人魚の手紙と港町の襲撃
フィデリスとイグナルスと出かけた日から、数日が経った。
あれからイグナルスは毎日同じ服を……着るのは衛生的に良くないので、二日に一度くらいのペースであの日買った服を着てくれている。
あんまり同じ服を何度も着続けると服が傷んでしまいそうなので、またしばらくしたら新しい服を買ってあげてもいいかもな、と思っている。
私は数日の間、部屋にこもって魔法の研究をしたり、“家族″たちとゲームをして遊んだりしていた。
イグナルスたちとボードゲームで遊ぶこともできた。前はイグナルスが飽きてしまったせいで一緒に遊ばせてもらえなかったが、リベンジできてよかった。
そんなこんなで今日も私は、研究部屋にこもって魔法の研究をしていた。
う〜ん、いい感じにはなってきたけど、もうちょっと調整が必要かな。スムーズさが足りないっていうか……。
私は床に置いた魔石を睨みながら考える。
魔導書に魔力を流し、魔法の呪文を唱えた。
「カム、トゥー、ミー!」
すると、床の魔石がふよふよと浮かび上がり、こちらに向かって飛んでくる。私が手を伸ばすと、魔石はよろよろと飛んできて、私の手に収まる。
頼りない……。どうしたらいいんだろう?あと、呪文が恥ずかしすぎるんだけど。なんかもっといいやつないかな……?
「はぁ……」
思わずため息をこぼしながら、私は再び魔石を床に置いた。
今は床を通して魔石に魔力で干渉してるけど、初めから空気中に干渉した方がいいのかな?うん、やってみよう。
私は息を吸って、もう一度呪文を唱える。
「カムトゥーミー。……あぁっ、恥ずかしい!」
思わず本音をこぼしてしまって、魔法が失敗に終わる。少し床から離れた後、すぐにまた落ちてしまった魔石を見て私はショックを受ける。
やっちゃった……!また呪文唱え直しだよ……!
こうしてしばらく、私は魔石と睨めっこをしながら、新しい魔法の開発に注力していた。
空気に干渉するのは難しかったが、魔石に干渉するよりスムーズに運搬ができているので、私の考えは正しかったようだ。何度か練習をして、ようやく満足にこちらへ魔石を運べるようになった。
空気に干渉するなら対象がどんなものでも反発を受けることは少ないはず。
私はふぅっ、と息を吐いて、その場に座り込んだ。
やった……。ようやく完成だよ……。
ここ最近はいろんな出来事があって忙しかったため、新しい魔法を生み出すことができていなかったのだが、ようやくその開発に成功した。
前に街を救いに行った時に欲しいと思った魔法。この“離れた位置にあるものがひょいっとこっちにきてくれる魔法″は結構いろんな場面で役立ちそうだ。
あとはこれをどんな対象にも使えるように、練習あるのみかな〜。
けれどもここまでで結構疲れてしまっているので、しばらくは休憩していよう。そう思っていた私の目に、魔法陣の一つが光を放ったのが映る。
あれは……転送の魔法陣だよね?誰のだろ?
