リボン選びと帰り道
しばらく歩いて、私たちはアクセサリー屋に辿り着いた。服屋の側なのでお菓子屋に向かう前に見ようと思っていたのだが、あの時は想定以上の出費に凹んでいたのでそれどころではなかったのだ。
「ここがミズキの見たい店か?」
イグナルスに尋ねられて、私はコクリと頷く。
「うん。リボンがボロボロになってきちゃってるから、新しいのが欲しくて」
そう答えてから私は店の中に入り、リボンを探す。イグナルスとフィデリスも一緒に入る。
「こっちだ!」
店に入るなり一人でうろちょろし出したイグナルスが、しばらくして声を上げた。どうやら、一緒に探してくれていたようだ。
イグナルスが呼んだ方へと向かい、私は礼を言う。
「ありがとう、イグナルス」
それから、私はリボンを選び始めた。
これかわいい……けど、私に合うかな?リンネなら合いそうなんだけど……。
私はピンクのリボンを見ながらそう考える。
こっちならどうだろ?ベージュなら私でも……。ん〜、でもちょっと地味だな……。地味な方が私にはいいかもだけど。
「分かんないなぁ……」
「困ってるのか?」
私が呟くと、イグナルスが私の顔を覗き込んで尋ねてくる。急に顔が近づいてきてびっくりした。
「あぁ、うん。自分に合うのを探すのって難しいね。リンネに合うやつとかだったら選べそうなんだけど」
私がそう打ち明けると、イグナルスは頷いてからこう言った。
「なら、俺が選んでやろう!」
「待て」
リボンに手を伸ばしたイグナルスの手を掴んで、フィデリスが口を挟んだ。なにやら不満そうだ。
「我も選ぶ」
そう言ったフィデリスに、イグナルスが面白そうな顔で応じる。
「ほぉ……。いいぞ、勝負だな!」
「えぇ……」
私は二人が勝手に話を進めていくのに口を出せず、ただ困り顔でそうこぼすしかなかった。
なぜ突然フィデリスが割り込んできたのか、しかも不機嫌なのかも分からないし、どうして突然勝負になるのかも分からない。
でも、二人が選んでくれると言うのなら、私は最終的に二人が選んだのからより好みの方を選べばいいだけになる。自分で選ぶのは難しいと思っていたところなので、ありがたい話だ。
「えっと、じゃあ、二人にお願いするね」
「任せろ」
二人は声を揃えてそう言うと、リボンたちと睨めっこを始める。
二人のセンスってどうなんだろ……。
私はちょっと楽しみな気分になりながら、店内を見て回って二人のことを待っていた。
「選んだぞー」
イグナルスの声が聞こえて、私は二人の元へ戻る。
「じゃ、まずは俺からだな!」
そう言うと、イグナルスは後ろに隠していたリボンをジャン!と私に見せてくる。
彼が選んだのは赤と黒のリボンで、真ん中には宝石のような琥珀色の石がついている。
「かわいい!イグナルスは、これが私に似合うと思って選んでくれたの?」
私が尋ねると、彼はそれに頷いた。
「ああ、そうだな」
そう言いながら、彼は手を伸ばして私の髪にリボンを当てる。それを見て、彼は満足そうに頷いた。
「似合ってる。やはり俺の目に狂いはなかったな」
そう言って彼が少し目を細めて笑ったので、私は不覚にもドキッとしてしまった。
すぐ側に思いを寄せてる相手がいるのに、他の人にうつつを抜かすなんて……。
けれど、イグナルスが言ってくれたことが嬉しいのは本当だ。私は彼にそれを伝えた。
「ありがとう、嬉しいよ」
それを聞いて、イグナルスは得意げに胸を張った。
うん、やっぱり子供だね。褒められたらすぐ調子に乗っちゃうところがかわいい。
「ほら、次は貴様だぞ」
そう言って、イグナルスはフィデリスの方を見やる。
「ああ……。しかし、不安になってきたな。我の選んだものが、本当にミズキのお気に召すものかどうか……」
フィデリスが困ったように眉を下げながらそう言った。
私はフィデリスが選んでくれたものならなんでも喜べる自信あるけど……。
そんなことを本人に言うわけには行かないので、私は黙っていることにした。
フィデリスは自信がない、といった表情のまま、おずおずと私の方に自分の選んだリボンを見せてきた。
「わぁ、綺麗……」
彼の手にそっと置かれているリボンは、レースのついた水色のリボンで、真ん中にはイグナルスが選んだのと同じように、薄い青色をした石がついている。
「綺麗で、かわいいね。特にこの真ん中の石、あなたの瞳にそっくり」
「え」
私は何気なく言った言葉だったのだが、それにフィデリスは驚いて固まった後、顔を僅かに赤くし、イグナルスは笑いを堪えていた。
何が問題だったのだろうか。私的にはむしろ嬉しいのだが。
好きな人の瞳に似てるって、なんか素敵じゃん?
「フィデリスは、これが私に合うと思って選んでくれたの?」
私が尋ねると、フィデリスはこう答えた。
「そう、だな。だが我にはどんなものが似合っているもので、どんなものが似合っていないものなのかはよく分からない。だからきっと、我の好みになってしまっていると思うのだが……」
「好み?」
フィデリスにこんなかわいいものを愛する趣味があったのだろうか。もちろん、全然構わないのだが、少し意外だ。
「絶対誤解してるぞ」
イグナルスが私の考えを見透かしたように口を挟んできた。それから、フィデリスに説明するように視線で訴える。
フィデリスは目を逸らしながら、本当に言うかどうかを迷っているようだった。口を開いたり閉じたりを繰り返した後、観念したように口にした。
「……其方がつけてくれた時、我が嬉しいと、好ましいと思うものを選んだんだ」
それを聞いた私の頭に、あるひらめきが浮かんだ。
……それってつまり、このリボンをつけてれば、フィデリスに好きって思ってもらえるってこと!?
