封印の先には
次の日は、ある程度早く目が覚めた。
リンネが起こしに来るより早かったので、先に自分で着替えをしていたら、後から来たリンネに驚かれた。そしてその後、「あたしの仕事を取っちゃダメです!」と言われた。次からは朝早く目が覚めても、大人しく待っていた方がよさそうだ。
「そうだ。フィデリス様がいらしていますよ」
私の髪を梳かそうとくしに手を伸ばしていたリンネが、ふとそう言った。私はそれに思わず立ち上がる。
「え!?こんな朝から?」
そう言いながら、昨日自分が特に時間を伝えていなかったことを思い出す。
ああ〜、いつくればいいか分かんないから、早朝に来てくれたんだ。申し訳ない……。
謝ることがまた一つ増えたな、と思いながら部屋を出ようとした私を、リンネが引き留める。
「あっ、ま、待ってください!まだ髪梳かしてないですよ!」
「でも、早くフィデリスのところに行った方が……」
私はそう言ったが、リンネは首を振った。
「髪ボサボサのまま会うんですか?」
「うっ……」
私はリンネの言葉に小さく呻いてから、大人しく椅子に座り直した。
優しく髪を梳いてくれるリンネに、私は尋ねる。
「……ねぇ、目元腫れてない?」
私にそう尋ねられたリンネは、一度私の顔を覗き込んでから答える。
「平気ですよ」
「よかった……」
そんな会話をしているうちに、リンネは私の髪を整え終わったようだ。髪を梳かした後、サイドに三つ編みをし、そこにいつものようにリボンを付ける。
「終わりました!行きましょうか」
先に出口の方に向かったリンネが、ドアを開けてくれる。私はそこを通ってロビーの方へと向かった。
えっと、何を言えばいいんだっけ。まずは普通に挨拶して、その後昨日のことを謝って……。あっ、でもこんな早くに来てもらっちゃったことの感謝と謝罪も必要なんだった。う〜んと……。
昨日寝る前に考えた会話の流れを一生懸命思い出し、そこに新たなセリフも追加していく。
しかし、それらはいざという時になれば、あっという間に頭の中から抜けていくものである。
ロビーの椅子に腰掛けるフィデリスの姿を見た頃には、すでに頭の中は真っ白だった。そのまま足だけが意思を持ったように前に進み、彼の元へと私を連れていく。
彼が振り返り、私の方を見た。
……何を言えばいいんだっけ。
そう思い、口を開こうにも開けなくなっていた私の耳に、声が届く。
「おはよう」
フィデリスの挨拶はいつも通りで、私の緊張を少しずつ解いていってくれた。
「お、おはよう。……その、昨日はごめん」
挨拶を返した後、そう謝れば、その後の言葉も自然と口から出てきてくれた。
「あなたが嫌だった訳じゃなかったの。むしろ嬉しかったんだけど、ちょっと恥ずかしくなっちゃって。あんな風に手を叩いちゃってごめんね……。あと、時間を伝えなかったことも」
昨日の夜に考えたスマートな謝罪とは程遠くなってしまったが、伝えたいことは伝えられた。
私は少し俯いていた顔を上げ、フィデリスを見る。
彼は少し驚いていたようだった。その後フッと力が抜けたようになって、僅かに微笑む。
「……嫌われてしまったのではないかと、心配した」
「そ、それは私の方こそ!あなたにあんな酷いことしちゃって、嫌われちゃったかもって心配になったよ……」
私がそう言うと、彼は「あんなこと、我の今まで経験してきたことに比べれば、酷いことには入らない」と返してくれた。フォローなのかなんなのかよく分からない。思わず呆れてしまった私は、ブンブンと首を振る。
たぶん私を元気づけるために言ってくれたんだから、そんなこと思ったらダメだよ、自分。
「……大丈夫か?」
フィデリスに声をかけられた私は、慌てて返す。
「大丈夫!……よかった、あなたと仲直りできて」
私が笑うと、彼はキョトンと首を傾げる。
「喧嘩だったのか、昨日のは」
「え?いや、ちょっと違うかもしれないけど……」
私も釣られて首を傾げていると、ずっと少し離れた場所から見ていたリンネが声をかけてきた。
「あの……、お話は終わりましたか?」
彼女のことをすっかり忘れていた私は、ついビックリする。今までの会話が全部聞かれていたことに恥ずかしさを覚えながら、私は彼女に頷いた。
「では、朝食を食べに行きましょう」
リンネは私たちの会話には特に何も言わず歩き始めた。彼女なりの気遣いだろう。冷やかしたりしてこないことに優しさを感じた。この場にいたのがオリヴィエだったらまた違っていただろう。
