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料理と魔法使いの私室

 まず、その辺にあった木の板にニンジン……ではなくキルッシュなるものを乗せ、包丁を振り下ろす。その様子を、後ろでフィデリスがハラハラしながら見守っている。

 「ミズキ……、そんなに勢いよく振り下ろす必要はあるのか?」

 「え?あー、確かに?」

 助言を受けて少し力を加減してみた。意外とスパッと切れたので、今まで私は無駄に力を入れていたようだ。

 次にジャガイモ……ではなくハルフェンという芋の皮を剥いていく。だが、私が皮を剥けば剥くほど中身も一緒に削ぎ落とされて、結局残った芋はかなり小さくなってしまった。

 ……ちょっと難易度が高かったかな。ジャガイモは難しいもん。

 次に玉ねぎもどきの皮を剥がしてからそれをみじん切りにしていく。ちなみに玉ねぎもどきの名前はオルセージュというらしい。

 玉ねぎならぬオルセージュを切っていく過程で、私はこの世界の素晴らしさを実感した。なんと、切っても目がしみないのだ。オルセージュ、万歳。

 さて、この辺までくれば私が一体何の料理を作ろうとしているのか察しがついただろう。そう、カレーだ。ちなみに肉はない。肉は畑に生えないからだ。仕方ない。

 そして肉なしカレーを作るために、まずは野菜を茹でていく。鍋に野菜を放り込んで、私は火をつけた。

 「!?ちょ、ちょっと待て!水はどうした?茹でるんじゃないのか!?」

 そこで、フィデリスが慌てたようにそう言ってきた。

 ……あ、確かに。水入れないと茹でられなかったね。失念してたよ。

 私はそこら辺にあったカップに水を入れて、鍋に注いでいく。

 「それから……、オルセージュも一緒に茹でるのか?その野菜は柔らかいから水が沸騰する前から茹でるのは向かないし、なにより……」

 「うっ!」

 フィデリスがそこまで言いかけたところで、私は目を覆う。なぜだ。オルセージュはしみないと思ってたのに!

 裏切られた気分の私にフィデリスが続ける。

 「遅かったか……。オルセージュは他の食材と同時に茹でると、目にしみる成分が出るため、基本は別に茹でるんだ」

 「もっと早く言って欲しかった、です……」

 さっき運んできた水の一部で目をすすぎながら私は言った。

 それからしばらくの間、野菜が茹でるのを待つ。その間に、私は致命的なことに気がついてしまった。

 あれ?そういえばここ、カレールーなくない?カレー、作れないんじゃ……。

 なんと、カレーを作る気満々だったというのに、カレールーの存在を確認していなかったのだ。もちろん、キッチン中を探してみたが、そんなものは存在しなかった。

 バカ……。私のバカ……。料理の時は材料を先に全て集めておくんだった……。

 意気消沈している私に、フィデリスが話しかけてくる。

 「どうしたんだ、ミズキ」

 その場でガックリと膝をついている私に、優しく声をかけてくれる。私はその優しさに甘えて、今の自分のみじめな状況を訴えた。

 「カレーを作ろうと思ったのに、カレールーがなかったんです。私、そんなことにも気づかなくって……」

 泣きたい気分でそう言った私に、彼はこう言った。

 「我に一つ案がある」

 彼は戸棚を漁る。そこにはどうやら調味料がたくさん入っているようだ。彼がさっき掃除している時に見つけたらしい。まさか、カレーをスパイスから作るつもりなのかと私は思ったが、そうではなかった。

 「これらを使えば、今と同じ材料で違った料理が作れるはずだ」

 「こ、これは……」

 彼がそう言って見せてきたのは、砂糖と醤油だった。

 「砂糖と醤油だ」

 この世界で初めて、私の生きてきた世界と全く同じ呼び方をするものに出会った気がする。

 「これらを使うと、肉ハルフェンという料理が作れる。まぁ今回は肉がない故、できるのはただのハルフェンになるが……」

 確かに、カレーと肉じゃがは材料がほぼ同じで、味付けを変えるだけで違った料理になるものだ。名案だと思った。

 作るものをカレーから肉なし肉じゃがならぬ肉なし肉ハルフェンに変更することで、私のしぼんでいたやる気も再び復活した。

 「よし!頑張ります!」

 「ミズキ!野菜が茹ですぎで崩れている!」

 「嘘!あぁ〜っ!」

 

 その後、なんとか完成した料理は、お世辞にも上手いとは言えない代物だった。

 「すみません」

 「いや、気にすることではない……」

 いただきます、と手を合わせ、私特製の肉なし肉ハルフェンを口にし、私は思わず顔を歪める。

 確実に調味料の分量を間違えた……。

 甘すぎるようなしょっぱすぎるような、なんとも言えない味の、しかも茹ですぎてボロボロになった野菜たちが、そこにはあった。これは正直酷い出来だ。魔法使いさんの庭の野菜たちに謝りたい。なぜ私は、あんなにも自信満々に料理を始められたのだろうか。

 目の前に座るフィデリスの様子を伺うと、彼もなんとも言えない表情で料理を食べていた。必死に「まずい」というのを顔に出さないようにしている気がする。本当に申し訳ない気分だ。

 「あの……、まずいと思いますし、無理して食べなくても……」

 「いや、大丈夫だ」

 彼は顔を上げて、私を見て言った。

 「其方が頑張ってこの料理を作っていたのを見た。それだというのに、この料理を残すというには、失礼にあたるだろう」

 その言葉を聞いて、私は心が温かくなった。彼はなぜ、こんなにも優しいのだろうか。見ず知らずの、突然現れては異世界から来たなどという変人に、なぜこんなにも親身に振る舞ってくれるのだろうか。

