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エルフの青年と契約

 「お待たせ!」

 オリヴィエを寝かせている部屋のドアを勢いよく開けながら、私は言った。その後で、病人のいる部屋なのだからもう少し静かに入るべきだったな、と反省する。

 これでオリヴィエが寝ていたらさらに申し訳なかったのだが、彼は普通に起きていたのでホッとした。

 彼はベッドに座りながら、空になった器を手にしている。私の作った薬草スープを飲んでくれたようだ。私は早速、彼に効果があったかどうかを尋ねる。

 「スープ、どうだった?」

 「まずかった」

 私の問いに、彼は真顔で答えた。どちらかというと不機嫌にも見える。

 ……まあ薬草スープだからね。私が作ったわけでなかったとしても、おいしくなるわけがないじゃん?

 そう心の中で自分に言い聞かせながらも、少し不安だった。やはり私が料理下手だから、スープもまずくなったのではないかと。

 「ごめんね……」

 私はちょっと落ち込みながら、彼に謝った。

 私の謝罪を受けたオリヴィエは、なんだかバツが悪いというような顔をしながら頬を掻く。そのままフィデリスの方を見やった彼が、ひゅっと息を呑んだことに、俯いていた私は気づかなかった。

 「ご、ご主人様!大丈夫ですよ!薬草スープなんてみんなこんなものです!誰が作ってもまずいです!」

 それはちょっと失礼じゃないかな……?おいしく作れる人も割といるかもしれないと思うし。

 リンネの微妙な励ましに、私は思う。

 「だから元気出してください!その、ご主人様が落ち込んでいると、フィデリス様が……」

 私に寄り添いながら、後半は私の耳元に顔を寄せて不安そうな口ぶりで言う。リンネの言葉に顔を上げてフィデリスの方を見た私は、さっきのオリヴィエのように小さな悲鳴を漏らす。

 「ね、ご主人様……」

 「……あれは私が落ち込んでるからなの?」

 いまいちピンとこないと思いながら、フィデリスの表情を伺う。

 眉間に皺を寄せながら、彼はオリヴィエの方を見ている。いや、睨んでいる。圧を向けられたオリヴィエは、目線でこちらに助けを求めていた。

 「他にどんな理由があると思うんですか!あなた様のスープをまずいと言ったオリヴィエが、あんな風に睨まれているんですよ!」

 リンネが小声で私にそう訴える。

 ……そうかな?もしかしたら、フィデリスは薬草スープをおいしく作れるから、まずいわけがないよーって思ってるだけかもよ?

 私はまだ釈然としないと感じながら、とりあえず会話の流れを薬草スープから移すことにした。

 「えっと、とにかく……。感想がまずい、だったってことは、効果はイマイチだったんだよね?」

 私の言葉に、オリヴィエはフィデリスの様子を伺いながらおそるおそる頷く。

 フィデリスは彼の答えにさらに顔を険しくしたが、私はそれを気にすることなく次の話題に移る。

 「じゃあ次はこれ、飲んでみてくれる?魔法薬だから、スープよりは効果があるはず」

 私は部屋のドアの側からベッドの方へと移動し、オリヴィエに魔法薬の入った器を渡す。

 「味はたぶん、スープと同じでまずいと思うんだけど……」

 私は申し訳なく思いながらそう言い、彼の空の器と魔法薬入りの器を交換する。

 オリヴィエは渡された器をまじまじと見ながら、驚いたように呟く。

 「……これが、魔法薬?僕の里で作るものとも、街の人間たちが作るものとも違っているような……」

 私は彼の言葉を聞いて思わずきょとんとした後、思い当たる節を見つけて「あぁ」と口にする。

 「これは、たまたまできちゃったものなの。前に、普通に薬草スープを作ってた時、ふと思いつきで魔法を使ってみたら、薬草スープじゃないものができちゃって。……あっ、でも、効果はちゃんとあるよ!信頼できる人のお墨付きだからね。これは魔法薬だって言ってくれたし」

