幾度目かの城と王宮の薬師
その後、私はイグナルスとともに研究部屋を出て、下の階へと降りた。
ロビーに向かうと、ちょうど食事の用意が終わって私たちを呼びに行こうとしていたノーラと鉢合わせし、そのままみんなで食堂へと向かった。
フィデリスは先に帰ってしまったので、一緒に食事ができなかった。朝食を一緒に摂ることはできたのでよかったのかもしれないが、手伝ってくれたお礼にもてなせないのは残念だ。
……まぁ、もてなすといっても私にできることは何もないけどね。料理できないし。
イグナルスは満足そうに、ノーラの料理を食べていた。かなりお気に召したようで、おかわりもしていた。彼が幸せそうで、私も嬉しい。
おいしい食事を食べ終わった後は、イグナルスの部屋の準備だ。彼が選んだ部屋をリンネとオリヴィエに掃除してもらい、壊れていたり足りなかったりする家具は、ジークに修理してもらったり、作ってもらったりする。
ジークは腕は随一なのだが、代わりに仕事が遅い。そのため、しばらくは他の部屋から借りてきたりする必要がありそうだ。
だが、イグナルスは特に不満はないようだった。むしろ嬉しそうだ。ジークに頼んだ家具は、デザインを自分好みのものにしてもらえることになったからだろう。
彼の部屋の用意はみんなに任せておけばなんとかなりそうだったので、私は自分の部屋に戻ることにした。
自分の部屋というのはこの屋敷に二つあるわけだが、今向かったのは寝室の方だ。
私は少し散らかった机の側の棚から便箋を取り出し、机の上に立てられたペンを持つ。
さっきイグナルスから聞いた真実は、正直私一人で抱え込むには重すぎる内容だった。
誰かに相談したい。そう思った時真っ先に頼るのは、基本はフィデリスなのだが、今回はそういうわけにもいかない。
彼には魔法使いさんを殺害したのが竜国国王である、というのが可能性でしかなかった時にすら、この話をしていない。むしろ確定した今こそ伝えるべきなのかもしれないが、彼がこれを聞いて傷ついてしまうのはかわいそうだ。
というか、私が嫌なのだ。彼を傷つけたくはない。私の方が、心構えができていないのだ。
やっぱりまずはこの話を前々から知っていた人物、私の友達で王宮の薬師である彼と話しておきたい。
私はペンを走らせ、彼に話したいことがあるということを書いていく。この手紙は検閲などを通さず彼に直接届くとはいえ、手紙の中に直接の用件を書くことはしなかった。だが彼ならなんとなく察してくれるだろう。
手紙を書き終えると、私は次にもう一つの自分の部屋、研究部屋に向かう。
ん?なんか今日だけで何度もこの部屋を行ったり来たりしてるな。別に仕方ないことだけど、無駄足踏んでる気分になる……。
私は棚から、さっき自らしまった魔法陣を再び取り出して、机の上に広げた。だったらしまわずに出しておけばよかったと思ってしまうが、順序が順序だったので仕方ない。
私は魔法陣の描かれた紙の端に小さく書かれた文字を確認する。
フェンネル……。うん、合ってるね。
これは転送の魔法陣だ。以前シャロンティーヌ様に城で渡したものとほとんど同じ。微妙に模様が異なっているが、パッと見で見分けるのはなかなか難しいため、こうして紙の端に転送先の名前が書いてある。
遠く離れていて、文通をしたいが毎回手紙を届けに行くのが大変な相手には魔法陣を渡しているため、あと一枚ほど同じようなものがある。屋敷の近くに郵便ポストはないので、こういう手段を使うしかないのだ。
こういうの、なんか魔法使いって感じがしていいよね〜。
そんなことを思いながら私は魔法陣の真ん中に手紙を置く。魔法陣をトントンと指で叩くと、手紙が淡い光に包まれ、次の瞬間にはその場から消えた。
……そういえばこの辺の説明、私ちゃんとシャロンティーヌ様にしてたかな?してない気がする……。でもちゃんと手紙送られてきたし、誰かが代わりに教えてくれたのかな?
