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主のいない屋敷

 魔法を学ぶなら魔力がないとダメで、魔力があるのは貴族だけとか。または、魔法を学ぶには学校に通う必要があるけど、そこに通うためには厳しい試験を突破する必要があるとか。

 そんな可能性を考えていた私には、まさかいきなり魔法使いを紹介してもらえるなんて、すごい幸運だと思えた。

 こんなにうまくいくなんて、それこそ何かの罠なのでは?と思うくらいだったから……こんな状況になっても、別に落ち込んだりはしない。むしろ、想定内といったところだ。

 まぁ、その内容は別として。

 「すまない。まさか、そんな……」

 それより、今私がしなければならないのは、目の前の彼を慰めることだろう。

 「私のことは気にしないでください。お辛いのはあなたの方だと思いますし……」

 目の前の彼、フィデリスは竜だ。いや、人の姿になれるのだから、竜人と呼ぶべきなのかもしれない。見た目は竜というよりドラゴンに近い気がするが、ドラゴン人はおかしいのでとりあえず竜人ということにしておこうと思う。

 竜はとても長生きする種族で、その寿命は数千年に及ぶ。対して、彼が紹介しようとしてくれていた魔法使いは元々普通の人間だったらしく、それが魔女として寿命を伸ばしていたとしても、竜のそれに及ばないのは当然のこと。

 「……最後にお会いしたのはいつだったんですか?」

 私は庭にあったボロボロの椅子に座ったフィデリスの背をさすりながら、彼に尋ねる。

 「五十年ほど前だった気がする」

 五十か〜。そりゃキツイわ〜。

 落ち込んだ様子で言った彼の答えに、私は内心で頭を抱える。

 寿命が長いものと短いものでは時間の感じ方が違うのもお決まりだろう。おそらく彼にとっては、私のような普通の人間からする一年前くらいにあった感覚なのかもしれない。元々、共に暮らしたり毎日会うように仲良し、というわけではなかったようなので、そのくらいでも納得だ。

 彼が連れてきてくれた屋敷の主は、すでにこの世を去っていた。屋敷には広大な庭が広がっているが、もうほとんどの植物が枯れている。フィデリスのいっていた魔法使いが亡くなったのは、もう何年前のことだろうか。

 当然、魔法を学ぶ機会が絶たれたとはいえ、会ったことのない人物が亡くなっていた事実を知っただけの私より、知り合いが知らぬ間にこの世を去っていたことを知った彼の方が、ショックは大きいだろう。元々白い肌がさらに蒼白になり、頭を抱える彼を見て、私はまた彼の背をさする。

 「ミネルヴァ……」

 フィデリスはそう呟いた。きっと、今は亡き魔法使いのお名前だろう。

 私は彼の背をさすったり、トントンと優しく叩いたりしながら、彼が少しでも元気を取り戻せるのを待った。

 しかし、ここは誘惑が多すぎる。オカルト少女の血が騒いでいる。この屋敷は、絶対面白いもので溢れている。

 私はまず、庭を見て回りたい衝動に駆られた。まだ残っている植物はあるだろうか。ここに植えられていた植物で、魔法薬なんかを調合していたのだろうか……。

 ……ダメダメ。知り合いが亡くなった彼の前で、庭を見て回るなんてよくないわ。それに私だったら、テンション上がってそのまま踊っちゃうかもしれないし。

 だが次に、屋敷を見上げると、今度は屋敷の中を見て回りたくなってきてしまった。この屋敷の中に、きっと錬金台や調合用のでっかい鍋があるのだろう。それに加えてたくさんの魔法が載った本なんかも……。

 …‥ダメダメ。主のいない家に勝手に入るなんて。不法侵入よ。う〜ん、でも気になる……。

 そんなことを考えているうちに、それが外にも漏れていたのかもしれない。フィデリスは「気になる」と「ダメダメ」の間で揺れ、百面相をしている私に気づき、声をかけてきた。

