魔物の一掃と消えた人々
「ファイアキャノン!」
上から降り注ぐ火の玉が、辺りにいる魔物を次々と蹴散らしていく。
私は初めに降り立った場所から一歩も動かず、ひたすら魔法を使って魔物を倒していた。
近づいてきた魔物は私が張っているバリアに付与されたカウンターによって消滅する。
数分で、渦の周りにいた魔物は全て倒すことができた。あとは渦自体を浄化できればこの辺はもう大丈夫だろう。
前回街を助けに行った時は、騎士さんとか兵士さんが頑張ってる時間が長かったから、その間に渦も自然消滅してくれたんだけど……。
私はそんなことを考えつつ、渦へと近づく。そして、その渦に向けて右手をかざした。
左手で魔導書に魔力を流し込みながら、私は呪文を唱える。
「シャイニングリフレクション」
光魔法に当てられて、紫の渦は消滅した。
私はそれを見てふぅっと息を吐いた後、魔導書を閉じた。
この後は逃げ遅れた人とかを探しつつ、港町の人が避難している場所の様子を見に行こう。といっても、港町の襲撃を助けに来るのは初めてだから、みんながどこへ避難してるのか分かんないんだよね……。
そもそもちゃんと避難できているのだろうか。街なら避難用シェルターがあるはずだが、ここにはあるのだろうか。
そんな不安を抱えたまま、私は歩き出した。
今までいた場所は海のすぐ側、港町の端っこだ。私はこの後町の奥へと向かうつもりである。
上空から見てた時目に入ったのはさっき片付けた渦だけだったけど、他にも発生してるはずだよね。きちんとチェックしておくべきだったな……。
私は自分の段取りの悪さに呆れながら、ネックレスを取り出す。
「フィデリス?お願いがあるんだけど」
私がネックレスに向かってそう話しかけると、向こうからすぐに返事が来る。
「なんだ?」
「渦の発生場所を教えてくれる?」
私がそうお願いすると、フィデリスは「分かった」と返事をくれた。なるべく急いだほうがいいので、足を止めずにフィデリスの答えを待つ。後で引き返すとかいうことにならないといいなと思う。
私が港町の民家が並ぶエリアの入り口に着いた頃、フィデリスから答えが返ってきた。
「ミズキ、聞こえているか?今其方が立っている場所の右斜め前と前方に一つずつある。右斜め前の方が距離的には近い故、そちらから行くことを勧める」
「ありがとう!そういえば、なんで見えてるの?」
フィデリスにお礼を言いつつ、私はそう尋ねた。
「魔力で視力を強化している」
「なるほど〜。ポーション、渡しそびれててごめんね」
私は自分のカバンを横目で見ながら、そう謝った。
右斜め前、と言っても詳しくは分からない。かといって角度なんかを詳細に伝えられても困る。そこで、私は身体強化の魔法を使い、屋根の上に飛び乗った。
高いところからなら遠くがよく見える。紫色の煙のようなモヤが上っているのを見つけて、私はあれだと思った。
私は下の様子をチラチラと確認しながら渦の方へと走る。身体強化の魔法の影響で、あっという間に辿り着いた。
今度は先に渦を片付けてから戦闘に入ろう。私はそう思って魔導書を構える。
「シャイニングリフレクション!」
光で渦が消滅していくのを見ながら、私は屋根から飛び降りる。
先ほどよりも渦が小ぶりなせいか、辺りに湧いた魔物の数も少なかった。
「アイスブロック!」
呪文を唱えると、空から氷の塊が次々と降ってきて魔物を攻撃する。その氷の塊で仕留め損ねた敵を、私が直接放った火の玉で片付けていく。
ふぅ、こんなものかな。この辺は家もあるし、あんまり攻撃が激しすぎると壊しちゃうかもしれないから気をつけなきゃ。
それこそさっきのファイアキャノンのような、大規模な魔法は使えない。さっきのところはただの道だし、すでに魔物たちによってボロボロだったからよかったものの。いや、よくはないが。
……それより、おかしい。
私は辺りを見渡しながら、眉を寄せる。
まったく人がいない。街ですら逃げ遅れた子供なんかが、毎回必ずいるものなのに。
悪いことではない。ただそれは、みんなが逃げ切ることができている場合の話だ。もっと別の可能性、例えば、逃げ遅れた人はすでに魔物によって殺されてしまった、などという場合は最悪だ。
でも今のところ血痕とかも見当たらないんだよね……。ホントにみんな逃げ切れたのかな?
