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魔法使いの死の謎と封印の経緯

 「さっき見たことは忘れろ」

 泣き止んだイグナルスは開口一番そう言って、私を睨んだ。

 彼が忘れて欲しいのは、自分が泣き喚いていた姿のことだろう。正直忘れるのは無理だろうが、彼との会話の中で今の話はしないことにしようと決意して、私はそれに頷いた。

 イグナルスは当たり前のような顔で魔法を使って目元を冷やすと、「次に行くぞ」と言って立ち上がった。

 私も自分のことは言えないが、ああやって平然と魔法を他で済ませるようなことに使うのを見ると、思わず驚いてしまう。リンネと出会ったばかりの頃、彼女がいちいち驚いていたのも分からなくはない。

 ドアを開いて魔法使いさんの私室を出ると、リンネがハラハラした顔で出迎えてくれた。

 「お二人とも、大丈夫ですか!?中から怒鳴り声とか、泣き声とか、いろいろ聞こえてきましたけど、あたしは待っているよう言われていたので中に入ることもできず……」

 「忘れてくれ!」

 リンネが自分の聞いたことをベラベラと話すのを聞いて、イグナルスが口を挟む。

 リンネは一瞬ビクッとした後、耳を赤くしながら俯くイグナルスを見て何かを察したようで、「分かりました!」と返事をして口を噤んだ。

 「えっと……、次行こうか。最後は私の研究部屋かな。でも、あなたはずっとそこにいたわけだし、もしかして紹介はいらないかな?」

 私がイグナルスにそう尋ねると、彼はこう答えた。

 「確かに紹介は不要だが……、まだ貴様に答えられていない問いがあることを覚えているか?その話をするなら、やはりあの場所が最適だろう」

 彼の言葉を聞いて、私は考えを巡らせる。

 しばらく何も思い浮かばなかったのだが、彼との出会いの最初の方までを思い出して、ようやく思い当たる節を見つけた。

 そういえば、なんで封印されてたのか、どうしてあんなに怒っていたのかについては、まだ聞けてなかった気がする。

 さっき魔法使いさんの私室で写真を見ていた時に、それに関係しているだろう言葉は少し耳にしたが、それだけではまだ何も分からない。

 確かに、その話をするならあの場所は合ってるかもね。

 「でもいいの?あそこは、あなたにとってはあまり好きとは言えない場所じゃない?」

 「まあ、確かに封印されていた場所に戻りたいとは思わないが……」

 私が尋ねると、イグナルスはそう口にした後、遠くを見つめるような顔をした。

 「あの部屋は、ミネルヴァと一番長く過ごした場所でもある。どうやっても、嫌いにはなれないものだ」

 「……そっか」

 私は小さくそう返した後、リンネと目を合わせて頷き合う。

 「じゃあ、出発しよう」

 「ええ!ついでにお片付けもしましょう!」

 私の後に続けて言ったリンネの言葉に、私はハッとする。

 ……そういえばイグナルスと戦った後、片付けなんかした覚えはないし……。もしかしてすっごく散らかってるんじゃ……。


 私のその嫌な予感は、的中していた。なぜあの後全く片付けをせずそのまま部屋を出てしまったのか。

 私たちは研究部屋に入るなり、その場に立ち尽くして唖然とした。思わず頭を抱えたくなる私と、顔を引き攣らせているリンネ。イグナルスは特に驚いている様子はなかったが、申し訳なさそうな表情をしていた。

 焼け焦げた床に水たまり。イグナルスが暴れ回った時に散らかってしまったであろう棚の中の資料や本、魔法陣。風で吹き飛ばされて辺りにバラバラになっている紙の束。

 「……すまない」

 「いや、あなただけのせいだけじゃないよ。あの水たまりはフィデリスの魔法だし、資料とかが散らかってるのは私がちゃんと戻さなかったせいだし」

 しゅんとするイグナルスを慰めるように、私はそう口にした。

 「……とりあえず、みんなで片付けましょう。それでいいですか?」

 リンネは私たちにそう尋ねた。私もイグナルスも自分に責任があることは分かっていたので、それに頷く。

 片付けはあんま好きじゃないけど、今回のはちょっと見て見ぬふりできないしね……。

 私たちは手分けして資料や本を拾い集め、床を掃除した。さすがに焼け焦げた後を今どうにかするのは難しかったので、今度ジークに頼むか、魔法でなんとかする方法を考えるしかない。

