研究部屋の奥の謎
それから、新しく加わった仲間を含め、三人での暮らしが始まった。
フィデリスは一緒には暮らしていないのでカウントに含まれない。いまだに誘っても断られてしまうのだ。一体何が不満なのだろうか。
……あんま好かれてない?
う〜ん、と考え込む私に、ふと誰かが声をかける。
「ミズキ」
「ん?……ああ、オリヴィエ。どうしたの?」
彼のうちでの仕事は主にリンネのサポートとして、屋敷の清掃などを行うことだ。今まではリンネだけでもなんとかなっていたので、特にこれといった彼専用の仕事はなかった。強いて言えば彼は紅茶を淹れるのが上手だったので、紅茶が飲みたい時はいつも彼に頼むようになったくらいだ。
あとは、彼は歴史に詳しかったので、その辺の勉強を教えて欲しいとお願いした。私は早々に彼に自分が別の世界からやってきたことを打ち明けたので、私の知識がほぼゼロでもそれを受け入れ、根気強く教えてくれた。
ただ、フィデリスは不満そうだった。これも一体何が気に食わないのか分からない。オリヴィエにこの世界の歴史を教えて欲しいと頼んだ時、フィデリスは自分がやると申し出てくれたが、彼の知識は偏ってそうなのでお断りした。……もしかしたらそれが理由がだろうか。
それにしても彼は何かとオリヴィエに突っかかる。以前他のエルフと何かあったのかとも思ったが、そうではないらしい。
「……何か悩んでいらっしゃるのですか?」
また考え込んでしまった私に、オリヴィエが再び声をかけた。彼のことを一瞬忘れてしまった私は、「ごめん」と謝った後で彼に尋ねる。
「オリヴィエは、なんでフィデリスがあんなにあなたに対して何かと突っかかってくるのか、心当たりある?」
私にそう尋ねられたオリヴィエは、盛大にため息を吐いた。その反応に、私はギョッとする。
「な、何?その反応」
「鈍感にも程があるのでは?」
呆れたようにそう返されて、私は反論する。
「ど、どういう意味よ!彼が不満そうにしてることには気付けてるんだから、鈍感じゃないでしょ!」
「そういう意味ではないです……」
彼はまた呆れた顔でため息を吐く。そして、思わずムッとした私に対してこう言った。
「僕から彼の行動の真意をお伝えするわけにはいきませんので、ご自分で本人にお確かめください」
「それはちょっと言いづらいからあなたに聞いたんだけど……」
今度は私がため息を吐いた。それから思い出して、彼に尋ねる。
「それで、どうかしたの?」
「ああ。仕事が終わったので、お茶でも淹れようかと思うのですが、ミズキの分も淹れましょうか?」
彼の提案に、私は頷く。
「うん、お願い」
私の返事を聞いて、彼は「かしこまりました」と言うと、その場を離れた。
私はロビーの椅子に腰掛けながら、その後ろ姿を見送る。
これはまだ彼がこの屋敷で暮らし始めたばかりの出来事だ。
私はこの頃はまだ、彼の病を治すために必死だった。もちろん今でも諦めたわけではないが。
この頃は屋敷にある薬関連の本をひたすら読み漁り、効果のありそうな薬を片っ端から作り続けた。危険な場所にある素材を採りに行ったりもした。
けれど、屋敷の本にはどうしても限りがある。だから街の本屋に行って、新しい本を仕入れたりもしたし、知り合いに頼んで王宮の図書館に入れてもらったこともある。
それでも、彼の病を治す薬は見つからなかった。
外からの爽やかな風と、楽しそうに笑い合う声に、私の意識は一気に今に引き戻される。
あれからもう半年以上が経った。今となっては新しい薬を試す回数も減り、病気の症状を抑えるための薬を月に一度、彼に渡すだけになってしまった。
それでも、あの日の契約をもう一度思い出したおかげで、再び意欲が湧いてきた。
治さなきゃ、彼の病を。そういう契約なんだから。
頭の中であの日の誓いを思い浮かべれば、手の甲にあの日見たのと変わらない模様が浮かび上がってくる。それはきっと、私たちの契約が果たされるまで変わらないのだろう。
ぼんやりとその模様を見つめていると、ふとこんな考えが浮かんできた。
……そういえばこの模様も、マーキングみたいなものなのかな?
