魔法とおまじないと薬草スープ
「ジャジャーン」
研究部屋からオリヴィエを寝かせている部屋へと戻ってくるや否や、私はそう言いながらテーブルの上に並ぶものたちをみんなに見せた。
並んでいるのは本、薬草、それから私が調合した薬たちである。
「色々持ってきてみたの。どれが効くか、早速試してみない?」
私はオリヴィエにそう尋ねる。
彼は自分の腕を掴み、不安げな表情を浮かべながらも頷いた。
彼の反応を見てから、私は自分の脇に抱えていた魔導書を開く。そして言った。
「まずはヒールを試してみようと思うの。いいかな?」
その言葉に、パッと反応したリンネが、私のヒールについての熱弁を始める。
「ご主人様のヒールはすごいんですよ!傷が塞がるだけじゃなくて、疲れも取れたり、あたしの母の病気を治してくれたりもしたんです!」
最後の部分には、オリヴィエもピクッと反応を示した。
そんな彼をあまり期待させすぎないようにと、私は付け加える。
「でも実は、あなたには一回ヒールを使ってるの。もう一回やったら更なる効き目があったり……なんてのを期待してやってみるけど、もしかしたら効果はないかもしれない」
私のその言葉に、僅かに肩を落としたようにも見えたが、それでも彼は頷いた。
私は魔導書に手を当てる。それから頭の中で意識を研ぎ澄ませる。
腕。あの腕の辺りを重点的に。
そう念じながら、私は呪文を唱えた。
「ヒール」
魔導書に、魔力を多めに注ぎ込む。
どうか彼の病気を治せますように。精一杯、そう願ったつもりだった。
ヒールによる部屋を満たしていた光が消えると、私はオリヴィエに尋ねた。
「どう?」
しかしオリヴィエは首を横に振った。
「体は少し楽になった気がする。だが……」
自分の中の病気が消えたわけではないことを、感じられるのだろう。少しガッカリした様子で自分の腕を見た彼は、そこで目を見開いた。
それから、僅かに嬉しそうに笑みを浮かべた。
「……いや、どうやら、効果がなかったわけではないようだ」
「どういうこと?」
そう聞き返した私に、オリヴィエは自分の腕を見せながら言った。
「模様の面積が小さくなっている。それに、色も少し薄くなっているような気がするんだ」
そう言われても、私にはいまいち分からなかった。
それに私としては、それくらいの小さな変化しか生み出せなかった時点で失敗だ。だが、そんな小さな変化にも喜べるほど、今まで一向に病気が改善することはなかったということだろう。
ますます、治してあげたいと、そう思った。
「……よし!次行こう!」
私は次に、分厚い本を手にしながら言った。
「何をするんだ?」
不思議そうに尋ねるオリヴィエに、私は本をめくりながら答える。
「病気が治るおまじないを試してみるの」
「おまじない?……というと、さっきのヒールのような魔法か?」
そう言ったオリヴィエに私は首を振る。
「違うよ。おまじないと魔法は別物。おまじないっていうのは、こういうの」
そう言ってから、私はオリヴィエに人差し指を向ける。
そして、困惑する彼に向けて、私は唱えた。
「痛いの痛いの、飛んでけ〜!」
くるくると指で円を描いた後、その指を窓の方へ向ける。
それから、オリヴィエに尋ねた。
「どう!」
「いや逆に、効果があると思うのか!?」
オリヴィエは逆ギレ気味でそう答えた。
おかしいな……。こんな立派な本に載ってるんだし、てっきりこの世界なら魔法みたいに効果があるのかと思ったんだけど……。
「……まあ、精神的な効果はあるかもしれないですよね」
リンネが困ったような表情を浮かべながら、私をフォローしてくれた。
「でも次のは効果があるかもしれない!」
私はめげずに、呆れ顔のオリヴィエに対して本に載っているおまじないを試していった。
しかしそれも効果はなく、単なる気休め程度でしかないのだろうと思った。
う〜ん、定価五百ルーベ。こんな迷信ギュッと詰め込んだ本で五千円か……。なんで魔法使いさんはこんな本買ったんだろうね。
私はこの屋敷の前の主に思いを馳せながら、分厚い本を閉じた。
「次だよ!次!」
今度は私が持ってきたいくつかの薬草を試してみようと思う。
もちろん、薬草のまま食べさせてみるとか、そういうのはちょっとどうかとも思うので、効果がありそうなやつを選んでもらってスープにでもしてみようと思っている。
「どうかな?これは確か傷を癒すのに使われるやつで、これは痛みを和らげる効果があるやつだったはず。それでこれは……」
片手に持つ本をガン見しながらの私の説明を聞いた後で、オリヴィエがいくつか試してみたい薬草を選ぶ。
それから今度はその薬草を煎じてスープにするわけだが……。
「薬草を煎じるのって、結構時間がかかるっぽいんだよね……。どうしようか?」
鍋も必要だから研究部屋か食堂のどちらかに移動する必要もある。かといって病人に移動してもらうのも心配だし、時間がかかるのも避けたい。
オリヴィエにはまあ、ここで待っててもらえばいいんだけど、時間の方はどうにもねぇ……。
薬草を煎じてスープを作ろうとすると、下手したら何時間もかかってしまう。一度作ってみたが、時間はかかるしその割に味はイマイチだしで、やる気はすっかり失せてしまった。
なんかこう、クイック調理とかないかな……。……いや、できちゃうのでは?