 みんなで協力したおかげで、結構早く片付いた。散らかったものを集めて元の場所に戻すだけでよかったから、というのもあるだろう。拭き掃除や掃き掃除も必要だったら、もっと大変だったはずだ。

 「無事綺麗になってよかったです!あたし、お茶を淹れてきますね」

 片付いた部屋を見て満足げなようすのリンネはそう言うと、下へと降りていった。

 リンネが戻るのを待っている間、私はみんなでお茶ができるスペースを確保しようと、椅子とテーブルがしまってある方へと向かった。

 ふふん、この世界にも折りたたみテーブルと椅子があるんだよ〜。

 部屋の隅に立てかけられているテーブルをよいしょと持ってきて、開いていく。そんな私に、イグナルスが話しかけてきた。

 「ミズキ、貴様はどうやって俺の封印を解いたのだ?」

 彼の問いに、私はキョトンとする。

 「え?私は解いてないよ?」

 「どういうことだ?なら何故俺はこうして外に出られている?」

 彼の困惑した様子に、私は考える。どうやら、彼は記憶がないようだ。

 「私は確かに封印を解こうとはしたけど、結局解きかけだったところで、あなたの方から無理矢理破られちゃったの」

 私の説明に、イグナルスは唖然とする。

 「……そう、だったのか……」

 私は開いたテーブルを持ち上げて部屋の中央に置くと、次は椅子を用意するために再び部屋の隅に向かう。

 「どうして急にそんなこと聞くの?」

 椅子を三つ取り出して、またテーブルの方へと戻りながら、私はイグナルスに尋ねた。

 「……いや、気になっただけだ。なかなかに強固な封印だったはずなのに、貴様には解けるものだったのかと」

 「じゃあつまり、私とあなたの力を合わせれば、魔法使いさんにも勝るかもってことだね」

 イグナルスの答えに、私は椅子を開きながらそう言った。

 特に深い意味はなかった。しかし、イグナルスはそれを聞いて目を見張った後、「ふはっ」と笑いをこぼした。

 「そうかもな。貴様は面白いことを言う」

 「えっ、そう?」

 彼が笑っているのを見て、私は少し驚きながらそう返した。

 イグナルスは普段は無愛想だが、魔法使いさんが絡むと素直に感情を見せるようになる。泣いたり、怒ったり、笑ったり。

 きっと、それほど大事で、大好きな存在だったんだろうな……。

 それゆえに、失ったことの喪失感は大きいはずだ。笑いが収まった後で、表情に影を落としたイグナルスを見ながら、私はそう思った。

 その頃、お茶を淹れたリンネが帰ってきた。

 「お待たせしました……ってご主人様!テーブルと椅子の準備なんて、あたしに任せてくださればいいのに!」

 「えっ、でも、手分けしてやった方が早いよ?」

 私がそう答えると、リンネはむぅっと口を尖らせる。

 「それはそうですけどね……」

 リンネはティーポットとカップをテーブルの上に置くと、残りの椅子の準備を手伝ってくれた。

 三つの椅子が揃うと、私は二体一で向かい合うように椅子を置く。

 ん〜、なんか三者面談みたい。うっ、思い出さなきゃよかった。

 リンネがお茶を注いでくれている間に、元の世界での苦い思い出を頭の中で振り払いながら、私は椅子に座る。

 イグナルスが私の向かい側、椅子が一つしかない方に座ったところで、リンネがおずおずと切り出した。

 「ところで、なんですが……。あたしはこのままここで、イグナルス様のお話を聞いていてもよろしいのでしょうか?」

 その言葉に、私はイグナルスの方に目を向ける。

 「俺は別に構わない。聞きたいのなら聞いていけばいいし、聞きたくないなら帰ればいい」

 それを聞いてホッとした表情を浮かべたリンネは、「では、聞かせてもらいますね」と言って残りの椅子に腰掛けた。

 「……では、話すとするか。何故俺があの場所に封印されていたのかについて」

 お茶を一口啜った後で、イグナルスはそう言った。私もお茶を一口飲んで、彼の言葉の続きを待った。


 「まず、俺はミネルヴァによって造られた竜だ。それは知っているな」

 私とリンネは、彼の言葉に頷いた。

 「そして竜というのは、竜国の誇りであること。それも知っているか?」

 その問いに私は頷いた。だがリンネはいまいちピンときていないようにも見えた。

 「竜国ドラゴンエンペア。あそこは世界の中で唯一、竜の暮らしている国だ。民のほとんどが竜、または竜と人間の混血によって構成されているそうだ。まぁ実際に行ったことはないので、あくまで聞いた話だがな」