 「……屋敷の中を、見てみるか?」

 「へ?」

 私は間抜けな声を出す。そして、どうやら気づかれてしまっていたことに恥ずかしさを覚える。

 「でも、勝手に入るのはよくないですよね?それに、あなたは今落ち込んでいるのに……」

 私がそう言うと、彼はふるりと頭を振った。

 「問題ないだろう。彼女は魔法を学びたいものにはその知識の共有を惜しまない人物だったからな。実際、生前は何人もの弟子を取っていた。まあ、誰も彼も長続きしなかったようだったが」

 「そう、ですか?じゃあ……」

 「ああ。其方は魔法を学びたいのだろう?まぁ、師となるものがいなければ、習得は困難かもしれないが……」

 私も同感だ。果たして、教えてくれる人がいない中で、私が魔法を使えるようになるだろうか。

 ……いやそもそも、魔法使えるのかな?私に魔力とかあるのかな?なかったら無理なのかな?う〜ん、不安になってきた……。

 まあでも、魔法の呪文とかがたっくさん載った本、つまり魔導書なんかが見れたら、私嬉しいなぁ。それだけで、この世界にこれて幸せ!って思えるよ。

 そんな期待に胸を膨らませながら、私は屋敷の中に入った。後ろからはフィデリスもついてくる。

 しかし、ギギっと屋敷の扉を開いて中に入るなり、私は思わず声を出してしまった。

 「わーお……」

 そのなんともいえない複雑な感情が入り混じった声が、誰もいない屋敷に響き渡る。

 「……」

 フィデリスも、この屋敷の惨状には言葉を失っていた。

 汚い。そりゃ屋敷の主が亡くなって何年も経ってたとしたら、当たり前だけど。

 辺り一面埃と煤だらけ。至る所に蜘蛛の巣が見える。長いこと、誰も掃除していないのが目に見えていた。

 屋敷の形は立派に保たれているのに、誰もきてないんだな。遺族とか、来ないのかな。せっかくの立派なお屋敷なのに勿体無い。

 そんなことを思ったが、私がこの世界に来た時初めて訪れた場所から、この屋敷に至るまでのルートを思い返して、なんとなく理由に察しがついた気がした。

 ……もしかしなくてもここ、森の奥とかじゃない?人には全く会わなかったし、いたのは獣か魔物かもしれない奴らと、あと後ろの竜人様だけだったし。

 少なくともここは、滅多に人の訪れる場所ではないのだろう。

 しかしこんな汚い家に入って魔導書なんかが探せるだろうか。

 ……そもそも日本人は潔癖なのよ!こんな汚い家、ほっとけるわけがないわ!

 私は決心して、後ろの彼を振り返る。彼は突然振り返り、しかもその目に固い決意を宿す私をに驚いていた。そんな彼に向けて、私は言った。

 「掃除します」

 「……は?」

 「この屋敷を、掃除しようと思います。いいでしょうか?」

 そう言った私を、ますます理解不能という顔で彼は見てくる。

 「こんな汚れた屋敷では、私の求めているものは探せないと思うのです!それに掃除していれば、もしかしたら魔法使いさんの遺品なんかも見つけられるかもしれません!」

 後半の言葉を聞いて、彼は何かを察したようだった。私はそのまま続ける。

 「……なので掃除を、手伝っていただけませんか?」

 フィデリスは、やはりか、と言う顔をした。私は、やっぱり竜人様にこんなことを頼むのは失礼かな〜、と思いつつも、やっぱりこの大きな屋敷を一人で掃除する気にはなれなかった。