ふいにパッと頭の中にひらめきが浮かんできた。そのまま私はオリヴィエの選んだ薬草を手に取って部屋を出る。
「待ってて!パパッとスープを作ってくるから!」
そう言い残して私は研究部屋へと向かう。
部屋に残された三人の中で、リンネがふと呟いた。
「そういえばご主人様って、お料理は苦手なんですよね?でも薬草スープは作れるのですか?」
「ああ、確かにな。一応、スープは作れていたぞ。まぁ、形にはなった、という出来だったが」
リンネの言葉にそう返したフィデリスに、オリヴィエが不安そうな表情になる。
「僕はこれからそのスープを飲まされるのか……?」
そう言った彼に、フィデリスは憐れむような視線を向けた。
「……やめろ、そんな目で見るな!ますます不安になる!!」
鍋と向かい合い、私はその中に薬草を入れていく。
「これくらいでいいかな。……う〜ん、もう少し入れとくか」
追加で少し薬草を加え、今度は鍋に水を加える。
魔法で出した水でも安全が保障されるならいいのだが、一応不安なので井戸から引いた普段の飲み水を使っている。
さて、ここからだ。本来ならこれから火をかけてじっくり煎じる必要があるのだが、今日はそんな時間はない。
となれば、魔法で時短するしかない。
要は温度だよね?一気に沸騰するくらいぐーんと温度を上げられればいけるはず。
私はそう思いながら、まずは呪文を唱えて火をかける。
「ファイア」
ここまではいつも通り。この後、魔法で一気に火の温度を上げればあっという間にスープができるはずだ。
私は頭の中でこれかな〜という呪文を組み合わせて唱える。
「ヒート、ブースト!」
魔導書を通して魔力を流す。ヒートは熱、ブーストは後押しするとか高めるとか、そういう意味だったはずだ。ゲームにあった。
魔法自体はあっていたと思う。むしろ、バッチリすぎて効果絶大だ。
鍋を温めている火の温度は急激に上昇し、そして……。
バーン!!という音を立てて、鍋を爆発させた。
私は衝撃に尻もちをついて床に座り込んだ。
鍋の破片によって怪我をしたりしていないのは、フィデリスに貰ったネックレスのおかげだ。このネックレスに付いているバリアの効果が私を守ってくれた。
一回切りだから、フィデリスにもう一回付与してもらわなくちゃ。こんなことに使っちゃうことになるなんて、呆れられちゃいそうだけど。
そんなことを考えながら立ち上がり、鍋の破片や中に入っていたものを片付け始めた頃、誰かが部屋に慌ただしく入ってきた。
「大丈夫か!?」
そう言ったのはフィデリスだ。おそらく、爆発音を聞いて駆けつけて来てくれたのだろう。
彼は私に近づくと、私の顔や手を確認し、ぐるりと私を見回した。そうして私に怪我がないことを確認すると、ホッとしたように息を吐く。
「怪我はないようだな。安心した」
「うん、フィデリスのお守りが守ってくれたからね」
私はそう言ってネックレスを彼に見せる。すると彼は納得したような表情になり、すぐに私のネックレスに再度バリアを付与し直してくれた。
「オリヴィエとリンネは?びっくりさせちゃったよね?」
私が尋ねると、当たり前だ、という顔でフィデリスは説明してくれる。
「二人には部屋で待っていてもらって、我が其方の様子を確認しにきた。病人を歩かせるわけにはいかないし、彼を一人にするのもよくないからな」
「うん、そうだね。さすがフィデリス」
私がそう褒めると、彼はふいっと目を逸らす。そして部屋の惨状に目を向けて、呆れたようにため息を吐いた。
「何をしたらこうなるんだ……」
そう言いながらチラリとこちらに目を向けてきたので、説明しろということだろうと思い、私は素直に事の経緯を話した。
「一気に温めれば、早くスープができるかなって思って。だから、魔法で火の温度を上げたんだけど、そしたら鍋が爆発して……」
私は頬を掻き、失笑しながら言った。フィデリスはそれに頭を抱える。
「そこまでして急ぐ必要はないだろう」
「でも、急がないと病気が進行して死んじゃうかも、でしょ?だから頑張ってみたんだけど……」
しかしこの本末転倒っぷりでは何の意味もない。情けない気分だ。
落ち込む私に、フィデリスが声をかける。
「君の魔法のおかげで、彼の容態は今のところ安定している。それにあの病気にかかってもあの年齢まで持ち堪えているのだから、少なくとも今すぐ死ぬなんてことはないだろう。薬を調合するくらいの時間はある」
彼の言葉を聞いて、私は首を傾げる。
「なんであなたはそんなに詳しいの?」
私の問いに、彼は特に動じることなく、淡々と答えた。
「生きている時間が長いからな。エルフに会ったのも、これが初めてではない。あの病気の者とも、前に会ったことはある」
