ドワーフの職人との出会い
あれは、春のことだった。
私はリンネとオリヴィエを伴って、街へと買い出しに出かけていた。
「買わなきゃいけないものは、これで全部かな」
私は手にしたメモを見ながら、二人に聞こえる声でそう言った。
「用も済んだし、そろそろ帰ろっか」
私がそう口にしたのと同時に、ぐぅ〜という音がリンネのお腹から響いた。
「……あっ、すみません……。恥ずかしいです」
「あはは、大丈夫だよ。お腹空いたよね、どこかで食べていこうか」
顔を赤くするリンネに、私はそう言った。
街で食べるとちょっとお金かかっちゃうけど、最近はまた収入を得られるようにもなってきたし、問題はないはず。
少し前までは冬だったので、私もずっと屋敷に引きこもっていてお金は増えていなかったが、春になってからまた少しずつ仕事を受けるようになった。討伐に出向いたり、ポーションなどの納品をするようになったので、今はそこそこ懐が暖かい。
「リンネ、何が食べたい?」
私が尋ねると、リンネは真剣に考え込み始めた。
「……あっ、あっちからいい匂いがします!」
しばらくうんうんと唸っていたリンネが、ふとそう言った。彼女がいい匂いがすると言う方に、私たちもついて行ってみる。
「あれです!」
リンネがそう言って指を差した方向にあったのは、フライドポテトの屋台だった。
「わぁ、いいね。おいしそう〜」
私はそう言ってリンネの意見に賛成したが、オリヴィエは渋い顔をしていた。
「あんな油っこいもの、正気ですか?しかも買い食いだなんて……」
確かに、高潔な種族であるエルフにとっては、難色を示されるようなものだっただろう。
「でも、おいしそうですよ?」
「あんなもののどこが……」
首を傾げるリンネに、ゾッとしたような顔でオリヴィエが返す。
まあ二人は生まれも育ちもまったく異なるので、このくらいの意見の食い違いは仕方ないだろう。
二人の意見をどうまとめようか。そう考えていると、ふとどこからか怒声が聞こえてきた。
「お前みたいな使えない奴はクビだ、クビ!」
その言葉を聞いて、私の隣にいたリンネがビクッと肩を揺らした。私もいきなり聞こえてきた大声にびっくりする。
「……隣の通りからのようですね」
オリヴィエがそう呟く。それから、私の方を不安そうに見た。
私がこういうのを放って置けない性分なことを知っているからだろう。また面倒ごとに首を突っ込むのではないかと心配しているのだ。
……まぁ、その通りなんだけど。
私はカバンから金袋を取り出して、リンネに渡す。
「リンネ、あそこのポテトを買ってきてくれる?私はちょっと向こうに様子を見に行ってこようと思う」
私の言葉の、リンネは困ったような顔をして、オリヴィエは「ミズキ……」と呆れたように言った。
しかし私はそれをスルーして、逆にオリヴィエに尋ねる。
「あなたはどうする?リンネと一緒にポテトを買いに行ってもいいし、私についてきてもいい。もちろん、この辺で休んだり、店を見て回ってもいいけど」
それを聞いたオリヴィエは一瞬迷ったような顔をした後、「はぁ」とため息を吐いてから答えた。
「ミズキについて行きますよ。一人で収拾のつかないような事態にされたら困るので。リンネも、それでいいですか?」
オリヴィエの言葉にリンネはコクコクと頷く。
「よし、じゃあちょっと行ってくるよ」
私たちはリンネと別れて、騒ぎのあった隣の通りへと向かった。
今までいたのは食べ物の屋台や野菜などの食料を売っている店の多い通りだったのだが、隣に行くと今度はいわゆる職人通りのような、工房の多く並ぶ通りになる。
その工房の中の一つで、事は起こっているようだ。
「毎回毎回、うちの足を引っ張るようなマネばかりしやがって!今日という今日は我慢できねぇ!」