私はもう一度屋根に飛び乗り、もう一つの渦を探す。町のさらに奥の方にそれらしきものを見つけ、私は屋根を伝ってそこへ移動する。
近づくにつれて、人の声が聞こえてきた。そのことにホッとしたのも束の間、それが悲鳴であると気づき、私はさらに速く足を動かす。
それなりの距離まで辿り着いたところで、私は走りながら魔導書を構えた。
「シャイニングリフレクション!」
私が魔法で放った光が、渦を浄化していく。だが、渦が消滅しただけでは人々を助けることはできない。
私はようやく渦のあったところへと辿り着き、呪文を唱えた。
「ウォータースパイラル!」
魔物たちが渦巻きに引き寄せられ、攫われていく。弱い魔物ならこの渦巻きに当たった時点で倒れると思うのだが、強いものだとそうはいかない。
畳み掛ける!
「ウインドブレード!」
渦巻きに向けて風の刃を放っていく。渦巻きが消えた後には、魔物の消滅した後の塵のようなものだけが、辺りを漂っていた。
「あの、あちらにもまだ……」
「え!?」
港町の住民らしき人にそう言われて、私は慌てて残りの魔物を片付ける。
これで、オーケーかな?
私はそう思って後ろを振り返る。さっき声をかけてくれた人も頷いていた。
ハッ!そういえばフード!
私は戦いの間にフードが脱げていたことに気づき、慌てて被り直す。そして、さっき声をかけてくれた私よりも少し年上に見える青年に、しぃーと口に人差し指を当ててみせた。
「私のことは内緒にしておいてください。それと、あなた目がいいんですね。助かりました」
私は笑いかけると、彼は少し照れた様子で俯きがちに頷いた。
その頃、ちょうど誰かが高笑いをしながら近づいてきた。
「いやー、素晴らしかったですな!ハハハッ!あなたがかの有名な、フードの救世主様ですか!お噂はかねがね!」
私はその言葉に、バッと後ろを向いてフードを深く被る。
「おや?フードの救世主様は案外恥ずかしがり屋なお方なのですな!それよりも……」
声のトーンが落ち着いたのを感じて、私は顔がバレない程度に振り返る。
声の主は少しお腹の出た中年の男だった。彼は穏やかな笑みを浮かべて私に言った。
「ここを守ってくださり、感謝します。この先に住民の避難した建物がありまして。ここを突破されたら、我々全員が危機に陥るところだった。……ああ、失敬。私はこの町の町長なのです」
なんと、町長さんだったようだ。彼は深々と頭を下げて、私に礼を言った。
「いえっ、お礼など……。よかったです」
「おお!フードの救世主様は女性だったのですね!ところで私、あなたの大ファンなのですが……。サインをいただけませんか!?」
私は町長の言葉に慌てて口を押さえるがもう遅い。この姿で誰かと喋ったことがないわけでもないので、バレてる人にはバレてると思うのだが。それより、私のサインなんかもらって一体何になるのだろうか。
興奮気味の町長がこちらに近づいてくる。どうしようか、と困り果てていると、その町長の後ろから女性が現れた。
「ちょっと!今はそれどころじゃないでしょう!」
「あだっ!」
女性は町長の頭にチョップを食らわせる。そして、戸惑う私に挨拶をした。
「すみませんね、うちの夫が。私はこの男の妻です。ほらあなた、早く本題に入って」
町長の夫人がそう言って町長を小突く。町長は頭を押さえながら、私にこう言った。
「実は、少々厄介なことになっていまして……。もう一度、あなた様のお力を借りたいのです」
町長は真剣な目で私を見て、そう言った。その言葉に私はただならぬ事態になっていることを感じてゴクリと唾を飲みながら、その言葉に頷いた。
「すみません、私ではうまく説明できなくて……。そちらの彼から話を聞いてもらえますかな。彼は見張りの仕事をしている者で、目がいいのですよ」
そう言って町長が示したのは、さっき私に魔物の残党の存在を教えてくれた青年だ。
「あっ、分かりました!えっと、僕はこの場所に渦が発生するまで、この場所で町の様子を見張ってたんです。ここは高台だから、町の様子がよく見えて……。渦が発生した後は、しばらく奥に引っ込んでたんですけど。……それで、僕が見張りをしている間、何人かの逃げ遅れた人たちを見つけて、兵士の人に助けに行ってもらおうと思ってたんですけど……」
彼はそこで言葉を切って、顔を曇らせる。彼は躊躇いがちにまた口を開いて、こう言った。
「その逃げ遅れた人たちは突然、どこかへ消えたんです。一瞬で」
私はその言葉の意味をしばらく理解できなかった。数秒の後、私は首を傾げる。
「一瞬で、消えた……?」
「信じられないのも分かります。僕だって幻覚かと思いました。でも、本当に消えたんです。現に、消えた彼らは未だこの場所に避難してきてなくて、でも、町の方には誰も残ってないんです!あなたも下からここへ来たならそれには気付いてますよね?」
それに私は頷く。確かに、それは私も妙には思っていたが……。
まさか、消えちゃったなんて。
「魔物の仕業ですか?」
私はもっとも可能性として考えられるものを彼に尋ねたが、彼はそれに首を振る。
「その可能性は薄いです。消えた人の中には魔物からかなり離れたところにいた人もいましたし……。まぁ、そういう技を持った魔物でもいるなら、話は別ですが」
「なるほど……」
私もそんな魔物の存在は知らないし、会ったこともない。新種の魔物がいた!なんて可能性もゼロではないが、他の可能性を考えた方がよさそうだ。
「どんな風に消えたのか、分かりますか?パッと消えたのか、それともどこかに吸い寄せられるように消えていったのか……」
彼は私の問いに首を傾げていたが、ふと思い出したような顔をして言った。
「あっ!そういえば、彼らが消える前のほんの一瞬、地面に青い丸が現れていたような……」
相当目がいいのだろうと私は感心した。
しっかし、青い丸ね……。まったく見当もつかないよ。どうしよう?
