屋敷の案内
まず初めに私たちは屋敷を出て、他の“家族″たちを迎えに行った。
「みんな〜、お待たせ〜」
私はそう叫びながらみんなに近づく。
それに気づいたリンネはパッと嬉しそうに顔を上げ、その後で私の隣にいる謎の少年に驚いた。他のみんなも同様だ。みんな不思議そうにイグナルスを見ている。
「その少年は一体……」
オリヴィエが顎に手を当てて考え込むようにしながら呟く。リンネはイグナルスのことをしばらく観察した後、思いついたようにこう言った。
「あっ、もしかして、この子が封印されていたんですか!?」
「冴えてるね、リンネ」
私は「だからこの子ではない!もっと敬うんだ!」と地団駄を踏むイグナルスを宥めながら、リンネに親指を立てる。
「どうしてこんな子供が……?」
ノーラはおっとりと首を傾げながら、イグナルスのことを心配そうに見つめる。
「かわいそうじゃのぉ……。ほれ、これをあげよう」
ジークも同じような目をイグナルスに向けながら、どこからともなく取り出した飴を彼に渡す。
「俺を憐れむとは一体何様のつもりだ。……それはなんだ?食い物か?うまいのか?」
イグナルスは憎まれ口を叩きながらも、飴に興味津々のようだ。ジークから受け取った飴の袋を取って、口に放り込む。そして、パッと嬉しそうな表情を見せた。
「おぉ!これはいい!ミズキ、これから毎日俺にこれを献上するんだ!」
「献上……?」
イグナルスのその言葉に、場の空気が少し不穏なものに変わった。
リンネやジークとノーラの夫婦は、ただキョトンとしているだけだ。ただ、オリヴィエは明らかに胡乱な目でイグナルスを見ていた。フィデリスも同じように彼を睨んでいる。
まあ、自分の仕えてる存在に突然上から目線にものを言う人が現れたらビックリしちゃうよね。
本当にイグナルスはみんなとうまくやれるだろうか。不安になりながら私はみんなを宥める。
「えっと、イグナルスは長いこと封印されてたから、世間知らずっていうか……。それにみんなと違って私に仕えてくれることになったわけじゃないの。だから、こういう態度を取っちゃうことも許してあげて」
私はみんなにそう説明した後、イグナルスの方に向き直る。
「……イグナルス。献上とは言わないんだよ。あなたはこの屋敷ではみんなと対等だからね。飴ちゃんはおやつとしてあげるから、ね?」
「……ふむ、分かった。貴様の言う通りにしよう。飴?がもらえるならば異論はない」
イグナルスはそう答えた。なんとか丸く収められたようでホッとする。
「それじゃあ、まず彼に屋敷を案内してあげようと思うんだ。みんなはこれからどうする?」
私が尋ねると、まずリンネが手を挙げた。
「はいはい!あたしはご主人様についていきたいです!……いいですか?」
リンネがイグナルスの前にしゃがみ込んで、彼の意見を聞く。彼は「いいだろう」と未だ改まらない尊大な態度で返事をした。私もリンネに頷く。
「ならわたしは、お料理を作って待ってるわね。みんな、お腹が空いているんじゃない?」
ノーラはそう言った。確かに結構頑張ったから、何か食べたい気分ではある。
「飴がいい!」
「飴はご飯じゃないよ。じゃあお願いね、おばあちゃん」
イグナルスにそう言い聞かせながら、私はノーラにそう頼んだ。
「儂は少しロビーで休む。その子の部屋が決まったら呼んどくれ。作業に取り掛かるからの」
ジークは少し疲れた様子で言った。ずっと外で待機していたからだろう。
「うん、休んでて。フィデリスとオリヴィエはどうする?」
私は残る二人にそう尋ねた。
「僕はジークと共に少し休ませてもらいます。彼の部屋が決まったら、一緒に掃除することになると思うので」
オリヴィエはすぐにそう答えた。一方でフィデリスは、なかなか答えが出ないようだ。
「……我は、帰ろう」
しばらくしてから、彼は静かにそう言った。
そのまますぐに立ち去ろうとした彼を、私は慌てて呼び止める。
「あっ、待って!」
咄嗟に彼の手を掴んで、私は言った。それに、フィデリスは振り返る。
「今日はありがとう、手伝ってくれて。あなたがいてくれて助かった」
私が感謝を伝えると、フィデリスは一瞬驚いたような表情をした後、ホッとしたような顔をした。
