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二人の後悔

 私がドアをコンコンとノックすると、中から「どうぞ」と落ち着いた女性の声が返ってくる。

 「失礼するね。二人とも、ここにいたんだ」

 私がドアを開けて部屋の中に入ると、ノーラは少し驚いた顔で、ジークはにこやかに、私を出迎えてくれた。

 二人を探すためにジークの作業部屋やノーラの持ち場である食堂などを尋ねたが、どこにもいなかった。と思ったらまさか、二人とも部屋で休んでいるとは。

 「珍しいね。二人とも休憩中だなんて」

 私がそう言うと、ノーラはふふっと笑う。

 「そんなことないわ。あなたはいつもお部屋に篭っているから気づかないだけで、私たちもそれなりに暇な時があるのよ」

 「あ、そっか」

 言われてみれば確かに、と私は思う。どうやら自分は、思っているより“家族″たちのことを知らないのかもしれない。

 「それで、どうしたんじゃ?」

 椅子に腰掛けて本を読んでいたジークが、私にそう話の続きを促した。

 「あっ、そうだった。ねえ二人とも、明日って何か予定ある?」

 私が尋ねると、二人は顔を見合わせた後、首を振った。

 「特にこれといった用事はないぞ」

 「ええ。いつも通り、お仕事をするだけですよ」

 二人に予定がないことを確認した私は、自分の明日の予定について二人に話す。

 研究部屋の奥の封印を解こうと思っていること、その際にはみんなに屋敷の外で待っていてもらいたいことを伝える。

 「寒くなってきたし、二人には申し訳ないんだけど……。でもやっぱり、みんなの安全を確保したいって思うの」

 私の言葉に、二人はにっこりして頷いた。

 「あなたの判断なら、私たちに異議はないわよ。ね、じいさん」

 「ああ。それよりも心配なのは君の方じゃ。その、封印?を解いて中から魔物なんかが出てきた時、君はそれと戦うつもりなんじゃろう?」

 ジークの言葉に、ノーラも表情を曇らせる。この二人は長年一緒にいるからなのか、リアクションがよく似ている。笑う時は一緒に笑い、落ち込む時は一緒に落ち込む。

 そんな二人をなんとなく微笑ましく思いながら、私は言った。

 「大丈夫。一人じゃないからね」

 私の言葉に、二人は思い出したようにハッとした後、ホッとした表情を浮かべた。

 そして今度は二人が、私に微笑ましく思うような視線を向けてきた。

 「あの方がいるなら、きっと平気ねぇ」

 「ああ、そうじゃな。なんてったってあの方は、ミズキ様の騎士のような存在だ」

 「き、騎士!?」

 頷きあう二人に、私は素っ頓狂な声を上げる。

 「そうですねぇ。ミズキ様だけを守り続ける。そのようなお方ですわね」

 「ミズキ様の隣に生涯あり続ける覚悟を感じる。……ふむ、まるで儂とノーラのようじゃな!」

 「お、おじいちゃん!?」

 私は真っ赤な顔で、ジークの言葉に両手を顔の前でブンブンと振った。

 「そんなんじゃないよ!それじゃまるで、私とフィデリスが、その……」

 私は顔を手で覆いながら、消え入りそうな声で続きを呟く。

 「恋人とか、ふ、夫婦……みたいじゃない」

 私は言い終えた後、何を考えているんだと恥ずかしくなりながら、指の隙間から二人の様子を覗く。そして叫んだ。

 「そ、そんな温かい目で見ないで!」

 「あら、ごめんなさい。ほらじいさん、あなたのせいでミズキ様が困ってますよ」

 ノーラに嗜められ、ジークは「おお、すまんの……」と謝ってくる。

 実際彼は悪くないので、謝らせてしまったこっちが申し訳ない気分だ。

 私は少し気持ちを落ち着けてから、口を開く。

 「大丈夫。それに、私も……」

 私はそこで少し俯きながら、二人に私の思いを口にしてみた。

 「もし、そうだったらいいなって、思ってるから……」

 ゴニョゴニョとした私の言葉を聞いた二人は、揃って嬉しそうな顔をする。

 「ふふっ、そうなのね〜。ついにミズキ様にも春が来たってことかしら?」

 「何を言っとるんだ、ばあさん?今は秋で、もうすぐ冬じゃぞ?」

 ノーラの後に言ったジークの言葉に、彼女は頭を抱える。それからすぐさまバッと顔を上げ、こちらに期待の眼差しを向けてきた。

 質問責めの恋バナが始まる予感を察知した私は、急いで部屋の出口に近づく。

 「でもっ!やっぱり私には彼を好きになる資格とかそういうのないし絶対釣り合わないし、気持ちに気づいちゃったから仕方ないってなってるだけでこの気持ちを伝えるつもりとかないし、とにかく!」