「す、すまなかった。次はもっと早くに仕上げるから……」
店の外で、そのような言い合い、いや、一方的に責めるような会話をしている二人の人影が見える。なんとなくデジャヴだ。リンネとの出会いもこんな感じだった気がする。だからこそ、彼女は遠ざけたわけだが。
責めている方は普通の男性だ。ガタイが良くて、いかにも職人といった風貌をしている。
だが責められている方は、背丈が小さくまるで子供のようだ。しかし老け込んだ顔に髭を生やしている。そして、今私の隣に立っている人物と同じような、特徴的な尖った耳。
「もしかしてあれって、ドワーフ?」
私が呟くように尋ねると、オリヴィエがそれに頷く。
「そうですね。ミズキは彼らを見たのは初めてですか?」
「そうかも……。普段あんまり周りを見ないし」
私が正直にそう言うと、オリヴィエは頭を抱えた。
うっ、でも周りに興味が湧かないんだもん。最近はもうこの世界にも慣れてきちゃったし。
私たちがそんな会話をしている間にも、向こうにいる二人の会話は続いている。
「お前はドワーフで、才能があって、大地の祝福を受けたもののはずだろう!?だからうちもお前を雇ってやったんだ!しっかし、飛んだ的外れだったようだな!」
そう責め立てられたドワーフは、ひどく傷ついた顔をしていた。
私がそれを見て止めに入ろうとすると、オリヴィエに止められた。
「様子を見るだけではなかったのですか?」
「で、でも、かわいそうだよ!」
私はそう言ったが、オリヴィエはそれにスッと冷たい表情を浮かべる。
「僕たちの生活には、関係のないことでしょう?あのような騒ぎは、ここでは日常茶飯事です」
それに、私は言葉を詰まらせる。
確かにその通りだ。私には関係ない。
でもそれを言ったらリンネだって、初めは何の関係もない存在だったはずなんだよ……?
「まぁ、お前はまだマシだったな。お前の嫁はどうだ?ドワーフのくせに、女だからって鍛治の才能もない」
「っ、ばあさんは関係ないじゃろう!それに彼女は、お前さんたちのために毎日手料理を振る舞ってくれていたはずじゃ!」
そう反論したドワーフを、男は思いっきり殴りつけた。ドワーフは地面に転がり、傷口から血が流れる。
「関係なくはないな!お前が抜けた穴をあの女で埋められればよかったものの、あんな老いた女じゃ金にならねぇ!どうしてくれるんだ!」
聞くに耐えない話だ。何かがプツンと切れるような、そんな音が私の中から聞こえた。
「……ごめん、オリヴィエ。やっぱり私行ってくる」
「はっ、ちょっと、ミズキ!」
そんなオリヴィエの制止の声を振り切り、私は二人の方へと走っていく。
「ちょっと!」
私は男とドワーフの間に割り込んでそう言った。私に睨まれた男は、僅かに怯んだように見えた。
「さっきから聞いてれば随分好き放題言ってるじゃない!しかも相手を殴って!」
少し震えた声で、私はそう言った。
この騒ぎを見ていたのは私たちだけではなく、他にもそれなりの数の見物客、野次馬がいた。そんな彼らが、面白そうに私たちを見ている。
あの時とそっくりだ。リンネを助けたあの時と。
……でも今は、隣にフィデリスはいない。今日は送り迎えしか頼んでいないから。自分の身は自分で守らなきゃ。
その決意も込めて、私はキッと男を睨んだ。
「なんなんだ……。嬢ちゃんには関係ねぇだろ!引っ込んでろ!」
随分気が立っているようだ。男はそう言いながら、私に拳を振り上げてきた。それを冷静に見つめながら、私はバリアで拳を防いだ。
「……なっ!?何者だ、あんた!」
「バリアくらい、魔法の基礎でしょう?そんなに驚くこと?」