私は立ち上がって、魔法陣が収納されている棚の方へと向かう。光を放った魔法陣を引っ張り出すと、その上には一枚の紙切れが載っていた。
その紙切れは、水でしっとりと濡れている。しかし、その紙に書かれた文字は、水に濡れたとは思えないほどはっきりとしていた。
魔法陣の描かれた紙の端に記されている名前を念の為確認しておく。まぁ、こんな濡れた紙を送ってくる相手など、一人しかいないのだが。
相変わらずすごいねぇ、どうなってるんだろ?水に濡れても滲まないインク。街で売ったらすごい売れそう。
紙切れを送ってきた相手はミーア。私たちの暮らす屋敷のある森の南に位置する港町の側に広がる海に暮らしていて、時々港町まで遊びにやってくる人魚だ。
人魚がいるなんて、私も初めは驚いたね……。
浅い海域に生息している海藻のようなものが作りたかった薬に必要で、どうせなら自分で採りに行こうと海へ出かけた日に彼女と出会った。近くで漁業を行っている漁師が使っていたのであろう網に引っかかっているところを見つけて、助けてあげたのだ。
彼女はお転婆な人魚で、人が住む街に興味を示していた。街まで行くことはできずとも、せめて近くにある港町を、人の足で歩くのが夢だという、まさに童話の人魚姫のようなことを話してくれた。
私は屋敷の本に人でないものを人にする薬の作り方が載っていたことを思い出して、彼女に作ってあげようかと提案した。もちろん私は悪い魔女ではないので、薬と引き換えに声を……なんて取引はしていない。薬と引き換えに私が求めたのは、深海に生えている海藻だ。
それから薬を飲んで一時的に人間の足を手に入れた彼女に港町を案内してあげたりしているうちに仲良くなり、文通をするためにこの魔法陣を渡した。
そんな彼女はそれなりに律儀な性格をしているため、手紙はいつも綺麗な便箋に書かれて封筒に入れて送られてくる。そんな彼女がこんな紙切れで手紙を寄越してくるなど、余程のことがあったと考えられる。
急いで確認したほうがいいだろう。そう思い、私は紙切れに目を通した。
「!?」
紙切れに書かれた言葉はたった一行だけ。彼女も相当焦っていたのだろう。
そこに書かれた文字を読んだ私は、すぐに部屋を飛び出した。
自室に向かう途中でリンネを見つけて、私は声をかける。
「リンネ!私今から出かける!よかったら支度を手伝ってくれる?」
突然声をかけられたリンネは驚きながら、私に尋ねる。
「突然どうしたのですか?」
そんな彼女に、私は足を止めることなく答えた。
「港町が襲撃された!あそこは街以上に警備が手薄だけど、住んでる人はそれなりに多い。手助けに行ってくる!」
その答えを聞いたリンネは、慌てて私の後をついてくる。
「魔導書はありますか?」
「うん。……あっ、でも、ポーションとかは置いてきちゃった」
リンネの問いに答えてから、私はそう付け加える。
「分かりました。オリヴィエに頼みましょう」
「そうだね。彼なら、どこに何があるかも把握してるはず」
「ご主人様は先に部屋へ」
そう言うと、リンネはくるりと踵を返し、私とは反対方向へ向かった。
私はそのまままっすぐ進んで、自分の寝室に入る。
魔導書といくつかのポーションがすっぽり収まるサイズのカバンを取って、中に魔導書を入れる。ちょうどその頃、リンネが部屋へと到着した。
「失礼します。ポーションはよくわからないのでオリヴィエに全部お任せしちゃったんですけど、大丈夫でしょうか?」
「うん、たぶんね」
そんな言葉を交わしながら、私もリンネも手を止めない。リンネは部屋に入るなり私を着替えさせ始めた。
いつもこうして街に向かう時に着ている動きやすい服とフードのついたローブを、手慣れた手つきでリンネが着せてくれた。
「……ねぇ、このローブじゃない方がフードの救世主とか言われなくていいかな?」
「今気にするとこですか?」
リンネが若干呆れながら、私の言ったことに対してそう言った。
着替え終わり、念の為動きに支障がないかを確かめている頃、ドアをノックする音が響く。
「ミズキ、失礼します」
「はーい」
オリヴィエの声にそう返すと、彼が中へと入ってくる。
「このポーションたちで大丈夫でしょうか?僕の記憶が正しければ、いつもこれらを持っていっていると思うのですが……」
「うん、大丈夫。ありがとう」