「……そうか。また何かあったら我を頼ってくれていい」
そう言いながら、彼は滅多に見せてくれない微笑みを僅かに浮かべた。
そして少し私と距離を詰めると、耳元に顔を寄せてこう言った。
「待ってる」
その短い一言を伝え終えると、彼はそのままくるりとこちらに背を向け、いつもの洞窟へと帰っていった。
その場に残された私は、後ろからのいくつもの視線に気づくことなく、しばらくそのままポカンとしていた。その後で我に帰った私は、一気に顔を赤くした。
「……おい、お前。あの二人はどういう関係なんだ?恋人か?まさか、夫婦か?」
「……いえ、ただの仲間だそうです」
「嘘だろ!?」
すぐ後ろにいる二人の小さな声の会話も全く耳に入ることなく、しばらく真っ赤な顔で立ち尽くした後、私は突然耐えきれなくなって、その場にしゃがみ込む。
「……いい加減、進展しないもんですかね」
少し離れたところで、オリヴィエが呆れ気味にそう呟いた。
「……コホン。気を取り直して、案内を始めるね」
私はわざとらしく咳払いをしてから、そう言った。
しゃがみ込んでから再び立ち上がれるようになるまで、一分くらいかかった。待たせてしまった二人には申し訳ない。
「ご主人様、休んでいてもいいのですよ?あたしが代わりに案内しましょうか?」
「そういうわけにはいかないよ……。私が一応この家の主だもん」
そうリンネに言ってから、ハッとした。イグナルスの中では、魔法使いさんがこの家の主のはずだ。彼が混乱してしまうかもしれない。
そう思ったが、イグナルスは冷静だった。
「そうなのだな」
彼は淡々と呟いた。その後で、私を睨みながら言った。
「早く案内を始めろ。もう待てん」
「あ、ごめん。じゃあ、まず……」
私はリンネとイグラルスを連れて屋敷の門をくぐる。そして、バッと手を広げながら、目の前に広がる広大な敷地を示して言った。
「ここが、屋敷の庭。主に薬草とかを育てるのに使ってる。屋敷の裏までぐるっとあるから、結構広いんだよ」
「ああ、ミネルヴァもそのように使っていた。……しかし、あのような椅子や机はなかったはずだが」
イグナルスはガーデンチェアを指差しながら言った。前にリンネとオリヴィエが封印についておしゃべりしていた時に座っていた場所だ。その間にはパラソルのついたテーブルもある。
「あれはお庭で休憩したり、お茶をしたりする時に使うんですよ。ジークおじいちゃんが作ってくれたんです」
「ジーク?」
リンネの説明に、イグナルスが首を傾げる。
「あっ、そういえば、まだ他のみんなの自己紹介はしてなかったね。ロビーに入ろうか。おばあちゃん以外はあそこにいるはずだから」
そう言って、私たちは屋敷の中に入る。庭は今後好きな時に見れるわけだし、今あまり見て回れなくても問題はないだろう。
「……ああ、よかった。二人ともいるね。おばあちゃんはもう食堂?」
私はロビーにいる二人に尋ねる。
「ばあさんはもう行ってしまったぞ」
ジークがそう答えた。私は少し残念に思いながら、とりあえず今この場にいる人たちの間だけでも、一気に自己紹介をしてもらうことにした。
「まだみんな、お互いの名前を知らないでしょ?……あ、新しい”家族″のことね。みんな、自己紹介してくれる?」
こういう話になった時、いつも真っ先に口を開くのはリンネだ。
「はい!あたしはリンネです!ご主人様……ミズキ様の身の回りのお世話を担当しています!」
彼女の自己紹介に、イグナルスは頷いた。
「僕はオリヴィエ。主にリンネの仕事のサポートとして、屋敷の清掃などを担当しています」
イグナルスはまた頷いた。しかし、オリヴィエの姿をまじまじと見た後、少し驚いたようだった。
「それで、儂がジークじゃ。さっき儂の隣にいたのは嫁のノーラ。儂はミズキ様専属の職人として、家具や武器を作っておる」
「ほお、それはすごいな。それにしても……」
イグナルスはそう口にした後、”家族″たちを順番に見回した。
「猫耳族、エルフ、ドワーフ、そして人間。随分バラバラな種族だな。どうしてこんな者たちと暮らしているのだ?」
彼は私にそう尋ねた。
