オカルト少女と異世界転移
私、ミズキは、一年前にこの世界に来る前まで、黒内瑞生というごく普通の少女だった。
その頃の私は中学三年生。あれは、秋の終わり頃のことだった。
私はごく普通とは言ったが、普通ではなく、魔術などに興味を持つオカルト少女だった。
当然、周りからしたらおかしい奴だった。私の場合は小学生の頃からそうだったから、いつも黒い服を着て意味不明なことを言っている人なんて変だっただろう。
小学校低学年の頃はそんなこと気づかなくて、気にしなかったけど、高学年になった頃それに気づいて、中学ではそれを抑えるようになった。
学校では、趣味の話はしない。魔術の研究やそれに関連する本なんかを読むのは家だけ。外では普通の人たちと同じように見えるように。そうやっているうちに、自分がありのままでいられる場所は、家だけになった。
家だけが、自分が自分でいられる場所。家だけが、自分の好きなことができる場所。つまり、家が私の居場所。家以外に、私の居場所はない。
そのうち、家から出たくなくなった。私は、学校に行けなくなった。外にも極力出たくなくなった。
一日中、暗い部屋にこもって、小さい頃買ってもらったオカルト本を読み込んでいた。母は私を心配していたが、私の苦しみを理解してか、無理に外に連れ出すことはしなかった。
誰も、私を理解してくれない。
そんな思いを抱えながら、ひたすらオカルトにのめり込んだ。辛い現実から逃れるように。本を読んでいる間や、魔術の研究と称して魔法陣を描いている間は、辛い気持ちを忘れられた。
そして、ことが起こった中三の秋。私はあの時、進路に悩んでいた。
学校に行けなくなった時から、正直、自分がもう普通には戻れないことを理解していた。普通を演じようとした努力が、結局私を普通から引き摺り下ろしたのだ。普通には戻れないし、自分の好きを押し殺して学校に行くのも嫌だった。
全部全部もう嫌になって、なんとかしてその苦しみから逃れたかった。消えてしまいたい、とすら思った。
泣いて泣いて、それから狂ったように、今まで以上に魔法陣の設計に没頭した。大きな画用紙にいくつもの魔法陣を描いて、起動する魔法陣の描き方を模索し続けた。
心のどこかで囁き続ける「そんなものはない。諦めて現実を見ろ」という声を必死に無視しながら、がむしゃらに魔法陣を描き、起動方法を試した。
魔法陣を起動させようとした始めの理由は、召喚した何かがこの状況を変えてくれること、つまり私の救世主を召喚することだった。しかしある日、予想外のことが起きた。
何十作品目かの魔法陣を床に敷き、寸分の狂いもないように注意しながら蝋燭を周りに置いて、火をつけていく。そして最後の蝋燭に火をつけた時、私は魔法陣の中にいた。
次の瞬間、カッ!と魔法陣が光った。眩い光が私の体を包む。初め、私はついに魔法陣が起動したことに驚きつつも、歓喜した。ようやく、願いが果たされたのだ。しかしその後で、自分の立ち位置に気がついた。
が、その時にはすでに遅かった。何かを召喚するために描いたはずの魔法陣は、私を知らない世界へと飛ばす道具となったのだった。
「……ん、ここは……」
目を覚ますと、目の前にはまばらに草の生えた地面と生い茂る木の世界が広がっていた。
ここがどこかは分からない。ただ、目の前の景色が自分の部屋でない以上、少なくとも魔法陣はちゃんと起動したことになる。まあ、目的とは違う形になったが。
再び湧き上がってきた喜びを、私は噛み締めた。異世界転移も悪くない。自分で自分を召喚するなんてかなり珍しい奴だとは思うけど、あの辛い現実から自分の手で逃れることができたのだ。
ただ、お母さんは心配するだろうな。お父さんも。家族は私を心配してくれていたのに。今度はとんでもない親不孝者になってしまったという後悔が湧いてきた。
ただ、そんなことを考えていられたのも束の間。ここは異世界だ。それはつまり、見たこともないものがたくだんあって、その中には自分の脅威となるものもあるということ。
「グルル……」
どこかから唸り声が聞こえてきて、私は思わずビクリと肩を揺らした。まずい。今の私には武器なんてないしそもそもあっても戦えない!
かくなる上は……!
私はギュッと拳を握って決意する。
逃げる!!
そして私は、その場から一目散に逃げ出した。
「はぁ、はぁ……」
私は疲れて座り込む。初めはただその場から離れようと思っただけだったのに、まさかここがどこもかしこもあんな唸り声の聞こえるような場所だとは思わなかった。
ようやく唸り声が聞こえない場所を見つけ、そこで休むことにした。どうやら、近くにある岩は洞窟になっているようだったので、その中に入って休憩しよう、と私は考えた。
しかし、その洞窟の中を覗き込むなり、中から何かがカッと光ったのが見えたので、私は思わず「すみませんでした〜!」と言いながら洞窟から後ずさるように離れる。
少し離れたところでまた座り込み、あれは一体何だったのかと洞窟の方を見やる。するとその洞窟の中で、何かが動いているのが見えた。なんなのだろう……とオカルト少女の血が騒ぎ、私は思わず再び洞窟の方へと近づいた。
洞窟の中の何かはモゾモゾと動いていて、翼が動いて風を切る音と、硬い鱗の音が聞こえてきた。そしてそれが洞窟の出口、つまり私の方に近づいてくるのを感じると、本能的なものなのか私は動けなくなってしまった。
洞窟から現れたそれの正体を見て、私は納得した。
竜……。いや、ドラゴン?