 おそらくは、魔法使いさんに聞いたのだろう。この辺は私も知っている話だった。フィデリスに聞いたことがある。

 だがリンネには新鮮な話だったようだ。隣国とはいえ、ヴェリアールパレスとドラゴンエンペアの交流が乏しいため、上流階級の者くらいしか向こうの国について詳しい者はいない。

 「そして、ミネルヴァはこの国の人間だ。竜国の者ではない。そんな者が、勝手に竜を創造してしまった」

 それを聞いて、リンネにもことの重大さが伝わったようだ。少し怯えた表情を浮かべている。

 「それ故に、ミネルヴァは竜国の怒りを買った。正確には竜国を統べる者である、ドラゴンエンペア国王のな」

 リンネはさぁっと青ざめた顔になった。

 聞かせない方がよかったかな。……いや、いずれ関わることは避けられないし、仕方ないか。

 「ミズキは驚いていないようだな」

 ふとそう言われて、私はあはは、と頬を掻く。

 「いろいろ調べて、なんとなく予想はついてたの」

 私の答えを聞いて「そうか」と頷いた後、イグナルスはまた話を続ける。

 「国王にとって、俺はあの国の連中が嫌ってる白竜以上に、厭わしい存在だっただろう。よその者が勝手に創造した自国の誇りの模倣品であることに加え、俺の体を構成するものは白竜を参考にして造られているのだから。一部はそのまま使われているくらいだしな」

 それは確かに白竜以上かもしれない、と私はそれを聞いて思った。

 リンネはまた驚いた顔になっている。そもそも彼女は白竜が疎まれている存在であることすら知らなかっただろう。

 この屋敷もヤバいよね……。竜国の嫌う存在が二人も出入りしてるんだもん。

 「そのようなものを造ってしまったミネルヴァを、彼が見逃すわけがなかった。俺が誕生してしばらく経った頃、ミネルヴァは自分の行いが向こうにバレていることに気がついた。彼女は焦ってはいたが、悩む時間はそう長くはなかった。彼女は誇り高き魔法使いであり、研究者だ。自分が苦労して生み出した成果を、そう簡単に消させるつもりはなかった」

 イグナルスは、どこか尊敬するような目をしながらそう言った。だが次の瞬間にはその表情が曇り、悲しそうな顔になる。

 「……彼女は、俺を封印することにした。誰も破ることなどできないくらいに、固く。それから弟子たちを皆屋敷から帰らせ、自分だけは屋敷に残り竜国国王の来訪を待った」

 イグナルスは悔しそうに唇を噛み締めて続ける。

 「俺は、ミネルヴァも逃げるべきだと言った。それか、俺も一緒に戦ってミネルヴァを守ると。だが彼女は首を振り、俺を半ば無理矢理封印したんだ。……俺は分かっていた!逃げるか抗うかしなければ、彼女は殺される。自分のことはどうでもよかったが、彼女だけは守りたかった。なのに……!」

 感情が昂って暴れ出しそうな彼を、私はハラハラしながら見守る。彼はお茶を一口啜って自分を落ち着かせると、ふぅっと息を吐いた。

 「俺が封印された後、ミネルヴァはあの男と会って、どんな会話をしたのか。それは分からない。ただあの部屋の様子を見るに、彼女は殺されたのだろう。これが、ことの経緯だ。伝わっただろうか?」