 ちょっと言い訳っぽくなっちゃったかな、と言い終えた後で不安になった。おそるおそる、私はみんなの顔色を伺う。

 フィデリスは真顔だった。私がヘンテコな方法で魔法薬を生み出した瞬間に居合わせたからだ。

 しかしリンネとオリヴィエは驚いていた。目を見開き、リンネは口も開いていた。

 「そ、そんな風に魔法薬を作る技を身につけるものがいるとは……」

 オリヴィエはどこか感心したようにそう呟いた。エルフの里ならもしかしたらそういう習得の仕方をする者もいるのではないかと思っていたのだが、そんなことはなかったらしい。

 「ご、ご主人様ってそんな風に魔法薬を……!?だ、だって、魔法薬ってあの、お貴族様しか作れないって言われているやつですよね!?」

 リンネはまだ開いた口が塞がらないと言った様子で口にする。相当驚いているようだ。

 確かに、言ってなかったもんね。私が魔法薬を作れちゃったのは、リンネが来る前だったはずだし。

 でも、彼女の言葉には誤りがある。この場で言うのはちょっと申し訳なさもあるのだが、あとの二人のプライドを傷つけたりしないためにも、私はリンネに伝える。

 「リンネ。お貴族様しか作れないってのは、間違いだよ。高貴な位の方ってことには間違いないかもだけど……。オリヴィエみたいなエルフたちは、魔法薬を作れるどころか、元は彼らの技術だし。それからフィデリスも作れるよ。彼は魔法が得意だから」

 私の言ったことに、リンネは目をパチパチする。

 「そ、それってつまり……、あたし以外はみんな魔法薬を作れるってことですか?」

 彼女の言葉に、私はやっぱり申し訳なくなる。私だったら、自分だけできないなんて言われるのはみじめな気持ちになって嫌だ。リンネには魔法以外の私にできないことがたくさんできるのだから、全然気にする必要はないのだが、それでも彼女が傷つくのは避けられないかもしれない。

 そう思っていたが、リンネはそんなに弱くはなかった。

 「……すごいですね!分かってはいたつもりですけど、やっぱりあたしって、すごい人たちと一緒に暮らしているんですね!」

 そうはしゃいだ声を上げるリンネを見て、私はホッとするのと同時に、胸が温かくなる気がした。

 ……やっぱりリンネはすごいよ。ポジティブで、そして、とんでもなくいい子!