そう言ったフィデリスに、私は納得した。
そうだよね、私よりずっと長生きなんだから、いろんな人と出会ってきてるだろうし。……その分、たくさんのお別れも経験してきたんだろうな……。
どこか遠くを見つめるような彼の横顔を見ながら、私は思った。
……さて、ここを片付けないとね。
私は気を取り直して、片付けに取り掛かることにした。
「我も手伝うか?」
「ううん、平気」
フィデリスの申し出を断って、私は魔導書に手を当てる。
「……また魔法を使うのか?」
そう言ったフィデリスの目が、さっき失敗したばかりなのに、と言っているのを感じるが気にしない。
さっきのは魔法じゃなくて、私の考え方が間違ってただけだから。
私は意識を研ぎ澄ませる。今から使うのはちょっと難しめの魔法だ。私も何度か練習して、ようやく習得できたもの。
でもあの時はこれよりも小さいものが対象だったから、今回はうまくいくか分かんないけど。
私は自分の魔力と、魔法をかける対象を意識しながら、呪文を唱える。
「リワインドタイム」
そう口にすると、バラバラに砕けた鍋の下に、時計盤が浮かび上がる。私が魔力を流している間、その時計は反時計回りに針を進める。
針の進みに合わせて、鍋が元の形に戻っていく。破片が繋ぎ合わさって戻っていく様子は、パズルみたいだ。
鍋が元通りになったタイミングで、私は魔導書から手を離し魔力を止める。
そうして肩の力を抜いた瞬間、体からガクンと力が抜けて、私はその場に倒れそうになる。
私は来たる衝撃に目を瞑り、痛みに備えるが、それが襲ってくることはなかった。
どういうことかと目を開けると、真っ先に目に入ってきたのは、私の顔を覗き込むフィデリスだった。
「うわぁ!?」
「大丈夫か?」
思わず声を上げた私に、フィデリスが尋ねる。
「だ、大丈夫!大丈夫だから、下ろしてくれていいよ!」
そう言って私は離れようとするが、フィデリスは私の腰を支えたまま答えた。
「駄目だ。また倒れられては困る」
……いやでも、この距離はちょっと!近いよ!!
至近距離にある白い肌を見ながら私は思った。
そして離れようとするあまり体をのけぞらせていたら、背中が痛くなってきた。そう思っていると、それを察したのか、今度はフィデリスがぐいっと私の体を起こした。
起き上がった反動で、今度はフィデリスの胸に思いっきり顔を埋めることになる。
……ちょ、これじゃ、ハグしてるみたいだから!悪かった、魔力を使いすぎた私が悪かったから!離して!!
心の中で誰に向けた謝罪なのか分からない謝罪を繰り返しながら、私は精一杯、フィデリスの腕の中で暴れてみる。
すると、はぁ、とため息を吐いたフィデリスは、今度は私を抱きかかえて、そのまま椅子の方へと移動した。
いわゆるお姫様抱っこで運ばれる私は、これ以上の抵抗が何の意味もないことを悟り、されるがままを受け入れることにした。
魔力の使い過ぎと自分の能力の過信はやめます。反省してます。もうしません。
心の中でそう呟きながら、私はフィデリスに椅子に座らされた。
フィデリスはそのまま私を休ませて立ち去るかな、と思っていたが、彼は私の目の前にしゃがみ込み、私の手を取って話し始めた。
「其方の誰かのために頑張るところは、紛れもなく美点だ。だが、そのせいで自分を蔑ろにする部分は、直すべきだと思う」
「はい、反省してます……」
彼の言葉に、もっともだと私は項垂れる。ただ、褒めてくれたところは嬉しかった。
「……我は、其方に傷ついてほしくない。例えそれが、誰かのためで、正しいことであるのだとしても」
彼は額に私の手を当て、縋るように言った。
私はそれに答えたくて、口を開く。
「……うん、大丈夫。私は、あなたを一人にはしない」
言った後で、なんて口先だけの言葉なんだろうと思った。どうやったって、彼と同じ時を過ごすなんて、人間の私には無理なのに。
それでもその言葉に、顔を上げて嬉しそうにするフィデリスを見たら、取り消すなんてことはどうしてもできなかった。
……嘘じゃないよ。少なくとも、一緒にいたいとは思ってる。それが、本当に可能かどうかは別として。
どんな関係性でも、どんな立場同士でも、思い合っていても、そうでなくとも、いつか絶対に、別れの時は来てしまう。それはどんな時代でも場所でも、変えられない事実だ。
この日私のついた嘘が、叶うことのない願いが、本当になる魔法があれば。
そんなことをぼんやりと考えながら、私は目の前の彼を見ていた。
昨日は忘れてました……。申し訳ありません!
また、年末年始に休んだばかりで申し訳ないのですが、私生活が忙しいため、しばらく投稿をお休みしようと思います。活動再開は活動報告の方でお知らせします。