実際リボン一つにそこまで効果はないだろうが、少しでも好感度メーター的なものが上がるのなら、買わないわけにはいかない。
デザイン的にも私好みだし、これは買いだね。
私はフィデリスの手に乗ったリボンを受け取りながら、そう思った。
「これは、俺の完敗だな。ちょっと悔しい」
イグナルスがやれやれ、といった様子でそう呟いたのを聞いて、私は言った。
「何言ってるの?せっかくイグナルスが選んでくれたんだから、こっちも買うに決まってるじゃない」
確かに元はどちらかを買う予定だったが、二人とも真剣に選んでくれたのだ。どちらかを買わないなんて、私にはできない。
私はもう片方の手にイグナルスが選んだリボンを取り、カウンターに向かう。
お金を支払って二つのリボンを受け取ると、潰れたりしないようにそっとカバンにしまった。
真ん中の石が本物の宝石だったりしなくてよかった。せっかく選んでもらったのに、本物だったらきっとすごいお値段で買えなかっただろうから。
私はいい買い物ができた喜びからホクホク顔になって店を出た。
明日はどっちのリボンをつけよう。ふふっ、楽しみだな〜。
「まさか迷うまでもなくどっちも買うとはな……」
イグナルスが呆れたような、感心したような表情でそう言った。
フィデリスは嬉しいのと不満なのが入り混じったような複雑な表情をしている。自分の選んだものをちゃんと買ってもらえたのはいいけど、勝負に勝ったとは言えないから不満、といったところだろうか。
「多分ちょっと違うんじゃないか?」
「イグナルスは私の心が読めるの?」
「適当だよ」
イグナルスは面白がるように笑いながら言った。ちょっと怖い、と私は思う。
「じゃあ、今度こそ帰ろっか。ごめんね、私の買い物に付き合わせちゃって」
「謝ることではない。イグナルスだって、自分の買い物に我とミズキを付き合わせていただろう」
フィデリスが淡々とそう言ってくれた。
「買い物ってそういうものだろ?」
イグナルスがそれに不満そうにこぼしたが、その言葉も私を慰めているように聞こえる。
「うん、二人ともありがとう」
そう二人に礼を言って、私は歩き出す。
「あれ?手は繋がないのか?」
私の隣に並んだイグナルスが、ふと首を傾げてそう言った。
「手を繋いでると、なんだか温かい気持ちになるんだな。今日初めて手を繋いで分かったんだ」
イグナルスが自分の手を見て笑いながらそう言ったのを聞いて、私は思わず抱きしめてあげたくなる。その衝動を我慢して、私は代わりに手を差し出した。
イグナルスは私の右手を自分の左手で握りしめ、今度は自分の右手でフィデリスの左手を捕まえる。
「繋いだ手が二つなら、温かいのも二倍だな!」
そう言ったイグナルスを見て、私は自然と笑顔になる。フィデリスを見ると、彼も柔らかい表情を浮かべていた。イグナルスにこんな風に優しい表情を浮かべているところは初めて見た。
イグナルスはいい子だね〜。だからこそ……。
ちゃんと、守り抜かなければ。私はそう思いながら、イグナルスの左手を握る手に力を込めた。
いつも待ち合わせに使う場所へと辿り着いて、フィデリスが竜に姿を変える。
「あれ?そういえばイグナルス、お菓子とお人形は?」
彼の手が空いているのに今更ながら疑問を持ち、まさかどこかに置いてきたのではと不安になりながら尋ねる。
「は?まさか気づいてなかったのか?」
私の質問に、イグナルスはそう驚いた表情をした後、面白がるような表情を浮かべる。
「鈍感だな〜」
「どういうことよ……」
「カバンを見てみろ、カバン」
先にフィデリスの背に乗ったイグナルスは、私を見下ろしながらそう言った。私は言われた通りにカバンを見て、目を見開く。
「い、いつの間に!?」
カバンの中にはイグナルスが買ったお人形二つとお菓子の紙袋が入っていた。リボンを入れた時にはなかったはずだ。それなら流石に気づく。ということはその後か。
「手を繋ぐ前に、邪魔だったから勝手に入れたんだ」
「勝手に入れちゃダメでしょ!」
まったく……と呆れながら私も背中に乗った。
フィデリスが翼を広げて飛び立ち、私たちは屋敷へと向かう。
地面から離れてしばらくした後、イグナルスが大人しくなったのに気づいて、彼の様子を見る。そして、私は思わず笑みをこぼした。
「……どうした?」
私の笑い声に気づいてそう尋ねてきたフィデリスに、私は「しぃー」と人差し指を口に当てて言った。
「疲れて寝ちゃったみたい。まだまだ子供だねぇ」
私は小声で、フィデリスにそう言った。
それを聞いたフィデリスは、飛ぶ速度を落とした。彼なりの気遣いなのだろう。
いつもよりもゆっくりのスピードで屋敷へと向かいながら、私は上空から見える景色をのんびり眺めていた。
お出かけ編はこれでおしまいです。