手紙の返事が届くまではしばらくかかるだろう。彼もそれなりに忙しい身のはずだ。
返事が来るまでは魔法陣は出しっぱなしにしておきたいので、私はそれを机の上に広げたまま部屋を出る。
イタズラっ子のイグナルスが勝手に入らないように、私は部屋のドアに鍵をかけた。
……ま、あの子はそういう子じゃないとは思うんだけどね〜。
私はまた階段を降りて、彼の部屋の様子を見に行くことにした。
私が戻った頃には、掃除もあらかた終わっていて、もうイグナルスがこの部屋で生活できそうな状態だった。
「二人とも、さすがだね〜」
「はい!あともうちょっとです!」
私が褒めると、リンネは元気よく返事をした。
「イグナルスも、あとでちゃんと二人にお礼を言ってね」
私は部屋の中で退屈そうに足をぶらぶらして椅子に腰掛ける彼に、そう声をかける。
「俺を退屈させるまで待たせているんだぞ?……と言いたいところだが、代わりにやってくれていることには感謝する。報酬に飴をもらうといい。ミズキに」
まだ棘のある言い方は残っているが、一応感謝していることは、二人にも伝わっているだろう。
「礼には及びません。仕事ですから」とリンネは笑って言ってくれていた。
「何故竜というのはみんなこう……、難儀な性格なんでしょうか。まぁいいです。ところでミズキ、あなたは先ほどまで何を?」
オリヴィエに尋ねられて、私は「あなたも難儀な性格だよ」という言葉を飲み込んで答える。
「手紙を書いてたの。久しぶりに会いたい友達がいてね」
私のその言葉に、まずリンネが反応した。
「ということは、お出かけですか!あたしもついていっていいですか!」
「リンネ!水がこぼれる!」
期待の眼差しで私の方を振り返ったリンネは、その振り向きざまに水の入ったバケツにぶつかってしまう。それに気づいたオリヴィエが咄嗟にそれを止めた。あの距離からじゃ手を伸ばしても意味がないので、おそらくは魔法を使ったのだろう。それを私とイグナルスは感心した目で見ていた。
「お出かけってのは、外か?俺も行きたい!」
イグナルスも、リンネの言葉を聞いて興味を持ったようだった。
だが残念なことに、今回のお出かけに二人は連れて行けない。というか、別にお出かけではないのだ。もっと大事な話をするために行くのだから。
「ごめんね。今回は二人を連れていくことはできないの。でもまた今度、連れて行ってあげるから。今回は許して?」
私が謝ると、リンネはちょっと残念そうにしながらも「分かりました」と頷いてくれた。
イグナルスの方は不服そうだが、渋々と言った様子で「分かった」と言ってくれた。
「ホントにごめん。でも今度お菓子屋さんに連れて行ってあげるから。飴ちゃんとか他にも甘いものがいっぱいあるお店。だから、ね?」
それでチャラにしてくれない?という意味で私がイグナルスの顔を覗き込むと、彼はパアッと嬉しそうに顔を輝かせた。
「フン!仕方ないな、いいだろう。約束だからな!」
嬉しそうな、年相応の子供っぽい顔はすぐに引っ込み、またいつもの無表情に戻って彼はそっぽを向いた。まぁ、年相応に見えるのは見た目だけで、実際はそれなりの時を生きているのだろうけど。
あれ?でも封印されてた間は成長しないよね。彼、結局何歳なんだろ?
ツンデレな態度をとる彼を見てそんなことを考える。
「ミズキ、そろそろどいてきださい。掃除が再開できません」
オリヴィエにそう声をかけられてハッとする。私は慌ててその場から立ち上がり、「ごめん」と謝った。
「じゃあ、私はちょっと部屋で休むね。二人も仕事が終わったら、ちゃんと休んでね」
そう言い残して、私はイグナルスの部屋を出た。
ちなみに彼のお部屋はノーラとジークの二人の部屋のお隣だ。やはり、相当二人に懐いているのだろう。
次の日になると、手紙の返事が届いた。三日後に休暇を取っているので、その日なら都合がいいとのことだった。
せっかくの休みの日を奪ってしまうようで申し訳ない気がするのだが、彼がいいと言うならいいのだろう。
私はすぐに返事を書いた。私もその日なら大丈夫だと。
それから約束の日までは、のんびり過ごした。久々に魔法の研究をしたり、薬の研究をしたり。フィデリスの様子も見に行った。特に用があったわけではなく、彼が元気かどうかを確かめに行っただけだったので、少し話をして帰ってきたが。
