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不治の病と彼の過去

 屋敷に戻った私たちはまず、救助した彼を空き部屋のベッドに寝かせた。

 苦しそうな顔で眠り続ける彼を見ながら考える。うなされているのだろうか。それとも、寝ている間すらも安らぎを得られないほど、傷が痛むのだろうか。

 ……それとも、こっちの腕の方かな?この腕の模様は、傷?タトゥー?……もしかして、病気?

 そんなことを考えているうちに、慌ただしくリンネが部屋に戻ってきた。

 「お湯とタオル、持ってきました!」

 「ありがとう」

 私はリンネに礼を言ってから、彼女が持ってきたタオルをお湯の入った桶につけた。そして軽く絞ってから、ベッドで眠る彼の額の汗を拭う。

 かなり冷えているようだったから、お湯にしたけど、水の方がよかったのかな?私には分かんないや。

 次に首や腕など、肌が出ている部分を拭いていく。本当なら全身拭いてあげたいところだが、勝手に脱がすのもどうかと思うので、ひとまず彼が目を覚ましてからにすることにした。

 「それにしてもこの部屋、あったかいですね」

 ふとリンネがそう言ったのを聞いて、私はそれに答える。

 「ホントは暖炉の前にでも連れてってあげたかったんだけど、あそこはベッドはないでしょ?でも彼、すごく寒そうだし……。だから、魔法で出した炎で、部屋を暖めてるの」

 私は部屋の中で宙を浮きながら漂う炎を指差しながら言った。

 それなりに魔力を使うし、常に注意して調整しなきゃいけないから、面倒くさくて普段は使わないけど、今日くらいはね。

 リンネは私の説明を聞いて、感心したように頷いた。

 その頃、ベッドから声がして、それを聞いた私は振り返る。

 「うぅ……」

 それからベッドの上の人物はゆっくりと目を開いた。そして目だけを動かして辺りを見回した後、見知らぬ場所に警戒した様子で、バッと体を起こした。

 「っ、誰だ!?」

 彼はどこからともなく取り出してきたナイフをこちらに向けながら言った。

 私はそれに咄嗟に手を挙げながら、彼の警戒を解こうと口にする。

 「わ、私はあなたに危害を加えるつもりは一切ないから!森で倒れてるあなたを見つけて、安全なこの屋敷に連れてきたの!」

 「あ、あたしはこの方に仕える者です!あたしも、あなたに危害を加えるつもりは一切ないです!」

 私につられたように、リンネも手を挙げながら私と似たようなことを口にした。

 そんな私たち主従を見ながら、とりあえず敵意はないと判断してくれたようで、彼はナイフを下ろした。

 その後でまた苦しそうに呻きながら、模様の刻まれた腕を掴む。やはり、痛むのはあの腕なのだろう。

 「大丈夫?倒れてたんだし、あまり動かない方がいいと思うよ?」

 そう言って彼を再びベッドに寝かせた後、私は彼に質問する。

 「ねぇ、その腕、どうしたの?」

 「……」

 彼は答えるのを拒否するように、反対側を向いてしまう。まだ警戒を解ききれていないのか、単純に話したくない過去なのか。

 「どうして森で倒れていたの?」

 私が別の質問をすると、これには答える気があるのか、また仰向けに戻ってから彼は口を開いた。

 「……追い出されたんだ、住んでいた場所から」

 それを聞いて私は驚きに目を見開き、リンネは悲しそうな顔をした。

 ちょうどその頃、部屋に戻ってきたフィデリスが、彼の言ったことを聞いてそれに口を挟んだ。

 「珍しいな。エルフが、里から仲間を追い出すなんて」

 その言葉に私とリンネは思わず目の前の彼を凝視し、その彼は突然入ってきたフィデリスを警戒して、再びナイフに手をかけた。

 「その腕が原因か?その模様は確か……」

 「お前……、一体何者だ!」

 フィデリスがさらに何かを言おうとしたのを遮って、彼は叫ぶ。そんな状況を、私は混乱しながら視線を行ったり来たりさせて見る。

 ちょっと待って、一個前の情報を消化しきる前に新しい情報を出そうとしないで。

 私は心の中でフィデリスに訴えながら、考える。

 エルフって、あれだよね。耳がとんがってて、なんか魔法とかですごい強くて、賢そうで、お高い雰囲気の。それが彼なの?なんかちょっとイメージと違うけど……。

 私はチラリと彼のことを見て、その容姿を確認する。

 あっ、でも、確かに金髪翠眼。しかもすっごい美形。見た目で判断するのはあんま良くないけど、この容姿なら確かにエルフかも?