 イグナルスは私たちの方を見て尋ねた。私はコクリと頷くが、リンネは手を胸の前できゅっと握ったまま、反応を示さなかった。

 「……国王は」

 しばらくの沈黙の後で、リンネが震えた声で切り出した。

 「竜国の国王は、またここに来ると思いますか?ご主人様のことを殺そうと、手を出してくることはあるのでしょうか……?」

 その問いにイグナルスは答えず、代わりに私の方を見た。私が答えろということだろう。

 「……たぶん、来るんじゃないかな?」

 私の答えに、リンネは青ざめ、泣きそうな顔をする。そんな彼女を安心させるように、私は笑ってこう続けた。

 「でも大丈夫!あなたのことは、私が必ず守るよ。リンネだけじゃない。オリヴィエもおじいちゃんもおばあちゃんも。あとはイグナルスと、フィデリスも守らなきゃね」

 「ご主人様……」

 リンネは私の言葉に嬉しそうな、しかしどこか困ったような表情を浮かべた。イグナルスも、「はぁ……」とため息を吐いていた。

 なぜ?と首を傾げる私を、イグナルスは睨みながら言った。

 「貴様は本っ当にミネルヴァにそっくりだな。何故そこに自分をいれない。何故自分を守ろうとは思えないのだ!」

 イグナルスの言葉に、リンネも激しく同意、というように首を縦に振った。

 「あ、確かに……。うん、大丈夫。自分も守るから」

 私は慌てて付け加えるようにそう言った。それに、二人はそれぞれホッとした様子を見せる。

 「そうしてくれ。お前の仲間たちは皆、お前がいなくなったら悲しむはずだ」

 それは、自分の経験談なのだろう。大切な人が、自分を守るためにいなくなってしまったことを経験したイグナルスの。

 やっぱり私にとっては、自分より周りの方が大事なんだけど……。みんなを悲しませるわけにもいかないからね。

 「ところで、なんであなたはあんなに怒ってたのかについてはまだ聞けてないんだけど……」

 「ああ、そのことか?」

 私が尋ねると、イグナルスは思い出したような反応をした後、簡潔に説明してくれた。

 「封印されると、封印された対象のものは時が止まったような感覚になる。俺の場合、封印される直前がミネルヴァとの口論なのでな。彼女が自己犠牲を選んだことが許せない怒りがそのまま時を越えて、貴様にぶつけられただけだ」

 それを聞いて、私の中にはやり場のない怒りが湧き上がってきた。

 ……完全にとばっちりじゃん!

 「すまないな」とイグナルスは謝ってくれたが、彼は悪くはないと思う。なら封印を解いてしまった私が悪いのかというと違う気がする。

 ……魔法使いさんだよね、悪いの!?いやでも、あの人にはあの人の事情があったし、そもそもの原因を作ったのは……。

 考えを巡らせた私は、ついに怒りをぶつける先を見つけて勢いよく椅子から立ち上がる。

 「竜国の国王めー!!」

 突然そう叫んだ私に、二人はギョッとした後、堪えきれなくなったように笑った。

 「確かにそうですね。悪いのはその人かもしれません!」

 「ああ、そうだな。全部あいつのせいだ。全く、許せないな」

 そんな話の割に私たちは笑い合っていた。

 イグナルスとの距離を縮めることができたような気がして、私は嬉しかった。

 初めはどうなることかと思ったが、案外上手くやっていけそうだ。私はそう思いながら、二人に笑顔を向けた。


 「じゃあ、片付けてきますね。二人も一緒に下に行きますか?」

 「あ、そうだね。じゃあ……」

 ティーポットとカップを持ったリンネにそう誘われて、返事をしかけた私の言葉を、イグナルスが遮る。

 「待て。貴様に話がある」

 はて?と首を傾げている私に、リンネは言った。

 「そうなのですね。ではあたしは先に戻ります」

 そう言って立ち去ったリンネを、私とイグナルスは見送る。

 「それで、話って?」

 二人きりになった部屋で、私はイグナルスに尋ねる。

 「単刀直入に聞こう。貴様、ミネルヴァの遺体の在処を知っているか?」

 その問いに、私は反射的に首を振った後で、ハッとした。

 「……見てない。知らない。私がこの屋敷に初めて入った時、もう数十年は手入れされてない様子だった」

 「やはりか。……ミネルヴァは魔法を極めた存在だったため、他の人間よりも長生きしていた。故に、親類は皆彼女より先に他界しているのだ。遠い血縁の者が彼女の遺体を引き取った可能性がないわけではない。だがもしかしたら……」

 イグナルスが考えていることがなんとなく分かってしまって、私は血の気が引いていくような感覚がした。

 「竜国の科学技術や魔法は、それなりに発展している。以前亡くなった竜を再び蘇らせ傀儡と化すことに成功したという話に、ミネルヴァが関心を持っていたことを覚えている。……ミズキ」

 イグナルスが言わんとしていることを察して怖くなっている私に、彼は真剣な目で言った。

 「気をつけろ。竜国がいつ、どんな手段を使ってこちらを襲ってくるか分からないぞ」

 その警告を、私はしっかりと胸に刻み、頷いた。

いつもより長いです。でも、これでイグナルスとのお話も一段落です。

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