 思わず彼女を抱きしめたい気持ちになった私に、冷静な声がかけられる。

 「……おい。そろそろ飲んでいいか?」

 ハッとして私はオリヴィエの方を見る。

 「そうだった!どうぞ!」

 私は彼に慌てて答える。

 私の返事を聞いた彼は、じっと魔法薬を見つめた後、器に口をつける。

 そして器を傾けて、彼はごくりとそれを喉に流し込んだ。


 彼が魔法薬を口に含んだ瞬間、彼の顔が歪んだ。やはりまずかったのだろう。申し訳ない。

 しかしそれでも彼は、薬を最後まで飲んだ。

 ……効果、あるといいな。

 私は彼を見守りながら、そう思った。

 オリヴィエが魔法薬を飲み切るペースは、かなり速かった。まずいものは一気に食べきっちゃうタイプなのだろうか。私もそうだから分かる気がする。

 そんなことを考えていたが、どうやらそれは少し違ったようだ。

 薬を飲みきった彼は、勢いよく投げつけるようにベッドの上に空の器を置いた後、腕をまくる。

 そしてあらわになった白い腕を見て、彼は本当に嬉しそうな表情を浮かべた。

 それから泣き出すものだから、私は不安になって声をかける。

 「ごめん!泣くほどまずかった!?」

 「違う……」

 涙声になりながら彼はそう言うと、私たちの方に自分の腕を見せてきた。

 痩せ細っていて、病的な程に白い腕だ。しかし、注目すべきはそこではなかった。

 「消えたんだ!今までどんな薬を飲んでも、こうなることはなかったのに!」

 彼の腕に刻まれていた禍々しい模様がなくなっている。

 「じゃ、じゃあ、治ったってこと!?」

 私は興奮気味にそう尋ねたが、オリヴィエはそれには悲しそうに首を振った。

 「……いや、治ったわけじゃない。今もまだ、病が自分の中を巣食っているのは感じる」

 彼の言葉に、私は落ち込む。治せたわけではなかったのだと。

 それでも彼は嬉しそうに言った。

 「……ミズキ」

 名前を呼ばれて、私は首を傾げる。

 「……あれ?私そういえばまだ名乗ってなかった気がするけど」

 「リンネに散々聞かされたからな、お前の話を」

 それを聞いて、なるほどね〜と私は頷く。

 「それで、どうしたの?」

 私はオリヴィエの言葉の続きを待つ。

 「……この薬を飲み続けたら、僕の病は治ると思うか?」

 彼は私に、そう尋ねた。

 その瞳に、希望の光のようなものが宿っているのを感じた私は、思わず嬉しくなる。さっきまで自分の終わりをひたすら待つような、そんなことしか考えられなかった様子だった彼が、こんなことを口にできるようになったのが嬉しかった。

 「……その薬で治るかは分からない。でも、必ずあなたの病気を治す方法を見つけてみせるよ」

 私は答える。それにオリヴィエはホッとした表情を浮かべた。

 「それが聞けて良かった。それで、提案があるんだ」

 私は彼の言葉に首を傾げる。すると彼はベッドから出てきて、私の前に立った。

 私は見下ろす形から見上げる形に変えて、オリヴィエの顔を見る。

 彼は私の目をまっすぐに見ながら、こう言った。

 「僕と、契約を結ばないか?」


 「け、契約?」

 私は目を見開きながら、彼の言葉を繰り返す。

 「……エルフのいう契約とは相当重要な、それこそ人生単位と言えるほどのものが多い」

 唐突な単語に理解に苦しんでいた私に、フィデリスがそう説明してくれた。

 「いずれにせよ、慎重に考えるべきだ」

 そう言いながら、彼はオリヴィエを睨んだ。オリヴィエはそれをニヤリと笑みを浮かべて受け止める。

 「契約ってことは、内容があるんだよね?どんな契約を結ぶの?」

 私はオリヴィエに尋ねる。

 「……お前は僕を治す方法を探し、ついでに今の薬を作り続ける」

 彼の言葉に、私は頷く。それは契約など結ばなくても、最初からそのつもりだ。

 「その代わり……僕はお前に仕えてこの屋敷で働く。これでどうだ?」

 私はその言葉に、パッと顔を輝かせる。

 これは断ることなどできない。相手は私の必要としているものを完全に理解しているようだ。

 「人手不足だろう?この屋敷にはどうやら、リンネしか働き手がいないようだからな」

 その通りだ。この広い屋敷の中、掃除、洗濯、料理など、今は全てをリンネが担っている。その状況は、前々からなんとかしたいと思っていた。

 しかし信頼できないものを雇うわけにもいかない。元々私は人付き合いが苦手だし、一緒にいて心地よく感じられる人を探すのも大変なのだ。だが一緒にいて苦痛を感じるような相手とは、生活を共になどできない。

 それから人を雇うのには結構金がかかる。リンネは彼女の母親の病気を治してあげたことがきっかけでついてきてくれたので、給料も安く済んでいる。無くてもいいと言ってくれるくらいだ。それは申し訳ないので一応払っているが。