 そして髪であまり見えなくなっているが、尖った横長の耳を確認して私は頷く。どこか満足げな私を見て、部屋にいるみんなが怪訝そうな顔をした。

 「……で、そいつはなんなんだ」

 しばらく続いた沈黙を破ってそう言った彼に、私は慌てて答える。

 「彼は私の……“家族”かな。とにかく、仲間だから、安心して」

 「仲間?」

 私の答えを聞いて、彼は面食らったように言った。私がそれに首を傾げると、彼は続ける。

 「だってそいつ……竜だろ?そんでお前は、人間、だよな?人間と竜が一緒にいるなんて、聞いたことがない」

 彼の言ったことを聞いて、私は「そうなのか、そうかもしれない」などと呑気に思った。特に驚いた様子もない私を見て、僅かに不安そうにした彼に、リンネが声をかける。

 「だ、大丈夫ですよ。あたしも初めはそう思いましたから!」

 そう言われ、今度はどこかホッとした表情を見せた彼を見て、私はフィデリスと顔を見合わせる。お互いが不思議そうな顔をしていることに、私は思わず小さく笑った。

 「……それで、あなたはどうして追い出されたの?……その腕が理由?」

 私は彼が答えたくないのだろうと分かっていても、質問してしまった。彼をこの先どう扱うべきなのかを決めるには、知らなくてはならないと思ったからだ。

 彼は目を伏せ、視線を逸らす。

 ……まだ、答えてはくれないか。

 私は彼の反応を伺いながらそう思った。答えてもらえないなら仕方ない。ひとまず、別の話をすることにしようと思う。

 「じゃあ、あなたの名前は?」

 「……は?」

 私がパンと手を打ちながらそう尋ねると、彼は驚いたようにそう零した。

 「確かに!まだ聞いていなかったですね!」

 リンネも楽しそうに笑いながら、彼に目を向ける。

 私とリンネ、二人の期待の眼差しを向けられ、渋々といった様子で彼は答えた。

 「……オリヴィエ」

 「いい名前だね。よく似合ってると思う」

 私は彼の名前を聞いて、素直に思ったことを口にした。

 私の言葉に、リンネも頷きながらニコニコと笑う。

 そんな私たちの反応を見て、オリヴィエはふと、泣きそうな表情を浮かべる。

 「……そう、だろうか」

 「うん。ね、リンネ?」

 私が振ると、リンネは「はい!」と元気よく答えた。

 オリヴィエはそんな私たちにある程度心を許してくれたのか、自分から口を開いた。

 「私が里を追い出されたのは、確かにこの腕が理由だ」

 彼がそう口にしたのを聞いて、私たちは彼の話を聞こうと口を閉じる。静かになった部屋に、オリヴィエの暗い声が響く。

 「……病気なんだ。僕は、不治の病にかかっている」

 それを聞いて、ある程度は予想がついていたとはいえ、驚きと悲しみが湧いてきた。

 それに畳み掛けるように、彼の口からは次々と、悲しい過去が飛び出してくる。

 「同じ病で、家族を失った。さっきお前たちが褒めてくれた名前をつけた親も、な。俺たち家族はみんな、ずっとこの病を同じ里の同族たちに隠していたんだ。だがつい先日、それがついにバレてしまった。隠し通せなかったんだ」

 オリヴィエは自分の腕を私たちの方に見せながら続ける。

 「怖いだろう?この模様が。里の者たちもそうだった。そしてこの病が、自分たちにもうつることを恐れたんだ。だから、追い出した。僕が言った、遺伝性だからうつることはないという言葉を無視して。……信じられないのも、無理はないが」

 彼の声には、どうしようもないやるせなさが宿っていた。彼の過去に、私は何を言えばいいのか分からず、ただ口を開きかけてはつぐむのを繰り返していた。

 「これで、お前の疑問は晴らせたか?まだ他に知りたいことはあるか?」

 「……えと」

 私が何を言えばいいか考えていると、オリヴィエは特に言うことはないのだろうと判断して立ち上がってしまう。

 「ないなら行く。助けてくれたことは感謝する。……では」

 そう言って部屋の出口へと向かう彼を、私は呼び止める。

 「ま、待って!どこに行くつもり?」

 私の声に、彼は振り返らずに答える。

 「……もういいんだ。どうせ僕に居場所はない。あるとすれば、家族のいる場所だ」

 そう口にした彼が、今何を考えているのか、これから何をするつもりなのかを察した私は、自分も椅子から立ち上がってオリヴィエの側へと向かう。

 自分の過去と重なる。居場所がなくて、消えてしまいたいと思う気持ちは私も知っている。

 だからこそ……。

 私は彼の腕を掴む。そして言った。

 「ホントに、不治の病なの?治らないの?決めつけるには、まだ早いよ!」

 私は彼の目をまっすぐに見つめる。そして続けた。

 「治してみせるよ。こう見えて、薬も作れるしヒールも得意なの。それがどれも効かないとしても、必ずあなたの病気を治す方法を探し出してみせるから。だから」

 私はそこで一度言葉を切った。この先を言う権利が、自分にあるのか迷ってしまった。

 ……でもやっぱり、諦めなかったから今がある。こうやって、フィデリスやリンネと出会えて、楽しく暮らせてる。

 それは彼も同じだって思いたい。諦めなければ、道は拓けるって。きっと何か、方法があるはずだって。

 そう考えて、私はその先を口にした。

 「だから、諦めないで。自ら命を絶ったって、きっとあなたにとって意味はないし、家族も喜んではくれないよ」

 私の言葉に、彼はハッとしたような表情を浮かべた。

 一瞬、瞳に光が宿ったように見えた。一縷の希望を見つけたような。しかしそれはすぐに戸惑いに変わってしまう。

 「でも、僕はどうしたらいいんだ?今すぐにでも、この病が、私の命を奪うかもしれないんだぞ?」

 「確かに、そうだね」

 彼の病はもうそれほどまでに進行しているのだろう。

 「……でも、まだ生きてる。それなら、生きている今、試すしかないでしょう?」

 私はニッと笑みを浮かべながらオリヴィエにそう言うと、目の前のオリヴィエを追い越して部屋の外に出た。

 寒い!

 部屋を出た瞬間に冷えた空気に触れ、思わずそんなことを思いながら、私は足早に、あるものたちを取りに行くために、研究部屋へと急いだ。

過去編は四話の予定だったけど五話くらいになりそうです。

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