仲裁とチャンス
この工房はどうやら鍛冶屋だったようだ。鉄を打つ音なのか、カンカンという音が聞こえてきた。
こういう場所に入るのは初めてなので、ついキョロキョロしてしまう。
「嬢ちゃん、こっちだ」
この工房の親方だったらしい男にそう声をかけられて、私はついていく。
案内されたのは工房の上の階にある小さな部屋だった。
「会議とかそういうんはあまりしねぇから、使うことは滅多にないんだがな」
そう言った男がドアを開けて、私たちは部屋の中に入る。
中は確かに少し埃っぽかった。使わないので掃除も疎かになっているのだろう。
うちの屋敷の使ってない部屋もこんな感じなのかなぁ……。いや、リンネとオリヴィエが掃除してくれてるのかな?
部屋に置かれた長机を囲むようにして私たちは椅子に腰掛ける。男とドワーフが向かい合って座り、私はお誕生日席のような位置に座る。
う〜ん、この場は私が仕切るべきなのかな?それとも、二人の話し合いが白熱してきた時に抑えるだけでいいのかな?
悩む私の前で、男が口を開いた。
「じゃ、始めるぞ。……つっても、何を話せばいいのか分からんな。嬢ちゃん」
「は、はい!」
彼に呼ばれて、反射的に返事をする。
「話を聞くと言ったのは嬢ちゃんだ。だからこの場は嬢ちゃんに任せてもいいか?」
どうやら前者だったようだ。悩みが解決されたのは喜ばしいことだが、私にそんなことができるだろうか。
「私なんかで大丈夫でしょうか……」
私がそうこぼすと、男はゲラゲラと笑った。
「さっきまでの威勢はどうした嬢ちゃん!お前さんが気になってることとか分からねぇこととかを聞いてくれればいいだけさ!」
笑いながらそう言う彼に、私は頷く。それならなんとかなるかもしれない。
「えっと、じゃあまず……。クビにしてやる〜!までの経緯を伺っても?」
私が尋ねると、男は頷いてから話し始める。
「まず、こいつの名前はジークっていうんだ。嬢ちゃんも気づいてるだろうが、ドワーフだな。鍛冶が得意な種族だ。だからこそ、こいつが仕事を探してうちを訪ねてきた時は、二つ返事で雇ってやった」
そこまでは、どこか嬉しそうな表情で話をしてくれた。しかし次の瞬間にはため息を吐いて、暗い顔になってしまう。一体何があったのだろうかと私が言葉の続きを待っていると、男が重そうに口を開いた。
「しかし困ったことに、こいつは仕事が遅かった。腕は申し分ない。そこらのどんな職人にも勝るほどだ。ドワーフの中でもこいつほど優秀なのはそうそういねぇだろうな。だがそれ以上に仕事の遅さがどうしようもなかったんだ。他の職人が依頼されたもんを三つ作っている間に、こいつはまだ一つも完成させられてねぇほどなんだからな!」
少し熱くなってきた男にハラハラしながらも、確かにそれは問題かもしれないと私は頷く。ふむふむと頷く私を見て、同意が得られたことにホッとしたようで、男も少し気を落ち着かせてくれた。
一方でドワーフは小さくなっている。ひどく落ち込んだ様子だ。彼自身も分かっているのだろう。
仕事が遅いと工房自体の売り上げも落ちる。質が大事だと思う者もいるだろうが、質より量でとにかくたくさん売り捌きたいという者もいるだろう。王宮御用達の職人でもないただの街の鍛治職人なら、質より量の方が稼げるはずだ。
腕が優れているというのなら、王宮や貴族の専属の職人になれればいいのだが、そういうのは特別な伝手でもないと難しい。
このドワーフに、街の鍛治職人は向いていないのだろう。
「……解雇されること自体は問題はない。もう何度も経験済みじゃ。じゃが今の儂には、この工房で働いていた間に作ってしまった利益の穴を埋められるような金はない」
ドワーフがそう、苦しそうに言った。
「……せめて次の仕事先が見つかるまで待ってくれんか。次の仕事先で貰った金は、みんな親方にくれてやる。だから……」
「もうお前を雇ってくれる工房なんて、この街にはないだろう」
ドワーフの言葉を遮って、男が冷たく言い放った。
「お前がどれほど使えない職人かは、街中に知れ渡っている。そうだな、港町にでも行ってみたらどうだ。釣りの才能ならあるかもな!」
男はドワーフを睨みながら怒鳴るように言った。また熱くなってきてしまっているようだ。
誰かお茶とか持ってきてー!と言いたいところだが、そんな人物がいるとは思えない。
「えっと、ひとまず落ち着いて。ところでその……、どのくらいの損失なのか伺ってもよろしいですか?」
私がおずおずと男に尋ねると、男は少し考えるような間の後でこう答えた。
「……一万ルーベほどだな」
私はそれを聞いてポカンとした。
……あれ?意外と安い?