「フィデリスも食べる?」
私の問いかけに彼は頷いた。
「じゃ、行こっか。いっぱい食べて元気蓄えとかないと。何が出てくるか分からないからね」
私は封印のことを考えながらそう言った。フィデリスはもう一度私に頷く。
そんな彼と並んで歩きながら、私たちは食堂へ向かった。
いつもより多めに食べた朝食を終えると、まずみんなを外へと連れていった。
「僕も屋敷の中に残りましょうか?」
私やフィデリスに次いで魔法が得意なオリヴィエがそう言ってくれたが、私は首を振った。
「ううん、大丈夫。それよりは、万が一の時に他のみんなを守ってあげて欲しいな」
「かしこまりました」
リンネやジークやノーラは、いざという時に自分で身を守れるかどうか分からない。やっぱりそんな彼らを守ってくれる人に、側についていてもらった方が安心だ。
私の方は、フィデリスもついてるし大丈夫でしょ。
「どこまで離れてもらってれば安心かな……」
私は次に、他の“家族″たちにどこで待っていてもらうかについて考え込む。
庭よりは離れた場所の方がいいだろう。かといって遠すぎてもそれはそれで心配だ。
「それはこちらで決めておくので大丈夫です。ほら、さっさと行ってきた方がいいのでは?日が暮れますよ」
う〜ん、と考え込んでいた私に、オリヴィエがそう言った。日が暮れるとは大袈裟だが、彼が考えてくれるならそれで大丈夫な気がする。
「分かった。じゃあね、みんな。気をつけてよ」
”家族″たちはオリヴィエに任せて、私は屋敷の中に戻る。
「ご主人様も、気をつけてくださいね!」
リンネがそう言いながら大きく手を振ってくる。こちらも大袈裟だな、と思いながら、私も手を振り返した。
「……フィデリス様、どうかリンネ様をお願いしますね」
ノーラがフィデリスに向けてそう言った。彼はそれに頷く。
「ああ、任せてくれ」
そう答えると、彼は身を翻して私の後を追いかけた。
「……あ、ちょっと今部屋散らかってるかも」
研究部屋に入る直前に、私はふと思い出してそう口にした。
「別に我は気にしない」
「でもちょっと恥ずかしいな……」
こうなるんだったら、常に綺麗にしておくべきだったな、と反省する。
部屋に入ると、まず私は床に散らばっている資料や本を集めていく。集めたらまとめて積み上げ、部屋の隅に寄せる。
「うん、こんなもんかな。ここで戦ったらどうせ散らかるんだし」
パンパンと手を叩きながら私は言った。それから横にいるフィデリスのことを思い出して、慌てて言い直す。
「あっ、いつもはもっとちゃんと片付けてるから!今日が特別なだけ!」
まあどちらかといえばちゃんと片付ける時の方が特別と言えるが、そういう時もあることは確かだから全部が嘘なわけではない。
フィデリスは「そうか」と小さく返事をした。その表情には若干呆れが混じっているように見えるので、おそらく信じていないか、どうでもいいと思っているかのどちらかだろう。
「とにかく!始めよう!」
私は強引に話題を切り替え、部屋の奥へ向かう。
壁に手を滑らせて手触りが違う箇所を探す。そして、見つけた!と思った場所をグッと押した。
すると壁が変形していき、その先に一つの扉が現れる。
この扉に、封印が施されているのだ。
試しにドアノブに手をかけ回そうとしてみたが、やはりビクともしない。触れた瞬間電流が流れるとかいう仕様でないだけマシだろう。
「どうやって解くつもりだ?」
フィデリスに尋ねられて、私は少し考えながら答える。
「一応まずは封印を読み取ってそれを解いていく正当法でやってみるけど……無理だったら壊す」
私は扉に手を当てて、そこに刻まれた封印を読み取っていく。
イメージとしては、封印とは紐のようなもので、封印したい箱とかをがんじがらめに縛っているものだ。そしてそれを少しずつ解いていくようにして、封印を解いていく。
これがまともなやり方。そして壊す、とは、箱の中身を壊さないように注意しつつ、紐を切ったり燃やしたりするような感じだ。
こっちの方が早い気もするが、封印の紐は大体とっても頑丈で、そう簡単には切れないことが多い。まあそれも当たり前だ。封印は危険なものを閉じ込めるために使うもので、それが簡単に解けてしまうようでは意味がないのだから。
……それにしても、複雑すぎる。どう解いたらいいの、これ?