「それはまぁ、成り行きで……」
私は曖昧にそう返した。
「……次は俺の番だな。イグナルス。ミネルヴァによって造られた竜で、彼女がこの世に残した最後の遺物だ」
私はその言葉を聞いて、あることに気づいた。
……あ、彼はもう知ってるんだ。ミネルヴァさんが、この世にはもういないこと。
そうでなければ、最後の遺物などという言葉は出てこない。彼が、この言葉の意味を理解していればの話だが。
「竜!?」
リンネの驚いた声に私はハッとする。
「造られたって、一体どういう……。ミズキはまた変わった者を連れてきましたね」
「ミズキ様にはそういう者を引き寄せる何かがあるのかもしれんのぉ」
オリヴィエとジークもそれぞれそのようなことを言った。
「だがあいつ……フィデリスも竜だろう?」
イグナルスは不思議そうに尋ねた。
「そうですね。だから彼も変わり者です。この屋敷は変わり者だらけなんですよ」
オリヴィエがそう答えた。ごもっともだ。私含め、ここには変わり者ばかりが集まっている。
「まあだからこそ、ありのままでいられるんじゃないかとも思うんだ。イグナルスも、ここでは自分らしくいていいんだよ。ま、あんまり傲慢すぎる態度は改めないとだけどね」
私はイグナルスにそう伝えた後、また手を広げて言った。
「さて、ここがロビーだよ。本来は客人を迎えたりするのに使うはずだけど、ここに来る客なんていないから、今はみんなの休憩場所。暖炉があったり、椅子とテーブルがあったり、少ないけどボードゲームもあるの」
庭でも魔法使いさんのいた頃の話が少し出ていたから、もしかしたら説明するまでもなく彼はこの屋敷の構造を知っているかもしれないとも思った。けれどやっぱり当時とは異なる部分もあるだろうし、彼を案内してあげたいと思うのだ。
「ボードゲームは私が街で買ったものだし、前はなかったんじゃない?」
「そうだな。ぼーどげーむとはなんだ?」
首を傾げるイグナルスに、「今度みんなで遊ぼう」と言って、私は次の場所へ案内する。
「ロビーから右の廊下の方には、私とリンネの部屋があるの。で、左側にはオリヴィエとジークとノーラの部屋があるんだ。あとは二階にも部屋がまだまだ余ってるし……。自分の部屋にしたい場所を選んでおいてね」
その言葉にイグナルスが頷いたのを確認すると、私たちは次の目的地、食堂へと向かった。
「おばあちゃ〜ん」
「あら?まだお料理はできてないのよ。ごめんなさいね」
私たちが食堂へと入った頃、ノーラはまだ料理中だった。
「忙しいかな?自己紹介をしておきたかったんだけど」
私がそう言うと、ノーラは「少し待っていてもらえるかしら?もうちょっとで手が空くのよ」と返してきた。
私は邪魔にならないようにしながらイグナルスに食堂を紹介して、彼女を待つことにした。
「ここは食堂。主にノーラの仕事場。ここはあまり手をつけてないから、あなたが知っている頃と変わらないと思う」
「そのようだな」
そんな風にしているうちに、ノーラの作業が一段落着いたようだ。
「お待たせしました。それで、自己紹介をするんだったわね」
ノーラはそう言うと、イグナルスの方へとやってくる。
「わたしはノーラ。ミズキ様の料理人よ。あなたのお名前も聞かせてくれるかしら?」
「イグナルスだ。ミネルヴァによって造られた竜で、彼女がこの世に残した最後の遺物」
ノーラの自己紹介に、イグナルスはさっきと同じような自己紹介で返した。
「竜……、最後の遺物……。どうやらあなたもいろいろあるみたいねぇ」
ノーラはそう言いながら、イグナルスの頭をポンポンと撫でた。気性の荒いイグナルスのことだから、子供扱いするなと怒るのではないかと心配したが、意外にも彼は大人しかった。
おじいちゃんにもらった飴も気に入ってたし、このままいったら彼、おじいちゃんっ子でおばあちゃんっ子になりそうだな。
悪いことではないだろう。彼にとって居心地がいいと思える相手が、“家族″の中にいてくれればいいなと思った。
四十話目です。
屋敷の紹介みたいなのは始めの方に一度やっているのですが、あの頃のがらんとした様子とはまた違っているので楽しんでもらえれば。




