
「私だけじゃないですよ」
私は振り返って海を見る。ミーアの助けがなければ、もっとたくさんの犠牲者が出ていた。
彼女が私に手紙を出して、逃げ遅れていた人たちを助けてくれていなければ……。
「今回は、海の仲間が人々を助けてくれたんです。間違いなく、今回一番頑張ったのは彼女だと思います」
「海の仲間……。まさか、人魚のことですか?」
見張りの青年が私に尋ねたが、私はそれに首を縦にも横にも振らなかった。
「正体は秘密にしておきます。彼女も私と同じで、自分の功績が表に出るのはあまり望んでいないと思うので」
「そうですか……。お礼ができないのは歯がゆいですが、仕方ありませんな」
町長はそれに残念そうに項垂れた。そんな彼に、私は一つ提案をする。
「でも他にも功労者はいますよ。例えばそう、彼とか!」
私はそう言って手で見張りの青年を示す。
「彼は今回その優れた目で町の様子を常に見守ってくれていたのでしょう?それから、私の手助けもしてくれました!」
「いえ、僕はそんな……」
私の言葉に彼は謙遜するが、町長はさらに思い出した様子で付け加えた。
「そういえば渦の発生を一番に知らせてくれたのも彼でしたな!救世主様と海のお仲間の祝いができない分、彼を祝うとしますか!」
「ちょ、町長まで……!」
青年は困り果てた様子だったが、満更でもないようだ。彼が功労者であることは確かなのだし、存分に祝ってもらうと良いと思う。
私は疲れたから、早く帰りたいかな。びしょ濡れだし。
「では、私はこれで失礼しますね」
「もう帰られるのですか?残念ですが……フードの救世主はいつも事が収まるとすぐに去っていくと聞きますし、私に引き留める権利もありませんな……」
町長はしゅんと項垂れながらも、次の瞬間にはピンと背筋を伸ばした。この人も伊達に町長じゃないんだなと感心する。
「今回は本当に、ありがとうございました」
彼は深々と礼をする。夫人もその横で頭を下げた。青年もそんな二人を見て、慌てて礼をする。
「いえいえ、私は自分にできることをしたまでなので……」
こんなこの町で一番偉い人に頭を下げさせるなんて、申し訳ない。顔を上げてください、と私は言った。
「では、さようなら。また来ますね、今度は普通に」
私は彼らに手を振って、フィデリスと共に歩き出した。
人気のない所までやってくると、竜の姿になったフィデリスの背に乗る。
「今回は三人に正体がバレちゃったよ……」
次からは透明人間にでもなってやろうかな、と私は冗談半分で考える。
「まあでも、良いのではないか?」
フィデリスは翼を広げて飛び立ちながら、そう言った。「そうかなぁ?」と私は首を傾げる。
「ミズキが良いことをしたのが周りに伝わるだけだ。何も悪いことはない。目立ちたくない其方には、悪いことなのかもしれないが」
彼の言葉に、私はふふっと笑う。ちょっとこそばゆい気分だ。
まぁ、それは確かに悪くないかもね……。
平和を取り戻した町を見下ろしながら、私はそう思った。
屋敷に戻ったのは夕方だった。
屋敷より手前の洞窟でフィデリスと別れ、一人屋敷に戻るとリンネがいつものように出迎えてくれる。
「おかえりなさいませ。そういえばご主人様宛に手紙が届いていますよ」
「手紙?」
こんな山奥までわざわざ手紙を届けに来る物好きとは一体誰だろうか。私は首を傾げながら屋敷に入り、リンネから手紙を受け取る。
差出人の名前を見て、私は納得した。
ああ〜、協会か。
手紙を持って私はリンネと共に自分の部屋へと向かう。彼女に着替えを手伝ってもらった後、一人机に座って手紙の中を確認した。
協会とは、ヒーラー協会のことだ。ヒーラー協会は治癒魔法が使えるものだけが入会できる協会で、所属していると定期的に騎士団の討伐の付き添いなどの仕事が来る。
この世界に来て間もない頃にバイト感覚で所属したもので、仕事回数は少ないがその分一回一回の報酬が多い。ただ入会の時の審査が面倒だったりしたので、今思えばこれに入るのはあまり英断だったとは言えない気がする。