そう言いながら、今までこうして殴られそうになっている人が、バリアを使って防いでいるのを見たことがないなと思い出す。魔法使いでもやってないと、咄嗟に魔法を使うことはないのかもしれない。
「一旦落ち着こうよ。事情は知らないけど、こんな風に相手を一方的に罵倒しても、何も解決しないんじゃない?」
私がそう諭すと、男は少し落ち着きを取り戻したようだ。
「……確かに、嬢ちゃんの言う通りだ」
どうやら彼はそれなりに物分かりのいい人間のようだ。話が通じる人でよかった。
「私でよければ話を聞くよ。まあ私はさっきあなたの言った通り、何の関係もないただの小娘なんだけど……」
「いや、さっきはすまなかったな。嬢ちゃんのようにカッカしないで話を取り持ってくれる人は確かに必要だ。うちにそんな奴はいねぇからな」
そういって男は、ずっと座り込んでポカンとしていたドワーフに手を差し伸べた。
ドワーフはその手を取って立ち上がる。
「ありがとう。お嬢ちゃんも、ありがとう」
ドワーフは男と、私の方にもお礼を言ってくれた。
「嬢ちゃん、少し話し合いがしたいんだ。よかったら、その話し合いの仲裁役みてぇなことをしてくれると助かるんだが……」
男にそう頼まれて、私は頷く。こんな風に仲直りができるのなら、彼らにとってもいいことだろう。
リンネの時は強引だったからなぁ。あの時は、相手が話を聞く気がまったくなさそうだったし仕方ないと思うけど。
「……あっ、でも。私の“家族″を向こうに置いてきちゃってるので、少し話をしてきてもいいですか?」
私はリンネたちのことを思い出してそう尋ねる。
「ああ、構わねぇよ」
男がそれに頷いてくれたのを見て、私はオリヴィエのいる方に走っていく。
「ミズキ!大丈夫ですか?」
オリヴィエが珍しく焦った顔をしているので、私は少し笑ってしまう。
「大丈夫だよ。ごめんね、置いてっちゃって」
「はぁ……。置いてかれたのはいいんですけど、殴られそうになってましたよね?バリアで防いでいたみたいですけど……。勘弁してください。あなたに何かあったら、あの人にどれだけ文句を言われることか……」
オリヴィエがぶつぶつと呟いていることを、私はあまり理解できなくて首を傾げる。
「んっと……、あの人が誰かはよく分からないけど、心配かけちゃってごめんね。そういえばリンネは?」
私がそう尋ねると、彼の後ろからぴょこっとリンネが顔を出す。
「だ、大丈夫ですか、ご主人様!」
泣きそうな顔でそう言ったリンネの頭を優しく撫でながら、「うん、平気平気」と私は返す。
過去のトラウマが蘇るような出来事だっただろう。そんな中でも私を心配して見守ってくれていたのだ。私はそれが嬉しかった。
……まあ、ちゃっかりポテト食べながらだし、そんなに元気がないわけじゃなさそうだけど。
「あ、それでね。二人の話を聞いてほしいって頼まれちゃったから、行ってこようと思うんだ。その間、二人のことは待たせちゃうと思うんだけど……。あれだったら、フィデリスに頼んで二人だけ先に帰っても……」
「そういうわけにはいかないでしょう。待っています。……本当に一人で平気ですか?」
私の事情説明に、オリヴィエはそう言った。リンネもどこか不安そうにしながら、オリヴィエの話にコクコク頷いている。
「平気だよ。街を好きに見ててくれていいから。終わったら合流しよう」
私は二人にそう伝えると、またさっきの二人の方に戻った。
「お待たせしました」
「おぅ。そんじゃ、中に入ってくれ」
男はそう言って私を工房の中へと案内してくれる。
ちゃんと上手くやれるかな……。
私はそんな不安を抱えながら、工房へと足を踏み入れた。
昨日は忙しくて投稿できませんでした。申し訳ありません。
また明後日、次の話を投稿します。