町長から期待の眼差しを向けられている以上、「やっぱり無理です。分かりません」などと言いたくはないのだが、それでも分からないことは分からない。
どうしよう……。
「フードの救世主様!なんとかなりそうですか?原因は分かりますか?」
町長が私に縋るような視線を向ける。
「……もう少し情報がないと、なんとも言えないです。何か他に、気付いたことはありませんでしたか?」
私はもう一度、見張りの青年に目を向ける。私に見られた彼は、また思い出すように考え込む。
「そう、ですね……。そういえば、あの青い丸は水の泡のようなものを発していたような……?その後にも泡みたいなのがしばらく残っていたはずです」
「泡……?」
その単語が、頭に引っかかった。何か出てきそうだ。
「何か思いつきましたか!?」
「あなた!ちょっと静かになさって!お邪魔でしょう?」
そんな町長と夫人のやりとりは右から左へとすり抜けていく。
泡……。そういえば私、どうしてここに来たんだっけ。
その答えは、疑問を浮かべた瞬間に頭の中に出てきた。ミーアに助けを求められたからだ。
……ミーア。そうだ、彼女だ!
彼女はこの港町が襲撃を受けていることを知っていた。だから私に助けを求めてきたのだ。
そして彼女自身も黙って見ていられないような、正義感の強い一面がある。彼女ならきっと、何か自分にできることを探すはずだ。
それが、窮地に陥った人、つまりは逃げ遅れた人を助けることだとすれば……。
「……分かりました!海です!彼らは海にいます!」
「ど、どういうことですか!?まさか、逃げ遅れた者たちは全員漁師だったと!?」
「あなたバカなの!?」
私の言葉に真っ先に反応してそう言った町長に、夫人が再びチョップを食らわす。
「あの、どういうことなのでしょうか……。魔物によって海に沈められちゃったとか……?」
不安そうに尋ねてくる青年に、私は首を振った。
「全てが間違ってるというわけではありませんが……。とにかく、私の予想が正しければ、彼らは全員無事なはずです。私がみんなを連れて帰ってくるので、みなさんはここで待っていてもらえますか?」
「お一人で行かれるのですか?」
私の言葉に、町長は不安そうな顔をした。私はそんな彼を安心させるように笑って、こう言った。
「大丈夫です。ただ、相手はちょっと恥ずかしがり屋なので、知り合いである私が会いに行くだけです」
「な、なるほど……。まさか、他の仲間にも手伝ってもらっていたなんて。あなた様は顔が広いのですな、さすがです」
町長は私をそう褒め称えた。この人はフードの救世主のことならなんでも肯定していいように受け取るのだろうか。別に元から連携していたわけではなく、結果的にそうなっただけなのだが。
「では、行ってきますね」
私はそう言い残して、今度は階段を降りて海の方へ向かう。さっきは屋根を伝ってここまで来たので気づかなかったが、あの青年が言っていた通り、さっきまでの場所は高台だったようだ。
「フィデリス、合流しよう」
私はネックレスに向かってそう話しかける。
「了解した」
彼からはすぐに返事が返ってきた。その直後、上から彼が飛び降りてきて合流する。チラリと後ろを振り返ると、あんぐりと口を開けた見張りの青年の顔が見えた。町長たちは気付いていないようだ。
私が降りてきた時もあんな風に驚いてたんだろうな……。
これでも、竜の姿で降りてきたりしなかっただけマシなはずだ。
「フィデリス、とりあえず海に行くね」
「ああ、話は聞いていた。……ところであの娘は恥ずかしがり屋だったか?」
「あれはあの人たちを納得させるために言っただけだよ」
私たちは話しながら、海へと向かう。
さて、運良く彼女と会えるといいけど……。
まあ大丈夫だろう。彼女もこちらの動向を気にして、水面近くで待っているか、代わりの仲間を待たせているはずだ。
私は海岸に着くと、思いっきり声を上げて叫んだ。
「ミーアー!!」
またお知らせなしで休んでしまって申し訳ありません!最近忙しいので、今後もこういうことあるかもです。