 断られるかな、と思っていたが、彼から帰ってきた言葉は意外だった。

 「分かった。何をすればいい」

 「ほ、ホントですか!?」

 私は驚いて聞き返す。彼はそれに頷いた。

 「じゃ、じゃあ、まずはこの部屋を魔法でぱぱーっと!」

 「すまない。それは無理だ」

 私は期待に胸を高鳴らせて彼にお願いしたが、どうやら彼には不可能だったらしい。そもそもそんな魔法がない、という可能性もあるが。

 「……じゃあ、まずは水を持ってきましょう。それから雑巾」

 私はそう言ってからハッと思い出し、フィデリスに尋ねる。

 「……水ってこの世界にあります?」

 「それは流石にあるな」

 

 水を井戸から汲んでくると、まずは入ってすぐにある、ロビーというのだろうか、そこから掃除を始めた。

 井戸から水を汲む、というのをしたことがなかったので、フィデリスについてきてもらい、ついでに庭に落ちていた薄汚れた布を雑巾として持ってきた。

 そして私が床の雑巾掛けをしている間、フィデリスは家具を丸ごと水で包む魔法を使って、家具の丸洗いを行っていた。その魔法を使って一気に屋敷を綺麗にできないのか聞いてみたところ、範囲が広いと調整が難しく、最悪屋敷を壊してしまうらしい。そんなに大規模なことはできない、という理由でないところがなんだか偉大な竜らしい。

 それから、蜘蛛の巣が怖くて掃除できないという私にかわって、彼が蜘蛛の巣を払ってくれた。また、窓の高いところを拭こうにも届かない私にかわって、高いところの掃除もやってくれた。

 ……なんか私、逆に足手纏いだったりする?

 

 その調子で一階の部屋の掃除を行なった。数は多いが一つ一つの広さはロビーに比べて狭いのと、客室なのか大して家具が置かれていなかったため、フィデリスとの協力ですぐに終わった。

 問題は一階の部屋の最後、食堂だった。

 広いうえに物が多い。さらに虫が湧いていたりネズミがいたりと、潔癖な日本人であり虫嫌いの少女としては、かなりキツイ世界だった。

 魔法使いになったら、手始めに虫除けのバリアを家に張りたい。

 そんなことを思いながら、結局虫とネズミの駆除はフィデリスにお任せした。私は竜に何をやらせているのだろうか。そして、なんでフィデリスはやってくれるのだろうか。スパダリ?

 代わりに私は拭き掃除に専念した。自分のやれることだけでも、精一杯やろうという精神だ。

 しかし、こびりついたカビやサビは落とし方が分からなかった。重曹なんかで綺麗にするのかな?と思っても、この世界の重曹が見当たらないのだ。

 とりあえず、できるだけの食堂の掃除を終えた頃、私のお腹は空腹を訴えた。

 「お腹減った……」

 イケメンの目の前でお腹がなることに構う余裕もなかった。そもそも、彼がそういうのを気にする人でないことは、もう分かっている。

 「ちょっと庭に行ってみましょう。何か食べられるものがあるかも」

 私がそう言うと、フィデリスはコクリと頷いて、一緒に庭までついてきてくれた。

 庭へ向かうと、そこにはいろんな種類のハーブや野菜が植えられていた。じっくりみたいのを我慢して、食べられそうな、見覚えのある植物を探していく。

 「これ、ニンジン?」

 「キルッシュだな」

 「これはジャガイモ!」

 「ハルフェンという」

 私の言葉にいちいち反応して、彼はこの世界での名称を教えてくれる。

 念の為彼に、これらを勝手に食べてしまっても大丈夫かを聞いてから、いくつかの野菜を収穫して持ち帰り食堂に戻る。

 「じゃあ、私が何か作りますね」

 私は比較的綺麗な鍋を見つけ出してキッチンに立ち、そう言った。

 「其方、料理はできるのか?」

 「はい、多分大丈夫です」

 フィデリスの質問に私はそう答えた。その時、私は失念していた。ここが未知の異世界であることと、小学生の頃の家庭科の調理実習の時、卵を目も当てられないほど黒焦げに焦がしたことを。

前話から過去編になっています。ミズキが転移してきたのが一年前という設定上、こういう過去編がちょこちょこ入る予定です。

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