入会手続きをしていた時の私はまだこの世界に不慣れ、かつ頭が回らない奴だったため、手紙を届けてもらう住所をこの屋敷にしてしまった。まぁ、頭が回らないのは今もだが。
普通なら自宅に手紙を届けてもらうことは何の問題もないのだが、うちの場合は違う。屋敷のある場所は森の奥で、しかもこの森は地形が険しく魔物が多く出る。手紙を配達する人のことを考えると、もっと別の場所か別の方法にするべきだったと今になっては思う。
それでも毎回ちゃんと届くんだから、腕の立つ配達員だよね……。
私は送られてきた手紙の内容にざっと目を通す。
ふむふむ、一週間後ね……。
一週間後に行われる騎士団による北の森に発生した渦の排除および渦の発生に伴って現れた魔物の討伐、というものに同行するのが私の今回の仕事のようだ。
それはいいんだけどね……。
私は今回同行することになる騎士団の隊の名前を睨みながら考える。
なんで毎回第五小隊なの?……うん、その答えが下に書いてあるね。「第五小隊隊長のご指名により」。はぁ……。
なんであの人は私を指名するのだろうか。別に私の治癒魔法の腕はそこそこだ。苦手でもないけど、とびきりすごい訳でもない……はずだ。
リンネのお母さんを治してあげた時はなんかすごいことになってたけどね。でもあれは魔力調整をしなかった場合だし、協会の仕事の時は限度を保って魔法を使ってるはずなんだけど。
それこそ最近では優れた腕の治癒魔法使いが女神だの聖女だのともてはやされているという噂をどこかで耳にしたが、どうして彼女を指名しないのだろうか。
だがまぁ、与えられた仕事はきっちりこなすつもりだ。とりあえず一週間後に備えて、“家族″に予定を伝えたり、ポーションの準備をしておこう。
あと酔い止めね〜。私一人だったり現地集合だったらフィデリスに乗ってビューンって行くけど、協会の仕事の時は馬車だから。ろくに整備もされてない道を馬車でガタンゴトン揺られたら、気持ち悪くなっちゃう。
私は椅子から立ち上がり、まずはオリヴィエあたりにこの件を伝えてこようと部屋を出た。
「そうですか、分かりました。あっ、念の為フィデリス様にもその話、伝えておいてくださいね」
「えっ?なんで?」
オリヴィエを見つけて一週間後の協会の仕事について伝えると、彼にそう言われた。私は訳が分からないと首を傾げる。
「フィデリスは連れてかないけど」
「ミズキが自分の把握してない用事で留守にしてると、うるさいんですよ、あの竜。それに協会の仕事って騎士団に同行するのでしょう?騎士団っていうと男まみれな訳ですし……。ともかく、暇でしょう?お話しがてら伝えてきてください」
オリヴィエは、「ほら、行った行った」と私を玄関へ追いやる。別にフィデリスのところへ行くのが嫌なわけではないので構わないが。
さっきも会ったばっかだしな……。というか私も疲れてるから休みたいんだけど。
そう思いながらもつい足を動かしてしまう自分がいる。惚れた弱みってやつかな、と私は苦笑いを浮かべた。
「フィデリスー」
私は洞窟に辿り着くと、中にそう呼びかけた。
「ミズキ?どうした」
今回はすぐに返事が返ってきた。いつもなら寝てる時間ではあるが、さっき起こされて外に連れ出されてから、そのまま起きていたのだろう。
いや、でも今は夕方だし、もう普通に起きてる時間帯なのかな?
私は中に入って彼の隣に腰を下ろす。
「ごめんね、度々」
「いや、それは構わないが……。また何かあったのか?」
「ううん、そういうわけではないの」
いつでも出かけられる、と言わんばかりの様子のフィデリスに、私は両手をパタパタと振る。
「ただね、私一週間後に協会……ヒーラー協会のお仕事で騎士団に同行して北の森に行くんだけど。このことをオリヴィエに伝えたら、あなたにも伝えてくるようにって言われて」
「……なるほど」
私の言葉を聞いてフィデリスは頷いたが、どこか不機嫌な表情だ。
わざわざそんなこと伝えにこなくていいよーって顔かな?