だが、私の前に向かい合って座っている二人の表情から察するに、二人にとっては相当の値段なのだろう。
この世界の鍛治職人って、給料あんまり良くないのかな。いや、損失分だけだから、ちゃんとドワーフさんが納めた分の給料とかは引いてるだろうし、親方の取り分だけの話だろうし……。
ん〜、なら妥当かも?ていうかそれより……。
……私、彼を助けてあげられるかも。
その時ふと、木っ端微塵になった椅子の姿が脳裏に浮かんだ。私の研究室で行われていた魔法の実験に巻き込まれ、見るも無惨な姿になってしまった椅子の姿が。
そういえばうちに職人さんはいないし……。もしかしてこれって、またとないチャンスなのでは!?
一万ルーベなら、私の一回の討伐依頼の報酬でもらえる報酬と同じくらいだ。Aランクの上の方からSランクくらいの依頼の話ではあるが。
……うん、このチャンスを逃すのは惜しいね。ここは私が……!
「わ、私、払えます!」
突然そんなことを言い出した私を、男もドワーフも目を瞬いて見た。
そんな彼らに向かって、私は続ける。
「私がその損失分を支払います。ですから、えっと、ジークさんを、うちで雇ってもいいでしょうか……?」
「それはまあ、構わねぇが……。本当に払えるのか?一万ルーベだぞ?」
怪しいものを見るような目をした男に、私は力強く頷く。
「ほぉ……。ま、それなりにいい身なりだもんな、嬢ちゃん」
私の服装を見ながら納得したような声を出す男に、私は苦笑いする。
あー、この服はお下がりだから、実質タダみたいなもんなんだけど……。
「今は手持ちがなくて、後日になってしまうんですけど……」
私がそう言うと、親方は頷いた。
「それは問題ない。こっちも準備があるしな。……ところでジーク、お前はどうなんだ?」
親方が、当事者にも関わらずずっと口を閉ざしてるドワーフ……ジークに声をかける。
「わ、儂は構わないんじゃが……お嬢ちゃん、本当にいいのか?」
不安そうにそう尋ねてきた彼に、私は笑って頷く。
「はい、ちょうど職人さんがいたらいいなと思っていたので。……あっ、でも、ホントに腕が優れているのかは確認した方がいいのでしょうか?あなたは、木っ端微塵になった椅子を直すことはできますか?」
私が尋ねると、ジークは目を見開きながら答えた。
「え、ああ。本職ではないが、時間があれば直せるじゃろう……」
……あっ、確かに。鍛冶職人と家具職人は違うよね。でも直せるんだ。もしかして彼、すごい人じゃない?
「それなら問題ないです。あっ、武器なんかは作れますか?」
その質問にも、ジークは頷いてくれた。こっちは本職だからか自信ありげだった。
「ジークは作るということなら基本どんなことでもできる奴だ。とんでもなく時間がかかることさえ気にならなければ、最高の職人だろう。……ところで、何をしたら椅子が木っ端微塵になるんだ?例えか?」
男の言葉に、私はどう答えるべきか悩む。
そんな目で見られても困るよ。……事実なんだけど、事実だって言ったら絶対引かれちゃうよね。
悩んだ末に、とりあえず笑っておいた。笑って誤魔化す、というつもりで。
しかし逆効果だったようだ。引かれるのを通り越して怯えた目で見られた。
「えっと、じゃあ、明日にでもお金を渡しにきてもいいでしょうか?」
私は無理矢理話題を変えて、男にそう言った。
「あ、ああ。分かった、こちらも準備をしておこう」
いい感じに話がまとまった。そう思ってホッとしていた私たちに向けて、ジークが言った。
「ま、待っとくれ!」
どこか焦った様子の彼に、私たちは首を傾げる。
「どうしました?」
そう私が尋ねると、彼は一瞬迷うように目を泳がせた後、意を決した様子で言った。
「ばあさんはどうなる……?」
それを聞いて、私は考えを巡らす。ばあさん。確か、男とジークの口論の中に出てきたような気がする。
「こいつの嫁さんのことだ。うちの職人たちのために手料理なんかを振る舞ってくれているんだ」
男が横から説明を入れてくれた。私はそれになるほどと頷く。
「その方も、この工房で雇っていらっしゃるのですか?」
「いや、彼女は自分から動いてくれているだけだ。うちの従業員ではない」
私の質問に、男がそう答えた。
それなら、わざわざこちらがさらに金を積む必要はなさそうだ。
「ジークさん、あなたはどうしたいですか?私は、あなたのしたいようにしてもらって構いません。一緒に来るも、ここでお別れするも、あなたの自由です」