 そして今回の場合もおそらく、リンネと同じ。大した金もかけず、とっても優秀な働き手がうちに来てくれる。まあもちろん、給料はそれなりに払うつもりだが。

 元々病気を治してあげられるまで、屋敷に置いておくつもりだった。深く考えていなかったが、おそらくはただで。それが代わりに働いてくれるというのだ。

 「……えっと、家事はできるの?」

 私は念の為確認しておく。

 「問題ない。掃除やら洗濯やらをすればいいんだよな。さすがに身の回りの世話は無理だろうが」

 彼の言葉を、私は信じることにした。前の世界でも、出てくる小説なんかにはエルフはハイスペな存在として登場していたはずだ。大丈夫なはずだ。

 「よしっ!契約しよう!」

 私はオリヴィエの提案を呑んだ。

 リンネは仕事仲間が増えることに喜んでいるようだった。しかしフィデリスは不満顔だ。先ほどから彼はオリヴィエが気に食わない様子だが、何かあったのだろうか。

 だが、私の決定に口出しするつもりはないようなので、そのまま進めてしまう。

 「では、手を」

 オリヴィエはそう言いながら、私に手を差し伸べる。この手を取れということだろう。

 先ほどからフィデリスの目線が痛いが、私はそれを無視してオリヴィエの手に自分の手を重ねた。

 「ミズキ、誓いの言葉を」

 「ち、誓いの言葉!?」

 そんな結婚式みたいな、などと私が動揺していると、オリヴィエが説明をくれた。

 「お前が僕に薬を作り、治す方法を見つけるということを述べればいいだけだ」

 「ああ、そういうことね。……私はあなたに魔法薬を作り、そしてその病を治す方法を見つける」

 これでオーケー?と聞くわけにはいかないだろうと思い、目線だけで彼に確認する。コクリと頷いてくれたので、オーケーなのだろう。

 次に、オリヴィエが誓いの言葉を口にする。

 「僕は代わりにあなたに仕え、契約が果たされるその時まで、側に居続ける」

 フィデリスの言っていた人生単位の意味が分かった気がした。結構壮大なことになっている。

 オリヴィエが誓いの言葉を口にし終えると、彼は私の手を自分の手と共に、自分の額に当てる。そして何やら呪文を口にした。

 すると私の手と彼の手が光に包まれる。それは緑色の光だったが、どこかで見覚えのある光景だった。

 ……あぁ、あれだ。フィデリスにネックレスを貰った時の、あのネックレスを作ってもらった時の光景に似てるんだ。

 「終わった。確認してくれ」

 オリヴィエはそう言って、私の手を離した。

 「何を確認すればいいの?」

 私が尋ねると、オリヴィエは私の手の甲をトントンと指で叩く。

 「そこに模様が浮かぶはずなんだ。さっきの誓いを頭の中に思い浮かべてみろ」

 言われた通りに私はさっき自分が口にした内容を思い出す。すると、手の甲から緑色の模様が浮かび上がってきた。

 「これが、あなたのマークってこと?」

 「まあそんな感じだな」

 すごいなぁ、と感心していると、リンネが側にやってきて「見せてください!」とせがむ。私はもう一度、手の甲に模様を浮かべてみせた。

 「わぁ、すごい!あたしも契約してみたいです!ご主人様と!」

 リンネが羨ましそうにそう言った。リンネはエルフではないのでおそらくこんなことはできないので、私は慰めるように頭を撫でる。

 「でも、私の手は二つしかないからね。リンネにもう片方の手を取られちゃったら、これ以上仲間を増やせないかも。リンネは、契約なんかしなくても、側にいてくれるんでしょ?」

 私が尋ねると、リンネは少ししょんぼりしていた顔をパッと輝かせて、「もちろんです!」と答えた。

 「では、ミズキ」

 私は声をかけられて顔を上げる。

 ……ん?なんかさっきまでと違うような……。

 声をかけてきたオリヴィエの、さっきまでとの声色の違いを感じて、私は違和感を覚える。

 「これから、よろしくお願いしますね」

 そう言いながら、彼は絶対笑ってない笑顔を浮かべる。

 「えっと……その話し方とかは……」

 「一応あなたに仕える身ですから、このくらいの方がいいでしょう?」

 彼の言葉はもっともだ。たとえ落ち着かないからさっきまでの話し方でいいと思っても、それでは主人としてはよくないのだろう。

 ……受け入れるしかないか。

 私はそう思いながら、新たに増えた仲間にため息を吐いた。


 それから私とリンネが部屋を出た後、部屋に残された二人のうち、オリヴィエがふと口にした。

 「僕はあんな小娘に興味はないので、いちいち睨まないでください」

 オリヴィエは、はぁ……とため息を吐く。そんな彼の言葉に、フィデリスは焦りの表情を浮かべた。

 「な、なんのことだ」

 今までとは打って変わって感情が表に出た顔を見て、オリヴィエは思わず頭を抱えた。

 「まさか、バレてないとでも思ってたんですか?リンネでも気づきますよ。あの鈍感な小娘は気づいてないみたいですけどね」

 オリヴィエはベッドのシーツを整えると、目を見開いて棒立ちするフィデリスを残して部屋の出口に向かう。

 「では、僕は仕事をしてくるので」

 オリヴィエは部屋を出て、ドアがバタンと閉まる。

 部屋に取り残されたフィデリスが我に返るまで、随分とかかった。

長くなってびっくりしてます。量の調節難しい。

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