頭の中でそう呟いた瞬間、あまりの馬鹿らしさにため息が出た。
……でもそうなると、フィデリスがあの時不満そうだった理由も分かってくるよね?彼は私に誰かがマーキングされることを嫌っているみたいだったし。
それにしても、あれは何故なのだろうか。頭の中に疑問符が浮かんでくる。
……まあ、彼にしか分からない特殊な事情があるんだろうね。たぶん。
私は考えることを放棄して、鍋の方に向かう。そして鍋の中にいくつかの薬草を放り込んで火をかける。
オリヴィエに渡す薬用の薬草を煎じていく。あの時とは違って今の私は煎じる時間を早めることができるようになったので、あっという間に完成する。
それから仕上げに魔法を使えば、今日の夜に持っていくと伝えた明日と明後日の分の薬は完成だ。
一度ふぅ、と息を吐いた私は、気分転換にリンネとオリヴィエのいる庭へと向かうことにした。
階段を駆け下り、玄関を通って庭に出る。
リンネとオリヴィエは、庭に置かれているガーデンチェアに腰掛けながら、二人仲良くおしゃべりをしていた。
二人が楽しそうでなによりだ。そのまま二人の関係性が次のステップに進めればもっといい。期待してるよ!
せっかくだから私も二人とおしゃべりがしたいと思って来たのだが、もしかして邪魔になってしまうだろうか。
私は話しかける直前に迷い始めた。そのまま屋敷に扉の前に突っ立っていると、気付いた向こうが声をかけてくれた。
「ご主人様!どうかなさいました?」
リンネがこちらに手を振りながら尋ねてくる。
バレてしまったなら仕方ないな、と心の中で言い訳をしながら、私は二人の元へ向かった。
「特に用があったわけじゃないの。ただ、二人とおしゃべりしたいなって思って」
私がそう言うと、リンネは嬉しそうに微笑む。
「オリヴィエは、調子どう?」
私が尋ねると、オリヴィエは頷いて答える。
「大丈夫です。ご心配なさらず」
それならよかった。私は少しホッとする。
早く彼の病気を治せる薬を見つけないと、と思いながら、私は一旦その考え事を頭の隅に追いやる。今は少し気分転換だ。ずっと沈んだ気分のままでは、できることもできなくなる。
「それで……二人は何の話をしてたの?上まで笑い声が聞こえてきたけど」
私がそう言うと、リンネは少し照れたように笑う。
「あはは……。そんなに大きかったですか?あたしの声」
「まあ、かなりの声量でしたしね」
オリヴィエも仕方がない、という様子でそう言った。
リンネはえへへ、と笑みを浮かべた後で、私の質問に答えてくれる。
「ご主人様の部屋の奥には何があるのか、考えていたんです」
「……ああ、あれのこと?」
私が素っ気なく返すと、リンネは少し身を乗り出して私に尋ねる。
「はい!ご主人様、あそこには何があるんですか!」
私は少し後ろに体を引きながら、リンネの質問には答えず代わりにこう言った。
「何があると思う?」
まさか質問で返されるとは思っていなかったのか、リンネは一瞬驚いたように目を見開く。その後、よくぞ聞いてくれました!とでも言うように自信満々な表情で、彼女は自分の考えを話し始めた。
「あたしは、あの奥にはすっごい魔法の道具があるんだと思います!」
「なるほどね。具体的には?」
私が尋ねると、リンネは楽しそうに身振り手振りを加えて話してくれる。
「一撃で超巨大な魔物も倒せるようなすっごい武器とか、なんでも願いを叶えてくれる魔法の鏡とか!う〜ん、いや、魔法のゴブリンとか?」
最後の一言に、オリヴィエが吹き出した。
「ま、魔法のゴブリン……」
必死に笑いを堪えながら彼は呟く。
「しかも一個めのとか、魔法の道具じゃなくて、ただの武器だし……」
私も少し呆れながら呟いた。
なるほどね。こんな予想大会をしてたわけだ。あんなに楽しそうに。
「オリヴィエはなんだと思うの?」
私は次に、まだツボにハマっているオリヴィエにそう尋ねた。
彼はまだ目尻に涙を浮かべながら、私に答える。
「……たぶん、ミズキの料理下手をなんとかできる秘密兵器でも封印されてるんでしょう」
「ちょっとどういう意味!」