そう思いながら、少しずつ封印を解いていくが、だんだんとイライラしてきた。いつまで続くのだろうか。本当にオリヴィエの言っていた通り、日が暮れてしまいそうだ。
あー、もう!と叫びたくなってきた頃、突然封印の向こうから強い力が動くのを感じた。
……あ、ヤバい。ちょっと気抜きすぎたかも。
封印されているものが、向こうからそれを破ろうとしてくるのを感じる。
でも、向こうから出てきてくれるんなら手間が省けていいかも?
そんな間抜けなことを考えているうちに、向こうはどんどん封印を解いて出てこようとしている。
「フィデリス、離れて!」
私は押さえ込むことをやめて後ろに飛び退きながら、フィデリスに声をかける。彼は流石の反射神経で私と共に下がり、扉を見据えた。
「どういう状況だ」
「私がちょっと気を抜いちゃって……。向こうから出てきてくれるみたい」
私は不甲斐ないな、と思いながら言った。フィデリスも少し呆れているようだ。
「かなり強い力を感じるし、たぶん……相当ヤバいのが出てくると思う」
私も自分に呆れながら、乾いた笑いを零していたその時だった。
扉がバンっと音を立てて破られ、反対側の壁まで飛んでいく。私は思わずビクッと体を震わせた。それに気づいたフィデリスが私の側に寄ってきて、抱きしめるように私の正面から背中に腕を回す。
扉の向こうに見える影に、私は目を凝らす。一体どんなものが……と思っていると、今度は研究部屋と封印されていた部屋を仕切っていた壁が壊された。
壁の崩壊に伴って、土煙が舞う。私を守るように包んでくれているフィデリスの腕の上に顔を覗かせ、私は土煙が収まるのを待つ。
ようやく向こうの様子がはっきりと見えるようになり、封印されていたものの姿を確認できるようになった。
その姿を見た私とフィデリスは、揃って息を呑む。
「……え?あれって……」
私は掠れた声でそう呟いた。
フィデリスは私を包む腕にさらに力を込める。
「……竜、だな」
彼は呆気に取られた声で言った。私は、自分の見間違いではなかったことを改めて実感する。
頭に生えた角、大きな翼、巨大な体に、その全身を覆う鱗。
私のよく知る竜はフィデリスなので、白い姿を思い浮かべるが、目の前にいる竜は紫色だった。
「なんでこんなところに竜が?これってつまり、魔法使いさんが……」
「来るぞ」
私の言葉を遮って、フィデリスがこちらに注意を促す。次の瞬間には水の玉がこちらに向かって飛んできていた。
フィデリスのバリアが攻撃を防いでくれる。その光景を見ながら、私は先ほどの言葉の先を口にした。
「竜を封印していた、ってことだよね!?」
信じられない、と思いながら私は目の前の竜を見た。
「ああ」
フィデリスも頷く。
「とりあえず今は、こいつを抑えることが先だ。ミズキ、其方はこいつを殺めることに抵抗はあるか?」
突然そう尋ねられて、私は理解に遅れる。
「……できれば、殺したくはない」
私がそう答えると、フィデリスは「分かった」と答えた。元々予想していた、というように。
「できる限り、生きたまま仕留められるよう努めよう。其方も、理解できないことだらけだろうが、今は戦闘に集中してくれ」
フィデリスの言葉にハッとして、私は頷く。
頭を切り替えてバッと手をかざせば、そこに引き寄せられるように、机に置かれていた魔導書が私の元へと飛んでくる。
開かれた魔導書に手をかざしながら、私はじっと、グルル……と唸り声を上げる目の前の竜を見据えた。
戦いの描写を、もっと上手く書けるようになりたいです……。