その巨体が発する威厳は凄まじかった。もちろん、見るのは初めてだ。恐竜博物館の模型ならあるが。
私はその目にじっと見られて、動けなかった。心臓がバクバクいって、背中に冷や汗が伝うのを感じた。
そんな中、私が口にした言葉は、今考えると、例えそれが今胸を張って言える事実であるとはいえ、どうかしていたと思わざるを得ない。
「綺麗……」
張り詰めた空気の中、目の前の白い竜を見て、私が発した言葉はそれだった。
「……は?」
相手の竜がそう言ったのを聞いて、私は自分の失言に気づく。
わ、私はこの状況で何てことを……!
目の前の竜が激昂して私を殺すのではないかとビクビクしていると、竜はそれに気づいたのか、姿を変えた。
私はその様子に目が離せなかった。白い竜の姿がグニャリと歪んだかと思うと、それは男性の人の形に姿を変える。白く美しい長い髪が、同じく白い肌に垂れる。そして開いた瞳は透き通るような薄い青で、思わず釘付けになってしまう。
本当に綺麗。間違ったことは言ってなかった。あの状況で言ったのは別として。
「大丈夫だ。我は、其方のような人間を喰うことはない」
そう言われ、彼が自分を怖がらせないために姿を変えてくれたのだと理解した。
「あ、ありがとうございます。……私、さっきはあの……」
まだ動悸が治らず、うまく言葉を紡げない私を、彼は黙って待っていてくれた。
「さっきは、怖がっちゃって、それから変なことまで言ってしまって、ごめんなさい」
「いや、気にするな。して、お前はここで何を?」
怪訝な顔で問いかけてくる彼に、私は何と返すか迷った。
「えっと、話すと長くなるんですが……」
私はチラリと彼の様子を伺った。彼がコクリと頷いたのを見て、「聞こう」と言っているのかな、と解釈した私は、彼にこれまでの経緯を説明した。
「別の世界から……?ふむ、なるほど」
彼はまだ私の話を完全には理解できていないようだったが、意外にも私の話を信じてくれた。
私が話したのはこの世界に来た経緯、つまり、魔法陣のことだけだ。そんなことをするに至った経緯については、話していない。
「なるほど。それで其方は、元の世界に戻る方法を探しているのか?」
「え……」
そう聞かれて、私はすぐには答えられなかった。元の世界に帰りたいか。確かに、家族のことを考えるならそうした方がいいのかもしれない。けど、おそらく今の私は……。
私は俯きながら、ふるふると頭を振った。それを見て、目の前の彼も何かを感じ取ったのか、それ以上は聞こうとしなかった。
「では、これからどうするつもりだ?」
「それは……」
私はしばらく考える。どうせ異世界に来たなら、やってみたいことはある。そしてそれは、目の前にこんなファンタジーな存在がいることから、十中八九叶うだろうと踏んでいる。
「魔法を学びたいのですが、どうしたらいいか知っていますか?」
まあここで彼が知らないと答えても問題はない。街に行ければ情報は集まるはずだ。
しかし彼から返ってきたのは、予想を超えるようないい情報だった。
「知っている。知り合いに魔法使いがいるのだ。彼女の元に連れて行ってやろうか?」
私はそれを聞いてパッと顔を輝かせる。
「ぜひ!お願いします!」
なんと、びっくりするほど順調だ。こんなにも早く、自分のしたいことができるチャンスが回ってくるなんて。
「ところで、其方、名前は?」
ふいに、彼が私にそう聞いてきた。
「黒内瑞生です」
「ミズキ?ふむ、聞き慣れない名だ」
彼がそう言ったのを聞いて、ああこのミズキはカタカナだろうなぁなどと思った。もう私は、瑞生という名が一般的ではない世界にいるのだ。なんだかワクワクしてきた。
「ミズキ」
彼はまた、私に話しかけてきた。
私は背の高い彼を見上げてその表情を見る。なぜか、ひどく寂しそうだった。
「其方は我を本当に、綺麗だと思ったのか?あの竜の姿を」
どこか遠くを見つめるような目をした彼に、私は素直に言った。
「ええ、本当」
「……そうか」
彼は一瞬驚いたような顔で目を見開いた後、フッと笑った。私はその笑顔を見て、なんだが気恥ずかしい気分になった。
「それで……、あなたのお名前は?」
今度は私がそう尋ねると、彼は答えてくれた。
「フィデリス」
「フィデリスさん!」
「さんはいらない」
そう言われて、少し躊躇った後、私は声に出してみる。
「フィデリス」
「ああ、ミズキ。これから紹介する人物は森の奥に住んでいる。少し歩くが平気か?」
「はい、大丈夫です」
私がそう言ったのを聞いて、彼は歩き出した。私はその後について、彼の言う魔法使いの家へと向かった。
前半のミズキの過去の部分は自分の経験を絡めて書いています。私はオカルト少女でもないし、異世界に転移したこともありませんが。