「ごめんね、こんなしょうもないことのために。寝るところだったんじゃない?」
申し訳なく思って謝ると、フィデリスは首を振った。
「そういうことではない。今日はもう寝るつもりもなかったしな。それに我はどんなくだらない話でも、其方との話ならいくらでも付き合うつもりだ」
フィデリスにそう言われて、私は目を見張った後笑みを浮かべる。そういう優しいところが、好きだなぁと思ってしまう。
「じゃあ、どうしてそんな顔してたの?ムムーって」
「それは……」
私に尋ねられて、フィデリスはバツが悪いという顔で私から視線を逸らす。
どうしたのだろうかと私が首を傾げていると、彼はしばらくの沈黙の後、口を開いてこう言った。
「……心配だっただけだ。騎士団は男が多いだろう?」
「うん、そうだね。というかたぶん男しかいないよ」
「そんな中で半日ほど過ごすわけだ」
私はその言葉に、納得して頷いた。つまりは私がセクハラに遭わないか心配してくれている訳だ。
「大丈夫だよ!私自分の身は自分で守れるし、そもそもそんなにかわいくないからね!」
私は胸を張って彼にそう言った。しかし彼はそれに不服そうな顔をして、私の頬に手を伸ばす。
私の瞳をじっと見つめて、彼は言った。
「そんなことはない。ミズキは可愛いぞ」
私はそれを聞いてしばらく呆けた。意味を理解するのに時間を要した。そしてようやく言われたことを理解したところで、私は顔を真っ赤にした。
「そ、そういうことは!そんな顔を近づけて急に言われたらびっくりしちゃうから!あんまりやらない方がいいんじゃないかな!」
私が真っ赤な顔で叫ぶように言ったのを聞いて、フィデリスは困ったような顔で手を離す。
「……すまない。嫌だったか?」
「……嫌、ではないけど……」
そりゃあ誰だって、好きな人に可愛いとなんて言ってもらえたら嫌がる訳がない。
ただちょっと心臓に悪かっただけで……。
「……誰にでも、こんなことするの?ああいや、あなたはあんまり他人と関わらないから、分かんないだろうけど……」
もしこんな無自覚人たらしが、こんな山奥に引きこもってないで街でたくさんの人と関わってたりしたら、きっとライバルだらけで大変だっただろう。そもそも私なんて見向きもされなかったはずだ。
はぁ、とため息を吐いた私に、フィデリスは首を傾げて言った。
「いや、其方にしかしないと思うが」
「なっ!?だ、だからそういうのは……」
さらなる爆弾を落とされて、私はうまく言葉の続きが出てこなかった。
彼の言葉を本気にしないための言葉が見つからない。もういっそ、彼もそうなのかもと期待を抱いてしまってもいいのではないかと思ってしまう。
あぁでも絶対そんな訳ないし!期待したら後で傷つくだけだし!
もうこうなったらいっそ逃げてしまおう!と思って私は洞窟の出口へと移動しようとした。そんな私の腕を、フィデリスが掴む。
「ミズキ」
「うぅ、何……?」
これ以上何を言うつもりなのだろうか。変に期待を抱かせないで欲しい。そう思ってどこか睨むような目で彼を見てしまった。
しかし彼はそんなのは気にしないという様子で、ただまっすぐに私を見てこう言った。
「我は、本気だ」
一体何が本気だというのだとか。さっきの言葉に嘘はない、という意味だろうか。
うぅ〜、そんな私をじっと見ないでよぉ〜。好きな人にそんな風に見られたら、恥ずかしくって仕方ない……。
赤い顔を見られたくなくて、つい後ろを向いてしまった私に、彼は言った。
「一週間後、其方が仕事に出かける前に、ここに寄ってくれ」
私は振り返って、フィデリスを見る。
滅多にない彼からのお願いだ。一体何のようだろうかと内心首を傾げながらも、断る理由はないので私は頷いた。
「約束だぞ」
そう言うと、彼は私の腕を離した。珍しく彼から手を振ってくれて、私もそれに手を振りかえして洞窟を出る。
あぁ、恥ずかしかった……。
本当に、本気なのだろうか。それはつまり、私以外にはかわいいと言わないということなのだろうか。
そんなことがある訳がない。森の中にだって、かわいいものはたくさんあるのだから。
「うう〜ん?」
私は唸りながら、帰り道を歩く。一週間後、彼の元を訪れた時には何が待っているのだろうか。
分かんないことだらけ……。
その分からないが解決される一週間後が、私はとても待ち遠しかった。
港町のお話はこれでおしまいです。
いつもより遅い時間の投稿になってしまって申し訳ありません。あと、話のストックがそろそろ尽きるので、またお休みになるかもしれません。