オリヴィエに尋ねられて、私がそう返すと、彼はカバンにそれらのポーションを詰めてくれる。
これで、準備は整った。私は肩にカバンをかけ、二人と共に部屋を出る。
「どこ行くんだ?」
玄関から外へ出ようとしていた時、ちょうど現れたイグナルスが私たちを見つけて声をかける。
「ちょっとお出かけにね。すぐ戻るよ」
「お出かけ?俺も行きたい!」
そういう彼は、まるで子供のようだ。しかし、今は彼に構っている余裕はない。
「ごめんね、急いでるから。また今度ね」
「ええ。ご主人様はこれから、大事な用があるのです」
私とリンネにそう言われて、イグナルスは頬を膨らませながらも引き下がった。そんな彼のことを、ジークが優しく連れて行く。
「ごめん、あの子のことお願い。行ってくるね」
私はイグナルスに申し訳なさを覚えながら、目の前の二人に向かってそう言った。
「気にすることはありませんよ。いってらっしゃい」
「いってらっしゃいませ、ご主人様。気をつけて!」
オリヴィエとリンネにそう送り出されて、私は屋敷を出る。
屋敷を出た私が次に向かったのは、港町ではなくフィデリスのいる洞窟だ。彼についてきてもらうために、私は森を必死で走り抜けた。
「フィデリス!起きて!」
洞窟の中に向かってそう叫ぶと、中にいる人物が目を覚ましたのを感じた。
「どうした?」
まだ眠そうな声で、中の人物はそう答える。
「港町が襲撃されたの。それで、今回もついてきて欲しいんだけど……」
私がそう言うと、フィデリスはすぐに外に出てきた。
「ごめんね、寝起きすぐに。というか、起こしちゃってごめん。ホントは一人で行けたらいいんだけど、やっぱ不安で……」
「問題ない。むしろ、頼ってもらえる方が我は嬉しい」
私が謝ると、フィデリスはそう言ってくれた。そして、すぐに竜体に姿を変える。
私は彼の背に乗り、その背中にしがみつく。
「急いでいるんだろう?飛ばすから、振り落とされないように気をつけてくれ」
そう言った彼に私は頷く。
フィデリスはバサリと翼を広げて飛び立ち、すごいスピードで飛び始めた。
間抜けな悲鳴を上げないように必死で口を閉じながら、痛いぐらいに当たる風に身を低くする。髪がバタバタとはためいていた。
慣れてきた頃に、カバンの中に入ったポーションを飲んでおいた。どうせ向こうに着いたら忙しくて飲む暇なんてないはずだ。
距離は街までと大して変わらない。それにいつもよりもスピードを出しているので、あっという間に港町まで到着した。
港町まで、といっても、今いるのはその上空だ。私はそこから、今の状況を確認する。
どうやら今すぐにでも加勢しに行った方がよさそうだ、と私は判断する。
このような突然の襲撃の際には、どこからともなく現れた紫色の渦から、魔物が次々と湧いてくる。どうやらこの現象は昔からあるもののようで、この世界では一種の災害と言えるものだ。
この渦は、街でも港町でも農村でも、どこにでも発生する。他の国でも起こるそうだ。その渦が発生している場所の周りは、出てきた魔物によって屋台が崩れたりと酷い様子だ。
避難した人たちはどこにいるんだろう……。避難してるんだよね?全員逃げ遅れたとかじゃないよね?
最悪の場合が頭をよぎり、私は頭を振ってそれを振り払った。
「フィデリス、送ってくれてありがとう。行ってくるね」
私は振り返ってフィデリスにそう言った。
「我もいざとなれば加勢する。気をつけて行ってきてくれ」
フィデリスの言葉の私は頷き、ピョンと飛び降りる。正確には、上空に浮かんでいられる魔法を解いたのだ。そのまま真っ逆様に落ちていき、地面のギリギリでまた魔法を使ってゆっくり降り立つ。
降り立った場所は渦のすぐ側だ。他にもいくつか渦は出現しているだろうと思われるが。
周りには大勢の魔物がいて、私を見つけた途端目を光らせる。
……よっし、みんなまとめて片付けてみせる!
私は深呼吸をしてそう決意を固め、カバンから取り出した魔導書を構えた。
なんのお知らせも無しに休んでしまって申し訳ありません。次の投稿はまた二日後に。
人魚のミーアのお話は、出会いのところから書く予定だったのですが、大変だったのでやめました。リクエストとかあったら書くかもしれないので、この話に限らず、そういうのあったら是非!