私はジークの目を見てそう言った。それにジークは顔を輝かせた後、真剣な表情で言った。
「ばあさんと離れることなどできない!儂と一緒に、ばあさんも連れて行ってくれ!」
「分かりました」
ジークの言葉に、私は笑って頷く。
話によると、そのばあさんという人物にはどうやら料理ができるようだ。まあ、この世界では料理は女の必須スキルみたいなもののようなので、料理が全然できない女性はそうそういないようだが。
もしかしたら、料理人まで確保できちゃったかも。リンネの負担をまた減らせそう。
今日は収穫がたっぷりだ。私はそのことに嬉しくなって、つい笑みをこぼしながら立ち上がる。
「えっと、話し合いは済みましたよね。それでは、私は明日またここに来ますので、今日はひとまず帰らせていただきますね」
「ああ。ありがとうな、嬢ちゃん。外まで送ろう」
男も私と一緒に立ち上がって、一緒に部屋を出る。
「あっ、お嬢ちゃん!」
部屋を出る直前で、ジークがそう私を呼び止めた。
「どうしました?」
私は振り返る。
そんな私に、彼はこう尋ねた。
「お名前を、教えてくれんか?」
それを聞いて、確かに私はまだ名乗っていなかったと思い出す。
「ミズキです」
「……ミズキ、じゃな。ありがとう、覚えておく。忘れてはならない、恩人の名じゃ」
そう言ったジークは、とても安心したような、嬉しそうな笑みを浮かべていて、私まで自然と笑顔になってしまった。
また人助けしちゃったね。いや〜、私、すごい!
ニコニコと笑みを浮かべながら外に出ると、空が赤くなっていた。
「あっ、ご主人様〜!」
工房から出てきた私を見つけて、リンネが駆け寄ってくる。
「大丈夫でしたか?」
「大丈夫だよ、大袈裟だな〜。話し合いをしてきただけなのに」
不安げな顔のリンネを撫でながら、私は笑って答える。
「それよりリンネ、いい知らせ。また“家族″が増えるよ!」
私がそう言うと、リンネの嬉しそうな声に被せて、文句が飛んできた。
「はぁ?また勝手なことを……!」
私はその言葉にムッとした顔をする。
「勝手も何も、私が屋敷の主だよ?」
「では当然、新たな仲間を迎えるにあたる我々の苦労も考えているのですよね?」
オリヴィエに凄まれて、私は言葉に詰まる。
「うっ、それは……」
そんな私たちの様子を、男がまじまじと見ていた。
「……エルフに猫耳族。変わった組み合わせだなぁ……。見たところ、嬢ちゃんは普通の人間っぽいが、変わった名前をしてるしなぁ」
男がそう言った。確かにその通りだ。私たちは街を歩くだけでも、それなりに視線を集める。
まぁ大半はオリヴィエが集めてるだけで、私とリンネはそのおまけなんだけどね?
私自身も、普通の人間とはいえない。この世界の人間ではないのだから。
「屋敷って言ったよな。それに普通に暮らしてたら職人が欲しいとは思わないだろうし、その猫耳族の嬢ちゃんも、お前さんのことをご主人様って言ってたし……」
返す言葉もない。私は確かに、変わったところの多い、不思議な存在と見られてもおかしくはないだろう。
「金を持ってて、魔法も使えて。お嬢ちゃん、一体何者なんだ……?」
沈みかけの太陽が私の表情に影を落とす。ただどう答えていいのか分からず迷った末に、少し困った笑いを浮かべていただけの表情が、男の目には怪しく映ってしまったようだ。
「……私は、ただの魔法使いですよ?」
こんなことを言っても大丈夫なのだろうか〜、と思いながら言っただけだったのだが、男はその言葉を聞いて息を呑んだ。
「……じゃ、じゃあな!また明日!俺は中に戻るぜ!気をつけて帰ってくれ!」
男はそう言い残すと、慌てて工房の中に引っ込んでいった。
「ど、どうしたんだろう?あの人」
「……無意識ですか?」
その場に取り残されてポカンとしている私に、オリヴィエが呆れたようにため息を吐いた。
「はぁ……。とりあえず、フィデリス様を呼んでください。帰ってから、今日の話をじっくり聞きましょう」
話を聞くだなんだと言っておきながら、説教をするつもりなのだろうということを察して気が重くなりながら、私はネックレスを取り出す。
フィデリスに迎えを頼んだ後、私たちは並んで歩きながら、いつもの待ち合わせ場所へと向かった。
利益の穴がどうこうの部分は、借金的な話だと思ってください。