 私は早口でそう言いながら、ドアをガチャっと開ける。

 部屋を出る直前でもう一度振り返り、私は二人に言った。

 「絶対!誰にも言わないでね!!」

 そう言い残すと、私は廊下を走って屋敷の玄関へと向かった。後ろから「かしこまりました〜」というノーラの返事が聞こえてくる。

 こんな話をしちゃった後に向かうのがフィデリスの場所だなんて……!

 顔を赤くしながら、私は屋敷の扉を開けて外に出る。

 外の涼しい風が私の火照った顔を冷やしてくれるといいな、と思いながら、私はフィデリスのいる洞窟の方へとひたすら走っていった。


 「はぁ、はぁ……」

 元々体力はない方だ。それは、この世界に来ても変わらなかった。

 息を切らしながら、私は洞窟の方へとよろよろした足で向かう。

 だが、冷たい風を受けて多少は顔の火照りも収まったようだ。私は確認するように頬をペチペチと叩いてから、洞窟の中を覗く。

 「フィデリス〜」

 中に声をかける。のこのこ中に入ると大変なことになるのは経験済みなので、向こうからの返事を外で待つ。

 「……ん」

 少しの間の後、中から僅かに声が聞こえた。おそらくは今日もまた、昼寝中に起こすことになってしまったのだろう。申し訳ない。

 「……ああ、ミズキか。どうした」

 洞窟の入り口の方までやって来たフィデリスが、私の姿を見てそう言った。

 「私の研究部屋の奥にある封印のこと、覚えてる?」

 私がそう話を切り出すと、彼は頷いた。

 「……まさか、あの封印を解く気か?」

 彼が一発で言い当てたことに感心しながら、私はそれに頷く。

 「そう。リンネたちとその話をしてたら、気になっちゃってさ。それに、みんなを危険に晒すかもしれないものを、放置しておくわけにはいかないでしょ?」

 私が言うと、フィデリスは「なるほど」と呟いた後、突然私の頭を撫でた。

 「仲間のことを思って行動できるところは、やはり其方の美点だな」

 頭の上の優しい手の感触に、私は一気に顔を赤くする。さらに追い討ちをかけるような彼の言葉に、私は思わず手で顔を覆った。

 「あ、ありがと……」

 なんとか絞り出した声でお礼を言いながら、私は心の中で叫ぶ。

 そういうのホント、意識しちゃうから!誰にでもこんなことしてるわけ!?人たらしにも程があるでしょ!

 私は一度大きく息を吸ってから、話を続ける。

 「それで、あなたに手伝って欲しいの」

 そうは言ったものの、相手の顔を見ることもできない。どう考えても、人に何かをお願いする態度ではない。

 しかし彼はそれを気に留めることはなかったようで、むしろどこか嬉しそうに「分かった」と請け負ってくれた。

 「……ごめんね。最近、いつもこうやって色々お願いしちゃって」

 私が思わず謝ると、彼は下を向いていた私の顔をぐいっと上げさせて言った。

 「問題ない。我は其方に頼られるのは嫌いではないからな。だから、そんなに気を落とさないでくれ」

 フィデリスと目が合う。頬を抑えられているので顔を逸らすことはできない。それなのに、顔は勝手に火照ってしまうのだから困ったものだ。頬に触れた彼の手が、私の気持ちに気づいてしまうかもしれない。