 「ありがとう……」

 私は心からの感謝を込めて、彼に笑いかける。彼はそれに頷いて返し、また私作の肉なし肉ハルフェンを食べ始めた。


 さて、まずい料理で腹が満たされたら、また掃除の再開だ。次は二階の掃除をする。

 この屋敷は三階建てで、二階にはまたたくさんの部屋と、図書室があった。この階の部屋は一階にあった部屋より家具が多いので、客室だったのだろう一階の部屋に対して、ここに住んでいた人たちが生活していた部屋なのだろうと思われる。

 家具が多いので掃除はより大変だ。私はまた拭き掃除を、フィデリスは家具の丸洗いと私ができない掃除を担当してくれる。

 図書室に一番近い部屋に掃除に入ると、そこは今までの部屋と比べさらに物が多かった。私は確信する。おそらくはここが、この屋敷の主、魔法使いの私室だ。

 ヤバい!テンション上がってきた!何があるかな?何があるかな!!

 フィデリスからも、わずかに期待が伝わってくる。魔法使いの遺品がある可能性の高い場所だ。まあ、この家に残っている物の全てが、彼女の遺品とも言えなくもないのだが。

 その部屋は紫色のおしゃれなカーテンがかかっていて、上品な印象の部屋だった。ベッドの側にあるクローゼットを開いてみると、いくつかの服が残っていた。残されている服は魔法使いらしいローブや、お嬢様が着るようなフリフリの服に、動きやすそうなピッタリとした服まで、多種多様だった。おそらく、それぞれの服にそれぞれの使い道があったに違いない。

 机の上にはいくつかの本が積まれたままで、高価そうな羽ペンが立っていた。物はそれほど多くなく、他にはテーブルランプがあるだけで、ただ積まれた本が雑然とした印象を与えている。

 その本は普通の小説で、魔導書ではなかった。別のところにあるのだろうか。

 それからおしゃれな棚が壁にそって置かれている。その棚には、彼女の思い出に当たるものがたくさん並んでいた。

 「これ、写真ですね。この世界にもあるんだ〜」

 写真立てに入れられて大切に飾られた写真たちを、私は一つずつ見ていく。そこには、赤ちゃんを抱える美しい赤毛の女性や、少年少女の肩を抱いて笑っている女性の写真が並んでいる。それから古いものになると色がついていない、レトロな写真があり、そこには若い女性が夫婦と共に写っていた。

 この赤い髪の女性が、魔法使いのミネルヴァさんだろう。一枚目は彼女の子供との写真だろうか。二枚目はおそらく彼女の弟子たちと撮った写真で、三枚目は彼女の両親との写真だろう。

 そしてもう一枚、低い位置にひっそりと飾られた写真を見つけた。それを見て、私は思わず声に出す。

 「フィデリス……」

 「何?」

 それを聞いて彼も、私と同じように屈んでそれを見る。そこには、笑顔で彼の腕を組む女性と、無愛想な白い青年が写っていた。

 「こんなもの……。ずっと、飾っていたのか……」

 この写真を撮った時のことを、彼は覚えていたのかもしれない。感極まった様子で、彼は口にする。

 そっとしておこう。

 私はそう思い、その写真をじっと見つめる彼にこれ以上は声をかけず、また別の物を見始めた。

 棚には他にもアルバムがいくつも並んでいて、その中にびっしりと写真が入っていた。彼女は写真を撮ることが大好きだったのだろう。あるアルバムの最後に、一枚の紙が挟まっていた。そこには、こう書いてあった。

 「写真は、その一瞬を一枚の紙に閉じ込める素晴らしい魔法」

 私はその言葉を胸に刻み、アルバムを閉じた。


 他に棚にはレコードが並んでいたり、手作りのぬいぐるみが飾ってあったり、それから彼女の日記と思われるものもあった。

 もちろん、最後のものは流石に見るのを控えたとして、とにかく、この部屋を掃除するのは難しいという結論に至った。

 「ここはひとまず置いておきましょうか」

 「ああ。ところで、何故其方はこんなにも熱心に掃除を続けているのだ?」

 言われてみれば確かにそうだ。掃除をするなら魔法使いの部屋だけでもいい。なぜなのか、と問われて、私はすぐには答えられず考え込む。

 「う〜ん……。落ち着かないから、でしょうか」

 「落ち着かない?」

 聞き返す彼に、私は頷く。

 私は前から綺麗好きな方だった。整理整頓がされていないと落ち着かないし、埃っぽいところも苦手だ。ただ、自分が趣味に打ち込んでいる部屋だけは例外としていて、自分の部屋はいつも積み上がった本と失敗作の紙でゴタゴタしていた。

 それが良くないということは一応自覚している。直そうと思ったことはないが。

 「ほら、家も綺麗な方が喜ぶと思うんですよ」

 自分の悪いところを全く反省していないことがよく分かることを、私は悪びれず口にした。フィデリスはそんなことは知る由もなく、「なるほどな」と頷いてくれた。

 「それじゃあ、今度は図書室に行ってみましょう」

 彼にそう声をかけて、私は部屋の出口に向かう。そこでふと地面のあるものに目が止まる。

 「……これ、血痕?」

 しゃがみ込んで私がそう言うと、フィデリスは顔を少し険しくして私の隣に膝をつく。

 「本当だ……。まさか、ミネルヴァの?」

 彼の言葉を聞きながら、私は考える。彼女は病に倒れたということだろうか。それとも、まさか誰かが彼女を……?

 しかし、ここで考えていてもその答えが私たちに分かることはない。私たちは立ち上がって、魔法使いの私室を後にした。

ミズキの料理下手エピソードが分かる回です。野菜たちに適当な名前を付けてくの楽しい〜!

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