そして、三日後になった。約束は昼からなので私はいつもと同じ時間に起きて、のんびり過ごした。
昼前くらいになって、私はよそ行きの服をリンネに着せてもらったりと支度を始めた。
「フード付きじゃなくていいのですか?」
「別に今日は街を助けにいくわけじゃないからね」
リンネに尋ねられて、私はそう返す。
ロビーに向かうと、ノーラがクッキーの入った籠を持って待っていた。手土産は必要ないと言ったのだが、彼女自身が作りたかったそうなので、彼にもお裾分けとして持っていくことにした。
私はそれを受け取って、屋敷を出る。お見送りはオリヴィエも一緒だ。
「いってきます」
ノーラとオリヴィエにそう言って、私はリンネと外に出る。
庭ではジークが作業をしていて、それをイグナルスが興味深そうに見ていた。家具に使う板を作っているのだろう。
「二人とも、いってきます!」
私は少し声を張り上げて二人に挨拶をした。それに気づいた二人は、こちらに手を振ってくる。
「飴、買ってきてくれ!」
「覚えてたらね〜!」
まぁたぶん忘れているだろう。そう思いながら、私はイグナルスに返事をした。
庭の門をくぐり、最後にリンネに挨拶をする。
「じゃ、いってきます」
「はい、いってらっしゃいませ、ご主人様」
リンネと手を振り、私は魔法で空中に飛び上がる。
今日はフィデリスは一緒ではない。彼に迷惑をかけたくないのもあるし、そもそも今回の件をまだフィデリスに秘密にしておきたいから、というのもある。
私は上空まで行くと、そこから風を切るように街の方へと移動する。
相変わらずスリル満点!これが自分でやってるんじゃなくて誰かに運転してもらってるとかだったら絶対無理!
そんなことを考えながら、私はひたすら街へと進んだ。
やっぱり白竜の方が速いね。私が全速力で頑張っても、あのスピードには勝てないや。
人気のない場所で地面に降りると、店が立ち並ぶ方へと歩いていく。
昼時なので、人は多い。だがそれも最初の方だけで、城に近づくにつれ、人もまばらになっていった。
貴族街の入り口で、私は門の兵士に彼が手紙に同封してくれていた招待状を見せる。しかし、問題が起きた。
「……おや?これでは先に通すことはできませんね」
「え?」
私はそう言われて首を傾げた後、ハッとする。
……またいつものイタズラか……。
私はそれに気づくと、「少し待っていてください」と兵士に伝え、一度その場を離れる。
私は招待状をいろんな角度から見たり、太陽の光に当ててみたり、振ってみたりして考える。
これかな……?
「ピール」
私は魔法の呪文を唱え、招待状に魔法をかける。いや、かけられた魔法を解くという方が正しい気もする。
魔法をかけられた招待状は、意思を持ったように宙に一人でに浮かび上がると、ピラリと二枚に分かれ、そのうち一枚はふよふよと城の方へ飛んで行った。
私の手元に戻ってきた一枚を持って、私はもう一度兵士のところへ向かう。
今度はあっさりと通してもらえた。私の魔法は正解だったようだ。
見た目の厚さは全く変わらないのに、実際は魔法で偽物と本物が二枚重なっていたようだ。あのまま押し入ろうとしていたら、私は偽物の招待状で城に押し入ろうとする犯罪者として捕まっていたかもしれない。
まったく、変なことするなぁ……。
正しい魔法を使って剥がすことができたからよかったものの。彼は私がこうして訪れるたび、こういうイタズラを用意してくる。
城の近くまで来ると、馬車は前にシャロンティーヌ様の元を訪れた時とは違う門の方へと向かう。
前に城を訪れた際、周りの景色にあれほど感動したのもこのためだ。今日含め、いつもなら、私は人気のない裏口のような門へと通される。
それは別に嫌がらせなどではなく、むしろ気遣いだ。この門が、彼の仕事部屋に一番近いのだ。
私は馬車から降りると門を通って城の中へ入る。
城の一番端の部屋。そのドアを、私はノックする。
「どうぞ」
中から落ち着いた男性の声が返ってきた。
私はドアを開け、中へと入る。
「やぁ、ミズキ。久しぶりだね。なぞなぞもちゃんと解いてくれたようで」
さっき飛んで行った偽物の招待状の方を持って悪戯な笑みを浮かべながら、部屋の中の人物は言った。
「はぁ、ヒヤヒヤしたんだからね?フェンネル」
私はそれにため息を吐きながら、そう返した。
最近書くペースがまた落ちてきているので、近いうちにまたお休みすることになるかもしれません。