 恥ずかしさとどうしようもなさに口をパクパクさせるしかない私に、彼はなんと、さらに畳み掛けてきた。

 「其方が落ち込んでいると、我の気も沈んでしまう」

 少し表情を曇らせて、彼はそう言った。そんな表情も美しい!と心のどこかでそう思った。他の考えは、どうやらどこかへ吹っ飛んでしまったようだ。

 顔が茹蛸のように赤くなり、耐えきれなくなった私は、彼の手を(はた)いて無理矢理抜け出す。

 何も言わずにこの場を立ち去りたかったが、どうしてもそれは申し訳なくて、「ごめん!」という言葉だけを残して、私は洞窟から立ち去った。

 「み、ミズキ!?」

 後ろからフィデリスの慌てた声が聞こえる。本当に申し訳ない。

 彼は私が嬉しく思える言葉をかけてくれた。決して、嫌だったわけではない。むしろ幸せだった。

 けれどやっぱり今の私は、どうしても恥ずかしさが勝ってしまうようだ。

 「明日、いつ行けば……!」

 フィデリスがそう尋ねてくる声は、私の耳には入らなかった。


 洞窟に取り残されたフィデリスは、座り込んで呟いた。

 「……早朝から行けば、問題ないだろう」

 それから頭に手を当てて考え込む。

 (少し、攻めすぎただろうか)

 ミズキが竜国の第一王子のマーキングを付けられて帰ってきた日から、焦りを感じている。

 この焦りが、何によるものなのかは分からない。ただ彼女が誰かと親しげにしていたり、それこそ誰かに跡を付けられたりなどすれば、心の中にモヤモヤとした何かが浮かんでくるのだ。

 (モヤモヤ……?)

 考えれば考えるほど分からなくなってくる。

 初めはきっと、彼女が数少ない自分の理解者となってくれる存在だったから、それを手放したくないと思っただけだ。彼女は自分にとって、心の拠り所だった。

 だが今は、本当にそれだけだろうか。疑問が浮かんでくるが、答えは返ってこない。

 頼られて嬉しいと思うのも、誰かに取られたくないと思うのも、彼女だけだ。……いや、そもそも他人との交流が乏しいので、はっきりとは言えないが。

 (だがミネルヴァの時はこうではなかったはず。多少似たようなことは思ったが……)

 久々に色々考えたことで、眠気が襲ってくる。

 欠伸を噛み殺しながら、答えを出すのは後回しにして、フィデリスはもう一眠りすることにした。


 「うわぁ〜ん!!」

 屋敷に戻るなり、私はジークとノーラの部屋に駆け込んだ。

 「あらあら、どうしたんですか?フィデリス様のところへ行ったのでしょう?」

 二人は突然入ってきた私を優しく受け入れてくれた。ノーラは私の頭を撫でながら、何があったのか尋ねる。

 「うぅっ、フィデリスは私に優しくしてくれたのに、私っ……」

 込み上げてきた涙を流しながら、嗚咽混じりに二人に話していく。

 「いいこと、言ってくれたのにっ……。私、恥ずかしくなっちゃって……!……うわぁぁん!嫌われちゃったらどうしよう……っ!」

 私の言葉に、二人は顔を見合わせた。そして、少し困った顔で言う。

 「それはないでしょうねぇ」

 「ああ、ないじゃろうな」

 キッパリと言った二人に、私はキョトンとする。

 「……え、なんで?なんでそんな自信満々なの?」

 私が目を瞬いて尋ねると、二人はまた困った顔になって笑った。

 「そうねぇ……。分かるから分かるのよ。不安なら、リンネちゃんやオリヴィエ様にも聞いてみたらいいわよ。きっと二人とも、同じように言うはずよ」

 私はその言葉に首を傾げる。

 ……でもまあ、嫌われないならそれで……。

 私はちょっとホッとして、二人にお礼を言った。

 「……ありがとう。ちょっと元気になった。明日、ちゃんと謝る」

 袖で涙をゴシゴシと拭っていると、ジークがティッシュを持ってきてくれた。

 「きちんと謝るのはいいことじゃ。お二人がちゃんと仲直りできることを、祈っておるぞい」

 「うん。ありがとう、おじいちゃん」

 私は二人に笑いかけると、部屋を出る。

 「目はちゃんと冷やすのよ。腫れたら大変」

 去り際にノーラにそう言われ、私は頷く。

 目を冷やして、明日の準備……。

 私はそんなことを考えながら、自分の部屋へと戻った。

ちょっと恋愛回です。

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