オリヴィエの発言に、私はムッとしてそう言う。私の正面では、彼の発言に今度はリンネが笑っていた。
「えっ、笑い事なの……?」
「さっきから彼女はこんな感じです」
オリヴィエは冷静にそう言った。ちょっとショックである。
「あとはまあ普通に、魔物でも封印されているのでは、というのが、僕の考えですね」
「それで、何があるんですか?」
笑いがおさまったリンネが、再び尋ねる。私はそれにちょっと困り顔になりながら答えた。
「……さぁ?私も知らない」
「えぇ!?」
リンネがギョッとした顔で声を上げる。
「つまり、前の主が残したもの、ということですか」
オリヴィエの言葉に、私は頷いた。
「この家に来たばっかの頃、開けようとしてみたんだけど、無理だったの。それからは別に興味も湧かなかったから、何もしてない」
私が説明すると、リンネがちょっと怯えた表情で尋ねてくる。
「じゃあご主人様は、奥に何があるのかも分からない部屋で、いつも作業をしているんですか……?」
彼女の言葉に、言われてみれば確かに、と私は感じた。
それに今はもうあの頃とは違う。この屋敷に暮らしているのはもう、私だけではないのだ。もしあの奥にあるものが危険なものであるなら、例え向こうから襲いかかってくる可能性は低いにしても、なんとかした方がいいのかもしれない。
いつかみんなを危険に晒すことになったらヤダもんね。
「……じゃあ、解いてみよっか。封印」
私の発言に、今度はリンネだけでなくオリヴィエもギョッとした。
驚く二人に、私はその訳を説明する。
「だって、もしあそこにいるのが危険な魔物だったりしたら、みんなもそんなのと一つ屋根の下、なんてのは嫌でしょ?だったら、追い出しちゃった方がいいと思うの」
私がそう言うと、オリヴィエが暗い声で尋ねた。
「ミズキは、あの奥にいるのは魔物だと考えているのですね?」
「……まぁ、一番可能性が高いのは、それだと思う。あっちから魔力を感じるし」
私は顎に手を当てながらそう答えた。
「ご主人様は封印の解き方は分かるのですか?」
今度はそう尋ねたリンネに、私は首を振る。
「分からない。……でも、なんとかなると思う。最悪魔力で思いっきりこじ開けることは可能だろうし」
いわゆる爆破解体のようなものだ。私はふふんと胸を張りながら答えた。
リンネの怯えた視線とオリヴィエのの引き気味の視線が突き刺さる。
「……その時は、我々は外で待機させていただきますね」
「……うん、そうして……」
封印されてるものがみんなに手を出すより前に、私の魔法がみんなを傷つけることになったら大変だ。また考えに至らない点があったと反省する。
「それじゃ、いつやろっか。しばらく暇だし、早速明日にでも解いてみる?」
「そんな急に……。まあ、僕たちは平気ですけど……」
オリヴィエがそう言いながらリンネの方を見やる。彼女もコクリと頷いた。
……だってほら、気になってきちゃったんだもん。何が封印されてるのか。こんなんじゃ作業にも集中できないし。
「じゃあ、ジークおじいちゃんとノーラおばあちゃんにも確認取れたら、明日やろう。……あっ、でも、一人だとちょっと心細いし、フィデリス、に……」
私はそう言いかけたところで、彼とさっき会った時のことを思い出した。
一応なんとなくいい感じに締めくくってお別れをしてきたが、やはり気まずさは拭えない。
かといって封印を解くのを先延ばしにもできない。もう奥にあるのがなんなのか気になってうずうずしているのだ。
「大丈夫ですか?」
突然フリーズした私を心配して、リンネが声をかけてくる。
私はそれにコクコク頷いて、自分に言い聞かせる。
あれはもう終わったことだから。うん……。
気持ちを落ち着けるために私は一度大きく息を吸い、「じゃあ二人に確認してくるね」と言って、まずはジークとノーラを探すことにした。
これで、というかほぼ一個前の話で、オリヴィエの過去編はおしまいです。
次からは研究部屋の奥の封印を解いて、それからいろいろ、みたいなお話が始まります。
昨日忘れてました。ごめんなさい!次はまた明後日です。




